●
サバクの足元は、真新しい血痕と無数の肉片とで汚れていた。
それは紛れもなく、少し前まで生きていた同胞のもので。
「……また人を……殺すのかッ!」
溢れそうになる怒りに、志堂 龍実(
ja9408)はぎりっと奥歯を噛み締めた。
「このヴァニタスを放っておけば、これからも被害は拡がる……そうなる前に、決着をつけないと」
そう言って、デュエリングシールドを具現化させた神月 熾弦(
ja0358)が静かに闘志を燃やし、
「……っ」
死した撃退士を想ってか、若菜 白兎(
ja2109)の瞳に涙が溜まる。
哀しみや恐怖に押し潰されそうになって――けれど、白兎は気丈にも堪えた。
相手は未知数の実力を秘めたヴァニタス。不安は消えない。
だが、熾弦のような頼れる先輩たちがついていてくれれば、きっと大丈夫。そう信じて。
「……これ以上、ひどいことはさせないの」
「あァ? テメエらみてえな雑魚が、この俺に勝てるとでも思ってンのかァ?」
余裕を感じさせるサバクの言葉に、エルレーン・バルハザード(
ja0889)が吼える。
「うっとうしいなあ……だまってろよ、人をころすうすぎたない天魔め!」
「ヒャハハ! 不死王サバク様に向かって、随分な口の利き方じゃねぇか! いいぜ、まずはテメエから派手にブッ殺してやるよ」
サバクが全身から赤黒い負のアウルを噴き上げる。解き放たれた邪悪な霊気に、周囲の枯木がびりびりと震えた。
臨戦態勢に入ったヴァニタスを見て、黒百合(
ja0422)は口の端を吊り上げた。
「久しぶりの強者だわァ…やり甲斐があるわねェ……♪」
黒百合は、第十期生の中でもトップクラスの実力者。もはや並のディアボロとは基本性能が違う。熟練の域に到達した啜血姫にとっては、今回が久々の血湧き肉躍る戦いだった。
(……もっとも、邪魔者がいるのは厄介よねェ……)
金色の瞳が、周囲の状況を横目で確認する。
荒野にはサバクのほかにも、包帯を巻いたミイラ男のディアボロ・マミーがうじゃうじゃといた。報告通りさほど強くはなさそうだが、ヴァニタスとの戦いに乱入されると面倒なことになるだろう。
(まずは分断するのが鉄板、かしらァ……)
ここは、サバクとマミーを引き離すのが定石か。黒百合はそう思ったし、他の七人も同意見だった。
黒百合が片腕を挙げ、装着する腕輪から漆黒の大鎌を具現化。
天へと伸びる長い柄の先には、巨大な三枚刃が爪のように連なっている。
「醜い連中同士で戯れてないで、挑んで来なさいィ。私が貴方と遊んであげるからさァ……おいでェ♪」
鍛え抜かれた至極の業物――デビルブリンガーの刀身をサバクに向け、黒百合が唇を三日月に割った。
挑発に呼応するように、包帯を巻いた青年の美貌が凶悪な笑みを象る。
「面白ェ、乗ってやろうじゃねェか。何か策でもあンのかァ?」
「ふふ、こっちよォ……♪」
サバクを連れて、黒百合がマミーたちから離れていく。追走するように、サバク対応班の面々も動き出した。
周囲のディアボロたちも、黒百合らを追おうとして、
「いかせないよ……こっちを見ろ!」
仲間の邪魔はさせない、とマミー対応班のエルレーンがニンジャヒーローを発動。特殊なアウルを纏うことで、マミーたちの注意を自身に引き付けた。
虚ろな死者たちの視線が、エルレーンに釘付けとなる。そしてすぐに、無数のディアボロはエルレーンに引き寄せられるようにして、ぞろぞろと突撃していった。
マミーの数は全部で十体。鈍いとはいえあまりに数が多い。回避力に優れたエルレーンであれど、包囲されるリスクを考えると厳しい数だ。
(でも、放っておくとばにたすがこれを使って何かやりそうだし……いっぴき残らずころしてやる!)
