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マリカせんせー(jz0034)から事情を聞いた木嶋香里(
jb7748)は、ぐっと拳を握り締めた。
「そんな横暴は許せません! 皆さんで協力し合って解決させましょう!」
「えっ‥‥それって‥‥、『監禁した女の子をあの手この手で虐めて、その姿を客に見せる事で稼いでいる』と噂を広めたら‥‥こう、凄い面白いくらい自然に潰れそうではないか‥‥?」
パウリーネ(
jb8709)の苛立ちを含んだ言葉に、マリカせんせーが、「逆に変態受けしたらどーするんですー!」と、果てなき想像力を発揮した。
「ああ、いや冗談であるよ、マリカせんせー。で、用心棒の先生とやらは、誰がどうすることになるんだ?」
そう。先生を仕置くはずだった、神崎 八雲(
jc1363)は、先の大規模作戦で重体となり、現在も入院中である。
「そうだな‥‥皆で一斉に仕置くか」
子供好きなアイリス・レイバルド(
jb1510)が、内なる怒りを抑えつつ、淡々と答える。
「先生とやらは、御殿唯一のアウル覚醒者と聞いている。確かに油断はできない。皆でかかるのが一番の安全策かもな」
茶色い髪を櫛でときながら、紺屋 雪花(
ja9315)も頷いた。
「タイミング的には、アコヤちゃんを助ける前がいいですぅ?」
アコヤと同年齢くらいに見える、深森 木葉(
jb1711)が、皆に尋ねた。
「そうですね。御殿の人たちが全員反省した後の方が、アコヤさんも安心するでしょう」
香里が、用心棒の仕置きについて、打ち合わせる。
「あの、あたし、演出上、御殿のブレーカーを落としたいんですけれどぉ、いいでしょうか?」
木葉が尋ねると、アイリスが「こちらには都合がいい」とのった。
「悪いがタイミングを教えておいてくれ。俺はひと芝居打つつもりだからな」
「そうですね。私も、明かりが少し必要です」
「我輩はどちらでもかまわんぞ。まあ、タイミングは知っておくに越したことはないか」
雪花、香里、パウリーネの順に木葉に答える。
しっかりと作戦を練り、アコヤに食べさせる予定の、栄養食の準備までして、皆はそれぞれ持ち場へと散っていった。
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人々が思わず足を止め、振り返る。
そこには、礼装をぱりっと着こなし、上品な香水をほんのりと香らせた美男が立っていた。
雪花である。
店員に声をかけ、御殿の奥方に会えないかと尋ねる。
「ベガスから帰国したばかりなのですが、こちらで美しい見世物があると伝え聞きまして、より観客を呼び込めるようお手伝いしたく‥‥ああ、私は奇術師のコウヤと申します」
雪花は簡単な手品をやってみせる。店員はしばらく目を引き付けられ、本物だと確信したらしく、奥方の部屋に通じる裏口へと雪花を案内した。
「あらぁ、イケメンちゃんねぇ♪」
るんるんと出てきた奥方を見た瞬間、雪花は回れ右をしたくなった。
厚く塗りたくられた白いファンデーション。赤い口紅がひときわ浮いて見える。派手派手でゴージャスなドレスからは、むっちりした手足が伸びており、まるで着飾った白豚のようだった。
巨大なお尻を、くねくねと気色悪く振りながら、奥方は雪花に迫る。
「どうぞ、あなたの手品を見せてちょうだい。ラスベガス仕込みの手品ってどんなものかしらぁ?」
「それではご覧にいれましょう」
手にしていた杖がぽんと花に変わる。そちらに注目されている間に、リズミカルに、逆手に銀枝ティアラが出現。更に花束が現れて、雪花は奥方へ優雅に花束を差し出した。
「私は美しいものが好きなのです。あなたにこそ、この花は相応しい」
(‥‥とは全く思わねーけどな)
心の中に本音をしまいこみ、「是非二人きりで」と書かれたカードを、奥方が花束の中に発見するのを待つ。
