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学園に帰るはずが、気がつけば博士・ひな(
jb0694)はまた、学園とは全く関係のない、廃墟と化した小さなホテルの中を歩いていた。
なんかこー、漠然とぼーっと心のままに歩いていたら、いつものように道に迷って、依頼に参加することになっていた。そんな今回の任務の概要をざっくり纏めると「秘密を暴露しちゃうサーバントの駆除」とかいうやつだった。敵が何処に潜んでいるかは分からないので、手分けして探そうということになり、建物が二階建であることから、8人の仲間は一階班と二階班の二手に四人ずつ、分かれる事となった。
ひなは一階を歩いている。
「……人の秘密を暴く敵か」
アガト・T・フローズヴィトニル(
jb2556)が、唐突にぼそ、と呟いた。
敵を探して歩いている最中だったから、その敵の能力のことでも考えていたのかも知れない。独り言が思わず漏れてしまったとでもいうような風情があった。
「そう、敵の秘密を暴くサーバント。天界に作られた生き物……だよね」
その呟きを聞き取ったらしい鴉女 絢(
jb2708)が、俯き気味に答える。それまでわりとへらへらとした可愛らしい明るさを見せていた彼女の目が、その瞬間だけ憎しみに光ったように、ひなには、見えた。
とか、ぼーっとして何も見てないようでいて、その実、本当に何も見ていないひなだったけれど、なんかどういうわけか、偶然そういう所を見つけてしまう機会は多い。
「確かに今回の敵は厄介な能力をお持ちのようですが」
柔らかく朗らかな笑顔を浮かべた氷雨 静(
ja4221)が、控え目に言葉の続きを浚う。
「これもお仕事です。きっと討伐と捕縛を成功させましょうね」
メイド服姿の彼女が、そんな風にホワイトブリムのレースを揺らしながら微笑むと、例えそこが廃墟ホテルとかいう殺伐とした場所であっても、場の空気はなんかもう一気に優雅なお茶会の最中かのように、和む気がした。
「二階にも足跡があるのかしらね」
その間にもひなは、地面に溜まった埃などを見やりつつ、呟いている。
「ここにもそのサーバントは居たようだけれど」
「何故……分かるんだ」
金色の目を細めたアガトが訝しげに見てくる。
「だってほら、足跡があるもの」
ひなは、地面を指さした。
ちょっと歩くだけでも埃まみれになりそうな廃墟ホテルには辟易したけれど、それはそれで幸いな部分もある。そこについた足跡は、サーバントの位置を予測するのに役立つからだ。
「なるほど、足跡ですね」
静が連絡用にと用意していたスマートフォンを取り出し、ハンズフリーで通話を開始した。「確認してみます」
「それにしても、殺人事件とかがあったホテルなのよね、ここ。やっぱりサーバントさんより、幽霊さんの方が出て来た時、驚くかしら」
ひなは考え込むように呟いた。
「だって、幽霊さんには足跡とかないんだもの」
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「幽霊? ははは、んーなん怖ない怖ない! 大丈夫や!」
その少し前二階では、笹本 遥夏(
jb2056)が、尋常ではない挙動不審っぷりを見せていた。「全然大丈夫や!」と言う事で更に、見ているこちらの「いやこの人絶対幽霊怖がってるでしょ」みたいな確信を上塗りしていくような、挙動不審っぷりだった。
なので、石動 雷蔵(
jb1198)は、そんな彼女を少し落ち着かせようと、ちょっとした手刀打ちなどを繰りだしてみることにした。「遥夏、落ち着け」
とか、何故落ち着きを取り戻させるために手刀を繰りだしているのかが、既にもう分かっていなかったのだけれど、そこで更に雷蔵が「馬場チョップ」と呟いたものだから、え、馬場って何なの。馬場チョップの馬場って何なの高田なの。高田馬場なの、どういうことなの。と、人間界の独特なしきたり的な事にはまだまだ疎い所のある悪魔リリィ(
