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マスター:神子月弓
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/04/07


みんなの思い出



オープニング




 春日野櫻(かすがの・さくら)は、撃退士2年目にして、再起不能状態に陥った。
 続けざまに幸運に恵まれたため、未熟者の自覚もなく、危険な依頼を受け続けた結果だった。

 もう、戦場には戻れない。
 誰かに助けを求められても、自分には、差し出せる腕はない。

 両足は腐り落ち、両腕には指が動かせない程度の麻痺が残ってしまった。
 脳にもダメージを受け、以前体験したことは思い出せても、最近の記憶が維持出来なくなっていた。
 さっき食べたご飯が思い出せない。3分前に話した内容が思い出せない。
 集中しようとすると頭痛がひどくなり、アウルを扱うこともままならない。光纏も出来ない。
 動けない自分、何も出来ない、覚えていられない自分に、イライラする。

 病室から窓の外を見る。
 学園が近く、桜の木が枝をいっぱいに広げて、薄桃色の花弁を風に揺らしていた。

 きっと窓を開ければ、暖かな春の風が入ってくるのだろう。
 強い風にのって、桜の花びらも届くかも知れない。

 櫻は、桜が好きだった。
 この季節が一年で一番好きだった。
 散りゆく花弁のお掃除も苦にならなかった。

 でも、今の櫻には、車椅子が必須だった。
 何をするにも介助の手が必要だった。

 お花見になんて、行けるわけがないと、諦めていた。
 自分はここで、ただ生かされ続けていくのだと、思っていた。





「今度の週末は、お天気も良くてお花見日和だって。櫻、いっしょに行こうよ」

 撃退士として共に戦ってきた友達の美園アカリ(みえん・ー)が、ある日、病室に遊びに来た。
 手土産のりんごを剥いてくれる。
 櫻は自力でりんごを食べることもできない。指の感覚がなく、つまもうとしても落としてしまう。

「一人で行けば? もしくは、みんなと」

 あぐ。
 言いかけた櫻の口に、一口サイズに切られたりんごが押し込まれた。

「あたしがいたら邪魔だから、って言いたいんでしょ? 全然、邪魔なんかじゃないのに」

 アカリは笑って、反論を封じるように、えいえいとりんごを櫻の口に運んだ。
「あぐあぐあぐぐ‥‥!」
 口を塞がれて、櫻には反論ができない。断ろうとしているのに。誰にも迷惑をかけたくないのに。

「みんなでね、お弁当を持ち寄って、お花見をするのよ。学園内のお花見だけど、十分綺麗だと思うわ。ここから見ても、綺麗に咲きそろってきているでしょう?」

 アカリは病室の窓から学園を見つめた。並木道を彩る、淡いピンクのアーケード。
 春風が強く枝を揺らすが、咲きかけの花は風に耐える。

「燻っていないで、出ておいでよ。過ごしやすくて良い季節がきたのよ。櫻だって、春が一番好きって言ってたじゃない」

 ――そうだったかな。そうかも知れない。

 口に押し込まれたりんごをもぐもぐしながら、櫻は心の中で付け加えた。

 ――でも今のあたしを人に見られたくない。車椅子に乗るのだって自力でできないし、ご飯だって自分ひとりでは食べられないし。情けないけど、オムツだってしているし‥‥。こんな姿、誰にも見せたくないんだって、わからないの?

 わからないよね。
 健康体であるうちは、怪我をしたときの不便なんて、考えもしないものね。
 しかも、治らない怪我なんて、そうそう自分に起こるはずがないって思うものね。
 ‥‥あたしもそう思ってた。
 実際にこうなるまで、あたしは、卒業するまで撃退士でいられると思っていたんだから。

 病室で目覚めたときのことは、記憶にない。
 どんな依頼でこうなったか、誰かが聞かせてくれたはずなのに、思い出せない。
 自身の現状と、強烈なショックだけが、櫻の心を蝕み続けた。

「いかない」
 やっとりんご攻撃から解放されて、櫻はアカリに、突き放すように言った。
「元気な皆で行ったら? きっと楽しいわよ。あたしは居たって邪魔になるだけだし、ここから見ているだけで十分よ。楽しい宴に水をさす趣味はないわ」





「結局そのまま、帰ってちょうだい、って怒られちゃいました‥‥どうしたらいいのかしら」
 アカリは、調理実習で同じ班になった、アリス・シキ(jz0058)に相談していた。

