堕天使の住まうお屋敷。
ここは、仕掛けだらけのお屋敷でもある。
そこに集まった8人の撃退士達の最終目的は「ルビーを見つけること」だった。
けれど、そこに向かうルートやヴィジョンにちょっとした食い違いがあり、その結果、屋敷に入って数十分後、彼らはこうなっていた。
悪戯っ子フィルウ・ルー(
jb3684)は、堕天使が籠ってるらしー地下室の、鍵とかいうやつを発見していた。
同じ頃、イケメン微笑の神父エルディン(
jb2504)は、地下室を発見し、その扉を物質透過ですり抜けられないかしら、とか試していた。
更に同じ頃、地下室の鍵も物質透過もなんもなくても、とっとと持ち前のスキル「開錠(アンロック)」で地下室の扉なんか開いてしまえるインフィルトレイター、フェリーナ・シーグラム(
ja6845)は、地下室の場所を探していた。
フィルウは、まだ全然イタズラしてないのに鍵の在り処を教えちゃうとか、そんな勿体ないこと出来ないよというスタンスだったので、気がつけばなんとなーく一緒に居た、アーレイ・バーグ(
ja0276)には鍵の事は教えなかった。
アーレイはアーレイで、どういうわけか、リアクション芸人的に神父殿に負けられない! という闘志を燃やしていて、つまりは鍵とかルビーとかもーどーでもいーくらいの勢いで、大きな胸をぼよんぼよんさせながら、神父エルディンを探していた。
その探されてる当のエルディンは、その頃地下で、阻霊符の壁に阻まれ、地下室に入るのを諦めていて、やっぱり気がつけばなんとなーく一緒に行動していた夜刀(
jb3394)やアルフォンゾ・リヴェルティ(
jb3650)らとそこで会話をしていた。
「だからさ、あれじゃない。とりあえずこれは打ち破っちゃって、それでこの中の堕天使シメてルビーのありかをはかせようよ」
と、まず夜刀がわりとへヴィで無茶な事を、ライトな表情と口調で、言った。
しかもわりと大き目の声で言った。
けれど、堕天使は無反応で、つまり、聞こえてなかったのかも知れない。
でも、そんな脅しには屈しない、となめているのかも知れない。
だいたい、シメると言って何をするか、とか言ってないので、インパクトはやや薄目で、
「じゃあシメるって言葉を拷問に置き替えて」
とか、
「拷問といえばフィジカルなのとメンタルなのがあるけど、これはどっちがいいか選ばせてあげよー」
とか、天使で神父で聖職者のエルディンの思考は、中に居るのが自分と同じ天使で同性、しかも泥棒。となれば、最早もー神父も聖職者も公徳心もなく、やや容赦なくリスキーで、それは別に悪意とかじゃなくてむしろわりと純粋かつ真面目に、ルビーの奪還について考えたりした。
けど結局、じゃあ扉を打ち破らないと、とそこに行きつき、この三人か……と見渡せば、なんか丁度アルフォンゾと目が、合った。
「というか……確かインフィルが居たな。開錠でどうにかならんのか?」
拷問……いや、開錠……。
成る程確かに。
と、いうわけで三人は、とにもかくにも、インフィルトレイターのフェリーナを探す旅に出る事にした。
で、これまたやっぱり全く自覚なく、その三人に探されてるフェリーナは、その頃、今日も元気いっぱい「いやこれってなんか、映画のスパイとかトレジャーハンターみたいだよね!」なんてわくわくしちゃってる武田 美月(
ja4394)や、そんな二人の女子の後をなんかぼーっと歩く緋山 要(
jb3347)らと共に地下室を探していて、要するに、いろんなところでいろんな人がいろんな何かを探していて、これが例えば、二階からお母さーん! と大声出しゃー聞こえるみたいな、そんな古いタイプの家とかだったらすぐに出会えてたのに、同じ古いは古いでも広いタイプの古い屋敷の中に居る彼らはまだ出会えていない。
と。
彼らの冒険はこういう状態から始まっていくんである。
●
げん‐かく【幻覚】
〔心〕対象のない知覚。例えば、実際に物がないのにその物が見え、音がないのにそれが聞こえるというような現象。
主に、アルコール依存症や統合失調症、あと堕天使の家の至る所から噴き出す「意味不明な煙」を吸いこんじゃう事などで、起こる。
キーンコーンカーンコーン〜。
と、気がつけば美月は、なぜか学園の自分の教室で机に座り、授業が始まるのを待っていた。
何処からともなく、「それではこれより試験を行います。連休中にちゃんと勉強していれば、大丈夫な問題ですからね」という声が聞こえる。
え。
茫然とした。
おかしい。そんなわけないおかしいおかしい。
美月は立ち上がる。がたっ!
