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マスター:烏丸優
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/08/03


みんなの思い出



オープニング

●東北某所

「うん。今回のドラゴンシリーズは、なかなか良い感じだね」
 完成した巨大な黒竜を見上げ、ぶかぶかの白衣服を着た少年が笑顔になる。
 少年の名はネア。ディアボロの扱いに長けた創魔のヴァニタスだ。
 ディアボロの出来に満足したのか、ネアが上機嫌で黒竜に呼びかける。
「キミはおっきいから、卵になるのは無理だよね……それじゃ、ボクを乗せてくれる?」
 ネアの言葉に、黒竜は唸るように鳴いて返事をした。鰐のような頭部を、黒竜が主人の前に下ろす。
「素直だねー、ルドラとは大違いだよ」
 黒竜の従順な態度に苦笑を浮かべながら、ネアが竜に騎乗していく。
 ルドラとは、少年が『最低の傑作』と称した最上級ディアボロ。単純なパワーだけならばヴァニタス並だが、それゆえ扱いが難しく、撃退士たちに倒されてしまった。
「もしかしたら『キミたち』こそが、ボクが理想とする究極の作品なのかもしれないね」
 天界や撃退士との戦いなど、正直なところどうでもいい。飽くなき創造心を満たすことこそ、ネアにとっては全て。
 ずぶり、とネアの足が黒竜の頭頂部に沈んでいく。黒い影に飲まれるようにして、ネアの下半身は黒竜の頭と一体化した。
「それじゃ、さっそくキミの力を試しに行こうか。撃退士と、捕まえたばかりの人間たちを使ってね――」


●久遠ヶ原学園

 ドラゴンが現れた、という凶報はすぐに現地から久遠ヶ原学園に伝わってきた。
「今回もキツい戦いになりそうだ。覚悟のある奴だけ、この依頼に参加してくれ」
 そう前置きしてから、若い教師は説明を開始した。

 ヴァニタス・ネアが使役する黒色のドラゴンが出現したのは、今から少し前。
 旧支配エリアの廃墟街に舞い降りた黒竜は、口から黒炎や毒液を吐き、派手に暴れているらしい。
 まるで、撃退士に見つけて欲しい、とでもいわんばかりに。
 罠が仕掛けれている可能性があったが、見過ごすわけにもいけない事情があった。
 ネアは、数十人もの人間を連れていたのだ。
 この人々は、先日の市街地襲撃事件でネアが連れ去った人々であると、すぐに発覚した。哀れな彼らを放って置くことなど、撃退士にできるはずもなく。
 なぜネアが、捕まえた人々をわざわざ連れて現れたのかは分からない。あるいは彼らは餌に過ぎず、ネアは撃退士と戦いたいだけなのかもしれない。だが、敵の都合など関係ない。救える希望がある命を、このまま見捨てることなどできない。それが、現地撃退署の総意だった。
「一般人の救助は、現地撃退士が行う。だから、そっちは彼らに任せろ。君たちは確実に――ドラゴンを仕留めてくれ」
 一般人の救助を確実に成功させるために、久遠ヶ原はディアボロの相手をする。
 目的は救助班から意識を逸らせることだが、それのみに拘る必要はない。
 目標は、黒竜討伐。
「……こいつは恐らく、準ヴァニタス級の強敵だ。このクラスのディアボロをほいほい見逃すわけにはいかん」
 たとえば黒竜が人の街を襲ったら、その被害は甚大なものだろう。放置しておくのは、人類にとって大きな損失になる。
 そう言って、教師は詳細な敵情報を報告。
「黒竜についてだが、こいつは素早さも硬度も並以上だ。加えて物魔両方に対応でき、オールレンジで戦える。万能型の最上級ディアボロだな。幸いというべきか、パワーは撃退士でいえば熟練以上、エリート未満といったところらしい」
 爆発力が無い代わりに、穴も無い相手。
 総じて隙が無い相手だが完璧ではない。
 全能ではなく、万能。 
 きっと苛烈な戦いになるだろうが、勝利へと至る道はきっとある。
「黒竜は奴の自信作と思われるが、そんなの知ったことか。お前らの力で、そのプライドごとぶっ潰してやれ」



