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『お米、野菜、冷凍肉、冷凍魚。
それぞれ500人分を5日間もつ程度の量で』
某所地下街のベンチにて、グウェンダリン(jz0338)は買い物メモを眺め、深くため息をついた。
何処へ行って何をすればいいのか、さっぱり見当もつかない。
通りがかったチャラい男たちが、つと足を止める。
「そこのねーちゃん、一緒に茶でもどうよ?」
「お茶、ですか。それは‥‥買うべき品ではありません」
メモから目を離さずに、グウェンダリンは淡々と返す。
「いや、そうじゃなくてよぉ‥‥俺たちと遊ばねえか、ってこと」
「遊ぶ? そのような命は受けておりません」
ナンパ男たちに対し、無表情で返答する使徒。男達には目もくれない。
「おおお? なんだこの状況?」
イリス・レイバルド(
jb0442)は、思わず足を止めた。
「えっと‥‥何をしているんですか?」
狗猫 魅依(
jb6919)、いや、内なる人格・仙狸は、依頼を終えて、川澄文歌(
jb7507)と津島 治(
jc1270)と一緒に、学園へ帰るところだった。
(‥‥アイエエ‥‥キモノ?‥‥ナンデ?‥‥オマケニ裸足トハ。トッテモ非効率的ネ)
長田・E・勇太(
jb9116) が、地下街の端から双眼鏡で、様子を覗いている。
「やあグウェンダリンくん、奇遇じゃあないか。こんな処で如何したんだい?」
治が紳士的に声をかけると、舌打ちをしてナンパ男達は去っていった。
「‥‥何だか危なかったみたいですぅ。良かったですねぇ」
御堂島流紗(
jb3866)が「はじめまして」とグウェンダリンに声をかける。
「危なかった、ですか? わたしが?」
どんよりした青い目を、ゆっくりと流紗に向けるグウェンダリン。
「はい。ああいう輩にうっかりついていってしまいますとぉ、生きたまま内臓を取られてですねぇ、外国に売り飛ばされてしまうらしいんですよぉ」
流紗はのんびりほのぼのと、とんでもないことを言い出した。
「どこの国の話だよ!」
イリスがつっこむ。
皆は、グウェンダリンが買い物メモを手にして、途方に暮れているという状況を、理解した。
「成る程、二階堂くんから与えられた仕事か。然し如何したら良いか解らないと。では、僕達が手伝おう。何、心配無用だよ」
治が請け負う。
「おーけい。まず整理すると、グウェンダリンちゃんはアレだ、原磯ってとこで、人間護ってる主様とやらの使徒だ。そして原磯には友達がいるから、ボクはちょびっと対応が慎重にならざるを得ない」
「えっと、グウェンダリンさんは使徒なんですか?」
イリスの独り言に反応する流紗。グウェンダリンは「そうですが?」とあっさり認めた。
「裸足だと、ケーサツに職務質問サレテ、任務遂行の邪魔にナルネ。とりあえず、ババアのお古をプレゼントネ。後でしっかりした靴を買うトイイヨ」
勇太は、どこか使い古した感のある、女性仕官用のミリタリーブーツを履かせた。
「ムム、意外と小さい足ネ。ババアのサイズだとブカブカしちゃうネ」
こうして、赤い着物にミリタリーブーツという、素敵なコーディネートが完成した。
グウェンダリン本人を除き、女性陣が顔を見合わせる。
「‥‥とりあえず、どこかのお店で着替えましょうか。さすがに、着物にぶかぶかのミリタリーブーツじゃ目立ちますし、お店の人も困りますからね‥‥」
仙理の言葉に頷き、文歌が衣料品店をスマフォで検索して向かう。
「何故、この格好ではいけないのでしょうか?」
理解できない様子で、グウェンダリンが尋ねる。
歩くたびに、ぶかぶかのミリタリーブーツが、ポコポコ音を立てる。
「いいですか、『お買い物』をする時は、靴に洋服が基本です。周りを見てください。お店で靴を履いてない人や、目立つ和服を着た人なんていないでしょう? 人の世界には人のルールがあるんです。それを守らないと、マスターさんの任務はこなせませんよ」
文歌がきっぱりと断言してみせた。
「そうなのですか?」
グウェンダリンは小首を傾げた。
「そうとも、グウェンダリンくん。靴と服を買いに行こうではないか。いや、撃退士の僕達に言われたくは無いかも知れないが、君の格好は目立つ。人の世に溶け込むというのも必要な事だよ。其れに、君は美人だから、其の服だけで無く色々な格好を見てみたいんだ」
治の言葉に、グウェンダリンは「色々な格好を見てどうするのですか?」と尋ねた。
「ははは、別に如何もしないが、見たいものは見たいのだよ」
そう言って治は、きょとんとしたグウェンダリンにウインクした。
(これ、『初めてのお使い』だっ!? 絵的なギャップもあってスッゲイ脱力感! 機械的っつうか、人形的っつうか、そんな印象だったグウェンダリンちゃんが「困ってる」!! 人間的な部分、ちゃんとあるっぽいねー)
