『それぞれの相愛杯』
●袋井 雅人(
jb1469)×月乃宮 恋音(
jb1221)
燦々と太陽の陽射しが降り注ぐ中、屋外プールは沢山の人で賑わっていた。
「いやぁ、絶好のプール日和ですね!」
そう言って、プールサイドに立った袋井雅人が周囲を見渡す。恋人の姿は見当たらない。どうやら、まだ着替え中のようだ。
「しかし、ラブコメ研究クラブですか……ラブコメ推進部の部長としては、シンパシーを感じますね」
などと呟いていると、
「……え、えと……あのぉ、お待たせしましたぁ……」
雅人の背後から、か細い声がかけられた。聴き慣れたその声に、雅人が振り向く。
そこに立っていたのは、精緻な人形のような幼い美貌を備えた小柄な少女――彼が待っていた最愛の恋人、月乃宮恋音だった。
手縫いらしき桜色のビキニに着替えた恋音は、胸の前でもじもじと手を彷徨わせていた。
雅人が恋音の水着姿にしばし見惚れていると、長い前髪の隙間から大粒の瞳がこちらを見上げた。
「……あの……袋井先輩……。その、変、ですかぁ……?」
上目遣いで訊ねてくる恋音の不安げな様子に、雅人が思わず苦笑する。どうも誤解されてしまったらしい。
恋音は自分が他人の目を引く理由を、『醜い』せいだと考えている節がある。だが、彼女の端麗な容姿は異性に充分魅力的に映っているはずだ、と雅人は思う。
艶やかな長い黒髪に、整った顔立ち。滑らかな白い肌。そして、豊満な胸部。普段は隠されている恋音の美しさの全てが、水着の薄い布地に包まれた部位を覗いて露わになっている。健全な青少年である雅人が目を奪われたのも、ある意味正常な反応といえた。
朗らかに微笑み、雅人は素直に感想を告げた。
「似合ってますよ。凄く可愛いです」
「……うぅぅ、あの、その……ありがとう、ございますぅ……」
彼氏の賛美を受けて恋音は耳まで赤くして俯いたが、そんな彼女に雅人が手を差し出す。
伸ばされた手を、恋音はおずおずと握った。
「それじゃ、行きましょうか。目いっぱい遊びましょう!」
「……は、はい……」
恋音の手を引いて、雅人はウォータースライダーへと向かった。
滑り台の頂上に上った恋音と雅人が、二人乗りの浮き輪に乗る。当然、密着度は高い。
恋音がその高さに慄き、雅人は天然の追い打ちをかける。
「……おぉ……下から見た時より、落差が凄いのですよぉ……」
「たしか……撃退士でもスリルを味わえるように、って理由でトンデモない高さと長さになってるらしいですよ、これ。楽しみですね」
「………………はい、その……た、楽しみですぅ……」
「おや? 月乃宮さん、もしかして絶叫系とか苦手なんですか? だったら――」
「……い、いえ……ぜ、全然平気ですよぉ……」
仮に恋音が拒絶すれば、彼女を最優先する雅人はそれを尊重しただろう。だが、雅人の為ならばどんな事でも受け入れたいと思うのは、恋音も同じ。
それに、
「……その、袋井先輩と一緒でしたら、何でも楽しいですし……」
消え入りそうな恋音の声に、激しい水流音が重なった。二人の乗る浮き輪が出発し、斜めの水路を一気に駆け巡っていく。
「うおー! これは凄いですね!」
「……っ、……っっ!!」
楽しげな叫び声をあげる雅人と、恐怖で悲鳴すら出ない恋音が、ウォータースライダーを勢いよく滑る。曲がる度に、加速度が増すような錯覚さえ感じた。
長い体感時間を経て、やがて二人は出口に到着。ざぱーん、と大きな波をあげて着水した。
爽やかな水飛沫が、二人の身体に降り注ぐ。
それから一しきり水遊びを楽しんだ二人だったが、時間はあっという間に経過するもので、気づけば三時間ほどが経過していた。
そこで、雅人は遅めの昼食を提案。
「月乃宮さん、お腹空きませんか? 売店で何か買ってきますよ」
「……あ、それでは、私も一緒に……」
「一人で平気ですよ。月乃宮さんはここで待ってて下さい」
すぐ戻りますから、と言って雅人が恋音の頭を小さく撫でる。そして、売店のほうに消えていった。
