●テレビをつけたら画面の中でうさたんが踊ってた。
一体何がそんなに楽しいのか全然わかんないけどなんかやたら楽しそうに踊ってた。
手とかめっちゃふっわふわもこもこさせて。おしりとかめっちゃふりふりして。尻尾のついたおしりとかめっちゃふりふりして。
で、前へ飛び跳ねるようにして向き直り、左手を突き出し一言。
「お供にあげるきびだんごが無い時! 疲れて一服したい時! そんな時には、あなたの隣のきびだんこイレブンっす! 今日も24時間営業であなたを待ってるっすよ! きびだんごイチゴ味も好評発売中っす! 知夏も大好きっす! スクラッチを五枚集めると知夏の特製ブロマイドが貰えるっすよ! さあ、今すぐ近所のきびイレへダッシュっすー!」
ブチン。
という音と共に黒くなるブラウン管テレビ。
(ところでどうでもいいですが、ブラウン管世代いなくなったらこの「ブチン」って擬音どうなるんでしょうかね。「スッ」とかになるんですかねっていうか、いや「スッ」って締まらないにも程がありますよね。え、そうでもないですかそうですか)
フレイヤ(
ja0715)はリモコンを雑に放り投げ、ドでかい社長机に上半身をべろーんした。
それから机の隅にある秘書召喚ボタンを押し込んだ。ピンポーン。
「は〜い、このイケメンフレッシュボーイめをお呼びかなあ〜田中良子さまふォ?!」
って出てきた瞬間、マジックハンドのパンチンググローブ、から出て来た衝撃波で横っ面吹っ飛ばされる藤井 雪彦(
jb4731)。
「田中良子言うたらアカンぜよ! ソウルネームで呼ぶぜよ! しぇんしぇい!!」
なんでか某坂本竜馬気味に切れつつ机に飛び乗るフレイヤ。
「待って今頃そんなこと言っても見てる人だいたいわかんないよ!!」
「とにかくうちもあんなCM作りたいのだわ!」
「え? どんな?」
「ウサ女優の大谷 知夏(
ja0041)を使った『きびだんごイレブン』のCMみたいなやつなのだわ!」
机の上で空を指さし、世にも格好良いこと言いました! みたいなキメ顔のフレイヤ。動作がいちいちなんか「いずれ訪れるであろう世界の終焉を食い止めるため降臨した女神の生まれ変わり」みたいだった。
って一体どんなんなんだろー……。
「まー作ったらいーんじゃないかと思うけど」
え何があるのみたいに空を漠然と見上げながら雪彦は、わりとどうでも良さそうな相槌。
「けど?」
「ボクなんか全く無視されてる気がするんだよねプレインぐふぉ?!!?」
「そんな事言ったら知夏さんものっけから丸無視なのだわ! でもまだ先は長いんだわ! 信じたら夢は叶うかも知れないなんてことはないかも知れないけどそういう時は人生ってなんじゃこりゃ的なそんなもんだと割り切る事も必要なのよ!」
「あ、それでCMって事だったよね」
「普通に話戻した?!」
「でもCM作るって言っても俳優とか監督とか」
「鬼が島、桃太郎島にすぐさまビラを配ってくるのだわ! オーデェーションして集めた俳優達に演じて貰うのだわ!」
「オーディションね」
「むしろこの鬼の金棒を低価格で製造するメーカーの『KANABO』(×カナボー ○カナボ)の企業イメージがアップするような素敵なプロモーションビデオも作るのだわ! もちろん鬼の方々にはふんどし一丁で出演して欲しいって希望も忘れずに書くのだわ! 楽しみなのだわ!!」
なんてきらきらした目で空を見るフレイヤ。
だから一体そこに何あんのよみたいな顔で雪彦は、漠然と同じ方向を眺めることにした。
――むかしむかしあるところに、『きびだんこイレブン』っていう会社と『KANABO』っていう会社がありました。って言った舌の根も乾かない内からばらすのもあれですがあるところっていうのは鬼が島と桃太郎島でした。
さほど広くもない島にある二つの企業は、二つとも社長が女性だってこともありなんとなく張り合っていました。
今回はそんな二つの企業が張り合って作ったCMやらプロモーションドラマやらの映像等を豪華キャストでお届けすると共に、二つの企業の成長の様子なんかをお届けしようと思うわけですええ、思うわけです。
●そして作られたKNABO特製プロモーションドラマ「桃太郎? 竜宮城? くのいち? 一寸法師? 猿? ミックス? いいえみんな大好きKANABOです☆」
むかしむかしある所におじいさんとおばあさんが……いませんでした!
一切いませんでした!
あと、川から大きな桃が……流れてきません!!!!
一切流れてきません!!
