●
「アシュー、潮干狩りに行こっ!!」
神谷 愛莉(
jb5345)は、幼馴染の礼野 明日夢(
jb5590)と一緒に、潮干狩りを体験してみたかった。
2人は、美森 あやか(
jb1451)と美森 仁也(
jb2552)夫妻に、保護者としてついてきてくれるよう頼み込んだ。
「お二人のご兄姉とは同級生の幼馴染同士、事情は把握しております」
あやかは可愛らしく微笑した。
「ただ事前に確認しておくけれど、二人共、海で泳ぐつもりはありますか?」
夫、仁也がおずおずと尋ねる。
愛莉と明日夢は、首を横に振った。ほっとした様子の仁也。
(遊び疲れて寝た子供二人と荷物を持って帰るのは、難しいからな)
とにかく保護者は見つかった。内心明日夢が胸をなで下ろす。
(姉さん達の都合が悪い時は、大抵お二人が一緒に行動してくれます。いつも感謝しています)
早速、あやかは、前日の夜から下準備を始めていた。
お肉の下処理、野菜は事前に切っておいて、必要そうな調味料も小瓶で用意。
アサリのお味噌汁や炊き込みご飯も出来るように、飯盒も準備しておく。
「マリカせんせー(jz0034)はお見えになるでしょうか?」
(確か凄くよく食べる先生だって聞いています。その場合、食材を2倍、食事準備を1時間早めにして対応いたしましょう‥‥)
仁也は仁也で、子供たちのことを心配して、準備を整えていた。
(泳ぐつもりがなくても子供だしなぁ‥‥着衣のまま水浴びとかしそうだし、浜辺で転んだりしたら‥‥色々と必要ですよね)
20リットルのポリタンクに真水を入れて、ホースとシャワーノズル・バスタオル・子供達の着替えを用意する。
夫婦2人で、出来上がった荷物の山を見つめた。
「‥‥食材も荷物も多すぎかも‥‥」
「ですね‥‥どうやって運びましょう」
あやかがポンと手を打った。
「そうです、学園の番長さんなら、男気のある人だって伺っています。轟さん(jz0016)に、荷物運びのお手伝いをお願い出来ないか、ご相談してみましょう」
●
「キュゥ!」
浜辺に一番乗りしたのは、ラッコとペンギンであった。
‥‥もとい、ラッコこと鳳 静矢(
ja3856)&ペンギンこと鳳 蒼姫(
ja3762)夫妻であった。
遠目に見たその姿は、まさに、ペンギンを乗せて浮いているラッコ。
水陸両用着ぐるみの二人は、気持ちよさそうに、波に揺られてたゆたっていた。
「‥‥何をなさっていらっしゃいますの?」
BBQセットなどを業者に頼んで運び込みつつ、企画立案者のアリス・シキ(jz0058)がたゆたう2匹に、声をかける。
「キュゥ!」
ラッコはくるんと回転して水面下に潜り、三日月槍で見事に魚を捕らえて「とったどーのポーズ」をしてみせた。
「おや、鳳さんご夫妻じゃないですか。お早いですね」
全く動揺せずに、荷物運びを手伝いながら、鈴代 征治(
ja1305)が声をかける。
「キュゥ!」
ラッコとペンギンは、獲れたての魚をびくに入れて、満足そうに見せびらかした。
ホワイトボードに、『BBQで焼いて食べると良いだろう』と書いて、アリスにびくを渡すラッコ。
「こんなにたくさん、有難うございます」
ぺこりとお辞儀をするアリス。
魚を入れたびくをBBQセットの隣に置き、大判の白レースパレオをワンピ風に巻きなおす。
「どう、新しいパレオ、気に入ってくれた?」
にこやかに征治が尋ねると、アリスは「はい、有難うございます」と顔を赤くして頷いた。
「この大きさなら肩や首にかけて、ワンピ風にも普通に腰に巻くことも出来るもんね。便利でいいと思ったんだ」
征治は改めて、恥ずかしそうにビキニ姿を隠しているアリスを見つめた。
「うんうん、バッチリ! アリス、すごく似合ってて可愛いよっ!」
「はぅ‥‥有難うございます」
ぼっとアリスの顔が火を噴いた。
そこへ、美森夫妻に頼まれた荷物を抱え、轟闘吾が現れる。
どすんとポリタンクを下ろすと、砂浜のさらさらした砂が舞った。