リプレイ本文



「やっと来たね。待ってたよ」
 ヴァニタス・ネアが撃退士たちを見下ろす。彼の身長は一五〇センチメートルほどしかないが、少年は漆黒の塊に騎乗し、六メートルを超える高所に陣取っていた。
 黒曜石で出来たような純黒の大型ディアボロは、超硬質の鱗を纏った蛇のようにも、鰐のようにも見えた。そして、その背からは巨大な二対の翼が生えている。巨躯から立ち昇る昏いアウルは、並のディアボロとは桁違いだった。
「黒竜ですか……竜、ドラゴン……不謹慎ではありますが、ドラゴン退治とは燃えるモノがありますねえ」
 下位のヴァニタスにも匹敵するであろう強敵を前に、エイルズレトラ マステリオ(ja2224)が飄々と語る。撃退士としての経験を積み上げた今の自分の力が、果たして何処まで通用するのか――芝居がかった態度とは裏腹に、討伐に臨む気持ちは真剣そのものだった。
「見事討伐し、竜殺しでも冠したいものだ」
 そう言って蘇芳 更紗(ja8374)が典雅な動作で強化型オートマチックを取り出し、隣のエイネ アクライア (jb6014)が苦い表情になる。
「拙者の知り合いにも黒龍がいるでござるが……うーむ、複雑な気分でござる」
「命を弄ぶとは、下劣」
 魔具の蝋梅の花を撫でながら、牧野 穂鳥(ja2029)は断じた。どんな思想があろうと、人間を道具のように扱う者を赦すわけにはいかない、と。
「――他者の命を犠牲に生み出す負の存在を、認めることはできません。この竜を倒すことで、徹底的に否定させて頂きます」
「あはは! 面白いねキミ。やれるものならやってご覧、ボクの黒竜は完璧だよ」
 穂鳥の言葉に、黒き竜と一体化したネアが反応する。ヴァニタスの下半身はドラゴンの頭部に埋まっており、その様は暮居 凪(ja0503)の悪しき記憶を呼び起こしていた。
「……嫌な相手ね。昔の依頼を思い出すわ」
 苛立ったような声音で凪が呟く。脳裏をよぎるのは、最悪な戦いの最低な結末。そして、自分が殺した少年の幻影。
「厄介な相手ですが、慢心が見える以上は勝機があるはず……」
 熟練の修羅である雫(ja1894)はあくまで冷静さを見失わず、静かに闘気を解き放った。
 光纏した神棟星嵐(jb1397)が闇に染まりつつ、活性化スキルを適したものに入れ替える。
「力を誇示したいのか自分の傑作を見せびらかしたいのかわかりませんが……はた迷惑ですので、お帰り願いましょうか」
 ネアの目的など関係ない。今すべきは黒竜を討ち、囚われの身となった人々を救うことだと星嵐は思う。
 学園生が黒竜の気を惹いているうちに、現地撃退士たちが救出作戦を実行してくれる手筈になっている。
 ならば、まずは敵の意識を自分たちに向けるところからか。
 森田良助(ja9460)がヨルムンガルドの銃口をネアに向け、挑発するように告げる。
「その竜の力を示したいなら、力なき人は放っておいて僕たちを相手にしてほしいな」
 自信ありげな良助の態度に、ネアはにこにこと笑みを浮かべた。
「いいね、その眼。ただ嬲り殺しにするだけじゃ実験にならないからね、キミみたいな子たちが来てくれて嬉しいよ。お礼にたっぷり遊んであげる」
 頑張って抵抗してね、というネアの言葉に同期して、竜の口腔から黒色の雷が溢れ出た。
 轟音と共に、黒竜の吐いた雷撃が撃退士たちに襲い掛かる。



