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マリカせんせー(jz0034)は、「AMPウィンタースフィア」の園長と戦っていた。
ばん! せんせーの華奢な手がテーブルに叩きつけられる。
「鳥飼夕貴(
jb3621)さんの入園許可を求めますですー!」
「ですから、何度もいいますけれど、園内ではアウル使用禁止なんですよ」
「でもでも! 鳥飼さんはアウルで女性化しているだけで、言わば女形としてのアイデンティティなのですー! 学生さんがアイデンティティを守るためにアウルを使うのは、周囲に危険が及びませんし、それくらい許してくれたっていいのですー! どけちー!」
せんせーはぷうと頬を膨らませると、園長を睨みつけた。
長い長い、そして低次元な話し合いの結果、せんせーは園長を説き伏せる(呆れさせる)ことに成功した。
こうして、グラマーな女性に変身した夕貴は、その姿のまま、正式に氷像コンテストメンバーとして、施設内に足を踏み入れることが出来たのであった。
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「我ら、プリズムスノウ! 今回の優勝は狙い撃ちだ!!」
紅華院麗菜(
ja1132)、雫(
ja1894)、佐藤 としお(
ja2489)、向坂 玲治(
ja6214)、アイリス・レイバルド(
jb1510)、そして夕貴がフリースペースへ赴くと、タレント撃退士6名が宣戦布告してきた。
「おお、かかってこいや。やるからにはテッペンだな、優勝賞金は俺らがいただいていく」
玲治がぎろりとプリズムスノウを睨めつける。
「私たちは、マリカせんせーの愉快な生徒達ですわ。お互いにベストを尽くしましょう」
妖精をイメージしたフリル付きふわふわ衣装の麗菜は、楽しむ気満々だ。
「とりあえず、戦友として、美味しいお茶をどうぞ」
プリズムスノウがペットボトルのお茶を勧めてきた。触れるだけでキーンとするほど冷たい。
「いや、いい。そんなことより、淑女的に作業開始だ」
アイリスがぽいとお茶を返却し、氷塊に向かった。
プリズムスノウが慌てて作戦会議を始める。
「ど、どうする?」
「お腹に一撃、冷たいお茶作戦が失敗です!」
「何てことだ‥‥こうなったら」
「こうなったら?」
「傷んだオニギリ作戦でいくぞ!」
「結構寒いわねぇ」
夕貴は、グラマーな女性の外見で、セクシー黒ビキニの上に、膝上15センチくらいの丈のセクシー着物を色っぽく着崩していた。
「まずは何から始めたらいいかしら?」
「設計図だ」
玲治が、前もってマリカせんせーに教わっていた方法で、デッサンを取り始める。
「一応、ディフォルメしたマリカ先生を描いてみたのですが‥‥」
絵心皆無な雫が、名状しがたき図をスケッチブックに展開していた。
「マリカせんせーのディフォルメ氷像か、いいね! あのスカートなら広がっているから安定しそうだし」
としおが雫のアイデアを褒める。玲治も頷いた。
「それで行くか」
マリカせんせーと愉快な生徒達は、玲治のデッサンに基づき、氷塊に油性マジックで印をつけ始めた。
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「大変! 私たちも、題材を決めないと!」
一方、プリズムスノウは、妨害用の傷んだオニギリを制作するのに夢中で、氷塊には手付かずだった。
設計図を起こしてから作るとか、そんな手順については、誰も思いつかないし、スマホで調べることにも気づかなかった。
どすプロの1人が、大雑把に円柱を4本立てて、その上に氷塊を載せて、更に円柱を載せて、「馬‥‥に見えないかな」と言い出した。
ムンヴァルの美意識からすると、やっつけ仕事すぎな上に、躍動感が足りていなかった。
どすプロとムンヴァルが対立する。険悪な空気が漂った。
「違う、今の敵は『マリゆか』だ!」
勝手に名称を省略し、我に返るプリズムスノウ。
せっせと傷んだ具を詰めてオニギリを握っていく。
(この寒さの中で、握りたてのあったかいオニギリに惹かれないはずがない)
さて、プリズムスノウは、親切な顔をして、オニギリを差し入れにやってきた。
しかしそこには、思いもよらない光景が展開されていた。
「こう寒いと熱いものが旨いっすねぇ〜」
マリカせんせーと愉快な生徒達は、円陣になって、としお特製のラーメンを皆ですすっていた。
ダシの効いたあつあつラーメンの前に、冷めかけたオニギリの出番などない。
「他チームの作業場に何か用でしょうか?」
雫がスープをすくっていたれんげを止めて、プリズムスノウに尋ねた。
「あ、いや、同じ学園生だからさ、一緒に頑張ろうねって‥‥」
佐村たかしは笑顔をひきつらせた。
「あら、オニギリ。いいじゃない。折角だからせんせーの像に持たせましょうよ、大食いキャラアピールってことで!」
あまつさえ、夕貴に氷像のアイデアを提供してしまった!
