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前日の夜。
幼稚園の調理場を借りて、ポーシャ=スライリィ(
jb9772)は、パーティのための料理を作っていた。
点喰 縁(
ja7176)が、翌日に園児たちに配る予定の、ジンジャークッキーを焼いている横で、ポーシャはターキーに詰め物をしてグリルに放り込み、添えるグレイヴィーソースを作る。
手作りのケーキは、子供が大好きな、いちごのショートケーキだ。園長先生に聞いて、子供たちに食物アレルギーがないことは、ばっちり確認してある。
轟闘吾(jz0016)は、ガタイの大きさに似合わない器用さで、クリスマスガーランドをパーティルームに飾り付けていた。既に折り紙などで、園児たちによってある程度の飾り付けはなされている。
しかし、クリスマスツリーを運び入れ、綺麗に装飾すると、見違えるように部屋が明るくなった。
LEDの電飾をガーランドやツリーに絡みつける。
「トーゴ、センスあるな」
ポーシャに褒められて、よそを向き、帽子のつばを下げる闘吾。
「大したことは、していない」
「十分だ。なるほど、脱脂綿を雪に見立ててツリーに絡ませたのか。アイデアだな。ぴかぴかするライトも実に良い」
雪ノ下・正太郎(
ja0343)と常名 和(
jb9441)、狭霧 文香(
jc0789)は、手分けをして、プレゼントを同じくらいの大きさの箱に入れ、丁寧にラッピングしていた。
『靴』『筆』『工』『ぬ』『玩具』『人形』『アク』『菓子』
渡す園児を間違えないように、小さなシールを目印につけていく。
その頃、黄昏ひりょ(
jb3452)は、園には来ずに、恋人と徹夜でサンタ衣装を縫っていた。
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翌朝一番に到着した縁は、パーティに出すサンドウィッチを作り始めた。
続いてポーシャが、ターキーの出来上がりを確認し、冷やしておいたケーキの仕上げに取り掛かる。
「これがプレゼントですね」
ひりょはサンタの格好をする前に、ラッピングされたプレゼントを集めた。シールを確かめる。
例の園児データファイルをもう一度開いて、どの品をどの子にあげるか、顔写真を再確認。
全部終わったら、背中に背負う白い袋に、慎重に詰めこんだ。
「さて、ポーシャは引っ込むぞ。サンタも準備を始めたほうがいい」
ポーシャは料理の給仕を縁に託し、パーティルームの裏にある作業部屋にこもった。
ひりょもそこで衣装に着替える。
「んー、徹夜したから、目の下にクマができちゃっているなあ」
ぺたぺたと、変装用のコンシーラーを押さえるように塗りこむひりょ。
サンタ帽子にサンタ服を着込み、準備は万端である。
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園児たちが、親御さんたちに連れられて、登園してきた。
保育士さんや園長先生と、親御さんが、会話をしているのが聞こえる。
「あー! すげー、ツリーだ!」
元気いっぱいの男の子が、パーティルームに入り込み、歓声をあげた。
「見てみて、お菓子もいっぱいあるぅ〜!」
ツリーに飾られているケーキやクッキー、キャンディのオーナメントに見入っているのは、お菓子好きな女の子だ。
和と文香は、椅子を丸く並べて、「皆さん、よかったらクリスマスバスケットをしましょうよ」と園児たちと保育士の先生を誘った。
「なーに、それ?」
やんちゃ娘が聞いてくる。
「フルーツバスケットの、クリスマスバージョンだよ」
和が、動きやすく、汚れてもいい格好で気合を入れている。
「まずグループを決めましょうね。トナカイ組さん、サンタ組さん、くつした組さんにわかれますよ」
文香が、はしゃぎ回る子供たちをなだめながら、組分けをしていく。
