●
川澄文歌(
jb7507)は、のんびりとおみかんを剥きながら、アイリス・レイバルド(
jb1510)の話に耳を傾けていた。
「レイバルド先輩は、前にも似たようなシチュエーションにであったんですか? 偶然ですね」
「偶然だと良いのだが」
アイリスはおみかんに手をつけず、室内を観察していた。
暖かくて気持ちよくて、どうしてもおこたから離れられない。或いは、『何か』理由があって、おこたから離れられない。どっちだ‥‥?
「カイ、はい、あーん♪」
「あーん‥‥もぐもぐ‥‥ねむぅ‥‥」
水無瀬 快晴(
jb0745)は、恋人の文歌に、おみかんを食べさせてもらっていた。
目がとろんとしていて、甘酸っぱいおみかんの味が舌に広がると、幸せそうな表情になる。
(ふぉぉ〜〜! ぬっくぬくですよ!! こたつにストーブですよぉ〜〜♪)
支倉 英蓮(
jb7524)は完全に猫化して、掘りごたつの中に潜った。ストーブの風を逃さぬよう、尻尾はこたつ布団の外にだしてある。
こたつの中は、子供が秘密基地にできるくらい広々としていた。
こたつ本体は足元に置かれ、掘りごたつの中全体を、赤外線で赤く染めていた。
組み立て式のこたつ上部を見上げると、テーブル部分は格子になっており、こたつ布団をはさんで天板が置かれているようだった。
「ふにゃっ!?」
こたつの中に、快晴の手が伸びてきて、英蓮の顔に溶けかけたアイスを塗りたくった。
「何するんですかぁ〜〜‥‥!?」
英蓮が、快晴に抗議しようと視線を上げると、格子状のテーブル部分の向こうに見える布団に、大きな目があった。
目と目が出会う。ぎょろ、とこたつ布団の目が動く。
ああぁ‥‥ねみゅいですぅ、なんか頭がぼーっとしますですぅ〜。
何かを皆に伝えなくては、と途中まで思ったものの、英蓮は大事なことを忘れてしまった。
「妙にだりィな‥‥」
髪を染め、不良のような出で立ちの円城寺 遥(
jc0540)も、こたつで奇妙なまったり感を感じていた。
「あー電車ぁ〜‥‥これのがしたら、SFアニメ『CTS』の再放送に間に合わなくなっちゃう〜‥‥」
白いハイソックスに半ズボン姿の銀髪碧眼の美少年、ヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)が、半ば使命感を燃やしつつ、寝言を言っていた。
その間にも、村人たちは静かに屋敷に上がり込んできた。
土足のままで、撃退士たちのいるほかほかルームを取り囲んでいるようだ。
障子に、かなりの数の人影が映っている。
「祭りじゃ〜、血祭りじゃ〜」
「皆殺しを供えよ」
「半殺しを供えよ」
凶器を振りかざし、村人たちは奇妙な踊りを踊っていた。
やがて襖がばたんと開かれ、土足のままの老人たちが上がり込んできた。
ラグが汚れるのも構わず、こたつの皆を取り囲む。
「祭りじゃ祭りじゃ」
「皆殺しを供えよ」
「半殺しを供えよ」
ぐるぐる老人たちが円陣を描きながら回り踊る。
「盛大ですねぇ、何かのお祭りですか? 血祭りって言ってましたけれどぉ、随分楽しそうですね〜」
ヴァルヌスがぼんやりした頭で、呑気に頷いた。
●
「迂闊! これで常在戦場とは聞いてあきれるな」
アイリスは、ぺしんと自身を叱咤した。
冒険慣れ+戦場帰り+遭難未遂=警戒心マックスのはずなのに、見事に術中にはまってしまった。
自傷してでも正気に戻りたいのに、頭がどんよりしていて体も重く、眠くてだるくて動けない。
アイリスは、寝返りを打つようにして、英蓮の尻尾を容赦なく踏んづけた。
「ふぎゃあああ!!!!」
英蓮は飛び上がり、痛みで一時的に我を取り戻した。同時に、伝えなければならないことも思い出す。
