●
「お花見の場所だけど、学園の入口以外で、人通りが比較的少なくて、桜が見られる場所がいいと思うんだけど」
「ああ、うーん、そっか、人目があるかあ‥‥」
一見美少女にしか見えない葵 輝夜(
jc1305)の提案に、美園アカリは現地できょろきょろと周囲を見回した。桜はきれいだが、確かに人通りが気になる。
「万一に備えて、病院には近いほうがいいよね? じゃあ、病院の中庭かなあ‥‥病棟との連絡通路の下が中庭になっていてね、そこにも結構桜が植えてあるんだ」
皆で下見に行ってみる。
佐藤 としお(
ja2489)は、車椅子で利用できるトイレが近いことを確認した。
重体中で包帯ぐるぐるの鳳 静矢(
ja3856)は、松葉杖をつきながら、桜の見え具合を確認していた。
イリス・レイバルド(
jb0442)、藤井 雪彦(
jb4731)、ユウ・ターナー(
jb5471)は、病院内からどれだけ見えてしまうか、人通りは多くないかを、自分たちの目で確認し、ユウは桜の花を一輪手にとった。
「櫻ちゃんの、自分の現状を知られたくない気持ちも分かるよー。でも、愛や絆とかが、ハッピーエンドに繋がるってのも信じたいよねー。ってなわけで、アカリちゃん。信頼できる櫻ちゃんとの共通のお友達を紹介してくださいな」
イリスが尋ねると、アカリは難しい顔をして、小首を傾げた。
「信頼できる共通の友人、かぁ‥‥混成演習のクラスメイトには、何人か、誘っても大丈夫そうな子がいたかもね」
としおは、櫻の母と隅で話していた。
「一度、櫻さんの容態を、美園さんに具体的に説明してあげて欲しいです。その上で、車椅子への乗降と食事介助は美園さん主体にしていただければ、僕はその補助をしますよ」
「色々気を遣っていただいて、すみません。有難うございます」
櫻の母親は深々と頭を下げた。
「ですが、車椅子への乗降補助は、私と介護士さんで行います。慣れていないと、あの子を痛がらせてしまいますから」
「うん、有難いよー」
イリスが頷いた。
「お母さんにも花見には参加して欲しいと思っていたんだよー。こういうときは、母子共々、可能な限り一緒にいた方が、安心感あるだろうし、乙女盛りが、介助の現実を他人に見られるのは、そりゃ嫌だろうしね」
静矢も母親に頼み込む。
「櫻さんは、美園さんが何度か来てくれている事を忘れている様ですし、その事で揉めたらフォローに入ってあげてくれませんか? 美園さんがお見舞いに来ている事を、普段、付き添っているお母さんから伝えてくれれば、櫻さんも信じてくれるでしょうし」
「はい。私にできる範囲であれば、フォローします。有難うございます」
母親は頭を下げた。
●
花見の日程が決まった。
天気予報と照らし合わせて、一番晴れて綺麗に見えそうな日曜を選んだ。
静矢は松葉杖をつきながら、100均ショップに居た。
明るい柄のひざ掛けと、ミニサイズの桜の造花と花瓶、桜の匂いの芳香剤を購入する。
「一時の喜びでも、感じてもらえれば良いな」
ユウはオルゴールカードを購買で買ってきて、摘んだ一輪の桜を押し花にして貼った。
『招待状 春日野櫻さま
今週日曜日に、お花見をするので、是非来てください。
みんな、櫻おねーちゃんが来てくれるのを、楽しみにしています』
「これ、櫻おねーちゃんに、渡して欲しいな☆」