「BBQと聞いたのですー、美味しいものをいっぱい食べるのですー!」
水着姿のマリカせんせーも、噂を聞きつけて、やってきていた。
●
「夏真っ盛り‥‥ですねぇ」
翡翠 雪(
ja6883)は、黒ビキニに、白いパレオを腰に巻いて、打ち寄せる波を見つめていた。
「言いたくないが、暑いな」
「だって夏ですもの」
夫である翡翠 龍斗(
ja7594)は、この日のためにと内緒で自動車学校に通い、普通免許を取っていた。浜へは自家用車で来ている。車は、浜の入り口付近にある無料駐車場に停めてきた。
フロントカバーをかけてはきたものの、帰る頃には車内は灼熱地獄になっていそうだった。
「静矢様は先に狩猟をなさっていらしたのですね。<癒しの風>は御入用でしょうか?」
『大丈夫だ。気遣い有難う』
ホワイトボードを持ち、ラッコが雪に見せる。
『それより、龍斗さんはどうしたんだ? 具合でも悪いのか?』
雪の水着姿に、顔を真っ赤にして目をそらしている龍斗の姿に、いち早く気づくラッコ。
「いや、何でもないんで」
『それなら良いのだがね』
ラッコは何かを察したらしく、手をぶんぶん振って去っていった。
「確かにお顔が赤いですね。どうかされたのです?」
心配そうに雪が夫を覗き込む。
「いや‥‥似合ってるよ、その水着‥‥物凄く。ただね、付き合い始めた頃と違って、あちこち成長してるから、その、眼のやり場が‥‥」
「知り合って約4年。交際して3年。結婚して1年。そりゃあ、私だって成長しますよ」
雪は苦笑した。
「龍斗さまは、何時になったら慣れて下さるのでしょうねぇ‥‥?」
夫の腕に手を回して、ゆっくりと抱きつく。
「のわぁ!」
今度は龍斗が顔から火を噴いた。
●
「やれやれ、暑くなったもんだ」
黒のサーフパンツに白のラッシュパーカーを羽織り、麦藁帽子を装着した麻生 遊夜(
ja1838)は、燦々と輝く太陽に目を細めた。
「保冷バッグに冷却シートと、熱中症対策も万全だぜぃ」
「わーい、海だー! \ひゃっほぅ!/」
黒のビキニに白のラッシュパーカー、麦藁帽子にUVケアセットを完備した、来崎 麻夜(
jb0905)であるが、テンションが上がったのはほんの一時だけだった。
「でもあつーい、日差しで溶けるー‥‥」
遊夜の背中にだらーりともたれかかる麻夜。
ぽんぽんと軽く麻夜を叩き、保冷バッグから冷たい麦茶のペットボトルを出す遊夜。
「仕方ねぇな、冷たいもんでも飲むがいいぜよ」
遊夜はそう言って、ぺたっと麻夜の額にペットボトルを押し付けた。
「\ひゃあああああ!/」
突然の出来事に、麻夜が悲鳴をあげた。
「ん‥‥暑いから、海水がちょうど気持ち良い」
お揃いの白のラッシュパーカーに黒のタンキニ、紫外線対策に麦藁帽子とUVケアセットを用意した、ヒビキ・ユーヤ(
jb9420)が、波打ち際に立って、こくりと頷いた。
足元まで、波が打ち寄せてくる。
日焼けどめを肌にのばして、熊手と、かごと、折りたたみ椅子を用意。
「ん、準備は万端」
「2人は初めてだっけか? 潮干狩り。まぁ難しくもないしゴロゴロ獲れりゃ楽しめるだろうさ。ノルマは家族分だ、家計の為に」
キリリ、と顔を引き締め、深夜会のおとーさんこと遊夜は、麻夜とヒビキに告げた。
「アサリが多めに欲しいやな、酒蒸しやバター蒸しが美味いんだ」
「アサリ‥‥」
「アサリ‥‥」
麻夜とヒビキが繰り返す。
「うむ、今回の任務であるぜよ。家族の笑顔の為に、おとーさんも頑張らねばならぬぜい!」
重々しく遊夜が頷いた。
「‥‥ん、ごりっと力いっぱい掘り返せば良い?」
ヒビキの言葉に、遊夜は腕を組んだ。
「まず、基本を教えてやらんとな」
潮干狩り、というくらいなので、潮が引いていくタイミングが一番良い。
少し海水がかぶるぐらいの波打ち際を、熊手や手で、砂と海水をかき混ぜるようにしながら、掘り返してゆく。
すると、掘りやすい上に、比重の関係で、アサリが自然と浮かび上がってくるのである!
