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じゃらじゃら。
ショッピングモールのシャッターならぬ、数珠玉の実のカーテンが、左右に開けられる。
「おはようございます」
「おはよーさん」
カフェレストラン「ねこかふぇ・フラヒス支店」の従業員、アリスト・シキ(jz0058)は、お隣の酒販店【梵天】を営む赭々 燈戴(
jc0703)に挨拶をした。
「かはは、そっちの店のにゃんこたちは、今日もゴキゲンのようだなあ」
「おかげさまで、みんな元気いっぱいですよ」
みゃあーみゃあーと、しっぽを立ててエサ箱に群がる猫たちが、店の窓から見える。
「それより今日は配達ですか?」
「ん、ああ、天気がいいからな、樽を抱えて蜂蜜酒を売り歩くつもりだぜ。そうだった、うちの店員を呼びに行くところだったっけ‥‥にゃっぷし!!」
燈戴は猫のようなくしゃみをして、女性化した。アリストは「お大事に」と声をかける。
「花粉症持ちはこまるぜぇ、うにゃ〜、おしゃけのよいにおいでせかいがじてんしているかもー」
燈戴婦人は、抱えている樽の匂いにふらふらしながら、お花畑に向かった。
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腰のあたりにナナカマドの白い花をあしらったワンピースの、只野黒子(
ja0049)は、のんびりと空中散歩を楽しんでいた。ワンピースの中が見えないように、裾を絞ったドロワーズも着用している。
「そろそろ喉が渇いてまいりましたね」
ふわりと羽ばたいて、ショッピングモールに降り立つと、ちょうど喫茶店やお店が開店をはじめたところだった。とあるお店から、美味しそうな良い香りが漂ってくる。
「む! ここのお店のカレーは美味しそうですね、私の勘はなかなかはずれませんよ」
ショウウインドウのサンプルに見入る。
ねこかふぇ・フラヒス支店入口に立てられた、のぼりの文字が、爽やかな風でゆっくりとそよぐ。
「なんと、更に、牧場直送しぼりたてミルクアイスまでございますか。これは入らなければ後悔をいたしますでしょう、むむ、ここで休ませていただくといたしますか」
黒子が扉をくぐると、後ろから「コーヒーとケーキありますか〜」と、浪風 悠人(
ja3452)も入ってきた。
「いらっしゃいませ」
恭しく、執事のように迎えるアリストに、黒子は店内を見回した。
猫がくつろいだり戯れるスペース、猫と触れ合えるスペース、カフェスペースが区切られており、衛生に気を配っていることが見て取れた。
「この時期は、猫も毛が生え変わりますからね。万が一お客様のお食事に入りましたら、困りますでしょう?」
アリストが微笑み、「オーダーをどうぞ」とメニューを広げて見せた。
「特製カレーと、のぼりのアイスを!」
「あ、コーヒーとケーキをお願いします」
アリストが奥へ引っ込むと、悠人は黒子の隣の席についても良いか尋ねた。
「ナンパ目的等、不埒な理由がございませんのでしたら、構いませんが」
「そういうつもりはないですよ」
悠人は「ねこのことばがわかる本」なるものを本棚から引っ張り出し、にこにこしながら席について、ページをめくり始めた。
「面白いですね。猫にも、おいしいとかおいしくないって言葉というか、表現があるみたいですよ」
「私は、猫には味覚がないと聞いております。なんでも、匂いで味を判断しているとか? 浪風様の仰るように、おいしい、おいしくないと判断するのは、舌ではなくて鼻なのかもしれませんね」
「噛みごたえは好みがありそうですね。カリカリが好きだったり、柔らかいほうが好きだったりしますからね」
まったり歓談していると、黒子の特製カレー(アイスは食後)、悠人のコーヒーとケーキがテーブルに運ばれてきた。