「…………」
雅人の後ろ姿が見えなくなるまで眺めていた恋音だが、ふと『見られている』事を思い出したのか、羞恥心で顔が真っ赤になる。
「……うぅぅ……。……やはり、その、恥ずかしいのですよぉ……」
大好きな雅人と一緒にデート出来て嬉しいが、目立つのはどうしても苦手だと恋音が胸中で呟く。
そんな恋音の心境を知ってか知らずか、若い男達が彼女に近づいていた。ちゃらついた外見から察するに、目的はナンパ。男達の視線は、恋音の発育の良い胸に吸い寄せられている。
まさに無自覚のコケトッリー。『ナンパホイホイ』の異名は伊達ではなかった。
男達が恋音に何事かを告げる。きみ可愛いね、とか、一人? 俺達と遊ばない、などと言っているのが分かったが、元来人見知りする恋音だ。それらの言動は彼女に恐怖や不気味さしか与えなかった。
恋音は怯えて声も出せない。男達はそれを肯定と解釈したのか、震える恋音の手を強引に取ろうとして――
「月乃宮さんっ!」
遠くから聴こえた声に、恋音が顔を上げる。雅人は、疾風の速度で恋音に駆け寄ってきていた。
全身から真っ黒なオーラを立ち昇らせ、怒気に満ちた表情で雅人が男達を睨む。
「私の大切な彼女を怯えさせるなんて……お仕置きが必要ですね!」
V兵器すら取り出しかねない雅人の剣幕に、男達が泡を食って逃げ出していく。雅人に彼らを逃がすつもりなどなく、具現化した捕縛具で縛ってやろうかとも思っていたが、それは恋音によって物理的に阻止された。
恋音に、背後から抱きつかれたのだ。
ふにゅ、と恋音の凶器が雅人の背中に押し付けられる。
「つ、月乃宮さん……!?」
「……袋井先輩……っ、怖かった、です……」
後ろから雅人の腹に手を回した恋音が、安堵の声を漏らす。大粒の瞳には涙の気配が滲んでいた。それほどまでに怖かったのだろう。
男達を追って鉄拳制裁するよりも、彼女を慰めるほうが先だと雅人は判断。
「……そうだ! 月乃宮さん、気分転換に『あれ』に参加しましょう!」
そう言って、雅人は恋音と共にプール施設に設置されたステージへと上がった。
ここは相愛杯企画の一つ、サイレントの舞台だった。
ルールに沿って無言のまま、雅人が恋音を見つめる。先ほど思わず抱きついてしまったのが恥ずかしいのか、彼女の頬はほんのりと赤い。
雅人が小声で囁く。
「もっと赤くなって貰いますよ」
恋音が先の一件を忘れるくらい、激しくいちゃつきまくります、と雅人。
「……はうぅぅ……ふ、袋井先輩……み、見てます。皆さん、こちらを見てますよぉ……」
小声で返事をする恋音の白い手に、雅人のごつごつした手が絡みつく。そして――
「もう名前も決まっていますし、早く子供の顔が見たいですね」
「……うぅ……」
顔を寄せた雅人に耳元でそう囁かれ、恋音の顔が唐辛子のように赤く染まる。雅人は微笑みながらも、悶える彼女から視線を外さない。ドMにしてドS、とは本人の談だ。
人目も気にせずいちゃいちゃする雅人にリードされていた恋音だったが、最後は反撃に出た。
恋音が、正面から雅人に抱きつく。それだけでも恥ずかしいけれど、観客や審査員達に見られていると思うと尚更、死にたくなるほど恥ずかしかった。
だけど、これだけはちゃんと言っておきたかった。
「……あ、あの、袋井先輩……さっきは助けて下さって、その……あ、ありがとうございましたぁ……」
ぎゅっ、と雅人を抱きしめながら、恋音が小さな声で告げる。
恋音の言葉に、雅人は明るい笑みを浮かべた。両腕を彼女の背中に回し、周囲には聴き取れない声量で何かを呟く。
雅人の言葉に、恋音の顔はさらに赤くなった。
●水無瀬 快晴(
jb0745)×和泉 桜(
jb6797)
雅人・恋音ペアのスイートプールサイドなひと時が終わり、舞台は夜の商店街へと移る。
夏祭りの屋台が並ぶ通りを、一組の若いカップルが歩いていた。
