●第一防衛ラインにて
ざあざあと激しく雨が降る山道を、魔熊に襲われながらスクールバスが走る。
ライトを点けても視界は5m程度。ワイパーなんて、この豪雨では在って無いようなものだ。
比較的直線的な道に出たところで、撃退士たちが第一防衛ラインを引いていた。
「あれなのだな」
傘もささず、髪から白いワイシャツから黒いズボンから靴まで、全身をびっしょりと濡らした鼬 アクア(
ja6565)がバスを視界に捉え、立ち上がる。濡れたシャツに黒々とLカップブラが透けているのも気にせず、呪文を唱えながら手を翳す。淡い光の球が現れ、周囲10mを照らし出した。雨の線が光の中に浮かび上がる。
「うおおおおおお!」
千葉 真一(
ja0070)が雄叫びをあげ、トワイライトの光を全身に受けながら、「変ッ身ッ!!」と光纏する。少し遅れ、傘とヘアバンドで視界を確保した加倉 一臣(
ja5823)が、ペンライトをバスに向けてぐるぐると回した。救助に気づいたバスがパッシングで応える。素早く一臣は携帯で、待機中の仲間達に合図を送った。
「天・拳・絶・闘、ゴウライガっ‥‥行くぜ!!」
真一、いや、ゴウライガは、トレードマークの赤いマフラーをなびかせ、最も近い魔熊へ側面から攻撃を叩き込むべく走り出した。
「みんな、助けに来たぜ! こンのォ狼藉熊が‥‥バスから離れろォ! ゴウライ、スピンキィィック!!」
メタルレガースを着用した蹴りが太陽の輝きを纏って炸裂する。何処からか、カッコイイ声と発音で「IGNITION!」というアナウンスが聞こえ、思わず何事かと一臣とアクアは周囲を窺った。一方、強烈な蹴りを食らった魔熊はギャッと声を上げて、しがみ付いていたバスから離れた。残る2匹は尚もバスを追って駆けて行く。取り残された魔熊1匹は、にっくきゴウライガに体当たりを試みた。
シュン。
トワイライトの明かりを頼りに、側面へ回った一臣が、魔熊の前肢を狙って慎重にショートボウを放つ。狙いは鋭く、魔熊の前肢をえぐった。体当たりをしようと助走していた魔熊が転げて、悲鳴を上げる。
「ふっふっふ、若い子ばっかりじゃなくてお姉さんも相手して欲しいのだぞ!‥‥でも、もっと可愛い熊さんが良かったのだぞ」
スクロールを開き、薄明かりに目を細めつつ詠唱するアクア。
「展開・開放・放出・出力・力場・場所・所用・用法・法改正・正義・義理人情‥‥ええいともかく、射抜け、なのだぞ!」
意味のない単語を羅列して攻撃するアクア。スクロールから光の球が直線的に飛び出し、魔熊の足元を撃ち払う。
「ここで勝負をかける。先輩方、フォローよろしく!」
「任せるのだ。集中して、祈り、願い、確実に、発動するのだぞ」
ゴウライガの言葉に応えるアクア。薄紫色の光の矢が飛んだ。一臣はわざとペンライトで魔熊の目を照らし、意識をゴウライガから外させ囮となる。
魔熊が翻弄されている間に、ゴウライガは意識を丹田に込めた。何処からか、カッコイイ声と発音で「IGNITION!」というアナウンスがまた聞こえた。十分な集中の後、ゴウライガはくわっと目を開いた。
「これ以上好きにはさせない。必ず俺たちが倒す! まずはお前だ!!」
トワイライトの灯りが消えゆく中、ゴウライガの足元が太陽の輝きを纏って浮かび上がった。
「とどめのゴウライ、バスターキィィィックっ!!」
片足でぬかるんだ地面を蹴り、飛び上がって、高い位置からひねりをかけたキックをお見舞いする。魔熊は吹っ飛んだ。カッコイイ声と発音で「IGNITION!」というアナウンスがまた聞こえる。
アクアがゼロ距離まで近づいてエナジーアローを叩きこもうとする。が、魔熊が既に息絶えていることに気づいた。一臣が携帯で仲間達に報告する。
「子供たちは無事か?」
ゴウライガの問いに、一臣は「まだ、な」と頷いた。
「さて、バスを追って我々も行くとしますかねェ」
雨は激しさを増して、降り続いている。この先の道は、カーブになっている筈だ。
●第二防衛ラインにて
状況は一臣から携帯で伝わっている。
「けーたい?‥‥なんだそれは?」
‥‥中津 謳華(
ja4212)のようなアナログな者も居るには居たが。
「祈願圓満感應成就 無上霊宝 神道加持」
願掛けのつもりで、鷺谷 明(
ja0776)は唱えた。男子用制服を着たシィタ・クイーン(
ja5938)が地形把握を利用し、バスがスピードを落とすであろうカーブの手前の、少し高い位置で待機している。謳華は少し低い位置、山道の側面に下りた所で気配を殺し、待機している。