浮かび上がってきた中から、大きいのを選んでとる!
これが潮干狩りのアサリ採集のコツである。
概ね深さ10センチくらいのところを、広く浅く掘り進むのがポイントだ。
また、大きな石の下に、大物のアサリが隠れていることも!
杭や岩、アオサなどの海藻の陰は、特にシーズン終盤では穴場である。
「ハマグリもアサリと大体同じやり方だが、15センチくらい深めに掘ったほうが見つかりやすいやな。シオフキ貝はアサリと一緒に取れることが多いぜよ。俺らの目的はとにかくアサリだぜ!」
麻夜は日陰の方に、遊夜とヒビキを誘導して、教えられた通りに掘り始めた。
(覚えている限りでは、初めての体験だね)
「ん、色々取れた、これなに?」
ヒビキが首をかしげて、かごに放り込んだ貝を遊夜に見せる。
「こっちがアサリに、これはシオフキ貝やね。アサリがもう少し欲しいやな。案外ゴロゴロ獲れて面白かろ?」
ケラケラ笑いながら、自身も熊手で海水をかき混ぜ、貝を拾っていく遊夜。
「ん、アサリがもっと欲しいなら、もっと頑張る。今日のご飯は貝尽くし」
こくりと頷き、ヒビキは潮干狩りに戻った。
「家族分‥‥コレくらい確保すれば大丈夫かな? 帰ったら早速、貝料理の用意だねー」
頭の中を夕飯でいっぱいにして、麻夜もアサリを狙って頑張っている。
砂と海水を混ぜながら掘り返す作業が、思いのほか楽しくて、クスクス笑いが止まらない。
「保冷バッグの中で砂を吐かせる方法もあるのぜよ。今夜はマジで貝づくしやぜ」
遊夜もせっせとアサリ獲りに勤しんだ。
●
「よいしょっと。気をつけてな?」
「はい、久しぶり、に、のんびり、です?」
夫である斎宮 輪(
jb6097)に、車椅子から折りたたみ椅子へおろしてもらい、斎宮 巴(
jb7257)はうさぎパーカーのフードをかぶった。
ピンクの水着とパレオがよく似合っている。
早速、干潮時に沖にできる陸地の「カケアガリ」と呼ばれるところを、掘る。
そこは、なだらかな傾斜地周辺や、「瀬」とよばれるデコボコになっている部分のことである。
そんなカケアガリの中でも、波や流れが直接当たらない裏の斜面に、アサリが集まることが多い。
「‥‥輪、さん。なかなか、取れません、です」
ぷくーと頬を膨らませ、よしよしと夫に頭を撫でられる巴。
「‥‥はいはい、頑張ろうな。アサリの目と言われる、2つの穴を探して、掘り返すといいみたいだな」
アドバイスをしながら、一緒に掘る輪。黄色の水着に、白いパーカーが、日に当たって眩しく照り返す。
「ほら。ここなんか、どうだろうか」
ざくざく。プラスチックの熊手が砂と海水をかき混ぜる。
「‥‥取れました、です! ほら、五つも、です!」
「良かったな」
嬉しそうな巴の顔に、つられてほんのり笑顔を浮かべる輪。
「はい、この調子で、BBQの材料を、調達します、です!」
●
「ひーりょー!」
ティアーマリン(
jb4559)は、連れの名前を呼びながら彼に駆け寄った。
黒基調の赤いリボンやフリルの着いたワンピースタイプの水着と、麦わら帽子が日差しによく映える。
「それっ」
掛け声と共に黄昏ひりょ(
jb3452)にぎゅうっと抱き付くティアーマリン。
「えへへ、今日は宜しくね」
そのまま、にこりと微笑む。
「おぉ、マリンさん、水着凄く似合ってる。綺麗だよ?」
ぐ、とサムズアップして見せてから、ちょっと気恥ずかしくなって赤面するひりょ。
麦わら帽子で顔を隠すようにして、ひりょは、ティアーマリンと一緒に、談笑しながら熊手を振るい始めた。
「この前お姉ちゃんと来た時はね、夢中になって迷子になっちゃったの。でもすぐにお姉ちゃんが飛んで来てくれたんだ」