 焦げた地表に、黒い火花が名残惜しげに散る。
 放たれた電撃の魔法は、地面を穿つのみに終わっていた。黒竜の命中精度は決して低くないが、標的となったエイルズレトラは軽やかに落雷を回避していたのだ。
「さて、それじゃあ始めましょうか。ショウ・タイムのスタートです!」
 喜劇の開幕を知らせるように、スポットライト様のアウルがエイルズレトラに降る。注目効果を帯びた奇術師は、正面から黒竜へと接近していた。
「あはは、キミってば自殺志願者なの? そんな直線的な動きで突っ込んでくるなんてさあ!」
 黒竜が太い尾を振るい、エイルズレトラを迎撃する。巨大な鞭に薙ぎ倒され、エイルズレトラの五体が引き裂かれた――ように見えたが、
 崩れ去ったのは、身代わりであるトランプの束。
「遅いですねえ――『クラブのA』!」
 人形を犠牲にして敵の間合いに踏み込んだ鬼道忍軍が、即座に生み出したカードの嵐を黒竜へと放つ。その攻撃は黒竜の頑丈な前脚を浅く傷付ける程度だったが、本命はダメージを与えることではない。
 狙いは、束縛。
 アウルで作り出した膨大な量のカードが、磁力に引き寄せられるかの如くに黒竜の巨躯に貼りついていく。
 カードに圧迫されて、黒竜の動きは一瞬だけ鈍った。その隙に、雫が弾丸の速度で飛来して黒竜の足元へと接近。掲げた原始の大剣を一閃する。
 巨体を弾き飛ばす勢いで繰り出された横薙ぎの斬撃を浴びて、黒竜の前脚から血飛沫が上がる。雫の刃は硬質の鱗を砕き、肉の深くまでを斬り裂いていた。
 黒竜が束縛を解き、漆黒の翼を広げて飛翔。六メートルを超える竜の体が空中に浮き上がった。
 これでは、近接攻撃が届かない。
「……あのー、降りてきてもらえませんか?」
 見上げるエイルズレトラに、黒竜は雷撃で答えた。黒き雷の渦が地上に降り注ぐ。
 上空からの攻撃を、死線を読んだ奇術師は辛うじて回避。名門マステリオ家の天才といえども、頭上からの攻撃は流石に避けにくい。
「仕方ないですねえ……これで相手をしましょう」
 超射程を誇るV兵器・スナイパーライフルMX27に持ち替え、エイルズレトラが黒竜を銃撃する。だが、飛翔する黒竜は蛇の機敏さで弾丸を避けた。
「……思った以上に厄介ですね」
「竜が地に足をつけるまでは我慢の子だな、ただし一度地に着けば生かして返さんてな」
 更紗がSA6を構え、黒竜の右翼へと狙いを定める。
「取り合えずは地べたに這い蹲らせんと話にならん。皆で決めた通り、狙うは右の翼だな」
「ええ。先ずは――落としましょうか」
 黒翼を睨み、凪はドラグニールの引き金を絞った。乾いた銃声を上げて、二人の放った弾丸が右翼にヒットする。
 間髪入れずに穂鳥がアルス・ノトリアで追撃。光の羽根がまっすぐと飛び、黒竜の翼を穿った。
 銃を手にした雫とエイルズレトラも、右翼への集中砲火に加わる。
 ネアは撃退士たちを嘲笑った。
「鬱陶しいなぁ。纏めてやっちゃえ」
 ドラゴンが大きく息を吸う。同時に、黒い焔が竜の口の前に収束していく。
 黒死焔。
 灼熱の吐息が爆ぜ、地獄の業火となって撃退士たちに襲い掛かる。
「っ……RPGの定番ではありますが、やはりブレスが強力ですねえ……」
 黒炎に呑まれ、エイルズレトラは一瞬で気絶寸前まで追い詰められていた。一旦後退し、ドレス・チェンジによる回復に専念する。
 その間にも、撃退士たちは一点集中攻撃を続行。クロスグラビティを活性化させた星嵐が、闇色の逆十字架を右翼の付け根に落とした。
 圧し掛かる重力波と拮抗する黒竜の翼に、腐敗の弾丸が命中する。
 良助が撃ち込んだアシッドショットに侵食され、黒竜の防御力が僅かに落ちた。
「貰ったでござる!」
 地上からの銃撃に黒竜の意識が向いた隙に、元悪魔のエイネが接近。竜の背に回る。
 ネアが振り返るが、もう遅い。
 雷の速度で刀が抜き放たれる。
 紫電を纏った刃は、ダメージが蓄積された右翼を遂に切断。翼を半ばまで裂かれ、体勢を崩した黒竜が落下していく。



