例えば朝のニュースの天気予報とかで、
「今日は空から、大粒のスライムが振ってくるでしょう。降水確率は80パーセントと高めです。皆さん、暖かくして、傘を忘れずにお出かけ下さいね」
なんてことを言うお天気おねえさんは、久遠ヶ原にだって多分いない。
けれど、空からスライムが降って来たりすることはある。
実際に今、降っている。
でも良く良く考えてみれば、スライム雲なんて聞いた事はないし、多分ないだろーし、だから空からスライムが降ってくることはなくて、じゃあ何処から降ってるんだと言えば、それは天井からだ。
「わー……」
ってなんか想像以上のその光景に、若干引き気味のビアージオ・ルカレッリ(
jb2628)の目の前を、スライムはトゥルントゥルンと通過していく。
降り始めたのは、ついさっきだ。
榊 十朗太(
ja0984)、水葉さくら(
ja9860)、ヴィンセント・ブラッドストーン(
jb3180)らと共に2階を探索していたビアージオは、トゥルントゥルンスライムならどんな隙間でも収納可能! とかあり得る。なんて予測をし、だからきちんとヒリュウとか召喚し、天井裏とか床下とか、調べるのに苦労しそうな場所を率先してとっとと調べた。
天井裏は狭い。けれど、ヒリュウは幼体なのでぐんぐんと行った。
狭くて薄暗い場所をビュンビュン行くのは中々スリルある光景、というか、そんなにスピード出てなくてもスピードが凄い出てる感じがして、これって意外にアトラクションじゃん。
などとちょっと面白がって油断してたら、ヒリュウがうっかり天井裏の「スライムの巣」みたいなのを発見していた。
「おあー、スライムー!」
ってちゃんと声を上げて知らせて、え、どこに? みたいになってる皆に向かい、天井を指さす。
間にも、わーヒリュウバックバックーと慌てたけれど間に合わず、そのままズバーって駆け抜けたヒリュウの風圧でトゥルンってなったスライムが、天井の隙間からトゥルンと一匹落ちて来て、その後ドミノ倒しみたいにどぼどぼいっぱい落ちてきた。
誰の顔にも張り付かず、直撃することもなかったのは、幸いだった。
とはいえ、戦いは終わったわけではない。
むしろ、これから2階の戦いは始まるのだ。
●
とかいうその頃、1階ではもう既に、スライムとの戦いが始まっていた。
だいたい探す気がなくても、その辺にうようよといて、人を見つけりゃ「あ!」みたいに寄ってくるのだから、これはもう出遭うなという方が難しいくらいだった。
「確かに数が多いですね」
龍仙 樹(
jb0212)が、突然降り出した雨を庇うみたいに、手を翳し眉を潜める。
すかさずスキル「シールド」を発動した腕には、ベルトで固定する仕様の小型の円形の盾「ターゲット・シールド」が出現していて、落ちて来たスライムはその盾の盾たる部分の上を、トゥールンっと滑り落ちて、樹の目の前を通過していった。
一瞬だけ、青いスライムの透ける身体を通して、向こう側の景色が映った。そんな光景を見ることは余りないので、へーこれはちょっと新鮮ですねー……。
なんて感心してる場合ではなかった。
氷雨 静(
ja4221)の放ったクリアースクリューウィンドの竜巻が飛んでくる。
スライムは地面に着地、しようと思ったところを、透明な風の渦に掬い上げられ、ブロロッ! となんか脱水中の洗濯機の中みたいに回った。
それを背に、樹は樹で、ラジエルの書のページをぱらりと繰って、攻撃を開始する。
身体から放出する光纏の、身体の周りをふよふよしてる緑色の球体が書の周りをほわほわすると、白いカード状の刃がぽうと空に浮かんだ。
それを、トゥルントゥルンしながら、もうもみくちゃに重なり合って、トゥルーンってたまにもんどりとか打っちゃってるスライム目掛け、放つ。
それにしてもあの粘度は、確かにとっても厄介そーだった。
勢いでずるっといけば意外に吸い込めちゃったりするんじゃないの。と、錯覚させる見た目の軽さはひっかけで、それで軽いとみせかけて、吸いこんじゃったらやっぱり重くて、わー全然吸い込みきれなーいっ、ってなりそーなところが油断ならない。
でもそれより何より、吸い込む前の時点で女性の顔なんかにかかったら、何だかとってもいけない画像になりそうな気もして、これは問題だ。
静さんをそんな画像にさせてはいけない。絶対に。
と、攻撃の合間に静を確認すると、彼女は今日も可憐なメイド服姿で、指先の動き一つにまで気品と柔らかさを滲ませながら、フェアリーテイルのページを繰っている。
「汝、朱なる者。其は滅びをもたらせし力。我が敵は汝が敵なり。バーミリオンフレアレイン!」
声と共に、そこに超高熱の雲のようなものが出現し、スライムの上に灼熱の雨を降らせていく。しゅう、と焼き尽くされるように消滅していくスライムを確認すると、彼女は軽やかな身のこなしで回転し、他に脅威になるものはないか、周囲に素早く目を走らせた。
そして、容器片手に、最初の方にクリアースクリューウィンドですっかりヘロっとさせておいたスライム目掛け、走り込んで行く。
ジュルン。パコ。きゅ。
凛として、毅然と蓋閉めまで完了した彼女に、今のところ死角はなさそうだ。
良かった良かった。
と、一安心して、安心したはいいけど、次の瞬間ハッとして顔をあげたらそこにはスライムがいる。
「へっへっへ」
みたいに狙い定めてさー落ちる。もう落ちる。今まさにとろー……。
「シー」
ルド。と、繰りだそうとする前に、肩をどん、と押された。
え。と思って振り返ると、そこには、堂々とした仁王立ち。
咲・ギネヴィア・マックスウェル(
jb2817)である。
「スライム、おいしい」
にやり。
不敵な笑みを浮かべた彼女は、まあ待てみたいに樹の動きを制しておいて、がばーっと若干物理的な法則とか無視してそーな勢いで大口を開けた。
わーちょちょちょ、そこはやだー、でもあー駄目ぇー落ちちゃうよーずずずずずずず、ちゅるん。
ってやっぱり天井に張り付き直そうとしたけど無理だったスライムは、思いっきり彼女の口の中に吸い込まれて行った。
吸い込まれて行った。
え?