バスのエンジン音と、ヘッドライトの光が近づいてきた。スピードを落とし、カーブにさしかかる。
明は懐中電灯をぐるぐると回して合図した。応えるパッシング。スピードが更に緩む。
(バスの強行乗車経験は過去に多数あるが、私は常にテロ目的の加害者側だった。その経験が子供たちの救出に役立つかもしれないとは、皮肉なものだな)
「とう!」
跳躍し、走行中のバスに飛びつくシィタ。慣れた様子で体を揺らし、窓ガラスを足で蹴り割って、車内に転がり込む。中では児童たちが怖がって、あーんあーんと泣いていた。シィタが侵入した窓のそばの子供は、割れたガラスの破片を浴びて、泣くことすら出来ず茫然としていた。
「すまんな。怪我はないか?」
男と間違われそうな仕草で、シィタは尋ねた。ハスキーボイスが性別を惑わせる。長い金髪の‥‥お兄さん? 児童たちは動揺したが、引率の先生がシィタに「助けに来てくれたのですね」と言っているのを見て、正義のヒーローその2(※1はゴウライガ)が来たんだ、と理解した。
「ああ。救助に来た。ここで熊野郎を討ち漏らしても、第三防衛ラインを引いてあるから大丈夫だ。皆、家に無事に帰してやる」
シィタは豪雨の視界不良の中、運転手にカーブを予告し運転の手助けを行った。
バスの後方には、古代の長衣を着た美貌の女王の幻影がちらちらと見えている。
「毒婦セミラミス!」
バスと魔熊の間に割って入り、鉤爪で応戦する明。攻撃は命中し、熊の急所として有名な脇の下を鉤爪がえぐる。魔熊が吼え、強烈な打撃で明を襲う。明はわざと地を蹴り、派手に吹き飛んでダメージを殺した。
「貴様等の相手は‥‥俺だ!」
謳華が「穿葬之型」と名付けた技で魔熊に立ち向かう。アウルの燃焼により瞬間的な加速をもって相手の懐へと潜り込み、墨焔が集中してさながら牙の様にも見える膝蹴りを、速度を殺すこと無く穿つ技だ。魔熊は涎と血を吐き出しながら悶えた。
シィタの誘導で、バスはドリフトしながらカーブを越える。しがみ付いていた魔熊の1匹が振りほどかれて山道の側面に転げ落ちた。
毒が回っていた残る1匹は、苦しそうに鳴き声を上げる。そして、苦痛に悶える余り、一層凶暴に暴れだした。
「涜神シシュポス! 影手裏剣用意‥‥無音歩行、壁走り!」
あらゆる強化系スキルを使用し、影を凝縮した棒手裏剣を手の中に作り出した明は、バスの側面を走って音もなく魔熊に近づき、棒手裏剣を叩きこんだ。背後に古代の長衣を着た美貌の女王の幻影がゆらめいている。
「それ以上児童たちを追うなら、鬼喰らいで止めてやろう!」
古武術「中津荒神流」で立ち向かう謳華。流れるような動作で、魔熊の急所にピンポイントで肘打ちと膝蹴りを叩きこむ。魔熊は耐えようとよろめいて下がったものの、謳華の猛攻からは逃れられない。
どさっ。意識を失い、魔熊は倒れた。容赦なくとどめの一撃を与える謳華。
戦いが終わった。そう思った明は、小声で唱えた。
「諸々の禍事 祓へ給ひ 清め給へと白す事を 聞食せと 恐み恐みも白す」
「ふむ。バスは‥‥行ってしまったか。手作りの饅頭を子供たちに食わせたかったが‥‥」
脅威は去った、謳華もそう思った瞬間。明の携帯が鳴った。
「さっき転げ落ちた奴がまだ追ってきている! 第三防衛ライン、迎撃準備を!」
ピストルの音と、シィタの声だった。
そこへ、第一防衛ラインの面々が到着し、合流して最後の戦いに向かうこととなった。
●第三防衛ラインにて
撥水スプレー済み儀礼服に身を包んだ如月 敦志(
ja0941)は、共に待機していた八角 日和(
ja4931)に告げた。
「敵の数をしっかり確認しておこう。どこに伏兵がいるかもわからん」
「そうだね! 咆哮を試してみようか!」
日和は光纏した。淡い青色の光が、足元から水が沸くように溢れて大きくなっていく。腹の底から叫び声をあげてみても、豪雨の音以外、気配はない。
「よし! となると、倒すべき敵はあと一体だ! 逃さないよー!」
バスのエンジン音とヘッドライトの光が雨の向こうからやってくる。
ペンライトを振り回し、2人はバスに合図をした。
パン、パンとピストルの音が響いている。車内から、追いすがる魔熊に向けて、シィタが射撃しているのだ。
ピストルの音が止まる(弾切れかマガジン交換のため)を待って、日和はサイドステップで側面から魔熊に接近する。狙いをこちらに向けるべく、石火で加速したサバイバルナイフを、魔熊目がけて繰り出した。
「身体が小さいからって、甘く見ないでよね‥‥!」
(熊の弱点は‥‥鼻先っ!)
