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「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ! ボクを呼ぶ声がする! そう、ボク参上! で、これどういう状況?」
イリス・レイバルド(
jb0442)は、暗い廃村をきょろきょろと見回した。
見知った顔を見つけて走り出す。
「やっほやっほ絵羽(えわ)ちゃんおひさー♪ うん、お手紙みたよー、アウルよりも向いてること見つけたんだねー。前より自信ある顔してるしねー♪‥‥ちょっと今は元気なさげだけどね‥‥」
学園から転移した、増援の撃退士たちが見たものとは。
それは、新米撃退士のひとりと一匹の一角獣が、魔具と角でつばぜり合いをしているところだった。
残りの一角獣3匹は、怯えた様子の絵羽とグウェンダリン(jz0338)を守るように展開している。
(絵羽ちゃん!? なんでここに!?)
ペンライトで照らし、鐘田将太郎(
ja0114)は、驚きを隠そうと努力していた。
(‥‥阻霊符、発動)
ナイトビジョンをつけたアスハ・A・R(
ja8432)は、<擬術:零の型>で、一角獣と新米撃退士の間に瞬間移動した。片手で一角獣を押さえ、もう片手で新米撃退士のスクールソードを受け止める。
「すぐに増援要請したのは褒めてやれる、が‥‥敵と決めつけ襲い掛かるのは減点対象、だな」
赤地に黒のツートンカラーで、黒い革ベルトを金具で留めてある、アスハ特注のオベリスクメイルの腕の部分に、新米撃退士の剣がさっくり刺さる。
「わあっ」
新米撃退士はびびって声を上げた。だが剣はオベリスクメイルを貫くこともできない。
蒼くグラデーションする、腰まで伸びたアスハの血色の髪が、夜風になびく。
「勘違いするな、よ。武器を下げろ、と指示しているんだ‥‥おさまりが付かん、なら。代わりに相手になる、が?」
上空からナイトビジョンで様子をみて、新米撃退士の武器を押さえにかかる、天宮 佳槻(
jb1989)。
「聞いていたのと状況が違うようですが、説明して貰えますか? 天魔らしき獣は、その魔具を受け止めて睨み合っていますが、積極的に攻撃しようとはしていませんね。おまけに一般人に近い絵羽さんまでいる‥‥どういうことです?」
淡々と尋ねる佳槻に、新米たちは顔を見合わせた。
「だって‥‥」
「だよな‥‥」
言いにくそうに言葉を濁す。
鷹司 律(
jb0791)が、新米撃退士たちに命じた。
「状況がはっきるするまで、少し下がりなさい」
新米たちは不満そうに、言う事を聞いた。
「退きなさい」
グウェンダリンの声に反応し、一角獣も頭を下げて後退した。残る3匹とともに、絵羽と使徒を守る配置につく。
アスハは絵羽に「すまんな‥‥退学後まで、色々迷惑をかける」と謝った。
そしてグウェンダリンを一瞥して、付け加える。
「‥‥今は彼女を保護してくれているなら、そのまま守っていてくれれば助かる」
「承知しています」
グウェンダリンは、事務的に答えた。
不動神 武尊(
jb2605)は、凶暴で従順なティアマット、「天獄竜」を召喚した。
新米撃退士、そして天界の者、両者への牽制を兼ねている。
「お久しぶりです、絵羽さん。‥‥今の状況の説明をおねがいできますか?」
狗猫 魅依(
jb6919)が、仙狸の人格で語りかけた。
絵羽が口を開く前に、新米撃退士たちが、わあわあと積もる不満を吐き出し始めた。
「だって、絵羽の怖がりを治すためにって、好意で肝試しを企画した連中が神隠しにあって、絵羽だけ帰ってきたんだぜ‥‥です! 今はサーバントなんて連れていやが‥‥いるし、絵羽は消えた仲間を殺したか何かして、天使に媚を売って、人間の敵になったとしか思えね‥‥ません!」
「まあまあ、兎も角、落ち着き給えよ。客観的に情報を語ってくれ給えよ。君達も、絵羽くんも。主観は其の後にたっぷりと聴こう」
「そうですね。とりあえず、あなたたちは落ち着きましょうか」
津島 治(
