●
撃退士たちは、校庭に降り立った。
目の前に、校舎に近づいていこうとする気持ちの悪い獣人と、震えながら拳銃を発砲する警官。
警官の後ろには、殉死した警官たちが倒れている。泡を吹くように大量の福豆を口からあふれさせている。
(この症状は窒息か、えぐい攻撃をするな)
観察狂のアイリス・レイバルド(
jb1510)が、殉死者を無表情で見やる。
「私の前で子供を襲うとはいい度胸だ。淑女的に殲滅開始だ」
そう言うと、アイリスの金髪がさあっと青灰色に変化した。異形の翼を持つ黒い粒子の影が、本体に寄り添う。
校舎の中は外から見ても大騒ぎになっている。
教職員が、全校生徒を急き立てて、体育館に集まるよう指示しているのだ。
(君は、鳥鳩君なのか? 苦しくて、辛くて、その挙句にこんな姿に成り果てて‥‥これ以上君に手は汚させない、俺たちがここで断ち切る)
警官が持っていた遺書にさっと目を通し、黄昏ひりょ(
jb3452)は、薄く青いオーラを身に纏い、目が青く変色した。白の翼・黒の翼の幻影が背中にふわりと広がる。
(復讐心・憎しみに駆られた鳥鳩君の姿は、幼き頃に力を暴走させた時の俺自身の姿が被って、痛々しく感じる。俺はその後立ち戻れたが、君は‥‥もう、無理なんだな。確かに君を虐げた人達は許せない事をしたのだろう、だけど、決して誰かの命を奪っていいわけじゃない)
「オッケー、鳩人間型ディアボロ退治やな。飛び道具持ちとは言え、敵が一体やったら、こんだけ味方おったらなんとかなるやろ」
黒神 未来(
jb9907)は楽観的な声を上げて、そしてすっと気配を殺した。
苦虫をかみつぶしたような顔で、鳩の登場する童謡を口ずさみ、赭々 燈戴(
jc0703)が呟く。
「一般人のガキいじめなんて止めだ止めだ。最期は俺達が遊んでやるぜ、鳩坊主」
「我龍転成リュウセイガー、見参!!」
雪ノ下・正太郎(
ja0343)は、青龍をモチーフにしたヒーロースーツを身に纏い、「正義のヒーロー・リュウセイガー」となった。
「天魔の災いから、己が住む人と人の世界を守ると誓った身として、如何なる事情があろうとも、心を鬼にして撃退士としての使命を果たそう」
「さて。今回の任務が、私のはぐれ悪魔としての初陣となるわけだが」
カルロ・ベルリーニ(
jc1017)は尊大に、ゆったりとした口調で続けた。手にはオートマチックを構えている。
「いずれ来る『楽しい楽しい天魔との大戦争』の準備としては、いやはや、申し分ない相手ではあるまいか」
「とにかく、要救助者が避難している体育館から、奴を引き離せば良いのでしょう?」
ゼフィ(
jc0492)がカルロに確認を取る。カルロは大きく頷いた。
「えぇ、皆、連絡は常に取れる状態にしておいて頂戴ねェ?」
黒百合(
ja0422)がハンズフリーのスマホを準備する。
「ここからは、連携が勝負だわァ」
●
黒百合が目ざとく、校門脇の地図を確認する。体育館と反対側に、使われていない旧校舎がある。
そちらの昇降口へ移動する未来。下駄箱の間に、気配を殺して潜む。
「さあ、ここからは我々の仕事だ。お引き取り願おう、これ以上犠牲を増やしたくはない」
アイリスが警官を撤退させる。
「彼らは‥‥先ほどの警察官達かね? 勇敢なる彼らを、ささやかながら称えさせてくれ」
運ばれていく殉死警官に、カルロはゆったりと、自分なりの敬意と称賛を表した。
一般人に化けたひりょが、逃げ遅れた小学生のフリをして、旧校舎へと目立つように走っていく。鳩人間の意識を引き付けるためだ。
「おい、そこの鳩顔」
警官が去ったのを確認し、アイリスも旧校舎を背にして、軽く挑発してみる。
ゼフィも豆撒機関銃を豆鉄砲モードにして、鳩が出てくる有名な童謡を口ずさみながら撃ちまくる。
鳩人間は、アイリスとゼフィの挑発には乗らず、まっしぐらに逃げ遅れた小学生(に見えるひりょ)へと向かっていった。
どうやら鳩人間は、復讐心以外には、知性を備えていないようだ。
「何処へ行こうというのかね? せっかくの戦争だ、一緒に楽しもうではないか。共に仲良く、互いを打ち倒そうではないか。滅ぼし合おうではないか」
カルロは不敵な笑みを浮かべながら、オートマチックを放ち、旧校舎に鳩人間を近づけていく。
鳩人間は豆ガトリング砲を構えた。
逃げるひりょに向かって、耳障りな音を立てて発砲する。
燈戴が回避射撃でひりょを援護し、ひりょ自身も回避に専念する。
「痛てっ!」
