半壊した古城の2階を行く悪魔、ダッシュ・アナザー(
jb3147)が、知識として知っている人間界の「かくれんぼ」とは、隠れている誰かを誰かが探す、というそれだけの遊びだ。
だから今回の仕事の始まりが、和気あいあいとしたきゃっきゃうふふな感じだった事も、やっぱりそーかーくらいに思っていて、集まった8人の内の二人が「猫」だったりしても、アナザーは驚かなかった。
そう、集まった8人の撃退士の内、2人は猫だったのである。
「きっと子供なら猫が好きなはずです。ならば、この着ぐるみの出番ですねっ」
2人の猫の内の白猫ちゃん、或瀬院 由真(
ja1687)は、ふわもこ着ぐるみで登場した理由をそのように述べていた。
決してふざけているのではなくて、作戦に必要だから、猫だったのだ。
じゃあもう一人のふわもこ黒猫君、カーディス=キャットフィールド(
ja7927)だってきっとそういう理由に違いないとか思ってふわっと見てたら、
「ええ、だって寒いですからね」
とか物凄い同意みたいに頷いていて、やっぱりそうか……人間界にはキセツがあって今はフユだし寒い……え?
って良く考えたら、かくれんぼ全然関係なかった。
と。
とにかくまーそんな感じで、8人は3階建の半壊した古城にそれぞれのスキルや能力を活かし、ばらけて位置取り、悪魔2人を探し出したのである。
「ま。そのうちどっかで見つかるでしょーよ」
飲み屋のツケの支払いのため、今日もせっせと働くおねーさんL・B(
jb3821)は、ちんまりした可愛いヒリュウ君を召喚し、わりとライトなスタンスで一階あたりをうろうろしていた。
「おーい悪魔くーん、もぉーいーかぁーい。ちゃんと返事してくんなきゃ駄目よー」
「あはは、それで返事してくれたら嬉しいですけどね」
そんなLの言葉に答えたのは、森田良助(
ja9460)だ。
8人は今回、素早く連携を取るために、各自スマホを通話させた状態で探索していた。
「でも何がしかのリアクションはしてるかも知れないですし、呼びかけは有効かもです。僕も鋭敏聴覚で探ってますし」
しかもその上「索敵」と「マーキング」も持っているので、隠れてる悪魔を探すくらいきっと余裕です。と口にはしないけれど、今日の良助はとっても強気だ。
だからうっかりちょっと調子に乗って、「さあ……」とかなんか、ちょっと気取って両手を広げてみたりして、ぬふふ、と笑い、
「僕から逃げられるなんて思わないことです……悪魔ども」
そんな一回言ってみたかった台詞を言ってみたりして、またヌフフ。
瞬間、「なはははは」と、誰かの大爆笑が聞こえた。
えっ! とびっくり仰天した良助の耳に、続けてこんな言葉が聞こえる。
「いやさー面白い事言うね。だったらさっさと捕まえてみなよおばかさーん、べーっ」
悪魔だった。
「ねーほんとにできんのー。最悪見つけられたとしても、多分捕まえらんないと思うなあー」
べー。
しかも挑発している。
ぬぬぬ。こいつら……。
「みなさん……2階の森田です。今、悪魔の声が聞こえました。僕達を完全になめきってる感じです。これ、捕まえてお仕置きしとかないと駄目ですよね」
「そうね……ふふふ」
良助の声に答えたのは、一階を行く江見 兎和子(
jb0123)だ。「かくれんぼって、幼い子供がやるから可愛いのであって、本当は危険で残酷なものだもの……。彼らはそれを知ってて誘って下さったようだわ。ええ……お互い存分に楽しみましょうね……?」
それに続いて3階を行くエルフリーデ・シュトラウス(
jb2801)が、「ふん」と笑う。
「なるほど小僧ども。私は優しくないぞ。逃げ切れると思わぬことだ」
「全く、そんなに捕まえてほしいのか。どこまでも構ってちゃんの天邪鬼だな」
2階を行く照葉(
jb3273)が更にその後を続ける。
「だがほどほどにせんと飽きられてしまうものでもある。飽きる前に捕まえてやろう。久々の狩りを楽しもうではないか」
だからこれはもー、暢気にかくれんぼーなんてばやいじゃなくて、わりと本気出して捕まえやるっと、そこですっかり、8人の雰囲気は、殺伐とした。
●
それで本気出しちゃった感のある撃退士達に、2階に潜んでいた悪魔2人はあっさり発見された。
けれど、「捕まらなきゃ負けじゃねーーっ」とか、勝手なルールを作って逃げ出して、だからもうルールとか何とか、そもそももー別にかくれんぼでもなくなってたのだけれどとにかく、だばだばだばだーーっ。
と、傷んだ床の上を縦横無尽に走り回り始めた。
もちろん撃退士達はその後を追う。
「さあ包囲して挟撃ですね」
皆のスマホから、由真の声が聞こえる。
そうだ、包囲して挟撃だー!
