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怪盗達は、大人しい。
でも怪盗達は、馬鹿だ。
「確かに、撃退士が犯罪を犯したら捌くのは中々難しいだろうな。上級生を見逃したなんて事になったら、俺達の立場もないし、学園の立場も悪くなるからな。しっかりこなさせて貰うよ」
礼野 智美(
ja3600)が、引き渡された怪盗達の拘束具合を調べている。しっかりと、念入りに。
その痩身の身体からは、絶対に逃がさないぞという気迫や、この仕事を絶対に失敗させたりはしないという強い意志が滲み出ている。
彼女は真面目だ。でも、真面目なのはいー。というか、仕事なのだから真面目なのは当然だ。
問題は怪盗達だ。
大人しくしてるとか、馬鹿だ。間抜けなら間抜けらしく最後まで抵抗するのが正しい間抜けのあり方なのに、「はいはい大人しく護送されちゃいましょー」みたいなその態度が、黒百合(
ja0422)はなんか漠然と気に入らない。
逃げるのに役立ちそうなスキルや、特殊なスキルを扱うと聞いていたけれど、そもそも彼らには逃げる気があんまりなさそーに見えて、苛っとする。それではそれらは、一体何のためのスキルなのか。逃げるために使わないといつ使うのか、今ここでそのスキルを使って悪戯しないでいつ悪戯するというのか。悪戯大好きっ子の黒百合からしてみれば、そのスキルの持ち腐れ加減が腹立たしくてならない。
ばっきゃろー! 大人しく拘束なんてされるなァ! もっと抵抗しろー!
とかいう間にも智美は、どんどん拘束を厳重にしていく。
「こちらの方の拘束は厳重に。開錠対策ですね。こちらの方はタライ落としを出されたら面倒ですし、猿轡でも噛ませておきましょうか」
そこへ、「手伝いましょう」とかなんか言いながら、さらーっと前へ出て来た芥川フィス(
ja4892)が、「手錠は後ろ手がいいんじゃないでしょうか。あと、脚にも手錠をかけて、鍵穴および鎖を瞬間接着剤でべったべたに封鎖する、とかいいかもしれないですね」ってなんかさらーっとわりと粘着質な事を言った。
「ではまずあなた。猿轡をはめて頂きます」
そして怪盗達に近づいた彼の口が微かに。
ほんの微かに何事かを囁いた。ように、黒百合には、見えた。
間にも、「気をつけて下さいね。タライ落としは元が良く分からないスキルですからね。スタン噛まされるかも知れないですよ」と、智美が後ろからアドバイスを口走り、護送車の点検を行っていた森田良助(
ja9460)が「こちら準備完了です。いつでもOKですよ」とかなんか言いながら顔を出し、蒼い宝石が付いたペンダントを弄りながら因幡 良子(
ja8039)は、「なーんだいちゃいちゃしに来たのにさー。ラブビームないのー」とか、まるでお気に入りメニューの終了を告げられた人みたいな口調で言い、キンセンカの花をモチーフに作られた可愛らしい杖「カレンデュラ」を手にしたフローラ・シュトリエ(
jb1440)は、それをバトンのように振り回しながら、「あーそうなのー」とかなんかライトに呟き、とにかくのっけから辺りを控え目にちろちろ見てたアイシス・ザ・ムーン(
jb2666)は、「うぅ……やはり人間ばかりなのです」とか緊張気味に呟いていて、そんな女子達を眺めている卯左見 栢(
jb2408)は、黙っていれば長身のとってもキレイなお姉さんなのだけれど、内心ではテンション上がりまくって、初の依頼でこんなに可愛い子たちと行動できるなんて……っ! 神様マジありがとお!! とかなんかこっそり興奮に鼻を膨らませ。
次の瞬間だった。ガンッ! と、だだっ広い駐車場に凄い痛そうな音が響いていた。
タライだった。
タライが、頭上から落ちて来ていた。
どこに。
芥川の頭に。
それまじ成功です! これこそタライを受ける見本です! みたいに、芥川がちょっと待ってポーズのまま停止し、そのまま前のめりにバッターンと倒れる。
砂埃がちょっと舞い、その場が一瞬「え」みたいにシーンとした。次の瞬間には、大騒ぎになった。
「わー! 大丈夫ですかー芥川さーん!」
良助が慌てたように芥川に駆け寄りかけ、かけたけどハッと留まり、どう見てもボールペンにしか見えない「クーゲルシュライバー」の先端を怪盗達へと向けた。特殊な形に練ったアウルを武器の先端から発砲し、怪盗達をしっかりマーキング。