福豆エネルギー弾がひりょに幾つか命中した。だが、通常の銃で撃たれても傷のつかない撃退士にとって、分厚いコンクリを突き破るほどのエネルギー弾も、「すごく痛い」程度の威力のようだ。
純粋なエネルギー弾だからこそ、アウルの前に、威力を削がれてしまうのかもしれない。
その代わり、ひりょは校舎方面にずるずると押し込まれてしまった。
攻撃を食らったひりょが福豆を吐かないことにも、鳩人間は全く疑問を抱かず、これでもかと豆銃器をぶっぱなす。
やはり、人間並みの知性は、ディアボロ化した時にでも、なくしてしまったのだろう。
「どうやら、俺たち撃退士にはあの豆鉄砲は効かないみたいだ」
ハンズフリーのスマホから、ひりょの声が聞こえてくる。
「確かにすごく痛いけれど、ダメージとまではいかないかな。ただ、勢いが強すぎて、その場に踏みとどまれなかったです」
情報を共有し、ひりょは旧校舎へ駆け込んだ。
校庭に仁王立ちになり、その場から旧校舎に向かって福豆銃器をぶっぱなす鳩人間。
未来の潜む昇降口に入っていく様子はない。
「このままじゃ、建物の外から撃たれちまうなあ」
ふうむと燈戴が腕を組む。コンクリの旧校舎の壁にも、さくさくと穴が開いていくのが見てとれる。
「建物の中が、がらんどうなら問題なしだが、本物の逃げ遅れがいた場合、困っちまうな」
「<生命探知>の結果だが、数名まだ中にいるな。この上、新校舎との渡り廊下のある場所だ」
アイリスが半眼無表情で呟く。
「きゃはァ、そうゆうことなら、被害が出る前に速攻でやらないとねェ‥‥一気に行くわよォ‥‥」
黒百合は<陰陽の翼>で翼を顕現させ、旧校舎前に佇む鳩人間へ向かって、羽ばたいた。
一気に間合いを詰める。
「よし、押し込め!」
「わぁってるわよォ」
<雷鳴を鳴らす者の光芒>を使って、高密度に圧縮された擬似電流を伴うアウルを、掌から砲撃する黒百合。砲撃後、まるでそこだけ色が消えてしまったかのように、黒百合の髪が真っ白になびいていた。
彼女の攻撃で麻痺した鳩人間を、<悪魔殲滅掌>で殴り飛ばすリュウセイガー!
「喰らえ、リュウセイガーパンチ!!」
「鬼も内に入っちまいな」
続いて燈戴の赤鬼の鉄槌が、鳩人間を昇降口のそばへと吹き飛ばす。
そこへ、隠れていた未来が出てきて、<闇討ち>によるバックドロップで鳩人間を校舎内へ投げ込み、鍛え抜かれた強力なパンチとキックをお見舞いする。<蛇眼>を使うまでもなく、あっさり組み敷かれる鳩人間。
豆鉄砲をギルティブラッドに持ち替えたゼフィが、「追撃です!」と鳩人間に襲いかかる。
チェーンソーの高速回転音が、何かを切り刻んでいる猟奇的な音が、昇降口に響いた。
「私は、平凡なニートに、戻りたいんです! そう、ニートこそが我が人生です!!」
――なのに、呪われた武器を手にしてしまったが故に!!
ニート生活に戻れない!!
ゼフィは、自身の絶望を叩きつけるかのように、ギルティブラッドを容赦なく鳩人間に叩き込んだ。返り血がびしゃびしゃと飛んでくる。
「ああ楽しい、とても楽しい戦争だ‥‥きっといずれは血みどろの戦争になるに違いない。素敵だ、実に素敵だ」
ぶしゅうと血を撒き散らしている鳩人間をうっとりと見つめ、カルロは芝居がかった口調で呟いた。
「とどめはいただきよォ♪」
黒百合が、ロンゴミニアト――全体に無数の細工が施された、見た目にも美しい槍で、穂先からは常に血のような雫が滴り、槍全体を赤く彩るという白銀の槍――を振りかざした。
その時、鳩人間の様子が変わった。
「あらァ?」
「何やの!?」
未来の腕がすっと軽くなる。
グルグルと鳴きながら、ちょっと変わった毛色の土鳩が、そこにいた。
あちこちから血を流しており、窓から外へ飛び立とうと暴れだす。
逃げようとしているのだ。
「おっと、幕引きにはまだ早いのではあるまいか、そうは思わないかね?」
カルロがオートマチックで土鳩を撃ち落とす。
「もっともっと、楽しませておくれよ、さあ、さあ!」
アイリスは逃亡に備えて<星の鎖>を用意していたが、カルロの一撃で、土鳩がぽとりと落ちたため、スキルは必要ないと判断した。
かくて、ディアボロは、カルロからの何発ものアウル弾を受けて、生ゴミのように血と羽を撒き散らし、果てた。
●
「皆さん無事ですか?」
正義のヒーロー・リュウセイガーと、ひりょは、体育館を中心に、校舎を見回っていた。
アイリスが<生命探知>で、誰かいないかと反応を探す。
撃退士たちの活躍のおかげで、何とか一般人に被害が出ることなく、ディアボロを退治することに成功したとわかった。