「聞いてくださいですぅ〜〜。このこたつ布団、裏にぎょろりと目があって、動いていたですぅ〜〜!!」
ばりばりと、猫のように、アイリスの腕を引っ掻く。
「なんだと?」
眉すら動かさずに痛みに耐え、正気になったアイリスが、布団から離れ、<異界認識>でこたつ布団を確認する。
美しいアイリスの金髪が、光纏とともに青灰色に変化し、黒水晶が現れる。黒い粒子が第二のアイリス自身を模して、本体のそばに付き従った。
<異界認識>の結果、こたつ布団は天魔であると判明。
こたつ布団から出ていたアイリスに、更なる眠気と朦朧は襲ってこなかった。
アイリスは天板をどけ、こたつ布団を掘りごたつからひっぺがした。
まだ睡眠と朦朧が効いている仲間たちを、「すまない」と謝ってから順に蹴り起こしていく。
「痛っ、もう誰です、おイタをしたのはっ。ピィちゃん!」
文歌が、青き羽もつ鳳凰ピィちゃんを召喚する。
<聖炎の護り>が発動し、文歌ははっきりと覚醒した。
快晴は、半眠状態でアイスを食べていたせいか、顔中をべたべたにしていた。
文歌にタオルで拭いてもらう。
「とりあえず‥‥あの老夫婦は怖い‥‥話を聞きたいが‥‥」
村人たちは彼らを囲んで踊っている。その中には、皆を助けてくれた老夫婦も混ざっている。
踊りの儀式が一段落したのか、彼らは手にした凶器を構えると、まだ戦闘態勢に入りきれていない撃退士たちに、襲いかかってきた。
「あーなるほど、こたつ布団が天魔だったってことかよ‥‥」
遥は、アイリスがどかしたこたつ布団を<炎焼>させた。
襲いかかってくる村人には、ファイアヨーヨーで応戦を試みる。彼らの凶器のみを狙い、手元から叩き落とそうとする。
しかし、まるで手に吸い付いているかのように、彼らの得物が叩き落とせない。老人たちは、お年寄りとは思えぬ動きで、素早く確実に撃退士たちを狙ってくる。
「ふにゃあああ!!」
しっぽを逆立て、英蓮は<咆哮>をあげる。村人たちが逃げる気配はない。
そのままストーブにタックルし、足の小指をぶつけて、ふぐにゅお〜〜と悶え苦しむ。
「ストーブさん邪魔ですぅ〜!!」
めきゃぁ! と破壊する勢いで再びタックルし、ラグですべって転倒。
やり場のない怒りを今度はラグに向け、思いっきり爪を立てて、ずばぁ! と引っ掻く。
ラグから、血液のようなものが、ぶしゅっと噴き出してきた。
「こっちも天魔でしたかぁ〜! 容赦しないですぅ〜!!」
こたつ布団とラグが退治されると、部屋の中の違和感は消え去った。
あとは、くるくる周りを囲み踊りながら、時折、奇怪な動きで襲ってくる老人たちだけだ。
●
「あっ、手が滑った挙句、ピンが何故か抜けちゃった!」
ヴァルヌスが発煙手榴弾を転がすのと、快晴が<ナイトアンセム>をかけるのが同時だった。
発煙手榴弾の爆発とともに大量の白煙が撒き散らされる。ごほごほと皆咳き込んだ。
ほぼ同時に深い闇が訪れ、老人たちがおろおろと右往左往し始める。
「ボクなら兎も角、他の人に当たったら、危ないですよ〜」
<認識障害>を受けてめちゃくちゃな動きをしている老人を見て、刃物が他の村人に当たりそうで危ないなぁと感じ、ヴァルヌスは凶器をひょいと取り上げようとした。
取り上げられなかった。
「あれっ、くっついてる!?」
村人の凶器は、手のひらから生えていた。
「それでヨーヨーじゃ落とせなかったってわけか。引っこ抜けねぇか?」
遥がヴァルヌスの手元を覗き込む。
2人で引っ張っても、引っ張っても、凶器が老人の手から外せそうにない。
そんなことをしているうちに、2人とも、村人に囲まれそうになってしまう。
ヴァルヌスは「こっちだよ〜」と物質透過で壁をすり抜け、屋敷の外へ脱出した。