出来上がった招待状を手に、ユウは櫻の母親に頭を下げた。
イリスと雪彦、そして輝夜は、アカリの厳選した仲間と一緒に、千羽鶴や寄せ書きを作っていた。
「記憶に残りづらいなら、記録に残る物をってやつさー」
願掛けで長く伸ばし、結い上げた綺麗な金髪を時折かきあげながら、イリスはせっせと折り紙を折った。クラスメイトの案で、折り鶴の色が綺麗にグラデーションするよう、調整する。
「ボクとしては、無差別にデリケートな問題晒すのは論外だから、寄せ書きとかも、信頼できる相手だけに絞ったほうがいいと思うんだー」
「なるほど、イリスちゃんの意見にも一理あると思うね。ボクは、櫻ちゃんの活躍で救われた人からも、励ましの寄せ書きをもらってもいいかなって思うんだよ。勿論、櫻ちゃんの現状について、多くを語る必要はないと思うけどね」
雪彦は答えて、アカリからの情報を頼りに、近場の孤児院や病院、市街地などを回ることにした。
「花見にご一緒できるかたは、何人くらいいるのかな?」
輝夜がクラスメートに確認する。
「櫻は大事な仲間だからね、協力するよ」
「いつも一緒に机をくっつけて、お弁当を食べていた仲だしね」
寄せ書きや千羽鶴制作を手伝ってくれているクラスメートからの反応は好意的だった。
「どうだい、はかどっているかな?」
買い物を済ませた静矢がやってきて、千羽鶴がゆっくりと完成していくさまを見守る。
「あ、桜の造花、いいなあ。僕も買っておこうかな」
静矢の荷物を見て、輝夜が頷いた。
としおは、母親の許可をもらって、埃だらけの音楽プレーヤーを借り、空き教室で再生していた。
「この曲なら用意できそうかな?」
「ユウもね、この歌なら、ハーモニカで吹けると思うの♪」
一緒に音楽を聞きながら、ユウが得意のハーモニカを取り出す。
音楽プレイヤーをいじると、再生回数が表示される。
櫻は、ほんわかした感じの癒し系ソングが好きな様子だった。
●
(招待状、受け取ってくれたかな‥‥?)
心配そうに見守るユウ。
皆が病室の外で待っている間、母親とアカリが、櫻をお花見に誘い出そうと頑張っていた。
「みんな、待っているんだよ。ほら、みんなの声をちゃんと見て」
アカリが、クラスメートや、かつて櫻に助けられた人々が、皆で書いた寄せ書きを、よく見えるように櫻の前に差し出す。
「招待状だってあるでしょ。行こうよ、お花見」
「でも‥‥」
言葉を濁す櫻の前に、ずかずかと雪彦が上がり込んだ。
「失礼するよ」
母親とアカリに断って、櫻の前に行く。
少し腰を落として、櫻の目線と同じ高さに目線を合わせる。
「デモデモダッテを繰り返していれば、誰もが君を哀れんでくれる、腫れものに触れるように優しくしてくれる、そう思っているのかい? 恐怖も危険もものともせず、人々を守るために戦禍に飛びこみ、戦ってきた同志とは思えない甘えっぷりだね」
雪彦の煽るような言い回しに、櫻はビクリとし、そして雪彦を睨みつけた。
寄せ書きの1枚を雪彦は取り上げて、しげしげと眺めた。
「これは、君に命を救われた孤児や、人々の声だよ。でも君には聞こえないんだね。心の耳を塞いでしまって、ちゃんと見えるものすらも、目に入れたくないんだね。どれだけの人が君に感謝しているかなんて、カワイソウなキミには届かない声なんだね」
じゃあこんな寄せ書き、あっても仕方が無いなあ。