「温かい飲み物を飲みながら、甘いお菓子を食べつつ本を読む‥‥幸せですねぇ、くぅ〜!」
コーヒーを口に含んで、ほにゃっと緩んだ表情をした途端。
悠人の胸がぽんと膨らみ、顔の輪郭や首まわりがほっそりとして、悠人は悠子になっていた。
「きゃ、きゃああ、ちょ、やだあ、見ないでくださいっ」
ひざ掛け用に用意してあるブランケットをひとつ拝借して、慌てて自分の体を隠す悠子。
「どうなさいました?」
「どうされたんです?」
アリストと黒子が同時に尋ねる。
「だってその、‥‥女の子の姿、すごく、恥ずかしい‥‥です‥‥」
頬を染めて俯く悠子。
そこへ颯爽と現れたのが、ショタっ子狐耳妖精、みくず(
jb2654)であった。
「この世界では、ふいっと女の子になるくらい、当たり前でしょ? ほら折角のふわふわケーキがしぼんじゃいますよー、ほらほらあーん!」
「あ、あーんっ」
悠子は甘いものを口にして、急に満面の笑みを見せた。
そのままぱくぱくと、美味しそうに、夢中になってケーキを食べ始める。
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「さて、マリス先生(jz0034)はどこでしょうー? みくずが大食い勝負にきましたよー!」
「お、おい‥‥」
みくずの連れ、紫 北斗(
jb2918)が蒼白になっている。
「あらあら何でしょうー?」
店の隅で猫と戯れていたマリスせんせーが話を聞き、大食い勝負が催されることとなった。
黒子がカレーを美味しくいただきながら、他人事のように眺めている。
うん、他人事だもんね。
次々と提供される大盛りの食事。
ぺろりと平らげていくみくずとマリスせんせー。
(ああ‥‥これせんせーの分も俺が払うんだな‥‥厨房の手伝いとか、皿洗いとかでも支払い可だとええなあ‥‥)
遠い目をする北斗。財布の中身をちまちま確認するが、とてもじゃないけれど、止めどなく運ばれてくる大盛り料理の料金を考えると、みるみる気が遠くなっていく。
(しかしどれもこれも、美味そうな料理やなあ‥‥)
「禊、いつ起きるんだよ、朝でしょ!」
一方、燈戴はくしゃみで再び男性の姿に戻り、眠そうに樽を抱えている藍那 禊(
jc1218)を激励していた。
「朝といえば今! モーニング! 甘いもの奢ってやるから仕事しろよ」
禊はこくりと頷き、こくりと頷き、こくりと‥‥舟を漕ぎ始め、髪がするすると伸び始めていた。眠くなると髪が伸びて女性になるのだ。
「‥‥朝?‥‥すんません、眠いから仕事は明日からにしてくれはりません‥‥?‥‥オヤツがパフェ‥‥やて‥‥?‥‥仕方ありまへんねぇ‥‥ほな‥‥頑張らせてもらいますわ‥‥ふぁあ‥‥」
「そうだ、そうだぞ! 黒蜜きなこパフェだぜ!」
黒蜜、と聞いた瞬間、禊は覚醒した。
「梵天特製の蜂蜜酒はいらんかねー。ノンアルもあるぜー」
「いらはりまへんかー?」
燈戴とともに、人が変わったかのように声を張る禊。
蜂蜜酒を売りまわりながら、一旦樽を店において、隣のねこかふぇに顔を出す。
「いつものくれよー」
「あ、はいっ。少々お待ちくださいませ!」
折しも、燈戴が声をかけたとき、ねこかふぇの中はみくずVSマリスせんせーの大食い決戦中。
アリストが作る料理の全てが、2人の胃袋に収まっていく。
何とか合間を縫って、黒蜜きなこパフェを禊の前に配膳するアリスト。
待ちくたびれて、うとうとし始め、髪が伸びて女性化しつつある禊。
何を勘違いしたのか、燈戴と禊を、脳内で「リア充かっぷる」認定してしまった北斗!
白い銀髪、黄金色の切れ長の目、ワイルドな超美形、バイトの鬼、そして残念なことに非モテ男、北斗は、非モテ心をこじらせて嫉妬の炎が昂ぶると、女性化し、「ゆかり」という名のアイドルになるのだ!
