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マスター:カナモリ
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/03/21


みんなの思い出



オープニング



 久遠ヶ原学園のある人工島。そこには無数の店舗が存在しているが、そんな中にその風呂屋もある。
 今日もアルバイトの彼は、開店前の清掃を行っていた。
 脱衣所のカゴを整え、ロッカーの中を点検し、床に掃除機をかけ、体重計のスイッチを入れ、鏡を拭き、ドライヤーが動くかどうかを点検する。
 大型の銭湯がどんどんと増えて行く中、こじんまりとした小規模のうちのような風呂屋に来る客は多くはないけれど、それでも常連客や訪れてくれる学生さん達のために今日もしっかりと彼は自分の仕事をこなしていく。
 最後に冷蔵庫の中の飲み物を補充すると、今度は浴室の点検に入った。
 隅っこに積まれた洗面器や腰掛けの汚れを確認し、水を張った浴槽の中を見て回る。水風呂、電気風呂、ジェット風呂、露天風呂。そして最後にサウナの中の温度も確認し、洗い場を点検して周り脱衣所へと出ると、玄関へ出て、暖簾をかけた。
 最後に下駄箱の中をチェックして番台へ。
 釣銭の勘定をしていると、最初のお客さんがやって来る。
「いらっしゃい」
 彼はのれんを潜って顔を出したお客さんに向け、挨拶をした。





リプレイ本文





 排水口にお湯がどんどんと流れていく。
 ばじゃばじゃと雨が地面へと叩きつけられるような音を出し、流れて行く。
 透明なお湯の中に数本混じった限りなく白の近い銀色の長い髪の毛は、メタリックな色の蓋に絡まりゆらゆらと水草のように揺れた。
 シャンプーというやつは、入浴中の面倒の一つだ。雫(ja1894)の髪は長い。わりと長い。むしろ長い。髪の長さが体の半分はあるので、これを手入れするとなると時間がかかる。
 俯きごしごしとやる間、彼女はいつも、考える。
 これ思いきって短くしてしまえばいいんじゃないか、と。
 でも結局その思い付きは、お湯で流される泡と共にふわっと消えていき、気付けば背中にも纏わりついた一本の濡れ髪の予感。
 頭上で固定されちゃってるタイプのシャワーを(というかこの風呂屋にはこれしかないのだけれど)狭い範囲でくいくいと動かし、長い髪の毛を洗い流そうとするのだけれど、意固地になってるとしか思えないしつこさで、長い濡れ髪は流れて行ってくれない。
 なので最終的には背中のそれを手で強引に取ろうと頑張る。シャワーにも助けて貰いつつ、頑張る。
 その際、指先が、ふとざらついた皮膚を撫で、なんとなくそこで雫のテンションは下がる。
 纏わりついた髪の毛をとってた自分とかいうなんとなくふざけたニュアンスのそれも相まってさりげなく二倍で落ちる。
 背中に大きな傷があることはもちろん自分の身体の事なので知っている。
 けれど背中にある大きな傷は、なんせ背中にあるので毎日見てるわけではなく、こうしたふとした瞬間に「どう私のこと忘れてたでしょ」とかって粘着質な女子みたいにねちこく存在を主張してくるのだ。
 この主張は人が増えて来る前に退散しようみたいな漠然とした他人と自分へのイクスキューズを喚起する。
 公共の場であることと、自らの身体の汚れを落としリラックスするための極めて私的な場所でもあるということのストレンジなバランス。
 風呂屋は気持ちいいけどこの背中の大きな傷は出来れば余り他人には見られたくない。
 そんなアンビバレントな気分にさせるのもまた、お風呂屋ならではのことなのだった。


●公共の場なのに極めて私的で個人的。何を見られたくないとか何を考えてるとか何を喋ってるとか何を使ってるとか他人に興味あるかとか他人に興味全くないかとか私的な判断や選択や個人的な価値観を垂れ流しながら公共の場を形成しちゃう小さなお風呂屋さんの不思議。