jc1270)と魅依が、新米たちをなだめる。
将太郎はその間に、「久しぶりだな」と絵羽に挨拶をしていた。不安がらせないようにゆっくりと近づき、目線を落として、穏やかな言葉で事情を聞く。
「なんだよ、ちょっと顔がかわいい女だってだけで、先輩たちもそいつの味方するわけ? 学園をドロップアウトした、ただの落ちこぼれじゃんか‥‥」
騒ぎ立てる新米たちに、ぴしゃりと言い放つ将太郎。
「お前らの言い分は後で聞いてやる。絵羽ちゃんとの話が終わるまで、一切、手出しするんじゃねぇぞ。邪魔したら‥‥新米たぁいえ容赦しねえ」
将太郎は絵羽に穏やかな顔を向けた。
かいつまんで話を聞く。
「そうか、行方不明の友達を探していたのか。で、サーバントとそこの姉ちゃんが絵羽ちゃんの護衛なんだな。いなくなった友達を探したかったんだな。俺も協力してやるよ。大事な友達なんだろ?」
こくりと頷く絵羽。心なしか肩が震えている。
新米撃退士たちに振り向いて、将太郎は厳しく言い放った。
「おい新米共、頭ごなしに絵羽ちゃんを罵ってたようだが、友達の件に関わったのか? それに関しちゃ俺は何も知らんが、優しい絵羽ちゃんが見捨てるたぁ思えん。それなのに随分な言い草だな。真相がわかってから文句言いやがれ!」
「う‥‥でも‥‥」
「じゃあボクから聞いてあげるけどさ、何で絵羽ちゃんに武器向けたわけ? それ当たったら、絵羽ちゃん、死にかねないんだけど、死ぬってどういうことか分かってんの?」
イリスが新米たちをギロリと睨めつけた。
「みんなは絵羽ちゃんに不満があるんだねー? それ、絵羽ちゃんを助けたボクに対して言う意味、ほんとーに分かってる? やっと救出できた子すらボクから奪うの? 不満は聞くよ、本来ボクにあたるのが正当な流れだからね。不満を全部吐ききったら、少し頭を冷やせよ」
「救出‥‥?」
新米撃退士たちは、不可思議な表情を浮かべていた。
絵羽は俯いて、イリスに「ごめんなさい、あの時のことは、思い出すのも怖くて、誰にも言っていないの‥‥」と涙ぐんだ。
だから、新米撃退士たちは知らないのだ。
この廃村で、絵羽と友人たちが人形に襲われたことを。
「あー‥‥そういうことか」
イリスはぽりぽりと頬を掻いた。
●
「ふむん、学園の敵ねー」
新米撃退士から話を聞き、イリスは腕を組んだ。
「なるほど、天使と行動を共にしているから敵‥‥ということか。ならば、天であり魔である俺など、どういう扱いになるんだろうかな? そして、俺と共にここに現れた者たちはどういうことなのだろうな? それと、本来の目的を忘れてはいまいか? 友人の捜索はどうした?」
ハーフ天魔の武尊が畳み掛ける。
新米撃退士たちは、まずったというように顔を見合わせた。
撃退士の中にも天魔や天魔の血を引くものがいることを、わかっていて棚上げしていたのだ。
「聞けば小僧共、そこの子供を虐げてたというではないか? お前たちは恐れているんだろう? 絵羽がそのことを恨み、天に味方し、それを以って復讐をすることを」
絵羽を指して武尊が尋ねる。
「そんな。違います。復讐なんて、考えたことないです」と慌てる絵羽。
「少なくとも大天使級のかたが、堕天をしないでこちらについている例もありますよ」
一応「天魔=敵」の考えだけは否定しておく魅依。
「学園に逆らって敵になるんだったら、ボクも既に学園の敵だねー」
イリスは頷きながら、語った。
「前の四国での大規模作戦で、敵大将の討伐命令を無視して、生け捕りにしちゃった大多数の撃退士が、学園の敵になっちゃうよねー。あれ? 学園にいるの、ほとんど学園の敵じゃね? じゃあ学園の敵同士、ボクと絵羽ちゃんは仲間だねー。これからもよろしくー♪」
「えっ、そんなことがあったんですか?」
びっくりしてイリスを見つめる絵羽。
「うん。‥‥学園がどうかはボク知らないけどさ。絵羽ちゃんの味方なら結構しってるよ?」
「‥‥有難うございます」
絵羽は、ちょっとだけ嬉しそうな表情を浮かべた。
グウェンダリンは赤い着物を引きずるように、絵羽のそばから離れずにいた。