囮になれればと思ったのだが、「うー‥‥。外は寒いなぁ‥‥。でも月が綺麗だなぁ」と、すぐに使命を忘れてしまう。
<リントヴルム>を発動させると、肩から背中を覆うように、翠と漆黒のツートンカラーの機械翼が顕現する。緑色の光の粒子が放出しながら、暗い夜空を舞う。
高い木の枝に着地し、ぼんやりと月を眺める。村には街灯がない。自然の闇が、月の明るさを引き立てて照らし出している。
「そうだ、お土産買って帰らなきゃ。あるかな? お土産屋さんみたいなの」
きょろきょろしながら、夜の村を一周する。
暗くて看板は読めない。それっぽいお店はどこにも無かった。シャッターが下りていて、わからないのかもしれない。
そろそろ寒いし、屋敷に戻ってみようと思い立った時、ヴァルヌスは、闇に染まる白っぽい人物と、赤い着物の人物を、ちらりと見た気がした。
凶器が空を切る。
すれすれで遥が身を躱す。
ぴ、と一筋、顔の薄皮が切れて血が滲む。
並みの凶器ではない。撃退士に傷をつけられる武器、V兵器にも相当する得物だ。
「気ぃつけろ、こいつらの武器はやべぇぜ!」
遥は警告を発した。
英蓮は、とりあえず縄、ビニール紐、カーテンのタッセルなど細長い布類をありったけ探し出し、村人をひっとらえては、縛って転がしていた。
「とりあえず朝までごめんなさいなのですよぉ‥‥私たちもねみゅいのです‥‥」
「天魔でない、ならば洗脳の類か?」
その頃アイリスは、村人1名に<異界認識>を試していた。
「旅人を捕らえて食らう鬼の隠れ里も、浪漫が有るか」
<異界認識>の結論は、天魔だった。しかし、どうにも違和感を感じる。
下級天魔が踊ったり唄ったり、するだろうか?
ましてや餡を炊いたりするだろうか?
奴らはそんなに知能が高いものだろうか?
「そういえば、レイバルド先輩から、似たようなお話を伺っていたのでした」
文歌が老人の襟足を確認する。
蜘蛛のような痣――瘤?――が、村人たちの体に、出来ていた。
「カイ、お願いします」
文歌に頼まれ、ステュクスバンドで快晴が軽く瘤をひと弾きする。
蜘蛛状の瘤はその場でぐったりと萎えしぼんで、老人の四肢を操っていた触手もぽたりと床に落ち、村人の体全体から力が抜ける。
「半殺し‥‥皆殺し‥‥」
老人はまだ寝言のように呟いていたが、単純に眠っているだけのようであった。
再度、アイリスが<異界認識>をかける。今度は天魔反応は起こらなかった。
「全くもう、めんどくさいなぁ‥‥一人一人、こうするしかないのか‥‥」
快晴は、頭を掻いた。
「なるほど。彼らは一般人で、眠って意識のない体を、蜘蛛に操られていたというわけか。ふむ。その方法で、彼らから天魔だけを排除できるのだな」
アイリスはメルクリウスを使って、村人たちから効率よく、そして慎重に、蜘蛛の痣や刺青、瘤だけを取り除いた。
「あ、ボクもお手伝いする!」
屋敷に戻ってきたヴァルヌスは、話を聞くと、忍苦無を使って作業に加わった。
残りのものは、未処置の村人を縛ってそのへんに転がしたり、処置済みの老人の手当をしたりしていた。
凶器を振りかぶって襲ってきた老人たちだ。恐らく慣れないであろう、素早い動きをしたため、筋を違えたり、肉離れを起こしたりしているかもしれない。
何しろ皆、相当なお年寄りばかりだ。くしゃみで肋骨を骨折する可能性だって、無いわけではない。
蜘蛛を取り除き、軽い応急処置とマッサージが済んだら、老夫婦が布団を敷いておいてくれた部屋へと運び、寝かせる。
文歌が静かでやさしい歌を、歌い出した。
自らの意思と関係なく、操られてしまった老人たちが、怖い夢を見ないように。
怖い夢はもう、終わったのだと安心できるように。