「美園さんは、春日野さんを外に連れ出したいんですの?」

「うん。あの子、大怪我をして入院した時も、退院したらまた撃退士として頑張るんだって張り切っていたのよね。だけど、依頼でちょっとね、二度と退院できないくらいの大怪我をしちゃってさ‥‥お医者さんによると、もう戦えない体になっちゃったって話なんだ。最後の依頼がどんなだったかは、詳しく聞けなかったんだけどね。櫻のお母さんも泣いちゃってそれどころじゃなかったし、本人は覚えていないみたいだし」

 アカリはそう言って、目を伏せた。

「あの子の記憶がどんどん消えていっているの。まだ、私のことがわかるうちに、どうにかして、外に連れ出せないかなあ。あのまま病室にこもっていると、心も塞ぎこんじゃうと思うんだ。だって、元気な時はすごく音楽が好きだったのに、プレゼントした音楽プレイヤーも埃をかぶっているのよ? 櫻はお花見好きだったし、桜が散ってしまう前に、もう一度お花見をさせてあげたいわ。何とかならないかなあ?」


リプレイ本文




「お花見の場所だけど、学園の入口以外で、人通りが比較的少なくて、桜が見られる場所がいいと思うんだけど」
「ああ、うーん、そっか、人目があるかあ‥‥」

 一見美少女にしか見えない葵 輝夜(jc1305)の提案に、美園アカリは現地できょろきょろと周囲を見回した。桜はきれいだが、確かに人通りが気になる。

「万一に備えて、病院には近いほうがいいよね? じゃあ、病院の中庭かなあ‥‥病棟との連絡通路の下が中庭になっていてね、そこにも結構桜が植えてあるんだ」


 皆で下見に行ってみる。
 佐藤 としお(ja2489)は、車椅子で利用できるトイレが近いことを確認した。
 重体中で包帯ぐるぐるの鳳 静矢(ja3856)は、松葉杖をつきながら、桜の見え具合を確認していた。
 イリス・レイバルド(jb0442)、藤井 雪彦(jb4731)、ユウ・ターナー(jb5471)は、病院内からどれだけ見えてしまうか、人通りは多くないかを、自分たちの目で確認し、ユウは桜の花を一輪手にとった。

「櫻ちゃんの、自分の現状を知られたくない気持ちも分かるよー。でも、愛や絆とかが、ハッピーエンドに繋がるってのも信じたいよねー。ってなわけで、アカリちゃん。信頼できる櫻ちゃんとの共通のお友達を紹介してくださいな」

 イリスが尋ねると、アカリは難しい顔をして、小首を傾げた。
「信頼できる共通の友人、かぁ‥‥混成演習のクラスメイトには、何人か、誘っても大丈夫そうな子がいたかもね」


 としおは、櫻の母と隅で話していた。
「一度、櫻さんの容態を、美園さんに具体的に説明してあげて欲しいです。その上で、車椅子への乗降と食事介助は美園さん主体にしていただければ、僕はその補助をしますよ」

「色々気を遣っていただいて、すみません。有難うございます」
 櫻の母親は深々と頭を下げた。
「ですが、車椅子への乗降補助は、私と介護士さんで行います。慣れていないと、あの子を痛がらせてしまいますから」

「うん、有難いよー」
 イリスが頷いた。
「お母さんにも花見には参加して欲しいと思っていたんだよー。こういうときは、母子共々、可能な限り一緒にいた方が、安心感あるだろうし、乙女盛りが、介助の現実を他人に見られるのは、そりゃ嫌だろうしね」

 静矢も母親に頼み込む。
「櫻さんは、美園さんが何度か来てくれている事を忘れている様ですし、その事で揉めたらフォローに入ってあげてくれませんか? 美園さんがお見舞いに来ている事を、普段、付き添っているお母さんから伝えてくれれば、櫻さんも信じてくれるでしょうし」
「はい。私にできる範囲であれば、フォローします。有難うございます」
 母親は頭を下げた。





 花見の日程が決まった。
 天気予報と照らし合わせて、一番晴れて綺麗に見えそうな日曜を選んだ。


 静矢は松葉杖をつきながら、100均ショップに居た。
 明るい柄のひざ掛けと、ミニサイズの桜の造花と花瓶、桜の匂いの芳香剤を購入する。
「一時の喜びでも、感じてもらえれば良いな」