なんだったら飛んできます。川の向こう側からぴゅーーんって飛んできます。桃が。でっかい桃が。
「どんぶらこ(物理)だおらあああああああああ!!」
くぐもった声でやたら攻撃的に叫び、そのまま地面に激突していったのです。衝撃で桃は割れましたが、中からそれはそれは可愛らしい雪室 チルル(
ja0220)が誕生しました。
「あたいの名前は雪m……ううん、桃太郎よ! あたいの目的はさいきょーの桃太郎「ギガモモタロウスキング・レア度8(MAX)」になって、お宝をいっぱい手に入れることよ!!」
見ての通り生まれた時からびっくりするくらいしっかりとした意志を持った、目的意識の高い女子でした。
漫然と生きている人々が溢れかえる昨今、これは何にも代えがたい素晴らしい事でした。彼女は気付いていませんでした。その高い目的意識こそ何にも代えがたい宝であることを。
「そんなあなたの高い目的意識! KANABOで活かしてみませんか☆☆?! KANABOでは今、共に闘ってくれる社員の皆様を大募集中なんだよ〜☆彡」
と、ここでざわめきだす桃太郎の背後に立つ新崎 ふゆみ(
ja8965)の木。
さすがオーディションで「今回も背景は任せて欲しいんだよ〜☆☆ ふゆみ以上に上手に木を演じられる人はいないんだよ! 本当なんだよ〜(●≧з≦)っ!」となんかいろいろ言葉の語尾に飛ばしまくってらっしゃっただけあります。
「低コスト化を実現し、より使いやすく! より安くなった鬼の金棒も絶賛発売ちゅ〜☆ よろしくね〜☆彡」
安定の宣伝っぷりでした。
「んーじゃあ合成に必要な素材でも探しに行くかなあ」
そしてチルルはKANABOの社員食堂で購入した焼きそばパンを片手に合成素材探しの旅に出ることにしたのです。
その道中、「三丁の打出の小槌を携えた竜宮城の織姫メイベル(
jb2691)」と出会いました。
遭遇するなりメイベルは、「あなたの落としたのはこの金の小槌ですか、銀の小槌ですか、それとも普通の小槌ですか」と謎かけしてきます一休さんか。
その手には、『悪戯好きの雀』『相撲が得意な熊』『正直者の竹取の翁』(いずれもぬいぐるみ)がありました。正直、どれが銀か銀か普通か分からなかったし、最早小槌でもありませんでした。
「これはハッスルも昂揚して奮い立つというものですから慎重に選んで下さいね!」
とっても可愛らしい無垢な顔でマイルドに意味不明な日本語を話すメイベルさん。
チルルはとりあえずスマホで攻略サイトを開き、雀と熊と爺のレア度とかスキルとか経験値とか調べました。
「あ〜! 攻略サイト見るなんてずるいですよ〜!!」
って言われてもそこはガン無視してサイト見ました。
メイベルさん攻略サイトには、「幼い頃から何かにつけて無能と謗りを受けてきたが、ある時任務で地球へ赴いた折、気まぐれで一人の人間を助けたところ、「ありがとう」と言葉をかけられる。生まれて初めての「感謝の言葉」は彼女に鮮烈な感動を覚えさせ、以来魔界にも戻らず人助けに奔走するようになり、そのままはぐれ悪魔に」なんていうメイベルさんの生い立ちとか書かれていました。
「そんな感謝の気持ち! あなたもKANABOで働いて社会に貢献し味わってみませんか☆☆?! KANABOでは今、共に闘ってくれる優秀な社員の皆様を大募集中なんだよ〜☆彡」
またざわめきだすふゆみの木。
「低コスト化を実現し、より使いやすく! より安くなった鬼の金棒も絶賛発売ちゅ〜☆ よろしくね〜☆彡」
やっぱり安定の宣伝っぷりでした。
とりあえず、雀を選んだ人には玉手箱(レア度3)、熊を選んだ人には小槌(レア度2)、爺を選んだ人には今は何もないけど5枚集めるとレア度7の鬼と交換できるっていう情報を得たチルルは、システム的に「ギガモモタロウスキング・レア度8(MAX)」になるためにはレア度6の鬼必要不可欠ってことで、爺を貰っておくことにしました。
「あぶなああああい!!!」
そこへズバシャーーーッ!!! と飛び込んでくるクノイチ。っていうか、桃から生まれたモモタロークノイチ六道 鈴音(
ja4192)。
彼女には彼女で大きな桃の中に潜んで隣国に潜入してきたっていうドラマがあったらしいですが、ぶっちゃけあんまりこの話とは関係なく、大事なのは彼女がそんな生い立ち故、とっても凄い情報通だったということでした。
「同じ桃から生まれた者として言います! 爺5枚集めてもレア度7の鬼とか交換できるかどうかは五分五分です! 見て下さいここ!」
『爺5枚集めればレア度7の鬼と交換できる! ……かも』
「かも〜?!?!?????」
考えるよりも先に全力全開で突撃する性格で、尚且つ頭脳労働はまるでダメな愛すべきおバカさんチルル。雑にサイトを確認して、そんな文言を見落としてしまっていたのです。
「うわーーー騙されるところだったー!」
まあ実際はあんまり騙されないですけども。純真無垢なんで信じちゃったんでしょうね可哀想に。
「まあ、良くあることです」
ポン、とチルルの肩を叩く鈴音。
こうしてモモタロークノイチに救われた桃太郎は共に、「ギガモモタロウスキング・レア度8(MAX)」と「モモイロクノイチセブン・レア度8(MAX)」になるため、旅をすることにしましたっていう設定にそろそろ完全に飽きてしまわれた方もいらっしゃると思うので普通に鬼退治に行きましたって事にしますね(サムズアップ)。
「じゃねえっす〜!!! カオス度ぱねぇっす〜!! 誰もついてこれてないっす〜!!!」
そこにウサ鬼知夏さんが登場しました。っていうかただのウサギの着ぐるみでした。何だったら鬼の部分一切ありませんでした。
「あ、ウサギだ」
「ウサギだウサギだ」
「ち、ちちちちち、違うっす!!」
「え……だって、ウサギでしょ」
「だから違うっす!」
ウサ鬼知夏さんは慌てて自らの耳を隠します。そして明らかに取りつけたかのようにしか見えないぴょこっと突き出た角を指さし言うのです。
「知夏はウサ鬼っす! ウサ鬼っす! この立派な角を見て下さいオニよ!」