最初は、和が中央に立った。
「くつした!」
わっとくつした組の子供たち+保育士の先生が立ち上がる。
空いた席を取ろうと、慌てふためいている。
「隣の席はだめだからね」
ルールを知らない子のために、和が念を押した。
「トナカイ!」
わっと移動。席を取れなかった子が、中央で叫ぶ。
「サン‥‥と見せかけて、くつした!」
「その歳でフェイントを使うとは、なかなかやるな!」
和がものすごく全力で楽しんでいる。
「わー、負けちゃいました。じゃあわたしが鬼ですね‥‥。‥‥クリスマスバスケット!」
文香の声に、楽しそうな悲鳴があがり、参加者全員が、次の席を求めて移動する。
めいっぱい楽しんで、息を切らせている和。文香が微笑んで、「お疲れ様でした」とねぎらう。
「5回負けちまいやした子には、可哀想なんで、俺のジンジャークッキーを進呈しやっせ」
縁が、一番動きがスローリーだったお人形さん好きな女の子に、ジンジャークッキーをプレゼントした。転んで軽く擦りむいた膝に目が留まる。
「おやおや、少し慌てちまいましたかね。大丈夫、絆創膏を貼っときますよ」
縁は救急セットで手当した。
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「よぉし、次は正義のヒーローがお相手するぜいっ!」
正太郎が闘吾を園庭にひっぱりだした。「悪の番長役、お願いします」と軽く耳打ち。
「龍転っ!! 我龍転成リュウセイガー見参!」
光纏とともに、青龍をモチーフにしたヒーロースーツを身に纏う正太郎。
「来い! リュウセイガー!」
悪の不良番長・トーゴンとして、リュウセイガーの前に立ちはだかる闘吾。
(え、園児の夢のためだ、止むを得ん‥‥)
園児たちがガラス窓にはりついて園庭に釘付けになっている。
そんな中、アウルを演出的に纏わせて、リュウセイガーとトーゴンのリアルバトルが繰り広げられる。
「がんばれ、リュウセイガー!」
「かっこいいー!」
「テレビみたい!」
苦戦の末(演出)トーゴンを打ち倒した(演出)リュウセイガーは、園庭からパーティルームに向かって、ガラス越しにおいでおいでをした。
「リュウセイガーに勇気をくれたお友達に、リュウセイガーからちょっとしたプレゼントだ。空を飛んでみたいと思った子、あったかい格好をして出ておいで!」
「「わーい!」」
園児たちはコートを着込み、園庭に走り出していく。
2人ずつ抱っこし、<陰影の翼>で、空中散歩をさせてあげる正太郎。
勿論、安全面に注意して、ゆっくり上昇し、ゆっくり下降する。
「そういやお2人は、図画工作がお得意なんすよね。俺の実家は指物屋でしてね‥‥」
なかなか園庭に飛び出せない園児2人に、話題を振る縁。
ふと、親兄弟たちが修行で作ったものをみて、魔法みたいだと憧れていたことを思い出す。自分は既に、憧れていた家族とは違う道を選んだ筈なのに、その感覚だけがはっきりと回想される。
(この子たちも、いつか魔法の腕を持つようになりやんすかねぇ)
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空中散歩を楽しんだあとは、ハッピークリスマスランチである。
子供たちは、先生に言われて手洗いうがいをし、順番に部屋に戻ってきた。
パーティールームでは、和と文香、ポーシャ、縁で、テーブルセッティングを済ませていた。
「お腹も空きやしたでしょう。さあさあ、どうぞこちらへ」
縁が子供たちを座らせ、お食事エプロンをつけて回った。
ポーシャは子供たちに見つかる前に、そっと調理場に隠れた。
自分の蒼肌が、子供たちにはまだ刺激が強いだろうと判断したのだ。
ポーシャの置いたラジカセから、明るく楽しいクリスマスソングが流れてくる。
「これなーに?」
お絵描き好きの男の子が、初めてターキーを見たのか、フォークでつんつんしている。