 全員で一ヶ所を狙ったのが良かったのか、飛行能力を奪えたのは僥倖だった。

「……だけど、油断しちゃいけない」
 前衛が武器を持ち替えて突撃の構えを取る中、良助はスナイプゴーグルの倍率を調整しつつ、敵の動きを注視していた。
 地に墜ちた黒竜とネアが呻き、すぐに立ち直って撃退士たちを睨む。
「やってくれたね……でも、この程度じゃボクの黒竜は負けないよ!」
 ネアが叫んだのと同時に黒竜が頭を上げ、息を吸い込んだ。
 その動作を、良助は見逃さなかった。
「――火炎のブレス、来ます!」
 黒死焔が来ることを読んだ良助が、仲間たちに無線で伝達する。
「合図が来ましたか。それなら今が狙うチャンスですね!」
 瓦礫に隠れながらタイミングを図っていた星嵐が不可視の闇の矢を精製。黒竜めがけて高速射出する。
 星嵐のゴーストアローは、黒死焔が吐き出される寸前で、黒竜の頭部に命中した。
 僅かに軌道が逸れた猛火の息吹が、それまで撃退士たちが居た空間を灼き払う。良助の呼び掛けもあり、全員が回避に成功。
 だが、黒竜は即座に二回目の攻撃に移行していた。
 クイックモーションで放たれたのは、直線上のすべてを溶かす毒液の渦。
 黒蝕邪砲が、廃墟を壁にしていた穂鳥に襲い掛かる。
 建造物すら溶解させる脅威の攻撃が迫るが、穂鳥は動じなかった。
「……こんなものが、貴方の目指すものなのですか?」
 穂鳥の展開したマジックシールドに遮られ、高い貫通性を持っているはずの毒液が静止していた。障壁との接触面から異臭を放つ白煙が生じるが、穂鳥には届かない。
「命の犠牲を強いてまで創った物に何の価値があるのか、私には解りません。解りたくもありません」
 朱色の燐光で出来た羽衣を身に纏い、穂鳥が右手をかざす。黒竜に向けられた指先には、一片の楓の葉が現れていた。
「貴方の行為を、私は絶対に認めません。こんなことをこれからも続けるつもりだというのならば、その分も含めて今ここで完全に打ち砕きます」
 宣告と共に、魔法の嵐が放たれる。
 紅葉し、大量に分裂して楓を纏った暴風が吹き荒れ、黒竜の頭部で炸裂。颶楓扇を浴びて、朦朧となった黒竜がうなだれる。
 またとない連撃のチャンスだ。
「喰らい尽かせて貰います!」
 瓦礫を利用し、雫が黒竜の眼前まで跳躍。振り上げたフランベルジェを竜の鼻に突き立てた。
 貪狼の一撃を喰らった黒竜が目醒め、咄嗟に雷撃を繰り出す。至近距離から魔法攻撃を受けた雫が地面に落ちるが、不屈の精神で立ち上がった。
「まだ……倒れません……」
 よろめきながらも、雫は闘志を失わない。勝利を渇望する修羅の気迫に応えるように、ドラゴンの双眸に真の覇気が宿った。
「ここからが本当の勝負ですね」
 黒竜と距離を保ったまま、瓦礫に半身を隠した良助が警戒を怠らずに小銃を構える。
 飛べずとも、敵はオールレンジに対応できる。その上、まだ強力なスキルを残しているのだ。それらを掻い潜ることが出来なければ、撃退士側に勝機は無い。