少年のほうは、黒髪に金色の瞳と何処か黒猫を連想させる容貌。少女のほうは、紅茶色の長髪に赤色の瞳をしている。彼女の着ている浴衣は、黒を基調とした少年のものとは正反対に、白地に桜模様が散りばめられたものだ。
水無瀬快晴と、和泉桜。高校生カップルの二人は、穏やかで落ち着いた雰囲気を纏っていた。
手を繋いだ快晴と桜が、のんびりと露店を散策している。
ゆっくりと歩きながら、二人はぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「紆余曲折ありましたが、今日は二人で来れてよかったです」
「ん……色々と、心配かけてゴメン」
「どうしてカイ君が謝るんですか? 私は……貴方と一緒にいられるだけで、充分すぎるほど幸せです」
「桜……」
「……あ、見て下さい、カイ君。金魚すくいの屋台がありますよ」
会話の途中で桜が立ち止まり、小さな水槽を泳ぐ金魚達に視線を注いだ。快晴も、そちらを見やる。
水槽の中央辺りでは、黒色の金魚と紅色の金魚が寄り添うように仲良く泳いでいた。
「何だか、私達みたいですね」
「ん。そうだね」
しばらく金魚を眺めていた桜だったが、ふと思い立ったように浴衣の裾をめくり上げて快晴に微笑む。
「見てて下さい、カイ君。私、こう見えても器用なんですよ?」
百久遠を払ってポイと椀を受け取った桜が屈み、水槽に身体を傾けていく。
「……まぁ、頑張ってみなよ?」
快晴の声援を背に、桜が金魚すくいに挑戦する。
ポイを水中に入れて、目当ての金魚を一直線に追うが、するすると逃げられていく。ぐいっ、と射程にねじ込んでポイを上げたが、同時にポイの薄い膜が破裂、失敗。それからポイを取り替えて再度挑戦したが、また失敗。結局、一匹も取れずに、残るはあと一本まで減っていた。
「…………」
ずーん、と重たい空気がのしかかっているかの如く、桜が肩を落とす。
そんな桜の落ち込んでいる姿を見て苦笑しつつ、 快晴が桜の手を取る。
「……ほい、貸してみ?」
桜からポイを受け取った快晴は、ポイを表に向けて水槽の前に屈んだ。すっ、と水面にポイを近づけるが、すぐには水に入れない。先ほどの黒と紅の二匹が水面付近まで来るのを待ち、そして――
「はい、どうぞ?」
鮮やかな手並みで一度に二匹を掬い上げた快晴が、透明な金魚袋に入れた金魚達を桜に手渡す。
それを受け取り、桜は口許を綻ばせた。
「大切にしますね」
かつて貰ったぬいぐるみのように、大事にする。そう言おうとして桜は快晴に視線を向けたが、
「カイ君……?」
快晴の視線は、ぼんやりと虚空を彷徨っていた。その横顔は、桜にはどこか哀しげにも見えて。
やがて二人は、祭りの人混みを避けつつ、二商店街のはずれにあるベンチへと腰を下ろした。
人混みが苦手だという快晴は、やっと静かな場所に出れて安堵した様子だった。
「此処なら、落ち着いて花火が見れますね」
桜がそう言ってすぐに、花火が打ち上げられた。轟音と共に、火花の大輪が次々と夜空に咲いていく。
「綺麗……」
「……ん、綺麗な花火だね」
桜と寄り添うようにベンチに座り、快晴が感想を漏らした。
「……カイ君……」
桜が快晴を不安げに見つめる。
隣に座る快晴の手を強く握り締め、桜は彼のほうに向き直り、口を開いた。
「また二人で、来ましょうね?」
今にも泣き出しそうな脆い笑顔を浮かべて、桜が快晴に問いかける。
切実な想いの込められた彼女の言葉に、快晴は少しの間を置いて応じた。
「……うん。いつか、きっと」
「約束ですよ? 私の大切な……愛しい猫さん――」
●黒田 京也(
jb2030)×黒田 紫音(
jb0864)
同じ頃、新婚の学生夫婦、黒田夫妻も浴衣デートに興じていた。
「うむ、紫音、綺麗だぞ」
長身を紺色の浴衣に包んだ強面の青年、黒田京也が浴衣に着替えた妻を褒める。
「ん……そう、かな?」
夫の言葉に、黒田紫音が照れ臭そうに笑う。
紫音の浴衣は、白地に桃色の縞模様の縮緬系。金糸を入れ込んだ清楚かつ豪華絢爛なもので、紫音の銀髪と暗紫色の瞳も相俟って、実に映える立ち姿になっていた。
