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ユニフォームを借り、「大会役員」の腕章をつけた、一見小学生の雫(
ja1894)が、チャンピオン金沢大(かなざわ・ひろし)を見て、(どう見ても、半病人にしか見えない顔色‥‥)と胸中で呟いた。
「すみません、アナウンサーさん」
短く刈ったソフトモヒカンに龍のタトゥがある青年、佐藤 としお(
ja2489)がアナウンサーに近づいた。思うところあって、アナウンサーに、ユニフォームと腕章を借してもらえないかと頼む。
応援席で様子を見守っていた、身長181cmの【馬】が、いつの間にか168cmの【人】になっていた。金鞍 馬頭鬼(
ja2735)は、着ていた茶色のウェットスーツと焦げ茶色の腰布、馬のマスクと馬脚ブーツをボストンバッグにしまいこんだ。
「これは‥‥何やら良くない雰囲気ですね‥‥」
マリカせんせー(jz0034)が負けたと聞いて、どんな相手なのか、顔を拝みに駆けつけてきた詠代 涼介(
jb5343)だったが、感想としては「どうにもまともな相手には思えん」だった。
(これは確かめてみる必要があるか)
リタイア席へ向かい、毛布にくるまって震えているマリカせんせーを探す。
熱いココアを何杯もがぶがぶ飲みながら、せんせーは小刻みに震えていた。
ケセランを召喚して、ぬいぐるみのように抱っこさせる。
「抱きしめていれば少しは温かいだろう。俺があんたを超えるまで、他の人間に負けてもらっては困るからな!」
謎のノリで、マリカせんせーに宣戦布告する涼介であった。
「ちなみにせんせーは、何キロくらい食べたところでリタイアしたんですか?」
スタッフに丁寧に聞いてみると、「そうですね、5トンくらいですか‥‥」と答えが返ってきた。
涼介がせんせーを超える日は、まだまだ先の話になりそうである。
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チャンピオンが優勝したという、前回・前々回の大会の運営に携わっていたスタッフを探す馬頭鬼。
見つけると、すぐに質問をする。
「チャンピオンの様子は、以前と比べてどうですか?」
「そうですね、何だか今回は鬼気迫るものを感じます。こんな人だったかなあ‥‥?」
絶え間なくバケツアイスを運びながら、スタッフも首をかしげている。
「アイスの食べ過ぎで凍死した人も世界にはいるんですよね? なら医療スタッフも配備されているのでしょう? どちらにおられるか、わかりますか」
「ああ、リタイア席で処置にあたっているのがそうです。腕章が白いのが目印ですよ」
馬頭鬼は礼を言って、リタイア席へと移動する。
大会役員に扮した雫は、アナウンサーに扮したとしおと共に、チャンピオンのそばについていた。
「金沢さん、随分顔色が悪いです。リタイアしますか?」
白人よりも肌の色が白くなっているチャンピオンからの返事は、ない。黙々とアイスを食べ続けている。よどみなく運ばれてくるバケツアイスに、スプーンを突き刺し、般若のような口で平らげる。
「まだまだ、余裕で食べられるということですか? 会場の皆さんに何か一言ありませんか?」
雫の質問に応じる気配はない。がつがつとアイスをかっ食らっている。
「‥‥普通に考えれば、大会役員の公認でインターバルが取れるから、食べるのを一旦中止する筈ですし、無視をすればドクターストップをかけられる可能性もありますから、ここまで何も答えないのは不自然ですね‥‥」
雫は疑念を深める。
「いいですか、チャンピオン金沢さん。ここからは、味のわからないアイスの大食い大会になります! チョコミント味が出てくるか、バニラ味が出てくるか、はたまたイチゴ味が出てくるか、それは食べてみてのお楽しみ! さぁ、ここからが本当の勝負ですよ!」
ビシィィィ!!!
アナウンサーに扮したとしおがそう言って、チャンピオンの目にアイマスクを被せる。
ひやりと気味が悪いほど、冷たい肌に触れた。としおの心の中で、警戒信号がワンワンと鳴り出す。
「好き嫌いはナシナシ、バケツ単位で味が変わりますから、何が出てくるか、食べる方も楽しみでしょう! さあ、どんどん召し上がってください!!」
「おかしいですね」
「おかしいよね、何なのアイツ?」
雫ととしおは、リタイア席のマリカせんせーのところへ移動していた。
としおは怒りを隠していない。
「我らがマリカせんせーに酷い事しやがって!(←勘違い
天魔もびっくりな胃袋だけど、あれでも一応人間なんだぞ!(←失礼
今日はたまたまなんだからな!
