●はじめましてが言えない
割り当てられた第四調理室にて、アリス・シキ(jz0058)は、緊張でカチカチに固まっていた。
「じゃあ、僕はレジャーシートを借りて、そのまま場所取りに行っちゃいますねー」
(友達だからって、過保護になっちゃいけないからね)
爽やかに笑ってお菓子部仲間の鈴代 征治(
ja1305)が行ってしまう。アリスは、同じく部活仲間の水無月沙羅(
ja0670)に、何かを目で訴えた。
「頑張って下さい、シキさまなら、やれば出来ます」
クールに返す沙羅。見かねた英 御郁(
ja0510)が口を開く。
「俺ぁ中等部1年、英御郁。あァ、学年の割にでけぇのはアレだ、実年齢は18歳なんでね。勉強は苦手。っつー事で察してくれ☆ 趣味はゲームとスポーツ全般。好きなもんは、ゲーセン通いと身体動かす事。嫌いなもんは、面倒くせェ事。‥‥自己紹介なんて、こんなんで良いんじゃね?」
「は、はいっ! は、はじめまして、シキと申しますの。この度はどうぞ、よろしくお願いいたしますわ‥‥」
か細い声だったが、御郁のお蔭でやっと言えた。木ノ宮 幸穂(
ja4004)がにこにこっと笑顔で挨拶を返す。
「はじめまして、かな。高等部1年の木ノ宮幸穂だよ。よろしくねー。お花見楽しみだねえ」
「高等部一年の星杜焔。父が日本人母が北欧系のハーフです。よろしくね〜。シキさんは同名の少年から良いお人柄を伝え聞いているよ〜」
星杜 焔(
ja5378)の言葉に、「そ、そんな、とんでもないですわっ」と赤面して俯くアリス。
「顔合わせなんて、気構えずに、もっと気楽にやればいいんだよ! ちぃ〜っす!」
「あ、その挨拶いいね! あたしからも、ちぃ〜っす!」
露草 浮雲助(
ja5229)に続き、砥上 ゆいか(
ja0230)が元気いっぱいの笑顔を向ける。
「初対面でちぃ〜っすはどうだろ? でも、手っ取り早く打ち解けるにはいいかな?」
矢守 司郎(
ja6992)が小首を傾げている。
「ねぇねぇ、お花見団子の他に、ロシアン団子を作ってみない? 1人1個中身がわからないお団子作って1つの容器にまとめて、後は運任せで食べるの。どうかなー?」
「面白そうだね!」
「いいね! やってみようよ!」
「あ、でも、食べられないものは入れないってお約束で!」
「おっけー!!」
幸穂の提案で一気に場が盛り上がる。そこをすかさず、スマートフォンで撮影する沙羅。シャッター音をミュートにしてあるので、皆の笑顔など撮り放題である。
「えっ、えっ、でも、わたくし、小食ですので、そんなに沢山は食べられませんの‥‥」
狼狽えるアリス。
「じゃあ、お団子を小さめにしよう!」
有無を言わせない勢いで、企画が立てられた。
めいめい、共同で買うものと、各自でこっそり用意するものを分けてメモをし、買い出しに出る。
早めに買い出しから戻った幸穂は、調理道具や容器などの準備をして待っていた。
●どんなお団子を作ろうか?