 そうして風呂を上がった雫が着替えを終え、風呂上りの飲み物について考えていると頃に、次のお客さんはやって来た。
 クールビューティ、メイド(ハロウィン)ビューティ、水着ビューティの順で登場した。つまり、凪澤 小紅(ja0266)、氷雨 静(ja4221)、Rehni Nam(ja5283)の順で登場した。混み合う前に出て正解とかひっそり思ってる雫を尻目に、三人は服を脱ぎ、わりときゃっきゃしながら、声っていうか雰囲気をきゃっきゃさせながら脱いだ服をカゴに入れロッカーに入れ、ってここまで引っ張っておいて何だけど、きゃっきゃしてるのは実の所、静とレフニーの二人だけで、小紅は一切きゃっきゃしてなかった。
 さすがクールビューティたる毅然とした態度で「風呂如き、それがどうした」みたいな顔で着々と服を脱ぎ、カゴに入れ、ロッカーを閉め、がちゃん。
 で一切笑ってない顔で振り返った。
 でもその顔嘘みたいに持ち物だけが物凄いきゃっきゃしてた。何だったら笑ってた。持ち物が笑ってた。洗面器に、思いっきり笑ってる猫の顔がプリントっていうかもう模ったプラスチックが装着されてる感じだった。
 シャンプーやリンスが入ってる思しき容器は、これまたポップにかんわいらしーヒヨコ型だった。
「では、行こうか」
 小紅は本人は相変わらずクールだけど、持ち物は完全に現在進行形ではしゃいでいる。
 風呂屋に踊らされてる心の有様が丸見えだった。ビバ風呂屋になってた。風呂屋をエンジョイしてた。
 ただ、それを指摘したところで後々の話の着地点が行方不明になることを分かっているからか、それともむしろ見慣れちゃってマイルドに大丈夫になっちゃってるのか、連れ立った二人はその容器に関しては何も言わず、行こうかに対するリアクションだけ「そうですね」とか、「銭湯なんて久しぶりでございます」とか、言った。


 ところでこの「銭湯なんて久しぶりでございます」とか言った静さんの恋人の恋人は、現在、男湯で服を脱いでいらっしゃる最中だった。
 龍仙 樹(jb0212)その人である。
 今日も爽やかかつ物静かな佇まいで平凡に服を脱ぎ、女湯から漂ってくる「きゃっきゃ感」に、たまには銭湯もいいですねとかなんか恋人が楽しんでくれてるならそれでもーいです、みたいなふわっとした感情を抱きつつ、服を脱いでいらっしゃる。
 のだけれど、そこは久遠ヶ原のお風呂屋さん。
 背後に変なのがもー居る。じゃなかった訂正。背後に変で黒いのがもー居る。
 伊達ワルストリートファッションに身を包む命図 泣留男(jb4611)は、戦闘に行くにも銭湯に行くにもとにかく何処に行くにも黒を大事するブラッカーということで、今日も一切の身の周りの品々を黒で統一してらっしゃいます。
 まずは、革ジャン。革パンツ。これが黒。で、それを脱いで出てきたボクサーパンツも黒。真っ黒。すけてもいませんしレースもついてません真っ黒です。そこだけ暗黒の世界かモザイクが広がっているように黒いです。でも脱いでも黒いです。小麦色です。そんなとこまで手入れ行き届いてんだね、どうやってんだね、ってくらいちゃんとしっかり小麦色です。
 小物の色々黒いです。シャンプーとかリンスとかボディソープとかのボトルも黒いです。黒と文字銀です。ライブハウスのスタッフみたいなにおいです。でもスポンジとかタオルも黒いとかここまでくるともうラブホテルみたいです。
「ふ……俺という黒騎士のセクシーぶりにどいつもこいつもきっと気圧されるぜ」
 勘違いです。
 なんせ残念な事にメンナクがブラッカーとか、そんな場合じゃ最早全然なくなってたんです脱衣所。

「うるりゃあああああ! 誰も入っていない風呂をワシ色に染めてやろうじゃねえかうおらぁああ!」
 これ。この物凄い野太い雄叫びに、脱衣所内の空気まず全部持ってかれちゃってる状態です今。
 しかもめっちゃ近くから聞こえるのにどういうわけか、声の主が見えない混乱に、脱衣所内の意識は益々持って行かれている状態です今。