なんでか二回言いました。必死過ぎて逆にもうウサギにしか見えませんでしたっていうか、確か知夏と言えば『きびだんごイレブン』のCMでおなじみのうさたんでしたがどうやら、「くっくっく♪ KANABOのオーディションなんてチョロいもんウサよ! ギャラで甘い物を沢山買い占めてやるウサっす!」って事でこちらにも出演されたということでした。こあいウサギさんですね。
「だからもうウサギって事でいいよ。家来にしたげるから」
「扱いが雑っす!」
「はい、焼きそばパンあげるから」
「ちょおおおおおっとまったあああああ!!!」
そこへ飛び込んでくる小柄な影。
有名中華料理店【太狼酒楼】の末息子、楊 礼信(
jb3855)くんでした。
「この焼きそばパンは出来損ないです。食べてはいけません! 今後、KANABOの社員食堂には僕の実家である【太狼酒楼】の支店が入る予定なんです! これはそれが入る前に発売された焼きそばパン……つまりここに入ってる焼きそばは太狼酒楼の焼きそばではないんです!!」
「いや分かってるし、だいたい焼きそばパンの焼きそばは中華の焼きそばとは違って焼きそばパンに適したチープな焼きそばが……」
「待ってて下さい! 僕が今すぐ素材の味を生かした素晴らしい焼きそばをお届けしますよ!!!」
そして消えていく礼信。
もはやパンのくだりは消滅してて、ただ焼きそば作りに消えた感じでした。
その背中に皆はそっとこんな言葉を想ったのです。ミスターあz……げふんげふん。
「そんな美食家のあなたもKANABOの社員食堂に来てみませんか☆☆?! KANABOの一階フロアはどなたでも立ち入り自由なんだよ〜☆彡」
三度ざわめきだすふゆみの木。
「売店では鬼の金棒やその他KANABOオリジナルグッズ(黄昏魔女グッズなど)を公表発売ちゅ〜☆ 是非是非遊びに来てね〜☆彡」
そう、くどいくらい安定の宣伝っぷりでした。
「じゃー旅、続けましょうか」
「だね」
「っすね」
そうして皆は、かぐや鬼の待つ竹取の島を目指したのです。
普通に鬼退治に行ったんじゃなかったのか。さっきそう書いたじゃないか。そう思われる方もいらっしゃるかも知れません。けれどしょうがないのです。
鬼役が、「あっ桃太郎ってあれだよねっ。お茶碗で川くだって〜うんちゃらかんちゃらして鬼のお腹にINするやつだよね知ってる知ってる!」なんつってた紅鬼 姫乃(
jb3683)さんになってしまったので、しょうがなかったのです。
竹取の島の姫乃さんは一応、普通に竹から生まれたのですが、生まれた場所がちょうど鬼の縄張りの近くだったもんですぐに鬼に浚われちゃって、浚われちゃったけど「くぅくぅ♪」 なんつってその妙に妖艶な魅力で鬼どもを魅了して下僕にしちゃったのです。
もう誰も姫乃さんの暴走を止められません。
桃太郎が倒すしかないのです!
「覚悟しててよ鬼! 真の桃太郎であるあたいには誰も勝てないんだよ!」
(なお、ふんどし一丁で登場してくれる鬼が見つからなかったため、DVD化の際には鬼との乱闘シーンの前に雪彦秘書のふんどし姿が挿入されます。サービスショット満載! お楽しみに!)
●「ってことで」
雪彦はテレビを消し、『KNABO特製プロモーションドラマ』の映像を消し、花神 桜(
jb5407)を振り返った。
「現在KANABOはこのようなドラマを制作放送して、好評を得ちゃってるんだよ! どうするよ!」サムズアップ。
っていう勢いをなんか完全に削ぐ感じで、
「そうですか。事情はわかりましたありがとうございます」
なんてそっと頭を下げる桜。そんな何気ない仕草からも気品が溢れだしてあっぷあっぷしそうなくらいの彼女は、幾人もの桃太郎を育て上げ世に排出してきたカリスマお母さんであり、尚且つ事業を起こし成功した働くお母さん代表でもある、『きびだんごイレブン』の女社長、その人なのである。
「だからさ、うちのCMも好評だけど次の一手も考えといた方がいいと思うんだよね! ね!」
なんて若干ウザいくらいのチャラさで述べる雪彦。
ちなみに彼といえばKANABOの社長秘書として登場してたのが記憶に新しいが、こちら側にも居るってことはもしかしてスパイなのか、チャライ顔して実は恐ろしい子だったのかなんてところも気になるところ……でもないですかそうですか。
「ほんと自分で社歌を歌っていた時が懐かしいですね……」
お供にあげる きびだんご無い時
疲れて一服したい時
そんな時には、あなたの隣のきびだんこイレブン〜♪
桜はそんな歌を思わず口ずさむ。
「ではうちも何か同じような企業イメージがアップするようなプロモーションドラマを考えないといけないでしょうか……」
●そんなわけで出来上がった『きびだんごイレブン』特製プロモーションドラマ「立ち上がれ爺婆! きびだんごイレブンはそんなあなたを応援します」はこちら。
ある日、七種 戒(
ja1267)はふと思い立ったのだった。
「なんか最近の若者って軟弱じゃね?」
それは筑前煮を作ってる最中のことだ。
っていうこの筑前煮はもちろん自分達のために作ったのではなくて、なんせいくら強力な入れ歯接着剤があったってごぼうとかレンコンとかやっぱり無理だし、だから息子夫婦に渡すための筑前煮なのだけれど、ホントはじゃねレーションギャップなのか何なのかあの受攻の好みが一切合わない鬼嫁には絶対食べさせたくないっていうかそもそもあいつこれこっそり捨ててんじゃねーのくらいの気もして、でもやっぱりかわいー息子が「お母さんの作った筑前煮が一番おいひい」とかアホ丸出しの顔で言ったりなんかすると無言で抱きしめてむぎゅっとして潰したいくらいなんで今日も作ってたっていう、そういう筑前煮を作ってる最中のことだった。
なのですぐさま筑前煮作りはやめることにして、彼女は鬼に果たし状を送ることにした。
「ええと……拝啓、鬼野郎殿。唐突だが、最近の若者ってなんか軟弱じゃね? って思うんで鍛え直しにお伺いしようと思うじゃん覚悟するじゃんよろしくちゃん」