一生懸命みんなを探し出して、書いてもらったものなんだけどね。
そう言って雪彦は、櫻の目の前で、感謝の言葉がいっぱいの寄せ書きを、破り捨てようとした。
「おいおい、やりすぎじゃないか?」
はらはらと、廊下でとしおが見守る。
「お母上の許可は得ているそうだよ」
難しい顔で腕を組み、静矢が松葉杖に重心をかける。必要なら<マインドケア>を使って穏便に説得を、と思っていたのだが、雪彦に制止されたのだ。
櫻は、精一杯体を伸ばして、雪彦の腕に噛み付いていた。
目から涙が溢れて、ブランケットにぽたぽたとシミを作る。
「戦えるなら‥‥戦いたいよ! 学園に戻りたい、戦場にだって出ていきたい!」
雪彦の腕を食いちぎり、口を血まみれにして、泣きながら櫻は獣のように吠えた。
「だけど、再起不能って宣告が出ちゃったんだよ、光纏もできないし、あたしにはもう何も出来ない! すがる過去すら、どんどん薄れていくんだ! この辛さがあんたなんかにわかるもんか!!」
「ああ、わからないね」
雪彦は頷いた。噛みちぎられた腕の部分から、ゆっくりと血が滴り落ちる。
「でも櫻ちゃんには、こうしてボクを傷つけられる歯が残っているよね。ボクの言葉も聞こえているよね。寄せ書きを見る視力だってあるよね。出来ない出来ないばかり繰り返していないで、出来ることが自分にもまだあるんだって、いい加減に認めたらどうだい?」
櫻が、ぎり、と歯を食いしばった。
「雪彦君、言いすぎじゃないかな‥‥?」
輝夜が怯えた顔で出て行って、雪彦の傷ついた腕を洗うため、病室の中の洗い場まで引っ張った。
傷口を綺麗に洗って、病室に備え付けてあった救急箱を開けて、簡単に治療する。
出血はしたものの、大した傷ではなかった。
「‥‥ボクは嫌われてもいいんだ。櫻ちゃんが前向きに、頑張ろうって気持ちになってくれたら良いと思っているんだよ。いらないお節介かもだけど‥‥それでも、元気になって欲しいんだ」
そっと雪彦は、本心を輝夜に耳打ちする。
「櫻ちゃんは、きっと皆に優しく接してもらってきたと思ったんだ。その分、余計に卑屈な気持ちになってるのかも知れない‥‥なら、発奮させ、挑発してみようと思ったんだよ。あの子は撃退士だったんだから、負けん気は強いはず‥‥ボクはそう信じてる‥‥」
●
桜の花が青空を薄桃色に彩り、レジャーシートに美味しそうなお弁当が並べられる。
強い風に枝を揺らし、桜の木々は散るまいと耐える。
アカリが選んだクラスメートも集まってきて、手伝い要員としてアリス・シキ(jz0058)も混ざる。
芝生のみずみずしい緑。白いベンチ。介護士に車椅子を押してもらいながら、外の空気を吸うご老人が遠くに見える。
櫻とアカリと母親は、来ない。
「来てくれないかなー。来てくれなかったら、雪彦くんの所為だからね!」
イリスがそわそわしながら、チラチラと病棟入口のほうを見ている。
皆で協力して作った美しい千羽鶴が、桜の枝に結び付けられて、風に揺れていた。
「‥‥何も知らない奴に、カワイソウごっこだとか、怖気づいて外に出ないんだなんて、思われたくない」
その頃、櫻は、怒りに震えていた。
ひどい頭痛がして、誰に何を言われたのか、もう記憶が消えかかっている。が、怒りという感情が、かろうじて侮蔑された事実を心につなぎ止めていた。
誰にだったか、わからない。
多分、健康体の、現役撃退士‥‥?
