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パーティ数日前。
「クリスマスのあたいは、いつもとは一味違うんだから!」
雪室 チルル(
ja0220)は、生クリーム製造工場に社会科見学に来ていた。
ウシャンカの上からビニールの帽子をかぶり、ビニールの衛生服を着込んだチルルは、包装されたばかりの、出来たての生クリームが、ベルトコンベアで続々と流れていくのを見つめる。
「このくらいのケーキを作るのに、どれくらい買えば良さそうかな?」
どーんと両手を広げる。
そう、チルルの今回の目標は、「皆にひと切れずつ行き渡るくらい、とってもすごく大きいケーキを、一から作る」なのだ。
そして、志を同じくするものが、同じように工場見学に来ていた。
「以前の依頼でまりかせんせーに負けた(語弊)ので、今度こそ、ぎゃふんといわせてやるのです!」
もふもふ冬毛仕様黒猫姿で、\ぱてぃしえ仕様/の、カーディス=キャットフィールド(
ja7927)である。
2人はあらん限りの生クリームを買い占めると、続いて養鶏所の見学(卵の確保)に出かけて行った。
勿論、いちご農家や小麦粉の卸問屋なども回る予定だ。
材料を概ね調達し終えると、今度は、某ホテルへ、ウエディングケーキ用の巨大な型を借りられないか打診し、タワーケーキスタンドと共に、借り出すことに成功する。
「あとは練習あるのみよ!」
チルルは卵を泡立て始めた。レシピ本を見ながら、基本の円柱形スポンジケーキを焼いていく。
焼き上がりは‥‥むむ、膨らみが足りない。
最初からやり直す。
次は、スポンジが大きすぎて、中まで火が通っていない。
やり直す‥‥。
カーディスはというと、大きな天板で四角く薄めのスポンジケーキを焼き、幾重にも重ねて厚みを出していた。
シロップを塗り、いちごを挟み、スポンジを重ね、ホイップクリームを丁寧に塗る。少し小さめのスポンジケーキを重ね、同様の作業を繰り返し、更にサイズダウンしたスポンジケーキを重ね、‥‥地道に、タワーケーキを作っていた。一番上の小さなスポンジケーキまでクリームを塗ったら、余白のないようにびっしりといちごやブルーベリーを敷き詰め、デコレして完成である。
「わわ、すごいね! あたいのはなかなか上手く行かないのに、綺麗にタワーになってるね!」
チルルがカーディスのタワーケーキに触発されて、やる気マックスになる。
練習の成果もあり、徐々にスポンジケーキがそれらしくなってきた。
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水無月沙羅(
ja0670)は、定番のローストチキンとローストビーフ、ローストターキー、パエリアやブイヤベースなどを用意していた。ピザのドゥも、カナッペ用のクラッカーも準備済みだ。
密かに、マリカせんせーの為に、特別な料理を用意している。それはなんと、うさぎのローストだ! 頭を切り落として血抜きしたうさぎをワインに漬け込み、じっくりと焼き上げた逸品だ。お腹にはフォアグラとトリュフを忍ばせてある。
「アリスさまには、スイーツをお願いいたします」
「では、わたくしは、コゾナックをご用意いたしますわね」
アリス・シキ(jz0058)は、東欧人である実母――既に絶縁され他人になってしまった女性から、かつて教わった、異国のクリスマス菓子を作り始めた。
コゾナックは、クルミのフィリングを入れた、菓子パンだ。生地をねかせる時間も多く、その間アリスは沙羅を手伝って、一緒に料理の下準備を整えた。