手つかずのオニギリを抱えたまま、すごすごと引っ込むプリズムスノウ。
「次なる作戦は‥‥作戦は‥‥」
「と、とにかく、私たちも氷像を作らないと間に合わないわ!」
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「美味しかったですー!」
あくまで応援にきている名目なのに、ちゃっかりとしおのラーメンをいただいていたマリカせんせー(注:今はモデルとして十分に大活躍?)は、どんぶりをすっかりカラにして、ゴキゲンだった。
「せんせー、魔具は使ってもいいんですの?」
「それが、施設内はアウル使用禁止なのですー。工具は支給されたものを使ってくださいですー」
「わかりましたわ」
妖精のような麗菜は、本物の妖精のように明るく微笑んだ。
「では少々、派手に行いますか」
ラーメンどんぶりを片付け、いざ、粗めに氷塊を削っていく雫。ノミとノコを使い分け、最後に仕上げる溶けやすい部分を多少太めに残しておく。大きいノコをなるべく下げないように、氷に対して出来るだけ水平に刃を入れていく。
チェーンソー担当は、職人系撃退士雑食派のアイリスだ。
危なげなく、高速でサクサクと形を整えていく。ノミに持ち替えての細かい装飾も手馴れた感がある。
「氷を扱った数は少ないといっても全く触ったことが無いとは言ってないぞ、何せ氷は綺麗だからな。ただ流石にここまで大きい氷像作りは初めてだな」
「正面のデッサンと裏面のデッサンが大きく食い違わないように、慎重に‥‥慎重にですの‥‥」
踊るようにノミで削って、氷像の作成過程そのものをエンターテインメントに演出している麗菜。ふりふりヒラヒラの衣装が動きに応じて揺らめく。
「さて、下半分がなかなか手ごわいですの‥‥ここで失敗できませんわ! いっそう慎重に参りますの!」
「氷という素材の持ち味を最大限に引き出すには、平ノミによる面と、角ノミによるラインが重要だ」
アイリスが手早く工具を持ち替える。
皆の作業効率を高めるため、としおが工具を片付けて、すぐに持ち替えられるように整理した。
玲治はバーナーを使ったりヤスリを使ったりして、細部をなめらかに磨き込んでいた。
時に接着のため、軽く水をかける。
会場は冬の寒さだ。あっという間に凍っていく。
夕貴は形が出来ていくせんせーのディフォルメ氷像に、オニギリを持たせようと考えていた。
氷を削り出し、ノミで丁寧に形を整えていくが、オニギリの独特の形に仕上げても、いまいちオニギリだとわからない。
「手に持たせてみたらどうかしら?」
氷像の手の上にオニギリ氷像をのせてみる。
としおと2人で、海苔の部分を平ノミで削ってみる。若干それらしくなった。
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一方、プリズムスノウは、次なる妨害作戦を考えていた。
「作品を壊すのはやっぱりやめておきたいよね‥‥」
もともと善良な6人である、たかしの言葉に皆、一斉に頷いた。
「水ばしゃあとかは、だめかな? 氷像にかからないように、足元だけ‥‥」
どすプロの一人が提案した。
氷像の下の方を細工すると、溶けてきた冷たい水で服が濡れたり、滑ったりする。
それをちょっとひどくしようというのが、プリズムスノウの次なる作戦であった。
バケツに冷たい水を汲んで、何食わぬ素振りで「マリゆか」の作業場を通りがかるプリズムスノウ。
「あっ」
足を滑らせるふりをして、そのまま、冷たい水を床にぶちまける。
「ごめんなさい‥‥」
謝るだけ謝って、逃げるように去るプリズムスノウ。
マリカせんせーの氷像をがっつりと固定していたタオル類が、凍った。
――それだけである。
(何の邪魔にもならないなんて!!?)