 そんな声の主を最初に見つけたのは誰だっただろうか。
「はっ! うえ、上だ!」
 風呂屋の無駄にたかーい天井はまさかこの時のためにあったのではあるまいか、と錯覚させる勢いで、でっかいおっちゃん……じゃなかった、久我 常久(ja7273)が、天井と脱衣所の仕切り框の間に巨体を押し込むようにして、登場した。
 しかも体勢からして多分ドアの前で飛び越える感じで飛んだんじゃないかなみたいな感じだった。
 みんなえってなった。その場にいたみんなえってなった。物凄いマイペースに黒い人がいようがいまいが服を脱ぎ終わってさー浴室へ行こう、みたいになってた樹ですらえってなった。
 えっそこから!? そこからなの!? どういうことなの!? 何事なの!? むしろ開けて入って来た方が早かったんじゃないの?!
 とか思ってたら、「させるかー! 一番風呂ゲットは俺だぜー!」とかなんか漫画だったら絶対ギザギザ枠で書かれてるやつみたいな声が聞こえて、聞こえたわりに、思いっきりガンッ!!!! って凄い痛そうな音がドアの方で鳴った。
 上から下からもう大変だったけどみんな今度はとりあえずそっちを見ることにした。
 その間にドーーーンと地面に着地してる、きびきび動く金髪のデブやろ……じゃなかったえーっと、常久。
 がらがら、とテンションだだ落ち感満開で覇気なく開かれる脱衣所のドア。
「いってー……なんこれ、阻霊符?」
 ぎざぎざの台詞言った人とは思えない落ちぶりで言いつつ、額を押さえ入って来たのは、あっかい髪の美形ホスト……じゃなかったえーっと、天耀(jb4046)だった。
 そう、最近魔界から知り合い人間と結婚したってよマジかよノリでやって来た天耀は久遠ヶ原の風呂屋がもれなく「当店ではご来店頂いた皆様に快適なお時間を過ごして頂けるよう、天魔様のご来店にも配慮しております。具体的にはうっかり天魔の方々が女子風呂や男子風呂へ透過してしまわないよう、壁透過出来ない仕様となっております。これでみんな安心だね!」仕様になっていることを、知らなかった。
 だから壁という壁を物質透過ですり抜けてやりゃ一番風呂は俺のもんだーって思ってた。だから全力でぶつかって行った。ほんで、ちょっと流血した。
「くっそーやっぱ見抜かれてるよなあ」ともう笑うしかないんで笑っときますみたいに、肩を竦めて見せたりなんかして今更気障ぶってももう流血してた。
 でも美形だった。どっかの一人暮らしのOLのお姉さま方が手当てに走ってきそうなくらい、美形だった。
 間にも、両手をパアアアアアとか広げて、何かに変身するかのような勢いでむしろビジュアルで服を脱ぎ捨てる常久。
 一体何がどうなったのか、脱ぎ捨てられた服は跡かたもなく消え、でもロッカーのキーはしっかりと手に巻いたデブじゃなかったえーっと常久は、浴室の中へと走り出して行く。
 取り残された方は、あれは何らかの魔法だったのかあるいは何かの物凄いクリティカル的な何かだったのか、どっちにしろそんな力があるならこんな所で使ってしまって良かったのか、何故もっと有意義な事に使わないのかとか、そんな感じでもう全然出遅れていて、でも周りが出遅れてようが先走ってようがもう全然どーでもいー常久の目には一番風呂しか見えてなくて、誰もいない浴室に積まれた桶を滑ってんだか走ってんだか分からない勢いで掴み、華麗にかけ湯して一番風呂へどぼーーーん、した。
 響き渡る歓喜の雄叫び。
 ちょっと何かが漏れ出してそうな勢いの歓喜過ぎる雄叫び。
 は、オッサンということも相まって何とも気持ち悪い感じだったので描写はしないでおこうと思う。
 とにかくそんな雄叫びを聞いた天耀は、実にのんびりと、「しゃーねーんーじゃもー二番風呂で妥協してやっか」とかなんか、血ィ拭きながら言ったという。
 いやでも風呂屋に来て流血ってどういうことなのってとこには引っ掛からないのむしろ流血までして争ったのにそんなにあっさりでいいの大丈夫なの能天気なの風呂屋に汗流しに来たんじゃなくて血ィ流しに来たってどういうことだよ! って腹立たないの天然なの大丈夫なの、って周りの空気はすっかり最後の最後まで持ってかれて、だからメンナクが黒いかどうかなんて見てる人なんて誰一人居なかった。