ってやっぱり何度見ても吸い込まれている。
スライムは最早まるっと咲の口の中だ。彼女は、頬の辺りに活きのいースライム感を漂わせながら、こちらに向かい元気にサムズアップした。
あー……。
あらー……そおー……そんな事出来るのー凄いわねー……。
とかもうちょっと、破天荒な近所の子に何言っていいか分からなくなったオバサン、みたいになって、樹は茫然とその光景を見つめる。
そういう「驚いちゃった人間のリアクション」に「ふふんそーだ凄いだろー」とかいい気になった。かどうかは良く分からないけれど、とにかく咲は、やめときゃいーのにそんなへヴィな体制で、喋り出そうとした。
「む、うわいむ、むわおいひぶわごっ」
結果、スライムをぶちまいた。
「でもこのスライムまずかったし、まーいっか」
ってことは、味わったのだ。
つまりは噛み砕いたのだ。
スライムがわりと細かく粉砕されて出てきているという目に見える現実だってここにある。
これはもうこの生きたスライムを彼女はもぐもぐして咀嚼してしっかり味わって……。
とか想像すると、ぞー……と肌が粟立ちつつも、なんだろーこのちょっと羨ましいような「どんな感触なのかとか」気になるよーな危うい衝動は……。
「ピンチはチャンスに、そしてチャンスはその手に掴むのがアイドル! さーみんなァ準備はいーい?」
と、そこで、そんな元気な女子の声が聞こえ、妙な所にハマってる場合ではないことを教えてくれた。
ハッだめだ。
と顔を上げ、声をした方を見る。
地続きになった隣の部屋との、接続ポイントである両開きのドアがドーンと勢い良く開いた。
紫色の髪をツインテールに束ねた女の子ルルナ(
jb3176)が、オリアクスロッドをまるでスタンドマイクみたいに構え、立っていた。
というその前に、どうやらそんな彼女に追い立てて来たらしい大量のスライムが、でろーっと部屋の中に侵入してきた。
「その本能で感じてねっ……これがルルナのスペシャルステージ! 聞いて下さい、オーバードライブ!」
そして彼女は歌い出す。
「ロボット」であるとか「戦う熱い心が」であるとかいう単語が聞こえた気がするので、ロボットアニメ辺りの主題歌なのかも知れない。
とにかく魂辺りが燃えてそうな勢いで熱唱し、熱唱の熱気で炎を生み出し、そこにでろでろしてるスライム達を一網打尽に炎の中にごーっ! と包みこんだ。
「さあ本能まで熱く燃え上がらせてっ!」
●
その頃二階では、榊が、ヴィンセントの持ち込んだスライム捕獲用のクーラーボックスを物凄いガン見していた。
それはもう、ぼとぼと落ちてくるスライム達をだっぽんだっぽん受けた、雨漏り受け見たいな勢いの代物で、だからつまりそこにはスライムがうようよといるわけで、榊はわりと心配していた。
合体したりしやしないかと。
だからとにかく仲間が戻ってくるまでここを離れるわけにはいかなくて、とりあえずその場でたまに落ちてくるスライムなどを突き刺したりして討伐しながら、榊はそのクーラーボックスを守ることにした。
「おいおい、ヴィンセントの旦那、焦って滑ってずっこけないでくれよ。旦那の滑ってる所は流石にキッチイわ」
「それはお前の方だろ、ビアージオ。言ってる奴が滑って転ぶのはお約束だぜ?」
「ハン言ってろ言ってろ」
そんな事とはつゆ知らず、廊下に出てそうそう、背中合わせに軽口を叩いたりする二人は、スライムが出現したのを発見すると、まただっと飛び出していく。
踊るように青色の大鎌フルカスサイスを振り回すビアージオの攻撃で、色とりどりのスライムが、切り刻まれ、水滴のように飛び散っていく。その破片は窓から差し込む陽の光に、まるで水飛沫のようにきらきらと透ける。その中を天使の彼は、飛ぶように駆け抜けていく。
というか、実際、ちょっと飛んでいる。
その後を、グラサンにドレッドヘアーとか、見るからに強面の悪魔ヴィンセントが、やっぱりちょっと飛びながら追いかけていく。そして、まだ息のあるスライムに、つまりは分裂して生き残っているスライムに、ゴーストバレットを炸裂させていく。
目には見えないアウルの弾丸に打ち抜かれたスライム達は、パン! と破裂し、確実に息の根を止められ消滅していった。
「水も滴るいい男ってねェ。おっと、実際滴るなら女の子の顔にしてくれよ」
