●
駆けつけた学園生たちが見たのは、蛇の群れと、斃れゆく戦士の姿。
都市を守る現地撃退士はポイズンウォリアーとせめぎ合い、あるいはゴルゴーン三姉妹に一方的に蹴散らされていた。
強固に結びついて戦うゴルゴーン三姉妹は、連携によってその能力を最大限に発揮している。猛威を振るう主力ディアボロを止められない以上、待ち受けているのは最悪の結末のみ。
加えて、群れ成す蛇の奥にはヴァニタス・レインが控えていた。指揮官である彼女を倒せばポイズンウォリアーの統制は失われるだろうが、それを実現するのは困難を極める。
「どっかの神話のゴーゴン姉妹だっけ? 図書館で絵だけ見たな」
ギリシャ神話に登場する怪物を模した三体のディアボロを前に、カイン 大澤 (
ja8514)が淡々と言う。
三姉妹の一体、長大な双刀を構えた半蛇の女剣士ステンノは、『強き女』の名に恥じぬ武威を放っていた。
見たところ、敵は完全な近接特化型。
それならば、とカインは具現化したアサルトライフルを構える。
「とっとと失せろ、この阿婆擦れ」
カインの突撃銃が火を噴くと同時に、対ステンノ班の前衛たちも地面を蹴った。
「まずは分断させて貰おう」
紫光の尾を曳いて駆けるのは、月詠 神削(
ja5265)。ステンノが反応するよりも早く敵の懐に入った神削が、澱みなくウォフ・マナフを一閃する。
大鎌による痛烈な一打が放たれ、衝撃でディアボロが後方へと吹き飛んでいく。
地面に叩きつけられたステンノが起き上がろうとして、異変を察知。女の貌が驚愕の表情を浮かべる。
ステンノの腕や尾は、邪悪な氣に包まれて灰色に変化していた。
八卦石縛風。
天宮 佳槻(
jb1989)がタイミングを見計らって発動した、石化の陰陽術だった。
「動きは止めました。今のうちにお願いします」
石縛風を振りほどこうとするステンノの死角から、光の銃弾が飛来する。
蓮城 真緋呂(
jb6120)は光の屈折を利用して姿を消し、ステンノの不意を突いて銃撃を仕掛けていた。、
ステンノほどの強敵であれば、気配を感じ取って回避できたかもしれない。だが佳槻の八卦石縛風を浴びていたこともあり、ステンノはよけられなかった。
「自分の力は弁えてる……けれど」
「ああ。力不足かもしれないなんて、思ってられない」
他のゴルゴーンが支援に回る前に、と崎宮玄太(
jb4471)が毒を纏った突きを放つ。身動きを封じた状態ならば、回避されて毒を受けるリスクも無い。
真緋呂も玄太もまだまだ新人撃退士だが、仲間と連携することで良い動きを見せていた。
毒に侵されたステンノがもがき苦しむが、やがて完全に石化。美貌を歪めた蛇女の石像が出来上がった。
出だしは順調。
「もっとも……この程度で終わるような相手じゃ無いよな」
油断無く大鎌を構える神削の視界を、一つの影が横切った。
二体目のゴルゴーン・メデューサが素早く駆け寄り、石化したステンノの首筋に牙を突き立てる。
それは、攻撃ではなく回復。
メデューサの解呪によって、ステンノに施された石化効果が消失していく。
「思ったとおり厄介な能力ですね……ですが、そこが隙です」
神月 熾弦(
ja0358)は、蛇女の動きを正確に追っていた。
メデューサが回復手も兼ねているのならば、味方の致命的な状態異常を解除するために必ず前に出る、と読んでいたのだ。
「さぁ、行きましょうか。油断も驕りも無い……正真正銘、本気を以て相手してあげる!」
Erie Schwagerin(
ja9642)が艶やかな大淫婦へと姿を変え、終焉の焔を膿み堕とす。
周囲のポイズンウォリアーを巻き込み、巨大な火球が炸裂。
行動直後を狙われたメデューサは、しかし滑らかな動作で爆炎を回避していた。
