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悪の親玉を倒しても、傷付いた人々や壊れた世界が元通りになることは無かった。
そして、東北から冥魔による脅威が去ることも、依然として無くて。
「まだ、こんな形で侵攻の爪痕が残っているのですねー……」
打ち棄てられた廃工場を前にして、櫟 諏訪(
ja1215)が寂しげに呟く。
救われない地では、いまだに涙が流れ続けている。生まれ故郷でもある東北地方を再建するためには、自分にできることを一つ一つやっていくしかないのかもしれない、と諏訪は思った。
「この戦いが、東北での戦いを終わらせる一助になればいいですが……」
そう呟いたファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)の傍らで、友人である久遠 仁刀(
ja2464)が一歩を踏み出した。
「残党狩り、か。甘くは見ないが、怯える理由などないし、怯えている場合ではない――叩き潰す」
「…………仁刀さん。無茶が過ぎれば、彼女さんに言いつけちゃいますからね?」
「ん……まあ、怒られずに戻ってこれるように頑張るさ」
ファティナに脅……釘を刺され、仁刀が出鼻を挫かれたように苦笑する。よく説教をされるが、仁刀にとってもファティナは大切な相手だ。一緒に戦えるのは心強い。
この中に潜伏しているのは、手負いの戦士たち。弱ってはいるが――だからこそ、油断ならない怖さがあった。
追い詰められた獣は、時に予想もつかないような反撃を見せる。気を抜けば、狩られるのはこちらのほうだろう。
「ふーん、まだしつこく生き残ってるんだ? めんどうくさいから、とっととしねばいいのに」
臨戦態勢に入ったエルレーン・バルハザード(
ja0889)が、臆することなく扉に手をかける。奇襲のために、すでに遁甲の術は掛けられていた。
「……これが撃退士としての初戦闘。不安はある、けど、問題はない。教本通り、仕事をこなすだけ」
月見里 万里(
jb6676)が淡々と言い、風のアウルを身に纏う。
準備を終えた撃退士たちが、一斉に突入していく。
だだっ広い廃工場の中には、蛸頭の戦士たちがばらばらに散らばっていた。
無数のブラッドウォリアーが襲撃者に気づき、うろたえるような仕草を見せる。
突然の奇襲に、ディアボロたちは少なからず動揺しているようだった。
「まずは目に見える敵から、ですね」
魔法を素早く紡ぎ終えたファティナが、先制のスリープミストを発動。睡魔をいざなう霧を、浮き足立つ蛸頭に向けて広げていく。
不意を突けたお陰か、初手から睡眠魔法は成功。ブラッドウォリアーの一体が無力化される。
「折角の好機、逃す手はない」
万里が虚空のリングから、五つの黒球を出現させた。黒球はまっすぐと飛び、眠りに堕ちたディアボロに衝突する。
ヘルズアイズを狙いたかったが、突入時点では位置が確認できなかった。標的に固執して愚図つくより、先制攻撃で打撃を与えることを優先し、万里がブラッドウォリアーに火力を集中。
「さて、一網打尽にさせてもらいますよー?」
同じく諏訪も、スターショットを発動。銃身に光を宿し、対冥魔能力を瞬間的に上昇させた。
初手にして最大火力で放たれたアサルトライフルの聖なる銃弾が、万里が傷つけた蛸頭を浄化、とどめを刺す。
奇襲の利を活かし、まずは迅速に一体が撃破された。
「初撃は成功か。こちらもこのまま食い破らせて貰おう」
改めて祖霊符を起動した仁刀が、混乱する敵陣へと突入していく。構えるハクロウには、月白のオーラが纏っていた。
オーラを纏った刃が振り抜かれ、霧虹の如き揺らめく長大な弧を描く。
ブラッドウォリアーを薙ぎ払う必殺の白虹は、けれど運悪く回避される。
仁刀を放置し、身軽なブラッドウォリアー亜種は諏訪へと接近。カオスレートを変動させた諏訪に、中距離の間合いから魔法弾を撃ち込む。天冥の差が乗り、威力は絶大。
アウルの矢が風を切る。
マキナ(
ja7016)が放った矢に射抜かれ、諏訪に攻撃したばかりのブラッドウォリアーが倒れた。
「敗走兵にはさっさと退場してもらおうか」
重体復帰後の体慣らしにと参加したマキナが、闘気を解放。味方のフォローとして、天翔弓で援護射撃を行う。