 ユウはオルゴールカードを購買で買ってきて、摘んだ一輪の桜を押し花にして貼った。

『招待状 春日野櫻さま
 今週日曜日に、お花見をするので、是非来てください。
 みんな、櫻おねーちゃんが来てくれるのを、楽しみにしています』

「これ、櫻おねーちゃんに、渡して欲しいな☆」
 出来上がった招待状を手に、ユウは櫻の母親に頭を下げた。


 イリスと雪彦、そして輝夜は、アカリの厳選した仲間と一緒に、千羽鶴や寄せ書きを作っていた。

「記憶に残りづらいなら、記録に残る物をってやつさー」

 願掛けで長く伸ばし、結い上げた綺麗な金髪を時折かきあげながら、イリスはせっせと折り紙を折った。クラスメイトの案で、折り鶴の色が綺麗にグラデーションするよう、調整する。

「ボクとしては、無差別にデリケートな問題晒すのは論外だから、寄せ書きとかも、信頼できる相手だけに絞ったほうがいいと思うんだー」

「なるほど、イリスちゃんの意見にも一理あると思うね。ボクは、櫻ちゃんの活躍で救われた人からも、励ましの寄せ書きをもらってもいいかなって思うんだよ。勿論、櫻ちゃんの現状について、多くを語る必要はないと思うけどね」

 雪彦は答えて、アカリからの情報を頼りに、近場の孤児院や病院、市街地などを回ることにした。

「花見にご一緒できるかたは、何人くらいいるのかな?」
 輝夜がクラスメートに確認する。

「櫻は大事な仲間だからね、協力するよ」
「いつも一緒に机をくっつけて、お弁当を食べていた仲だしね」

 寄せ書きや千羽鶴制作を手伝ってくれているクラスメートからの反応は好意的だった。


「どうだい、はかどっているかな?」
 買い物を済ませた静矢がやってきて、千羽鶴がゆっくりと完成していくさまを見守る。

「あ、桜の造花、いいなあ。僕も買っておこうかな」
 静矢の荷物を見て、輝夜が頷いた。


 としおは、母親の許可をもらって、埃だらけの音楽プレーヤーを借り、空き教室で再生していた。
「この曲なら用意できそうかな?」

「ユウもね、この歌なら、ハーモニカで吹けると思うの♪」
 一緒に音楽を聞きながら、ユウが得意のハーモニカを取り出す。

 音楽プレイヤーをいじると、再生回数が表示される。
 櫻は、ほんわかした感じの癒し系ソングが好きな様子だった。





(招待状、受け取ってくれたかな‥‥?)
 心配そうに見守るユウ。
 皆が病室の外で待っている間、母親とアカリが、櫻をお花見に誘い出そうと頑張っていた。

「みんな、待っているんだよ。ほら、みんなの声をちゃんと見て」

 アカリが、クラスメートや、かつて櫻に助けられた人々が、皆で書いた寄せ書きを、よく見えるように櫻の前に差し出す。

「招待状だってあるでしょ。行こうよ、お花見」
「でも‥‥」

 言葉を濁す櫻の前に、ずかずかと雪彦が上がり込んだ。
「失礼するよ」
 母親とアカリに断って、櫻の前に行く。
 少し腰を落として、櫻の目線と同じ高さに目線を合わせる。

「デモデモダッテを繰り返していれば、誰もが君を哀れんでくれる、腫れものに触れるように優しくしてくれる、そう思っているのかい? 恐怖も危険もものともせず、人々を守るために戦禍に飛びこみ、戦ってきた同志とは思えない甘えっぷりだね」

 雪彦の煽るような言い回しに、櫻はビクリとし、そして雪彦を睨みつけた。
 寄せ書きの1枚を雪彦は取り上げて、しげしげと眺めた。

「これは、君に命を救われた孤児や、人々の声だよ。でも君には聞こえないんだね。心の耳を塞いでしまって、ちゃんと見えるものすらも、目に入れたくないんだね。どれだけの人が君に感謝しているかなんて、カワイソウなキミには届かない声なんだね」

 じゃあこんな寄せ書き、あっても仕方が無いなあ。
 一生懸命みんなを探し出して、書いてもらったものなんだけどね。

 そう言って雪彦は、櫻の目の前で、感謝の言葉がいっぱいの寄せ書きを、破り捨てようとした。


「おいおい、やりすぎじゃないか?」
 はらはらと、廊下でとしおが見守る。

「お母上の許可は得ているそうだよ」
 難しい顔で腕を組み、静矢が松葉杖に重心をかける。必要なら<マインドケア>を使って穏便に説得を、と思っていたのだが、雪彦に制止されたのだ。