体育館を、安堵のため息が包む。
中には、無事を喜んで泣き出してしまう生徒や教職員もいた。
旧校舎内で逃げ遅れていた生徒たちは、自分たちが危険だったことを知って、蒼白になっていた。
「もう、大丈夫なんですよね?」
「ええ、大丈夫ですよ」
ひりょが皆を安心させる笑顔を見せる。
●
一般人の生徒・教職員たちは、自主的に各自教室へと戻っていった。
笑顔で見送り、そしてひりょは俯いた。
「‥‥」
「どうかしたんでしょうか?」
ゼフィが尋ねる。
「うん‥‥実は、先に警察から預かってたんだけどね」
ひりょは、鳥鳩くんの遺書を皆に見せた。
「‥‥‥‥鳥鳩君、ごめん。君を助けられなくて、本当にごめん」
リュウセイガー、いや、正太郎は、土鳩の亡骸を抱えて、涙した。
「どうにか、弔ってあげられないだろうか‥‥せめて最期くらい、人間らしく‥‥見た目は鳩だが‥‥」
「そうだな。せめて、安らかに眠って欲しいな」
ひりょも頷く。
黒百合は、遺書の事を聞いて、鳥鳩くんが飼育係をしていた小屋を確認してみた。
残された物が無いかどうか捜索してみると、何度か小屋の中に閉じ込められたのであろうか、粗末な南京錠が近くに落ちているのが見つかった。
(なるほどォ、動物の世話をしている間に、いじめっ子に閉じ込められたりしていたってわけねェ‥‥十分陰湿だわァ♪)
「子供を守るのは大人の役目だろうに」
どうして子供のいじめに、親も教師も向き合ってやらなかったのか。アイリスは唇を噛んだ。
「それでも、命で購う責かと問われても、返す答えを用意できないな‥‥」
この事件で亡くなった一般人の数を考えると、やりきれない。
どうして鳥鳩くんがまだ引き返せるうちに、周囲が手を尽くしてやらなかったのか。
子供好きなアイリスには、今回の事件は心から痛ましい事件に思えた。
「遺書か‥‥死にたくなるほど追いつめられてたんだろうが‥‥本物の鬼は、仲間を仲間と思わず、外に追い出しちまうヤツかもしれねぇな」
燈戴は、自身も老いぬ体の所為で、友人が徐々に離れていった過去を思い出した。
「それを利用した悪魔もくそったれだが‥‥莫迦野郎だぜ、坊主‥‥」
ひりょは鳥鳩くんの遺書を、学校関係者へ公開することにした。
いじめが原因による凄惨な事件である事を、生徒・教師・親族にちゃんと知ってもらうのが目的だ。
また、再発防止の為に、一致団結して、いじめ撲滅の為に活動して欲しいと念を押す。
「同じ悲劇が起こる可能性は十二分にあるのだから。でもそうなって欲しくはない。憎しみに駆られ、他に何も見えなくなってからでは遅いんだ」
ひりょは熱弁をふるった。
「無論、俺達撃退士に出来る事はするけれど、皆にもきっと、なにか出来る事があるはずだから!」
未来は震えていた。
「うちが一番嫌いなんは弱いものイジメやねん、下手したらイジメの犯人をシバきに行ってまうかもしれへん」
ぷるぷる、ぷるぷる。拳が小刻みに震えている。
「‥‥誰か止めてな? アカンことはわかってるけど、もし主導者がまだ生きてるんやったら、理解だけはしてもらわへんとうちの気が晴れんし、鳥鳩クンも浮かばれへんやろ? そやさかい‥‥もし主導者が生きてるんやったら<蛇眼>で死ぬより辛い恐怖を与えとくで‥‥」
未来は本気だった。
「私も、鳥鳩くんをいじめていた奴が生きていたら、豆鉄砲でお仕置きします」
ゼフィが豆撒機関銃を構えて頷く。
「いやいやいや、待つのだ、お嬢さんたち。頭を冷やしたまえ。彼は、鳥鳩少年は、自身の中の『戦争』に敗れたのだ」
カルロが不敵な笑みを浮かべ、芝居がかった口調で未来とゼフィに落ち着くよう言った。
警察に問い合わせると、いじめの首謀者や関係者とみられる生徒は、最初に襲われた学区の子供がほとんどで、既に生存していない可能性が高いということだった。
「あんな、ほんまにいじめはあかん。もし誰かまた追い詰めるようなことがあったら、うちがシバきに来るで、覚悟しときいや!」
未来は学校関係者全員に向けて、強くメッセージを発した。
●
ゴーストタウンとなった学区の一角に、共同墓所がある。
一連の事件で亡くなった人たちの墓所となっている。
撃退士たちは天魔の亡骸の処理業者に頼み、土鳩ディアボロの亡骸の一部を、そこに埋葬し、線香をあげて弔った。
「せめて、最期くらい、人間らしく‥‥な」
アイリスも正太郎と同じ気持ちで、無表情のまま、手を合わせた。
冷たい風が、線香の煙を揺らし、吹き去っていった。