熟練の鬼道忍軍である神凪 宗(
ja0435)も突入。敵へと突撃する――のではなく、工場内の壁を駆け抜ける。
「索敵ならば任せろ」
高所まで登った宗が、工場内を見渡す。視界を遮り、死角を生み出していた障害物に隠れていた敵の位置を確認する。
「いたぞ。十時の方角にデュラハンを発見した」
宗の言葉に、デュラハンを探していたエルレーンとマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)が反応。弾丸の速度で特攻していく。
が、そんな二人の四方から魔法弾が殺到。
大胆に動いた二人の隙は大きく、ブラッドウォリアーたちの格好の餌食となってしまった。
奇襲から持ち直したディアボロたちに襲われ、けれどエルレーンは怯むことなく突撃。
「人をころす天魔なんて、私がころすころすころすッ!」
「…………」
偽神マキナも、デュラハンへの突撃を続行する。
隻腕の騎士の間合いに踏み込んだマキナは、正面から敵と対峙していた。『右方面からの攻撃を避けにくい』とされているが、それを視野に入れる事はなく。
それは、手負い相手の驕りではない。
相手が手負いであるが故に、その隙を突く事など認められない、とマキナは思う。
正々堂々となどは言うまい。戦場に於いて、その様な物に価値はない。
されど全霊を以ての激突にこそ意味があるのだと。
彼女は偽神――終焉の幕を引く偽り神≪デウス・エクス・マキナ≫。
彼女の何処までも己が渇望に愚直であり、故に不変の信念を以て求道を駆ける。
『如何な理不尽も退ける者で在りたい』。
それが、己がその理不尽と化す矛盾を孕んでいたとしても。
その先にこそ求めた物があるのだと、信じているが故に。
マキナが黒焔の鎖をデュラハンに叩き込む。
だが――デュラハンは倒れない。
縛鎖の一撃は強力だったが、頑丈な鎧に阻まれて決定打には成り得なかったのだ。
デュラハンが大剣を翻し、怒涛の三連撃をマキナへと浴びせる。
三条の斬撃に裂かれ、マキナは血飛沫を噴き上げて地面に崩れた。
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「仁刀さんー! 後ろに一体隠れてますよー!」
諏訪の頭頂部の毛先が敏感に動き回り、隠れていたブラッドウォリアーを発見。後ろを取られていた仁刀へと知らせる。
振り返った仁刀の脇腹が、突き出された魔法槍が掠めた。さらに、相対していたもう一体のブラッドウォリアーが魔法弾を発射。弧光で防げない猛攻が続く。
ダメージ自体はそれほどではない。しかし、負傷が蓄積すれば頑強な仁刀といえども危うい。
仁刀が白虹で突破口を開こうとして――
ドラム缶を突き破った光線が、仁刀の右脚を貫いた。
「くっ……!」
麻痺した仁刀が片膝をつく。睨みつける先には、眼球の異形が浮遊していた。
運悪く完全に障害物に隠れていたヘルズアイズは索敵でも探知できず、仁刀を死角から撃ち抜いていた。
もっとも、単身で深くまで飛び込んだ時点で、後衛である索敵手たちのフォローも間に合わない可能生が高かった。前衛たちはいずれも実力者揃いだが、ばらばらに動いたのは失敗だったかもしれない。
ヘルズアイズが、眼球の前に光を収束。再び強烈な光線攻撃を放つ構えを見せた。
轟音と共に電光が舞う。
殺戮の閃光が解き放たれる寸前で、迸る雷撃の蛇がヘルズアイズの眼球へと殺到。二つ目の眼球を潰されたヘルズアイズが明後日の方向に光線を飛ばし、苦痛に悶えるように鳴動する。
窮地の仁刀を救ったのは、友人であり高位の魔術師でもあるファティナだった。超距離からのライトニングで、的確にヘルズアイズの弱所を突いたのは流石というべきか。
「仁刀さん……無茶はするなとあれほど……!」
「……すまない、助かった」
体内の気の流れを制御し、傷を癒した仁刀が何とか立ち上がる。
反撃開始だ。
嵐の如くに襲い掛かるデュラハンの斬撃を、エルレーンは空蝉を駆使することで回避し続けていた。
だが同時に、エルレーンの無防備な側面や背後からもブラッドウォリアーが飛ばした魔法弾が迫ってくる。
彼女は気配を殺して動いているが、真正面から切り込んだことで敵の気を引いたのか、残念ながら潜行の効果が十全に発揮されることはなかった。