「むむ、コゾナックだけでは、やはり地味ですわね」
焼き上がりを見て、アリスは併せて、バタークリームの薔薇をあしらったプティフールも手早く作り始める。
時に手伝い、時に手伝われながら、沙羅と一緒に楽しく調理を進めていく。
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当日、夕方5時。クラッカーがぱあんと鳴って、パーティの開始を告げた。
「それではみなさーん、かんぱいですー! 厨房の中のみなさんも、手を止めて、かんぱーい、ですー!」
幹事・マリカせんせー(jz0034)が、ノンアルシャンパンをグラスに注いでまわり、進んでグラスを掲げた。
「かんぱーい!」
「かんぱーい!」
一斉に、皆でグラスを鳴らす。
「今夜は、皆が楽しめる、素敵なパーティーになるように‥‥」
志堂 龍実(
ja9408)は、旬の洋梨であるシルバーベルのコンポート、ビターチョコで少し大人な味わいのブッシュドノエル、甘みと酸味が引き立つ香り高いタルト・タタン、濃厚なチーズとアクセントの生ハムを添えたココットカマンとカナッペを、次々と作っていた。
「オードブル出来ているよ。お出しして」
「はーい! 美味しい幸せを運ぶうさ♪」
うさぎの着ぐるみ姿のフィル・アシュティン(
ja9799)が、料理をシルバートレイに載せて、こぼさないように気をつけて客席へと運んでいく。
「むむ、着ぐるみで給仕とは、私も負けてはいられませんね」
同じく、着ぐるみパティシエのカーディスが、厨房からうさフィルのスマートな動きを見つめる。
「伊達にうさぎをやってないうさ♪ 配膳と給仕は、うさフィルにお任せうさ!」
うさフィルは、カーディスの焼き上げたアップルパイ、ブルーベリーパイ、いちじくパイ、ポテトパイ、プティング、クッキー等を、指示通りマリカせんせー中心に運んでいった。
「あらあら、おいしそーなのです、嬉しいのですー」
せんせーは、周囲の皆にも一口ずつ分けながら、もさもさがつがつと、ひたすら食している。
「それは何うさ?」
「シルバーベルのサラダだよ。この洋梨は生でも美味しいんだ」
厨房内で、龍実はうさフィルにあーんさせると、ひとかけシルバーベルを食べさせた。
「ふふっ、どうだい?」
「お、美味しいうさぁ〜っ! 濃厚でコクがあって、酸味が丁度良いうさ!」
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パーティが始まると、厨房は戦場となる。
髪を高くポニテにまとめ、シェフスタイルのRehni Nam(
ja5283)は、沙羅を手伝ってお皿の盛りつけをしていた。
沙羅の手がけた、ローストビーフも、ローストチキンも、ターキーも、ほど良い火の通り具合。
美しく切り分けて、ソースも綺麗に添えて、パーティ料理らしく、野菜やハーブをあしらう。
せんせー用のうさぎのローストは、敢えて姿を残し、レースペーパーを敷いた大皿にでーんと置いた。
給仕が足りないので、アリスが厨房と客席を行ったり来たりしている。
マリカせんせーは、うさぎのローストに目を輝かせ、何の躊躇いもなくナイフをいれると、「すごいですー美味しいですー!」と舌鼓を打った。
「今回は、アウル料理が禁止なのが、残念ですねぇ」
レフニーは、てきぱきと調理をこなしながら、龍実と沙羅とチルルに声をかけた。
「こないだも忘年会パーティーでお料理当番やりましたが、あの時はアウル禁止が無かったので、見世物に料理パフォーマンスやりましたけど、うーん、アウル料理を広められない、というのはちょっと残念ですねぇ」
