.


マスター:神子月弓
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/01/03


みんなの思い出



オープニング




  『年越し正月登山ツアーへのお誘い』

  お正月をどこで迎えようか、お悩みの撃退士さまにご朗報です。
  なんと、雪山登山がお値打ち価格でツアーになりました。
  是非ともお誘いあわせのうえ、ご参加くださいませ。

  参加費:撃退士さま特別価格(3000久遠)

  旅程詳細:
      大晦日 朝10時 久遠ヶ原フェリー乗り場にて集合
      本州渡航後、昼食をはさみ、専用マイクロバスで観光ツアー

      宿泊場所 ホテル・プレシャスパレス扇館 到着
      お夕食、施設内温泉などでおくつろぎタイム
      (お夕食のあとで年越しそばのサービスがございます) 

      再びマイクロバスで移動、某神社へ
      参拝後、マイクロバスで移動、某山駐車場へ

      夜中2時前後から登山開始(ヘッドランプ貸し出し有)
      山頂にて初日の出(ご来光)予定時刻は午前7時前頃の見込み
      山頂付近の山荘にて朝食のサービスあり
      駐車場まで下山し、マイクロバスで移動

      ホテル・プレシャスパレス扇館 到着
      昼食が出ます。お風呂などもご利用になれます
      仮眠もおとりになれます

      午後5時ホテル出発 お忘れ物のなきよう
      ショッピングモールで休憩、お土産などお買い物をどうぞ
      マイクロバスとフェリーで久遠ヶ原島へ
      午後8時フェリー乗り場で解散の予定 

  雪山登山に関して:
      全歩行距離14キロ強 積雪有り
      氷点下10度前後の見込みです
      アイゼン、ストック必須
      防寒および登山装備でお越し下さい





「確かに、今まで何度か、このホテルのご依頼を、お受けいたしてまいりましたわ」
 アリス・シキ(jz0058)は、オーナー里延(さとのべ)の顔を思い出していた。
 封書には里延のサインと判が押してある。

「ですが、雪山‥‥雪山‥‥」

 アリスは雪山で仲間とはぐれ、遭難しかけたことがある。
 あの時は学園から駆けつけてくれた仲間たちに救われたが、やっぱり、今でも雪山は怖い。

「あれは天魔退治があったからだろう。お嬢は普通に登山したことなかったか‥‥そういえばそうか」
 依頼斡旋所の所長が、迷子ペット捕獲用銃器の手入れをしながら、ざっくり説明した。
「大体の山には、登山道ってのがあるんだ。そこから外れなければ、そう簡単には遭難しないさ。よほどの悪天候とかなければな」

 それでも心配で、アリスは案内状の山をパソコンで検索してみる。
 山道の途中途中にベンチや休憩所があり、日帰り登山も可能な山として知られていた。
 一般人の足で、駐車場と山頂の往復に、6時間かかるらしい。

「まあ、トラウマを払拭するためにも、行ってみたらどうだい? 雪山登山は危険もあるが、慣れると案外ハマれるものだぞ」





 里延の案内状を、何度もひっくり返して読み込み、アリスはやがて決意した。
 パソコンを立ち上げて、依頼ネットに繋ぐ。
 ツアー内容をスキャンして、新規依頼スレッドに貼り付け、一文を添えた。

『わたくしの雪山恐怖症を克服いたしますために、ご協力いただけるかたを、募集してございます。  某依頼斡旋所秘書 アリス・シキ』


リプレイ本文




 歌乃(jb7987)は、たばこ屋の近くに張り込み、轟闘吾(jz0016)がやってくるのを待ち構えていた。

「轟、用がある。今、構わないか?」
「‥‥何だ」

 ぎろりと闘吾が歌乃を見る。歌乃も天然のキツイ目つきで、ぐいと睨み返す。
 
「山に初日の出を見に行くのだが、天候と野生動物が少し心配だ。女性も多いし、殿を務めてもらえると嬉しいのだが、もしお願いできるなら大晦日にここに来てくれ。装備はこっちで用意する」
「‥‥ふむ‥‥なるほど、な」

 山、か。闘吾は呟くように言って、歌乃にごつい背中を向けた。
 了承はとれた、と判断し、歌乃は装備品を調達しに、店に向かった。





 鈴代 征治(ja1305)は、漫画喫茶にいた。
 登山漫画を積み上げ、基礎知識を身に着けようと、読書に耽る。

(彼女さんがトラウマを克服しようとしてるのは、素直に偉いと思うなあ。手伝いになれるかな?)