精一杯考えた妨害工作だけに、泣きそうになるプリズムスノウ。
「あいつら、何やってんだ?」
ここへ来てようやく不信感を抱く玲治。
「こういった大会じゃ、盛り上げる為にアクシデントを意図的に発生させたりとかも、有り得るとは思ってたけどよ、もしかしてあれがそうか?」
「やりたきゃやらせとけ‥‥その分、相手方の作成時間が無くなるだけだ」
としおがさらりと答える。
そう。
プリズムスノウの作品は、まだ、削り出しにすら、達していなかったのだ。
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いよいよ舞台をステージに移動し、アピールタイムが始まった。
「エントリーナンバー5番、マリカせんせーと愉快な生徒達さん、どうぞ!」
アナウンスが流れ、氷像が注意深く運び込まれる。
黄色系のカラースポットライトを浴びた、ディフォルメ・マリカ氷像は、氷のオニギリを抱えて幸せそうに輝いていた。
「ここで最後のひと作業ですの!」
麗菜が踊るように、氷像の目の部分にノミをあてる。
かわいらしいマリカ像が完成した。審査員・観客からも、拍手が起こる。
雫と玲治が、仕上げに表面を擦ったり炙ったりして、少しだけ溶かすことで、細やかな削り後を滑らかにして綺麗にしてある。
つるつるでぴかぴかのクリスタルな氷像は、ライトアップされて、見事に観客の目を引きつけた。
(俺達が作り上げた作品、それ自体が最も優れたアピールだ! これを見て魂で感じろ!)
としおが手をぐっと握り締めて、見守っている。
(淑女的に最善は尽くした。舌戦は任せたぞ)
アイリスも審査の行方をじっと見つめている。
「せんせー、ステージにあがってちょうだいな。ご本人登場はお約束でしょ?」
夕貴は、マリカせんせーを呼びつけて、氷像の横に並ばせた。
そして玲治が、マリカせんせーが、如何に学園の生徒から好かれている良い先生かを、照れまくる本人の横で紹介したのち、スカートの曲線美や髪の毛の質感にこだわったと、作業の細部について熱く語った。
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「エントリーナンバー6番、プリズムスノウさん、どうぞ!」
マリカ氷像からスポットライトが移る。
青系の光を浴びて、プリズムスノウの作品が浮かび上がった。
「‥‥!?」
でんでんと、円柱を4本並べ、その上に四角い氷塊をおいて、更に円柱を1つ乗せ、てっぺんに雪を盛って固めたような、非常に粗末な作品が出てきた。
「これは‥‥なんですか?」
「馬です」
冷たい汗をかきながら、たかしが舌をもつれさせる。
「そ、素材の美しさをそのままに、大事にして、仕上げました」
「‥‥仕上がっているんですね? この状態で」
「は、はい‥‥」
プリズムスノウはメンバー全員、蒼白だった。
結局、題材が決まらず、揉めに揉めた結果、氷像制作どころではなくなってしまっていたのだ。
「ほう、精魂込めた物作りの発表の場に、あの程度の作品を提出するとは、良い度胸だ」
逆の意味で、アイリスが感心する。
「あの人たち色々と言動がおかしかったですね。何か理由があるのでしょうか‥‥?」
雫が、不思議そうな目でプリズムスノウを見ていた。
「うーん、他の人の作品にも惜しみ無い賛辞を送りたいところだけど‥‥どう見ても未完成にみえるね」
としおが首をかしげる。
審査員のシンキングタイムを経て、結果が発表される。