「後ろには退かせません!」
熾弦が箒星の雨を降らせ、メデューサを爆撃。コメットは冥魔の眷属たる蛇女に引き寄せられたが、ぎりぎりでかわされる。
周囲のポイズンウォリアーの多くには命中したものの、メデューサを狙った二人の範囲攻撃魔法は惜しくも外れた。が、味方の追撃を補助するという意味ではそれで充分だった。
「さぁてと、うちのやれる事をやるとするかねぇ」
暗紫の風を纏った九十九(
ja1149)が、空いた射線から矢を連射する。九十九の援護射撃を受け、闘気を解放した前衛たちが一斉に突撃していく。
鉄塊の如き無骨で巨大な大剣を軽々と掲げ、雫(
ja1894)がメデューサへと接近。原始のフランベルジェを薙ぎ、蛇女を弾き飛ばした。
さらに郷田 英雄(
ja0378)が鋸刃の大剣シュガールを一閃したが、俊敏なメデューサはまたも回避。
熟練の鬼道忍軍にも劣らぬメデューサの素早さに、英雄が凶暴な笑みを浮かべる。
「上位種か、面白い。ならば、俺が極みへと至る糧となって貰おう」
死神から贈られた腕輪に一瞬だけ意識が向き、英雄はすぐに眼前の敵へと集中し直した。
「まァ、俺に出来るのは『今』を全力で臨む事だけだ」
「『今』を全力で、か……確かに、俺たちに出来るのはそれだけなのかもしれないね」
鈴木悠司(
ja0226)がメデューサへと迫りつつ、レインとの戦いを振り返る。
あのヴァニタスは、残念だが自分よりも格上の相手だ。たとえ負傷していようと、レインの優位は揺るがないだろうと思えるほどに。
無理にレインを狙っても返り討ちに遭うのは自明。だが、だからこそ。
「このゴルゴーンだけは絶対に倒して、レインには退いて貰うよ!」
今すべきは、これ以上の被害を出す前に決着を着けること。故に、眼前の敵を倒すことのみに全力を尽くす。
牽制用の散弾銃をヒヒイロカネに納め、悠司はウルフズベインを具現化した。
踏み込みと共に、鋭い斬撃が放たれる。
全霊を傾けた毒狼の牙を、メデューサは身を退いて回避――出来なかった。
致命的命中。
首を両断する勢いで叩き込まれた悠司の刃は、後退したメデューサの顔を深く斬りつけていた。石化能力を秘めた、その右目ごと。
片眼を喪くしたディアボロが、狂ったように叫びながら邪眼を発動する。
残った左目だけで、メデューサが悠司の身体を石に変換していくが、
「無駄だ」
龍崎海(
ja0565)が施した聖なる刻印で、悠司の石化が即座に解除されていく。
それだけではない。
海が前に出たのと同時に、倒れていた現地撃退士たちの数名が、再起に成功していた。
「前線を維持してもらわないと困るけど、そっちの回復まで手は回らない。これで凌いでもらおう」
神の兵士の効果で気絶者が続々と復帰し、にわかに現地撃退士の士気があがる。
「さてェ、雑魚連中の掃除を始めましょうかァ……」
戦況を見極めていた黒百合(
ja0422)が、不浄なる愚者の巨腕を召喚。自軍に流れを引き寄せるべく、爛れた魔手をメデューサへと振り下ろす。
腐泥と血液の雑ぜ物がメデューサに伸び、命中する寸前で矢の雨に打たれて爆ぜた。
黒百合が、苛立たしげに頭上を睨む。
「……厄介なのが、もう一匹いたんだったわねェ……」
長大な弓矢を構えたエウリュアは、厭らしい笑みを浮かべて撃退士を見下ろしていた。
三体で都市侵攻の主力たりうる、恐るべき蛇女たち。一体一体はヴァニタス級に及ばないが、三位一体となって行動することで、その能力は十全に発揮されている。
まずは彼女たちを倒さなければ、撃退士たちに勝ちは無い。
●
この戦場には、ヴァニタス・レインと因縁浅からぬ者たちが多く集まっていた。
ある者はレインのゲートを落とし、ある者はレインと一合を交えている。エリーゼ・エインフェリア(