チルルは、すんごいケーキ作りの最終段階で、答えるどころではない。
真剣そのものといった顔つきで、ホワイトチョコの薄い板に、チョコペンでメリークリスマスと書き込んでいる。
「ピザが焼けましたので、お願いします」
沙羅の声に、アリスが厨房へ飛んでいく。
あつあつのうちに客席に運んで、ピザカッターで切り分ける。
簡易ステージから、蓮城 真緋呂(
jb6120)のバイオリンの音色に乗って、亀山 淳紅(
ja2261)の美声が響き渡る。
「それでは、お聴きください。曲名は、アメイジング・グレイスです」
白のワンピースにアイボリーのニットカーデ、茶色のロングブーツと、ガーリーなコーディネートの真緋呂の横で、声を張る淳紅。ワックスであげた淳紅の前髪が、なかなか様になっている。
神に救けを求めたことはなく、祈りを捧げたこともない淳紅。
だが、歌っている間だけは、敬虔な信者の心を声に宿して、歌い上げる。
響き渡るカウンターテナーと、バイオリンの協奏。
その瞬間、舞台は、どこかの教会の大聖堂を思わせる雰囲気に満ちていた。
厨房内では、レフニーが流れてくる曲を、ふんふんと口ずさんでいた。
調理の手は止めない。次々と料理、お菓子、ケーキが完成していく。
皆の拍手喝采とともに、ステージを降りる淳紅。
「自分も手伝うで」
厨房内にいる、恋人のレフニーのもとへ真っ直ぐに向かい、給仕を買って出る。
「歌、本当に素敵だったのです、ジュンちゃん。前髪をあげた姿もかっこいいですね」
レフニーに褒められて、淳紅は少し照れて笑った。
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ふらりと浪風 威鈴(
ja8371)が厨房に入ってきた。勇気を出して尋ねる。
「感謝‥‥形にする‥‥フルーツ‥‥あまってる?」
「オードブルのサラダに使ったオレンジが、余っていますよ」
沙羅が幾つかオレンジを差し出すと、威鈴は器用にナイフを扱って、フルーツアートを始めた。
その頃、アリスは浪風 悠人(
ja3452)に呼び止められて、相席していた。
「学園に来てから三年、威鈴と付き合ったり、シキちゃんと友達になって二年、威鈴と結婚して8ヶ月、色々な出来事があっという間に過ぎていったなぁ」
「本当ですわね。もうそんなになりますのね」
アリスは悠人のグラスにノンアルシャンパンを注ぎ、こくりと頷いた。
「まだまだ、未来には、色々なことが待ってございますわ。これからもどうぞよろしくお願いいたします。今までも、おつきあいくださいまして、有難うございました」
「いえいえこちらこそ。あっという間だったけど、今まで仲良くしてくれてありがとう、そしてこれからもどうかよろしくお願いします」
2人して頭を下げあい、思わず笑顔になる。
「そう、だね‥‥あっという間‥‥だね」
二人の飲み物と、完成したフルーツアートを持って、威鈴がテーブルに戻ってくる。
「ありがと」
差し出されたフルーツアートに、悠人とアリスは目を丸くした。
オレンジの皮のカップに、一口大のオレンジ果実と、切ったいちごが飾られている。
目にも鮮やかな、赤と橙のコントラスト。
食べてしまうのが惜しいほどだ。
アリスは威鈴に「すごいですの!」と拍手をし、心からの感謝を伝えた。
「有難うございます。これからも、仲良くしてくださいませね」
「‥‥うん」
3人とも、一緒に笑顔になる。威鈴の運んでくれたソフトドリンクで乾杯し直して、しばし談笑した。
(エリュシオンZを一気飲みして、鼻血を噴いたこともあったなあ‥‥あの時の後輩の子は元気なのかな?)