全員、買い出しから戻り、人によっては髪をまとめ、手洗い・うがい・アルコール消毒を済ませ、エプロンや三角巾や割烹着を身に着け、お団子づくりがスタートした。
「お団子とひとくちに言いましても、色々作り方がありますが‥‥」
作り方が分からない人のために、沙羅が手ほどきをして回る。時にさりげなくスマフォを取り出し、盗撮の如く写真撮影に励む。皆の真剣な表情、やっちゃった感満載の表情、笑顔、何気ないやりとりが、次々とスマフォにおさめられていく。
「お湯で混ぜすぎると固くなっちゃうから、加減して‥‥でも串にさすから、少しは硬さが欲しいし‥‥これくらいかな?」
ゆいかが、慣れた手つきで団子タネをこねている。職人のように作業は手早く、形も綺麗である。
「えーと、お団子の大きさはー小さ目でー‥‥」
幸穂がアリスの作るお団子の大きさを目測しに、調理台にやってきた。
「白玉粉と上新粉と絹ごし豆腐とお砂糖少々を混ぜまして、3等分し、もぐさと‥‥わたくしは苺の果汁をほんの少し使うのですが、色をつけて、茹でるのが簡単でいいと思いますの。食紅でもよろしいのですが、添加物が好きでないものですから‥‥」
アリスは初心者向けの簡単お団子を教え、御郁が「こ、こうか?」と慣れない手つきで真似をしていた。
「コシのあるお団子目指して〜、せいやっとォーせい〜っ!」
焔が、うっすら赤く色づけして炊いたもち米を、麺棒で搗いている。ボウルはがっしりと司郎が押さえていた。
「よいしょー!」
「よいしょー!」
掛け声にも力がこもる。
(それ‥‥お餅、じゃない?)
はい、恐らく、甘納豆辺りを混ぜて丸め、アルミカップに入れるのだと思われます。
ものの本によると、これも花見団子の一種らしい。
でも焔の手作りだから、きっとおいしいよ!
「おお、どれもこれも、おいしそう‥‥!!」
自作お団子の粗熱をとっている間、浮雲助が皆の調理台を見て回っていた。思わずひょい、とつまみ食いをしてしまい、ゆいかに「こらぁー!」と怒られる。笑顔で「ごめんなさい! でもすっごくおいしかったです! ごちそうさまでした!」と謝る浮雲助。すかさずスマフォで撮る沙羅。
「笑顔で謝るなー!」
「だって、本当においしかったんですよー!」
ゆいかと浮雲助が、じゃれあうように口喧嘩を始めた。怒っている筈のゆいかも、お団子を褒められて満更でもない様子だった。
「シキ先輩は、なんでこんな沢山作るンすかぁ?」
ふと気づいて、御郁が首を傾げた。
アリスは、今はあの簡単お団子ではなく、皮から本格的に作っている。大きさこそ小さ目だが、トータルでお団子4人前はあるのではないだろうか。黙々と3色ずつ串にさしていたアリスが、顔をあげて、手を止めた。
「バイト先の所長へのお土産と、水無月さんの分と、場所取りをして下さっている鈴代さんの分と、自分の分ですの」
そういえば、場所取りをしている征治と、指導に回っている沙羅は、自分の分を作れずにいる。へェ、案外気が利くンじゃねーか、と御郁は意外に思った。
●場所取り待機も楽じゃない
一方、桜が満喫できる場所を見繕い、レジャーシートを敷いて、縁に石を置き、征治はひとり待機していた。
しばらくすると、柄の悪そうなにいちゃんたちが、肩をいからせてやってきた。
「おうおうおうおう、誰に許可もらってこの特等席に居るんだ、ああん?」
顎をつきだし、リーゼントのにいちゃんたちは、征治にどけと迫る。
「まあ、場所を変えるのは構いませんが‥‥ここ、とっても毛虫が多いんです。ぼとぼと落ちてくるんですけれど、それでもいいですか?」
にっこりと応対する征治。
「け、毛虫だと!?」
「うげっ、そんなとこでメシなんか食えっかよ!」
いかついにいちゃんたちは、あっさりと去っていった。勿論、咄嗟に征治が考えた嘘である。この場所が、ちゃんと安全圏であることは確認してある。
「いやあ、気が抜けないなぁ」
征治は笑顔で呟き、桜を見上げる。思い出のなかの桜。つい、思索にふけってしまう。
1年前から、自分は少しでも「変われた」のだろうか。
喧嘩ひとつしなかった自分が、天魔との闘いに挑み、傷つき、悔やみ、悲しみ‥‥そして一方では、学校行事や部活などで楽しい思い出も沢山出来た。
嬉しいことも、哀しいことも、これからもまだまだたくさん体験するのだろう‥‥。
変わらないものなどない。背だって徐々に伸びている。「なんかつまんなそう」と言われた彼は、今やお菓子部で「ダイエットアドバイザー」兼「某チョコ菓子の宣教師」で通るようになっていた。他の部活でも、楽しくやれている。友達もたくさん出来た。
変わらないものなど、ない。
ひとりぼっちに見えたあの人にも、もっと友達が出来て、きっといつか、広がった世界に自分で飛び込んでいくのだろう。
それでいい。それで、いいじゃないか。
‥‥ああ、笑顔がみたいなあ。
思索にふけっている間も、様々な人が場所を奪いに来ては、やんわりと征治に追い返されていた。
(やれやれ、もう一人くらい、待機要員が欲しかったかな?)