jb3364)もそのひとりだ。
仲間との連携や奇策によって、彼女はレインに『魔法』で打ち勝った唯一の存在だった。
光の翼で飛翔するエリーゼが、遠くにいる宿敵を一瞥して身悶えする。
「レインちゃんといちゃいちゃしたいのは山々なんです……山々なんですけど……! 今は他をなんとかしないと……」
葛藤の末、エリーゼは欲望よりも理性を優先。同高度で飛ぶエウリュアを見据える。
翼を生やした半蛇の美女は、ともすればグロテスクな天使のようだった。
エリーゼが無数の焔の矢を飛ばす。
それは分断のために攻撃だったが、カオスレート差も乗ってエウリュアに直撃。決して脆くない対魔法装甲を持つ蛇女の命を、一気に削り取ることに成功した。
強靭な生命力を誇るエウリュアでも、あと五発も喰らえば撃墜は確実だった。
レインにも匹敵する超火力を弾き出せるのは、この戦場では恐らくエリーゼだけだろう。敵としても、早めに彼女を潰したいと思ったはずだ。
破壊の堕天使に対抗するように、エウリュアが魔法の矢を連射する。標的は、当然エリーゼ。
矢の暴雨が殺到し――弾幕はエリーゼの前方で炸裂した。
「ふむ。真っ先にエリーゼ君が狙われると読んでいたが、どうやら当たったみたいだね。間に合って良かったよ」
射線上に強引に割り込んでエリーゼを庇ったのは、はぐれ悪魔のハルルカ=レイニィズ(
jb2546)。
魔法矢の豪雨を全てその身で浴びて、けれどハルルカは気絶すらしない。凄まじい生命力だった。
「とはいえ、流石に効いたかな。まずは回復させて貰おうか」
飄々とした態度を崩すことなく、ハルルカが掌に赤色光を灯す。それを胸に当てると同時に、全身の傷が見る間に癒えていく。
すぐさまエウリュアが第二射の構えを取る。が、飛翔するエウリュアへの対応を担ったのは、彼女たちはぐれ天魔だけではない。
「森田さん、作戦通りに行きましょう」
「頼りにしてるよ、ハートちゃん」
ハートファシア(
ja7617)と森田良助(
ja9460)の後衛ペアが、地上からそれぞれエウリュアに狙いをつける。
世界蛇の名を冠する高性能小銃・ヨルムンガルドを構え、良助が腐敗の弾丸を発射。
放たれたアシッドショットは、見事エウリュアの腹部に命中した。これにより、ただでさえ脆弱なエウリュアの物理防御性能が、さらに低下する。
「他の皆さんが来るまでに、下準備を整えねば」
立て続けにハートファシアが、高精度の雷撃を蛇女の腹部へと撃ち込む。回復される前に、少しでもダメージを蓄積させておくという算段だった。
やがて、エウリュアの腹部の傷が少しずつ塞がっていく。
「…………」
自動回復の間にエウリュアは思考し、次の標的を変更。防御の意を見せるハルルカの側にいるエリーゼを狙うよりも、厄介な腐敗攻撃を持つ良助から一瞬で片付けるべきと判断した。
エウリュアが放った強力な魔法矢の三連撃が、良助に襲い掛かる。
「手癖の悪い蛇さんですね。させませんよ」
ハートファシアがすかさず良助の前に立ち、魔法障壁を三連続展開。三重のマジックシールドで、エウリュアの強襲を受け止めた。
一枚目、二枚目の障壁がそれぞれ魔法矢と相殺して砕け、ダメージはほぼゼロ。もっとも三発目の矢は障壁ごと貫通し、ハートファシアの胸へと叩き込まれた。
強引に割り込んだこともあって当たり所が悪かったのか、気絶寸前の重傷を負ってハートファシアが倒れる。
「ハートちゃん!」
良助が即座に駆け寄って、ハートファシアに応急手当を施す。もし魔法防御に秀でたハートファシアが庇ってくれなかったら自分は――そう思えるほどの酷い怪我だった。
「ごめん、僕のせいで……っ」
「……っ、大丈夫です。お気になさらずに」