魔法杖を携えたブラッドウォリアーが、後ろからエルレーンを攻撃しようとして、額に矢を受けてそのまま倒れる。
「大丈夫か、バルハザード」
エルレーンに迫るブラッドウォリアーの一体を屠ったのは、蒼炎の修羅マキナ。遠距離攻撃は苦手らしいが、その矢は手負いの戦士を一撃で仕留める威力を誇っていた。
立ち上がった偽神を追い詰めようとしたブラッドウォリアーの一体には、銃弾と黒球が連続で命中。諏訪と万里が協力して攻撃することで、即座に撃破した。
「後ろからの援護射撃は任せてくださいなー?」
「各個撃破は、避けたい。確実に、数の差を詰めてく」
味方の劣勢を立て直すべく、宗が影を凝縮して無数の棒手裏剣を投擲。壁から降り注ぐ闇の手裏剣術が、ブラッドウォリアーたちを襲う。
「やってくれたね……くだけちゃえよっ、このバケモノめッ!」
エルレーンが跳躍し、デュラハンの頭上まで飛翔。そのまま急速落下し、全体重を乗せて鋭い一撃を繰り出した。
兜割りの一撃が決まり、首なし騎士がよろめく。朦朧としたデュラハンに、偽神と化したマキナが連撃を畳み掛ける。
堅牢な防御を無意味と断じるのは、諧謔による強制の一撃。
二人の攻撃によって大きく物理防御が低下したデュラハンが、地面に倒れ伏せる。そして、その後起き上がることは最早なかった。
諏訪は再びスターショットを発動し、その銃口をヘルズアイズへと向けた。
「厄介な麻痺攻撃、そう食らうわけにはいかないので、落とさせてもらいますねー?」
星の輝きを放つ銃弾が、ヘルズアイズを貫く。だが、倒れない。
さきほどカオスレート変動時に強烈な攻撃を喰らい、諏訪は気絶寸前。反撃を喰らえば終わる。
「……こんなところで、躓いている場合じゃない」
回復した仁刀が、オーラを刃に込める。今度は外すわけにいかなかった。
剣閃が煌く。
振り抜かれ、爆発的に伸びた斬撃が、直線上にいたブラッドウォリアーごとヘルズアイズを両断した。
脳漿を撒き散らし、真っ二つになったヘルズアイズが地面に落ちる。
ヘルズアイズ撃破に伴い、宗は壁走りを解いて地上に降りた。
悪神の曲剣を手に、ブラッドウォリアーへと接近し、腐毒の斬撃を浴びせる。
「最大火力で、仕留める」
瀕死のブラッドウォリアーに、万里が振るった結晶の鞭が一閃。弾き飛ぶようにして戦士が撃沈する。
残るディアボロは、ブラッドウォリアー二体のみ。
逆境に立たされた蛸頭の一体が、逃走を決断。その素早さを活かし、出口へと駆けるが、
「無駄な足掻きだな」
ニグレドに持ち替えたマキナが、力を込めて糸を繰る。黒き鋼糸を叩き込まれ、ブラッドウォリアーはあっさりと押し飛ばされた。
「逃がしませんよ」
雷霆の書を開いたファティナが、呼び起こした雷剣でブラッドウォリアーの首を刎ねた。
蛸の頭部が地面に転がり、連動して胴体も崩れ落ちる。
残るは一体。
仁刀、エルレーン、マキナの三人は、最後の一体を壁際に追い詰めていた。
透過が封じられている以上、逃げ場は無い。
一対三で挑めば、この三人ならばまず負けることはないだろう。
ブラッドウォリアーに逆転は不可能。完全に詰んでいた。
「手こずったが……これで仕舞いにしよう」
「とっととしんぢゃえッ!」
「終わりです――」
三人の攻撃が一斉に放たれる。
そして、戦いは終わりを迎えた。
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戦闘後、帰路に着く前に丹下 あかり(jz0162)と撃退士一行は八戸市を訪れた。
壊れた街並みは、大切な何かがぽっかりと欠けてしまったようで。
「……はやく、復興が進むといいですねー」
避難した人々が戻ってくるまでは、九魔侵攻は完全には終わらない。
そのためにも、まずははぐれディアボロの脅威を取り除かねばならないだろう。
今回、残党の一部は無事に殲滅することが出来た。小さな一歩かもしれないが、人類は確実に再生への道を進んでいる。
今日の戦いが、誰かの笑顔に繋がれば良いな、と諏訪は思った。
「なんとかして、みんなが笑い合える最高の結末にしたいですねー……」
それはおそらく、簡単なことではないだろう。
けれど、これからも成果を積み重ねてゆけば、きっと。
いつか、傷痕に流れる涙が枯れることを願って、撃退士たちは東北を後にした。