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マスター:烏丸優
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/08/20


みんなの思い出



オープニング

●撃退署

 先日のレイン(jz0211)による都市侵攻は、水際で阻止することが出来た。
 だが、現地撃退署の消耗は少なくなく、他方から増員が派遣される事態となっていた。
 前々回の撃退署襲撃と、前回の防衛戦。これまでのレインとの戦いで、すでに多くの国家撃退士が死傷している。
 撃退署の署長室では、中年男性の署長と次長とが陰鬱な顔で話し合いを続けていた。
「……できることなら、こっちから打って出たいですが……現状の戦力がそれも厳しいですな」
「うむ……悔しいが、今の我々では都市の防衛で手一杯だ。ディアナの支配エリアや、周辺の占領区域にまで手を割く余力はない」
「久遠ヶ原学園も頑張ってくれてますが、エリアの偵察や情報収集もまだまだといった状況ですからね……やはり、あのヴァニタスを迎撃するしかないでしょう」
「ううむ……」
 次長の言葉に、署長が苦い顔になる。成長著しい久遠ヶ原学園の撃退士たちならいざ知らず、撃退署のメンバーではレインを倒すなど不可能に近いと言わざるを得なかった。
「頼みの綱は、新設された対レイン部隊か……」
 撃退署とて、ただやられっぱなしでいたわけではない。実戦で得られた情報を基に、レインへの対策を推し進めている。もっとも、それは防御寄りの部隊で、今ひとつ決定打に欠けていた。無策より多少はまし、といったところだったが――

 署長の思考を断つように、甲高い警報音が室内に鳴り響いた。

 緊急用のそれは、まず使用されることのないはずのもの。
「何事だ!」
 慌しい足音と共に、ノックもなく扉が開いた。入ってきた撃退士の男が、署長らに凶報を告げる。

「レインが――撃退署に侵入しました!」

「何だと……!?」
「馬鹿な、二十四時間体制で警戒を続けているんだぞ!? 一体どうやって……」
「そ、それがっ、レインはどうやら姿を消す能力を獲得しており、攻撃されるまで侵入を察知することができませんでした……! 現在、一階フロアにて応戦しておりますが、為す術がありません……っ」




 撃退署一階。
 応戦した男は、武器を構えたまま恐怖に震えていた。
 荒れ果てたフロアには、傷ついた撃退士たちが立っている。そしてその周囲には、無数の死体が転がっていた。
「こんなの、どうすりゃいいんだよ……!」
 レインの姿はどこにも見えない。だが、攻撃は確かに行われている。
「ひぃぃっ!」
「っ――!?」
 衝撃音と悲鳴が炸裂し、男がそちらを振り向く。
 横合いから放たれた蒼い光に、剣を構えた同僚の肉体が押し潰され、挽肉となって弾け飛んだ。
 跳ねた血液が男の頬や服に付着するが、今は気にしている場合ではない。
「くっ……そこかぁ!!」
 攻撃が放たれた方向に向かって、男が拳銃型V兵器を猛射する。無数にアウルの弾丸は壁や床を穿つが、レインに命中した手応えはない。
 レインの禍々しい気配は微かに感じる。だが、精確な居場所がわからない以上、どうしても命中精度は大きく落ちてしまう。
(何か、何か打開策を……このままじゃ……!)
 突然の襲撃に動揺する男の頭では、この状況を打破する方法が咄嗟に思いつけない。

「――絶望を抱えたまま、死んでください」

 見えざる魔女が、何処かから死刑宣告を下す。男がそちらを振り向くが、もう遅かった。
 光の槍が、男の頭を貫通。首を失った肉体が、べちゃりと音を立てて床に落ちる。 


●久遠ヶ原学園

「緊急事態です! ヴァニタス・レインが撃退署を襲撃しています! 至急、現地に向かって撃退をお願いします!」
 オペレーターの切迫した声に導かれ、学園生たちがディメンションサークルへと駆ける。
 道中の説明によると、撃退署に侵入したレインは『姿を消していた』という。レインは魔法攻撃に特化したタイプであり、おそらくは支援系ディアボロによる特殊能力だと推測される。
 報告によると、撃退署もレインへの対策を実施しており、何とか粘っているようだ。だが、このままでは壊滅は時間の問題だろう。
 急がなくては。
 最低限の準備と相談を済ませた撃退士たちが、ディメンションサークルに到着。
 ワープ装置に乗った戦士たちが、現地へと転送されていく。
 待ち受けるのは不可視の魔女レイン。そして、恐るべき二体の蛇女。
 撃退士たちの運命は――。