万が一のことを考え、徹底して殲滅を。エルレーンはそう考えていた。
四方八方から襲い掛かるマミーを充分に引き付け、より多くの敵を射程に捉えたエルレーンが、凝縮したアウルを解放する。
放たれたのは、無数の異形。
「はううーっ! もえーっ! とんでけ!」
彼女の感情の昂りを表すように、萌えを求めるエルレーンの化身たちが一斉にディアボロに突撃、炸裂した。
さらに白兎が続く。
エルレーンが引き付けたマミーの群れに向かって、紡ぎ終えたコメットを発動。無数の彗星を落とし、ミイラどもに重圧を押し付ける。
二人の攻撃はいずれも直撃した。
けれど、
「……っ、まだ……立ってるの……」
生命力の高いマミーを早期殲滅するには、二人分の範囲攻撃では不充分だった。このパーティは優れた前衛職が多いが、総合的な火力にはやや欠けていたかもしれない。
エルレーンのニンジャヒーローによって、サバクとマミーの分断には見事に成功した。だが同時に、処理し切れない過剰トレインの代償をも、引き受けざるを得なくなっていた。
攻撃直後のエルレーンを、四方からマミーが襲い掛かる。
「ぐぅっ……!」
マミーの腕に締め上げられ、エルレーンの口から苦鳴が漏れる。動きを封じられては、持ち前の回避力も活かせない。
「バルハザード!」
龍実が叫び、弓撃を放った。エルレーンに群がるマミーの一体へとアウルの矢が刺さるが、マミーは倒れない。
「――双極active。Re−generete」
蒼桐 遼布(
jb2501)が、龍実の攻撃を喰らったマミーに向けて、具現化した双龍矛を振るう。
包帯を巻いたマミーの頭部を、長大な龍槍が貫通。頭蓋骨が砕ける手応えを確かに感じたが、それでもディアボロはまだ活動を止めない。
「ちぃ……厄介な相手だな、畜生め」
双龍矛を引き抜きつつ、遼布が毒づく。
数が多い上に、こうもしぶといとは。自分たちの倍以上は生命力がありそうだった。
「くそッ! 用があるのは……オマエ等じゃないッ!」
双剣シルバリー・クロスに持ち替えた龍実が、自身へと襲い掛かるマミーの攻撃を往なす。
四人でマミーを殲滅するのはそれなりに骨が折れそうだったが、悠長にしている時間も無い。
四人。
マミー対応班と同じく、サバク対応班に回ったのも四人だ。
いくら経験を積んでいるとはいえ、たった四人ではいつまでヴァニタスを抑えられるか分からない。相手は、少人数のフリーランス撃退士では勝負にもならないような強敵なのだから。
そして、不死を騙るあのヴァニタスは『未知の攻撃』という最大級の地雷を抱えている。こんな下級眷属に手間取っている場合ではない。
早くマミーを倒してサバク対応班の増援に向かわなければ、取り返しのつかないことになる。
「蒼桐、連続で行くぞッ!」
「おう!」
龍実と遼布が、さきほど頭を潰したマミーに攻撃を集中。
三条の斬刃に斬り裂かれ、ついにマミーの一体は地面に崩れ落ちた。
「よし、いけるぞ!」
「サバクを倒すためにも、あまり時間をかけたくないしな。さっさと片付けようぜ」
二人の阿修羅が、同一のマミーを狙うことで単体撃破の効率を上げていく。
束縛を受けているが、エルレーンも反撃へと乗り出した。
自身へと群がるマミーたちを、エルレーンが睨む。
彼女から立ち昇る迫力にマミーが何かを感じ取ったが、もう遅い。
すでにスキルは起動されていた。
「にがさないよ……そのまましねッ!」
轟音と共に、アウルの奔流がマミーたちを飲み込む。
少女鬼道忍軍が発動したのは、強さと力強さを高めた雷遁の一撃。
「萌えはせいぎぃぃぃぃぃ!!」
エルレーンの凄まじいオーラに当てられ、マミーたちの動きがびたりと止まる。
――好機。
「今なのっ!」
白兎が、後方から狙いを定めてサジタリーアローを発射。
貫通性に優れたアウルの矢が、一列に並ぶマミーたちの胸に、極大の風穴を開ける!