なんてされてたまるか逃げてやるー!
だから悪魔は、ひた走る。だばだばだばだーっききーっ。
けれど眼前に立ち塞がる影。今日も無駄にフェロモン満開の兎和子である。
「ふふ……やっと会えたわね、初めまして。私は兎和子よ、よろしくね……」
え何この感じ、え何このフェロモン、え何これやばいやばいフェロモンに完全にやられ……っていうその手にはえーっ、匕首ーっ!
殺られるっ!
と、その妖しくも美しい瞳に、危うい「殺意」とかいう名前の狂気が宿っている事を感じとった悪魔は、必殺の特殊攻撃「悪魔のささやき」を繰り出した。これで、自らの中に眠る煩悩やいけない願望や妄想が溢れ出て彼女が慌てている間に逃げてしまおうと。
そういう魂胆だったのだけれど、彼女の周りにぶわあっと溢れ出た透明な幾つもの玉には。
殺意。殺意。殺意。殺意。殺意。さt……何処を見渡しても、殺意。
敵を切り刻む残酷な映像、永遠に切り刻まれる敵の残忍な映像、そしてずっと変わらず緩やかに微笑み続ける彼女の映像。
それは機械が作業を行うかのような事務的な冷酷さに満ちていて、けれどそれを行う彼女は、紛う方なき恍惚の快楽の中に居るようで。
ひーーー逆に無理ーっ!!!
「ごめんなさーーーーい!」
だばだばだばだばだばーーーーっ。
傷んだ床の上を兎和子と2人の悪魔は走って行く。
「ふふ……悪魔が人間におびえるなんて可笑しいわ……泣いたって駄目。私をこんなふうにしたのは、貴方達のお仲間でしょう。もっと楽しませて頂戴よ……」
「ぎゃあー助けてーーー!」
匕首を振り上げて追いかけてくる兎和子から全力で逃げる悪魔の前方に、今度はピシィイッ! と照葉の放ったボーティスウィップの攻撃が。
ぴしぃっ、ぴしぃっ。
「さあ、もっと泣くがいいのであるっ!!」
どう見ても着物姿のおしとやかな女性にしか見えない天使照葉は、意外に女王様なのだ。
ばっしばしに悪魔の行く手の床を叩き、とにかく叩き思いっきり床を打ち抜き。
バッッキャァアッ!
「わああああああっ」
ズボボッボバババッ! と悪魔は「ラブ」は落ちて行き。
「わー! ラブー!」
「楽しそうだな」
とそんな彼の目の前には、クロセルブレイドとか片手に嗜虐的な笑みを浮かべたエルフリーデが立っている。
「ご、ごごごめんなさい、もうしません。だから……許して、お願い……」
途端に大きな瞳に涙をじんわり滲ませラブは懇願。
フーン、それがどうした。
と、エルフリーデはびっくりするくらいドライな瞳でそれを見下ろしていた。
「そんなので許すわけがなかろう、小僧」
ガーン、と彼女は全力でクロセルブレイドを振る下ろした。ガッ、と床に食い込むも勢い良く引き抜き、その反動でぶんぶん振り回す。
「わわわくまのささやきーーー!」
特殊スキル攻撃を繰り出したら、彼女は瞬時に闇の翼を発動し、ラブが落ちて来た穴から上空にびゅーん!