リプレイ本文



 久遠ヶ原から増援が来る。
 それは、撃退署の全員とって、残された唯一無二の希望だった。
 転移装置の召喚地点に多少の誤差が生じたとしても、撃退士の走力ならば此処まで駆けつけるのに一分と掛からないはずだ。
 アウルを振り絞り、傷だらけの撃退署員達が踏ん張る。
「あと一分……! あと一分、生き延びれば……!」
 己に言い聞かせるように、撃退署員が繰り返し呟く。久遠ヶ原学園は、世界最強の撃退士集団と言っても過言ではない。そこを卒業して成長が頭打ちになった自分達とは違い、現役の学園生達は無尽光の可能性を秘めている。彼らならばこの絶望的な状況を打破して、きっとレインに一矢報いてくれる――。
 そんな幻想にも似た儚い希望を抱く撃退署員の心中を察したのか、不可視の魔女が嗤う。
「頭の悪い人達ですね。あたしが何処にいるのかも分からない癖に」
 くすくすと、撃退署員達を心底馬鹿にしたように、レインは嘲笑を込めて告げた。
「貴方達――あたし相手にあと一分も生きていられると、本気で思ってるんですか?」


 撃退署へと急ぐ学園生達の脚が止まる。
 彼らの前には、二体の蛇女が立ちはだかっていた。
 立ち塞がるのは、隻眼のメデューサ。そして、折翼のエウリュア。
「やはり来た、か」
 さして驚いた風でもなく、アスハ・ロットハール(ja8432)が言う。
 以前の撃退署襲撃事件で学園生に敗れたレインが、援軍を警戒しないとは考えにくい。先の戦いで撃ち漏らしたゴルゴーンを捨て駒に使ってくる事くらいは、容易に想像がついていた。
「レインの前にアナタからね! いいわ! 解体してあげる! キャハハ!」
 吹き荒ぶ修羅の狂気を身に纏い、雨野 挫斬(ja0919)がワイヤーを構える。時間は無いが、奴らが自分達を見す見す通すはずもないだろう。
 交戦は必至。ならば、迅速にこれを撃破するのみ。
 晴れ渡る青空に、殺意の混じった天のアウルが暗雲となって膨れ上がっていく。
「今度こそ消してあげます」
 純白の笑顔を浮かべたまま、天駆けるエリーゼ・エインフェリア(jb3364)が魔法槍を召喚する。呼び起こした漆黒の槍は、エウリュアの翼をもぎ落とした時の物とはまた違っていた。
 深淵の槍『トリュシーラ』。前回の戦いから今回までの短期間で、彼女が新たに習得した凶悪な攻撃術だ。
 エリーゼが暴風を纏った黒槍を投擲。堕天使の放った深淵の槍は、吸い込まれるようにして飛ぶ女へと突き刺さった。黒槍に宿された暴風が炸裂し、エウリュアが潰された蛙のような悲鳴を漏らしてもがき苦しむ。
 必死に耐える女のディアボロを前に、破壊天使が恍惚とした表情を浮かべる。蛇女の美貌が苦痛に歪むのを愉しんでいるような、無邪気で残酷な笑顔だった。
 エリーゼに続いて、諸伏翡翠(ja5463)が紫電の矢を発射。朦朧とする蛇女の胸を的確に叩いた。
(……大丈夫。私には、私のできることがある。それを精一杯やればいいだけ)
 ヴァニタス・レインに加えて、高知能の上級ディアボロが二体。経験の浅い自分には厳しい相手だと感じながらも、翡翠が戦闘を続ける。
 翡翠はエウリュアの能力を把握済み。長大な霊弓による一撃は、エウリュアが持つ対物理の再生能力を発揮させない為のものだった。
 暴風の拷問から逃れたエウリュアが、羽ばたいて後退。最大射程まで下がり、反撃の暗黒矢を飛ばした。
 天界勢に効率的に攻撃を当てて破壊する事のみに特化された闇の矢が、空中に浮かぶエリーゼに迫っていく。
「読んでましたよ」
 エリーゼが魔法障壁を高速展開。邪悪な魔法矢を防御する。
 前回の戦いを経て、高火力の自分が狙われるであろう事をエリーゼは予想していた。
 この一撃さえ耐える事が出来れば、返しのターンでエウリュアを楽に倒せる、はずだった。
 だが、エウリュアは元々命中精度に優れた個体。そこにカオスレートが加われば、独りでは避ける事も受ける事も困難な必殺の一撃が生まれる。
 蛇の矢がマジックシールドを砕き、エリーゼの胸部に着弾。障壁で攻撃を受け流そうと試みたが、矢の威力は多少下がってもエリーゼを気絶させるには充分だった。
 もう一体のゴルゴーン、統べる女・メデューサが翡翠に迫る。石化の魔眼で動きを封じ、エウリュアの弓撃で仕留める魂胆なのだろう。
 無数の斬糸が煌き、メデューサが飛び退く。
 翡翠と引き剥がすように、挫斬がメデューサの進行方向に割り込んでいた。
 エウリュアの支援に向かおうとする蛇髪の女に、挫斬がワイヤーを繰り出す。
「つれないな〜。私だけを見てよ! アハハ!」
 チタン製の細いワイヤーが舞い、回避し切れなかったメデューサの脆い肉体が削げ落ちていく。闘気解放した彼女の攻撃は、威力と精度が強化されていた。
 獲物を斬り刻む悦楽に酔いしれながらも、挫斬の思考は冷静さを失わない。肉体強化が解けそうになった段階で、再び闘気解放を掛け直して――
 その直後、メデューサが素早く、蛇の半身を活かして這い回った。強化を維持する為にスキルを使用した挫斬の背後に回り、メデューサが阿修羅の背中を睨み付ける。
「くっ……ペルセウスの術〜!」
 咄嗟に振り向き、用意していた手鏡を翳そうとしたが、挫斬の細い体が石となっていくのを避けられない。「ペルセウスの嘘吐き〜!」という叫びを最後に、彼女は石像と化して静止してしまった。