「やっぱり姉妹仲良いんだね。俺は鮫避け褌を締めて海に潜ったことがあるけど、海に入る前に何度も転んじゃったなあ」
「あはは、ひりょったら、そそっかし屋さんなのね」
にこやかに話しながら、アサリを探してカケアガリをうろうろと彷徨う。
「アサリは、場所を頻繁に変えて浅めに掘るのがいいって聞いたんだ。いっぱいお姉さんに、お土産の貝を持って帰ろうね」
ひりょは眩しい笑顔を向けた。
「潮干狩りぃ〜♪ 潮干狩りぃ〜♪」
白野 小梅(
jb4012)は、熊手を振るいながら鼻歌を歌っていた。
「よぉ〜し、あっちこっちほっちゃうぞぉ!」
掘っているうちに変なアナ(アサリの目)を見つけた小梅は、マテガイが潜んでいると確信した!
「ボク知ってるぅ、塩入れるとぉ変なの出るんだよねぇ」
アサリの目に塩を入れまくる。
何も出てこない。
生息域が少しずれているのか、時期がまずかったのか、マテガイはこの浜には見当たらなかったのである。
しびれを切らしてさくっと砂を掘り返してみると、アサリが塩の濃い場所から逃げようともがいているところだった。
「だいぶ取れたねえ」
征治は腰を伸ばし、カゴの中の貝を見た。アサリにシオフキ貝、ハマグリもいくつか見られる。
「シオフキ貝ってどうやって食べるの?」
「まず砂を吐かせますの。塩水で茹でて貝を開かせまして、剥き身にいたしまして、ワタを除いて、砂がでなくなるまでしっかり水でもみ洗いいたしますわ」
アリスは丁寧に説明した。
「砂を抜きましたら、あとは、酒蒸しにいたしましたり、佃煮にいたしましたり、炊き込みご飯や、パスタソースにも使えますのよ」
そう言いながら、手を動かし、アサリやハマグリを海水に浸けて、砂を吐かせる準備を整えていた。
「続きはBBQ班でやりますよぉ☆」
ペンギン、いや、蒼のビキニ&パレオと水色のパーカー姿になった蒼姫が、アリスからボウルを受け取っていった。
「あ、はい。よろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げ、アリスは蒼姫を見送った。
●
愛莉は、ビーチサンダルに履き替えて、波打ち際で貝掘りに没頭していた。
「お姉ちゃん達へのお土産とお昼用に、一生懸命貝を掘るのです!」
場所を変えて、あちこちを掘って回る。
だが、やはり子供、途中で少し飽き始めてしまい、波と戯れて遊び始めた。
「エリ、遠くに行っちゃ駄目だよー」
明日夢が声をかけた時には、遅かった。
足元をさらう波にバランスを崩し、愛莉は波打ち際に尻餅をついていた。
当然びっしょりと下半身が濡れている。
「あーあ、エリ、ずぶ濡れだよ‥‥どーしよう‥‥」
(まあ、子供は失敗する生き物ですからね)
肩をすくめ、仁也が大量の真水で簡易シャワーを作り、愛莉に着替えを渡した。
「有難うございます。仁也さんは準備が良くてすごいですね」
明日夢も一緒に頭を下げた。
「BBQで昼食を済ませたら帰りましょうね」
仁也は子供たちに、道具をまとめて片付けるようにやさしく指示した。
●
麦わら帽子に麦茶を完備した六道 鈴音(
ja4192)は、BBQ班でハマグリを焼いていた。
その横では、串に刺した肉や野菜を、炭火で炙り焼いている、詠代 涼介(
jb5343)がいる。
「ハマグリって、けっこう焼くの難しいわよね。焼いてると、こう、貝がパカッって開くじゃない? そのとき、貝が開いた上側にひっついていて、美味しい汁がこぼれちゃうのよね。コレ、どうにかうまく焼けないものかしら」
鈴音の言葉に、海の家に手伝いに行った経験を活かし、涼介はぼんやりと答えた。