してる後ろでは黒百合が、「おっしゃー! きたーっじゃなかった、あはァっ☆ 怪盗さんったらァ、暴れちゃ駄目ですよォ」とか瞳をキラキラさせ、漆黒の大鎌「デビルブリンガー」を振りかぶる。
横では、「っしゃー、こーいラブビームー!」と因幡が仁王立ちし、「あたしもこーいラブビームー!」とかなんか、栢が同じようにむしろ肩をぶつける勢いで仁王立ちし、「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい」と智美が仲間達を窘め。
「……ダメだこりゃ。次、行ってみよう」
芥川はやりきった感満開の顔で、かく、と地面に頬をつけ、瞳を閉じた。
仲間達や怪盗達のたてる騒がしい音や声が、遠くの出来事のように……「わー! 出たーラブビームだー!」
――そんなわけで俺達は、怪盗達と鬼ごっこをすることになっちまったのさ。ああいいさ、笑っておくれよ。俺は決して芸人なんかじゃないけれど、このまま怪盗達を素直に護送するなんて、そんな無粋な事は出来なかったのさ。だからタライを受けたさ。ああそうさー思いっきり受けたさーこの責任はきちんと取るサー五秒たったら俺も追いかけるサーそうサー行くサー。護送と、役得とボケとツッコミを求めて行くサー。
いちにーさんしーご。
「はい」
とか、パチ、と目を見開いた芥川は何食わぬ顔で立ち上がり、和弓「鶺鴒」を肩に引っかけた。辺りを見回す。なんか、ラブビーム攻撃を受けたらしい仲間達がすっかり大変な事になっていた。
が、まあそれはそれとして。
「怪盗達は何処行ったかな」
だだっ広い駐車場のような、この場所の果てに建つ建物の壁に、一人、見つけた。さっそく壁を走ってるよーだ。でも壁を走っているだけで、全然逃げ切れていない。むしろ、駐車場を囲む建物をぐるぐると回ってるだけのようにも見える。あれは、わざとなのか馬鹿なのか。
ラブビームの被害を受けていない仲間達は、その動向を窺いながら、捕まえるチャンスを狙っている。
ええまあ何処へ逃げててもいいんですよ。どうせ、逃がしはしませんし。
とか、ドライな顔して芥川は、意外とねっとり系の人っぽい事を考えつつ、自らも捕獲のため走り出す。
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その頃、アイシスは、避けようと思う間もなくわりとあっさりと、怪盗の放ったラブビームの餌食になっていた。「あーれー」
そして隣では、黒百合がまた、むしろ自ら当たりに行ったかのようなマイルドさで、ラブビームの餌食になっていた。「あーれー」
とかいう次の瞬間にはもう黒百合が、長い黒髪を揺らしながら可愛らしく微笑み、しなだれかかるようにアイシスに寄り掛かり、鈴の音色のような可愛らしい声を発し、その耳元に愛の言葉を囁いている。
のだけれど、アイシスはいつも通りおどおどと瞳を彷徨わせるだけで、恥ずかしがっているのか、怖がっているのか、あるいは迷惑がっているのか、なんだか良く分からない。
「あははァ、アイシスちゃん、可愛いですねェ」
年不相応の艶やかさと、年相応の愛らしさを醸し出しながら、黒百合の指先がアイシスの頬をつんつんする。
アイシスはおどおどする。
おどおどしながら、実は密かに、ああ……。黒百合さんのつんつんがなんか心地良くて仕方がないのです。とか、意外とMな事を考えている。
「ねェねェ。私のこと好き?」
黒百合は、ころんとした金色の瞳でじっと相手を見つめながら、小首を傾げ、やっぱり頬をつんつん。
「ねェねェねェ私のこと好き?」
つんつん。
「ねェねェねェどうなのどうなの、私のことちゃんと好きなんですかねェ」
つんつんつんつんつんつんつん。ってああ……黒百合さんのつんつんが心地よくて仕方がな……「痛っ」
「あ、ごめんなさい! 痛かったですかァ? でも私の事好きなら大丈夫ですよねェ」
てへへへ、とか黒百合が、邪気に満ちた無邪気さで笑った。
ああ……なんて動じない堂々としたお姿。この可愛くて無邪気な微笑みが、もう目から離れないのです……むしろもうなんか抱きつきたいくらいなのです……!