 1冊、また1冊と読み終えた漫画が積み上がっていく。

(実家は田舎で山育ちではあるけど、登山となると自転車か徒歩レベルくらいしか経験がないなあ。ここは経験者の方々の言うことをよく聞いて、書いてあることをしっかり調べておかなくちゃ)


 礼野 智美(ja3600)はその頃、ツアー企画元のホテルに電話で問い合わせをしていた。
 自分が戦巫女であり、正月2日は神社でもある実家にいなければならないと語る。

「俺の担当の奉納剣舞が、毎年2日恒例なんで、可能ならですが、登山後にホテルに着いたら、フェリーには乗らず、そのまま帰省してもいいですか? それでしたら、登山用品は着払いで、実家にホテルから郵送させてもらいたいんですが」

 担当者、里延(さとのべ)は快諾してくれ、智美は安堵のため息をついた。


「マリカ先生は参加しないのですね。残念です」
「登山みたいに体力が必要なレジャーは、一般人じゃついていけないですー。皆さんの足手まといになるのがオチなのですー」
 ユウ(jb5639)は頑張ってマリカせんせー(jz0034)を誘ってみたが、やっぱり断られてしまった。
「皆さんで楽しんできてくださいですー。お土産話待ってますですー♪」


 さて。ここに、薄着のまま、無人のフェリー乗り場で海風に体を晒しているものがいた。
 自称・人の身に墜ちた神、白蛇(jb0889)である。

「わしは神として、また古代より生きている者として、寒さなど、通常の私服で問題ない‥‥はずじゃ」

 ガチガチと歯を鳴らし、ぷるぷる震えながら、自分の体がどれだけ寒さに耐えられるか試している。
 不思議な眠気が襲ってきて、なんだか土を掘って潜りたくなってくる。
 きっとやわらかな土の中はあたたかくて、気持ちがよいじゃろうの‥‥。
 目が覚めると、春の空気が土ごしに伝わってきて、土を掘り起こすと太陽の光が射し込んできて‥‥。

「‥‥はっ!」

 危うくその場で、冬眠するところだった。
 白蛇は、「やはり人の身に堕ちた以上、神としてのチカラも失われたか」と残念な顔をした。

 蛇の神様なら、冬眠してもおかしくないような気もするが、そこは気にしないことにした。





 集合時間より早くフェリー乗り場に集まり、「おはよう」「よろしくね」と挨拶を交わし、めいめい、揃えたものを点検する。
 全員、防寒装備は万全だ。白蛇も、できるだけあたたかい格好をすることに決めたようだった。

 智美の差し入れは、魔法瓶に入れた温かいはちみつゆず茶。念のためナイトビジョンも用意してある。
 黒井 明斗(jb0525)は、カートリッジ式コンロ、薬缶、水、救急箱、カイロ人数分、紙コップ式ココア人数分、非常食用チョコクッキー一箱。
 白蛇は、ピッケルと緑茶を用意していた。
 ティアーマリン(jb4559)は、気象情報を得るためのラジオ。
 ユウは、水筒、コンパス、時計、登山用のエチケット用品、チョコレート。
 歌乃は非常食や非常用シェルター、ココア、山用水筒、バックパックにつけるLEDライトを全員分、スキーのストックは、アリスのバイト先の斡旋所から、借りられるだけ借りて持っていた。


「お、俺、大切な友人のシキさんのためにって駆けつけてみたけど、実は俺も、高所恐怖症だったよ! どうしよう!!」
 黄昏ひりょ(jb3452)が引きつった笑顔で告白した。

「‥‥苦手と思えば、より苦手になる。男なら、苦境を楽しめ」
 歌乃との約束を守って闘吾が現れ、ひりょにぼそりと呟いた。


「皆様、お、お早いですのー」
 ぱたぱたとアリス・シキ(jz0058)が白い息をなびかせて走り寄ってくる。
 そんなアリスに、「おはよう」と皆が声をかける。アリスも「おはようございます」と返し、いつもどおりに、彼氏である征治のもとに近づこうとして、何となく足を止めた。


(アリスは雪山が恐くて、ひりょは高いところが恐いんだね。なんとか二人を勇気付けられないかな‥‥)
 ティアーマリンは二人の傍に寄って、勇気づけるように言った。

「大丈夫だよ、あのね、私のお姉ちゃんも怒ると恐いんだけど、いつも怒っていて恐いわけじゃないの。山もそう、いっつも恐いわけじゃないと思うの。頑張ればきっと応えてくれる。だから負けないで、一緒に頂上まで登りきろうね!」

(私は生まれつき体があんまり丈夫じゃない。そんな私をお姉ちゃんはずっと守ってきてくれた。でも私だって、いつまでも守られる側じゃない、それをお姉ちゃんに証明して見せるんだから!)