「ハマグリには、表、裏がなく、焼く面(下部)とは反対(上部)に身が付く場合が多い‥‥。口が開き始めたらトングで無理やり閉じ、貝汁をこぼさない様に、ひっくり返すと良い‥‥らしい」
「へえ、そうなのね」
「こぼれた貝汁を皿などに一度移して、ひっくり返してから貝汁を殻へ戻し、汁がフツフツするまで焼くのもアリだ」
「詳しいわね」
「レンジでチンするのもいい‥‥」
「‥‥この浜辺のどこにレンジがあるのよ」
「まあ、俺の言葉など信じる必要はないだろう。そこのハマグリ、もうフツフツ煮えているぞ。硬くなると旨くなくなるが?」
慌てて鈴音はハマグリに目を戻した。
「なるほどねー、汁を一旦お皿に受けておいてから、殻に戻して焼くのも確かにアリだわね」
ハマグリを網から下ろし、ちょこっとだけお醤油を垂らす。
「うっっわ!! おいしい!!」
「どうですー? ぷりぷりですー?」
にこにこしながら、マリカせんせーが自分も焼きたてのハマグリをすすっていた。
涼介が焼いてくれたものだ。
あやかが心配したとおり、BBQの食材の多くはマリカせんせーの腹に収まっている。
それでも、せんせーは加減して食べていると主張し、実際、今日の暗黒胃袋は、本領を発揮していなさそうだった。
「今日は腹六分くらいでやめておくのです〜♪」
なんたって、胃下垂なのがすぐにばれる、露出の多い水着ですしね!
●
「ちょ、ちょっと恥ずかしいけど、どうかな?」
猫野・宮子(
ja0024)は悩んだ末に選んだ白ビキニを、隠すように身をかがめていた。
トランクスタイプの水着にパーカーを着た、所作が執事のような恋人のAL(
jb4583)は、早速、2人で協力して捕ったばかりの貝を、BBQセットで焼き始めていた。
「宮子様の水着姿‥‥今年も素敵です。僕は、好きですよ」
頬をほんのり赤らめながら、ALはアサリを調理していた。
醤油にバターを落とすと、じゅわ〜と良い香りが立ち上ぼる。
お箸で身を取り出して、食べやすくお皿に並べると、くるりと宮子のほうを向く。
「はい、宮子様。あーん、ですよ?」
「ALくん!? え、ええと‥‥あ、あーん」
真っ赤になって宮子は口を開ける。ALはふうふうと軽くアサリを吹いてから、箸を宮子の口へ。
「どうですか、美味しいでしょうか?」
「う、うん‥‥こ、今度はALくんの番だからね! はい、あーん!」
真っ赤になって、恥じらいながら、お互いに食べさせあいっ子をする2人。
「やっぱり獲りたての貝は美味しいね♪」
「宮子様のご用意くださいました、お野菜も、美味しいですよ。ほら、程よく焼けております。はい、あーん‥‥」
お腹がいっぱいになると、一番離れたビーチパラソルの影で、のんびり寝そべって休憩タイム。
「日向は暑いけど、日陰は涼しくて丁度いいね♪」
浜風がふわりと潮の香りを運んで流れてくる。
「こうして2人きりでいると、なんだか、‥‥貴女を離したくなくなってしまいます」
後ろからぎゅっと宮子を抱きしめて微笑むAL。
「あ‥‥ALくん‥‥。抱きついてたらまた暑くなっちゃうよー?」
そう言いつつも、抵抗するわけでもなく、身体をそっと預ける宮子。
水着で露出している肌と肌が触れ合い、2人の鼓動が早くなった。
●
「とうとうこの日が来たかー」
20分限定の水陸両用義体。これのおかげで、今までプール授業は見学だった、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)も、今日は海水浴を楽しめるという寸法だ。
20分だけだが。
「良かったな、相棒。一年ぶりに見る水着姿を、少しだけ楽しみにしていたぞ」