「優勝は、‥‥エントリーナンバー5番、マリカせんせーと愉快な生徒達さん、です!」
会場に響き渡る、拍手喝采。
マリカせんせーも連れて、全員でステージにあがり、審査員席に一礼、そして観客席に一礼する一行。
「ありがとうございました!」
としおの声に続き、皆で「有難うございました!」と声を合わせる。
プリズムスノウ・メンバーは、蒼白になってハンカチを噛み締めていた。
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「ええい、このバカモノどもがっ!」
施設の事務所のドアの向こうから、園長らしき声が聞こえてくる。
「妨害にかまけて、自分たちの作品が未完成だっただと!? しかも妨害も何も出来ていないじゃないか! おしおきものだな!」
「そ、それはご勘弁くださいよぅ〜」
たかしの元気のない声が聞こえてくる。
伊勢田かなも、「私たちは、この施設の、正義のヒーロー役です。どうしてもずるいことに知恵が回りません」と泣いていた。
「精一杯がんばったんです! 冷たいお茶作戦とか、傷んだオニギリ作戦とか、つるつるスッテン作戦とか‥‥頑張ったんです‥‥」
「ええい、しゃらっぷ! お前たちの先月分のバイト代は無しだ無しッ! AMPウィンタースフィアの名が泣くわっ!」
「そんなぁ〜〜」
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「なるほど、異様に接触して来ると思ったら、あれは妨害のつもりで、しかも訳有りだったのですね‥‥」
雫はプリズムスノウを尾行し、会話の記録をスマホに録音していた。
「妨害者さん達から、話を聞き出して、園長さんの弱みとか握れるようにできませんかしら?」
麗菜が、さりげなく腹黒い発言をする。
「この記録を審査員の方々に暴露するだけで、園長は追い込まれると思いますよ」
悠然と雫は、審査員席に向かった。
麗菜も服をヒラヒラさせながらついていく。
工具類を片付け、自分からせっせと掃除をしていたとしおが、「妨害かあ、なるほどねえ」と呟いた。
「あたしも手伝うわよ」
夕貴が掃除に手を貸す。としおは軽く礼を言って、うむむと考え込んだ。
「どんな事情があったにせよ、あの連中には、妨害とか無理な注文だったんじゃないかなあ?」
少し離れたところで、玲治がマリカせんせーと氷像の記念撮影をしている。
「一生の記念になりますです〜!」
せんせーは大喜びだった。
雫と麗菜は、審査員として集まっていた評論家やアーティストに、園長の企みを聞かせて回った。
皆、一斉に顔をしかめる。
「芸術に対する冒涜ですね」
あるアーティストはあからさまに眉根を寄せた。
「スケートリンクのメンテナンスをお断りすることも考えなくてはいけませんね」
氷業者の一人が呟いた。
「我々が口コミで評判を落とせば、この施設はすぐに経営不振になるでしょう。プリズムスノウの皆さんには、別の施設を紹介しましょう」
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AMPウィンタースフィアが閑散となる日は、そう遠くなかった。
プリズムスノウの6人は、別の施設に採用され、タレント撃退士を続けることとなった。
「どなたか知りませんが、有難うございます」
たかし、かな、そしてメンバーの皆は、冬の高く白い空を見上げた。
冷たい風が吹いて、ふわりふわりと白い雪が舞い落ちてきた。