●
「さァて、それじゃあ始めるとすっか」
不敵な笑みを浮かべて、サバクはごきんと首を鳴らした。
得物を持たず、構えも無し。隙だらけのスタイルだ。
それは慢心ゆえなのか、あるいは攻撃を誘っているのか。
事前情報の少なさもあり、得体の知れない不気味さを撃退士たちは感じていた。
だが、情報を探っている余裕などあるはずもない。
「行くぞ、包帯野郎」
真っ先に動いたのは、サバクの正面に対峙するマキナ(
ja7016)だった。すでに思考は戦闘に切り替わっており、口調も荒い。
蒼炎を纏い、ゴライアスを召喚したマキナが、真正面からヴァニタスに突撃していく。
「うおおおおおおっ!」
果敢に踏み込んだマキナが、身の丈を超える無骨な大斧を振り上げる。
ゴライアスの斬音に、鈍い衝撃音が交錯。
マキナが振り下ろした長大な戦斧は、サバクが掲げた腕に、受け止められていた。
「どうしたァ? こんなモンかァ?」
「この……! 調子に、乗るなッ!」
マキナは柄を握る手に力を込め、サバクを薙ぎ払った。重い一撃を喰らい、ヴァニタスが弾き飛ばされるが、すぐに起き上がる。
「いいぜ、もっと力を上げろ! 俺を愉しませろ! ヒャハハハハハハ!!」
ダメージは確かに与えた。だが、サバクは平然としている。
「やれやれ……これは強敵だねぃ」
サバクの強度に、後衛の九十九(
ja1149)は軽く息を漏らした。友人であるマキナの攻撃力の高さはよく知っている。マキナの攻撃でもあの程度のダメージしか与えられないとなれば、自分の攻撃など殆ど通らないかもしれない。
「……ま、出来る限り皆を支えるのがうちのやり方であり、仕事さね」
自分にできることを、と九十九が飛廉の黒弓を召喚。
――耐久性に優れているというのならば、まずはその防御を打ち砕く。
九十九は狙いを定め、マキナと攻防を続けるサバクに向かって、疾風の矢を放った。
その矢は、まるで血の奔流のようで。
「纏うは大地を殺す腐毒。貪り喰らい尽くせ、相柳」
錆血風・荒喰九蛇相柳。
装甲を溶かす錆色の旋風が、サバクへと襲い掛かる!