恋人であり相棒である川内 日菜子(
jb7813)が、BBQを食べながら、賛辞を送る。
「少しだけかよ。もっと楽しみにしてくれてもいいんだぜ、ヒナちゃん?」
ラファルは水陸両用義体の動きを入念にチェックしていた。いわば水泳前の体操状態である。
日菜子はその様子を見ながら、皿を持ち、BBQセットに手を伸ばしていた。
「肉と野菜はバランスよく。大雑把にカロリーを計算して、食べた分は動いて取り戻す。撃退士は身体が資本だからな、忘れがちだが、大事なことだ」
「相変わらずヒナちゃんは真面目だねぇ。旨けりゃ好きなだけ食えばいいんだよ」
「私はラルと違って生身だからな。メンテナンスと思えばそれくらい普通にやるさ」
もぐもぐとバランスよく食事をしながら、日菜子はラファルの様子を見た。
体操もどきを終えたラファルは、「潮干狩りはストレイシオンに任せて、俺はお・よ・ぐ・ぜー。まあ、短時間だが、ヒナちゃん競争だー!」とはしゃいでいた。
「待った、私に、食べてすぐに泳げってか?」
「だいじょーぶだろ、まだそんなに食べてねーみたいだし。ほらぁ行こうぜ、早く早く!」
日菜子はやむなく箸を置いた。20分。相棒にとって、20分だけの、ながく夢見てきた時間。
仕方ないな、付き合ってやろうじゃないか。心からそう思えた。
だが。
「あまり沖のほうには出るなよ! そっちは太平洋だぞ! 潮に流されたら20分じゃ帰れないぞー!」
はしゃいで泳ぎ回るラファルを、必死に止める役割を担うこととなった。
「あー、ヒナちゃん実は‥‥!」
「‥‥違う! 別にカナヅチではない、新たに変な属性を付け加えようとするな!」
「すごいスピードで泳いでいる人が居るわね」
赤いビキニの天宮 葉月(
jb7258)は、キョトンとしてラファルの姿を目で追っていた。
今の姿は、砂浜にレジャーシートを敷いて寝そべり、恋人の黒羽 拓海(
jb7256)に、背中に日焼けどめを塗ってもらっているところだ。
「ああ、そうだな」
(渡された日焼け止めは普通に塗ってやる。そう、無心でだ。綺麗な背中だとか考えていたら、気恥ずかしくなるし、そんな事を考えているのがバレたら、からかわれる。絶対)
無心になろうとして、拓海も海上のラファルに目を向ける。
だが、日焼けどめを滑らせる手が、恋人の背中の肌のなめらかさを伝えてくる。
「よ、よし。バナナボートを膨らませるか」
日焼けどめを返し、拓海はポンプを踏んで、バナナボートに空気を入れ始めた。
(遊びに誘われるのはいつもの事だが、今日は珍しく強引だったな。‥‥いかんな、また上の空だと心配される。ある意味、怒られるよりも居た堪れないんだよな‥‥)
「沖に流されないよう、ペグとロープで浜につないでおこう」
海中に飛び込み、バナナボートを引っ張って泳ぐ。
拓海に続いて葉月も軽く泳ぎ、バナナボートに捕まってまったりと浮遊感を楽しむ。
葉月の頭にのせたケセランがつぶらな目をパチパチさせる。
「ふああ、何だか気持ちが良くて寝そうだよ」
葉月は拓海の肩に手をかけた。
「‥‥気を使わせてしまっているのは何となく分かる。何と言うか、俺は葉月達を心配させてばかりで駄目だな。本当にすまない」
「まあ、うん‥‥最近色々あったし、近く大きな戦いもある。多分、拓海は私よりも思う所があるだろうし、背負おうとしてるものもあるんだと思うよ。でも、だからこそ今はそういうの抜きに楽しんで欲しいな。この頃、生き急いでるみたいで結構心配だし‥‥」
拓海の肩にかけた手に、ギュ、と力が入った。
「大丈夫だ。生き急いでなどいない。大丈夫だ、葉月」