 そう話はそこに戻るんである。
 この時メンナク、意味不明に自分の両肩抱いたラッパー崩れみたいな格好。
 黒とか黒騎士とかセクシーだぜーとかごめんなさいってくらい茫然として事の成り行き見守ってた。だからもう誰も俺のことなんて見てなかったよね、って薄々気づいてた。メンナク、ちょっと痛い子だけど空気は薄っすら読めてた。
 でも喧騒が去って落ち着いてふと気付いたら、一人物凄いぼーっとこっちを見てる人が居ることに気付いた。
 メンナクは、そんなユグ=ルーインズ(jb4265)のぼーっとした眼差しを受け、よしこれきた俺というストリートに降り立った黒騎士のセクシーっぷりに思いっきり見惚れてるやつ来たこれ、ああいいぜ、ガイアに囁かれし堕天使の俺の身体を思いっきり見るがいいぜ、なんてすかさず調子こくぜメンナクなんだぜ。
 となるかと思いきや、相手がどっからどう見ても完全なオネエにしか見えないにわか緊急事態に、メンナクのメンタルちょっと折れた。
 これもう見惚れられてる理由に思いっきり食い違いが生じている予感がした。
 その時メンナク、身の危険を感じまた自分の両肩抱いたラッパー崩れみたいな格好。
 でも実のところ別にユグは、あら同じ天使がいるわねってことで見てただけで、別に黒とかメンナクの小麦色のメンナクジュニアとか別に見てなかったのだけれど、まーオネエで何年も生きてるとこういう変な空気になることは良くあって、だからもう慣れっこでむしろ最近では逆に、怯えたり嫌がったり嬉しがったりほっといても勝手にリアクしてくれる相手の反応が面白可笑しくもあるので、放っておくことにした。
 ただ、色っぽくふふとだけ微笑みかけておいて、ピンクの洗面器に、こだわりの花の香りのするボディソープやら可愛らしい花形のスポンジやらをやたら色気のある手つきで用意し、「規模の割には色々揃ってるのがいいのよねー、ここ」とかなんかのんびり言いながら、浴室の中へと向かった。
「じゃ俺もクレバーに風呂入るぜガイアだぜ」
 取り残されたメンナクは、ひっそりと呟きながら、ちょっと寂しげに浴室に入ってたという。



●そんな男風呂の隣には女風呂。女風呂の隣には男風呂。互いの声はわりと丸聞こえ。そういえば昔もう出るよーとか呼び合ってる人達もいましたよねなんて関係ない話はさておいて。


 その頃、女子風呂の人口は一挙にどっと増えていた。
 間隔を置きながらも埋まっていく洗い場の一つでは、猫野・宮子(ja0024)が一生懸命胸を揉んでいる最中。
 と、今回のこれは間違えていない。間違いなく彼女は胸を揉んでいた。
 言い方を変えるならマッサージしていた。
 胸マッサージしていた。
 女子風呂ならではの光景である。あと、宮子ならではの光景でもある。
 誰だって女子風呂で揉んでるわけではないけれど、習慣というのは恐ろしいもので、彼女は手足を洗い腕を洗い腹を洗い胸を洗う際にマッサージを兼ねてしっかりと揉むように洗うというこの一連の流れを毎回やってるので、そこに他人が居ようがいまいが、実にマイルドに習慣として今日もやってる。むしろやらないと気持ちが悪い一日が終わらない。習慣やポリシーが世間体を凌駕してしまう瞬間である。
「どうやったら大きくなるんだろう……」
 古今東西、いろいろな女子が発してきたであろうそんな疑問を今日も思わず口にする宮子猫野ミャーコ。
 世間体を凌駕した気がかりが、それはもう余りに気がかり過ぎるので、思わず体内から放出されちゃう瞬間である。


 っていう後ろでは、何個かある透明完全ただの湯の風呂に、牛乳入れてる市川 聡美(ja0304)が居た。
 これも間違えてはいない。聡美は思いっきり風呂に牛乳いれていた。大好きなタオル頭に巻きながら、大好きな牛乳を牛乳パックからどぼどぼ入れていた。どんなけ。
「今日は待ちに待った月一恒例の牛乳風呂の日だよ!」
 って思いっきり口走ってるところからして、風呂屋の許しは出てるのかもしれない。何かが余りにも気の毒だったので月に一回だけは牛乳入れていいよって許しが出たのかも知れない詳細は良く分からない。
「いやー、やっぱり牛乳風呂は心が落ち着くねー。本当の所は毎日でも入りたいけど、牛乳もったいないのと牛乳代かさむのがあれなんだけどさ」
 ってによによしながら牛乳色になったお湯をくるくるかき回しつつうっとり口走ってるところからして、牛乳を買うお金は自腹なのかも知れない詳細は良く分からない。