 手負いといえど、二体の上級ディアボロ・ゴルゴーンは中々の手強さだった。
 何としてでも、此処を突破しなくてはならないのに。
「貴様、頑丈らしいな。……我が武威にどれだけ耐えられるか、試してやるとしよう」
 尊大な言葉と共に、フィオナ・ボールドウィン(ja2611)が周囲に魔法球を展開。エウリュアを取り囲むように、赤色に輝く球体を大量に配置していく。
 エウリュアに、逃げ場は無い。
 武器が一斉に投射され、蛇女に全弾命中。フィオナの投影魔術『円卓の武威』は、冥魔の眷属たるエウリュアに対して絶大な威力を発揮していた。
 けれど、高い生命力を誇るゴルゴーンを撃破するには至らない。
 カオスレート変動の隙を逃さず、エウリュアは即座に反撃した。移動しながら遠距離から必殺の三連撃を撃ち込み、フィオナを一気に追い詰める。
 鳳 蒼姫(ja3762)がエウリュアを追い駆け、マジックスクリューを発射。魔法の嵐が炸裂し、朦朧効果こそ与えられなかった物の充分なダメージを与える事に成功した。
 すぐさま蛇女は弓を引く。蒼姫に矢の雨を降らせるが、その攻撃が届くことは無かった。
 蒼姫を我が身を挺して護ったのは、夫である鳳 静矢(ja3856)。彼は妻の前に立ち、飛んできた魔法の矢を全て受け止めたのだ。
 猛撃を耐え抜いた静矢が、魔法刀『紫陽花』を抜刀。紫色の刃を一閃し、鳳凰の斬撃をエウリュアへと叩き込む。
 飛ぶ女が両腕を掲げ、アウルの衝撃波を受け止める――事は出来なかった。
「生憎、魔法も割と得意でな」
 静矢の紫鳳翔は、熟練の魔術師にも劣らぬ威力を誇っていた。装備一つでどんな状況にも対応できるのは、万能型剣士ゆえの利点だった。
 再生能力を活かす事も出来ず、満身創痍のエウリュアはそれでも引き撃ちを続ける。一秒でも長く撃退士を足止めしようと、敵も必死なのだ。
 そんな蛇の射手に、気絶から立ち直ったエリーゼと、リジェネレーションで強引に傷を癒したフィオナが迫り、呼び起こした火炎を飛ばす。
 二人の放った焔の魔法に灼かれ、瀕死となったエウリュアに翡翠の魔法矢が貫通。そのままディアボロは崩れ落ちた。
 勝利の余韻に浸る事なく、紫電の剣士がメデューサの元へと駆ける。