ハートファシアが言いかけて、良助を後ろから狙うポイズンウォリアーに気づいた。
「森田さん、危な――」
反応は、一瞬間に合わない。
蛇頭の戦士が蛇腹剣を振り上げようとして、
飛来した黒白の矢が、ポイズンウォリアーの脚に直撃。
遠距離から牽制の魔法を撃ったのは、白蛇の悪魔クルティナ・L・ネフィシア(
jb6029)だった。
「……足手纏いに……ならない……よう……」
味方と距離を置いたまま、クルティナが援護の矢を撃ち続ける。
そんなクルティナにポイズンウォリアーが接近し、蛇腹剣を伸ばす。鞭のような刃に肩口を裂かれ、鮮血の尾を曳きながらクルティナが後ろに下がる。
「さっきは助かりました。今、応急手当を……」
「……大丈夫……我慢……できる……」
味方に心配をかけないように、とクルティナが気丈に負傷を耐える。
「……そっちの戦いに……集中して……」
内心では気遣いが有り難かったが、クルティナは実力者揃いである仲間たちの邪魔をしたくなかった。
クルティナを追って、ポイズンウォリアーが剣を向ける。
だが、その刃は彼女まで届かない。
介入した中津 謳華(
ja4212)の『牙』による一撃で、剣を握る腕ごと右半身を消し飛ばされたからだ。
「失せろ雑兵……貴様では相手にならん」
純粋な殺意を放つ謳華に、ポイズンウォリアーたちの注目が集まる。それこそが、謳華の狙い。
敵を引き付け、殲滅へと至る為に。
「どうした……貴様等を殺す者が、此処にいるぞ?」
言葉と共に、禍々しい殺気が吹き荒れる。戦士たちが怯みかけ、しかしすぐに気を取り直し、冷静に謳華を包囲していく。
●
学園生、現地撃退士、ゴルゴーン、ポイズンウォリアーが入り乱れ、戦場はにわかに乱戦の様相を呈してきていた。
「皆様、此処が正念場ですわよ!」
癒し手のフィーネ・アイオーン(
jb5665)が、後方に下がらせた重傷の現地撃退士に、回復魔法を施す。
緊急の医療場所を構築する時間は無かったが、フィーネのライトヒールによって数人が復帰し、戦場へと戻っていく。
同胞を送り出しつつ、回復スキルの行使と、せめてもの応急処置に全力を傾けるフィーネ。医に携わる者として、これ以上の犠牲者は絶対に出さないと、固く誓っていた。
「誰一人として死なせるものですか!」
後方支援に重点を置くフィーネとは別に、キャロライン・ベルナール(
jb3415)も回復手として上手く立ち回っていた。
前線で気絶した仲間を抱えて後退しながら、キャロラインが癒しの風を発動。敵勢から可能な限り離れて、周囲の味方のみを同時に回復させる。
「鬱陶しいですね……やっと追い詰めてきた所なのに」
忌まわしげにレインが呟く。
現地撃退士の戦線を立て直す二人のヒーラーは、レインにとって無視し難い。すぐにでも始末したい所だが、今は回復手よりも優先すべき敵がいる。
戦場を見渡すレインの青い瞳に映ったのは、紫電の剣士と紅蓮の魔術師の姿だった。
熟練の剣士である鳳 静矢(
ja3856)は、対ゴルゴーン班の周囲に近づくポイズンウォリアーたちを蹴散らしていた。、
紫霧を纏った静矢が、紫鳥の霊撃を飛ばして戦士たちを薙ぎ払い、あるいは超絶的な紫光の一閃で三体を同時に斬り伏せていく。
数多の実戦経験を積んだ静矢は、もはや教師や親衛隊員にも引けを取らない強さに仕上がっていた。
同じ万能型でも、静矢の実力はポイズンウォリアーの一段上を行く。現地撃退士の補助を受けて、突出せずに戦っている現状ならば、まず負けることは無いだろう。
鳳流抜刀術を駆使し、静矢はディアボロを一体、また一体と撃破していた。
「……貫く!」
静矢が討ち漏らした戦士を、アスハ・ロットハール(
ja8432)が大型化したグラビティゼロで貫通。とどめを刺す。