 ディアボロの体表に魔法陣が浮かび、黒い光と共に拡散する。
 漆黒の体躯が溶けるように、黒竜の全身から闇が噴き上がった。物の数秒と経たず、闇夜の如き暗闇が周囲を覆い尽くしていく。
 黒魔陣が展開されたことに気づいた良助が、夜目を利かせて黒竜を捕捉する。
 事前情報から、黒竜が暗闇に慣れるまでに数瞬のタイムラグがあることは予想できていた。最上級ディアボロ相手で、この隙を突けるか否かは大きい。
 良助からナイトビジョンを貸りていたエイネが、飛翔して黒竜に弾丸突撃する。ハイリスクな行動であることは重々承知していたが、今は賭けに出るべき時と判断。
 撃退士としての経験が浅い元悪魔であるエイネと、ディアボロとして最高峰の域に達しているであろう黒竜とでは実力差がありすぎる。
 故に、この一撃だけは、何としてでも当てたい。
「この『ちゃんす』、絶対に逃さぬでござる!」
 雷の居合いが閃き、黒竜の右眼を刃が抉った。比較的脆い箇所だったのか、手応えは充分。
 苦悶の咆哮を上げて、黒竜が雷撃を乱れ撃つ。が、暗闇で見えないこともあり、それはエイネには当たらず、彼方へと消える。
「森田殿、今でござる!」
 エイネに続いて、良助が黒竜の頭に銃撃を浴びせていく。無防備な今のうちに、少しでもダメージでも積み重ねておきたい。
 やがて、黒竜が暗闇へと完全に順応。その猛威を存分に振るわんと動いた。
 黒竜は当然エイネを狙うつもりだったが、
「僕を忘れて貰っては困りますね」
 暗闇の中、スポットライトに照らされたエイルズレトラが黒竜の正面に立つ。回復は済ませており、すでに全快に近い。
 エイルズレトラが初手と同じくクラブのAを発動。黒竜の注意を引くついでに、無力化を図る。
 黒竜は無数のトランプを易々と回避した。
「あはは、甘いんだよ! こんな単調な攻撃、二度も通用するわけないでしょ!」
 技を見切られている、というのも簡単にかわされた一因だが、それ以上に視界不良の悪影響があった。暗闇対策を失念していたのは致命的なミスだったかもしれない。
 囮に引き寄せられた黒竜が、闇に紛れて尾を振るう。
 奇術師は回避に集中し、トランプマンを併用することで対応するが、すぐに限界が来た。
 大きくしなる黒い鞭が、エイルズレトラに叩きつけられそうになって――
 鈍い衝撃音が響く。
「間一髪で間に合ったわね」
 黒竜の尾先は、凪が呼び出した盾に受け止められていた。
 ナイトビジョンで視界が確保できていたお陰で、何とか攻撃を受け止められた。凪の堅牢な防御の前では、黒竜といえどまるでダメージを与えられなかった。
「今、照らします」
 スキルを入れ替えた穂鳥が、灯鬼灯を発動。
 生み出した鬼灯の実を発光させ、周囲を覆う暗闇を消し飛ばす。