で、何故かその後ろに「ぼー」と突っ立ってたアナザーに当たった。
ばしーっ、ぶわっー、ほわーん。
ふよふよと、幾つもの玉が彼女の周りに現れ出す。その中には、彼女がマスターと慕うとある青年との、キャッキャウフフな甘酸っぱい映像が。
やがて彼女は、徐にその内の一つを手に取ろうとし、パチンと壊れて失敗し、無表情にしゅんとなった。そして最終的にはじ、とラブを見た。
「……もう一回」
ただならぬ気迫をもわーーーと体から発散させながら、目を三角にして光らせ、じりじりと歩いて来た。
「え?」
「もういっかい……今のやつ」
そ、そんな馬鹿な。
気に入った、だと……?
と、ラブはあんまりの予想外なリアクションに、もーどうしていいか全然分からない。
ただ、じりじり、と追いつめられるんで、じりじり、と後退した。
これはまずい。
嫌がるどころか、めちゃくちゃ気に入られちゃってるっ!
とかいうその頃、上の階に居るストレンジもまた、駆けつけて来たLに向かい「悪魔のささやき」を繰りだしていた。
「ヒリュウ。今日は私と一緒に寝よっか」
もふもふきゅうきゅう。
「もう私、ヒリュウがいたらいいや。淋しくなんか、ないよ」
もふもふきゅうきゅう……ぼわん。
え、ぼわん?
と思ったら、Lの前でヒリュウがなんか、めっちゃイケメンの男に変身していた。
「やっと人間になれた。俺はずっと、君とこうしたかった……」
「ひ、ヒリュウ?!」
と思ったら、何故かそこが美しい薔薇の咲き誇る宮殿の一角みたいになって。
「待て! 彼女は俺のものだ。お前なんかにはやらない」と別のイケメンが出現してきて。
「待ってよ、ビー先輩は僕の物だよ。だってずっと一緒に居るって言ってくれたんだもんねっ!」
そしてまた、別の美少年が出現して来て、気付いたらそこはもーイケメンだらけの逆ハーレム!
っていう映像を前にして、L・Bは凍りついたように固まっている。
あー…何だろう、この胸を打つ凄まじい寂寥感は……。
そんな場面をうっかり見てしまった良助は、彼女に一体何を言ってあげたらいいのか、もう全然分からない。
それで二人してちょっと止まってたら、いきなり「ふふ」と、Lの口から笑いが漏れ出して来たので、良助は「え」と驚いた。
これはもしや。まずい展開……。
「ふ、ふふふあははは、そうだよこれだよ。これなんだよ! 世の男共はみんな私の前にひれ伏したらいいんだよ……あははははあははははーーーーお前、殺してやるーーーーっ」
「わーやっぱり壊れてるー!!!」
くわあっと目を剥き、機械剣S-01を振りかぶるLは、本気で悪魔を殺しかねない勢いだったので、良助は慌てて止めに入ろうとし、
「ちょ、ちょちょ落ち着いて落ちつ……へぶしっ」
でも慌て過ぎて床板の緩んでいたらしーところを思いっきり踏みこんで、上がってきた床で顔面を思いっきり強打し、
「ハラヒロハラヒレー」
って倒れ込んだはずが、そこには穴があいていて、だから良助はずばあああと落ちた。
「ひーぃぃぃぃ」
なんで僕だけこんな目にーッッ。
そしてダーンッッ!! と勢い良く着地。
「ぐへっ」
それも、折しも後退りの最中だったラブの上に。
「いててて……ふう、あ。何これ。え。悪魔だ」
ってあんまり状況が分かってなくて顔を上げたら、そこに立っていたアナザーと目が合った。
「もう一回……」
とかいうそれもあんまり分かんなかったので、「ああうんそうだね」とかいい加減な返事をしておいて、とりあえず自分の下で伸びてる悪魔をもう一度なんか見た。
もしかしてこれは……。
落ちて来た自分→悪魔→失神→ラッキー→ここで僕が縛る→捕獲→お手柄→チーン! な展開では……。
「うん! よし、縛ろう!」
と、実は落ちて来ただけーを、攻撃して失神させた自分、みたいなのに昇華させることにして、良助はアステリオスの鎖の部分で悪魔を縛ることにした。
その頃上の階を逃げ回るストレンジは、何とかLの猛追から逃れ廊下をびくびくと走っている最中で、だからあの必殺技の発動を狙うカーディスが、部屋の隅からその姿をロックオンしていることには、まだ、気付いていないようだった。
そう。油断しておいて下さいね。
私がここで背後から、あの必殺技を使い貴様をこうげ……ガツッ!