だが、その真の姿は一切、誰も知らないし、知られちゃいけない!
ねたましげな瞳が評判のアイドルだが、正体不明、お忍びだ!
慌てて北斗は姿を透明にした。妖精の羽の生えた、色っぽい女性の影だけが、椅子に残っている。
みくずとマリスせんせーの勝負は決着がつかず、カフェレストランの貯蔵庫を空っぽにしたところでお開きとなった。
「ふ、せんせー、また機会があったら勝負に応じてくださいね!」
「美味しかったですー、みくずさんもよく食べたのですー、いっしょに食べると楽しいですー」
「あれ?」
みくずが北斗を探していると、北斗は瞑想して自分を取り戻し、やっと透明化を解いたところだった。
「お会計は‥‥その‥‥つけ、でも、いいっすか? 払いますよ! 俺バイトの鬼だし!」
冷や汗を拭きながら、北斗はアリストに交渉した。
「いい食べっぷりだったな。店にも来てくれよ。他にも色んな旨いモンがあるぜ」
燈戴は手を振って、みくずとマリスせんせーを見送った。
「お待たせいたしまして申し訳ございません。食後のアイスでございます。これをもちまして、当店は、本日は終了とさせていただきます‥‥」
ようやく、黒子の待ちわびていたデザートが運ばれてきた。
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(今日もいい天気だね。うん、いい天気‥‥あーあ‥‥)
パウリーネ(
jb8709)は日傘をさし、少年パウルとなって、燦々と照りつける日を睨んだ。
日に当たるのは好きじゃない。
一言も、誰とも喋らない生活が、もう数ヶ月も続いていた事に気が付くと、友達作りか、せめて顔見知りを増やしたいと考え、あの辺なら人居そうだよね、と、銀色の羽をふるわせて、遊園地へ向かった。
炎武 瑠美(
jb4684)は遊園地に来ていた。
恐る恐る入ったお化け屋敷で、恐怖のあまりパニックになり思わず男性化、劇画調の濃い顔の少年、瑠宇に変身!
だが、瑠宇を恐怖させたものは、お化け屋敷の仕掛けではなかった!
(ふむゥ、妖精さんと言えば古今東西悪戯好き、ってのが基本よねェ‥‥キャハはははァ♪)
そう、黒百合(
ja0422)がお化け屋敷のハリボテの角度を変えたり、ライトを曲げたりして、より怖く演出していたのであった!
「ぎぃやあああああ!! なんてこったい、本当に人が死んでいるじゃないか!!」
それ、血糊をべっとりつけて半分ライトの影に隠れている、黒百合さん本人です。
ゆっくりと瞬いて、にやっと笑ってみせる幽霊、黒百合。
瑠宇は近くのハリボテお化けを、声なき悲鳴を上げながら恐怖のあまりパンチしまくり、係員さんに叱られることとなった。
気を取り直してジェットコースターへ行くと、頂上から落下する直前、何かが空から降ってきた。
日傘をさした少年パウルだ。
(このままではジェットコースターに巻き込まれてしま‥‥わないでしょうか?)
パニックした。
「あ、坊主あぶね、ちょ、あぶ、おおおおおおお!?」
一拍の休息の次に、直下への落下。パニクった瑠美は再び劇画調の濃い顔の少年、瑠宇に変身!
思わず体を止めていた安全ベルトを取り外し、座席より転げ落ち、少年パウルを遠く空の上に見つめながら、風を切って垂直自由落下!!