●
さて、レジャーシートをパラソルの下に敷いて、鳳夫妻・翡翠夫妻・斎宮夫妻はBBQを楽しんでいた。BBQの材料に味付けし、蒼姫がしっかり焼いたものを、夫・静矢の口に放りこんでいく。
「静矢さん、あーん、あーん☆」
巴が野菜や肉に串を通し、雪が蒼姫の手つきを見ながら、万遍なく食材に火を通していく。
(こればかりは、龍斗さまには頼れませんし)
(輪、さんに、お料理は、お任せできません、のです)
「ああ、雪、有難う」
皿に取り分けてもらったと思い、礼を言って手を伸ばした龍斗に、雪が強襲をかけた。
「龍斗さま、はいアーンです」
「なっ!?」
雪の想像通り、真っ赤になる龍斗。
(本当に、うちの旦那さまは、初心でいらっしゃいます)
思わず苦笑する雪であった。
和やかに談笑しながら食事に精を出す。獲りたてのアサリの酒蒸しは絶品だった。
巴は初対面の翡翠夫妻に対し、出来るだけ礼儀正しく接していたが、「そんなにお気を使われませんでも」と雪にやんわり微笑まれた。
「義兄さん、食材が足りなくなってきましたね。ラッコのきぐるみを装備してください。貝とか、魚とか捕りに潜りましょう」
「うむ、そうだな」
槍を片手に、ラッコが食材を一狩りしに行くことになった。
「キュゥ!」
●
「ふふふ、ボク達の水着姿に見惚れるが良いよ」
麻夜がパーカーのファスナーを下げつつ、少しはにかみながら色っぽいポーズを決める。
その真似をして、色っぽいポーズを取るヒビキ。
(ん、ユーヤの反応が楽しみ)
「おぅ、可愛い可愛い」
2人の頭をぽんぽんして可愛がる遊夜。
「むぅ、まだ足りない‥‥?」
少し不満げなヒビキであった。
適度に泳いだあとは、ゴムボートでのんびりたゆたう。
「あー‥‥こういうのも、悪くないなぁ」
のんびりしている遊夜の腕に抱きついて、同じボートに身を委ねる麻夜。
「海に入ると髪の毛が、ね?」
「ん、纏めるのも、大変。塩水で、べとべとすると、もっと、大変」
「そう、面倒なのよ」
麻夜の髪をやさしく撫で、遊夜の反対側の腕に抱きついてボートの浮遊感を楽しむヒビキ。
「ん‥‥のんびり〜」
(このままでは食材が全て暗黒胃袋に入ってしまうな‥‥)
あやかが焼くそばから、食品がマリカせんせーの腹の中に消えていく。
涼介はせんせーに頼みがあると言って、手作り看板を見せた。
『ゴムボートを召喚獣で引っ張ります。
ヒリュウ:のんびりまったり
ストレイシオン:潮風と水しぶきが気持ちいい
スレイプニル:振り落とされても苦情は受け付けません』
「海の家の客寄せのネタとして使えないかと思ってたりするんですが、試してみてくれませんか?」
「あら、いーですよー。せんせーもゴムボート、引っ張られてみたいですもんー」
「面白そうですね。ヒリュウに引いてもらえますか?」
食後なのでまったりしたいひりょが、ティアーマリンと共に涼介の所にやってきた。
早速ゴムボートを浮かべ、ぷかぷかと海に漂う。
「えへへ」
ひりょに寄り掛かる様に体を預け、彼の顔を見上げて微笑むティアーマリン。
「お姉ちゃん以外に、こんなに安心できる人は初めてよ」
「あ、義理兄ちゃんだぁ」
その頃、小梅はパラソルの下で寝そべっていた。日陰の砂はひんやりと気持ちがいい。
小梅の視線はひりょに注がれている。
「‥‥行ったらお邪魔かなぁ?」
ティアーマリンと2人きりの姿を見て、ふと考えが止まる。
まあいいかぁ、と小梅はそのまま、パラソルの下でお昼寝をすることにした。
●
「あんまり沖の方まで行くなよ相棒。泳げて嬉しいのはわかるけどさ」
日菜子の注意を聞いているのかいないのか、ラファルは限られた時間を目一杯楽しんでいた。