 とかいう横の透明完全ただの湯の風呂では、神林 智(ja0459)がひっよこちゃんと共に、のんびり風呂タイムをエンジョイしていた。
 ぷかぷか浮かんでるひっよこちゃんを覗けば、いやそれを含めても「あっつい……けどやっぱお風呂はいやされるわー……」なんて言いつつ手足を伸ばしリラックスする様は、まーかなり普遍的な入浴シーンになっていた。
 胸揉む撃退士さんとか牛乳入れる撃退士さんとかいろいろ居るけどやっぱ普通にリラックスする人だってそりゃいるんですよ、の代表みたいだった。
 のだけれど、次の瞬間、ハッと何かに気付いた彼女は唐突にザバーっと立ち上がり、その辺にあった洗面器をひっつかみ徐にスパパーンと投げた。
 何処に。
 男湯の方に。
 どこかがバグっていきなりフリスビーの練習でもし出したのかと思ったが違った。智の手を離れた洗面器は、思いっきり何かにぶちあたったような凄い音をたてた。
 ゴーン的な。
 あとにUGEッ! 的ななんか良く分からない鳴き声的な物が響いた。動物っぽかったけど多分、人が緊急事態に出す意味不明な声だったような気がするもっと言えば常久だった気がする。
「次覗いたら全力跳躍からのびんたですからねー! ばかー!」
 リラックスしていても、久遠ヶ原学園の撃退士女子は、すごいんである。


 とかいう後ろの電気風呂では、チャイム・エアフライト(jb4289)が物凄くせつないかおで湯船に浸かっていた。
 せつない顔というのはなんかこう……やっぱりせつない顔としか言えない切なさの滲んだ顔で、芝居が下手なのか下手じゃないのかもう分からないくらいの俳優さんとかがメロドラマのメロドラマたるシーンで浮かべてそうな表情なのだけれど、もちろんチャイムは別に演技をしているわけでは全然なくて、ただただ「せつないかお」になっていた。
 ところでチャイムは、天界に決別しこちらへやって来た純粋ふわふわ天然少女天使ちゃんで、だから余り銭湯のルールとか礼儀とか知らない。世間知らずなので銭湯の事に限らずいろいろ知らない。けれど純粋で純真な彼女は、友達が教えてくれる言葉を鵜呑みにして、日々いろいろと成長している。
 だから銭湯についてもいろいろと教えて貰って今日に挑んだわけなのだが、教えて貰い成長した結果が今のこの「せつないかお」なんである。
 風呂屋ではどんなに湯が熱かろうと熱がっては駄目。忙しなく出入りしては駄目。
 内容自体はさりげにさほど間違ってるともいえない。でも、純粋な彼女にはいろいろもっと事細かに教えてあげるべきだったかも知れない。
 彼女は電気風呂なんていうわりとアッパーな場所でこの教えを実行してしまったんである。
 でもなんでだろう。銀色の髪に可憐な笑みがとっても良く似合う彼女には、せつない顔もとっても良く似合う。頬を赤らめ、眉根を寄せ、とってもせつない顔で風呂に浸かる彼女には、何らかの見ちゃいけない物見ちゃったドキドキ感すら滲んでいるのだ。
 これが礼儀作法って教えてもらったけど、そうなのかな……。そうなら、ちゃんとルールに乗っ取らなきゃ……。
 修行に望むかのような切実な表情で、チャイムはその後暫く電気風呂に浸かり続けたという。


 というその向かいの洗い場では、ユウ(ja0591)と橋場 アトリアーナ(ja1403)が向かいあって体を洗っていた。
「……そういえばアトリのおなかはふにふにだって噂があったんだった……この際確かめておこう……」
 ぼーっとした顔で黙々と体を洗っていたユウがいきなり言い出したかと思うと、アトリアーナの腹に手を伸ばし、指でふにふにってした。
「うんあのー……誰が言っていたのかすぐにわかる噂だよね」
 アトリアーナはふわっとテンパったけど、今更友人を目の前にしてテンパってんのもおかしい自分みたいな戒めで何とか持ちこたえ、平気な顔をした。こんな風に隠れふにふにが露呈してしまうのも、風呂屋ならではっちゃならではのことである。
「じゃあ次は、髪洗ったげるよ」
 髪の毛を触るのが好きなアトリアーナは、身体の泡を流すとユウに言った。
 流れるままに身を任せるユウの頭を、髪を、頭皮を、持ち込んだシャンプーとリンスでゴスォシゴスォシとしっかり念入りにケア。
「痛い?」
 無表情に首を微かに振るユウ。
 そう。とかなんか頷いたアトリアーナは、またゴオゥスゴオゥスゴリゴリ、彼女の頭を洗った。もしかしたら痛いって言わせたいんじゃないかくらいの勢いだった。
「そういえば髪は命って、誰かが言ってた気がするのよね」
 一時、でも別に痛いとかほんとないんです大丈夫ですみたいな強情な客と頑張る(何にかは謎)の美容師みたいになりつつあった二人なのだけれど、ユウがふとアトリアーナの手首にしっかりと丁寧に巻かれたリボンを見てぽつんと一言、漏らした。
「……大丈夫、忘れてない」
「うん……明日も頑張る」
 二人は、二人にしか分からない記憶を、その日常の瞬間に共有する。