わりと達筆に、適度に若さもあぴぃる出来てんじゃないかな、みたいな素晴らしい文面が書けたので、彼女はそれを近所のポストに投函し、すぐさま出発することにした。
その際隣の、ロットハール家の老夫婦も誘うことにした。
ピーンポーンと押して出て来たアスハ・ロットハール(
ja8432)とメフィス・ロットハール(
ja7041)に向け、戒は無言でスローガンを書いた横断幕を掲げる。
「〜立ち上がれ! 爺婆! 今こそその時! 〜」
「ふむ。成る程。若者には任せておけないということか。賛成だ。共に旅立とう」
アスハは、めっちゃ格好いいキメ顔で言い、妻のメフィアを呼んだ。
でもその後がぐだぐだだった。あんまりにもぐだぐだなのであえて会話だけで表現するけども、
「武器はとってあるな。そうそうこれだ。鋼糸だ。懐かしいな」
「ええええ本当に、これを使って闘っている時のあなたは本当に素敵で」
「ふっ。なに、僕だってまだまだ現役同然に動げッんまいちゃっっっ?!!?!」
「あらあら腰? イッちゃった? まあ大丈夫〜? はいはい、昔みたいに動かないんだから、おじいさん無茶しないでくださいよー?」
「だ、大丈夫だ。こ、これきしのこレステロールッッ?!?!!?!?」
「だからほら無理しないでくださいよって。もう、ほんと困った人ね〜うふふふ(w´ω`w)」
「……ふ、やるな、貴さm……あれ? o(゜д゜=゜д゜)o」
「あらあらおじいさんそっちには誰もいませんよ、戻ってきて下さいな。ほんとに困った人なんだからもう〜(w´ω`w)」
とまあこんな感じで、つまり五分間くらい、イチャイチャしてただけだった。むしろアスハに至ってはイチャイチャしてるか腰いわしてるかのどっちかしかしてなかった。
この人ら連れてって役に立つんだろーかー……。
でも問題はそこじゃなかった。むしろそれを横断幕掲げながら見ている戒の方が問題だった。
彼女は今、いつものわりと覇気ない感じの、黙ってればモデルさんみたいな美女っぷりで、つまりは自分的には冷静にふーんくらいの顔で立っているつもりだったのだけれど、冷静を装えてると思ってるのは自分だけで実際のとこは目から普通に血が流れ出ていた。
っていうこれは前にも別の所で書いたことあるような気がするけれども、それだけ久遠ヶ原学園には血の涙流す人多いってことだった。こわいとこだった。
「一発までなら誤射……いや誤爆……」
そっとアサルトライフル構える戒。
いやそっとじゃないし! アサルトライフルだし! そっと無理だし!
ここぞとばかりに、「悔しかったら結婚してみろ」なんつって、メフィス抱き寄せドヤ顔しよーと思ってたアスハは、戒の危機迫る本気にちょっと戦慄した。
「うんごめん、だからとりあえずそんな物騒な物はしまってだな。鬼が島へ向かおう」
そして婆、爺、婆、の三人はよろよろ歩き出しました。
特に戒婆さんはめっちゃよろよろでした。
なんでかつったらお腰に物凄いでかい眼鏡をつけていたからです。
そうあの天才ダアト気取りのクインV・リヒテンシュタイン(
ja8087)だよ! 今日も眼鏡光ってるよ! 眼鏡は光ってるよ! でも本体、首に紐が思いっきり食い込んで落ちかけだよ! 完全に落ちかけだよ!
「め、眼鏡が光り輝く限り……ぼ、僕は死なn……。…………」
「あ、忘れてた。眼鏡連れてたんだったっていうかえらい大人しいなおい」
戒は腰元を振り返り、眼鏡に呼びかけます。
へんじがない。ただの屍のようだ。
「あ落ちちゃったんだ、首あれ思いっきり入ったから……ふ、可哀想に」
淡々と呟く戒婆さんの目に、白目向いた眼鏡のポッケから落ちた紙が目に入ります。
それを拾い上げて読み出すと……。
『あっはっは! こんなこともあろうかと遺書を残しておいて正解だったようだな! さすが天才ダアトの僕だ! 全てはこの眼鏡で見抜いているのさ!』
ってのっけからもう既に破ってしまいたい衝動にかられましたが、戒婆さんは故人の意志を尊重して読み続けてあげることにしました。
『さて、そんな僕の今日の役どころについて知りたくはないかい? なに? そんなに知りたい?! あははは、じゃあしょうがないから教えてあげるよ! 僕の今日の役どころは桃太郎には欠かせないアレ!!!』
といえば桃……。
『そう! 眼鏡さ! 桃太郎が袋から光り輝く眼鏡を取り出し仲間達に配るシーンがあるだろう! 仲間になるなら眼鏡を与えよう! 何度思い出してもいい台詞だね! だから僕は、皆に配られるべき眼鏡としてこの世界に降臨してきてあげたのさ! ちなみに石の次は桃だろなんて思った輩は眼鏡光線で死ね!』
なんて思ってねえし! ちょびっとも思ってねえし! 相談卓見た時から思ってたなんてことねえし!!
『だからさあ君も今すぐ騙されたと思ってこの眼鏡をかけてみると良い! 外から眺める眼鏡も素敵だけど、かけた時の眼鏡越しのこの世界! どうだとっても素敵だろう!』
なんて。
書かれてあるからにはなんか眼鏡かけなきゃいけない感じだったので、戒婆さんはとりえあずクインのポッケから眼鏡を取り出し、かけてみました。かけないってやってる方が逆に面倒臭そうだったので。
『ほらどうだい素敵だろう? ん? もしかしてレンズが合わないのかな? はははは! そんな些細な事気にしては駄目だ! 合わないレンズ! それも含めて素晴らしき眼鏡越しの世界なのさ!』
って文字全然読めなかったんで、とりあえず戒婆さんは眼鏡を外しました。そして改めて文言を読み直しました。何言われてるか全然分かりませんでした。
『待って! 外さないで! 逃げちゃ駄目だよ、逃げちゃ駄目だ! 大丈夫安心して、戒ばあさん印がついてるから! フレームのとこをよおおく見てほら! 世界水準の戒ばあさんブランドだよ!』
「……うるさい」
ぱりん。
今日ほぼ喋ってないクインでしたが、字面がなんかもう煩かったので、怒った戒婆さんは、(意識が)落ちてるクインの眼鏡を割ることにしました。
瞬間、ぐわぁぁ! めがぁ! って叫びながら復活したのか何なのか辺りをばったばた転げ回ってる間にスペアすちゃっ!