「ちっ、ウザってェな……!」
血の風を浴びたサバクの包帯が、見る見るうちに腐敗していく。
耐久型前衛の弱点とも言える腐敗攻撃を受け、サバクが九十九を標的に変更しようとして、
「行かせるかよッ!」
後衛に被害が出ぬようにと、マキナが怒涛の乱打を繰り出す。錆血風の効果によって、その斧撃の威力も増していた。
包帯の鎧を蝕まれ、そしてマキナに行動を阻まれ、サバクが苛立つように吼える。
「邪魔臭ェんだよ、三下ァ!」
吹き荒れる霊気と共に、サバクの包帯が無数の白刃と化して伸縮。強引に攻め込むマキナの腕や腹を、鋭利な帯が斬り裂いていく。
重傷を負ったマキナの顔や全身に裂傷が生まれ、血飛沫が上がる。けれど、その傷口は即座に塞がっていた。
「頑張ってください、マキナさん!」
迅速にヒールを施したのは、回復手である熾弦。
天界寄りの性質である彼女は、不用意にサバクに接近することなく、充分な間合いを取って支援役に徹していた。
熾弦の判断は正しい。
敵の精確な間合いが読めない上に、相手はパワーとタフネスに秀でたヴァニタス。このくらいの慎重さは、求められて然るべきだった。
もっとも、臆病になり過ぎればこの化物を倒せないのも確か。
だからこそ、戦場の啜血姫は強気な攻めに出た。
「全力でイカせて貰うわよォ!」
隙を窺っていた黒百合が地面を蹴り、マキナと交戦するサバクの死角まで、一気に急接近。
狙いは、がら空きの側面部。
闇を纏った大鎌が一閃され、ヴァニタスへと叩きつけられる。
サバクをも上回る破壊力を備えた黒百合の斬撃は、直撃。
「やるじゃねェか、鎌女ァ!」
強烈な闇遁を喰らいつつも、すぐさまサバクは反撃を放った。
が、不死王の乱刃を、黒百合はことごとく回避していく。
そして、
「まだ終わりじゃないわよォ!」
黒百合がデビルブリンガーを水平に構え、先端にアウルを集中する。
サバクは反応できたが、遅い。
目にも止まらぬ速さで繰り出されたのは、瞬速の突き。
黒百合の大鎌は、腐敗箇所を的確に打ち抜いた。無論、威力は充分。
連撃を喰らったヴァニタスの顔に、残忍な笑みが浮かぶ。
黒百合が刃を戻すよりも先に、サバクは大鎌の長い柄を掴んでいた。
「ヒャハハハ! 逃がすかよォ!」
至近距離から、サバクが腕に巻いた帯刃を伸ばす。その攻撃は間違いなく、黒百合の脳天を貫いた、はずだった。
引き裂かれたスクールジャケットが地面に落ちる。
空蝉の忍術により、黒百合は無傷。どころか、連続攻撃を仕掛けた彼女は、すでにサバクの間合いの外まで離脱していた。
「あらァ? 貴方の実力はこんなモノなのかしらァ? 羽虫も退治出来ない奴だと思っちゃうじゃないのさァ♪」
パワーと、そしてスピード。
人間であるはずの黒百合は、この二点においてのみ、ヴァニタス・サバクをも凌駕していた。
破壊力と速度を兼ね備えた黒百合は、もはや戦鬼に等しい強さだった。
「――はっ! テメエらの蚊みてえな攻撃なんざ痛くも痒くも無ェんだよ!」
ダメージは確実に積み重ねられている。だが、不死を騙るだけあり、やはりそのタフネスは桁違い。
マミーの妨害が無く、九十九の錆血風が生きている内が勝負なのだ。
もっと、攻撃を畳み掛けなければ。
「サバクが本気になってからでは遅いです! このまま一気に決めて下さい!」
熾弦が再び治癒魔法を発動。マキナを全快近くまで戻していく。
並程度の装甲しか持たない前衛職では、サバクの攻撃を数発喰らっただけでも危ない。ゆえに、熾弦の即時回復という方針はまたも正しかった。
マキナがアウルを燃やし、真っ向からサバクに直進する。
巨人の名を冠する戦斧を、全力で振り下ろそうとして、
「ヒャハハハ! その攻撃は見飽きたんだよ!」
サバクが全身の包帯を伸ばし、マキナを迎撃。長大なゴライアスの射程限界から攻撃しようとしたマキナに、無数の帯刃が迫る。
熾弦の読み通り、サバクはこの間合いにも対応できた。だが、そのことに驚く撃退士はいない。
「させないさねぇ」
友を助けるべく、九十九が援護の矢を発射。
放たれた矢は紫紺の風に変換され、ヴァニタスの攻撃を阻害した。
暗紫風の補助を受けて帯刃を回避したマキナは、攻撃を続行。ゴライアスを横に薙ぐ。
さらに、黒百合も敵の背後に回りこんで、黒い斬撃を飛ばした。
マキナのゴライアスによる一閃は、サバクの胴に。黒百合の黒霧を纏った一撃は背中に、それぞれ直撃。
「がはっ……!」
血反吐を吐いて、サバクがよろめく。
いくら耐久性に優れたヴァニタスと言えど、この強力な挟撃を喰らっては無傷ではいられない。
戦況を見定めていた九十九は、この隙を勝機と捉えた。
「フォローが欲しいところだけど……仕方ないかねぇ」
打ち合わせ不足もあり、作戦の詰めは甘いままだった。けれど、ここが決定打を撃ち込む最大のチャンス。
あとは、懸念していた遠距離攻撃や広範囲攻撃が無いことを、祈るしか無い。
「蒼天の下、天帝の威を示せ!」
口上と共に、九十九のつがえる矢に蒼光が宿る。
雷帝の力を得て、解き放たれるのは極天の一矢。
冥魔に対して一切の抵抗力を失うというリスクはあるが、不浄なる存在には絶大な威力を発揮する大技だ。
九十九の放った蒼天風が、サバクの胸を穿つ!