「‥‥どうして飛ばないの?」
「あ‥‥なんてこったい!」
少年パウルに言われ、「飛べば良かったんだ」と気がついて、地面に叩きつけられるすれすれのところで着地に成功した。
「どうしてこうも、私はすぐにパニックしまくってしまうんでしょう‥‥?」
思わず地面にのの字書き始める瑠美。
「あらァ、アタシの悪戯、ちょォっと刺激が強すぎたかしらねェ? ごめんなさいねェ」
黒百合は血糊を洗い落として近づいて来ると、瑠美の肩をやさしく、ぽむと叩いた。
瑠美は、まだ頭上に輝いている、そのうち夕日になるものに向かって、泣き出しながら逃走する。
「‥‥?」
少年パウルには状況がよくわからない。
「青春ってやつよォ」
黒百合の解説もいまいち微妙にピンと来ない。
「どォ? いっしょに遊具、回ってみないィ?」
「あ‥‥うん」
黒百合はパウルと手をつなぎ、一緒に、しばらく遊園地を楽しむことにした。
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「今日こそは、霊山に忍び込んで見せます」
雫(
ja1894)は無邪気に、好奇心の赴くまま、霊山への道をたどっていた。
「‥‥駄目と言われると余計に気になるものですよ」
礼野 智美(
ja3600)は薔薇の棘の鞭と種の礫を装備し、ショッピングモールにてお弁当と飲み物を二つずつ購入していた。
そのまま、轟闘吾(jz0016)――いや、闘子が守る霊山へ向かう。
「俺もいつか、轟さんの後輩として、霊山の守護者になるんだ。大事な霊山を荒らすものが多いのは事実だし、轟さんにも用事が出来る事あるでしょうし」
ショッピングモールで六道 鈴音(
ja4192)と出くわす智美。
鈴音は、おにぎりを幾つか購入して、その後は霊山への道をたどっていた。
「待て。霊山を荒らすつもりなら、帰ってもらう」
守護者の轟の手を煩わせたくない。智美は途中で、雫と鈴音の前に立ちふさがった。
「霊山を荒らす気なんてないけど、ヒマだし闘子が面白そうだから、霊山の方にいってみようと思っているだけですよ」
鈴音がしれっと答えた。
「それに、何事も自分の目で確かめるスタイルなんです」
「そーですそーです」
無邪気に雫が鈴音の背を押す。
「見るだけです! 荒らさなければ問題ないですよね?」
霊山の入口では、闘子がフェアリーヨーヨーを装備して、くるぶし丈のセーラー服で待ち構えていた。
「ここから先は‥‥通行禁止だ‥‥」
「バ●ス!」
闘子が口を開くと同時に、鈴音が叫んだ。
「‥‥ホントだ。何も起きないわね」
「六道さんは何がしたいんです?」
雫に問われて、「あはは、本当に何も起きないか、確かめたかっただけよ」と鈴音は返した。
「守護者様への差し入れです」
智美はお弁当と飲み物を差し出した。
「助かる‥‥」
ありがたく弁当と茶を受け取る闘子に、鈴音はフェアリーヨーヨーの射程外から尋ねた。
「ねぇ、闘子はなんで霊山の警備なんかしてるの? 自主的に? 他にする事ないの?」
「この浮遊都市の治安を維持するのが、仕事だからな」
「霊山が荒らされると、治安が悪くなるの?」
そう問いながら、鈴音もおにぎりをパクリ。
なんとなく、霊山入口でピクニック状態である。
「恐ろしい魔妖精が封印されていると聞いている‥‥そんな輩に、都市を荒らさせるわけにはいかねぇ」
と、おしゃれにキメていた鈴音の体型が、もりっと変化した。
「あー! これ梅干握りじゃねーかよ、ちぇー、せっかく今日はオシャレしてきたのによぉ!!」
鈴音、いや鈴男は梅干の種を吐き出すと、ひとり毒づいた。
その隙に、雫はなんと、霊山に侵入していた。
「男になる覚悟で忍び込んだのに、何もないなんて、‥‥拍子抜けだな」
そして、何かを封印している岩に手をつく。
と、体重をかけたのがいけないのか、ぐらりと岩が動いた。
中から、影のようなものがぶわあっと出てくる!!
「やべっ!!」
悪戯をしたことで男性化した雫が、舌打ちをした。
「こりゃ、怒られる覚悟を決めるしかないな‥‥全く、女になると後先考えねーんだから。自分のことながら呆れちまうぜ」
霊山から解き放たれた「黒妖精ナイスガイ」たちは、フラヒスのあちこちに出没し、悪戯をして回った。
「あっこれ可愛い!‥‥うーん、こっちもいいかも。でも全部は買えないのがざんねーん」
紀浦 梓遠(
ja8860)は、クッキー型を専門店で物色中だった。
真剣に悩んでいる。お花の型にするか、星の型にするか‥‥それとも?
