●対抗戦開始
「今回は集まってくださって感謝しますわ」
丹下あかり(jz0162)の頼みを聞き、なんと八人もの撃退士が訓練場に集まってくれた。
「訓練して金もらえるなんて、楽な依頼だな……」
そんなふうに考えていた時期が久我 常久(
ja7273)にもありました。だが……。
「ま、たまには鍛錬も良いか」
肩をすくめるのは礼野 智美(
ja3600)。智美は充分に実戦経験を積んでいたが、女の子からの依頼ということで断り難かったのだ。
一応これだけは確認しておくべきか、と智美があかりに問いかける。
「あかりさん。勝っても負けてもぬいぐるみの可愛さについて蒸し返さない、って約束出来る?」
「う……わ、わかりましたわ」
「ん。なら良し」
智美は優しく微笑み、あかりの小さな頭を撫でた。
こんな馬鹿げた喧嘩すぐに終わらせて、二人には仲直りしてもらおう。
智美が遠方にある鋼鉄の塊を見据える。模擬敵までの距離が遠い。近づくまでが大変そうだ。
「……しかし、ぬいぐるみへの愛と模擬戦と、どう関係があるのでしょうね」
そう呟く饗(
jb2588)の疑問は正しい。論理が飛躍し過ぎである。どうしてこうなった。
「まあ相手ふざけた名前ですけど強そうですし、頑張りますかねえ」
物質透過は使用してもよいのかと確認する饗に、ジャッジである記録官(カラスマとかいうどこかで聞いたような名前だった)が、祖霊符を見せる。
「訓練の公平性を保つために、物質透過は禁止となっております」
「ふむ。やはりそうでしたか。いえ、いいのです。他にも準備はしてきましたので」
妖狐の悪魔が、事前に用意したゴーグルやマスクを装着していく。チーズケーキくん2号への対策としては充分だが、和装にダウンハットというファッションも相まって、実にシュールな姿だった。
「やるからには勝ちたいですよね」
ライダーゴーグルをつけた森林(
ja2378)も、特殊弾対策にとマフラーで鼻までを覆い始めた。というか、ほとんど全員がゴーグルやマスクで完全武装している。事情を知らなければ不審者にしか見えない。
「み、皆さん!? その怪しい格好は何ですの!?」
「やっぱり変かしら……あ、はいこれ。丹下さんの分も準備しておいたわよ」
うろたえるあかりに、瑠璃堂 藍(
ja0632)が涼やかな笑顔で装備一式を手渡す。無論、彼女の大人びた美貌もゴーグルとスカーフで隠れていた。加えてハンティングキャップのおまけつきである。
「…………」
なにこの怪しい集団、と記録官が思わず呟く。
「怪しい集団〜? 正義のヒーローですよ〜」
記録官の言葉に、結月 ざくろ(
jb6431)が胸を張る。しかし、例によってざくろも防塵マスク(顔全体を覆うタイプのやつだ)をがっちり装着していた。その姿は一昔前の暴走族を彷彿とさせて、やっぱり怪しい。
いや、確かにルール的にはまったく問題ないですけれども……! 皆様、本当にその格好で戦う気ですか……!?