悠人は懐かしく、この3年に起きた出来事を思い返していた。ほろりと笑みがこぼれる。
(せんせーがBBQで、木炭の箱ごと火を点けようとしたこともあったっけ‥‥あれは怖かったなあ)
真緋呂のバイオリンが、We Wish You A Merry Christmasを奏でている。
クリスマスと新年を同時に祝う曲だ。まさにこの会にぴったりの選曲と言えた。
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「赤と白の系統がよかったかな?」
ちょっとだけお洒落な外出着で出席した龍崎海(
ja0565)は、マリカせんせーと相席してパーティを楽しんでいた。
このパーティのチラシを受け取った時のことを思い出す。
(クリスマスといえば、ツリーに料理にプレゼントだけど、プレゼント関連の催しはないのか。折角だから、マリカ先生に、何かプレゼントするかな。んー、先生は食べることが好きだから‥‥、食器類とかなら喜ばれるかな、銀メッキのティースプーンなら、そんなに高くなかったはず)
そう思って、銀張りの可愛らしいティースプーンセットを買い、クリスマスらしくラッピングをしてもらってある。
さりげなく渡すチャンスを窺っていたが、せんせーは目の前のうさぎのローストに夢中であった。
(やっぱり良く食べる先生だなあ)
海は苦笑する。
カーディスがこれでもかと提供したパイの数々も、ほぼ制覇されていた。
「ろーひまひた?」
もぐもぐしながら、せんせーは海の視線に気がついた。小首をかしげている。
「あ、参加費がわりにと思って、プレゼントを‥‥」
海が、クリスマスラッピングを施された包みを手渡す。
早速、開けてみると、銀張りステンレスの、とっても可愛らしいティースプーンのセットだった。
半擬人化したうさぎの模様が彫り込まれていて、凄くおしゃれで、高級感もある。
「きゃー! こんな素敵なもの、いただいちゃって、構わないのですー? 高かったでしょうー!?」
マリカせんせー、大興奮である。
「う、うん。気に入ってもらえたなら、良かった」
海が頷くと、せんせーは女子学生のように、箱を大事そうに抱え込んで、「有難うですー、大切にしますですー!」と何度も何度も礼を言った。
「今年もお疲れさま! なっちゃん、部隊とかいろいろ協力してくれてありがとっ」
ヒスイ(
jb6437)は、執事服でばっちりキメている一川 夏海(
jb6806)の真似をして、ノンアルシャンパンを一気飲みした。
「いやァ、有言実行出来てよかったぜ。前々からXmasパーティをする約束だったもんなァ」
「うんっ。なっちゃん、パーティ誘ってくれてありがとっ!」
抱きついてくるヒスイを受け止める夏海。
軽快なクリスマスソングがBGMとして流れる中、舞台ではドラッグクイーンのマリア(
jb9408)が、リズムを取りながら、手品を披露して皆を楽しませている。
「さあ、このカードのAにハンカチを被せると‥‥ほぉら不思議! 『1ヶ月メイド奉仕券』に大変身よぉ♪」
ヒスイの手元には、トランプカードのA。
あれ? あれ? と混乱する間もなく、マリアが舞台から艶かしく降りてきて、ヒスイに片目をつぶる。
「はい、『1ヶ月メイド奉仕券』、お返しするわン。それと、ご協力感謝とお詫びにこれもねン♪」
空っぽのシルクハットから、赤いバラの花束を出して、かちこちのヒスイに差し出すマリア。
花束と奉仕券を受け取って、ヒスイは真っ赤になった。
「ほほ〜う」と夏海が『1ヶ月メイド奉仕券』を覗き込む。
「なるほど‥‥こいつァ俺へのプレゼントでいいんだな?」
「う、うん。もっといいものあげられればよかったんだけど‥‥ね?」
「それならば、俺からのプレゼントもあるぞ。なァんとびっくり、メイド服だァ! ほら丁度良いし、ここで着てみろよ!」
「ちょ、なっちゃんここで脱がすの!? あとでっ、あとで着るから‥‥!」
「なァに男同士だ、今更照れンなよ♪」
薔薇色の空間が一部に広がり始めたところで、マリアがついと歩み寄った。