 後方の大きな丸い風呂で、わーわーと上がる黄色い声。年若い女子達の黄色い声。だけでなく、凄まじく上がる水……シブキッ!!!
「これが最後だー! 目指せ全お風呂の制覇ぁあああ!」
 ダッボーーーーン!!!
 レイティア(jb2693)が飛び蹴りみたいな格好で風呂の中にだいぶダイブしていた。
「後でもしかしたら怒られるかも知れないのが分かってても天使にはやらなきゃいけない時があるんだよ!」
「そう! そして悪魔にもやらなきゃいけない時があるだぼーーん!!」
 鴉女 絢(jb2708)が続けてダイブッ!! した。
「レイティアさんも鴉女さんも元気いっぱいですね」
 後ろで朗らかな笑みを浮かべてるノーチェ・オリヘン(jb2700)。
 の手をひっつかみ引きいれろー! 状態な絢。
「きゃぁ」
 でやっぱりあっさりと引きいれられちゃうふんわり堕天使だよノーチェ。
 っていう三人を見やりながら、「豪快だな……」とかなんか、瞬きしてる禍々しい物大好き堕天使キャロライン・ベルナール(jb3415)。
 こんな風に腕を組んで雰囲気がやたらツンツンした顔してるベルナールだけど、後でノーチェに「お気に入りの優しい香りのボディソープ」を借りて、身体中をありえないくらいぶっくぶっくの泡だらけにしたりなんかしちゃったり、真顔でしちゃったり、なんていうかわゆい一面を見せるのだけど、今はまだ、そんな事とはつゆ知らずツンツンしている。
 で、ツンツンしながら「フン風呂か」みたいな顔してるけど意外と内心ワクワクしてるなんていうかわゆい一面を抱きながら、風呂に浸かる。
「どっちを持って行こうか迷ってたんですが、素敵なソープがあるんです、後で使って下さいね」
 ノーチェがふわふわとそんなツンツンに言った。
「リラックス効果のあるアロマが含まれているそうですよ」
「そうか良い香りか……ありがとう、ノーチェ」
「いえいえ」
 とかやってる向かいでは、レティアが良くある感じに絢の身体をこちょこちょ攻撃していた。
「ぎゃはっ、ちょ、ちょっと待って! やちょ、レティアちゃげはっちょこんのー! 仕返ししてやるーっ!」
「わー! わー! ちょ、すべ、滑るやん絢ちゃんちょーーー!」
 ばしゃばしゃばしゃばしゃーっ。
 ってやってるそばから、「レイティアを背後に立たせるな、死ぬぞ」と他の天使達に恐れられるくらい誤射が多かったつまりドジだったレティアが、思いっきり床に足滑らせて、すべえええええんして、ぶくぶくぶくぶくって明らか溺れてますけど大丈夫ですかそんなとこで溺れてる人見たことないですよ大丈夫ですか。
「わーレティアちゃーーーーん」
 ざっばーんっとそれを救いだした絢が、失神してそーなレティアに人工呼吸を施そうとしたとかしてないとか。


 してる近くの洗い場では、澤口 凪(ja3398)がいつもはツインテールがトレードマークの髪を解き、ごしごしと洗っていた。
 掌に髪の長さを感じる度、伸びたなあと思う。そしてその度にいつから切ってないのか、という記憶に思い当たり少し感傷的な気分になるのだった。
 それはつまり家族を亡くしてから切ってないこの髪のこと。
 ……あの時からそれだけ経ってるんだ……。
 考えれば考える程、天魔という存在の不可解さと不愉快さにどんよりとした気分になる。
 どうして自分の家族が襲われなければならなかったのか。
 誰の意思で、あるいは何の意思でそうなり、自分はこうして久遠ヶ原学園に居るのか。
 そしてその同じ学園にどうして、天魔が居るのか。
「……ぐるぐるする」
 凪は勢い良くシャワーの蛇口をひねると、自らの頭に叩きつけるように湯を浴びた。
 そして全ての泡を洗い流し顔を上げ、ふと見やった景色の中に、自分いやそれより何より死んだ弟に瓜二つの人の影を見つけ。
 それは友人達と騒がしく笑う絢の姿。
「あれは……誰?」
 気になった。
 あとで声をかけてみようか。そんな事をふと、思う。