とにかく、破れかけの寄せ書きに関わる誰か。
櫻は、母親に懇願して、外出用の車椅子に乗せてもらった。
アカリが必要品を持って、車椅子のそばについていく。
「春日野が来たぞ!」
クラスメートたちが見つけて、拍手をした。中には、重体中で、包帯ぐるぐるの者もいる。
としおがほっとした顔で迎えた。ユウに顔を向け、選んだ楽曲を邪魔にならない音量でかける。
音楽プレーヤーに繋がれたスピーカーから、やさしい音色が響き始めた。
ユウが綺麗な声で歌い始める。
櫻の大好きな曲。『しずかなよるとやさしいゆび』という、歌。
「お花見日和だね」
ぽかんとする櫻に話しかけ、輝夜が造花の桜を渡した。用意したお菓子を勧め、「食べてみない?」と口元へ持っていく。
心は怒りで満ちていたはずなのに。
大好きな曲が流れ、綺麗な桜が枝を揺らし、元気だった頃にいっぱい遊んで、いっぱい喧嘩をした連中が、なんか、集まってくれている。あたしを明るく迎えてくれていて、こんなあたしに笑顔を向けてくれている。
あれ? あたし、何でここに来たんだっけ? 頭が痛い。
「よく来てくれたね。ああ、私は入院患者では無いよ。是非一緒に花見をしたいなと思ってね。やあ、風が強いな。もう少し遅い時期であれば、桜も散ってしまったろうね」
静矢は櫻に防寒着をかけながら、自身も松葉杖でバランスをとった。
包帯や湿布・ガーゼを多めに巻いて、大怪我アピール中だ。
「私も大怪我をしているのは事実だしね。私も一緒なら、入院患者の花見に見えて、人の目も多少は紛れるかなと思ってね」
「春日野〜、俺も今、重体なう! 依頼でドジしてさ。だからあんま、カッコとか気にすんなよ。それにここ、病院の中からしか見えねーし」
クラスメートのひとり、包帯男が、炭酸飲料のペットボトルを振り回した。
周囲から、「開けるな! 今それ開けるな! 振ったろ!?」と制止の声が飛ぶ。
(身体的に沢山食べられない可能性があるしな‥‥小ぶりな方が良かろう)
そう考えて、一口サイズの桜餅と、小さめに作ったサンドイッチやおにぎりを用意してきた静矢は、アカリに弁当箱を託した。
「こう風が強いと、気温はあったかいけど、寒く感じるもんだよね。はい、ひざ掛けどうぞだよー」
イリスが、皆が買ったブランケットやひざ掛けを、多めに櫻にかけてあげる。
(乙女ゴコロとしては、足がないとかって、ヒトに見られたくないもんだと思うしね)
ユウの歌が終わると、花見弁当や花見団子、おにぎり、サンドイッチ、お茶、ジュース類などをレジャーシートに広げていた雪彦が、ミニエレキギターを取り出した。
「櫻ちゃんの一番好きな歌は、『学び舎に桜散るらむ』だっけ? そんな話を聞いているよ。さて歌おうか、演奏はボクが担当するよ」
ピンク色のファンシーなボディと細身のネックが特徴的なギターをかき鳴らし、雪彦は楽しげな曲調を奏で始めた。
クラスメートも合唱を始める。この曲なら、お昼時の学食のテレビでよく流れている。
ユウはハーモニカを取り出して、セッションに加わった。
アカリに、一口サイズの桜餅を口元に運んでもらっていた櫻が、ほろっと涙を流した。
櫻の唇が歌詞を刻む。
そして、いつの間にか、櫻自身も、合唱に加わっていた。
「櫻おねーちゃんが歌ってる!」
ユウが嬉しそうにぴょんと跳ねた。
「櫻おねーちゃん、ユウは依頼で『アイドル』になれたんだよ☆ おねーちゃんも病院の『アイドル』になれると思うの、素敵な歌声だもの!」
「えっ」
唐突なユウの言葉に、櫻は驚いて身を引いた。
「それいいね」と輝夜が笑顔を向ける。
(願わくば、彼女がこれ以上悲しい運命を背負わされませんように‥‥これからどうなろうと、今日この時を境に、明日の生への希望が持てるようにしてあげたいな)
そう思ったとしおは、ユウと輝夜の提案に乗ってみることにした。
「どうかな、病棟のアイドルになるのは、良いアイデアかもしれませんよ。櫻ちゃんは本当に歌がお上手ですし、とてもやさしい歌声だと思います。お世辞でも嘘でもないよ」
直近の記憶は消えていっても、小さい頃に覚えた歌は、忘れていない。
それもいつかは消えてしまうのかもしれないけれど、でも、今出来ることがあるって伝えたい。
「ここは久遠ヶ原、櫻ちゃんも知っての通り、奇跡には事欠かない所さ。櫻ちゃん、歌を歌おう。一人が怖ければ皆でいっしょに歌おう。櫻ちゃんの歌が、僕たちの勇気になるから」
●
桜の花が散る前に。
春日野櫻は、歌手への道を歩きだした。