「ティアーマリンさんや轟さんの言うとおりだ。シキさんとは別の意味になるけれど、俺も克服する為に頑張ってみるよ。俺が頑張ることで、その姿にシキさんも勇気が持てればいいしな。それに、シキさんには大事な人もついてくれている、凄く心強いはずだ」

 ひりょは明るく言って、メンバーを見回した。

「歌乃さんという登山の経験者がいるのは心強い。それに黒井さんやユウさんという友人もいてくれる。白蛇様も、海でサメ避け褌つけて泳いだ依頼の時以来かな? 鈴代さんも含めて、知人が沢山いてくれる、それだけで、凄く勇気が持てるよ」

 不安いっぱいだったひりょの表情から、翳りが消えていく。
「そうですわね、ご一緒に頑張りましょう」
 その大事な人に違和感を感じながらも、アリスは懸命に明るい声を出した。

 歌乃にアイゼンやストックの使い方を学びながら、一行は万全の状態でフェリーを待った。

「いいマリン、絶対に無理はしないで、辛くなったらすぐに登るのをやめるのよ? お姉ちゃんが飛んで助けに行くからね」
 見送りに来たティアーアクア(jb4558)が、マイクロバスの運転手に大きな荷物を預ける妹の姿を、はらはらと見ている。
 ティアーマリンは、元気よく姉に手を振った。
(お姉ちゃんが傍にいたらきっと私は甘えちゃう。だからお姉ちゃんにはお留守番してもらうの)

「いざ、しゅっぱーつ!」
 ティアーマリンの声と同時に、マイクロバスがフェリーに移動していく。
 アリスからツアーチケットを渡され、皆はタラップをのぼってフェリーに乗り込んだ。





 フェリーの中で、征治がスマフォで記念写真を撮る。
 他にも、トランプで遊んだり、一年を振り返ったりして、皆でたわいもない話をした。

 フェリーから降りて、マイクロバスに移っても、同じように、皆で雑談で盛り上がった。
 征治は道中の景色をスマフォで撮影している。
「何をなさってらっしゃいますの?」
 アリスがおずおずと尋ねると、「デジフォトに記録する画像がまた増えるね。これもまた、思い出の一端だよ」と征治は答え、再び撮影に戻った。

 バスは途中、貸切のレストランに立ち寄った。
 これでもかというくらい、征治は食べて食べて食べまくった。
 アリスが心配するほどの勢いだった。
「山に挑むならまず体力体力! アリスも食べて!」
 ――その結果、満腹になった彼は、マイクロバスの中でぐっすりと眠ってしまった。


「俺の地元は温暖で、海流の関係なのか、平地は霜柱も立たないところだ。雪山登山は初めてになる。歌乃さん、アドバイスを頼む」
 腰までの長い髪をきっちりと結い、男性かと思うような低い声で智美が話すと、明斗も頷いた。
「僕も九州の離島出身なんですよ。だから寒さに縁がなくて。思いつく限りの防寒装備は揃えたんですけれどね」
 銀縁眼鏡にキッチリとした服装の明斗は、穏やかな表情を浮かべていた。

「出来る限りのことはしよう。轟にも手伝ってもらえるしな」
 歌乃はチラリと尖った視線(天然)を闘吾に投げた。

「それにしても、トラウマ克服の為に夜間の雪山登山とは、なかなかハードですね。皆で楽しい思い出に出来る様に、力を尽くしましょうね」
 やさしくアリスに話しかける明斗。
「わしもそれは疑問じゃった。精神的外傷克服というが、もう少々軽いところから行くべきと思うが、既に行って居ったのじゃろうか?」
 白蛇が尋ねる。

「の‥‥野掛けのときに、キャンプというものを少々‥‥いたしましたわ‥‥」
 アリスは返答に詰まった。一般人が片道3時間で日帰り登山出来る山、ということで決意したのだが、その決意が鈍りそうだった。

 ――これよりもっと手軽な山が、ございましたのかしら??