 櫻は、精一杯体を伸ばして、雪彦の腕に噛み付いていた。
 目から涙が溢れて、ブランケットにぽたぽたとシミを作る。


「戦えるなら‥‥戦いたいよ! 学園に戻りたい、戦場にだって出ていきたい!」
 雪彦の腕を食いちぎり、口を血まみれにして、泣きながら櫻は獣のように吠えた。
「だけど、再起不能って宣告が出ちゃったんだよ、光纏もできないし、あたしにはもう何も出来ない! すがる過去すら、どんどん薄れていくんだ! この辛さがあんたなんかにわかるもんか!!」

「ああ、わからないね」
 雪彦は頷いた。噛みちぎられた腕の部分から、ゆっくりと血が滴り落ちる。

「でも櫻ちゃんには、こうしてボクを傷つけられる歯が残っているよね。ボクの言葉も聞こえているよね。寄せ書きを見る視力だってあるよね。出来ない出来ないばかり繰り返していないで、出来ることが自分にもまだあるんだって、いい加減に認めたらどうだい?」

 櫻が、ぎり、と歯を食いしばった。

「雪彦君、言いすぎじゃないかな‥‥?」
 輝夜が怯えた顔で出て行って、雪彦の傷ついた腕を洗うため、病室の中の洗い場まで引っ張った。
 傷口を綺麗に洗って、病室に備え付けてあった救急箱を開けて、簡単に治療する。
 出血はしたものの、大した傷ではなかった。

「‥‥ボクは嫌われてもいいんだ。櫻ちゃんが前向きに、頑張ろうって気持ちになってくれたら良いと思っているんだよ。いらないお節介かもだけど‥‥それでも、元気になって欲しいんだ」

 そっと雪彦は、本心を輝夜に耳打ちする。

「櫻ちゃんは、きっと皆に優しく接してもらってきたと思ったんだ。その分、余計に卑屈な気持ちになってるのかも知れない‥‥なら、発奮させ、挑発してみようと思ったんだよ。あの子は撃退士だったんだから、負けん気は強いはず‥‥ボクはそう信じてる‥‥」





 桜の花が青空を薄桃色に彩り、レジャーシートに美味しそうなお弁当が並べられる。
 強い風に枝を揺らし、桜の木々は散るまいと耐える。

 アカリが選んだクラスメートも集まってきて、手伝い要員としてアリス・シキ(jz0058)も混ざる。
 芝生のみずみずしい緑。白いベンチ。介護士に車椅子を押してもらいながら、外の空気を吸うご老人が遠くに見える。


 櫻とアカリと母親は、来ない。


「来てくれないかなー。来てくれなかったら、雪彦くんの所為だからね!」
 イリスがそわそわしながら、チラチラと病棟入口のほうを見ている。
 皆で協力して作った美しい千羽鶴が、桜の枝に結び付けられて、風に揺れていた。


「‥‥何も知らない奴に、カワイソウごっこだとか、怖気づいて外に出ないんだなんて、思われたくない」
 その頃、櫻は、怒りに震えていた。

 ひどい頭痛がして、誰に何を言われたのか、もう記憶が消えかかっている。が、怒りという感情が、かろうじて侮蔑された事実を心につなぎ止めていた。
 誰にだったか、わからない。
 多分、健康体の、現役撃退士‥‥?
 とにかく、破れかけの寄せ書きに関わる誰か。


 櫻は、母親に懇願して、外出用の車椅子に乗せてもらった。
 アカリが必要品を持って、車椅子のそばについていく。


「春日野が来たぞ!」

 クラスメートたちが見つけて、拍手をした。中には、重体中で、包帯ぐるぐるの者もいる。
 としおがほっとした顔で迎えた。ユウに顔を向け、選んだ楽曲を邪魔にならない音量でかける。
 音楽プレーヤーに繋がれたスピーカーから、やさしい音色が響き始めた。

 ユウが綺麗な声で歌い始める。
 櫻の大好きな曲。『しずかなよるとやさしいゆび』という、歌。

「お花見日和だね」
 ぽかんとする櫻に話しかけ、輝夜が造花の桜を渡した。用意したお菓子を勧め、「食べてみない?」と口元へ持っていく。


 心は怒りで満ちていたはずなのに。

 大好きな曲が流れ、綺麗な桜が枝を揺らし、元気だった頃にいっぱい遊んで、いっぱい喧嘩をした連中が、なんか、集まってくれている。あたしを明るく迎えてくれていて、こんなあたしに笑顔を向けてくれている。