魔熊が悶える。深々と鼻先に刺さったサバイバルナイフを外そうと、上体をくねらせ、うおおおんと悲鳴のような声を上げる。日和はその体に器用によじ登り、傷口を更に広げるように、ナイフを滑らせて押し込んでから、引き抜いた。魔熊が悶絶した。だらだらと鼻先から血が流れ、豪雨に洗い流されていく。
魔熊は狙いどおり、バスから離れて日和に攻撃対象を変更した。痛みに苦しんでいるのもあってか、めちゃめちゃに両腕を振り回す。狙えていないだけあって、自分にとりついている日和を攻撃することは出来なかった。
「一体だけならっ!」
敦志はスタンエッジを唱えた。複雑な魔法陣が敦志の周囲の空中に浮かび上がる。ぱんと魔方陣が弾けると同時に、暴れていた魔熊がどさりと倒れた。
「折角の遠足に襲ってくるなんて、間の悪い熊さんだなぁ‥‥もう一度冬眠してもらわないとね」
「永眠、だろ?」
日和と敦志が見下ろす。ざーっと豪雨が失神した魔熊の体を濡らしている。
停車したバスからシィタが降りてきて、「お疲れ」と一言2人に声をかけると、ピストルでパンと一発、とどめの一撃を見舞った。
「熊‥‥か。昔はよく鍋にして食ったものだが」
追いついてきた仲間たちが、合流する。明が魔熊の死体を見つめて、ぼそりとそう呟いた。
●救助成功
豪雨が去った。灰色の雲がゆっくりと流れていく。
バスは山道を抜け、フェリー乗り場の広い駐車場に来ていた。
あーん、あーんと子供たちが泣いている。
引率の先生も、運転手も、かなり怖かったようだ。
今では、安堵の表情を浮かべて、子供たちをなだめている。
「バスの窓ガラスを壊してすまなかったな」
シィタが無骨な言い回しで謝罪するが、運転手は「いや、ひとりも犠牲にならず済んで、助かりました。特にあのカーブの時は、お世話になりました」と逆に頭を下げられた。
「おなかすいたのだぞ‥‥!」
アクアがずぶ濡れセクシーモードのまま、ぶんぶんと腕を振る。
どこからともなく、お手製の饅頭を取り出し、謳華は児童には、恐怖に耐えて頑張ったご褒美として、仲間と運転手と引率の先生には、無事終了した祝いとして、配り歩いた。アクアが猛烈な勢いで食べ始める。
「俺の饅頭は美味いぞ。皆、良く頑張った」
そして、身を屈めて子供たちに諭す。
「今日お前達は恐怖を‥‥怖いという気持ちを知った。その怖さを乗り越えることが出来たとき、お前達は強くなれる。そして『怖い』を忘れてはならない。恐れを知るからこそ、人は人を護れるのだからな」
「はーい」
饅頭を食べながら、子供たちは涙をぬぐった。
「少しずつでもこうやって被害を食い止めなくちゃな‥‥」
バスを安全に人里へ返す。その目的を果たした敦志は、はっと気づいた。
饅頭を食べている中に、怪我をしている子供がいる。
「おい、どうした? 見せてみろ」
敦志が上着を脱がせると、窓ガラスの破片で小さな切り傷を作ってしまった子供が数名。
シィタが申し訳なさそうに、「強行突入した時にやってしまったか。すまない」と謝った。敦志がせっせと応急手当てを済ませる。
「皆、かすり傷で済んで良かったが‥‥こんな危ないことはもうするなよ! 俺は依頼人にも仲間にも被害を出したくねえんだ!」
大学生の貫禄で、敦志はシィタに言い含めた。子供たちを弟妹のように感じているシィタも、少し強引な計画だったと反省していた。
「まーまー。そう、かっかするなよ。子どもたちの笑顔が何よりの報酬だろ?」
一臣が軽い口調でなだめに入る。
いいこと言うなあ。流石、大学3年ともなると、オトナだなあ。
皆が感心していたところへ、突然一臣が一転して、チャラい微笑みを浮かべた。
「任務完了。‥‥ということで、お嬢さんたち、お茶でもいかが?」
「うむ、飲むのだぞー!!」
饅頭を食べすぎたアクアが真っ先に反応した。
「す、すまん。緑茶を用意していなかった‥‥」
謳華の胸をとんとん叩くアクア。
「お饅頭を食べたら、あったかい緑茶が欲しくなるのは当たり前なのだぞ! 片手落ちなのだぞ! 肝に銘じるのだぞ!!」
「あ、いや、そういう意味じゃなく‥‥」
一臣は、自身のナンパが華麗にスルーされたことに気づき、謳華を、いや、饅頭を恨んだ。
(帰ったら、レポートでも書いておくか‥‥今後の術式の参考になりそうだ)
フェリーを待ちながら、明がそんなことを一人、考えていた。