物理偏重装備と対魔性能を活かした『近接魔術師』たるアスハは、ポイズンウォリアーと相性が良い。比較的優位に戦闘を進めていたが、それ以上に。
「……総員、レインには手出しするな。いつ範囲攻撃が飛んできても可笑しくない、ぞ」
アスハは現地撃退士たちを指揮し、その動きを纏め上げていた。特に、具体的な指示を幾つか飛ばすことで、全体が崩れることを阻止している。
次々と敵を撃破していく静矢と、堅実な指揮で蛇魔軍に対抗するアスハを、レインが放置しておくわけがなかった。
「死んじゃえ」
レインが掌から蒼い光の矢を放つ。それは、ここに来てようやく使用された、通常の魔法攻撃だった。
咄嗟に反応したアスハが、遠距離から飛来した光矢をマジックシールドで受け止める。
スキル攻撃でなくとも相変わらずの凄まじい威力だが、何とか受け防御に成功した。
「……今、やりあう気はない。完全に治してから、戻ってこい、レイン」
怨敵の言葉に、レインが返す。
「あはは、あたしを殺すんじゃなかったんですか? 右腕の借り、ここで返してあげますよ」
「……生憎だが、見え透いたデコイに引っ掛かってあげる趣味は、流石に無くて、な」
レインは間違いなく深手を負ったままだと、アスハは確信している。
そして――敢えてそれに気づかせることで攻撃を誘っていることも、看破していた。
自身の思考を読まれたことに気づき、レインが乾いた笑みを浮かべる。
「仕方ないですね……なら、こっちから仕掛けてあげますよ。二人纏めて、殺してあげます」
レインがポイズンウォリアーを動かし、静矢とアスハに攻撃を集中。戦列を多少崩してでも、この二人は早急に倒す必要がある、とレインは判断していた。
静矢は護法で、アスハは魔法障壁で、剣撃の雨を凌ぐ。が、敵の手勢が多すぎた。現地撃退士との即席の連携では、対応し切れない。
「やれやれ。随分と、冷たい目になってしまいましたね。前の方がまだ可愛げがあったというものです」
「……あなたも来てたんですか」
飛翔するオーデン・ソル・キャドー(
jb2706)が、上空からレインを銃撃。オーデンはレインの強さをよく理解しているが、少しでもレインの集中を乱そうと、撃墜覚悟で撹乱を行っていた。
銃撃をかわしたレインに蒼光の矢で撃ち抜かれるが、オーデンはかろうじて一発耐える。一旦キャロラインの元まで退いて、ライトヒールを掛けて貰った。
「回復は任せろ、オーデン」
「東北での戦いを思い出しますね。いやはや、助かります」
「……死ぬなよ」
そう言って、キャロラインが仲間を送り出す。オーデンとは大規模戦闘で共に戦った仲だった。
「相手はあのレインですからね……善処はしましょう。では御免」
再びレインの元まで舞い戻ったオーデンが、妨害を続行する。
「旨味を増して再登場です。食べ残してもさらに旨味を増すのが、おでんの良い所ですね」
「くっ……目障りなんですよ!」
レインの手に蒼い光が溜まり、砲弾となってオーデンへと放たれる。
●
この時点で、レイン&ウォリアー班は壊滅的な損害を受けていた。が、彼らの奮闘の甲斐あって、対ゴルゴーン班に向かうポイズンウォリアーは殆ど撃破されていた。
結果的に学園生が多く狙われたことで、現地撃退士の消耗もそれほど酷くは無い。
が、対ゴルゴーン班が優勢かと言うとそうでもなく、一進一退の攻防が続いていた。
大剣を構えるハルルカの目先では、いまだ健在のエウリュアが地上に向けて援護射撃を放っている。
「……やはり、四人では少々厳しいね。さてどうしたものか」
「他班も苦戦してますし、私たちだけで決めるしか無いでしょうか……」
「ふむ。賭けになるが、やるしかないだろうね。追撃は任せたよ、エリーゼ君」