いつかきっとせんせーがボコボコに仕返ししに行くからな!!」
そこまで勢いで言ってから、はっと我に返る。
「んっ!? 天魔もびっくりのせんせーの胃袋より強い‥‥つまり、あいつは天魔だっ!(ビシッ
しかも鬼の様な形相してるからきっとディアボロだ!(ビシッビシッ」
「そう決め付けるにはちょっと根拠がない気がしますが、あり得ない話ではありませんね」
雫が冷静に医療スタッフを探す。
先に、馬頭鬼が来ていた。
「チャンピオンの肌がどんどん白くなっているみたいなんですが、真っ白になったらどうなるんでしょう‥‥?」
医療スタッフに質問している。
「わかりません。確かに、遠目に見ても白いですよね。アイスを食べて肌の色が白くなったなんて、聞いたことがありません」
「あくまでもこれは都市伝説ですが、アメリカで、2〜3リットルくらい、寒い部屋でアイスを食べ続けて凍死した人がいる、という話は、噂にはのぼっています」
「可能性としては、低体温症を起こしている、というところでしょうか‥‥しかし、震えの兆候も見られませんし、がつがつと元気そうに食べていらっしゃいますし、医療スタッフとしてもストップをかけていいか悩むところなのです」
「なるほど、アイスも度が過ぎれば人を殺せるのか。ひょっとしたらあれは、このあと殺人に至るための冷気を蓄えるため、だったりしてな」
軽い冗談めかして、涼介が言う。
「ディアボロです! 彼はきっとディアボロですよ! でなければ我らがマリカせんせーの暗黒胃袋を打ち破れるはずがありません! だってせんせーは人間ですが、5トンは食べているんですよ!?」
医療スタッフたちの話を聞きつけ、としおが断言した。
「しかし、いつ、チャンピオンはディアボロに成り代わったというのでしょうか? 会場に入る前の動きを逆に辿っていけばわかるでしょうか‥‥?」
涼介は、誰かチャンピオンの動向についてわかる人がいないか、探し始めた。
大会前にトイレに行ったという証言を得て、清掃員に聞き込みに行く。
「トイレで、悲鳴が聞こえたような気がする、ですか?」
馬頭鬼も同行し、女子清掃員にたどり着いていた。
「ええ、そうなんですよ。でも見にいったときにはもう、男子トイレに異常はなくて‥‥」
「ディアボロだ! その時に入れ替わったんですよ、その証拠に、俺のトライバルタトゥが、じりじりと痺れています!」
としおは断言する。「あり得ますね」と雫がクールに口元を押さえた。
「何事も調べてみなければ、断言までは出来ないがな」
涼介が、誰かがチャンピオンにバケツアイスを持っていくスタッフと入れ替わってもらい、一般人にしか効果のないスキルを使って判別することを提案する。
「私がやります」
「オーケーだ。他の一般人は巻き込まないように、気をつけてな」
雫が涼介の提案を引き受けた。
「その間に、スタッフを含めて、全員を避難させましょう。チャンピオンにはアイマスクを被せてあります。BGMを盛り上げてもらって、音を立てても気づかれないように、皆を安全な外へ出しましょう」
チャンピオンをディアボロと信じきっているとしおが、スタッフを集め、避難誘導について動いてくれるように頼み込んだ。
「賛成です。とにかく奴の肌が真っ白になる前に、一般人を避難させましょう。警備やフリーの撃退士にも手伝ってもらいましょう」
馬頭鬼の言葉に、皆、頷く。
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雫は、<阿鼻叫喚>をチャンピオンにかけた。
闇で相手を覆い、一般人を恐慌状態に陥らせるはずのスキル。
しかし、スキルは確かに発動したのに、【手応えがなかった】。
天魔なのか、人間なのか、【判別がつかなかった】。
スキルは【キャンセルされた】のだ。
(何‥‥!? 食べている間は、スキルが効かない系!?)
雫は動揺を鎮め、脳内をクールダウンした。
よくよくチャンピオンを見ると、スプーンを掴む手に弱々しさが感じられる。
所作も、最初に見た頃から、随分と勢いを失ってきているように思える。
「自身が弱まって行くのに食べるのを止めない‥‥やめられない? 強化の為でなければ何の為に?」
疑念が心を満たしていく。
「弱まる事を理解し、肯定したうえで行っているのなら、到達点は己の死‥‥自身の死を引きかえに何かを成すなら‥‥考えられるのは自爆‥‥アイスは、自爆の原料?」
ぞっとした。
自爆であれば、どのくらいの範囲の人間を巻き込むかわからない。としおの言うように、全員を避難させるのが正解だ。
雫は急いでスタッフコーナーへ行き、会場の室温をあげて、BGMを盛り上げ、客には「アイスが溶けそうなので、これから室温を下げるため、健康被害を未然に防ぐ意図で避難していただきます」とアナウンスしてください、とお願いした。
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馬頭鬼がスタッフになりかわり、バケツアイスをチャンピオンにせっせと運ぶ。
その横で、挑戦者の気配を感じさせるように、涼介がヒリュウを抱いて、アイスを食べる振りをしながら、こっそりヒリュウにも食べさせて量を稼ぐ。
(自分だけじゃそんなに食えないし‥‥って、さっきせんせーを超えるとか言ってなかったか、このバケモノは!)