「浴衣、よく似あってるぞ。やはり、お前は何を来ても愛らしいな」
実際、周囲の目を引く格好だったが、隣にいる京也が怖いのか、紫音に積極的に声をかける勇敢な者はいない。流石はボディガードを務めるだけはあって、京也の迫力は相当のものだった。
そんな京也も、紺無地の浴衣がよく似合っていて、いつも以上に格好良すぎる、と紫音は思っていた。
紫音の視線に気づきながら、京也が告げる。
「それじゃ、行くか」
「うん。あのね……しっかり手を繋いでて?」
「おう」
甘える仔猫のような紫音の上目遣いを受けて、京也がその手を握って歩き出す。はぐれないように、しっかりと握り締めて。
屋台を巡る二人が最初に立ち止まったのは、定番の射的屋台。
「射的か……」
京也が懐から拳銃(のようなもの)を取り出し、実弾(らしきアウル)を発射しそうになるが、紫音が必死に止める。代わりにチープな射的銃を持たせたが、夜の遊びにも慣れているのか、京也の擬似銃撃は全弾が景品へと命中。さながら闇夜のスナイパーといったところか。買い占めかねない勢いでことごとく獲物を撃ち落していくが、それも紫音が全力で阻止した。
紫音が、京也の獲得した大量の戦利品を店主に返却して(泣いて喜ばれた)、再び歩き出す。
「しかし、良かったのか? 全部返しちまって」
「うん、だってね……あ」
言いかけて、今度は紫音の足が止まる。
「ねぇねぇ京也。あれが欲しい」
「林檎飴……? 構わねぇが、他に何か食べたいものとか無いのか」
溺愛する紫音が欲しがるものなら何でも買い与える、と思っていただけに、過保護な京也は少し拍子抜けしたように呟くが、
京也から林檎飴を受け取った紫音が、小さな声で本心を漏らす。
「これだけで充分……その、手を繋げなくなると、困るし……」
「紫音……ったく、やっぱり可愛いな、お前は」
抱きしめたくなる衝動に駆られ、京也が無防備な紫音にハグをした。紫音の心音が、どきっと跳ね上がる。
「京――」
紫音が、不意を突いて抱擁してきた京也に反論しようとした直後、花火の炸裂音が夜空に響いてそちらを見る。盛大に打ち上げられる煌びやかな炎華に、紫音の意識が奪われた隙に、京也がすっと彼女に顔を近づけた。
紫音と京也の唇が重なる。
「……っ!」
茹で蛸みたいに真っ赤になった紫音が目を見開く。そして、接吻を終えて大人な笑みを浮かべる京也に抗議した。
「ぅー……京也の、ばか……」
抗議の言葉は砂糖のように甘かった。赤面を隠すように、紫音が京也に抱きつく。ぎゅー、っときつく抱きしめる。
やがて二人は人通りの少ない離れに出た。流石に相愛杯の審査員達も、ここまでは追ってきていない、はずだ。
紫音が京也を見上げ、恥ずかしそうにしながらもおねだりする。
「京也……抱っこして?」
妻の願いを聞き入れ、京也は彼女の華奢な身体を楽々と抱きかかえた。
京也の逞しい腕の感触を感じながら、紫音が至近距離で彼を見つめる。幼い頃から、自分をずっと守ってきてくれた彼を。
言葉は自然に溢れた。
「いつも、護ってくれてありがとう」
京也の頬に、紫音の唇が触れる。彼女の言動に驚いたのか、京也のクールな表情が少しだけ崩れかけ、しかしすぐに不敵な笑みを浮かべる。
「俺のほうこそ、いつもありがとな……何より、いい思い出が出来たぜ。この続きは……此処じゃあマズイな」
「もー……京也のばかー!」
抱きかかえられつつ、紫音が京也の胸板をぽかぽかと叩く。
「悪ィ悪ィ、冗談だって」
「うぅ……もう、知らない」
ぷいっと紫音がそっぽを向く。その横顔は、やっぱり無防備で。京也の胸中に愛おしさが込み上げてきた。
遠くで打ち上がる花火の爆音で誤魔化すように、京也が呟く。
もしかしたら、彼女に聴こえたかもしれないけれど。
「お前はこれからも俺が護る。ずっと、ずっとな……」
●浪風 悠人(
ja3452)×浪風 威鈴(
ja8371)
「コン……テスト……?」