「そこのイケてるオニーサンたちぃ、そこらへんで止めといて貰えないと、アタシが襲いたくなっちゃうわぁン♪ アタシが手品で脱がせてあげたって構わないのよぉ?」
「‥‥結構です」
固い口調でヒスイが拒む。マリアを怖がるかのように、ぴたりと夏海に身を寄せている。
「そーだなァ、お楽しみはあとにすっか」
夏海は、緊張してしまったヒスイを抱きしめて、よしよしと肩を撫でた。
軽快なBGMも、マリアの手品も続く。
からっぽの帽子からハトが飛び出し、指先から次々と花が咲き、拍手の嵐の中マリアは会釈をした。
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襟付きのシャツにジャケット、片目に眼帯の出で立ちの佐々部 万碧(
jb8894)は、薄手のレンタルドレスで着飾ったシャロン・エンフィールド(
jb9057)と共に、テーブルについていた。
「万碧さん、その格好、とっても似合ってますよ!」
素直な笑顔で感想を口にするシャロン。きらきらした目で、期待の眼差しを送る。
(こう切り出せば、万碧さんも私の格好に何か言ってくれるかな〜、わくわく♪)
「あー‥‥馬子にも衣装ってやつか‥‥」
明らかなシャロンの「褒めて褒めてオーラ☆」に、思わず口走る万碧。
「えへへ、ですよねですよね? 可愛いですよねこの服!」
(‥‥通じてないな‥‥)
少しは辞書くらい引け、と軽く頭を抱える万碧であった。
(とはいえ、女のお洒落には時間や手間がかかるとも聞くし、こんな時くらいちゃんと扱うか)
「お料理、いっぱいありますね! どれから食べるか迷いますね‥‥流石に全部は無理だし、うー」
迷うシャロンに代わり、万碧は料理を見繕って取りに行ったり、飲み物のお代わりを持ってきたり、空いた皿を下げたり、シャロンの口もとを紙ナプキンで拭いてやったりと、世話を焼いた。
「あ‥‥ありがとうございます。ほら、万碧さんも」
カーディスの作ったいちじくパイを一口分差し出すシャロン。
流石に食べさせてもらうのは恥ずかしく、万碧は皿ごと受け取って、自分で食べた。
「ほう、結構旨いな」
「でしょう! どのお料理も美味しくて、持って帰りたいくらいですよー」
花より団子なシャロンが力説する。
「俺はそんなに腹も減っていないし、酒でも飲んでいるか‥‥あ、お前はこっち(ノンアル)な」
万碧は内心、もっと空腹の時に来れば良かったかと思いつつ、シャンパンを口に含んだ。
舞台に目をやると、葛葉アキラ(
jb7705)が、華やかに、艶やかに、皆が思わず見惚れるような舞いを静かに舞っていた。
手に持った鈴を、時に、りん、と響かせる。
目立つ動きや激しい動きは全くないのに、不思議と目を引く舞である。
りん。
鈴の音が、静寂をひときわ際立たせ、クリスマスというより、正月を迎える前夜の静けさを連想させた。
舞が佳境に差し掛かると、淳紅が横笛を吹き鳴らす。
りん。
横笛の音と鈴の音が混じり合い、不思議な雰囲気を醸し出した。
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黒を基調としたシックな服装の水無瀬 快晴(
jb0745)と、ミスティローズ色のプリンセスドレス姿の川澄文歌(
jb7507)は、アキラの後に、ステージ上にあがった。
携帯音楽プレーヤーをスピーカーにつなぎ、客席を向いて挨拶。
「ささやかですが、歌を2人で歌わせてもらいます」
「曲名は『ふたりの聖夜(クリスマス)』です。お聞きください」
自作の音楽が鳴り始める。2人で息を揃えて、歌い始める。
文歌の澄んだ声が綺麗に響くよう、快晴は敢えて自身の声を張らないように注意した。
快晴「♪今年の冬は とにかく寒いと聞いたけれど」
文歌「♪今年の冬は とびきり熱いと感じるよ」
快晴「♪聞こえてくるよ Sleigh bells are ringing」
文歌「♪幸せの歌 Everyone is singing」
快晴「♪雪も降らなくていいさ」
文歌「♪プレゼントもいらないよ」
二人「♪必要なのはたったひとつ」