「まあ、良い。その勇気に感服した、わしも手を貸そうぞ」
 白蛇がこくりと頷いた。
「‥‥私自身、雪山での登山は初めてですし、準備を怠らないようにしないといけませんね。山では何が起きるか、わかりませんものね」
 ユウが、見落としのないように、持ち物メモをチェックし直していた。





 バスはホテルに到着する。女将を始め、従業員が出迎えて、バスから荷物をロビーに運び込んだ。
 それぞれに部屋の鍵が渡され、夕食まで、自由時間が与えられる。
 温泉に入るも良し、くつろぐもよし、いわゆる自由時間である。

 ここでも征治は、写真を撮っていた。

 アリスはというと、歌乃とひりょと明斗と一緒に、温泉を借りたあと、あたたまった体を更にほぐすべく、卓球に勤しんでいた。
「これなら少しは準備運動になるし、体を柔軟にしておくのは怪我を防ぐ秘訣でもある」
 歌乃が頷き、女子2対男子2でダブルスを行う。

 お風呂からあがったティアーマリン、ユウ、白蛇、智美も、代わる代わる卓球に混じる。

「おぬしはやらぬのか?」
 白蛇が闘吾に声をかけると、「‥‥好かん」と、ごつい背中越しに声が聞こえた。


 夕食前に揃って準備体操と柔軟体操をして、ビュッフェスタイルの夕食をたっぷりいただいて(ローストビーフからボイルドずわいがにまで、実に豪華なラインナップだった!)、年越し蕎麦を待つ間に、ユウの提案で、全員で登山計画と荷物の確認を行った。

 隊列・各チェックポイント到着予定時間、視界悪化や吹雪いた時など、緊急時の対処方法の認識を全員擦り合わせ、改めてアイゼンやストックの正しい使用方法のレクチャーを受ける。

「殿は僕がつとめますよ」
 明斗が挙手すると、白蛇が「いやわしが」と言い張り、闘吾は歌乃に「俺じゃねぇのか?」と尋ねる。
 どうやら、隊列が未定だったようだ。

 登山経験のある歌乃を先頭にして、病弱なティアーマリン、雪に慣れない明斗が続き、智美が高所恐怖のひりょを補佐し、体重が軽く横風注意のアリスを真ん中に、滑落に備えて白蛇がアリスのすぐ後ろにつき、アリスの彼氏である征治が続き、その後ろをユウ、最後尾が闘吾、という隊列で決まった。


 サービスの年越し蕎麦を食べて、一行は支度を済ませ、再びマイクロバスに乗り込む。
 今度は、重たい登山用リュックを背負って。


 マイクロバスは、途中、小さな神社に立ち寄った。
 鈴のない、小さな古めかしい神社は、それでも二年参りの人々でいっぱいだった。
 誰からともなくカウントダウンの声が聞こえ、どこかの寺から除夜の鐘が鳴り出す。

「さん、にー、いち、おめでとうございます!」
「おめでとうございます!!」
 一般参拝客たちからも、声が上がった。

 順番を待ち、お賽銭を投げて、二礼二拍一礼。

(神が、神に参拝というのもまあ、不思議な話じゃが)
 白蛇は登山の成功を祈った。

(これから挑む山の、土地神かもしれない。ここは礼儀を尽くすべきところだろう)
 戦巫女の智美が5円玉を投げる。

(新しい年ももっとアリスと幸せに過ごせますように。そして無病息災、いのちだいじに)
 長く手を合わせて祈る征治。

(皆様と登山が成功いたしますように。‥‥神様、わたくし、彼氏さんに嫌われてしまいましたのかしら‥‥? 何だか、距離を感じますの‥‥)
 アリスも、真剣に手を合わせていた。

「登頂祈願に、このストラップを全員でお揃いで買うのはいかがでしょう?」
 ユウが不意に、干支ストラップを見つけて、提案した。
「マリカ先生にもプレゼントしてあげたいので、私は2本買いますね」





 マイクロバスは、するりと某山の駐車場に滑り込んだ。
 ここから、登山の開始である。
 さして標高の高い山ではないが、この駐車場と頂上との標高差は1200mに及ぶ。
 