●
ディアボロ相手であれば、恐らくここで勝負は着いていた。それだけのダメージを、撃退士は与えていた。
だが――
「……やれやれ、本当に化物だねぃ、あんた」
「ヒャハハハハ!! この俺をここまで追い込むとはなァ! たいしたモンじゃねぇか、テメエら!」
不死王は、健在。
開戦直後の余裕は流石に無いようだが、それでも生命力は半分以上残っている。そんな気配があった。こと生命力に関してのみ言えば、もしかすると並のヴァニタスの二倍はあるのかもしれない。
「良いモン喰らった礼はしてやんねえとなァ!」
サバクの全身から、さらに膨大なアウルが噴き上がる。吹き荒れる殺意の波動は、後衛の九十九をも突き刺していた。
「まずは目障りなテメエから殺してやるよ、弓野郎ォ!」
マキナを振り払い、サバクは九十九の方まで一気に飛び出した。九十九は強力な腐敗攻撃を持つ優秀な狙撃手であるが、カオスレート変動の隙を抱えている。それをヴァニタスが見逃すわけもなく、マキナひとりでは後衛を完全に護りきれない。
サバクが纏った赤黒い色のアウルが、帯のような形に変形していく。
ヴァニタスの周囲に出現したのは、無数に連なる帯状の赤い刃。
「ヒャハハハハハハハ!!」
哄笑をあげて、サバクが無数の紅刃を乱舞させる。
血の嵐のように刃が吹き荒れ、充分に距離を取っていた九十九をずたずたに斬り裂いた。
九十九だけではない。
マキナも、熾弦も、紅刃の嵐に巻き込まれていた。
撃退士たちの体に刺さった刃が脈打ち、その身に流れる血を吸い上げる。
「――『血啜りの紅刃』。テメエらに与えたダメージを、そのまま生命力に変換する技だ。ま、回復量はせいぜい三分の一程度なんだが……」
「このォ……余裕かましてるんじゃないわよォ!」
範囲攻撃を警戒していた黒百合が、サバクから後退しつつ斬撃を撃つ。
マキナもエクスキューショナーに持ち替え、サバクへと突撃する。
「読んでたぜ、このミイラ野郎!」
血塗れの戦斧を構え、マキナは勇敢にもサバクの懐へと入った。
攻撃直後の隙を突いて繰り出されたのは、死刑執行の首断斧。
エクスキューショナーの赤き刃が、サバクの首筋に叩き込まれる。
突然の範囲攻撃にも怯むことなく、真っ向から挑んで来たのは見事だった。
だが、首に巻いた包帯に阻まれ、斬首には至らない。
「ヒャハハ! 今のは効いたぜ、斧野郎!」
黒百合の攻撃も合わせて大きなダメージとなっていたが、決定打には足りなかった。
再びサバクが血啜りの紅刃を展開し、マキナの全身を斬り刻む。
熾弦は咄嗟に構えたデュエリングシールドで受け防御に成功したが、今度は黒百合が紅刃の乱舞を浴びていた。
「くっ……二人とも近くに! 今、回復します!」
熾弦がすぐさま癒しの風を起こし、マキナと黒百合を回復していく。
強力なスキル攻撃が来る可能性は事前に予測できた。そこから立て直すためにも、多種の回復を備えておいたのは正解だった。
なおも戦意を失わない熾弦たちを見て、サバクが嗤う。
「はっ! 雑魚がいくら足掻こうと無駄なんだよ! テメエら纏めて消し飛ばしてやるぜェ!」
サバクがどす黒い霊気を放つと共に、帯状の黒い刃を無数に精製。巨大な黒刃が、漆黒の翼のように咲き誇る。