一角獣たちは大人しく使徒である彼女につき従っている。
「天界の者よ、今回はすまなかったな。どうやら今回は完全にこちらの責だ。だがあくまで今回だけだ。敵として立ちはだかるならば‥‥その時は」
武尊が凄むのもさらりと流し、グウェンダリンは頷いた。
「マスターが敵対せよと仰せになるなら、その時はそのようにいたしましょう」
茶色いコートとシルクハットの治が、金平糖を取り出しながら、グウェンダリンに近づいた。
「然し何と麗しいお嬢さんか。連れている白馬も美しい。僕は津島治、悪魔と人間の混血だ。青い瞳が綺麗なお嬢さん、貴女のお名前は?」
「‥‥マスターから、グウェンダリンと呼ばれております」
「グウェンダリン。何と素敵なお名前だ。麗しい貴女に相応しい。お近付きの印に此の金平糖は如何だろうか? 無論毒等は何も入ってはいないよ。入っていたら僕が真っ先に食べてしまうからね。嗚呼、絵羽くんも撃退士くん達も如何かな?」
「有難うございます。いただきます」
絵羽は素直に金平糖を手に取り、口に運んだ。
治は、新米撃退士にも金平糖を配る。
「甘い物は心を落ち着ける効果があるそうだからね」
グウェンダリンは手を付けようとしなかった。
その間に律は、新米撃退士たちの依頼人が、行方不明者の肉親たちだと聞き出していた。
「絵羽さんにもお父様がいらっしゃいます。今、もしあなた方が絵羽さんを殺した場合、お父様は間違いなく貴方がたや学園を憎みます。その事実と貴方がたの名前と姿は、“あの者”達が暴露し、『学園は独善的な殺人鬼集団』とマスコミやネットに悪意を含めて広めるでしょう。結果、学園は人類の敵扱いされ、“あの者”達に傾倒する人達が増えるでしょう」
律はスマホに録音した声を、新米たちに聞かせた。それはある悪魔の宣戦布告放送だった。
「絵羽さんは学園を辞めた一般人です。一般人を敵呼ばわりし攻撃した以上、絵羽さんや周囲の方々が許す許さないは別として、今、自分達の行動を詫びた方が、後でこの件が露見しても、貴方がたや学園の受ける損害は少なくて済みます。貴方がたの行動は、常に誰かに見られていると自覚して下さい」
そう言うと、律は膝をつき、目線を絵羽に合わせ、頭を下げた。
「申し訳ありません。貴方は敵ではありません」
「な、なんで先輩が謝るんですか!?」
慌てふためく新米たち。
「まあ、皆さんの気持ちもわからないではないですがね」
双方の事情を聞いた佳槻が、淡々と語った。
「友人が消えたばかりか、真相がわからず、得体の知れない不安に怯えて、力のない絵羽さんに八つ当たりしていたのでしょう? ですが八つ当たりに力を使う代償は重いです。天魔だというだけで敵とは言えないのも現状です。確たる証拠もなく、武器を振り回すことの危険性、自分達の行動が世間からの学園の評価に繋がること、これを今一度よく考えてみてください。撃退士には、権利があるからこそ、責任も重いのですよ」
佳槻は続いて絵羽に向き直った。
「送別会パーティのことを憶えていますか? 君がどんな選択をするのも、君の自由ですし責任ですが、押しつけられた二者択一に納得出来ないなら、そう言ってもいいんですよ。それも君の選択です。それと、選択を口実に、望まないことを押しつけられても断っていいのです。選択は前に進む為の区切りであって、人を縛る為のものじゃないのですから」
「‥‥はい」
頷く絵羽と、無表情のままのグウェンダリン。
「其の通りだね。死を選んだとしても、僕は文句は言わない。生は苦しいし辛い。ただ、死を選んだ後、自分の周囲が全て良しでは無い事を忘れてはいけないよ。彼等にとっては良く大団円となっても、大不幸になる者もいるのだから。死は自分の為に選び給えよ」
治が付け加えると、絵羽はもう一度頷いた。
「はい。死は選びません。死んでも良い人なんて誰もいないと二階堂さんが言っていました。どの人も、誰かの大事な人なんだって教えてくれました。命を粗末にはしません」
「良い子だね」
治は絵羽の頭をぽんぽんと撫でた。