 黒竜の全身を、負のアウルが包み込んだ。
 アウルによって、ドラゴンの細胞が活性化。傷口が塞がり、損傷した箇所が修復されていく。
「『黒癒術』まで使わないといけなくなるなんてね。正直、驚いたよ。キミたちを甘く見てた」
 この回復スキルには、多大なカオスレート変動という代償がある。だからこそ、敵としても使い所が難しい技のはずだった。
 それを使わざるを得なくなる状況まで、撃退士は黒竜を確実に追い詰めていた。
 暗闇を生み出す黒魔陣は逆用され、無力化された。二度目は通じないと、黒竜も理解している。
 傷は癒えても、翼と眼を一つずつ喪った事実は消えない。
 黒竜に生じた僅かな焦りは、軽率な行動を誘発してしまった。
 ディアボロが黒死焔を撃つ動作に入ったのに、撃退士たちはすぐに気づいた。
 撃退士は、範囲攻撃や直線攻撃を警戒して散らばっている。今は黒死焔の威力が活かせるタイミングでは無い。
 ネアが直接制御していれば、こんな愚は犯さなかっただろう。
 ヴァニタスは、自らの手で創り上げた『作品』に絶対の自信を持っていた。それこそが、黒竜の最大の隙。
 この瞬間を待っていたと言わんばかりに、エイネが再度アタックを仕掛ける。
 今度は合図は要らなかった。
 黒炎が口腔内に収束し、吐き出される寸前を狙い、最接近したエイネは棍による一撃を強引に叩き込んだ。
 その衝撃で黒死焔が暴発し、発射前に炸裂。一体化しているネアをも巻き込み、黒竜の頭上で強烈な爆発が起きた。
 無論、間近に居たエイネとて無事ではない。
 死の黒炎を喰らい、意識を失ったエイネが地に墜ちる。
 けれど、地面に無惨に叩きつけられることにはならなかった。
 落下する彼女を、横合いから伸びた細い手が優しく抱き止めた。
「まったく、自身の現状の力も省みずに跳ね返りおって……」
 召喚獣に騎乗した後方支援役の白蛇(jb0889)が、エイネを救助。そのまま戦線を離脱していく。
(エイネさんが頑張ってくれたお陰で、黒竜は自爆によるダメージも大きい。いや、それよりも……)
 戦いの最中、たとえ空中を飛び回られようと、暗闇に閉ざされようと、良助は敵の動きを追い続けていた。それ故に、重要な事実も見逃さなかった。
「――黒竜はもう火炎のブレスを使えません! 攻めるなら今です!」
 敵のスキルはいずれも厄介だが、一度の戦闘では三回までしか使用できない可能性が高いと推測されている。ならば、それを作戦に利用しない手はない。
「了解しました! このまま一気に決めましょう!」
 範囲攻撃への警戒を解き、星嵐がヘルゴートを発動。冥府の風を纏い、茜色の刃を黒竜に飛ばす。
 星嵐の援護射撃を受けて、凪と更紗が黒竜へと迫る。
 反応した黒竜が狙ったのは、天界の影響を受けている更紗。黒癒術の影響もあり、対天界への破壊力は二倍近くにまで膨れ上がっている。
 膨大な闇のアウルが宿した尾が薙ぎ払われる。
 まともに喰らえば、致命傷は避けられなかっただろう。
 だが、黒竜の破砕の一撃を、更紗は完全に防ぎ切った。
「痛手となりうる厄介な攻撃が来ると解っていて、わたくしが何の対策も練らないとでも思ったか?」
 更紗は、ニュートライズによってカオスレートを中和し、混沌の盾で攻撃を受け止めていた。
 盾を納め、アズラエルアクスを具現化した更紗が黒竜の足元に踏み込む。カオスレート差分の乗った攻撃が脅威なのは、黒竜とて同じ。神の救いたる断罪の刃は、ディアボロを圧倒する威力を備えている。
 黒竜まであと一歩、という所で漆黒の壁が突如として出現。巨大な黒竜の前面を全て護るほどの防壁が、高速展開された。
 惜しくも更紗の攻撃は届かない。が、敵の注意を引くという役目は果たせた。
 黒曜晶壁は黒竜の致命傷を防いだが、同時に視界を一瞬だけ奪った。その隙を、熟練の阿修羅が逃すはずもなく。
「っ、しまった、右から――!」
 跳躍した雫は、黒竜の無防備な側面に出ていた。
 がら空きの死角から、雫が大剣を振り回す。鬼神の斬撃が打ち込まれ、黒竜の意識は一瞬だけ飛んだ。
「開封――光に飲まれなさい」
 繋がっていく勝利の連鎖を引き継いだのは、全力で跳躍した凪。瓦礫を足場にし、黒竜の遥か上方まで飛翔した凪の槍には、闇を斬り裂く光が吹き荒れている。
 無銘の槍は、過去の象徴。全てを乗り越えた時、改めて名づけると誓ったもの。
 槍を構え、流星の如く落下する凪を見上げ、黒竜に乗ったネアが驚愕の表情を浮かべる。
 その姿に、絶望に染まる少年の幻影が、一瞬だけ重なって見えた――気がした。
「……さようなら」
 あの時と同じように呟き、凪が閃光の突きを繰り出した。
 聖なる槍が、黒竜の頭を貫く。
 派手な血飛沫を上げて、叫びと共に黒竜は崩れ落ちた。全身に返り血を浴びた凪も、一拍遅れて地面に着地する。
「うぅ……」
 衝撃に白衣の少年が呻く。黒竜はまだ死んでないが、もはや苦しげに呼吸するだけで精一杯のようだった。
 とどめを刺すべく、スターショットを発動した良助が瀕死の黒竜に近づいていく。
「君が創った竜の力は確かに凄まじかったよ。でも、隙だらけだ。技も、気構えも、完璧には程遠い。どんなに万能の力を持ってたって、それじゃあ無意味だ」
 捕まえた一般人をわざわざ餌にして、おこなったのはディアボロの下らない性能実験。自身も戦闘には加わらず、傍観するだけ。その甘さこそがネアの敗因だと、良助は指摘する。
 竜の額に、ヨルムンガルドの銃口が突きつけられた。