ってなんかもうアイシスは凄い健気である。っていうか、M……。
「はい……私は全然大丈夫なのです」
「だってアイシスちゃんが私のことちゃんと好きでいてくれてるかどうか、分かんないですからァ。こうして愛を確かめてるんですよォ。分かりますよねェ、愛ですよねェこれって」
そして黒百合は女王様である。
「……はい、愛なのです」
ってすっかり調教されているけど、たぶん違うよ! 気付いて、アイシス!
とかいうその頃、因幡は駐車場を走っていた。栢と一緒に走っていた。
「あはははははつかまえてごらんなさーいっ」「うふふふよーしつかまえちゃうぞー」
普通のだだっ広いコンクリートの上だったけれど、二人の気分はすっかり海岸なのだった。
「待ってよー」「あはっはっはははーこっちだよー!」
砂に足を取られながら、両手を大きく振り上げ、二人は走って行く。というかもうなんかスローモーションで走って行く。
栢の垂れた兎の耳みたいな横髪が、潮風に靡く。因幡のペンダントの蒼い宝石が、水平線の向こうに沈みかけた夕日に煌く。
いや、違う。潮風吹いてないし! 砂ないし! しっかりしろ、僕!
と、怪盗を追っていた最中の良助は、二人の異様な気迫にすっかりのまれて目を奪われてしまっていた。むしろ幻覚すら見えだしている自分に愕然とする。
駄目だ。集中集中。マーキング対象の居所を突き止めるのに集中するんだ、僕。
良助は辺りの景色に視線を走らせ、「あっちだ!」
遁甲の術で気配を薄っすらとさせていた怪盗の居場所を見つけ、指摘する。「ち」と言ったかどうかは定かではないが、また走り始めた怪盗に向かい、縮地を発動した智美が凄い勢いで走り出して行く。
「あははほーら良子ちゃん捕まえたっ!」
「うわ、捕まっちゃった、くっそー」
とかいう間にも、二人の小芝居はまだまだ続いている。というか小芝居であってくれればいいのだけれど、二人の気迫は半端ない。つまり、本気だ。見ちゃ駄目だ、惑わされては駄目だ! 礼野さんや芥川さんやシュトリエさんのようにクールに無視だ、無視。これはただスキルにやられちゃってるだけなんだ、気にするな! と思ってる尻から良助はもうすっかり見ている。
栢が背後からしっかりと因幡を抱きとめている。まるでCMとか広告とかで見かけそうな外人さんのポーズみたいな格好だ。それで、笑っている。あははは、とか凄い楽しそうに笑っている。けれど次の瞬間、くる、と栢が因幡を回転させた。そして彼女の顔を覗きこみ。
「あたし……あたし前々から良子ちゃんと仲良く……そう、お友達になれたらいいなぁ……なんて」
腕の中に収まった彼女の顔を見下ろしながら、彼女はもじもじと告白した。
「ふうん。友達で……いいんだ?」
そこで上がるバックミュージックの音。
「違うよ! 好き! 大好き! あいっしてるぅううう!」
そうだ! そこでチューだー!