パチパチと、つけまつげでごっそり盛られた、奥方のまぶたが動いた。
「じゃあ、商談の続きは奥でしましょうねぇ。こっちよぉ」
ぽっと頬を染め、奥方は雪花を自分の部屋に誘い込む。
雪花はさりげなく、動録画モードの携帯を、自分が写りこまない位置に仕込んだ。
「では奥方さまにだけ、特別にお見せいたしましょう。奇跡のイリュージョンへようこそ! 種も仕掛けもございません」
<It's Show Time>で完全に奥方の視線を釘付けにする。花が舞い、鳩が飛ぶ。
「奥方さま。貴女に出会えた奇跡に、感謝を」
ぷっくりと膨れた白い手を取り、軽く口づける。みるみる赤くなる奥方。
「ああ、ベガスに貴女と帰れたら良いのに‥‥」
「つ、連れて行ってくださっても、構いませんのよぉ?」
「ですが、貴女はご家族の居られる身です。そういうわけにはまいりません」
雪花は奥方の性格を探りながら、夢を見せるように口説いた。
「もし2人で暮らせたなら、専属デザイナーに、毎日貴女だけのドレスを作らせたい‥‥」
「ああ‥‥2人だけの夢のような生活が、待っているのですねぇ。行きましょう、ベガスへ」
ダメだこれは。雪花は心の中で奥方を睨んだ。腐ってやがる、心根まで。
「では最後に、とっておきの手品をお見せしますよ。ご協力ください。少しお手を借りますよ」
柔らかな口調で耳元に口を寄せ、「目を閉じて」と囁く。
「その魅惑的な唇を塞がせていただきたいのです」
頬を染めた奥方が素直に従う。
雪花は、奥方の口をガムテープで塞ぎ、ぷよぷよの両腕を後ろ手に縛り、腐った牛乳と香水一瓶を頭からざばっとかけた。
「ここでの会話は、ばっちり記録させてもらいました。復讐は意味がありませんし、私が公開する気になれば、貴女の人生も、この見世物御殿も、おしまいです」
一部始終を記録した携帯を回収し、雪花は「どんなに着飾っても無駄ですよ。心が醜ければただの歩くボロ雑巾だ」とひとこと吐き捨てた。
その足で、奥方の部屋に続くバスルームに墨汁を仕掛け、発煙手榴弾を部屋に投げて扉を閉める。
扉の向こうで、火災報知機が鳴りだし、屋内スプリンクラーが勢いよく水を撒き散らす音が聞こえてきた。
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香里は、翡翠色のチューブトップワンピースの上に、白い胸開けタートルネックを着て、蒼海布槍をストールに見立てて羽織り、観光客の振りをしていた。
「随分高いんですね」
見世物小屋で、かなり高額と思われる料金を支払う。
「その甲斐はありますよ、お嬢さん」
きらびやかな衣装を着た番人が、自信たっぷりに香里の背を押した。
淀みのない口上の後、見世物のアコヤが檻の中に姿を現す。やせ細った子供という感じだが、あちこちからライトを当てられて、衆人環視の中で、御殿の住人たちにいじめられる。
美味しそうなおやつを目の前で食べられ、届きそうで届かない棚の上に置かれたり。
冷房のかかった状態で、冷たい水を浴びせられたり。
アコヤが泣くと、涙真珠がぽろぽろとこぼれて、きらきらとライトに光る。
観客は「綺麗だねえ」と言いながら、アコヤを笑ったり、罵ったりして、もっと泣かせようと騒いでいた。
「すみません。途中でコンタクトを片方落としたみたいで‥‥」
香里は客が全員退出した後、番人と2人きりになる様に、人気のない場所へ誘導した。
2人で這いつくばって探すふりをする。番人の視線は、香里の胸元に釘付けだ。
「みつかりませんね」
ワンピースの裾を叩いて立ち上がり、鼻の下を伸ばしている番人に向き合う。
そのまま<全力跳躍>で番人の頭上を飛び越え、<手加減>を使いながら、番人の首に蒼海布槍を巻き付ける。
「無法は許されないのです!」