教壇の教師がこっちを見る。じろっ。
わーこれはもー現実だー!
「い、いやいやいや、おかしい! 先生アンタおかしいよ! 連休中は、連休なんだから元々は休む時間なんだよ! そこを順守して思いっきり遊び呆けてたことを褒められこそすれ、なんでそんな勉強してて当然みたいな空気で……わー! こっちくるなー! おかしい、これおかしいよーーーー!」
と、フェリーナの目の前で、意味不明な呻き声を上げた美月は、突然頭を抱え走り出していた。
「ちょ、ちょっと美月殿!」
幻覚の煙、恐るべし。
先程彼女は、うっかりそれを吸いこんじゃっていたのだ。折角ガスマスクを手に持っていたというのに全然間に合ってなくて、だから思いっきり吸いこんじゃったらしい。
でもそれを言えば、多分自分もあの時、吸いこんじゃった気がするのに、全く幻覚見える気配のない自分がちょっと怖い。
とか、ハマってる場合でもないフェリーナは、暴走し出した美月を追いかけ、自分も走り出した。
後から、「ったく……」とかなんかめんどくさそーに呟いた要が、でもやっぱり一緒に走り出す。
そうだ、何せよ今の所、自分は幻覚を見てないのだから、ここは仲間をフォローすべき。
と、目の前では美月が、「なんでこのドア開かな……開かなっちきしょー! わーーーん!」
なんてやっても、見るからに開かなそーなフェイクのドアなのでそりゃ開かなくて、なのに思いっきりばっこばこ打ったたいて、勢い余って十字槍まで取り出して、
「わー、駄目です駄目です美月殿! それはフェええぇぇぇー!?」
と、止めるはずが、止めようと焦り過ぎて滑る床にうっかり掴まったフェリーナは、ポニーテールをなびかせながら、さよーならー。
「仕方ないな……」
残ったのは要しかいない。ならここはもー俺が止めるしかない。と、めんどくさそーでぶっきらぼーだけど、意外と兄貴肌の要である。
「おいお前……大丈夫か」
ポン、と美月の肩を叩いた。
はずが、振り返った女性はもー姿を変えている。
「お、おふく、ろ?」
これはいわゆる、タイムラグ幻覚とゆーやつである。
「な、なんで、お袋がこんな所に……」
お袋はいない。
何だったら隣で美月が、槍片手に壁に穴をあけている。
けれど彼には、いないはずのお袋が見えている。
目の前に立つ彼女は、「どうしてなの」と、病的に痩せこけた頬で笑った。
要は、その緋色の瞳を見開き、後退る。
「どうして私を置いていくの。どうして? お母さんとずっと一緒に居てくれるんでしょう。ねえ、そうよね。私を置いて行ったりしないわよね。あの人達のように、貴方は私を置いていかないわよね」
縋りついてくる声が、こだまする。
腕に食い込んでくる爪が、痛い。
「どうして私を置いていくの。おいていかないで。傍にいて」
「……ッ」
突き刺すように食い込んでくる爪が、肌を切り裂く。腕に薄っすらと血が滲む。
「傍にいて、ずっと、お願い行かないで」
行かないで、私を置いて行かないで、行かないで。
悲鳴から耳を塞ぐように、要は走り出す。
「おーっっ! ばっちこーいびしょーじょーーー! 私の屍を超えていくのですー!」
そんな廊下の先では、アーレイが両手を広げて、待ち構えていた。
●
その時アーレイは、周りの人が全て、美少女&美幼女になる幻覚を見ていたのである。
何だったら幸せいっぱいで、美少女にはハグしたい。