「うっ」
と、勢い良く飛び出そうとしたカーディスは、うっかり鴨居に額をぶつけ蹲る。
意外と彼は長身のため、学園でも良くこのように、鴨居に頭をぶつけたりしているのだけれど、でも今日は古城で、広くて、古城と言えばなんか欧米人だし、なんで鴨居がこんな低いんだばかやろーっ! って腹は立つけど、痛いものは痛い。
で、ちょっと出遅れちゃって、やっぱりハッとか悪魔に気付かれて、クソッ私のあの必殺技もまたお預けなのか……!
と、カーディスが絶望に打ちひしがれた瞬間。
「大丈夫です。私が……私が囮になって時間を稼ぎます……!」
由真だ。由真の声が言った。何処から。スマホから。
でも囮って、一体どうやって。
と、額を押さえつつも、ちら、と廊下の先を見やると。
壁の向こう側から、由真がちらと、顔を。
いや違う、白猫ちゃんだ。めっちゃ可愛い白ネコちゃんが顔を出した!
「ミヤーオ、ミヤーオ」
そしてめっちゃ可愛らしい声で、鳴いた。
「ミヤーオ、ミヤーオ」
くるんとした尻尾の尻をちょっとふりふり。ふわもこした手で頬をこちょこちょ。
「ミヤーオ」
ちきしょー可愛いぜこんちきしょーっ。
って、なんか良く分かんないけど、そこでスキル悪魔のささやきっ!
ばしーきゃーぼわあん。
由真の周りに溢れだす、「背が大きくなって、ぼんきゅぼんのナイスバディなモデル体型になる私」の映像。
「あ、あわわ!? だ、駄目、消して! 消してくださいー!」
って頑張ってパンチとかしてる姿は、玉にじゃれついてねこパンチしてる白猫ちゃんにしか。
ちきしょーやっぱり可愛いぜーこんきしょーーーっ!
「今だっ! ひっさーーーつ。地獄のゆりかごォォォォォ!!」
もふっ。
と、思わずゲヘヘと由真に飛びかかろうとしていた悪魔の背後から、大きな黒い猫は襲いかかった!
「わ、ちょ、ちょちょ」
そして両手をしっかりと彼の身体に巻き付け高速で、
もふもふもふもふもふもふっ。
「わ、ちょ、ちょちょ、ちょなん、ちょなん、なんだこれーわーーーっ」
っていうのを冷静に見たら、大きな猫の着ぐるみ着た大の男が暴れる少年を無理矢理抱きしめている様、と、わりとデンジャラスな光景でもあるのだけれど、とにかく、カーディスの腕の中でめっちゃもふもふされた悪魔は「なんかもーっ。あーっだめぇーっ」みたいに恍惚とした表情になり、かく、と力尽きた。
のだった。
●
そんなわけで、かくれんぼしよーなどと無謀なチャレンジを持ちかけてきた悪魔2人は、こうして8人の撃退士達の手によりきっちり半殺s……捕獲された。
仕事の終わりにはカーディスが、用意していたお茶菓子を振るまい、煩悩暴露でおろおろとしていた由真は、その甘い物効果で落ち着きを取り戻した。
「なにはともあれ仕事は終了。さあ、みなさん紅茶とお菓子をどうぞです」
今日も一日ご苦労様でした……と。