「とりにくだよー」
「でもおっきいねー」
大人が切り分けて、子供たちのお皿に盛り、ソースを添える。
「美味しいけど食べにくいよー」
口の周りを汚しながら、あぐあぐとターキーにかぶりつく園児たち。
ラジカセから、しゃんしゃんしゃん、と、鈴の音が流れた。
正太郎が合図を出す。
ふわりと<小天使の翼>で、ひりょサンタが登場した。
「わー! サンタさんだー!!!」
びっくりした声で、和が園児の注意を向けた。
「今、空からふわあって降りてきたよー! ぼく見ちゃった!」
園児の1人がうなずく。
皆、食べる手を一斉に止めて、園庭に釘付けになった。
「メリークリスマス! さぁ、プレゼントだよ」
ひりょサンタは、パーティルームに移動すると、背負った袋から、次々と箱を取り出した。
園児たちは、食器をひっくり返したり、ご馳走を飛び散らせたりしながら、わっと集まる。
「そこのボクには、はい、この箱を。お嬢ちゃんには、こっちだよ」
順番に、シールをこっそり確認しながら、プレゼントを配っていくひりょサンタ。
「サンタさんからプレゼントもらえるの待とうな! きっといいものもらえるぞーっ」
待ちきれない子を、しゃがんで目線を合わせながら、なだめる和。
「わあ! 靴だぁ!」
最初に飛びついた男の子が、プレゼントを開く。
早速室内で履いてみて、どん、どんと、その場でジャンプ。
「かっけー! 軽いしふわふわしてる! ありがとうサンタさん!」
「わたしの、お洋服と‥‥なんだっけ」
フリスビーを思い出せなくて、「とにかく投げるおもちゃ!」と喜ぶおてんば娘。
「お洋服、動きやすそう! これならママに怒られないかな?」
「すげー! 50色の色鉛筆だぁ! 初めて見た!! しかも水に溶けるんだ、すげー!!」
エプロンと水筆もみつけ、お絵描き大好き君は目を潤ませた。
「おれなんて、工具とか工作キットとか入ってたんだぜー!」
同梱されていた本をめくって、目をキラキラさせる男の子。
「あたしなんて、お菓子のアクセサリと文房具と、お菓子の本だもんね! 見てみて、これとおんなじお菓子が作れるみたい! すごい! サンタさんてすごい!!」
「わたしのは‥‥お人形の、椅子と、お洋服‥‥可愛い‥‥すごく‥‥」
「ぼくのリュックも可愛いよ。見てみて、ふわもこうさぎさんなんだ!」
「あら、一番あたしのが豪華だわ。キラキラのアクセサリーいっぱいなの! 指輪にネックレスに、ティアラまであるの!」
子供たちはプレゼントの箱をばりばりと開け、中身を確認すると、一斉に立ち上がった。
「サンタさん、ありがとうございました!!」
「来年もいい子でいます!」
「だからまたプレゼントください!」
ひりょサンタは苦笑しつつ、でも嬉しそうな子供達の笑顔を見て、つい、ひとりひとりの頭を撫でた。
「わあ、とっても素敵ですね〜っ! 皆さん良かったですね」
文香が園児たちのプレゼントを褒めた。きゅっと子供たちを順番に抱きしめる。
「大丈夫。来年も再来年も、信じていれば、サンタさんはきっと来ますよ」
(ずっとこの子たちに幸せが降り注ぎますように‥‥)
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その間に、正太郎と闘吾が手分けして、ゴミや、散らかったテーブルを片付けておいた。
「ほいっ、ご注目〜。いよいよケーキのお出ましでさぁ」
縁がポーシャ特製のいちごショートケーキをホールで持ってきた。
「折角でっし、サンタさんに切り分けていただきやしょうかね」
「え、俺が?」
ひりょサンタは少し驚いたが、笑顔で引き受けた。
「わたし大きいのー!」
「ぼくもー!」
「いちご乗ってるとこがいいなー!」
「‥‥お人形さん‥‥欲しい‥‥」
「みんな、同じ大きさに切ってくれますよ。いちごもちゃんと1つずつありますからね」