 歌乃が全員にLEDライトをリュックにつけるように言って渡し、安心させるように声をかける。
「この光で、前の奴との距離がわかる。夜明けまでには時間があるし、ゆっくり声を掛け合って行こう。御来光は素晴らしいものだ。それが初日の出なら余計にきれいに見えるだろう」

「すごいですわ。ご覧くださいませ、綺麗ですの〜」
 アリスが暗い空を見上げた。粉砂糖をまぶしたような一面の星空だった。

「さて、行きましょうか」
 明斗はきっちりとヘッドランプを装着し、バックパックを背負い直した。全員、ホテルから借りたヘッドランプをつける。

 野菜の無人販売所らしきものを片目に見ながら、のどかな田舎道を歩いていって、やがて簡易舗装された登山道へと入っていく。
 暗い植林帯では、伐採された材木が道脇に積まれたりしていた。
 ざく、ざく。霜柱が靴に潰されて、小気味の良い音を立てる。

「結構寒いものだな」
 智美が白い息を吐きながら言った。
「大丈夫か?」
 ティアーマリンの体調と、ひりょの高所恐怖を同時に気にしながら、智美は2人に声をかけた。

 登山口から数分で、建物が現れ、その先で簡易舗装の道が終わり、いよいよ山道になる。最初は比較的なだらかな道が続いている。

 周囲を見ると、初日の出目当てに登っている人々も少なくない。
 4人ほどのパーティを組んでいたり、単身だったり。

「こんばんは」
「こんばんは」

 登山の礼儀として、自然に声を掛け合う。

 しばらく進むと、2つに分かれていた道がひとつになり、「トンデモナイ尾根」(仮名)と登山家に名付けられた、山の尾根に出る。少しだけ真っ直ぐで歩きやすい道が続いたと思うと、休憩用の茶屋を越えたところから、道が厳しくなってくる。
 大小の石がゴロゴロと転がっていたり、壊れた木段の続く道は、うっすらと雪をかぶっていて滑りやすく、ヘッドランプとストックがなければかなりきつい。

 ところどころに、茶屋や山荘が見える。ベンチも幾つか、休息用に見つかった。


 ユウは一歩一歩、確りと踏みしめながら登山道を登っていた。
 適時、声掛けを行って、皆の無事と意思疎通を図っている。
「シキさん、どうですか? つらくはないですか?」
 時折声を掛けて状態を確認する。
「だいじょうぶですの〜」
 大丈夫そうに聞こえない、途切れ途切れの返事が戻ってきた。

(いけない、かなり無理をしている。アリスはすぐ強がるし、そろそろ休憩させなくちゃ)
 征治が気づき、先頭の歌乃に声を掛けて休憩を提案した。

「そうだな、休憩していこう。そろそろ歩き始めて、登りの半分くらいになるからな」
 歌乃が振り返り、皆の様子を見た。一般人なら1時間半くらいは経過したところだろう。
 だが、撃退士の体力では、さほどきつい道ではなかった。
 ‥‥今のところは。

「ティアーマリン、はちみつゆず茶を飲まないか? あ、アリスとひりょもどうだ?」
「「有難うございます、いただきます」」

 智美が魔法瓶から注いだ飲み物を、ふうふう言いながらベンチで飲む3人。
 ちらちらと雪が舞い始めていた。飲み物がすごい勢いで冷めていく。

(頑張って、自力で登頂いたしますの。どなたも頼りませんわ。自分だけで、頑張りますの)
 はちみつゆず茶をいただきながら、アリスはまだ暗くて見えない山頂を睨みつけた。





 尾根道は続く。
 左右に美しい夜景が広がっている登山道を、黙々と歩く。
 高所恐怖のひりょには、暗くて距離感がわからず、輝く夜景が、地上の星のように見えていた。

 ひりょは、道中、歌乃のアドバイスを熱心に聞きながら、安全を心がけて歩いていた。
 雪で滑りやすい足元をちゃんと見つつ、でも高さを感じる場所は見ないようにしつつ、皆の励ましに心を支えられながら、ひたすら上を目指していた。

「頑張りましょうね、ひりょさん。もう少しみたいですのよ」
「シキさん、有難う」
(皆が励ましてくれる分、俺も俺の出来る事を頑張るんだ! 困難な事があっても、皆の力があれば、乗り越えられる事もある。今回もそれを証明してみせる! 人は、成長していけるんだ、無限に!)