黒妖精ナイスガイが現れた!
ナイスガイは自分を見て欲しそうにポージングをしている!
「やっぱりお花型かな。これくださーい」
黒妖精ナイスガイは悪戯魔法を使い、梓遠の買った抜き型をマッシヴポーズ型に変えてしまった!
「なにこれ!? どういうこと?」
猪川 來鬼(
ja7445)は、そばのアクセサリー屋さんで買い物をしていた。
新作や、珍しい形のアクセについて楽しく店員さんと話していると、黒妖精ナイスガイが現れた!
ナイスガイは、会話に混じりたそうにこちらを見ている!
ナイスガイは、視界に入りたそうに邪魔をしてくる!
するりといなして買い物を続ける來鬼。
黒妖精ナイスガイはほんきをだした!
その場で激しくスクワットを始め、漢の汗が周囲に飛び散った!
來鬼は、頬に汗の雫を飛ばされて、口の端を引きつらせた。
性別がみるみる変化し、男性の野太い声でナイスガイに警告した。
「そんなにしつこいと叩きだしますけど?」
「まっするまっする!」
黒妖精ナイスガイに言葉は通じない。
來鬼は全力で、さようならパンチをかました。ナイスガイはくるくると回りながら霊山のほうへ飛ばされていった。
スッキリした來鬼は女に戻り、店員に「ねえね、和柄なものってある?」と楽しげに笑いながら、買い物を続けていた。
黒妖精ナイスガイは遊園地を荒らした。
黒妖精ナイスガイは、酒販店【梵天】の酒蔵の樽に穴を開けて回った。
雲を見上げると、心なしか、都市の高度が落ちていっている気がする。
「早く皆でつかまえねぇと、最後にゃ都市が落下するぜ」
闘子に言われて、皆で黒妖精ナイスガイを追い回す。
「きっと好物はプロテインですね」
少年パウルの言葉に、プロテインドリンクを仕掛けた大きな檻を設置。
すると、黒妖精ナイスガイたちは一斉に飛んできて、プロテインドリンクにかじりついた。
バタンと檻の入口を封じて、一網打尽にする。
「このまま霊山に封じちまわないといけねぇな」
「殺しちゃだめなのォ?」
黒百合が物騒な発言をする。
「都市から外にばらまくとか‥‥」
少年パウルも、意外と言うことがえげつない。
「‥‥こいつらが、都市を浮かす動力なんだ‥‥人力で都市を空中に支えているってわけだ」
「それでムキムキに鍛えられているんですね」
諸悪の根源、雫が、自分は全く関係ないような口調で、闘子の解説に無邪気に頷いた。
妖精たち総出で、プロテインドリンクの入った檻を霊山に持ち込み、封印の洞穴にひとり残らず黒妖精を放り込み、封印する。
その頃には、だいぶ都市の高度が下がってきていて、太陽が一段と小さく見えた。
黒妖精ナイスガイが再び都市を持ち上げ始めると、徐々に高度が上昇していく。
西の空に傾いた日が、わずかな時間だけ夕日となって都市を照らしだした。
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「疲れましたね」
「本当ですね」
ふああ。あちこちで妖精たちがあくびをした。
そろそろ、お花畑に戻って寝る時間だ。
お花のベッドに蹲り、花の香りに包まれながら、梓遠は桜の花弁を練りこんだクッキーを食べていた。
「やっぱサクラ味が一番だよねー」
ゆったりした服の下で体型が変化するが、気にしない。
黒妖精ナイスガイを追い回した疲れで、妖精たちの寝息がすうすうとお花畑を覆い始めた。
「お疲れ様です、先輩」
黒妖精ナイスガイの逃亡者がもういないか、見回りを終えた闘子に、智美が頭を下げた。