jb2837)は、もう全然分からなくなった。
と思ったら、「え、馬場って何なん」と、桐生 水面(
jb1590)も凄い真顔で振り返ったから、悪魔だから、というわけだけではなさそうだった。
「いや、別に」
雷蔵はすっかり動揺している。「なんでも、ない」
「いや今思いっきり言うたん馬場って、馬場チョップって」
「うんうん、言いましたよね。私も聞きましたぁ!」
すかさずリリィも、可愛く手など挙げて見せ、同意する。きょとんと小首を傾げ、で、じーっと見た。「馬場って高田馬場とかの馬場ですか」
「えーうそー高田馬場とチョップって、なんか関係あるんや……?」
素直な性格を前面に押し出しながら、水面が素直に感心するように雷蔵を見る。
とか、皆見てるので、じゃあいちおーうちも見とこーとか思って、遥夏も一旦怖がるのはやめて、見た。
その場が凄いシーンとした。
いやえーどーしよー、そんなとこ引っ掛かられるなんて思わなかったからー、みたいに、雷蔵は益々動揺した。だから、馬場っていうのは馬場っていうプロレスラーが。
いや駄目だ、言えない。女子の瞳達に見つめられながら、今更真面目に説明なんて出来ない!
ピピピピピ。
と、そこでなんか、物凄い間の抜けた電子音が響いて、余りの動揺っぷりに身体から変な音が出たのか! と慌てたら、静から預かったスマホの着信だった。
「あ、一階からだの連絡だ!」
飛びつような勢いで電話に出た雷蔵は、足跡の件を聞き、皆に説明し、すかさず「では俺のヒリュウで先に偵察をさせてみよう」と残りの場所をショートカットで調べる方法を提案し、実行し、つまりは馬場のくだりを無かったことにして、流した。
けど、もちろん全然流せていなかった。
「あれはきっと逃げましたよね」
「うん逃げたなぁ。いやー高田馬場とチョップの関係ってなんやったんやろなぁ」
リリィと水面は顔を見合わせる。
って、まさか馬場チョップのくだりに怖がってたくだり全部もってかれるなんて思ってなかった遥夏は、芸人のような無念さを抱き、もっと派手に怖がるべきか、「うちは何も見てへんで!」と言いつつチラ見! をもっと押していくべきか、と思案する。
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で、調子に乗って前に出て、前に出過ぎた遥夏は、結局噛まれた。
誰に。
サーバントに。
数十分前、二階にサーバントの足跡を見つけることが出来なかった遥夏達は、一階へと合流した。オーディエンスが増えた遥夏は、怖がってるリアクが面白い奴、をひたすら目指し、張り切った。ガンガン張り切った。張り切り過ぎた。他の事は何も見えていなかった。
それで気付いた時にはがおー! とか、野獣サーバントの開いた口が目の前に迫っていた。わーと本能的に顔を覆った腕を噛まれた。
はむ、と迫力のわりに物凄い可愛く噛まれた。
リアクの取り辛い、生ぬるい痛みが腕に走った。
呆気に取られる。
取られている間に、ぼわ、とサーバントの口からなんか出た。
目の前を、透明な玉が横切っていく。
ぼよおん、ぼよおん、と暢気な音を漏らしながら、時折形を歪ませながら、まさしくシャボン玉のようなそれは、ゆっくりと後方へと漂って……。
「ぎゃー!」
遥夏の口から、悲鳴のような金切り声が上がる。
シャボン玉の中には、これまで隠してきた乙女な秘密が。
そう彼女は、芸人面しながら、実は物凄い可愛らしいもの好きだったのだ。部屋の中で、ふりふりの服を着て一人でファッションショーをして、その格好でぬいぐるみを抱きしめて話しかけ。
「わー! アカンアカンアカンアカン!」
と、遥夏は慌ててシャボン玉を壊そうし。
いや待て! この暴露はオイシイ! オイシイと思って耐えろ! 芸人やろ!