 その頃、露天風呂ではアデル・リーヴィス(jb2538)がふわーと虚ろな目で空を見上げながら、恋バナで盛り上がる小紅、静、レフニーの声を、聞くとはなしに聞いていた。

「お二人は最近恋人様とどのような感じでございますか?」
 静が言うとレフニーが顔を覆いながらんーと溜息のような声をついた。
「どんなって……段々照れはなくなってきたですけど好きな気持ちはどんどん大きくなって……でも、あの人が辛い想いをしている時、傍に居る事しか出来ないのが悲しいのです。もっと力になりたいのに……」
「そうでございましたか……私は恋人という関係にようやく慣れてきた気が致します。何というか……お付き合いすればするほど好きになっていきますね。ですからずっと仲良くさせて頂きたいものです」
「ふふ、そうですね。何時までも仲のいい恋人で……やがては家族になりたいのです」
「家族か……夫婦という響きより暖かくていい言葉だな」
 それまで二人の話を見守るように聞いていた小紅がふっと呟く。
「ええ本当でございますね」
「ともあれ二人とも順調なようで何よりだ」
「そう言う、小紅様はどんな感じなのでございますか?」
「私はまあ……色々あったよ……」
「色々?」
「本当はここに誘いたい人がいたんだが……私のミスで怒らせてしまって、な。でも、大切な人には変わりないよ」

 大きな風呂の、浸かった瞬間の身を包む温かさや身体に染みわたってくるような感じに、人は開放的なるのかも知れない。
 本当、人の慣習って不思議だな。と、微笑ましいような不可解なような不思議な気分になりながら、アデルは自分の周りの湯をぐるぐるとかき混ぜた。


 更にその頃、カルラ=空木=クローシェ(ja0471)は、御幸浜 霧(ja0751)と共に、浴室内の湯船につかっていた。
 車椅子なしでは生活できない霧を支えるようにして、二人で一緒に湯に入る。
 その際、湯帷子から覗く彼女の胸の膨らみの大きさに、カルラはこっそりと溜息をついていた。
 彼女はもちろん何も言わないけれど、霧は察した。なんか不思議と察した。友情力がそうさせたのかもしれない。カルラはどうやら胸の大きさに悩んでいるようだ。仲間になりたそうにこっちを見ている。そんな感じで。
「カルラ殿」
 ふふふ、とたおやかに微笑んだ霧は、そっとカルラの胸に触れた。
「ひゃっ……ちょ、霧さんな、なんっ」
「いいえこの際ですから言わせて頂きますよ。何を落ち込むことがありますか。カルラ殿も素敵な胸をしているではありませんか。白くて、綺麗で……」
「そ……そんなことは」
「胸に優劣などないんですよ。色や形やいろいろあるのが女性の胸というものです。これがそれぞれに与えられた母性の形で、その形にぴったりと合う父性の形がまた何処かに存在しているのだとわたくし思います」
「ぴったりと合う、父性の形?」
 と、そんな事を言われカルラが思い出したのは。
 あいつ→
 →こいつ→脱衣所で自らの傷を撫でつつ、戦いの日々などを思い出し、服を着こんでいるドニー・レイド(ja0470)その人である。
 増えた傷はその内消えていくけれど、戦いで学んだことだけは忘れないようにしないとな。
 とかなんか、決意を新たにしつつ、一緒にやって来た友人なのか恋人なのかでもやっぱりまだ残念なことにぎりぎり友人。なカルラを彼は待つ事にする。
 現れた彼女に彼はこの後、風呂上りのちょっとイイ気分で試しに勇気を出してこんなことを言ってみたりする。
「お疲れ、綺麗になった……な。それに……なんだあの、ちょっと良い匂いがする」
 少し照れつつ。
 もちろんそれを聞いたカルラは、風呂の中以上にのぼせそうになってこう言う。
「え、ぁ……ありがと……」
 見てるこっちが恥ずかしくなるようなそんな危うい雰囲気で。でもぶっきらぼうな二人は友人の顔して返って行くのだ。