状況を見て、対エウリュア班は攻勢に転じた。エウリュアは強力な再生能力持ちとはいえ、良助のアシッドショットで防御力が落ちている。勝算が無い訳ではない。
ハルルカが一気に加速。エウリュアの後ろに回りこみ、頭上へと翔け抜けた。
振り返ったエウリュアが迎撃するよりも速く、ハルルカの翳した掌から、朱色の雷が解き放たれた。
「その威で以て、響け朱雷。素敵な調べを奏でておくれ」
燦爛とした雷撃が閃き、回避し損ねた蛇女の右翼を貫く。体勢を崩し、エウリュアが隙を見せた瞬間を見計らい、エリーゼは雷槍ブリューナクを召喚。
投擲された高精度の魔法槍が、雷の速度でエウリュアに直撃する。さらに左翼に風穴が空くが、エウリュアもやられっ放しでは終わらなかった。
ディアボロの構える弓矢に、闇色のアウルが集束していく。
冥界の力を強め、放たれるのは天使殺しの一矢。
暗黒の矢に射抜かれ、エリーゼが落ちる。
が、同時にエウリュアにカオスレート変動という二つ目の隙が生じた。それが、決定打への布石となる。
「当てる……この一撃は必ず!」
ヨルムンガルドに光を纏わせた良助が、冥魔を浄化する星の一撃を発射。
聖なる弾丸はエウリュアを構成する組織を大きく消し飛ばして――
時間を巻き戻したように、重傷を負ったディアボロの肉体が修復されていく。
いずれも素晴らしい攻撃だった。だが、わずかに手数が足りず、再生能力を持つエウリュアを倒すには至らなかったのだ。
そして、逆襲のエウリュアは良助の隙を突き、必殺の三連矢を飛ばした。
カオスレートを変動させた良助にとって、それは死すら与えかねない攻撃だったが、
シルクハットが宙を舞う。
斃れたのは良助ではなく、またも彼を庇ったハートファシアだった。
敵であるレインさえも救ってあげたいと願う彼女が、見知った仲間である良助を見殺しすることなど、できるはずもなくて。
(……理想論でもいい。誰も彼もを、救いたいのです)
黒百合が放った神速の突きが、蛇女の頬を掠める。
「中々当たらないわねェ……」
黒百合の技巧を以ってしても、メデューサに攻撃を命中させるのは容易ではなかった。
場を統べるディアボロの特殊能力によって、動きを封じられた者も多い。
聖なる刻印が解けた瞬間を狙われ、英雄も無数の蛇に拘束されていた。
「ちっ……だが、この状態でも戦いようはある」
この程度で限界などと、諦めはしない。英雄はシュティーアを召喚し、逃げ回るメデューサを銃撃していく。
海が雨霧の矢を飛ばし、エリーがライトニングで追撃。集中攻撃の全ては流石に避け切れず、メデューサの肉体の端々が削げ落ちた。
味方の援護射撃を受けて、盾を構えた熾弦と大剣を掲げた雫がメデューサを取り囲む。距離を取りながら束縛や石化を駆使するメデューサを包囲するのは難しく、挟撃を実現できただけでも充分だった。
「一気に勝負を決めます!」
熾弦がデュエリングシールドを持ち直し、刺突の構えを取る。外縁が刃の如くに仕上げられた大盾には、天の輝きが込められていた。
雫が手にするフランベルジェに、禍々しい餓狼のオーラが宿る。それは、敵の命を奪い尽くす貪欲な修羅の一撃。
レイジングアタックと貪狼を発動した二人の攻撃を喰らい、メデューサが苦痛の叫びをあげる。
防御の脆いメデューサには強烈過ぎる挟撃だった。けれども、決定打には後一手足りず。
瀕死の蛇女が怒りを込めて雫を睨みつけ、その身体を呪いで固めた。石化を受けた雫に、天から降ってきた魔法矢が叩きつけられる。
完全な撃破や分断には至らなかったが、エウリュアとメデューサを他班が引きつけてくれたお陰で、対ステンノ班は足止め・分断に成功していた。
神削が純白の閃撃を繰り出し、ステンノの視界を奪う。
「今だ!」
「はいっ!」