 アスハがグラビティゼロの杭弾を連射し、メデューサに猛追。近接戦闘に特化した彼の馬力は、ベテラン阿修羅にも引けを取らない。
 蛇女が流れるように動き、五本の杭が立て続けに地面を穿つ。鋼鉄の五連打はいずれも回避されたが、避けられる事までアスハの想定内。
 紅蓮の魔術師に誘導されたメデューサを待っていたのは、赤き瞳の龍人――リンド=エル・ベルンフォーヘン(jb4728)。
 リンドが生み出した水月霊符の刃が、蛇女の顔に向けて飛ばされる。
「御主には無用の長物だ、抉り取らせてもらうぞ」
 石化の魔眼を狙った水刃は寸前でかわされ、頬を斬りつけるのみに終わった。血涙を流すディアボロが魔眼を発動すると同時に、蛇と化した髪の毛を伸ばして二人の動きを封じた。
 特殊抵抗力を上昇させたアスハと護符の加護を施されたリンドには、蛇女の呪いは通じないはずだった。しかし、メデューサのそれは平均より強力であり、独力では確実に解呪できなかった。
 数秒の時間を掛けて呪縛から逃れた二人が再び攻撃に転じる、より早く、彼女も石化から回復して動き出していた。
 挫斬が斬糸を思い切り振るい、蛇女を弾き飛ばす。
「今よ! 敵は動けないから集中攻撃して!」
 スタンした蛇女を、アスハの射出した太い杭が貫く。リンドの水刃も、今度こそ隻眼を抉り抜いた。
 更に駆けつけた静矢が踏み込み、滅光の一太刀で蛇女を両断。終止符を打った。
「予想外に手間取った、な」
「急ぎましょう! レインちゃんに逃げられちゃいます!」
 ゴルゴーンを倒した学園生達が、装備やスキルを整えつつ全速力で撃退署へと向かう。
 既に転移してから四十秒近く経過していた。レイン相手に、このロスは痛い。
「お願い、間に合って……!」
 翡翠が零した切実な願いは、全力移動の荒い呼吸に溶けていった。