おっとりとした声音で、古典柄の浴衣を着崩した格好の浪風威鈴が呟く。
相愛杯のステージ上にあがった彼女は、しかしその実、これが何のコンテストなのか分かっていない。むしろ、初めて見る屋台に興味津々で、夏祭りを楽しみにしていたくらいだった。天然さんなのかもしれない。
この企画が終わったらちゃんとデートしよう、と浪風悠人は心の中で呟いた。そんな彼の浴衣は、黒地に白いラインが通ったものだったが、それはさておき。
「そう……今は俺の浴衣なんてどうでもいい」
威鈴は知る由もないが、このイベントは公的にいちゃつくことが出来る場所でもある。彼女といちゃついていると普段は友人にからかわれるのが常だが、ここではそんな心配は無用。
今日は威鈴と目一杯イチャイチャする、と悠人は固く誓っていた。
悠人が小声で、威鈴に企画の趣旨を説明する。その説明に、威鈴はこくんと頷いてみせた。
「ん……悠……」
顔を赤らめつつも、悠人に甘えるように威鈴が擦り寄る。するっ、と着崩した浴衣が肌蹴るが、彼女はそれに気づかないまま悠人に抱きついた。
(計画通り……!)
ぐっ、と威鈴に見えないようにガッツポーズを作る悠人。抱き寄せた彼女の、さらしを巻いた胸がちらっと見えたが、指摘することは無い。
ツッコミ属性? そんなもの、どぶに捨ててきた。
「ぁ……悠も……顔赤い……照れてるの?」
胸元が肌蹴てることに気づかぬまま、威鈴が悠人にくっつく。ぺたぺたと悠人の頬を愛撫していたが、その辺りで恥ずかしさが臨界点を迎えたのか、悠人の胸元にぽてんと顔を埋める。
反則的な可愛さだった。天使かこの子。いや、俺の彼女だ。
(……ああ、もう、結婚したい)
「……?」
衝動に突き動かされる悠人が、きょとんとする威鈴を優しく抱きしめる。
ここからは悠人のターンだ。
それまで受け身だったが悠人が、威鈴の頭を撫でる。
威鈴の蕩けたような翠色の瞳を見つめ、悠人は軽くキスをした。
唇を離した悠人が威鈴の肩をがしっと掴み、そして、
「……? ……ぇと、悠……?」
「威鈴……俺、お前と……!」
悠人と威鈴の唇が再び重なって――
「ダメー!!」
二人の様子をモニタリングしていた審査員の新崎 ふゆみ(
ja8965)が、『見せられないよ!(〃´・ω・`)』という文字が書かれたプラカードを掲げて画面を遮る。いわゆる自主規制というやつだ。
「お、思わずはずかしくなって目をそむけちゃうのは、アウトだと思うんだよっ」
健全な女子中学生であるふゆみは、二人のやり取りを見て耳まで真っ赤になっていた。
あの後何が行われたのかは、本人達と現場にいた観客のみぞ知るところだ。
頬を紅潮させた威鈴と、何故か眼鏡の割れている悠人が次に向かったのは、カレー利きのコーナーだった。
無数のカレーの中から、威鈴の作ったお手製のカレーを当てる、というもの。難易度はそれなりに高いはずだが、ツッコミ属性を取り戻した悠人の敵ではなかった。
匂いを嗅いでいた悠人が、あるカレーに注目する。一見すると普通の美味しそうなカレーだったが、これに違いないという確信が悠人にはあった。
一口食べ、確信はより確実なものになった。
「これに間違いありません」
悠人の断定口調に、審査員達の間にどよめきが起こる。一口食べただけで手料理が分かるとは、流石恋人同士だ。
では、選んだ理由は? と訊かれ、悠人が自信を持って答える。
「彼女は野性味溢れる料理しかしないんです。そして鹿の肉を使ってるのはこのカレーだけだ! つまり、これに間違いない!」
「……ぁ……下処理は……ちゃんと……やったよ……?」
さすが狩人。
そんなこんなで見事にカレーを当てた悠人と威鈴は、その後夏祭りの屋台巡りに意気揚々と向かったのだった。
●マクシミオ・アレクサンダー(
ja2145)×永宮 雅人(
jb4291)
夏祭りの屋台通りを、派手な美形の二人が歩いていた。