 このあたりから、ひたすら壊れかけの木段が続き出す。
 仮称「トンデモナイ尾根」の最難関と言われている場所だ。だらだらとした斜面がひたすら続く。
 木段も壊れかけているので、足場が更に悪い。
 おまけに雪が薄く積もっていた。凍っている場所もあり、皆アイゼンを安全のために装着して進んだ。

 天にまで続くのではないかと思われる難関を、延々と歩く。

 時間が経つにつれてどんどんティアーマリンの歩みが重くなってくる。
 呼吸も苦しそうだ。
 途中、立ち止まって胸を押さえる事が多くなってきた。
 ティアーマリンに気を配っていたひりょが、(アクアさんとの約束、しっかり守らないと)と思い、明斗に合図を送る。

「無理はいけませんよ」
 ティアーマリンの異変に気づき、カイロを発熱させて渡し、明斗が肩を貸す。
「大丈夫、大丈夫、まだ頑張れるっ。絶対に自分の力で登るんだから!」
 しかし、ティアーマリンも自分に負けてはいない。

 凍った斜面で、ずるりとアリスが足を滑らせる。ストックに捕まって転倒を免れる。
「大丈夫じゃろうか?」
「大丈夫!?」
 すぐ後ろの白蛇と、征治の声が唱和する。
「頑張りますの、このくらい‥‥平気ですの」

「ここを登りきったら山荘がある、もう少しだ。頑張れ」
 歌乃が、先頭で歩幅を小さく細かくして、雪で凍った足場を固めながら、等間隔に旗をつけたストックをさし、目印兼掴まる所を作りながら進む。
 時々後ろを振り返り、リュックにつけた光の数を確認。

「点呼もとったほうが良いかな」
 智美の提案で、難所越えの間、ちょこちょこと全員が無事であることを確かめる。

「雲の流れが速い‥‥この分だと、直に晴れてくるぞ」
 歌乃は空をみあげた。一時は叩きつけるような雪にも見舞われたが、徐々に雪の勢いが収まってきた。

 立ち止まって、軽い休憩を挟む。歌乃は水筒からお湯を出し、全員にココアを入れ、皆の体温を下げずに体力回復が出来るよう努めた。
「荷物持ちがきつい奴がいたら言え、持ってやる。あとカイロもあるから、寒かったら配るぞ」
「‥‥荷物なら、俺が持とう」
 歌乃の声にかぶさるように、闘吾が協力を申し出た。
「それは助かる」

 休憩をこまめに入れつつ、最大の難所をやっと越えると、山荘が見えてきた。
 
 山荘のベンチで再び休憩をし、幾つか荷物を闘吾に預ける。
 あとは山頂まで一気に登るだけだ。
 まだまだ、木段は続いている。
 馬の背状の尾根を歩き続けると、やがて展望が開け、山頂が見えてくる。

『某山山頂』
 石の塔が見える。山頂には山荘があり、初日の出を見たい観光客が既にいっぱい詰めかけていた。

「頂上到達、よくぞ頑張った。シキ殿を祝そうぞ。その恋人たる鈴代殿も、じゃ」
 白蛇の言葉に、アリスは微笑んで「有難うございます、皆様のお陰です」と涙ぐんだ。
「思ったほど雪もひどくなかったし、軽アイゼンで十分だったな。ともかく皆、お疲れ様だ」
 歌乃が振り向き、僅かに口角をあげた。

 征治がスマフォで記念写真を撮る。
 あれだけ見えていた星の数が消えて行き、空が明るくなり、徐々に東の空が白み出す。
 
 明斗は持ってきた携帯コンロで湯を沸かし、ココアを作り、全員にわたしていた。
「どうぞ、熱いから気をつけて下さい」
 皆、ふうふうと熱いココアを吹きながら、美味しくいただいた。

「わあ、私自力で、山、登っちゃったよ! 私もやればできるじゃん!」
 ティアーマリンが大はしゃぎしている。
「わたくしもですのよ!」
「良かったです。本当に2人とも、良かったですね」
 一緒にアリスとユウが、喜びを分かち合う。





 東の空が、徐々に明るくなってきたと思うと、気温が一気に下がった気がした。
「日の出前が一番、寒いですからね」
 明斗はメガネを拭いた。ココアの湯気が、すごい速さで宙に溶けて消えていく。温かな紙コップが、飲んでいくそばから、どんどん冷たくなっていく。