「よぉ、アリスじゃねーか!」
「ラファルさんですの! ごきげんよう、泳ぐのは気持ちが良いですわね」
海水浴を楽しんでいたアリスと接近遭遇する。
「もうBBQは済ませたか? 2年ほど前、アリスの偽物が出た事件、覚えているだろ? あん時の恥ずかしい写真を大公開する予定だぜ」
「はわ!? い、今になって何を仰いますの?!‥‥ごぼごぼごぼ」
にんまりするラファルに、動揺して思わず溺れかけるアリス。
「あ、アリス大丈夫? や、どうもこんにちは、川内さんにラファルさん」
征治がアリスに泳いで寄り添い、咄嗟に海中で支える。
当のラファルはというと、日菜子に叱られていた。
「折角2人きりなのに、馬に蹴られるような真似するなって! 2年前の写真なんて、わざわざ出すことないだろ?」
「ちぇー、面白いネタになると思ったんだけどなー、ヒナちゃんが怖い顔するよー」
「全く‥‥そろそろ20分経つんじゃないのか? まだ泳げるのか? 私が岸まで引っ張るのか?」
ラファルは日菜子に背負われるようにして、海を出て行った。
「こうなったらBBQでやけ食いだぜ! ストレイシオンから戦果をぶんどって、たらふく食うぜー!」
そして目に付いたのが、仁也の作った真水シャワーである。
「お、これまだ水でるのか? 真水なんだろ? 借りてもいいか?」
塩分が義体部分に溜まると大変である。ラファルは仁也に断って、真水シャワーを借りてから、BBQに挑むことにした。
●
日が傾き、少しずつ暑さが和らいでいく。
ゴムボートも一斉に引き上げられ、空気を抜かれてたたまれていた。
「沖に来すぎたかな?」
ひりょは慌てて、浜へ向かって漕ぎ始めた。
ロープを引いてくれていたヒリュウは、効果値時間が過ぎていたため、異界に戻ってしまっていた。ここからは、自力で帰るしかない。
「がんばって、ひりょー!」
ティアーマリンの声援がとぶ。
なんとか頑張って浜辺に戻ることができた。
「どうだった?」
涼介に尋ねられ、ひりょは「のんびり出来ましたよ。有難うございます」と頭を下げた。
(でも、途中でヒリュウが消えちゃうとは思わなかったなあ)
肝心なそれを言うべきか言わざるべきか、ちょっぴり悩むひりょであった。
パラソルも畳まれ、BBQセットは汚れをボロ布で拭き取って、片付けられた。
征治がせっせと片付けに加わる。
空気のように気配を消して、皆が楽しんでいる様子を見ていた闘吾は、全員がちゃんと揃っているかをさりげなく確認していた。
美森夫妻、愛莉、明日夢は、昼食を終えて先に帰った。
他は全員揃っていた。
「皆さん、今日は楽しめましたかー?」
マリカせんせーの問いに、「はーい」と答える皆。
背中で語る男は、何も言わずに、畳んだBBQセットを抱え上げ、手配していた軽トラに運び込んだ。手際よく、パラソルなども運び込んでいく。
「あらあら、轟さん、ありがとーですー。力持ちさんがいてくれると、助かるのですー」
闘吾のおかげで、あっという間に浜辺は片付いた。
「それでは解散しまーす! お疲れ様でしたー!」
「遊び疲れた後のお土産運搬はきついよね。俺が持つよ」
ひりょは、ティアーマリンの分の貝かごも持ち上げ、微笑んだ。
「いっぱい写真とったのですぅ、メールで皆に送りますねぇ☆」
蒼姫は、翡翠夫妻と斎宮夫妻の仲睦まじい様子を収めたカメラを振り回した。
「今日は楽しかったね。有難う」
夕日の照り返す海を眺めながら、征治はアリスに礼を言った。
「こちらこそ、有難うございました。プレゼントまで頂いてしまって‥‥」
「いいのいいの。喜んでくれたのなら何よりだよ」