何事もなかったかのように立ち上がるクイン。
「そしてその眼鏡で眼鏡光線を放てば鬼なんてイチコロさ! さあ共に行こう鬼が島へ! 眼鏡で平和をもたらすんだ! なあに、眼鏡光線が放てないなんて悩むことはないさ! ピンチの時には僕がい」
ぱりん。
再び割られるクインの眼鏡。
ぐわぁぁ! めg……以下略。
「ふ。やっぱり最近の若者って軟弱じゃね?」
不敵に微笑む戒婆さん。
「くそうこうなったら眼鏡光線で決着をつけてやる、受けてみよ、必殺の眼鏡こうせーーーーーーーん!!!」
するとどうでしょう。
クインが放った眼鏡光線で、丁度空に浮かんでいた黒いむっきむきした桃と黄金の桃がなんか、撃ち抜かれてしまったのです。
え、新しいシューティングゲームみたいじゃね? アプリであったら流行んじゃね? って戒婆さんばぼんやり思いました。題して、眼鏡光線。
「ぬおおおおおおおおおおおおっ!!」
っていう間にも、撃ち抜かれた黒ムキムキ桃から飛び出してくるマクセル・オールウェル(
jb2672)。
今日も素敵にパンプアップ状態で筋肉を肥大化させ、神々しい光を放ってきます。
「我輩はマクセル・オールウェル。どこにでもいるごく普通の桃太郎である。ところで近頃、京の都を鬼が騒がせているという。これは退治して人々に平穏を齎すしかあるまい。天使もとい桃太郎として!」
むおおおおっ、という暑苦しい声と共に更に肥大化していく筋肉に、カメラが無駄にズームイン!!!
ああやめてっ! はちきれそうっ!! って感じにてっかてかに盛り上がった筋肉、筋肉、筋肉を不必要なまでのカット割りで筋肉ファンの皆様に執拗にお届け!
今日はてかてか筋肉マッソウの夢をみるがいい。
「Oh! 待つデース☆ 拙者もピーチから生まれた☆ ピーチTAROUデースヨー☆」
と、こっちは撃ち抜かれた黄金の桃から生まれ出て来たマイケル=アンジェルズ(
jb2200)。
今日も危うい日本語を武器にカオスの舞台に君臨してきました。
「そして拙者のsweet heartはそこの黒髪美少女にラv○◇h××c……デスネー☆ 黒髪美少女のメシアなのデース☆ アジアンビューティを泣かせる者は許しまセーン☆ 拙者も鬼退治はりきるのデース☆」
なんか途中英語達者すぎて一瞬ブレイクしちゃったけど、とりあえずなんとなく、戒に一目惚れしたんすよって話みたいだった。
「今は婆さんだ」
「関係ないデスネー☆
「あときみ、髪の毛、燃えてるから、多分さっきの眼鏡光線で」
「Hうあ?!!?!」
慌ててふっさふさの金髪を押さえるマイケルさん。慌て方がなんか尋常じゃ、なかった。
「え、もしかしてその髪の毛ズ」
「NOーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!」
こんなはっきりとしたNO聞いたことないよ、むしろ怪しまれるよ、ただでさえあのふっさふさかん怪しかったのにあやしまれるよ、みたいな否定をするマイケル。
「ところで仲間なってやってもいいが……きびだんごは何処にあるんだ」
こちらは筋肉祭りを終えたマクセルさんに、アスハが聞いていた。
「おじいさん、おじいさん、さっきお昼ご飯食べたばかりでしょ、きびだんごなんて食べられませんよ」
夫の胃袋具合を心配するメフィス。
「きび団子? ……は持っておらぬが、ごく普通の弁当なら持っておる。我輩の手作りだ。共の分もある故、安心して召し上がられよ」
「え」
「手作り……」
筋肉マッチョ(しかもモヒカンでうさみみカチューシャ)の作った弁当……だと?
「これがそうである」
やや胸張り気味に弁当を突き出すマクセル。
「………………」
それを見つめロットハール夫妻はちょっと凍りついたのだった。
だって……だって……予想外にすごい美味しそうだったから……。なんかちょっと引いちゃうくらい美味しそうだったから……。
「心配はせんでよろしい。栄養バランスもきちんと考えられておる。人間の身体は繊細に出来ている故……」
そしてちょっと照れくさそうに背中を向けるマクセル。
え、なになに。なになにこの感じ。なになにこのギャップ萌えっ!
「っていつになったらやってくんだお前らおらあああああ!!」
ズババババババババッ!!