「あっちが東ですね」
 ユウが海の見える方を示した。
 初日の出と、朝日が昇る瞬間の世界の変化を堪能するつもりだ。

 高所恐怖のあるひりょは、恐る恐るユウの示した方向に目を向けたが、広がる展望は美しく、絶景で、高さを感じさせなかった。まるで映画のワンシーンを見ているかのよう。
 ほっとしたひりょは、その場にあった岩に腰を下ろした。
(皆がいてくれたから、ここまで来られたんだ)
 感慨もひとしおである。

 水平線が真っ赤に染まった。近くの雲が赤と黄金色を混ぜたような、幻想的な色に変わる。
 雲と海の隙間から、ひとすじの光がこぼれ出た。
 ひとすじ、またひとすじ。
 黄金色の光が水平線を染めあげ、真っ赤な光に彩られた白い球体が、揺らめきながらじりじりと昇ってきた。
 海に写りこんだ赤い光が、円を描いては波に揺られ、観音開きの扉が開くかのように、雲がすっと切れた。
 真っ白く燃える太陽が、赤く染まった海から、ゆるやかに昇ってくる。
 黄金色の雲が引いたあとには、朝焼けの空がひろがって、港周辺に広がる景色を照らし出している。

 山荘から見ていた登山客も含め、その場にいた全員が、拍手を始めた。

「おお! 見てみるが良い、これもまた、良き景色じゃぞ!」
 白蛇が示した方角には、朝焼けに照らされてほんのり赤く染まる富士山が見えた。
 ぐるりと見渡すと、海や港、麓の街、そして富士山が遠くに一望できる。
「わあ〜〜〜!」
 ティアーマリンは、景色を見た後、振り返って「とっても綺麗だね!」と皆に微笑んだ。

「登山家がなぜ、こんなに苦しい思いをしながらも、山に登るのか。それは苦しみからの解放感と達成感、そして現実離れした美しい景色が、なによりもきっと替えがたいご褒美だから、だろうね」
 征治はやっとスマフォを置いて、アリスに向き直り、顔を見て話しかけた。
「登頂おめでとう。きっとアリスも、山を好きになるよ。もし望むのなら、今度は二人で登山をするのもいいかもね」

「皆さん、時間があるようなら、全員で記念撮影をしませんか?」
 ユウの提案で、征治がカメラマンとなり、朝のまばゆい光のもとで、思い思いにポーズをとった。
 登山客の一人がカメラマンを買って出てくれ、全員の集合写真も撮ることが出来た。

「あけましておめでとう、は、神社でも言ったが、登頂成功とご来光も、おめでとう、だな」
 智美の言葉に、「おめでとうございます」を交わし合う一行。
 山荘からスタッフと見られる男性が出てきて、「ホテル・プレシャスパレスさまのお客様ですか? 朝ごはんのご用意がございます」と、皆にほかほかの雑炊を振舞ってくれた。

「茶は要らんかの?」
 食後に白蛇の用意したお茶を飲んで、再出発である。

 明斗は山荘スタッフから、天気や注意事項を確認し、全員無事に帰還できるよう準備した。
 ティアーマリンのラジオでも、今日は天気は安定して晴れ、但しところにより強風注意だという。

「体力的につらい奴は、荷物を轟に渡せ。体が冷えてきた奴は、カイロを使って、出来るだけ手首・足首・首まわりを温めろ。準備ができたら出発するぞ。忘れ物はないか? ゴミをこぼしてはいないか?」

 雑炊の礼を山荘スタッフに言うと、歌乃は再び先頭に立った。





 正直言うと、下山する方が、身体的にはきつかった。
 人間の重心は前に傾いているため、急斜面を延々と降りていくと、腰や膝に負担がかかるのである。

 それでも、一度歩いた道は、初めて踏み込んだ時よりも短く感じられ、眼下に広がる景色を見ながら(ひりょ以外)、皆、会話を弾ませつつ、無事に駐車場に戻ってきた。
 ユウがティアーマリンに「お疲れ様でした。ついに踏破しましたね」と微笑みかける。