藍と白の市松柄を茜の角帯でぴしりと留めたのは、マクシミオ・アレクサンダー。英国出身で、鮮やかな赤髪を靡かせている。隣を歩く薄い永宮雅人は薄いグレーの浴衣を着ていて、アウル覚醒の影響なのか銀髪碧眼の出で立ちだった。
マクシミオと雅人に周囲の視線が集まっているが、本人達は意に介さない。
長身のマクシミオが、雅人を守るように左側のやや前を歩く。その手は、当然のように雅人と繋がっている。
ヨーヨー掬いの屋台でマクシミオは足を止めた。薄青色の水風船が目に留まったらしい。
釣り針を垂らして獲物を狙うが、一度目は失敗。けれどマクシミオは諦めず再度挑戦。
「ワンモアだ。次で取る」
光纏しかねない気迫で、マクシミオが集中する。その甲斐もあってか、二度目でついに目当ての水風船を釣り上げる事に成功した。
手にした薄青色の水風船を、マクシミオが雅人に差し出す。
「ほら。やるよ」
「えっ、いいの? マクシくん欲しかったんじゃないの?」
「いーよ、別に。元々お前に合うと思って取ったンだからよ」
「んー……先越されちゃったなぁ」
そう言って、雅人が視線を周囲に巡らせる。
「あったあった。ちょっと待っててね」
射的の屋台(さきほど京也が猛威を振るいかけた店だ)に向かった雅人が、一番下の段にいた犬のいぬいぐるみに照準を合わた。
数発のコルク弾を命中させ、景品をゲットした雅人がマクシミオのもとに駆け寄る。
「はい、これは僕からのプレゼント。マクシくんにあげる」
マクシくんって犬っぽいしね、と言う雅人にマクシミオが苦笑する。
「サンキュ」
ぬいぐるみを抱えたマクシミオと、水風船を提げた雅人がまた歩き出し、今度はお化け屋敷の前で立ち止まった。
興味を惹かれたようにマクシミオが看板を眺める。
「……お前ダメだっけか。あーゆーの」
「べ、別に平気だよお化け屋敷ぐらい。ただの作り物でしょ?」
と言いつつ、ビクビクとマクシミオの腕に抱きつく雅人。
「……お前が嫌なら止めとくけど?」
顎をくいっと向けさせ、反応を愉しむようにマクシミオが意地悪く言う。
「へ、平気だってば! ほら、行こうっ」
そうして、お化け屋敷に入った雅人だったが、
屋内のおどろおどろしい背景音楽やお化け役の恨み声を掻き消すように、雅人の悲鳴が響き渡る。
怖がる雅人とは対照的に、マクシミオは平然としていた。ホラーへの耐性は極めて高いようだ。ふるふると怯える雅人を抱き寄せ、余裕綽々の表情でお化け屋敷をあっさりとクリアする。
ゴール直前、マクシミオがぼそりと呟いた。
「……やっぱ可愛いな、お前」
その後、屋台巡りもそこそこに、二人は商店街の外れへとやってきていた。
目的は、締めの花火鑑賞。
マクシミオが小天使の翼を発動。背中に美しい翼を顕現させたマクシミオが、雅人をお姫様抱っこして飛翔する。
最大高度まで到達したところで、丁度花火が始まった。
夜空に無数の炎華が輝く。高度を上げたお陰で視界は良好。咲いた花火が散っていく様子の細部まで鑑賞できる。
やがて花火が終わり、地上に降りる時が来た。
合図代わりに、マクシミオが雅人の額に軽く唇を触れる。気づいた雅人がマクシミオを見上げ、自分の唇を指さす。
「ね、こっちにもキスして」
雅人の言葉に、マクシミオが自身の唇で彼の唇を塞いだ。口づけを終えて、マクシミオは甘い息を吐く。
顔を離す際、マクシミオは雅人の耳元で小さく囁いた。
「……ホント、しょーもねぇくらいお前の事好きだわ」
苦笑しつつ、マクシミオが雅人の手を取り、自分の左胸に押し当てる。高鳴る心臓の鼓動を伝えるように。
「……ほれ。分かンだろ?」
「うん……分かるよ。だって……僕のも、ほら
同じようにマクシミオの手を取り、自身の左胸へと持っていく雅人。
夜空に浮かぶマクシミオと雅人が互いを見詰め合う。邪魔するものは何もない。
雅人が、少し甘えたような声を漏らす。
「ねぇ……もうちょっとだけ、此処にいても良い――?」
●千 庵(
jb3993)×飯島 カイリ(
ja3746)
(何で、何でこいつと……!)