二人「♪クリスマス 欲しいのは」
快晴「♪キミさ」&文歌「♪あなた」(同時ハモリ)
拍手が起こる中、快晴が挨拶をした。
「聴いてくださってありがとうございました」
「有難うございました」
文歌も、ドレスをつまみ、軽く膝を折る。
音楽プレーヤーとスピーカーを片付け、舞台の裾に引っ込むと、快晴は文歌の頭をぽんぽんと軽くたたいた。
「お疲れさま。‥‥んー? You are a present to me. I do not wish for anything more! Merry Christmas to you!」
そう言って、恋人の、柔らかな冷たい頬にキス。
「Me too !」
文歌も快晴にキスを返した。
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「出来たわ!!」
チルルは渾身の逸品、いちごショートケーキタワーを見つめて、腰を伸ばした。
タワーテーブルに、丁寧にケーキを載せていく。ショートケーキタワーは、軽くチルルの身長を超えた。
「これだけあれば、参加者全員がひと切れずつ食べられるって寸法よ! あたいグッジョブ!」
さあ、運んで頂戴、とばかりに、うさフィルを見つめるチルル。
「バ、バランスを取るのが難しそうだね‥‥」
うさフィルはタワーテーブルに手をかけた。
レフニー、淳紅、カーディスも手伝って、ツリーの前にタワーケーキと台を設置する。
クリスマスケーキというより、ウェディングケーキと言ったほうが、通用しそうな外観だ。
でも、艶々のいちごショートケーキは、宝石のように赤く輝いて、とっても美味しそうだった。
「一人ひと切れ、食べていってね! あたい、この日のために頑張ったんだから!!」
「これ美味しい♪」
真緋呂は、チルルのケーキと、カーディスのパイを食べ比べていた。
「あ、こっちのも美味しい! 幸せ〜!」
「そういうわけなら、こちらもタワーケーキを出さねばなりませんね」
カーディスが、四角いケーキを段に重ねて作った、タワーケーキをマリカせんせーの前に置く。
「せんせー、ささ、どうぞですよ」
(流石にもう、あれだけ食べているのですから、今回は食べきれないでしょう! ふふふふ‥‥)
以前、ラーメン大食い大会に敗れたことを根に持つカーディスであった。
「有難うですー、いただきまーす♪」
むしゃああああああ
ピラミッドを思わせるタワーケーキが、みるみるせんせーの暗黒胃袋に吸い込まれていく。
着ぐるみの中で、カーディスの頬を冷たい汗が伝った。
厨房に衝撃が走る。
「マリカ先生の胃袋を満たせるか挑戦‥‥の途中で、材料が先に尽きました!」
カーディスの涙声に、一斉に厨房係がやっぱりと項垂れる。
「「デスヨネー」」
レフニーは、さっと白衣を脱ぎ捨てると、金狐にクライムして全力で商店街へ向かった。
「まだお店は開いているでしょうか‥‥少し心配なのです」
なんとしても、材料、もしくは食品でもいい、買い足してこなければならない!!
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スーツ姿の如月 統真(
ja7484)は、同居もしている意中の女性、エフェルメルツ・メーベルナッハ(
ja7941)のために、チルルのショートケーキを2皿取り分けて、テーブルに戻ってきた。
「エフィちゃん、ご馳走は美味しいかな? はい、次は此れだよ! 綺麗なケーキだね」
白ロリドレスのエフェルメルツは、今までどおりにすっと統真の膝に腰掛けると、あーんしてケーキを食べさせてもらう。
一口、また一口と重ねる度に、統真が紙ナプキンで口もとを拭ってあげる。
「美味しいケーキだね」
「‥‥ん、美味しいの‥‥♪」
チルルが作り上げたケーキは、新鮮な生クリームがたっぷり塗られ、クリームは甘さ控えめで、いちごが酸味と甘みを主張しており、中のスポンジもふわふわに仕上がっていた。
何くれと世話を焼かれながら、じっと統真を見つめるエフェルメルツ。
(‥‥この気持ちは‥‥何?)