意外なものを見る目で、イリスは胸中で呟いた。
●
婦人洋品店にて、治が口を開いた。
「僕と長田くんは外で待っているよ。流石に紳士の嗜みとして、其処はご婦人方にお任せするしか無いからね」
男衆2名を外に残して、女性陣は下着売り場へ。
「何を隠そう、ボクは人に可愛い系の服を着せるのが好きだったりするんだよ。これなんかフリフリしていて可愛いんじゃないかな!」
イリスも気が付くと、ノリノリで、グウェンダリンに着せる下着を選んでいた。
更衣室の中で、グウェンダリンのサイズを測っていた文歌が、思わず声を上げた。
「すごいモデル体型ですね! 胸は和装ブラで潰していたんですか。時々は、ちゃんと普通のブラもつけるようにしないと、形が悪くなっちゃいますよ」
「えっと、カップサイズはお幾つだったんですぅ?」
流紗がのんびり尋ねる。文歌はカーテンから顔を出して、「F70‥‥」とだけ答えた。
「なんだってー!!」
慌ててイリスが、手にしていた可愛い下着を棚に戻す。
さて、大きいサイズで可愛い下着というのは、売り場にはなかなか無いものだ。
店員を呼びつけ、在庫を探してもらい、漸く下着の買い物は終わった。
続いて、洋服売り場に場所を移す。今度は男性陣も一緒だ。
新しい下着の包みを抱えて、従順にグウェンダリンは皆についていく。
「ワンピースなんかがいいでしょうか? 靴はヒールやサンダルが合いそうでしょうか?」
仙狸が幾つか、めぼしいものを選ぶ。
「彼女には、清楚な服が似合いそうだね。靴は踵の高い物より低い物の方が馴染むだろう。此の髪飾りも似合いそうだ」
治も自分の趣味で選んでいる。
「さあ和服からゴスロリに羽ばたくがいいさ! そして翼型の髪飾りを贈ろう。ボクの定番さ、おっと感謝の言葉はいらねえぜ?」
だいぶ皆と違う路線で、イリスがゴスロリ衣装を選択する。
グウェンダリンは試着室に閉じ込められっぱなしだった。
文歌がそばに控えて、皆が持ってくる衣類を着せつける手伝いに回った。
「ミーはこれなんかイイと思うヨ」
勇太の選んだ、ちょっとミリタリーっぽい服を試着。
文歌が着せつけて、カーテンを開ける。
完全に、ちょっとしたファッションショー状態だった。
「それだけスタイルがいいと、何を着ても映えますね」
文歌は感心していた。今までのアイドル経験から、男性受けするセクシーモデル体型だと判断していた。女性受けするには、もう少しほっそりしているほうがいい。
水着でグラビアデビューとかも、いいかもしれませんね。文歌はこっそり考えた。
「そうですか?」
さして興味もなさそうに、淡々と呟くグウェンダリン。
「お着替えは楽しくないですか?」
「楽しいという言葉が、わたしには理解できません」
グウェンダリンには、本当にわからないのだ。
「良いかな、今日学んだ事は絶対に覚えて帰るんだ。不要? いいや、必要だ。二度と今回の仕事が与えられないと? 其れは甘い。もし次があった時に僕達はきっと助ける事は出来ない」
自分の選んだ服の試着を待ちながら、治が試着室のグウェンダリンに語りかけた。
「知り過ぎる事はいけないが、無知過ぎて解らないのもいけない。いきなりとは言わないが、ほんの少し、人間に興味を持った方が良い」
グウェンダリンは黙っていた。治が続ける。
「何か人間界の事について質問は有るかな? 嗚呼、其の前に確認だが‥‥君は天使か使徒か。使徒なら人間時代の事を忘れてしまったのか?」
「使徒です」
試着室の中から、素直にグウェンダリンは答えた。
文歌が背中のファスナーをあげながら、尋ねる。
「グウェンダリンさんは、使徒になる前のことは覚えていないんですか?」
「はい」
「そうですか‥‥つらい思い出、だったのでしょうか‥‥。でもきっと健気で可愛い人だったと思いますよ。だって今もマスターさんのため、原磯の人のためにこんなにも頑張っているんですから」
「わたしはマスターの指示に従っているだけです」
試着室のカーテンが開いた。
仙狸が「いいですね。清楚な雰囲気がありますし、ライン的にもワンピースが似合いますね」と賛辞を送る。
あとはサンダルを選んで、やっと本命の、食料品の買い出しだ。
「嗚呼、此処は奢らせてくれ給えよ」
治は財布を取り出し、選ばれた服とサンダル、そして髪飾りを手に、レジへ向かった。
●
「で、何を買うのさ? メモを見せてもらってもいいかな?」
イリスが手を出すと、グウェンダリンは買い物メモを差し出した。
『お米、野菜、冷凍肉、冷凍魚。
それぞれ500人分を5日間もつ程度の量で』
「‥‥もう1枚メモがあるみたいだけど、そっちは見せてくれないのね。で、とりあえず【どの店に行くんだい】?」
イリスの言葉に、グウェンダリンは黙って俯く。
「えっと‥‥これは凄い量になりそうですぅ。それだけあると、運ぶ業者さんとかも必要になりそうです。そこで登場するのがこのスマフォ、これさえあれば、この世の森羅万象を調べ尽くすことができるという画期的な機器なのです‥‥それで、どうやって調べるんでしょう?」