不審戦隊へと変身していく参加者たちに、おろおろし始める記録官。ふと、顔に何もつけない神野 英幸(
jb6448)の姿が記録官の目に入った。
真っ白いスーツを着こなした英幸は、ホストといっても通じそうな雰囲気。
よかった、ちゃんとした格好の人もいるんだ……と記録官が安堵しかけた時だった。
「フゥー! やっぱイケメン的には、普通のマスクとかないっしょー!」
英幸は真っ白い歯を見せて笑い、薔薇を挿している胸ポケットから何かを取り出した。いわゆる鼻マスクと呼ばれる代物だ。なるほど、これならば付けていても見えにくい。
「神野さんのマスクは鼻に突っ込むタイプ〜? そんなの初めて見ました〜」
彼とペアを組んだざくろは、ただただ純粋な眼差しを英幸に向けていた。
調子に乗った英幸が、格好良くポーズを決める。
「ヘェーイ! 模擬戦なんて、このイケメンがあっという間にクリアしちゃうぞ? アウル・すこぶる・僕アイド……うえぇーい!?」
口上の途中で、英幸の足元が陥没。ずぼん! と自称イケメンが落とし穴に落下していく。
――トラップが作動したのだ。
「さぁ、訓練の始まりだ!」
きらっ、と常久が眩い笑みを浮かべる。その巨体は上半身裸で、下は海パン一丁。手にはビート板を持っていて……なんというかもう、記録官がどこから突っ込んでいいのか分からない姿だった。
●罠・罠・罠
模擬敵を撃破すべく真っ先に動いたのは、韋駄天の速度を得たフローラ・シュトリエ(
jb1440)。
「相手チームの様子が分からないから、なるべく急ぐように頑張るしかないわね」
そう。これは対抗戦。相手より先にターゲットを無力化する必要がある。
「おっと!」
何処かから飛んできた巨大な丸太を、フローラが華麗に飛び退く。
「っ――!」
着地と同時に、フローラは地面を蹴って前転。直後、それまでフローラのいた場所で地雷が爆ぜるが、陰陽師のチャイナ服は傷ひとつない。
張り巡らされた罠の数々を、フローラは演舞の如くに回避していく。実に見事だ。
移動力を上昇させた藍と智美が、フローラに続く。
「加速チームね、ガンガン行きましょう!」
静かに、けれど素早く、藍が訓練場を駆け抜ける。
陽炎を思わせる美しい動きで疾駆する藍の頭上に、影。
見上げると、巨大な岩が落下してくるところだった。これは避けきれない、と思われたが、
「はああぁぁっ!」
咄嗟に藍の前に出た智美が、修羅の咆哮をあげて槍を突き出す。アウルを集中させた槍の穂先が巨岩に刺さり、衝撃波を波立てて粉砕! これまた見事なまでの攻撃力だ!
「礼野さん、ありがとう! 助かっ――」
藍の言葉に重なるようにして、ばばばばば、と発砲音が連続で炸裂。
落石トラップは防げたが、今度は銃弾の雨が藍に殺到した! まさかのトラップ二連発である!
「きゃああぁぁっ!」
無数の銃弾を浴びて藍が斃れる。撃退士特有の強靭な肉体のおかげで、貫通までしていないのがせめてもの救いだ。
「瑠璃堂さんっ、しっかり!」
智美が駆け寄ろうとしたが、藍は声を張って制止した。
「私に構わないで先に行って! 戦いは始まったばかりなのよ!」
「しかし……!」
トラップに蹂躙された藍が、力を振り絞って腕をあげ、智美に親指を立てる。
「……大丈夫、心配しないで。すぐに、追いつくから……」
そうはいうが、藍の華奢な体は、最早。
断腸の思いで、智美が模擬敵のもとへと急ぐ。
「ッ……すまない! 瑠璃堂さん! あなたの犠牲は無駄にはしないよ!」
一方その頃、常久・饗ペアも似たような場面に出くわしていた。
「わしは、ここまでか……」
地雷を踏んでしまった常久(ほぼ裸)が、ついに決意したような顔つきになる。
常久が、叫んだ。
「みんな離れろ!! ここはわしに任せて先に行けぇー!!!」
仲間を救うために、常久は自ら命を捨てる覚悟を決めた。台詞も良い。感動的だ。
だが、狐には無意味だった。
「わかりました」
「えっ?」
あっさりとした饗の返事に、思わず常久が聞き返す。
「久我さんの犠牲は無駄にはしません。では」
笑顔の仮面を崩さぬまま、饗が模擬敵のほうに向かおうとする。なんという冷酷さであろうか! まさに悪魔! 実際はぐれ悪魔だけど!