でも、走ってくるのはわりとへヴィでシリアスな母の幻覚を見てる要で、だから、アーレイが母親に見えた彼は、逃げた。
見えて来た曲がり角をすかさず、曲がる。
アーレイはアーレイで美少女を追いかけるのに必死で、だからやっぱり曲がり角を曲がる。
ふざけているわけでは全然なくて、何だったら二人とも真面目かつ真剣に怒涛の如く階段を駆け上がり。
「私の美少女さーん。責任とって私のお嫁になるのですー!」
「お袋……分かってくれ、俺は……俺はそれでも進まなきゃいけない。貴方を守るために選んだ道なんだ。どんな誘惑があっても、それは捨てない。本当だ。だから、分かってく、おぅおわあっ」
そして、平になる階段で、滑った。
が、要はすかさず本能的に手すりを掴み持ちこたえ、前の人が急に止まった背中にどっしーん、というよりむしろぼよおおん、とぶつかったアーレイは、その衝撃でちょっと空に浮いて、ずさァァァっ、と着地、かち。
と、壁についた手がなんかもう押した。
瞬間、ぼよおおおん、と飛び出してきたパンチンググローブが、彼女の横っ腹をぼよーんと打ち、そこまででもないだろーけど規格外にぶっ飛んだ彼女は、どしゃああ、ズベべべェェっと、頭から落ちた。わりにあっさり立ち上がって、
「ふっ……良いパンチだったぜ」
っていや口元拭うより先に物凄い額から血ィ出てますけど。
「やー楽しそうだね。大丈夫?」
そんな一部始終をわりと何もしないで見守っていたフィルウが、ぱたぱたと浮きながら、言った。
のんびりとパンチンググローブを元の場所に押し込む作業をしている。
「危ないから、これは元に戻しておかないと駄目だよね」
そして、ばしィッ、と壁を元に戻し、ふうっと額の汗を拭った。
で、そのままなんか、良く分かんないけど「疲れて貧血……」とか呟きながら、よろけて、もう一回、パンチンググローブ発射のボタンを肩でポチ。
故意である。
「だから静にしてくれないか。イベント前の修羅場中なん、だおわっ」
と、丁度そこで、グローブの軌道にあったドアが開き、アルフォンゾが顔を出し、わー命中ー。
と思ったら、手刀で、バシっとか虫叩くみたいに叩いて、グローブの軌道を変えて、
「いやあ、いいお湯でした。皆さんもひと風呂どうですか」
って、そんな清々しい笑顔浮かべてますけどなんでシャワー?! みたいな、明らか風呂上りのバスローブ姿で片手に牛乳持って登場したエルディンに、わー命中ー。
と思ったら、
「鳥の丸焼きーーーっ!!!」
とか、どうやら幻覚でグローブが大好物の鳥の丸焼きになってしまったらしー夜刀が、耳と尻尾をひくひくさせながら、どわーっと牙をむき出しにして突っ込んで来て、がぶっ! と噛みついた。
はむはむがりがり……いやそれは鳥の丸焼きじゃないぞ、と遅れて我に返りやってきた要が止めようにも、だめだ、もう食べてる。
「くそう! そうか、いきなり風呂か! シュールですね、やりますね神父殿! 私も負けてられないのです! ここでいきなり風呂とかトリッキーな事をするのです!」
アーレイがバスローブ姿で牛乳のエルディンを見て盛大に悔しがり、服を脱ぎ始めた。
「いや待て待て、少しは冷静になれ」
と、そこで眼鏡を押し上げつつ、冷静代表みたいなアルフォンゾが彼女を手で制した。
そうだこれでもう安心だ。