「でもうちやっぱり涙が出てまうー! だって女の子やもーん!」
ずさ、とスキルの発動ポーズを構えた。
「乙女の秘密を暴露した罪ィィィ!! お前の事などブッ飛ばすーッ!!」
瞬間、爆発を起こす魔法陣がずわあああ! と凄い勢いで出現し、サーバントとシャボン玉の周りに小さな爆発を発生させる。
と、戦闘はこのように、そこに戦う意志が存在した瞬間に始まり、わりと自らの意思で操れない所があったりもするのだけれど、今回の場合は隠している秘密もまた、暴露されていってしまうのだった。自らの意思とは関係なく。この特殊なサーバントが存在する限り。
「ふふ……うふふ……さあ、お仕事でございます」
こちらでは静が笑っている。
あんなに朗らかだった貴女は一体何処に行ってしまわれたのですか、というくらい、笑みの笑みたる部分が欠落した表情で笑っている。何というか、目が怖い。胡坐をかいているくらい、据わっている。なのに口が笑っている。表情に、抑揚がない。
そんな彼女の手がゆらーと魔法書フェアリーテイルのページを繰った。
「火力はちょっとしたものでございますよ……ふふふ」
彼女はヤる気だ。完全にヤる気だ。普段は隠しているはずの本性が、穏やかさの後ろに隠している氷雪系少女の本性が、うっかり露呈してしまうくらいにはヤる気だ。
彼女は許さない。
胸のサイズがAA65(つまり貧乳)であり、今日は試しに初めてパットなんかを入れて来ちゃった秘密を、思いっきりばらしちゃったサーバントなど、最早生かして返すわけにはいかない……!
笑顔を張り付けたまま、彼女はクリアースクリューウィンドを発動した。透明な激しい風の渦が、サーバントに向かい突進していく。「いえいえ、まだまだでございますよ」ブロロロロ! と、思いっきり洗濯機の中みたいに回され、意識朦朧状態の敵へと続けて彼女はパープルライトニングを放った。
紫に光る雷が容赦なく敵を打つ。打つ。打つ。
後ろから、ピシィッ! ピシィッ!
と、鋭く地面を叩きながら、飛び込んでくるのはリリィだ。
さっきまでのあの無垢な可愛らしさは嘘でした! とばらすような勢いで、アイヴィーウィップを振り回し、くるんとまろやかっただったはずの瞳を吊り上げ、「レディの年をバラすなんて許さねーぞコラァ!」と、まさしく悪魔の形相で、自らの秘密を暴露した敵をビシバシと打つ。
そんな女子力の総攻撃を受けた敵は、見事に息絶えた。
「あら私ったら……はしたない」
途端にリリィは可愛らしく、テヘってして、ペロっと舌などを出し、ちょうど背後に居た雷蔵を振り返った。
でもなんでだろう。全然可愛くない、どころか恐ろしい。
なんて、本当は311歳だった悪魔にとてもそんな事は言えず固まる雷蔵に。
「ええ、大丈夫ですよ、リリィさん。雷蔵様は何もご覧にならなかった……そうでございますね?」
静がにっこりを通り過ぎ、にっごりになっちゃった笑顔を向けてきた。
「え、あ、うん」
と、そんな顔に見つめられては、もう頷くしかない気がした雷蔵である。
秘密って、怖いな。むしろ女って怖いな。
と思ってる目の前に、また新たな秘密の玉が。と、思ったら自分のだった。で腕を見ると、めっちゃ噛まれていた。でまた目を上げると、ビーズ細工とか、編み物とかしちゃってる自分の姿がマイルドに露呈している。仕方がないじゃないか、俺はちょっと男だけど手先が器用なだけなんだ。うん、今回のは中々いいな。
なんて、笑っちゃってる。大の男が、編み物して笑っちゃってる。笑っちゃっ……。