 撃退署に踏み入った学園生達が見たのは、十の死体と、負傷した撃退署員達。
 レインの姿は、やはり見えない。
「姿が見えぬ、か。小物は小物らしくそのまま震えていろ……とはいかんな」
 苦笑しつつも、楽しげにフィオナが言う。
「姿無き敵と言えど、成すべき事は変わらぬ。滅すべきを滅す、救うべきを救うのみ……」
 リンドがブラキウムを構える。
 姿は見えずとも、気配でおおまかな位置は解る。
「……随分と弱くなったものだな、レイン。あの時の自信は、どうした?」
 レインが居るであろう方に向かって、アスハが問う。彼女の攻撃を、誘い出すように。
「…………」
 返答は無い。けれど怨敵の言葉を受けて、ヴァニタスの不可視の圧力は確かに増大していた。
 ――『光雨』が、来る。
 広域殲滅魔法の発動に気づいた蒼姫が、咄嗟に蒼の舞踊守陣を発動。出現した蒼き鳳凰が障壁を作り出し、術者を護ろうとした。
 蒼姫は一般生徒の中では最高クラスの防御性能を誇る。受け防御に成功していればこの攻撃を完全に防ぐ事も出来たが、
 降り注ぐ雨に灼かれ、鳳凰が木っ端微塵に消えていく。
 他にも展開されていた障壁をことごとく砕き、微細な光弾の雨は撃退士達の体を貫通。死の雨は床をも穿ち、一帯には一瞬で円形の窪地が出来上がっていた。
 残る殆どの者は一撃で気絶寸前まで追い詰められていたが、リンドが気合いで気絶から脱する。
 龍人の口からは、アウルの電光が漏れていた。
「……虚しい雨は好かぬ、耳障りだ」
 リンドが自身の口腔を砲台にして、轟雷の咆哮をあげる。放射された高密度のアウルは、光雨が放たれた地点周辺の天井へと向かって炸裂。天井部が崩壊し、砕け落ちた瓦礫が周囲に散らばった。
 崩れ落ちる瓦礫の音に混じって聴こえたレインの足音を、撃退士達は逃さなかった。
「……そこ、か」
 赤き風となってアスハが疾走。魔を断ち冥を穿つ穿孔兵器を巨大化し、不可視の魔女の懐に一気に飛び込んだ。
 アスハの傍らに、紫閃が飛来する。
 静矢が撃った紫鳳翔も、アスハと同じタイミングでレインに到達していた。
「紫電の鳳凰で吹き飛ばす……!」
「……撃ち抜け、バンカー!」
 轟音が唸る。
 二人の攻撃は、連続で見えざる魔女に命中。確かな手応えがあった。
 レインの小さな呻き声が聴こえ、苦痛に顔を歪める青髪の少女が一瞬だけ浮かび上がる。が、すぐにまた消え、気配も遠退く。
 しかし、視覚は誤魔化せても音だけは消しようが無い。
「蒼姫ねぇ、右!」
 散乱した瓦礫を踏む音を頼りに、翡翠と蒼姫がレインに迫る。
「 同じ『蒼』を司るに相応しい者は、貴女かアキか! さぁ、レイン! 死合って行くですよ!」
 蒼姫が虐殺の斧槍を振るい、霧雨の刃を降り注いだ。翡翠もスピンブレイドを発動し、全身全霊の一撃を放つ。
 手応えは――無い。
 魔女に肉薄した二人の後ろから、声がかかる。
「惜しかったですね。でも、これでお終いです」
 振り向くより早く、二人の背を蒼い光の槍が串刺しにした。


「この辺りが限界、ですね」
 透明化を解いたレインとディアボロの姿が露となる。傷は負っているが、致命的という程ではない。
 だが、不完全とはいえ透明化は破られた。生き残った撃退署員達にも人海戦術で同じ事を繰り返されれば、防御が脆弱なレインに勝算は無い。
 戦場の悪化を気にせず光雨を撃てば、あと十人は殺せるかもしれないが……相応のリスクを背負わざるを得ない。
 結局、レインは撤退を選択した。今回も撃退署に壊滅的なダメージを与える事が出来なかったのは悔しいが、最低限の仕掛けは出来た。ディアナに与えられた仕事はまだ他にもある。ここで生き残る事が主人の益になるのなら、自分はそれを優先するのみ。
 この虚影の体は全てあの人の物。この仮初の命は、あの人に尽くす為だけに存在する。
 不意に、蒼きヴァニタスの思考を遮るように高い声が響いた。
「きゃー、レインちゃーん!」
「っ……貴女は……!」
 撃退署を出ようとしたレインが、横に飛び退く。抱きつこうとしたエリーゼが空振り、残念そうな顔になる。
「折角の再会なのにひどいです!」
「……貴女も来てたんですね」
 宿敵の姿を認め、レインの蒼い瞳に氷点下の殺意が浮かび、消える。
「……成程、エウリュアにやられたんですか。貴女とまた戦えるのを愉しみにしてたんですけど……残念です」
 今の傷ついたエリーゼとは戦うに値しない、と断じたのか、レインは再び姿を消し、そのまま去っていった。
「……もっと強くなって、次は倒してあげますからね!」
 見えないレインの後ろ姿に向かって、エリーゼが吼える。
 ヴァニタスの返事は無かった。






依頼結果