とそこに突然響き渡る、アサルトライフルの銃声。
一同が振り返るとそこには、今日の鬼、ミハイル・エッカート(
jb0544)の姿が。
「待ちくたびれてこっちから出向いてやっちゃったじゃねえかこのやろう!」
「ハッ、出たであるな鬼め! ここで会ったが百年目ぇええ!」
年齢的にミハイルさんの前世まで遡っちゃってる感じの台詞を叫んで、のっけにマクセルだった。
「ミハイル殿ぉぉぉっ! 好き嫌いはいかんのであるーっ!!! うぉうりゃあああああ」
そして投げつけられたのはピーマン。
「ちょっ、マジか! うわ、よせ、やめろ!」
ってやってる間にも、僕も参戦しようって格好良く決めたわりに、鋼糸を操ってる間に何がどう絡まったか、自分の首を締めあげて「く、くくくくるぢー(;≧皿≦)」ってなってるアスハ。
と、あらあらあらあら〜つってそれを最早心配してるのか面白がってるのか良く分からない感じで助けてるメフィス。
の間からすかさず飛び出し、ミハイルの足にアジュールを巻き付けすってんころりんさせた戒。
「おっと、ふふ、やるじゃないか」
すってんころりんさせられたわりには、めっちゃ格好良くミハイルは言った。「枯れた爺さんの相手なんてさせてるのが勿体ないぜ。何だったら俺のほうに、来ないか?」
「イケませ〜んのデスネー☆ 彼女は拙者のラv○◇h××c……デスネー☆」
ってブレイクするにも程がある日本語で、もう何言ってんだか分かんない感じで飛び出してくるマイケル。
でもやっぱり問題はそこじゃ、なかった。
「ふ……ふふ……じーさんが……何だって……?」
地響きのような声で呟く戒婆さんいやさ戒。
「じーさん……ああそうさ、じーさんなんかいないさ! 女は……女は性格だとか愛敬だとか胸だとか馴染みやすさだとか多少ぶりっ子出来るくらいがとか思ってるリア充野郎は皆ホモに……ホモになっちまばふぁふぉふォッッ!」
「きゃー。戒お婆ちゃーーん! 激昂しすぎて入れ歯飛んでるから〜!!!」
そこへ慌てて駆けつけてくる……ああなんと可愛いエンジェルか!
と思ったら、地領院 夢(
jb0762)ちゃんだった。
だだだだだだ、って可愛い走り方で戒婆さんの方へと駆けてきたかと思ったらそのまま華麗なるヘッドロックッ!!
した様子を、更に違う角度からリプレイ! に次ぐ、ヘッドロックリプレイっ!! ふわふわと危なげに揺れるスカートの裾。かーらーの頑張る夢ちゃんの顔アップ!
(ちなみにこの若干偏ったカメラワークで撮影をされているのは、今回、いろいろな事情でカメラ役としてこのお芝居に貢献することになってしまった戸次 隆道(
ja0550)さんでした。さすが夢ちゃんを温かく見守りたい、と仰っていただけはあるカメラワークです)
の下で死にかけてる戒婆さん。
「ぎ、ぎぶ、ぎb……」
「んもう! 駄目だよ、お婆さんが無理しちゃっ! また腰がグキッってなっちゃうんだからっねっ!」
って凄い可愛い声で言いながら、夢ちゃんは腕の力ぐいぐい入れてきます。いやほんと、婆ちゃん死んじゃうからね。
「もうほんとに。放っとくと無茶ばっかりするんだから。というか人を巻き込むとかよくないよ? そんな事やるよりモテたいならその為の努力をするべきだと思うの私」
ふう、と立ち上がり、黒髪を耳にかけながら、夢ちゃんは戒婆さんを見下ろしました。
「こ、この度は誠に……アレなんかでじゃぶ!?」
「うんでもそうやって簡単にゲザるのも良くないと思うの。今回はそういうのでは許しちゃいけないって思ったから私、この釘バットを……」
って夢ちゃんは武器を取り出します。レベル5に鍛え上げられた、ポップな色合いと無数の釘のアンバランスさが非常に凶悪な感じの釘バット(夢ちゃんオリジナル)でした。
「それに、アスハさんとメフィスもですよ!」
ビシッ! って、ホームラン予告するみたいに、ワイヤー解いてる夫妻を指し示す夢ちゃん。
「全く! 一緒になって何をしてるんですか? 甘やかしちゃ駄目ですよ!」
「い、いや……僕はカイを止めよう、と……なあ?」
「え、ええ……」
っていう間にもなんか、あっちの方で「どき! 男だらけのどろんこ絡み祭り!」みたいになってる桃太郎ズ&鬼&眼鏡。
「拙者はズラではありませ〜ん☆ 訂正してお詫び申し上げて下さ〜い☆」
「ぐ、うわ、お前ちょ、ひっつくな! な、なん、ひっつくなこら!!!」
「ミ、ミハイル殿ぉ! ハアハア、す、好き嫌いはいかんのであるぅぅ!」
「ちょ、なんか息ヤバい息ヤバいからマクセ……ひっやめろ! ピーマンはやめろ!!
「いや僕は関係ない! 待て僕はただの眼鏡だ! 関係な、桃じゃない、桃じゃないんだ! きびだ……違う! 上に乗るなぁぁ!!!」
そんなわけで今日の戒婆さんの結論。
なんか最近の若者って軟弱じゃね? ではなく、最近の男子、軟弱じゃね? それに比例して女子めっちゃしっかりしてね?