●
文歌の歌が、深夜の村に響き始める。
どこかで見ていた天使は「あーあ。お祭りの時間は終わっちゃったかあ、思っていたよりも早かったなぁ」と呟いて、赤い着物の使徒とともに、その場を去った。
●
「‥‥どういうことか説明してもらおうか?」
あの、人の好さそうな老夫婦から天魔を排除すると、快晴は、おもむろに問いただした。
「どういうことって‥‥何がじゃね?」
「あれ、あたしらは一体、どうしたんでしょう?」
目を覚ました老夫婦は、現状が把握できず、困惑の表情を浮かべる。
「確か、餡を炊きながらうとうとして‥‥」
「わしも、それくらいしか覚えておらんのう」
2人して顔を見合わせ、困ったように撃退士たちを見る。
「あのこたつ布団とラグは、何処で手に入れたんですぅ〜?」
英蓮が尋ねると、おばあさんが言った。
「行商の娘さんから買ったばかりのものなんですよ。娘さんは赤い着物をお召しの綺麗な若いかたでねえ。ラグもこたつ布団もすごく立派なものなのに、破格で譲ってくださると言ってくれて。丁度買い換えないとぼろぼろですねえ、とおじいさんと相談していたところでしたので、まとめて買った次第ですよ」
そういえば、娘さんを見かけたのはあの1回きりですねえ、とおばあさんは小首をかしげた。
「そうじゃそうじゃ。見かけない娘さんでの、とても綺麗なお嬢さんじゃったから覚えておるよ。名前はわからんが、長い黒髪と、人形のような顔(かんばせ)が、どこかお雛様みたいでの。十二単ではなかったんじゃが、ほれ、折り紙で作るお雛様とかあるじゃろう? あんな感じじゃったのう」
その場に一緒にいたらしく、おじいさんも頷いた。
どうやらあの、こたつ布団の目玉は、一般人には見えなかったらしい。
この老夫婦は天魔に利用されただけなのだろう、と撃退士たちは考えた。
疑うべきは恐らく、その行商の娘だ。
(そういえば外に、赤い着物の人がいたような気がするなぁ?)
ヴァルヌスは障子をそっと開けて外に出てみたが、もう誰の気配もなくなっていた。
「そいつが次に行商に来る予定とか、聞いてねぇのか?」
遥が尋ねると、老夫婦は首を横に振った。
●
全ての蜘蛛型天魔を排除し終えた頃、村人たちはすうすうと寝入っていた。
残念ながら、撃退士たちのために用意された広間どころか、廊下も納戸も、あがりこんだ村人たちで埋まっている。
今宵は、あたたかいおふとんで休むことは、難しそうだった。
老夫婦はすまながって、寝ている村人を起こして帰らせ始めた。
「これ、山辺のおじいさん、起きてくださいよ。ここは山辺のお宅じゃござんせんよ」
「のうかっちゃんや、起きられんかの? ここはかっちゃんちではないんじゃよ。動けんかの?」
1人1人を揺すり起こし、「祭りは明日なのに、皆が1日勘違いをして、泥酔してここに集まった」と、尤もらしく老夫婦は説明した。
「まだ餡も、皆殺しも出来ておらんでのう。明朝までには餡が炊けるじゃろうから、一旦家に戻って、休みんしゃい。風邪をひいても困るじゃろう?」
●
翌朝。
何事もなかったかのように、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
「んー。よく寝た〜‥‥。って、何でボクこんなところで寝てるんだろう?」
何とか布団で体を休めることに成功し、ヴァルヌスは時計を見て、思い出したように叫んだ。
「ふぇぇ、電車の時間まで間がありませんよぅ〜! 早く帰らないと『CTS』の再放送が‥‥!」
朝ごはんに温かいお汁粉をいただき、お弁当としてあんころ餅を持たされ、撃退士たちは村を後にした。
搗きたてのお餅と手作りの餡は、甘さ控えめで、本当に美味しかった。