サイレントの壇上に立つ飯島カイリは、無言のまま婚約者・千庵を睨んだ。
が、当の庵はいつもの事なので大して気にしていない。
(相変わらず素直じゃないのぅ……)
こんな事を言ったら、たぶん叩かれるだろうから言わないけれど。
庵がカイリと指を絡める。カイリは一瞬だけびくっ、と反応したがむすっとした表情を浮かべたまま。
そんな彼女の怒りを鎮めるように、庵がカイリの頭をよしよしと撫でる。それが不興を買ったのか、カイリがキッと庵を睨み上げた。
「ボクは子供じゃ……!」
ない、と言いかけたカイリの口に、庵は人差し指を宛がった。静かに、と微笑を浮かべた顔だけで伝える。
「〜〜〜っ」
何か言いたげな顔のまま、拗ねたカイリがそっぽを向く。ご機嫌斜めな彼女の様子に苦笑しつつ、庵が懐から林檎飴を取り出して彼女に差し出した。
(林檎飴……! 美味しそう!)
餌もとい林檎飴に釣られたカイリの表情がぱぁっと明るくなる。ひったくるようにして庵から林檎飴を奪い、がぶがぶと齧りついていく。美味しそうに林檎飴を頬張る姿をいるに、多少は機嫌は直ったらしい。
(愛い奴じゃのぉ、本当)
林檎飴に感激した様子のカイリを眺め、庵も和やかな気持ちになった。小動物のように一生懸命食べるその姿が可愛くて、堪らなくて。
「うわっ……!」
カイリの身体が持ち上がる。庵にお姫様抱っこされたのだとすぐに気づき、赤面しながらも彼女は反論しようとしたが、
「騒ぐようであればまたこうするぞ……?」
庵に耳元でそう囁かれ、カイリが悶える。
「やめ……そういうのは、同性に言えよ……!」
耳まで真っ赤にした彼女を見て、ご満悦といった表情で庵が微笑む。そしてふと、カイリが手にする林檎飴をじっと見つめた。
「……? 欲しい、のか……?」
物欲しそうな庵の視線に気づき、カイリがおずおずと林檎飴を差し出す。
庵はにこにこと微笑み、
かぷり、と。彼女の歯形が残る部分を啄ばんだ。食べ終え、庵は舌なめずりするとカイリの耳元で「御馳走様」と囁く。
(ふおおおおおお……! これだから、これだからこいつは……!)