「……い、いや待ってやっぱ置いてかないでくれ――!!」
「久我さん駄目です、今動いたら――」
「これ、何の戦闘の訓練なんですか……」
ある意味天魔よりやり辛い、と森林が首から下げた勾玉を弄ぶ。この模擬戦、役に立つ日は来そうにないな、とも思いつつ。
ナイフを使って落とし穴から這い上がったばかりである森林の前方に、じゃきん、と機関銃が出現。
直後、通り雨のような一斉砲火が放たれたが、森林は動じていなかった。
彼はインフィルトレイター。ただの銃弾の軌道など、容易く読めるはずだ。たぶん。おそらく。
銃弾が眼前へと飛来した刹那、森林は体をのけぞらせた。
森林の反らした胸すれすれを、回転する銃弾が通過していく!
見たか! これが真のインフィルトレイター(回避射撃なし)だ!
「いたた……意外とやれるもんなんですね」
腰をさすりながら森林がそんなことを呟き、一歩を踏み出したところで、
ぽちっ。
「…………あー」
地雷を踏んだ。
そう悟り、はやくも諦めモードに入る森林。さすが森林、潔い。
「これも何かの縁かな……はぁ」
実にツイていない。そう嘆息した森林を、轟と炸裂した爆風が吹き飛ばす。
●対決・チーズケーキくん2号
チーズケーキくん2号(以下チケ2号)に搭載された能力の、そのほとんどは不審戦隊の活躍によって無効化ないし軽減されていた。
「そおれッ! 破壊! 爽快! ナイスガイ!」
英幸が、使役するストレイシオンのブレス攻撃を畳み掛けていく。
しかし、三発撃ち尽くしてもチケの野郎はビクともしない。なんてふざけた強度だ。
「ふんぬぅ……よ、よぉーしっ!」
召喚獣が駄目でも、まだ打つ手はある。
「発見! 真剣! ひっさつけーんっ!!」
自分自身で戦うべく、英幸が緋色の刀を具現化。
パートナーであるざくろを庇いつつ、英幸が赤刃を振るう!
「うーん、この心づかい……どう? どう? 僕って超イケてない? イケてるでしょ? イケメンでしょ?」
……確かにイケているのだが、これはウザい。
「神野さん、格好良いです〜!」
無邪気なざくろは素直に称賛をおくる。この子は天使か。
「でしょー? いいじゃん・Gジャン・最高じゃ……んごぉ!?」
調子に乗った英幸の足元が、再び陥没! まさかの落とし穴二連コンボだ!
慌てた英幸が、穴の底から召喚獣を呼ぶ。
「す、スタッフゥー、スタッフゥー!!」
「ハァーイ」
「久我さん!?」
スタッフという言葉に反応したのは、某ホストクラブのマスコット・常久。召喚獣をスタッフと呼ぶ英幸にも突っ込みたいが、とりあえずあなたじゃないです。久我さんの出番はこれからだ。
「や、やっと辿りついた……!」無事にチケ2号に隣接出来た智美が、全身から闘気を立ち上らせる。「今までの恨み、晴らさせて貰うぞ……!」
鬼神と化した智美が、紫焔の一撃を叩き込む!
めきぃ! とチケ2号のヘッドが歪む。恐るべき破壊力だ。
「しかし、一体どんな技術で作られた物なのかしらね、これ……」
接近したフローラが思わずそう呟き、アイス・ザントを発動。吹き荒れる氷の粒子を舞い上がらせ、チケ2号へとぶつけた。
ぴきぴきと固まっていくチケ2号に、ざくろが更に駄目押し。
石化が解除されるまで、フローラはごうごうとアイス・サンドを連発し、ざくろは釘バットでぼこぼこと殴打を重ねた。
それでもチケ2号は壊れない。
機械らしからぬ威圧感を放ち、ついに奴はバネつきパンチを構えた。
びよ〜ん、と間抜けな効果音付きで繰り出される鋼の拳に、少女たちが凄い勢いで吹っ飛ばされる。
「うそー!?」
ありえないくらい遠くまで飛ばされるフローラ。かなり活躍したのに最後でこの仕打ちである! あんまりだ!