「ここはお前の出る幕じゃない。今更体で繋ぎとめようとしても、もうあの男の心はあいつのもんなんだ。例え、同性でも、な。
そうだ、確かこの間、手伝ってやったあいつの原稿にこんなシュチュエーションがあった気はするが……まさか、本当にこんな事が起こるなんてな。事実は小説より奇、なり」
と思ったら全然冷静じゃなくて、思いっきり幻覚を見ているようだった。
原稿とか手伝うとか、まーもーなんでもいいけど、引っ掛かるのは設定がやたらとへヴィそーな恋愛物っぽい所で、そんな昼ドラ真っ青などろどろ系はきっと今更流行らない。と、やっと追いついて来た美月は、そっと思う。
とかいうこちらの心情を見透かしたかどーかは分からないけど、「俺は、興味を引いた物ならば、哲学書から同人誌まで節操なく読み漁るからな」と、アルフォンゾがもー言って、するとそこに、
「同性愛ですかそうですか。ですがそれは聖職者として見逃せませんね」
と、エルディンが、バスローブ姿で真面目な事を言った。その手に何故か手帳を持って。
でも心配ない。同性愛なんて何処にもない。アルフォンゾの幻覚の中くらいにしかない。
しかも神父殿は、あの手帳に何かをメモっている。
と、滑る床で屋敷一周から戻って来たフェリーナはそれを見逃さず、すかさず背後からそーっと見た。
『こうしてやっとラブラブになれた二人に、元カノの出現! 果たして二人の行く』
「え、神父殿、そのメモ……」
わー! みられたー! メモしてたの見られたー! えー! 誰誰ー!
と、突然の声にエルディンは慌てて、慌て過ぎて、
「いやいや、これは何ていうか、私のではないのです。信者の忘れ物でして、ええ、ええ、腐ネタをメモなんてしてませんとも。決して、ええ決して。まさか、教会の神父たる私が、腐男子で書き手で教会に内緒で薄い本とか即売会で売ってるなんて」
とか、わりともー全部暴露した。
「な、なんだったらこれ、拝見してみますか」
そして輝く全うなイケメンの笑顔でキラーンと誤魔化し。
きれてない。
だからきっとそれは、拝見してみてはいけないのだ。
「見なかったことに……しましょう。ええ、わたくしはなにも見なかったんです」
●
そんなわけで、8人は合流し、地下室に行き、堕天使に詰め寄り、無事ルビーを奪還した。
「ほーこれがでかくて固くて太いル……あれ、なんか違ったっけ」
夜刀がルビーを掲げながら、言う。
「そういえば依頼の目的ルビーでしたっけね」
「だっけな」
アーレイと要がそれをどーでも良さそーに見やり、
「よしこれで無事終了だー!」
美月は万歳して背伸びする。
こちらでは、しょんぼり。
してんだかどーだか良く分からないぼーっとした状態の堕天使に、アルフォンゾが言っている。
「「確か、レーザー装置にルビーを使うと何かで読んだ覚えがあるが。目的は、それか?」
「なるほど」
と、エルディンがその後を続ける。「実験に使いたかったのです? でしたら人工ルビーはどうですか。同じコランダムなので工業用品としてよく使われます。社長にお願いすれば手に入りますよ」
そしてポン。と神父らしく肩など叩いて諭した。
「では皆さん、そろそろ帰りましょうか」
そこでフェリーナが無難に纏め一同を先導する。
というその頃外では。
フィルウが仕掛けのトラバサミを出入り口に運びセットし待ち構えていることを、皆はまだ、知らない。