関節キスってだけでも気恥ずかしいってのに……! と顔を覆うカイリ。
爆発寸前というくらいに赤くなったカイリがぷるぷると震える。そんあカイリを見ていつもの調子で歩く庵に、振り向いたカイリのビンタが飛来。頬を狙い、凄まじい勢いで放たれたそれを庵はぎりぎりで回避したが、掠めた指先だけでも地味に痛い。へたな天魔よりよっぽど怖かった。
それでも、彼女を好きな事に変わりはないのだけれど。
じぃぃ、とカイリが庵を睨む。何だろうと思って微笑みを返すと、カイリが手にしていた林檎飴を強引に庵の口に捻じ込んできた。
(林檎飴プレイとは斬新じゃのぅ……)
などと軽口を言おうとした直後、背伸びしたカイリが庵に飛びついた。庵の目元に刻まれた、傷口にキスするために。
「……っ!」
ささやかな反撃に驚いた庵が目を見開く。
「……お、お返しだ、ばーか……!」
カイリは恥ずかしいのかすぐに飛び退き、強がるように告げる。その顔が、たまらなく愛おしいと庵は思った。
庵がカイリを抱き寄せる。
「ちょっ、おま……!」
「好きじゃよ、カイリ」
「な、なっ……!?」
有無を言わさず、庵がカイリと強引に唇を重ねる。
口づけは、林檎の味がした。
●夏雄(
ja0559)×夏木 夕乃(
ja9092)
夏雄と夕乃は一緒に参加するはずだったが、コンテスト前にはぐれてしまっていた。
探したが夕乃は見つからず、けっきょく開始時刻が来てしまった。
お祭り見物中に買った鬼のお面を着けて、夏雄が仕方なく告白大会のステージに上がる。
「あー……一緒に参加して……おいらの分も叫ぶと豪語していた後輩と……祭り見物中にはぐれました……なので、悪いけどおいら達は棄権――」
棄権する、と言いかけたところで携帯電話が着信を告げた。
「失礼」
と、大衆に詫びつつ電話に出る夏雄。
「もしもし――」
『夏雄先輩マジカワ2000%ぉぉぉぉおおおおおっっ!!』
きぃぃぃん、と鼓膜を破る勢いで放たれたのは、後輩・夕乃の声だった。
普通に出場しても思いの丈を全て叫び切る前に猿ぐつわ噛まされて簀巻きにされる気がする、とは夕乃の談。よって大変心苦しいですが、先輩を撒いた後、邪魔されない所から叫ぶことにしますぅ(はぁと)というのもやっぱり夕乃の談。
夕乃が電話越しに、夏雄への愛を叫ぶ。
『暖があれば吸い寄せられ、戦闘力より鉄パイプを取り、暖かさがあれば防御力なんて知ったこっちゃない。
しかしそのブレない姿勢とは裏腹に、体重計は怖い乙女な部分がキュンとします。夏雄先輩ラブリィィィィィ!!』
ぷつっ。
つーつー、つーつー……。
夏雄が怒りやら恥ずかしさやら耳へのダメージやらで戦慄く。
「後輩ーー……!」
「てへぺろっ☆」
潜んでいた観客席の遠方からばちんとウインクし、夕乃が離脱。無論、鬼の面を被りなおした夏雄はそれを追う。
「待てええええええ!!」
「きゃー、捕まえて下さい、夏雄先ぱぁーい!」
●そして終わる相愛杯
「いやぁ、みんな萌え萌えしたね静矢さん!」
「初々しくて良かったねぇ、特に紫音さんの反応といったら……ふふふ」
観客席から鳳 蒼姫(
ja3762)と鳳 静矢(
ja3856)の夫婦がによによと笑う。手製の垂れ幕まで用意していたほどの熱烈ぶりだ。本人達が知ったら恥ずかしさで悶絶するかもしれない。
「ふゆみがみんなのらっぶらぶ☆をチェックするんだよっ」
『黒田ペアは、うん、紫音ちゃんが初々しくて可愛い』『浪風ペアは、安定である』『彼氏が彼女をいたわってる感じ→(*´∀`)イイネ! 』と皆が投票用紙に記入していく。そして、ついに判定が終了した。
壇上に上がったラブコメ研究クラブの部長陣が、優勝者を発表する。
皆が固唾を飲む中、ついにその時がきた。
「優勝者は……全員です!!」
どーん、と効果音つきで告げる部長。いや、最初からそんな予感はしていたけれども。
「沢山のいちゃらぶを見せてくれてありがとうございました! これでしばらくは萌えに困りませ……いや、学園には素晴らしいカップルや夫婦がいるんだなと痛感いたしました! たいへん感動しました」
「これ、そういう企画じゃないよね?」
副部長のツッコミに、部長の女子生徒が大きく咳払いする。
「ごほん……えっと、それはさておき、参加してくださったペアの皆さんには記念品の花束と『いちゃらぶカップル』の称号を進呈します! 本日はお集まりいただき、本当にありがとうございましたー!」
ラブ研の二人が締めに入る。
「すべてのカップルに幸あらんことを!」
「末永く爆発してください!」
そうして、砂糖な一日は終わり。
「はふー……ふゆみも、だーりんにあうゆうふうにしてほしいなぁ……」
うっとりとした表情で帰路につくふゆみ。 本当は自分も彼氏と参加したかったが、残念ながら無理だったので審査員として参加していたのだった。
コンテスト後、彼氏に会いに行くふゆみさんなのだった。
煌く夏の相愛杯、おしまい。