美しい蒼色の布地に、波の模様が描かれた布槍をぐいっと締め上げながら、着地の衝撃で番人を気絶させる。迅速に番人を縛り上げ、見世物小屋の鍵束を回収する。
「さて、アコヤさんをすぐにでも助けたいところですが‥‥皆との合流を待ちましょうか」
まだ強敵・先生との戦いが控えていた。
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パウリーネは香里とは離れた席で鑑賞し、見世物ショウが終わると、そのまま裏手に回った。
<物質透過>で、するりと従業員控え室に入りこみ、<ハイドアンドシーク>で闇に潜む。
もう少ししたら、木葉がブレーカーを落とす時間になる。
フラッシュライトを使えるように用意しておいて、死のソースをたっぷりとハンカチに染みこませておく。
少し待った。
じいやがブツブツ言いながら、「番人め、どこへ消えよった」と控え室に入ってくる。
即座に蹴り倒して拘束するパウリーネ。
死のソースたっぷりのハンカチをじいやの口に押し込み、吐き出せないようにガムテープで口を塞ぐ。
「これで好きなだけ涙を流すといい。好きなんだろう?」
「むぐ‥‥!!」
力なく暴れるじいやをガムテープで更に拘束し、<悪魔の囁き>。手が届きそうで届かない所に、ペットボトルの水を見せつけるように、ことんと置く。
「さあ存分に涙を流すが良い。死のソースは美味しいか?」
じいやは悶え苦しみ、目に涙をためていた。ごろんごろんと床を転げまわる。
「別に、貴様等の行く末なんて、知った事では無いのだよ。ただ我輩がその一部を握っているというだけで‥‥ああ、安心して? 隠蔽工作は昔から結構得意なんだ」
ぺろりとパウリーネは舌で唇を舐めた。声色が、殺意をもった者のそれに変わる。
「“無事に”全てを終わらせてやる」
「イィッ!!?」
じいやは悲鳴をあげたのだろう。だが、テープで塞がれ、死のソースが満たされた口からは、声らしきものは出なかった。代わりに涙がしわしわの顔をつうと流れ落ちた。
パウリーネは冷ややかな顔でそれを見届けると、「目標の心を折って泣かせるまでが我輩のターンな?」と呟き、ペットボトルを蹴ってじいやから更に遠ざけ、そのまま控え室を出て行った。
(嫌がらせレベルに始まり、悪役レベルに終わる‥‥それが我輩のやり方だ。さて、用心棒の先生をどうするかだが‥‥)と、もう次の手を考えていた。
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木葉は御殿の居住区域のブレーカーを落とした。視界が真っ暗になる。
白い幽霊を思わせる着物が闇に浮かび上がる。
「ちょっと、どういうこと? 信じらんない、ネトゲ中だったんだけど!?」
娘の部屋から罵声が聞こえてくる。
「なによ、電気つかないじゃない! どういうことよ? 誰かいないの!」
木葉はこっそり<奇門遁甲>を、ドアを開けたものに向けてかけた。
方向感覚を狂わせる目的だったが、【幻惑】されて娘は混乱し、無我夢中でドアを蹴り始めた。
「きゃー、わ、わああー」
完全にパニクっている。
「お姉ちゃんがいなくなったの‥‥。お姉ちゃん‥‥、どこ‥‥」
闇の中にうずくまって、しくしくと泣く幽霊役の木葉。
アコヤの関係者を装って泣き真似をしながら、そろそろと小粒のガラス球を数個落とす。
娘を目に留め、幽霊のようにゆっくり立ち上がり、木葉は振り向く。
<忍法「魔笑」>を使用し、妖しく美しい笑みを浮かべる。
「お姉ちゃんを‥‥、さらった奴らと‥‥、同じにおい‥‥」
「ひ、ひーっ!?」
再び【幻惑】された娘は、状況の正確な把握を行うことができず、無我夢中で攻撃を仕掛けてくる。
一般人の精一杯だが、撃退士には何ともない。
木葉を蹴るほど、殴るほど、娘自身の足が、拳が傷つく。
す〜っと近づき、娘の服の袖を掴み、尋ねる木葉。
「お姉ちゃんの‥‥、涙‥‥、どれだけ‥‥、流したの‥‥?」