そんなことを考えていると、大荷物を持った皆が、遠くから手を振りながら近づいてくるのが見えた。
●お花見開始!
「今日は風がなくて、本当に良かったね! 鈴代君、場所取りありがとね!」
司郎が元気いっぱいに、ずざざざーっとレジャーシートに滑り込む。
「靴は脱ぎましょうねー?」
幸穂に言われて、素直に従う司郎。
「洗いものとか、買い出しとか、司郎が積極的に手伝ってくれて本当に助かったよ!」
ゆいかがそう言いながら、紙食器、割り箸、ウェットティッシュ、飲み物、塩味系お菓子などを並べ、各自作った花見団子を並べた。
「本当!? やったぁ!」
嬉しそうに笑う司郎。
「場所取りしてくれてた鈴代先輩感謝ッス!」
御郁が片手をあげる。
「あれ? 水無月さんとアリスさんは‥‥?」
征治が尋ねると、「着替え中だって〜」と焔がお団子ディップを並べながら答えた。
桜餡・梅餡・鶯餡・皮を丁寧に取り除いた小豆漉餡・黄粉・芋餡・栗餡・粉砂糖・雪塩
「水無月さんから聞いたんだけどね〜、お花見の三色団子は、春と夏と冬を表していて、秋がない=飽きない、んだって〜」
焔は「だから黄粉と芋餡・栗餡が秋で、粉砂糖と雪塩は冬の演出だよ〜」と続けた。
「甘さ控えめの秋団子も作ったから、どうぞだよ〜。こっちが紅葉狩りで、こっちが十五夜月見ね〜」
箱の底に、藍地に金の月の描かれた重箱と、紅葉の描かれた重箱に、色とりどりのお団子を並べてある。
凝り過ぎである。だが、それがいい。
浮雲助が「調理室の片づけ終わったよー!」と戻る頃、沙羅と、着物姿のアリスが風呂敷を抱えて到着した。
「膝の位置をなるべく動かさずに、すり足で歩くのです」
「は、はい」
おずおずとアリスは進み、何とかレジャーシートに正座した。御郁が桜茶を用意してくれていたので、まずはそれで乾杯し、その間にガスコンロでお湯を沸かして、アリスに日本茶を淹れてもらおうという話になった。
各自、花見団子を広げる。浮雲助のお団子がやたら大きく見えるのは何故だろうか。
「あの‥‥水無月さんと、鈴代さんの分も、お作りしましたので、どうぞ召し上がって下さいませ」
「え! え! いいのですか?」
「でも、私は今日は撮影担当なので、食べられませんよ?」
征治と沙羅が、アリスに渡されたお団子に驚き、恐縮していた。
「残した分は任せてよ!」
食いしん坊の浮雲助がここぞとばかりに自己アピールをする。焔の秋団子の量を見た皆は、ブラックホール・ストマックの持ち主の存在に安堵した。
お団子は、残すとすぐにかたくなってしまうからね。
桜茶が行き渡ったところで、御郁が立ち上がった。
「お疲れさん、と、これからもよっしく、って事で♪ かんぱーい!」
コップを掲げる。皆もコップを持ち上げ、「かんぱーい!」と続いた。
沙羅がスマフォと、幸穂から預かったデジカメで記念撮影。征治も写メで撮影する。
更に、近くの人にお願いして、沙羅も一緒に写った記念写真をパチリ。皆のいい笑顔が撮れた。
「俺、この写真大事にするんだー。いい思い出が出来たよ♪」
司郎が嬉しそうに笑った。
●ロシアン団子!