5トンを超えるアイスを食べ続けて、尚平気なチャンピオン。
いや、もうじき6トンに達するか。
通常なら、糖尿病すら心配される量だ。
(低体温症の末期症状は、筋硬直を起こし、動きが鈍くなる若しくは行動不能になる! 今までの戦闘経験で僕にはわかる!! その瞬間が、今回の唯一の攻撃チャンスだ!)
としおはアナウンサーを続けながら、チャンピオンの動向を観察し続ける。
同様に、チャンピオンの様子を見続ける涼介。
チャンピオンの手が、一瞬、止まった。
白い肌が、純白へと変わりゆくその瞬間。
としおと涼介は顔を見合わせ、「よし、今だ!!」と頷いた。
椅子を引き倒して涼介は立ち上がる。
共にジャンプし、空中でお互いに背を向けあい、左にとしお、右に涼介が揃う。
「チャーンスッ!(シュビッ!)」
としおの左足キック。
涼介の右足キック。
息ぴったりの、シンメトリカルで美しくも豪胆な技が、チャンピオンに向かって放たれた!!
「ぐぎゃああああ!!!」
冷気を全身から白い煙のように吹き出しながら、チャンピオン、いや、ディアボロは爆発することなく、ゆっくりとその場に沈んだ。
チャンピオン席を守るように、バケツアイスに顔を突っ込んだまま。
「大丈夫です、確実に息を引き取っています」
雫が敵の生死を確認する。
あとは、学園御用達の処理業者に、始末を任せるだけだ。
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「せんせー、具合はどうですか?」
リタイア組は、念のため、3日ほど近くの病院に強制的に入院させられていた。
「もう大丈夫なのですー。せんせーは、ちょっとだけ入院初日はお腹を壊しましたけれど、ぜぇんぶ出すものを出したので、スッキリと元気になれたのですー。念の為に糖尿病検査もしましたけれど、奇跡的に異常なしだそうですー」
いつものニコニコ顔で迎えてくれるマリカせんせー。
涼介の召喚したケセランをもふもふと抱っこして、一層機嫌が良い。
(アイスを5トン食べて、健康体のままって‥‥天魔以上じゃねぇか‥‥)
涼介が自らのライバルの強烈さに、絶句する。
「今回の大食い大会はノーカウントですよ、せんせー。チャンピオンが天魔にすり替わっていましたから、本来のチャンピオンはせんせーになるはずだったのに、残念でしたね」
としおが気遣って声をかける。
せんせーは気にしていないように、ニコニコしていた。
「いーんですー、ただであんなに美味しいアイスを、それこそ山のように食べられたんですー。せんせーの幼い頃からの夢がかなったのですー♪」
花瓶にお見舞いの花を飾りながら、雫が「食べ過ぎると、年齢を重ねてから太りますよ」とクールに告げた。
「まあ、大事にいたらなくて良かったですよ。せんせーに何かあったら、大変でしたからね」
馬頭鬼が【人】スタイルで話しかけると、せんせーは一瞬、ぽかんとした顔で馬頭鬼を見た。
そして、「ああ!」と叫ぶ。
「たな‥‥いえいえ、金鞍さん! 金鞍さんじゃないですか! どうしちゃったんですか、そのお姿! お馬さんはやめちゃったんですか?」
「せ、せんせー!? 自分だって、人の姿になることくらいありますよ! 今までどういう目で見てらしたんですか、どういう目で!!」
思わず、せんせーに詰め寄る馬頭鬼。衝撃で少し声が裏返っている。
「だってお馬さんの印象が強かったんですもんー」
てへぺろ、と反省のない女教師、約1名。
先生の退院も無事に決定し、こうしてお騒がせアイス大食い大会は幕を閉じたのであった。
ちなみに、大会にアイスを提供しすぎて、肝心のアイス工場は、数ヶ月間、市場に商品を提供できない事態になったというニュースが、新聞やネットを賑わせていた。