そしてざわめきだすふゆみの木。
「以上! この番組の提供は、鬼が島にも絶賛出店ちゅー☆★! きびだんごイレブンがお送りしたんだよ〜! いつでもあなたの隣にきびだんごイレブン☆★ 鬼退治の途中に忘れ物? そんな時でもきびだんごイレブンが力になるよ〜☆彡 犬、キジ、猿のペットの皆様も一緒にご来店出来るから買い物中も安心だよね〜☆★ 皆様のご来店心からお待ちしているよ〜宜しくね〜☆」
●っていうきびだんごイレブンの番組が高視聴率を取ったため、KANABO社長フレイヤは深夜枠にサービスショット満載のこんなCMを差し込むことに……。
<深夜枠〜サービス映像「その頃の鬼が島の楽屋風景」>
とある一室の部屋の中。
銅月 零瞑(
ja7779)は、虎皮の腰だけを見に付けた格好で、均整のとれた美しい肉体に汗を滴らせながら一人、トレーニングに励んでいた。
そこへ現れる、鬼が島の女頭江見 兎和子(
jb0123)。
虎柄ビキニに髑髏アクセサリーという、猟奇的にエロい格好で、むしろ健全な男子中学生ならほぼノックアウトされてしまうような格好で、トレーニングルームの様子を窺いに来たのですっていうか別にあえてこういう格好をしているわけではなく、これは姉さんの普段着なのです。
常に猟奇的にエロい姉さんでした。
黙って立ってるだけで、毎時間、三人くらいの鬼野郎は跪いてしまうといいます。
「頑張っておられるようね、零瞑さん……」
ヒップホップのプロモーションとかに出てきそうなお姉さん張りにエロい手つきで、零瞑さんの頬を撫でる姉さん。
そんな彼女の前でも毅然とした美しさを失わない零瞑。
動物園の黒ヒョウさながらに、野性的で美しい男。
そんな彼の耳元に、兎和子は囁きます。
「今日も、特訓のお相手をしましょうか?」
姉さんが言うとなんだかとってもイケナイ特訓のように聞こえてくるから不思議でした。
「ええ……これを使ってお相手しますね」
ぶうん。って、姉さんが振り回すと釘バッドも新しいプレイの道具にしか見えなくなるのが不思議でした。
零瞑は無表情にそんな姉さんを見下ろします。
「鬼は追う者、呪う者……堕ちて、はぐれて闇の中……たぎる地獄に果ては無し……さあ、一緒に桃太郎を倒しましょう」
そして二人は手に手を取り合って別室へと消えて……。
「いかんぜよいかんぜよいかんぜよしぇんしぇえええええええええい!!!!!」
しませんでした。
深夜枠にサービスショット満載のこんなCMを差し込むことにはしませんでした。いくらなんでもあれすぎたからです。エロとか通り越してる感じがしたからです。選んだ俳優がマッチし過ぎていたからかも知れません。これ放送しちゃったらむしろ企業のイメージダウンでした。
「ぬぅぅ……きびだんごイレブンの作った、あれ以上のカオスなんて作れないのだわ……! どうすればいいの!!」
頭を抱えるフレイヤ社長。
「んーじゃあもうここは共同制作しちゃうとか、どうだろ」
モテる髪型! ベストオブ久遠ヶ原! なんて見出しの雑誌を読みながら、徐にそんな事を言う雪彦秘書。
「共同……制作?」
「この島で大きな会社ってうちとあっちの二つしかないわけじゃん。だったらもうこれ、協力し合うところはし合っちゃった方がいいんじゃないかなってボク実はずっと思ってたんだよね。向こうの社長なら紹介出来るよ。このCMをその一歩にすればいいじゃん」(サムズアップ)
前半、プレ的なアレを全く無視されたと言って憤っていた同じ青年とは思えないくらい、雪彦秘書は立派なことを言いました。チャライ顔して実は恐ろしい子、だったわけではなく、いちおーそれなりに島のことを考えてる中々立派な子、だったのです。……え、意味違いますかそうですか。
「雪彦君……なんかそんな真面目なこと言ったら……私……私……ウォオオオオ……なんかなんかキモマジじんましんでてきたーーー!!」
「こらあああ失礼だろおおお!!!」
●そんなわけでKNABOときびだんごイレブンによる共同制作ドラマ「桃太郎〜もう一度だきしめたかった〜」を最後にお届け致します。
ある日、妻が突然俺の前から姿を消した。
親の抱えた多額の借金の返済に追われる日々の中、何とか手に手を取り合って暮らして来た妻が急逝してしまった事に途方に暮れた俺は、まだ乳飲み子の我が子を抱えて生きていくことになった。けれどそんな事が上手くいくはずもなく、俺は泣く泣く、桃のような船にわが子を乗せて川に流すことに決めた。
川を流れていく桃を眺めながら、俺は走った。
いつまでもいつまでも、一緒に走った。離れたくない、けれど……。
やがて桃の船はとある村の中に流れ着き、中身の我が子は善良そうな老夫婦に拾われていった。
――以上、所々無茶のある桃太郎の父、天険 突破(
jb0947)独白より。
それから数年後。
桃太郎は黄昏ひりょ(
jb3452)と名付けられ、とっても生真面目な青年に成長していました。
「ですがお婆さん。派遣社員では労災も下りませんし。やっぱり俺は正社員を目指さないといけないんじゃないかと」
「そんな生真面目過ぎるひりょ殿にヘッドローーーーークッ!!!」
「ぶふぉ!?!?!」
とそこに飛び込んでくる狐珀(
jb3243)姉さん。
思いっきり掴まれた首を、あのバインバインの胸に思いっきり押さえつけられ、ひりょは嬉しがる以前に窒息の危機に怯えた。
「ぶ、ぶふぉ、ぶふぉ!!」
「全く……ひりょ殿は相変わらず生真面目過ぎるのう。そんなんじゃ生きてても楽しィなかろうて」
「ぶはっ……で、ですがどうすれば」
解放されるやいなや慌てて狐珀から距離を取り、思いっきりずれちゃった眼鏡を直し、はねにはねまくった髪を撫でつけながら、ちょっと迷惑そうに呟くひりょ。
「ふふふ。実はな、面白い噂を聞いたのじゃ。鬼が島と呼ばれる島があるのは知っておるじゃろうか? そこに住んどる鬼というのが、財宝をたーんと蓄えとるという話があってのう。この鬼を成敗してこの財宝を持ち帰れば、正社員なんぞにならずとも、一生遊んで暮らせるというわけじゃ。こんこんこんこん」
「あ、風邪ですか」
「笑っておる」
「でもやっぱりやっぱり俺はそういうのは……」