ってわー駄目だーやっぱり見ちゃうー!
とか、完全に思いっきりテレビ見てる人の気分に陥ってしまってた良助は、「誰か! 誰か、助けてくださーい!」と声を張り上げ。
張り上げた瞬間、何がどうなったのか、頭に凄い衝撃が落ちて来た。
ガッツーン!
「遁甲の術かーらーのー必殺! タライ落としー8レンチャーン!」
ついでに、ちょっと離れた場所に居た黒百合やアイシスや、因幡や栢の頭にもタライが落ちて来た。8レンチャンなので、智美や芥川やフローラの頭上にも落ちて来た。結果を言えば、智美と芥川は、タライ落としを回避した。芥川は二回目であったし、智美の特殊スキルをとにかく避けまくろう意欲は半端なかったので。
ただ、フローラは直撃を受けた。
でも、わりと普通だった。というか、全然気づいてないみたいだった。めっちゃ痛そうな音したのに気付いてないみたいにふーんみたいに歩き出、と思った次の瞬間には倒れた。タイムラグである。
「なるほど、やるな……」
芥川はなんかちょっと負けた気がした。
とかいう間にも、黒百合やアイシスや因幡はタライの攻撃でハッと我を取り戻していて、栢も我を取り戻したことは取り戻したのだけど、「あたし今、良子ちゃんといちゃいちゃしてたのね! 超幸せだったわぁ〜!」ってあんまり変わってなかった。それどころか、「もう一回ー! もう一回ラブビーム、かけてぇー……ふふ、ふふふ……」って凄い不穏な様子で笑ったかと思うと、落ちてるタライを拾い上げ、「キャッチアンドリリースぅ!!」とか、フリスビー投げる要領で、逃げる怪盗達に、投げた。
はずなのだけれど、それがどういうわけか、一回目のタライ攻撃を踏ん張って耐えていた森田に、
「くッ! この程度……あべしっ!!」って思いっきり命中して、彼は、ちょっと、飛んだ。
で、掴まる物欲しさに伸ばした手が、怪盗インフィルトレイターを掴んだ。つまり、捕まえる気とかはわりとなかったけど、怪盗を捕まえた。
「あっ」
「まァ、これでェ……正当防衛成立よねェ……あははァ、だから手足の一本は覚悟しなさいよォォ!」
その背後から、黒百合が凄い勢いでデビルブリンガーを振りかぶり、気絶させるべく、を通り越しなんだったらもう殺意すら滲む感じの攻撃を加える。
「引渡し前に逃げ切られても厄介なのです、ここでもうちょっと拷問してしまうのです」
続いてアイシスが、水霊符を取り出し水責めの追撃。
その頃智美は、飛燕翔扇で薙ぎ払いを発動し、もう一人の怪盗を弾き飛ばしている。
「さあもう悪ふざけはおしまいですよ」
「さてと。この二人どうしようっか」
大量のロープやベルトを用意したフローラが、捕まえられた二人の怪盗達を見下ろしつつ言った。
「あれだよね。他人を強制的にいちゃいちゃさせていいのは、自分もヤられる覚悟がある人だけよね」
不穏な事をさらっと呟く。
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こうして怪盗達は、思いっきり抱き合う形で縛りあげられ、学園まで無事送り届けられた。
「ところで芥川ちゃんはあの時、怪盗に何を言ってたんですかねェ?」
仕事後、学園を歩きながら黒百合は、あの時の事を芥川に聞いてみることにした。
「そうですね。あんまり良く覚えてないですが。見くびらないで下さいよ、と言ったんでしたかね、確か。俺達はあなた方が本気で抵抗してもどこに逃げても捕まえられますよと。でも、結局あんまり本気では逃げてなかったみたいですね」
「なんだよー馬鹿のくせに先輩面なんて。いけすかないよねー」
因幡が軽快にぼやいた。
「ええ、全くです」
芥川は飄々と頷いた。