「この『魂削りの黒刃』は、俺の生命力を吸い取ることで威力を増す。この意味が分かるかァ?」
二度の範囲吸血で、サバクは大きく回復している。つまり、
「これでテメエらは終わりってことだよォ! ヒャハハハハハハ!!」
黒き刃が、竜巻の如くに撃退士たちへと襲い掛かる。
●
殲滅を中断し、エルレーンを除くマミー対応班が増援に駆けつけた時には、もうすでに遅かった。
地面に倒れ伏す仲間の姿に、龍実が肩を震わせる。
「ヴァニタス……! よくも……ッ」
「ヒャハハハ、第二ラウンドと行こうぜェ! そのボロボロな体、完全に引き裂いてやンよォ!」
サバクの言葉通り、マミー対応班とて無傷ではなかった。マミーの攻撃や無差別範囲攻撃に巻き込まれ、その消耗は決して小さくない。
それでも、まだ諦めるわけにはいかなかった。
「神月先輩……すぐ、治療するの」
熾弦のもとに駆け寄り、白兎がライトヒールを発動。スキルを切り替える余裕は無く、今はこれが精一杯だった。
けれど、『神の兵士』の効果も合わせれば、熾弦なら起き上がってくれるはず、と願って白兎はアウルの光を送り続ける。
その間にも、遼布はサバクの前に出ていた。
「削剣active。Re−generete。悪いが、最初から飛ばしていくぜ」
召喚されしは、大剣アジ・ダハーカ。無数の刃が折り重なっている刀身は、さながら龍の鱗のようだった。
巨大な削剣を正眼に構え、遼布がサバクを見据える。
サバクの周囲には黒色の刃が渦巻いており、得体の知れない威圧感を放っている。
「ヴァニタス級とまともにやり合うのは、初めてだな……」
緊張が無いといえば嘘になる。しかし、それよりも強敵と戦える興奮が勝っていた。
撃退士としての実力を充分につけた今ならば、自分の一撃が通じるのではないか、と。
「……いくぜ」
遼布が闘気を纏い、地面を蹴った。
一気に間合いに踏み込み、十字を切るようにして削剣が高速で放たれる。
攻撃は、黒刃ごとサバクへと叩きつけられた。
闘気解放した阿修羅の膂力にアジ・ダハーカの削撃が乗れば、その威力は熟練の撃退士にも匹敵する。
「オマエを止めないと犠牲者が出る……これ以上は出させてたまるかッ!」
遼布に続いて、龍実がサバクに突撃する。
気を練り、同時に体内のアウルを燃焼。紫焔を宿したワルーンソードとレイピアを、龍実は高速で抜き放った。
練気からの鬼神一閃。
隙は大きいものの決まれば強力な、今回の龍実の切り札だ。
だが、それでも。
「――これで仕舞いかァ? もっと上があると期待してたんだがなァ!」
並のディアボロを瞬殺しかねない二人の攻撃を受けて、それでも不死王は倒れない。
身に纏う黒刃の壁は、強固な防御をも可能としていた。
そうして、三発目の範囲吸血攻撃が、撃退士を襲う。
●
全てが砂色の絶望に沈んでいく中、黒百合と熾弦だけは、何とか起き上がることに成功していた。
この状況では撤退は難しい。僅かな運に賭けて、サバクと戦い抜く他に道はないと黒百合は判断。
サバクが振り乱す帯刃を、時に空蝉を交えて回避し続けていた。
「ちょろちょろと逃げ回ってんじゃねえぞォ! この鎌女ァ!」
「耐えるしか能が無い貴方に言われても、負け惜しみにしか聞こえないわねェ……♪」