彼の唇を凝視する。
(大好きなのは、確かなの‥‥悪戯、したい‥‥しちゃおう‥‥かな‥‥)
「統真‥‥」
エフェルメルツは、隙を突いて統真の頭をホールドし、唇を重ね合わせた。
「ん? 如何かした――んむぅっ!?」
驚く統真の口の中に、ショートケーキの飾りの、大きないちごを、舌で押し込むエフェルメルツ。
「むむぅ、むぅ〜〜!?」
ガッチリと頭をホールドされていて、統真は動けない。周囲が気になって大慌てし、顔が火照って真っ赤になっていくのも抑えられない。
「‥‥はふ。‥‥エフィのキス、美味しかった?」
唇を離し、統真にうっとりした笑みを向けつつ、白ロリドレスの小悪魔は口もとをほころばせた。
ぺろりと舌を出し、自身の口もとのクリームをゆっくりと舐めとる。
統真はただただ真っ赤になって、慌てふためくばかりである。
近くのテーブルで、顔を赤らめてこちらを見ている男女2人組が目に留まり、「いえあの、その、これはあのっ!」と、弁解にならない奇行を繰り返す。
「す、すごかったね、今の‥‥」
まだ顔を赤くしたまま、恋人未満の幼馴染カップル、松永 聖(
ja4988)と高樹 朔也(
ja4881)は、もじもじと俯いていた。
どうしても、他のカップルの熱いラブシーンを見てしまうと、つい、お互いを意識してしまう。
「な」
永遠にも思える沈黙から、口火を切ったのは、まだ頬を染めたままの聖だった。
「な、何だか‥‥サクと過ごすのも久し振りね‥‥! べ、別に嬉しくなんか、無いんだからねッ!!」
嬉しくないと言いつつ、白いハイネックのニットに、おろしたての花柄ワンピース。
この日のために、精一杯お洒落をしてきたことがわかる。
「‥‥綺麗だね。よく、似合ってる」
「に、似合わないの間違いでしょ? そ、そんなの分かってるわよっ!」
俯いたまま、顔があげられない聖。
甘いものに目がない朔也は、ささっと席を立ち、2人分のショートケーキと、幾つかのパイを選んで戻ってきた。
「しかし豪勢だなー。あれもこれも、全部食べていいんだよな? どれから食べようか‥‥」
「あはは、サク、甘い物好きだったわよね、確か。ヨダレ出てるわよ、ヨダレ。‥‥嘘だケド」
冗談を言ってくすりと笑う聖。
やっと、2人の間にいつもの空気が流れ出す。
「セイちゃん、こっちも食べてみる? なかなか美味いぞ」
無意識にフォークにケーキを一口分さして、聖の口もとへ差し出す朔也。
「どれどれ‥‥美味しい!」
ぱく。聖も思わず、その美味しさに目を輝かせる。しかし、すぐに、はっと我に返る。
「ちょ、何させんのよッ!」
「何って‥‥『あーん』‥‥?」
「や、やだあ、恥ずかしいじゃない!!」
聖はそう言うと、赤くなって朔也の背中をバシンと平手打ちした。
「そ、そういうのは、ここ、恋人とか、大事な人が出来てから、その相手にするものなのよ!」
何故か明後日のほうを向いて、力説する聖。
その顔は、夕日のように赤く上気していた。
折しも、淳紅の演奏する「赤鼻のトナカイ」が、会場を賑わせていた。
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黒いスーツの文 銀海(
jb0005)と、白を基調としたドレスのうらは=ウィルダム(
jb4908)は、テーブルを同じくして、チルルのショートケーキに舌鼓を打っていた。
時折ノンアルシャンパンを注ぎ合い、2人で食事の感想を交えて語らう。
今年あったことや、来年やりたいことを話している中、ふと思いついたように、うらはは恋人の顔を見つめ、問いかけた。
「ねえ銀海、随分前も同じようなことを聞いた覚えがあるのだけれど。何で、私だったんだい?」
うらはが常に浮かべている、薄い笑みはそこにはなく、答えを聞きたい期待と、聞きたくない不安が、同時に入り混じった表情をしていた。
「私を好いてくれたのは、とても嬉しいことだけれど。何で、って想いが今でもたまに浮かぶんだよね。他に仲のいい子だってきっと居るでしょ。その中で、何で私だったんだろう、って」