一瞬だけ意識の飛んだステンノに、佳槻が蟲毒を発動。毒蛇の幻影に咬み付かれ、ステンノの肉体が徐々に蝕まれていく。
さらに、玄太が白紙の絵本を開き、光球の魔法攻撃を撃ちこむ。再生能力を発揮されぬように、魔法攻撃と毒で確実に削っていく、というのが対ステンノ班の基本戦術だった。
復調したステンノが、再び動き出して双刀を振るおうとして――落雷に打たれたように痙攣する。
「どうやらちゃんと効いたみたいね」
ステンノが瞳だけ動かし、声の方向に視線を向ける。姿こそ見えないが、そこに真緋呂がいることが気配で感じ取れた。
八卦石縛風による石化、ホワイトアウトによるスタン、そしてサンダーブレードによる麻痺。敵の動きを封じるために、対ステンノ班はしっかりと連携して重要な攻撃を当て続けていた。
仲間の活躍もあり、他二体は加勢に来れない。が、他班もやや苦戦している。何とかして速攻で決めるべきか。
「皆、少しの間だけ頼む」
玄太と真緋呂が魔法射撃を続ける中、そう言って神削が後退。奥の手であるスキルを使う準備に入る。真緋呂がステンノに麻痺を与えている今ならば、大きな隙を晒さずに済む、はずだった。
ばちん、と麻痺効果が打ち消される。
幸運にも自力で状態異常から脱したステンノが双剣を抜き放ち、神削に襲い掛かろうと動いて、
「こっちだ、××××」
口汚く罵り、カインが牽制の銃撃を横合いから撃ちこむ。頭を狙ったそれはかわされるが、意識を引くことには成功した。
ステンノが方向転換し、カインへと迫る。
荒々しく振るわれた魔法の双刀を、カインはブラッディクレイモアで受け止めた。佳槻に加護の術式を施して貰っていたこともあり、ぎりぎりで持ち堪える。
そして、
「助かったよ。これで、一気にケリを着けられる」
金色の刃を生み出した神削が、ステンノに接近していく。
玄太と佳槻によって、ステンノには序盤からほとんどずっと毒が回っている。加えて、魔法攻撃によるダメージも充分に蓄積されていた。
「終わりだ」
闇を斬り裂く光刃が一閃される。
アークの聖なる斬撃が煌き、両断されたステンノは地面に崩れ落ちた。
●
ステンノは死に、エウリュアとメデューサはそれぞれ瀕死の重傷。ポイズンウォリアーの軍勢も、多くは戦闘不能になっていた。
「退き際、ですね」
レインが残ったディアボロに下した命令は、撤退。
本来の目的である所の『撃退署崩し』は、多少の成果を上げた。どちらかといえば学園生に被害が大きいが、現地撃退士とて無傷ではない。
「……もうすぐあたしの傷も完治する頃ですし、今日のところは充分です。退きますよ」
本当はもっと壊滅的な打撃を負わせたかったが、それは次回で良い。次で一気に片を付ける。生き残ったゴルゴーンにも、次回また働いて貰うとしよう。
「次こそ完全に撃退署を落としてあげますよ。ディアナ様の邪魔をする人たちは、あたしが一人残らず殺してあげます、あはははははっ!」
狂ったような笑い声を残して、レインが去っていく。生き残ったディアボロの群れと共に。
「……戦いは終わったが、この地域から敵の脅威が去った訳ではない。出来ればこれ以上、現地の連中に欠員は出したくないな」
嘆息交じりに、傷だらけの英雄が呟く。
あのヴァニタスはまたやってくる。しかも、今度は全快した状態で。
「なに。今は最悪の結末を回避できたことだけでも喜ぼうじゃないか。見たまえよ」
ハルルカが言い、市街地に視線を向ける。
何とか最終防衛線上で迎撃できたことで、当然ながらディアボロは一匹たりとも通していない。
結果として、戦いと無関係な者が傷つくことも、人々の営みが壊れることもなく。
目に映るのは平凡な街並み。けれどそれは、撃退士たちが戦い、傷つき、確かに護り抜いたものだった。