とかいうビアージオの視線の先には、さくらが居る。
肩からでかめの水筒なんて提げちゃって、散歩におとーさんの水筒持って来ちゃった女の子。みたいな、きゅんとするシュチュエーションでそこに居る。
彼女はシャイニングバンドを巻き付けた手で、そろーっとスライムを掬い取り、
「えと……ごめんなさい、しばらく狭い場所で、がまんしてくださいね」
とかなんか言いながら、でかめの水筒の中にトゥルンしている。
とかいう光景がなんかもうエロ天使的には、眩しいくらいになんかかあいい。
迷える子羊は早急に今後迷わないように手をつけ……いやちがう手を取って導いてあげるのが、元神父である俺様の役目。
「おいあんた、んーなとこで一人でいると危ないぞー」
「え」
と振り返ったさくらの手には、残りのスライムを焼きつくすためにと構えていた火炎放射器が。
「えっ」
「え、あ」
ゴーーーーッッッッッ!
「わーーーー!! っぶねええええッッ」
「あ! ご、ごごめんなさいっ! びっくりしちゃって間違ってスイッチ入れ、入れちゃいました」
と、しどろもどろに言うさくらは、もちろん本気で天然なので、そのまま自分の混乱でうっかり死んじゃいかねないくらいに混乱し、おろおろし、火炎放射器をがったんと落とし、またおろおろし、結局、その辺に残っていたスライムでトゥルン、と滑った。
「きゃっ」
「おっと!」
ミニスカートから覗く生足が開いて大変な事に。
なってしまう前に、ビアージオの腕がさくらの華奢な身体を背中からしっかりキャッチ。
「んー、なんかやっぱミニスカートでこけていー体制じゃなかった気がするからさ、今」
「あ、す、すいません……ありがと、ございます」
真っ赤な顔を伏せながら、さくらがもごもごと言う。
●
そんなわけで、スライムを片っ端から討伐し尽くし、捕獲も完了した一同は、屋敷の外へと集まって、帰る準備を行っていた。
「これだけあれば、大丈夫ですね」
静が皆の荷物を見やりながら、言う。
「あ、そうだ、静さん、ちょっといいですか」
とそこでその背後に立っていた樹が、何食わぬ顔で言った。
え、と静が顔を上げる間もなく、樹は、その背中に先程拾った掌サイズのスライムの破片を流し込んだ。
「きゃあー! 何しているのですか樹様!」
と静が可愛らしく頬などを膨らませて見せ、もー何いちゃついてんだかーみたいに皆の視線が外れて行って、悪戯終了ー。
「あははは、すいませんすいません。ほんの悪戯ですよ」
「なるほど分かりました樹様、後できちんとお話しましょうね」
「ははは、は……は」
な、わけなかった。
静は口元に、穏やかな笑みを浮かべている。
でも目がもー笑っていない。人前で見せてる「優しくて柔和で人当たりの良い静さん」ではないその仮面の下の、ブリザード系少女の本性がチラリと。
「いやほんとただの悪戯……」
「ええ大丈夫です樹様。言い訳なら後で聞かせて頂きます」
「…………」
「いやーそれにしてもほんっとボロボロの屋敷だったよね〜」
ルルナが屋敷を見やりながらんーと背伸びした。
「でも無事終了、だ。さて、だいぶ集まったみたいだが。こりゃ一体何に使うんだろな?」
「合体の実験をするため、とか」
と。榊が凄い真面目な顔で真剣に言ったので、ヴィンセントは思わず「……」と彼を見やる。
「なんせこれは……普通の生物じゃないから、何が起きてもおかしくない」
ってそんなわけがない。
でもそこで咲が、
「んー確かに、弱いだけのスライムを25体も作ったはずないしな」
とかなんかふざけてんのかなんなのか、良く分からない合の手を挟んだので、いよいよ榊は、「やはりそうか……」と顎を摘んでしまった。
「いや榊。それだけはないって絶対」
「じゃあ、何に使うんでしょう? あ、よく見る液体の砂時計とか、作れそうですよね」
ビアージオの指摘に、今度はさくらがのほほんと言った。
「いやそんな砂時計のためにこんな頑張らされたんだったら、俺様ほんとまじあいつ殴るよ」
ビアージオはいやあな顔して眉を顰める。
「とにかく何にせよ、仕事の部分は終わりだからな」
ヴィンセントが皆を見渡しサングラスを押し上げた。
「そろそろ帰るか」
一同は、思い思いの同意を示した。