 全工程歩行距離役14キロを、一般人なら往復6時間かかるのだが、およそ往復4時間弱で踏破したことになる。

「わしの召喚獣の出番が無くてほっとしたぞい。いつシキ殿が横風にあおられて滑落するか、気が気でなかったんじゃ」
「有難うございます、白蛇様」
 アリスは素直に白蛇に頭を下げた。そして、順番に皆に礼を言って回った。
「もう雪山は大丈夫ですか?」
 ユウに問われて、「はい、この規模でしたら。でも、わたくしもっと勉強いたしまして、歌乃さんみたいに、人を率いることが出来ますくらいに、なりたいですわ」と答えるアリス。
「自分は‥‥大したことはしていない」
 歌乃は仏頂面(天然)で呟いた。


 駐車場から再びマイクロバスに乗り、ホテルへ向かう。
 車内では、くたびれた皆が、うとうとと舟を漕いでいた。





 お風呂で登山の汗を流し、スッキリすると、智美は荷物をまとめて宅配便の手続きをした。
「帰省する用事があるんでな、先に失礼させてもらう。今年もよろしくだ、皆。有難う」
 そう言って智美は、ひとり駅へと向かった。

 流石に風呂上がりに、卓球に興じる元気(気力)はない。
 皆、与えられた部屋に引っ込み、ぐっすりと寝入っていた。


 そんな中、征治はアリスの部屋を訪ねていた。
 登山疲れをねぎらい、マッサージをしてあげようと思っての訪問だった、が。

「何か御用ですの?」
 アリスの、平坦な声。

 雑談程度はしていた。あれこれ征治なりに気を遣ってもいた。
 甘やかさず、干渉しすぎず、必要な時にはちゃんと手を貸そうと思っていた。
 何よりも、自分の力で登頂する、トラウマを克服するのが、一番大事だと思ったからだ。

 でも、事前にそう伝えなかったことで、アリスに心の距離を感じさせてしまった。
 アリスは、「恋人を頼るな」という、言外のメッセージとして、捉えていたと語った。
 彼女にとっては、歌乃やユウ、白蛇、ひりょ達の励ましのほうが、ずっとずっと心の支えになったという。

「そういうつもりじゃなかったんだ。ごめんね。良かれと思ったことが裏目に出ちゃったね。アリスを大事に思っていないわけじゃないよ」
 征治は思惑を説明し、何度も謝った。
「反って心細くさせちゃったね。ごめんね。本当にごめん。次からは事前に相談するよ」

 長い話し合いの後、2人は改めて向かい合うと、仲直りの握手と新年の挨拶を交わした。





 フェリーが久遠ヶ原島大桟橋へとやってくる。
 大事な妹を迎えに、ティアーアクアが白いドレスを海風に舞わせながら、待っていた。

「おねえちゃーん!」
 フェリーを降りてきたティアーマリンが、大きく手を振りながら姉に近づく。
 もう片手には、征治の撮った登頂記念写真と、初日の出の写真。

「私、やったよ! やったんだから! やればできるんだからね!」
 勢いよく飛び込んできたティアーマリンを受け止め、抱きしめるティアーアクア。
「よく頑張ったわね、マリン。あなたはお姉ちゃんの誇りよ」

 そしてティアーアクアは、今回のツアー参加者全員に頭を下げた。
「妹を見てくださって、有難うございました」
 再びティアーマリンをぎゅっと抱きしめる。
「本当、よく頑張ったわね」


 めいめい、荷物を引き取り、解散となった。
「あの、マリカ先生に、神社で買ったストラップをプレゼントしたいんですけれど」
 ユウが闘吾に声をかける。
「‥‥何故、俺に渡す‥‥?」
「んー、一番、先生と親しそうだから‥‥でしょうか?」

 毒気のない笑顔を向けるユウ。
 人情に厚い闘吾は、断ることができず、渋々ながら、ストラップを受け取った。





 明けましておめでとうございます。
 皆様の一年が、よきものでありますように、心よりお祈り申し上げます。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 鉄壁の守護者達・黒井 明斗(jb0525)
 優しき強さを抱く・ユウ(jb5639)
 【結晶】眠れる朱き獣・歌乃(jb7987)
重体: −
面白かった!:4人

最強の『普通』・
鈴代 征治(ja1305)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
慈し見守る白き母・
白蛇(jb0889)

大学部7年6組 女 バハムートテイマー
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
撃退士・
ティアーマリン(jb4559)

大学部8年271組 女 ダアト
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
【結晶】眠れる朱き獣・
歌乃(jb7987)

大学部4年32組 女 阿修羅