●
「捜索かーボクも手伝うよ! 少しは地理覚えてるしねー。ボクもこのままじゃ悔しいからさ、絶対5人を見つけてあげよう!」
イリスの言葉で、皆、廃村を探し回る。
「僕も手伝おう。共に捜そう。大人数が良い。新米は信用出来ない? 僕は兎も角、他の者は歴戦の戦士だ。何かあれば止められるだろう。疑いが強まった時に行動しても良いのではないだろうか」
治も、佳槻も、搜索に加わる。
「絵羽ちゃん、友達を見つけた後はどうするんだ? 原磯に迎え入れるのか? 学園に戻すのか? 絵羽ちゃんはどうする? 選択は自分で決めることだ。どんな決断でも俺は何も言わん。皆もそれでいいよな?」
将太郎が尋ねると、「それは‥‥皆の希望通りにしたいと思います」と絵羽は答えた。
捜索をしながら、魅依はグウェンダリンに近づいていた。
「あなたの主は、少なくとも今のところは原磯地区でゲートを展開するつもりはない。それは大丈夫ですか?」
「ご質問にお答えせよとは、命じられておりません」
「わかりました。こちらの思うようにとらせてもらいます」
まるで機械か人形のようだ、と思いながら、魅依は続けた。
「戻ったらあなたの主に伝えてください。天界を敵に回すつもりは無いにしても、人間の味方をするなら撃退士と話し合う場は作った方がいいと。双方のためになります。それが形だけだとしても」
「伝えましょう」
魅依は首輪をつけて仙狸の人格から元に戻り、「えわ、ミィもいっしょにさがすにゃよー」と無邪気に絵羽に駆け寄った。
しかし、皆が今まさに捜索に出発しようとする空気をぴしゃりと打ち消すように、「その必要はない、な」と静かな声が投げかけられる。
「エワ。あれから何日経った。何を探しているんだ? 生きている証拠か? それともその逆か?」
該当依頼の詳細資料をめくりながら、アスハは尋ねた。
資料には5人が命を落としたワゴンの外観写真が添付されており、車から滴り地面に広がった夥しい血溜まりが事件の凄惨さを物語っていた。
「行方不明とはよく言ったもの、だな‥‥生憎だが、全員既に死んでいる。うすうす、自分でも分かっていたのではない、か?‥‥認めろ、現実を」
「うわーっ! うわーっ! うわああーーっ!!」
イリスが大声でアスハの声をかき消そうとするが、絵羽は蒼白になって固まっていた。
ショックを受けることはアスハも理解していた。
だが彼らを捜索するということは、事件現場を知る覚悟があるということ。
もし痕跡が残っていて、捜索の末に友人の死を知ったとして、なぜ学園や、味方だと語る目の前の撃退士達が真実を隠していたのか不信に思うだろう。
自ら望んでこの廃村へ来た彼女の意思と、断たれかけている信頼の両方を守るためには必要な選択だと考えたし、逆に真実を隠す事の必要性や理由を誰かが意見する事はなかった。
「差し支えなければ、こういった類の人形を使う者に、心当たりはない、かな?」
アスハはグウェンダリンに尋ねる。
「申し訳ありません。ご質問にお答えせよとは、命じられておりません」
機械的に、グウェンダリンは答えた。
心に雨を抱くアスハは、グウェンダリンの瞳に宿る絶望の淵を、一瞬、覗いた気がした。
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「順くん、陸くん、宮くん、咲ちゃん、真理ちゃん! ごめんね、ごめんね!! わたしが怖がりだったから、わたしのせいで、わたしの!!」
心のどこかで、彼らがきっともう戻らない事は、わかっていた。
それでもこの地へ再び足を向けたのはなぜだったのだろう。
踏み入れなければ、目を背けていれば、平穏で居られたはずなのに。
頭のなかでぐしゃぐしゃに飛び交う思いはまとまらず、それをすべて塗りつぶすように、ただただ悲しい気持ちと涙が押し寄せ、止まらなかった。
号泣する絵羽をただただ抱きしめるイリス。
固まる新米たち。
無表情に佇むグウェンダリン。
「わあああ!!」
廃村に絵羽の泣き声が、いつまでも、いつまでも、響いていた。