サバクを翻弄しつつ、黒百合が反撃を仕掛けていく。
幾度目かの黒霧が、サバクに命中。熾弦の支援もあり、黒百合は再びサバクを追い込みつつあった。
だが、やはり二対一で勝てる相手ではない。
空蝉を使う黒百合を倒すべく、サバクは魂削りの黒刃を発動。威力を上昇させた広範囲攻撃で、二人まとめて一気に切り刻む。
「随分と粘りやがったなァ……ヒャハハハ、なかなか愉しい戦いだったぜ!」
事前情報が不足していたなかで、撃退士たちは良く戦った。対策を怠っていたわけでもない。
ただ、連携を活かさない少人数がぶつかって勝てるほど、ヴァニタスも多数のマミーも甘くは無かった。
どう戦うかは勿論重要だが、どうやって倒すかも深く練りこんでおくべきだったかもしれない。
この面子なら、サバクを倒すことも不可能ではなかったはずだ。それだけに、詰めの甘さが悔やまれる。
けれど、いまさら後悔しても、もう遅い。
このヴァニタスは、敗者に情けなどかけないのだから。
「それじゃ、さっさとトドメを刺してやるよォ。惨めに生き存えるくらいなら、派手に死んだほうがテメエらも幸せだよなァ、オイ」
サバクが、アウルを纏わせた包帯の先をギロチンのようにして、撃退士たちに伸ばしかけ、
銃声が響いた。
それは、遠くから放たれたものだった。
「ちっ、まだ追手がいやがったのか……」
振り返ったサバクが見たのは、拳銃型V兵器を携えたフリーランス撃退士たちの姿。同業者の失敗を受けてか、十名近くが揃っていた。
幸運にも出現した増援は、満身創痍の学園生たちにとっては希望の光に等しい。
「テメエらに受けた傷もあるしな……仕方ねェ。今日のところは退かせて貰うぜ」
学園生との戦いで、サバクはすでに生命力は半分近くまで減少している。すぐに癒える傷だろうが、今はこれ以上の連戦は厳しいと判断したようだった。
「――じゃあなガキ共。テメエらがこの東北を守るつもりなら、いずれまた逢うだろうよ。ザハークの次に東北をブチ壊すのは、このサバク様だ! 憶えておきやがれ!」
そう言い捨てて、サバクが引き上げていく。追手が追い駆けるよりも早く、包帯男は彼方へと消えていった。
残ったのは、無数のマミーの死骸だけだった。
後日。
無事に帰還した生徒たちに、教師はこう言った。
「ご苦労だった。敗北したとはいえ、君たちのお陰でサバクの能力は深い部分まで解明できた。この情報は大きい。この情報を基に、次こそは必ずリベンジを果たしてくれ。ただ……せめてもっと深い傷を負わせたかったのも、確かだ」
気がかりなのは、サバクの最後の言葉。
奴は、東北で何かをしようとしている。復興が進む、あの東北地方で。
無論、ただのビッグマウスである可能性もある。実力者でもない只の中級ヴァニタス一体に出来ることなど、たかが知れているはずだ。
それでも、漠然とした不安は拭えない。
「嫌な予感がする。もしかすると本当に、東北で何か大事が起きるかもしれない。その時こそ――いや、そうなる前に、奴を倒してくれ」
ロストしてしまったが、引き続きサバクの動向は追われている。もしも捕捉できれば、事件を未然に防ぐこともできるかもしれない。
すぐにでも、サバクは再び撃退士の前に出てくるだろう。
次こそは、必ず。