「桜、綺麗だねー」
幸穂が素直に見とれ、沙羅が桜もスマフォにおさめた。
ひらりひらりと舞う桜を見ながら、日本茶を淹れ、花見団子をおいしく頂いた後。
「さて、ロシアン団子ですの」
風呂敷を解き、ロシアン団子を、幸穂に頼まれたアリスが無作為に配る。
「あう‥‥お、美味しい。辛いのとか酸っぱいのとか覚悟してたのに、何これ! 美味しいっ!!」
ゆいかが引いたのは、クルミ餡のお団子だった。
「あ、なんか違和感はあっけど、意外とうまっ!」
御郁は、幸穂特製のごま団子を引いた。
「う‥‥すっぱ‥‥」
「あーそれ俺のだ〜! 甘いお団子生地にすっぱい梅干のコラボ。意外とイケてない!?」
征治は司郎の梅干し団子を引き当てていた。無理無理無理、とぶんぶん首を振る。
「あ、おいしー! なぁに、これー?」
「アーモンド粉と林檎のお団子ですの。お口に合って嬉しいですわ」
幸穂が引いたのは、アリスのお団子だった。えーどんな味!?、と、女性陣が群がる。
「むぐっ‥‥!? ダ‥‥、ダイジョウブデス、タベラレマス」
浮雲助は御郁のカレー団子を引き当てていた。
焔は無反応に笑顔でもぐもぐしていた。味の程は全く分からない。
(多分あれ、あたしのよね‥‥。生地に白玉粉に牛乳とバナナペーストを練り込んで柔らかくして、中身の餡は白餡へオレンジの果汁を混ぜ込んで、イチゴを1つ丸ごと包んであるもんねっ!)
お団子の外見から、ゆいかが判断して、焔の反応が薄いのにちょっと落胆する。
「こ‥‥これは‥‥」
最後に司郎が引いたのは、焔の「桜の花塩漬けと鶯豆甘納豆一粒入団子」であった。
「しょっぱくて甘くて、なんか、口の中がカオス‥‥」
ああ、お茶がおいしいね。
●思い出を胸に
日が傾き、風も冷たくなってきた頃。じっと正座をしていたアリスの足もしっかりと痺れ(笑)、何とか根性で耐えていた。
「シキ先輩も楽しんでるか?」
御郁は、器用に、ひらりと舞った桜の花びらをそのままコップに受けて見せる。
「ほら、桜を浮かべて飲むと一層オツだろ?」
「は、はい‥‥」
「あ‥‥もしかして‥‥立てないくらい、足、痺れてます?」
「‥‥‥はい‥‥」
鋭い征治の問いに、こくりと頷くアリス。沙羅が「無理するから! もっと早く言って下さい。少しくらい足を崩してもいいのです」と呆れた。征治が「立てますか?」と手を貸す。アリスは立とうとしてよろけ、征治に危うく抱きとめられた。
「ああ‥‥わたくしの足がありませんわ‥‥」
完全に両足の感覚が無い様子だ。立たせるのは諦め、暫く足をのばして休ませることにした。
「今の内に片づけちゃおうか!」
皆でごみを回収し、分別する。アリスの復活を待って、レジャーシートを畳む。
「課外授業お疲れさん。皆にお土産だ。これからも仲間を大事にしつつ、闘いに備えてくれよ」
見回りの先生が来て、人数分の包みを残し、去っていった。
●夜桜と「アリスさん」の謎
焔が光纏し、虹色の光で桜を照らす中、「そういえば」と御郁がアリスに尋ねた。
「シキ先輩、なんで鈴代先輩にだけ、アリスの方で呼ばれてンだ?」
「鈴代さんはそうしないと、頭が痒くなったり足が攣ったりして、動けなくなってしまう難病なのだそうなんですの」
騙されている。皆が一斉にそう思った。征治は笑顔のまま、忍び足でその場から消え去っていた。
「ペンデルトン先生と同じ名前で紛らわしいですし、シキの方がよいのですけれど‥‥」
アリスが言いかけた途端。
「俺も難病もちでさ!」
「実はあたしも!」
難病患者が一気に増えて、アリスは「え? え?」と困惑の表情を浮かべていた。