「知らねーよ! 知らねーってば!!」
「うふふふふ」
無邪気に笑いながら、木葉は畳み掛ける。
「あなたの‥‥、涙‥‥、何になるの‥‥、かしら?」
「痛え、痛ぇよ、畜生ゥ、何なんだよ!」
無傷のまま、にたぁ〜っと笑う木葉。
「あなた‥‥、泥水の‥‥、におい‥‥。そんな目‥‥、いらない‥‥、ね?」
指をそっと娘の目の前に持っていき、如何にもえぐり出そうと演じる木葉。
袖を持つ手を緩めて、娘が逃げてくれるのを待つ。
「はぁ‥‥はぁ‥‥何なのこれ‥‥訳わかんね‥‥アンタなんなの?」
【幻惑】がとけ、娘は散ったガラス玉に足を取られて転倒した。そのままへたり込む。
(逃げだしたら、<忍法「髪芝居」>を使用し、髪を不気味にざわめかせながら縛り付ける予定だったのですぅ。予定外なのですぅ)
娘をホラーっぽく、心理的に追い詰めるはずだったが、【幻惑】の効果が予想外だった。
やむなく木葉は、<魂縛符>で【睡眠】させ、娘をベッドに寝かせた。
(煮沸した泥水も用意してきましたが、どうしましょう?)
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「誰だ、電気を消した奴は!」
町長は手探りでブレーカーへと向かっていた。何処からか、子供の泣き声のようなものが聞こえてくる。そのうち、首筋を冷たい手が触れる感じがしたり、ラップ音が鳴りだしたりした。
「嫌がらせか? わしは屈せぬ、屈せぬぞ」
ぽたぽたと液体の垂れる音。そして、天井から舞い落ちてくる偽札。
しかし、暗すぎて町長にはよくわからない。偽札は、触っただけで紙の質感から、見破られた。
「わしを莫迦にしておるのか?」
と、闇の中にひときわ暗い影が現れ、<瑠璃色の邪眼>を見開いた。闇よりも濃く深い瑠璃色に染まった瞳が、町長に強制的に、深淵の深みを覗かせる。
【束縛】されて動けなくなった町長を、アイリスが背後から絞め落とす。
「欲に溺れ、尊厳を忘れた亡者には闇の底が似合いだ。恐怖に溺れ、人の情けを咽び乞え」
ブレーカーが操作され、電気が点く。
血糊や偽札を回収しながら、アイリスもまた、用心棒の対処に心を砕いていた。
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皆が合流し、用心棒対策を協議していると、マリカせんせーが複雑な表情でやってきた。
「あの人、逃げちゃったみたいですー」
せんせーは小首を傾げた。
「学園から撃退士が5人も来ているって、町の噂になっているんですー。で、敵わないとみて逃げちゃったそうですー。タクシーの運転手さん情報なのですー。皆さん、追いますー?」
全員、拍子抜けである。まあ、追うまでもないかと判断し、皆はアコヤを助け出すことにした。
香里が手に入れた鍵束で、アコヤの閉じ込められている檻を開ける。すえた臭いが漂ってきた。
「アコヤちゃん、ここから出ましょう〜」
木葉がにっこり微笑んだ。
アイリスが、お湯とタオルでアコヤの汚れをざっと落とし、<原初の調>でアコヤの心身をゆっくりと癒す。
香里が、用意しておいた栄養食を、よく噛ませて、少しずつ与える。温かい飲み物も胃に負担がかからないように、ゆっくり飲ませる。
「美しいお嬢さん、自由の使者がお迎えにあがりました。涙が美しいのは心が美しい証、涙が朽ちるのは悲しみの結晶である証。そう、悲しみは潰えるもの」
雪花がアコヤに手を差し伸べる。
「もう貴女の涙を求める者はおりません。貴女には笑顔が何より似合うのですから」
「そうですよ。貴方を泣かせていた人達は懲らしめましたから、ここを出ましょうか♪ これから貴方のしたい事をお手伝いします♪ 何がしたいですか?」
香里の質問に、アコヤは笑顔で、ぽろぽろと涙真珠をこぼした。
「有難う‥‥嬉しい。早くこの町から出たい、です」