ガツン! と、噛みついているサーバントをとりあえず殴った。なんか殴った。闇雲やたらに殴った。殴った。殴。
スカ。と空振りしてやっとサーバントが離れてた事に気付く。そいつが今度は水面を噛んでいた。「領域・氷界」で発生させた凍気を、手内輪で拡散させていた彼女の手を、だ。
「まぁうちには暴露されて困るようなもんはないから問題無しやな」
このまま眠らせてこの一匹はお持ち帰りや、と鷹揚な態度を見せた水面の、その作戦は成功した。雷蔵の攻撃で多少弱っていたサーバントは、「伝うは凍気、眠りを誘う冷厳なる波動!」にすっかりやられ、ことんと眠りに落ちた。
ただ、彼女にとって予想外だったのは、眠る瞬間サーバントが秘密の玉を吐き出しちゃったことだった。
身長が一年前から全然伸びてない事と、にも関わらず体重が一年前と比べるとむしろ増えてること。それにちょっと落ち込む少女の姿。そんな物を映し出すシャボン玉が、二人の前を横切っていく。
水面が無言で雷蔵を振り返った。目が合った。まさしく済んだ水面のような青い瞳が、ちょっと潤んでいた。
「何ていうか……大丈夫だ。牛乳とか飲んでみると、いいかも知れん」
雷蔵は、静かに彼女の肩を叩く。
その頃、絢はシャボン玉に映る自らの重い過去と対峙している。
見たくもない過去を、透明の玉は執拗に見せつけてきた。悪魔である自らの過去。唯一の理解者である彼が、同士である同じ悪魔に見捨てられ、天使によって殺されてしまった過去。その両方に対する強い憎しみ。久遠ヶ原学園で、人間界に興味を持って堕天しただけの、明るい悪魔を演じている彼女が、隠していた秘密。
「人の過去を勝手に話さないでよ」
絢は震える手でピストルを構える。凍るように冷たくなった指先で引き金を引く。
シャボン玉を壊し、サーバントを撃ち抜き、やがて動かなくなっても彼女は弾丸を放ち続ける。
まあそういうことも、あるわよね。
別のサーバントに、アガトと共に対峙していたひなは、横目に見つけたそんな絢の姿から目を逸らし、蜥蜴丸を振りかぶる。肉を切り裂き、トドメをさした。
そういう時は、気が済むまでやらせてあげるのがきっといい。ひなは何も見なかったと言わんばかりに刀を鞘へ収め、空を浮かぶシャボン玉に目を向けた。
そこに、アガトの姿を見つける。
なんとか人間と交友を持とうと部室前をうろつき、きっかけが掴めず、すごすごと帰っていく切ない背中が映り込んでいる。
「……ふん」
別に傷ついたなんて言わないよ絶対。みたいに、冷たい表情を浮かべたままのアガトが、ライトクロスボウを構えそれを打ち抜いた。
その不器用にも見える横顔をちら、と見て。
「あらあらまあまあ」
ひなはのんびりとした笑みを浮かべた。
●今日の成長
こうして8人の撃退士達は、今日もすっかり3匹のサーバントを排除した。もちろん今回知ってしまったお互いの秘密については、他言しないと誓い合ったりもした。
そんなわけで、友情度が少し上がった。更に1匹のサーバントの捕縛に成功した。重い荷物を率先して運んだ雷蔵とアガトは、オトコマエ度が少し上がった。戦闘後の後片付けを率先して行った静はメイド度が少し上がった。あと、笑顔で人を威圧する能力に磨きがかかった。
ひなは、マイペース力を更に上昇させた。水面は「牛乳飲む習慣」を覚えた。遥夏は「はしゃぎ過ぎると噛まれる!」を覚えた。絢はこれからも戦っていく決意を新たにした。リリィはテヘってしてペロってする能力に磨きをかけた。
そうして彼らはこれからも、いろいろな経験をして成長していく。きっと、肉体的にも精神的にも。