 あれ? あたし、何でここに来たんだっけ? 頭が痛い。


「よく来てくれたね。ああ、私は入院患者では無いよ。是非一緒に花見をしたいなと思ってね。やあ、風が強いな。もう少し遅い時期であれば、桜も散ってしまったろうね」

 静矢は櫻に防寒着をかけながら、自身も松葉杖でバランスをとった。
 包帯や湿布・ガーゼを多めに巻いて、大怪我アピール中だ。

「私も大怪我をしているのは事実だしね。私も一緒なら、入院患者の花見に見えて、人の目も多少は紛れるかなと思ってね」


「春日野〜、俺も今、重体なう! 依頼でドジしてさ。だからあんま、カッコとか気にすんなよ。それにここ、病院の中からしか見えねーし」

 クラスメートのひとり、包帯男が、炭酸飲料のペットボトルを振り回した。
 周囲から、「開けるな! 今それ開けるな! 振ったろ!?」と制止の声が飛ぶ。


(身体的に沢山食べられない可能性があるしな‥‥小ぶりな方が良かろう)
 そう考えて、一口サイズの桜餅と、小さめに作ったサンドイッチやおにぎりを用意してきた静矢は、アカリに弁当箱を託した。


「こう風が強いと、気温はあったかいけど、寒く感じるもんだよね。はい、ひざ掛けどうぞだよー」
 イリスが、皆が買ったブランケットやひざ掛けを、多めに櫻にかけてあげる。
(乙女ゴコロとしては、足がないとかって、ヒトに見られたくないもんだと思うしね)


 ユウの歌が終わると、花見弁当や花見団子、おにぎり、サンドイッチ、お茶、ジュース類などをレジャーシートに広げていた雪彦が、ミニエレキギターを取り出した。

「櫻ちゃんの一番好きな歌は、『学び舎に桜散るらむ』だっけ? そんな話を聞いているよ。さて歌おうか、演奏はボクが担当するよ」

 ピンク色のファンシーなボディと細身のネックが特徴的なギターをかき鳴らし、雪彦は楽しげな曲調を奏で始めた。
 クラスメートも合唱を始める。この曲なら、お昼時の学食のテレビでよく流れている。
 ユウはハーモニカを取り出して、セッションに加わった。


 アカリに、一口サイズの桜餅を口元に運んでもらっていた櫻が、ほろっと涙を流した。
 櫻の唇が歌詞を刻む。
 そして、いつの間にか、櫻自身も、合唱に加わっていた。

「櫻おねーちゃんが歌ってる!」
 ユウが嬉しそうにぴょんと跳ねた。
「櫻おねーちゃん、ユウは依頼で『アイドル』になれたんだよ☆ おねーちゃんも病院の『アイドル』になれると思うの、素敵な歌声だもの!」

「えっ」

 唐突なユウの言葉に、櫻は驚いて身を引いた。
「それいいね」と輝夜が笑顔を向ける。

(願わくば、彼女がこれ以上悲しい運命を背負わされませんように‥‥これからどうなろうと、今日この時を境に、明日の生への希望が持てるようにしてあげたいな)

 そう思ったとしおは、ユウと輝夜の提案に乗ってみることにした。

「どうかな、病棟のアイドルになるのは、良いアイデアかもしれませんよ。櫻ちゃんは本当に歌がお上手ですし、とてもやさしい歌声だと思います。お世辞でも嘘でもないよ」

 直近の記憶は消えていっても、小さい頃に覚えた歌は、忘れていない。
 それもいつかは消えてしまうのかもしれないけれど、でも、今出来ることがあるって伝えたい。

「ここは久遠ヶ原、櫻ちゃんも知っての通り、奇跡には事欠かない所さ。櫻ちゃん、歌を歌おう。一人が怖ければ皆でいっしょに歌おう。櫻ちゃんの歌が、僕たちの勇気になるから」





 桜の花が散る前に。

 春日野櫻は、歌手への道を歩きだした。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: ラーメン王・佐藤 としお(ja2489)
 君との消えない思い出を・藤井 雪彦(jb4731)
重体: −
面白かった!:9人

ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
ハイテンション小動物・
イリス・レイバルド(jb0442)

大学部2年104組 女 ディバインナイト
君との消えない思い出を・
藤井 雪彦(jb4731)

卒業 男 陰陽師
天衣無縫・
ユウ・ターナー(jb5471)

高等部2年25組 女 ナイトウォーカー
正義の励まし・
葵 輝夜(jc1305)

大学部4年44組 男 ディバインナイト