ざくろも放物線を描いて飛ぶが、その瞳に宿った闘志は消えていない。
そう、この瞬間。この方向、このタイミングで――
「――そこにいるって信じてますよ〜、久我さん〜!」
「な、なんだ!? って、ごふぅ!?」
常久の大きなお腹に、ざくろがダイブ!
ざくろはそのままトランポリンの要領でお腹を蹴り上げ、ばいーんとチケ2号のほうへと跳躍!
さらに――
「待たせたわね皆!」
「瑠璃堂さん!? 馬鹿な、あなたは銃弾にやられて死んだはずじゃ!」
「ふふっ、撃退士はあんなトラップで死ぬほどヤワじゃないのよ!」
地獄から蘇った藍が、すかさずチケ2号をナイフで痛めつける!
「……随分とコケにしてくれましたね」
悪魔の残虐性を剥き出しにして、地雷で傷ついた饗が立て続けにPDWを猛射!
チケ2号も負けてはいない。ぼろぼろになりながらも、最後のエネルギーを消費してバネつきパンチを発射した!
せっかく近づいた藍と饗もノックバックされてしまう! だが――
「失礼、使わせていただきますよ」
「がはっ!!」
「……ごめんなさいっ!」
「ぐおおぅ!!」
常久のお腹を使って、藍と饗は即座にチケ2号のほうに舞い戻っていった! 鬼か!
「……お、お前等……踏みすぎじゃね……? ワシの腹そろそろもげそうなんだが……」
お腹を押さえてぷるぷる震える常久に、本日最大級の不幸が追い打ちをかける。
――ミサイルだ。
地雷は踏むわ、腹は蹴られるわ、百分の一のデストラップは引き当てるわ、ふんだり蹴ったりの一日である。
「わし、なんか悪いことした……?」
常久の腹を越えていった仲間たちは、ちょうどチケ2号にとどめを刺すところだった。
「これで終わりです」
饗が、冥界のアウルを纏った焔を一点に凝縮する。
狐火・冥獄。
「……燃え尽きろ」
チケ2号に狐火が炸裂し、完全に大破!
同時に、常久にミサイルが直撃!
「なんじゃこりゃあああああ!!」
常久がごもっともな叫びをあげて、天井を突き破って空の彼方に消えていく。
きらーん。
こうして、混沌渦巻く模擬戦は、なんとか終わりを迎えることができたのだった……。
●訓練終了
結果は、観月チームの勝利だった。
あかりチームは対策や作戦も素晴らしく、機動力に優れていたが、パワーではあちらが勝っていたらしい。
がくっと、うなだれるあかりに、森林が声をかける。
「こういうのは、ちゃんと謝っておいた方がいいと思いますよ? もしよかったら俺も一緒についていきますけど……」
「……ありがとうございますわ。でも、もう大丈夫ですの」
ふるふると首を振り、あかりが森林に、いや、チーム全員に微笑む。
「皆さんのおかげで、悔いは無いですわ。それに……とっても楽しかったですし、あたしは満足です。今日は、本当にありがとうございました」
●決着
対抗戦の結果は観月の勝利で幕を閉じた。
その事実にあかりは肩を落としていたものの、そもそも可愛いもの好きのあかりは観月の指すぬいぐるみを可愛くないと思っていたわけではない。
『互いの意見が食い違った』
今回の事件はただそれだけの話だったのだ。
二人の仲が直るのにそう時間は掛からなかった。
そんなある日、あかりが近くに出来た新しいファンシーショップのチラシを持ってきた。
「見てください、観月さん。かわいいものがいっぱいですわよ!」
「うん、かわいい……」
「あ、このぬいぐるみかわいいですわ!」
「こっちのもかわいい」
「それよりこっちの方がかわいいのですわ!」
「…………」
二人の後ろには『ぬいぐるみの虎』と『ぬいぐるみの龍』が『がおー』『きしゃー』と、睨み合う光景が繰り広げられた(※イメージ映像です)。
『喧嘩するほど仲が良い』とは、よく言ったものである。
ちゃんちゃん♪