流紗は得意満面にスマフォを取り出し、にこやかに説明してから、固まった。
「コウシテ検索画面を出せばイイネ」
勇太がひょいひょいと検索し、業務用スーパーを探し出した。
一行は業務用スーパーにたどり着いた。
「とりあえずもう1枚メモ貰ってんでしょ? この前のパンフも丁寧で見やすかったし、メモが汚いって事はないでしょ? 見れば? それともなくした?‥‥見てもわかんないのかー」
店員を呼び出したはいいが、途方に暮れているグウェンダリンに、イリスが声をかける。
「とりあえずさー、ボク達に見せられないなら、店員さんにメモごと渡せば? それか、理解してなくてもいいから、メモの内容を店員に読み上げるとかね。ボクらが気になるなら、ちょっと席外してるから」
グウェンダリンはイリスに従い、メモを店員に渡した。
「承知いたしました。お支払いはクレジットカードで、一括先払いでよろしいでしょうか?」
店員の言葉に、黙り込むグウェンダリン。
「クレジットカードは、いわゆる魔法のカードで、これをポーズ付きで振ると、色んな不可能を可能に変える事が出来るという品物なんです。ただし代償も大きいので気軽には使えないとかなんとか‥‥実は恐ろしいカードなんですぅ」
グウェンダリンに、流紗が耳打ちする。グウェンダリンは店員に向き直った。
「‥‥どんなポーズをつけて振ればよろしいのでしょうか?」
「は?」
「クレジットカードの使い方です」
「??」
「御堂島さん、嘘を教えちゃダメですよ。グウェンダリンさん、二階堂さんからカードを預かっているんですね?」
やんわりと文歌が注意した。
このカードがあれば、お金の代わりに支払い出来ることを、勇太と一緒に説明する。
ポーズや振り付けなどは、特に必要ないことも、念入りに教え込んだ。
「購入品の選定や支払い、手続きはグウェンダリンさん本人にして貰いますよ。でないと覚えられませんからね。最後に、清算するときに“お支払いは一括先払いで”って言えばOKですよ」
「はい」
グウェンダリンは頷き、何とか任務である「お買い物」を達成した。
手に入れた領収書を、宝物のように大切にしまい込む。
「食材が確保できましたので、後は運搬とかですけど‥‥それはどうなっているんですぅ?」
流紗が尋ねる。
「先ほどお店にメモを渡しましたので、そのようにしていただけるかと」
「ちなみにどういう手順になっているんですか?」
「‥‥原磯の場所は訊かない、そういう決まりだったね」
さりげなく尋ねた文歌の声を、治が遮る。
「まー個人情報とか大事だからねー。警戒は大事っさー」
イリスがこくこくと頷いた。
「ところで、最後に聞きたいんですけれど、グウェンダリンさんはマスターさんのことが好きなんですか?」
地下街に戻り、さて解散というところで文歌がふと尋ねた。
「好きとは何ですか? マスターはマスターです」
本当にわからないという顔をして、グウェンダリンは答える。
「グウェンダリンくん、僕は君に興味が有る。その空虚さと従順さに。如何やら君に面白さを感じ、魅了されてしまったようだ」
「‥‥魅了ですか?‥‥わたしは、何もしていませんが?」
治の言葉にも、首をかしげる。
「人間はよくわかりません。興味を持てと言われても、どう持てばいいのか、よくわかりません」
「グウェンダリンは、原磯の皆様と一緒に、ご飯、食べた方がいいですよ。必要なくても。皆様きっと歓迎してくれますし、それに、喜びますから」
「そういうものなのですか?」
仙理の言葉に首をかしげるグウェンダリン。
「ええ、そういうものです」
●
原磯に戻ったグウェンダリンを見て、双貌のドォル(jz0337)は「その格好は、どうしたんだい?」と細い金色の目を見開いた。
グウェンダリンの手には大荷物(普段着の着物入り)。清楚なワンピースにサンダル、見覚えのない髪飾りが2つ。
「よくわかりませんが、買い物には洋装が必要だそうで、これらを身につけるようにと」
淡々と事情を報告するグウェンダリン。ドォルは笑い出し、辰巳は驚いた顔をした。
「グウェンダリンさんはスタイルがいいんですね」
「まあ、食料調達のほうは、うまくやれたみたいだし、いいんじゃないかい。くつくつくつ」
まだ笑っているドォルに、グウェンダリンは尋ねた。
「マスター、わたしの生前は、どうだったのでしょうか? 記憶がないのですが」
ドォルは笑うのを止めて、ゆっくりと言い含めた。
「もう思い出せないようにしたし、思い出す必要もないさ。きみに残した感情から、察することは出来るだろう? 思い出して良いことはないと思うよ」
「わかりました」
グウェンダリンは素直に頷き、着慣れた赤い着物に着替えるべく、「極楽園」事務所の更衣室へと向かった。