銀海はうらはの問いに、真っ直ぐに視線を向けた。
「私は今、大学部4年になったところだ。学年が結構上だよね。後輩はいても、友達は少なかった。そんな中で、私と対等に喋ってくれた人は、女性ではうらはが初めてだったんだ」
思い出すような目をして、銀海は続ける。
「本当に嬉しかった。心からね。私にとっては、君は初めて会ったあの頃から、ずっと特別だったんだ。仲の良い異性はいても、君の様に、序列も年齢も気にせず、私を一人の人として見てくれたことが、君を好きになった理由なんじゃないか、と思っているよ」
うらはは、すっと席を立った。そのまま銀海の後ろに回り込み、スーツの背中に顔を埋めて抱きつく。
しばらくの間、そのまま静かに時が流れた。
「ええと、うん、その、うらは、私と、その、け‥‥けっ‥‥」
温かなうらはのぬくもりを背中に感じ、銀海は意を決して切り出した。
ぎゅ、とうらはの腕に、力がこもる。
「け‥‥け‥‥け、ケーキを一緒に作りたいなあ、なんて」
やっぱり、言えなかった。
銀海は心の中で、ORZのポーズをとっていた。
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おおよそのものが食べ尽くされてしまうと、厨房は、今度は洗い物の戦場である。
食器を下げて、ざっと洗って、食洗機に入れて、更に手洗いして、拭いて、指定の場所にしまって。
皆で手分けすれば、気が遠くなるほどの食器も徐々に片付いていく。
淳紅が給仕の手伝いとして食器の回収をしていると、買い出しに出ていたレフニーが戻ってきた。
大量に買ってきたレモンゼリーを切りわけ、生クリームとミントの葉を添え、あとの口として皆に提供する。
「にゅおおお、今回もまたせんせーに敗れてしまったのですー」
タワーケーキも数々のパイも完食され、カーディスは着ぐるみの中で男泣きしていた。
「あの暗黒胃袋はどうなっているんですかー? 本当に一般人なんですかー!?」
うさフィルは、龍実と、ノンアルシャンパンで乾杯していた。
「付き合って丁度1年だね。一緒にいられて幸せうさ!」
「そうだな。今日はお疲れ様、フィル」
沙羅は宴の終わりに、手を組んで祈っていた。
(クリスマスプレゼントとは言わないけれど、この世界に夢と希望を! 皆さんの、心からの笑顔が世界中にあふれることが、最高のプレゼントです)
「‥‥っと、クリスマスに‥‥一緒できて、嬉しかったよ‥‥。ありがとう」
時計が10時を告げる。
パーティの終わりに、皆でホワイトクリスマスを合唱して、クラッカーが幾つか鳴った。
片付けを手伝おうとして、朔也は動きを止め、聖にぼそりと囁いた。
「あのさ‥‥来年も、予約‥‥しといて、いいかな?」
「来年のX’mas‥‥? そうね、でももう予約は埋まってるの」
少しがっかりしたような朔也に、「サクと過ごす、ってね!」と照れながら囁く聖。
思わず聖を抱きしめる朔也。
「ななな何してんのよっ!!」
幼馴染の声に我に返り、パッと万歳姿勢で飛びすさる。
「ご、ごめん」
朔也は照れて、わたわたと取り繕おうとする。
(‥‥ああ‥‥男らしくない‥‥)
海よりも深く落ち込む朔也であった。
●
厨房の中もすっかり綺麗になり、参加者の協力も得てテーブルを拭き、椅子を片付ける。
チルルはタワーテーブルを綺麗にして、借りた時と同じくばらして箱にしまっていた。
何と、余った食品はなかった。全て、せんせーの胃袋に収まってしまったのだ。
最後にせんせーが、挨拶をした。
「今日は皆さん、楽しんでもらえたでしょうかー? これからも学園生活を楽しんでくださいねー。では、メリークリスマス! 良い夜をお過ごしくださいですー!! 有難うございました!」
マリカせんせーは、皆が解散して帰っていくのを見届けてから、海にもらったスプーンセットを大事に大事に抱え直し、教員寮へと戻っていった。