 かと思えば、すっかりもう恋人でだからすっかり恋人雰囲気で風呂上りの時間を楽しむ者も居る。
 樹と静である。
 樹は、買っておいたフルーツ牛乳を彼女に手渡し、こう言うのだ。
「珈琲、苦手でしたよね。だからフルーツにしました」
 そしてそれを手渡す際、「……聞こえてましたよ?」とそっと囁いたりする。
 静は一体何がどう聞こえていたのかをハッと瞬時に理解し、恥ずかしげに言うのだ。「わ、忘れて下さいませ!」
「……今度は、混浴風呂に行きましょうね?」
 幸せを語るあなたの顔が今度はちゃんと見たいから。
 樹って人は、爽やかなのかブラックなのか良く分からないミステリアスな所がある。
 静は、無言で赤面しフルーツ牛乳をちゅうちゅうと吸った。



 そして今日も閉店間際。
 その人はいつものように素足にサンダルばきで現れて、たっぷり一時間半程の入浴を終え、「はい、これ。いつもありがとう」と、大きな傷のある強面の顔で番台の少年にフルーツ牛乳を手渡していた。
 武骨な顔つきだけど繊細な優しさを持つその人の名は、樋熊十郎太(jb4528)。
 少年のお礼も待たずに彼は、首にタオルを引っかけ暖簾をくぐり外へ出る。
 夜空には満面の星。
 十郎太はそっと手を合わせて右目を軽く目を閉じた。そう彼に左目はない。
 戦いの日々で負った傷のせいだ。
 それでも彼は無事に生きて気持ちの良い風呂に入り、一日を終えられた幸せに感謝する。
 それなりに、今の自分は幸せである、と感謝する。
「お疲れ。今日もいい風呂で良い一日だったよ」
 そっと呟いた。




おしまい。













依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:10人

無念の褌大名・
猫野・宮子(ja0024)

大学部2年5組 女 鬼道忍軍
繋いだ手にぬくもりを・
凪澤 小紅(ja0266)

大学部4年6組 女 阿修羅
タオルマイスター・
市川 聡美(ja0304)

大学部4年299組 女 阿修羅
異形滅する救いの手・
神林 智(ja0459)

大学部2年1組 女 ルインズブレイド
二人の距離、変わった答え・
ドニー・レイド(ja0470)

大学部4年4組 男 ルインズブレイド
二人の距離、変わった答え・
カルラ=レイド=クローシェ(ja0471)

大学部4年6組 女 インフィルトレイター
ちょっと太陽倒してくる・
水枷ユウ(ja0591)

大学部5年4組 女 ダアト
意外と大きい・
御幸浜 霧(ja0751)

大学部4年263組 女 アストラルヴァンガード
無傷のドラゴンスレイヤー・
橋場・R・アトリアーナ(ja1403)

大学部4年163組 女 阿修羅
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
君のために・
桐生 凪(ja3398)

卒業 女 インフィルトレイター
世界でただ1人の貴方へ・
氷雨 静(ja4221)

大学部4年62組 女 ダアト
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
久我 常久(ja7273)

大学部7年232組 男 鬼道忍軍
護楯・
龍仙 樹(jb0212)

卒業 男 ディバインナイト
対偶の英雄・
アデル・リーヴィス(jb2538)

大学部6年81組 女 ダアト
\不可抗力ってあるよね/・
レイティア(jb2693)

大学部2年63組 女 アストラルヴァンガード
こねこのともだち・
ノーチェ・オリヘン(jb2700)

大学部1年324組 女 バハムートテイマー
子鴉の悪魔・
鴉女 絢(jb2708)

大学部2年117組 女 ナイトウォーカー
心の受け皿・
キャロライン・ベルナール(jb3415)

大学部8年3組 女 アストラルヴァンガード
Man of Devil Fist・
天耀(jb4046)

大学部4年158組 男 ナイトウォーカー
オネェ系堕天使・
ユグ=ルーインズ(jb4265)

卒業 男 ディバインナイト
信じる者は救われる?・
チャイム・エアフライト(jb4289)

大学部1年255組 女 ダアト
好漢・
樋熊十郎太(jb4528)

大学部6年265組 男 ディバインナイト
ソウルこそが道標・
命図 泣留男(jb4611)

大学部3年68組 男 アストラルヴァンガード