「うんここはもう一度ヘッドロックじゃろうか」
「ちょ、ちょっと待って下さいって! 分かりましたよ。でもその情報は何処から?」
「お隣さんじゃよ」
「よお!」
そこで、だらだらと片手を上げて歩いてくる赤い影がありました。
「俺、俺、俺情報ね」
思いっきりそんなチャライ外見してるのに、今はひりょの家の隣でトマト作りに勤しんでいる若者、天耀(
jb4046)でした。
「どうしてあなたが……ただの農家の青年ではなかったのですか」
「今は、な。まあこれでも昔はいろいろあったんだよ」
(某連合の下っ端組員だったり……な)
なんて少しニヒルに唇を歪めちゃったりなんかする天耀。
「とにかく、こっからちょっと行ったとこの無人島が今は鬼が島と呼ばれてて、そこに鬼のような男が住んでるって噂は本当みたいだぜ。たんと溜めこんでるってのもホント。鬼なんて呼ばれてる奴が、まともな奴はずねえよ。お前、正社員なんて言って悪い奴、見逃していいのかよ」
「そうじゃよそうじゃよ。そんな人生面白うないじゃろ。ひりょ殿は生真面目過ぎるところがあるからの。少しくらい外の世界を見ておいた方がいいのじゃ。な、婆さん」
と、唐突に話を振られ、頷く婆さん(いたのか)
「このまま正社員になっても出世なんぞできんわ。行くのじゃ行くのじゃ鬼退治に。なに私もついてってやるから心配せんでいいのぢゃ」
「だな。そういうことなら俺もついてってやってもいいしさ。トマトの出荷前だけど、ちょちょっと行ってちょちょっと帰って来れるだろ」
俺は少し生真面目過ぎる、か……。
確かにそういう部分もあるかも知れないが……しかし……。
「ほれほれ、そうと決まれば出発じゃ〜!!」
いつまでも煮え切らないひりょの態度に業を煮やしたのか、その手を引き走り出していく狐珀。
わたたたたた、とその手を引かれながら、そっとひりょは諦めの溜息を吐き出したのだった。
まあ確かに。こういうのもいいかも知れない、と。
そうして。
我が子が老夫婦に拾われてからというもの、俺は死ぬ気で働き財を蓄えた。
わが子に詫び、老人に礼をするために。
仕事先で出遭った器量良しの娘には、息子の嫁に来て欲しいと頼み、了承を貰った。
全てがうまくいっていると思っていた。
感動の再会に向けて、全ての歯車が上手く回っているのだと。
そう俺は知らなかったのだ。
寝る間も惜しんで働く自らの姿が鬼のようになってしまっていたことも。
生活費を減らすために選んだだけの無人島での生活が、周囲の人々の「あいつは何をやっているか分からない」という不信感を煽っていたことも。
そしてそんな自分が鬼と呼ばれ、俺の住む島は鬼ヶ島と名付けられたことにも。
気づいてなかったのだ。
よく晴れた日曜日。
まるで我が子を捨てたあの日のようなその日。
財産を背負い、娘を連れて、息子に会いに行こうとしたその時、若者が鬼退治に来たのだった。
「ふ、ふう。ちょっと道に迷いましたが……なんとか、辿りついたようですね」
若者は眼鏡を押し上げながら、俺に言った。
その少し気弱そうにも見える微笑み。けれど目の奥にしっかりと宿る芯の強さ。
ひと目で……わが子だとわかった。
「ほれみぃ、私の言った通りだったじゃろ〜」
「違いますよ、狐珀さんの言った通りに行ったら道に迷ったんじゃないですか」
「ふーんじゃ。聞こえん聞こえんワンワンコーン」
「いやなんか困った時だけその犬のふりするのやめて貰えませんかね」
「おいおい、鬼の前で何やってんだよ、やっつけなきゃなんねんだろ、鬼をさー」
鬼とは一体どういうことなのか。
俺がやっつけられるべき鬼だというのか。
けれど問題はそんな事ではなかった。
我が子が笑っていたのだ。仲間と共に。いやまあどっからどう見ても狐とホストにしか見えなかったけれども。
それでもきっと彼らと楽しく暮らしているのだろうな、と分かる、そんな笑顔で。
「あなたが鬼ですね。悪さをしているという噂を道中沢山聞きましたよ。俺は……俺は大した人間ではありませんが、やはり悪は見逃せません。悪は懲らしめねばならない。正義は必ず勝つ、いや勝つべきだと思っています。それが常識じゃないときっと、皆が生きるのしんどい世の中になる気がするから」
そうこの時俺は全てを悟ったのだった。
最早、実の父親の出番はないと。
そして、今更のこのこと実の父親を名乗った所で彼は少しも喜ばないということを。
それよりももっと今ここで、してやれるべき事があるということを。
それは、俺が悪となり、息子に正義は勝つのだと教えてやること。
それだけなのだと……!!
「お前は……逃げろ。けれど助かっても彼には一切何も、言うな」
突破は、そっと娘にだけそう告げ、金棒を手に取り叫んだのでした。
「そうか! ならば桃太郎! 俺を殺す気でかかって来い、さもなくば生きて帰ることなしと思え!」
(なおこのシーンはテレビ放送時に瞬間最長視聴率を獲得したため、DVD化の際には、右斜め四十五度からの台詞、左斜め四十五度からの台詞、真正面からの台詞っていうくどいくらいのカット割りが挿入されます)
「行くぞ桃太郎ぉああああ! ぬおおおおおおお!!! この生涯に。一切の悔いなしぃぃぃぃぃぃ!!!」
――……………………。
――…………。
――……。
●そしてざわめきだす、ふゆみの木。
「うぇっぐ☆ うぇっぐ。o゜(p´⌒`q)゜o。 ふゆみだよ! 絶賛感動ちゅーのふゆみなんだよ〜☆彡 こんな感動的な作品を作ったKANABOときびだんごイレブン! これからも宜しくなんだよ〜うぇっぐ☆ うぇっぐ。あとプレまた無視だったよ、うぇっぐうぇっぐo゜(p´⌒`q)゜o。」
以上、最後まで安定の宣伝っぷりの彼女でした。
と。そんなこんなで。
この突破の熱い演技は、フレイヤ社長、桜社長の両者の心を打ったりなんかして、
「そうだ! 敵は外国にいるがぜよ! しぇんしぇええい!!」
「ええ、共に手を取り合って一緒に戦いましょう、フレイヤさん!」
なんつって二つの企業のかけ橋となり、手に手を取り合った二つの企業は互いに凄い成長を遂げ、世界の先端技術を担う企業にまで発展を遂げたという。
なんでやねん。
おしまい