「――君は、僕たちを甘く見過ぎだ」

 邪竜を滅する天浄の弾丸が、零距離で炸裂。聖なる波動が波打ち、黒竜の頭が衝撃で消し飛んでいく。
 それが、戦いの終わり。





 黒竜の死骸から抜け出た少年ヴァニタスは、撃退士たちに取り囲まれていた。
「高みの見物のつもりが、地に落とされた気分は如何ですか」
「逃げ場はありませんよ」
 雫と穂鳥が言い、それぞれ大剣による一撃と魔法の光羽を放つが、ネアはそれらを容易くかわした。エイルズレトラほどではないが、中々のすばしっこさだ。
 だが、どうやら単体では、この人数を相手にできるほどの戦闘力は持たないらしい。
「くっ……!」
 ネアが白衣の懐から卵状の球体を取り出し、術式を展開。卵の姿を模していたディアボロを高速召喚する。
 二メートルほどの大鴉を呼び出したヴァニタスは、その背に乗ってそのまま空中に逃げた。
 撃退士たちの銃撃を必死に避けながら、ネアが高度を上げる。攻撃が届かない距離まで至った辺りで、撃退士たちを振り返った。
「……黒竜を倒したくらいでいい気にならないでよね。ドラゴンシリーズはあと三体残ってる。その子たちは、キミらなんかじゃ絶対に倒せない最強のディアボロなんだからね!」
 悔しそうな表情で、捨て台詞を吐いたネアが去っていく。
 黒竜との戦いでほとんどの者が重傷を負っている以上、深追いは出来ない。が、当初の目的は達せられた。
「おーい、そっちは無事か!」
「おや、あちらも終わったようですね」
 遠くからの声に気づき、星嵐が振り向くと、救出作戦を完了した現地撃退士が向かってくる所だった。
 囚われの身だった人々は無事に救われた。学園生が黒竜に破れ、救助に失敗していれば、恐らく彼らは魂を抜かれ、新しいディアボロの素材とされていたことだろう。
「あの方々を助けられただけでも、ひとまずは充分でしょうか……被害がなかったようで何よりです」
 安全地帯に運搬された人々を眺め、穂鳥が安堵の声を漏らす。
「……ふむ。これで僕も、ドラゴンスレイヤーを名乗れますかねえ」
 良助の回復を済ませたサポート要員の赤坂白秋(ja7030)に応急手当を施して貰いながら、エイルズレトラが呟く。
 災厄を招く黒竜は討伐した。残る三体のドラゴンも強力だろうが、きっと倒せる。
 来たるべき戦いに備え、それぞれの思いを胸に、撃退士たちは戦場を後にした。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: セーレの王子様・森田良助(ja9460)
重体: −
面白かった!:5人

Wizard・
暮居 凪(ja0503)

大学部7年72組 女 ルインズブレイド
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
喪色の沙羅双樹・
牧野 穂鳥(ja2029)

大学部4年145組 女 ダアト
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
屍人を憎悪する者・
蘇芳 更紗(ja8374)

大学部7年163組 女 ディバインナイト
セーレの王子様・
森田良助(ja9460)

大学部4年2組 男 インフィルトレイター
戦いの中で戦いを……・
神棟星嵐(jb1397)

大学部6年70組 男 ナイトウォーカー
撃退士・
エイネ アクライア (jb6014)

大学部8年5組 女 アカシックレコーダー:タイプB