ケーキに群がる園児たちを、保育士の先生が軽くたしなめる。
人形好きな子はマジパンで作られたミニサンタに、目を奪われていた。
滑らかなケーキの表面には、ポーシャが気をきかせて、うっすらとトルテカッターで、8等分の線が引かれている。そこを丁寧に、温めたケーキナイフで切り分けていくひりょサンタ。できるだけ綺麗に切るため、時折ケーキナイフを温め直す。
「あっ」
折角綺麗に切れたのに、お皿の上で倒れてしまうケーキが幾つかあった。
直そうとしても、ますます崩れてしまいそうだ。
「ごめんね。不器用なサンタさんで」
ひりょサンタが謝る。くいくいと、お人形好きな子が、服の裾を引いた。
「そういえば、サンタさん‥‥おひげ、ないの‥‥どうして?」
「俺はまだ、見習いのサンタさんなんだ。だから、ケーキを切りわけるのも、まだまだ上手じゃないんだよ。ごめんね。もっと修行しないとね」
「サンタさんにも修行がいるの?」
興味津々に聞いてくる子供たち。ひりょサンタは、ニコっと笑って「実はそうなんだよ。俺は新米だから、トナカイのそりにも乗れないんだ」と誤魔化した。
プレゼントをしまって、手を洗って、再び「いただきます」と園児が声を合わせる。
「おいしー!」
ショートケーキは大好評で、パーティルームに笑顔があふれる。
裏の調理場まで、嬉しそうな歓声が聞こえてきた。
ポーシャは、身を隠しながら、(喜んでもらえて良かった)と胸をなでおろしていた。
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パーティランチが終了すると、お片付けの時間である。
子供たちは「ごちそうさま」のあと、手を洗い、和に相手をしてもらう。
「さあ、この、タネも仕掛けもないトランプから、1枚だけ引いてごらん? そのカードを当ててあげるよ」
和は簡単な手品をして、子供たちの注意を引きつけていた。
「あなたが選んだカードは‥‥ハートの3ですね?」
きりりとした顔で断定すると、「すげー! 当たった!」と子供たちが歓声をあげる。
その間に、残りの皆で片付けを済ませる。
調理場のポーシャが洗い物をてきぱきとこなす。それを縁が拭いて、保育士の先生が片付ける。
「いつもは、お皿を下げるところまで、させているんですけれど、今日は特別です」
先生は片目をつぶった。ポーシャの申し出を尊重してくれたのだ。
「園長先生。これ、プレゼントの代金のお釣りです」
ひりょサンタはこっそりと先生に茶封筒を手渡していた。
「あとはちゃんと、サンタらしく退場しますので、ご協力おねがいしますね」
「さあ、皆さん、サンタさんとお兄さんお姉さんに、きちんとお礼を言いましょうね」
園長先生が子供たちを集めて、並ばせた。
「サンタさん、お兄さん、お姉さん、有難うございました」
「「有難うございました!!」」
園児たちは、ぺこりとお辞儀をする。「こちらこそ」と撃退士たちも、頭を下げた。
「それじゃあ、まだまだプレゼントを配らないといけない子供達がいるから‥‥そろそろ行くね」
ひりょサンタが、子供たちに手を振って部屋を去り、園庭から<小天使の翼>でふわりと上昇し、飛び去る様子を演出してみせた。
「サンタのお兄ちゃん、頑張ってねーっ!」
遠くから園児たちの応援する声が聞こえ、ひりょは思わず笑顔になった。
(一緒に徹夜で衣装を作ってくれた恋人にも、お礼も兼ねて、帰りにプレゼントを買っていこうかな)
心から、感謝の気持ちが湧いてくる。
(ありがとう、君のおかげでうまくいったよ)
親御さんが園児を迎えに来て、部屋の飾りも外して、掃除も終えて、がらんとした幼稚園内。
「本当に有難うございました。正直、ここまでしていただけるとは、思っていませんでした」
園長先生が、撃退士一同に深々と頭を下げた。
先生の輝くような笑顔の上を、嬉し涙がついと流れた。