●まずは先輩リサーチ
昼時、賑わう食堂の中。レイン・レワール(
ja5355)は席がないふりをして、依頼人=尾樽真美の憧れの先輩の隣に陣取った。ヘアバンドで前髪をあげ、眼鏡をして変装したスグリ(
ja4848)が斜向かいの空席を押さえる。そこへ、よれよれのコートが似合うおっさん、綿貫 由太郎(
ja3564)がやってきた。目についた男子学生に何事か聞いてはメモをしながら、じりじりとレインのところにやってくる。
「よォ。よかったら、おっさんの質問に答えてもらえないかな? 今、おっさんの所の雑誌でバレンタインの特集やるんでさ、今どきの若いもんに色々話聞いてんのよ。男としてやっぱチョコとか貰えるとうれしいっしょ? どんな娘からどんな状況で貰えると嬉しいかとか、まあ後は単純に、好みのタイプとかさぁ」
「構わないぜー。そうだなあ、俺は女の子は基本的に大好きだけど、年上にクラっと来る時があるね〜。あと制服とかさ、見えそうで見えないミニ丈+オーバーニーソはやばいよ、まじやばいって!」
レインが軽いノリでおっさんの質問に答える。
「な〜、高校っくらいの制服で絶対領域はやばいだろ? そう思わない?」
さりげなくターゲットに話題を振るレイン。真美の意中の先輩は、「は、はあ」と面食らったような顔をした。おっさんが畳みかける。
「きみはどうだい? どうやら、絶対領域スキーではない‥‥のかな?」
「うーん‥‥ま、まあ、そりゃあ、ちょっとは気になりますけど、僕は楚々としたタイプが好きなので‥‥スカートは長めがいいんです」
ほほう。さりげなくおっさんはメモを取った。
「というと? 芸能人で言えばナッチーみたいな感じかな?」
「あ、いえ、ヰトウ梨絵みたいなほうが‥‥」
「梨絵ってグラビアアイドルじゃん! あのコめっちゃ胸あるよねー!」
おっさんの誘導で、ターゲットの好みが徐々にばれていく。レインも知っている、人気グラドルだ。水着の時はセクシーだが、私服の写真は確かに楚々とした印象がある。和風美人を地で行くタイプだ。
「もし梨絵チャンからチョコをもらえるとしたら、どんなシチュエーションがいいかねえ」
更におっさんが突っ込むと、ターゲットは考え込んだ。
「基本は靴箱か、放課後の屋上っしょ! 或いは校舎裏とか‥‥」
「え、でも靴の臭いがつきそうですし、食べ物が靴箱にあるのはちょっと‥‥」
レインの言葉に、うなるターゲット。
「‥‥そうですね‥‥校門前で待ち伏せされて、渡されたりしたら、嬉しいかも、です。相手が梨絵ちゃんだったら、その場でみんなに自慢しちゃいますよ」
その答えに、今度は調査班が胸中でうなった。チョコケーキを渡すのは人気グラドルではなく、ただの下級生、真美ちゃんなのだ。
「まあ、グラドルからチョコ、は無理だろうけどさぁ、普通にチョコを貰うとしたらどういう状況がいいかな?」
「うーん‥‥まあ、僕にチョコをくれそうな人なんていないと思いますけど、万が一でも噂になるのは嫌なので、寮に届けに来てくれたりすると嬉しいですねえ。そんな人いないと思うけれど」
スグリが食事を終えた風を装って立ち上がった。
さあ、早速先輩クンの寮がどこにあるか、検索に取り掛かろう。
●真美にひとこと、おまじない
スグリの調査で、先輩クンの寮と部屋番号は見つかった。ついでに、所属部活と帰宅時間も調べてある。抜かりはない。
全員、Nicolas huit(
ja2921)邸に放課後に集まり、調査班からの報告を受けていた。
「とまあ、そういう訳だ。で、だ」
おっさんは真美に近づき、視線を合わせてゆっくりと言った。
「とりあえず、色々始める前に、ちょっとだけおっさんの話に付き合ってくんね? おっさんは専門外だけどほかの皆はそれぞれ一家言あるみたいだから、きっと君は綺麗になるよ。後は君の気の持ちようだ」
「気の‥‥持ちよう?」
真美の言葉に、おっさんは頷く。
「言霊っつってな、言葉には魂が宿る、普段口にしてる事が知らず本人に影響を与えるのさ。僕なんて、私なんて、なーんて言ってると、本当にそうなっちゃうよぉ。だからもっと前向きなことを言おう! いきなり自分は美人なんて言うのは無理だろうから、『私は可愛くなれる、私は美人になれる』って、大きくなくていいから声に出して言ってみよう」
「そ、そんな‥‥言えない、です‥‥」
「がんばってよ、真美ちゃん!」
レインが応援する。真美は唇を動かしかけて、躊躇った。
「もっとはっきりと、まだそう思ってなくて良いから声に出して、それを毎日一回で良いから言ってみて。それだけで良いからさ‥‥ああ、そうそう、それともう一つ、野郎の嗜好の半分以上は胃袋で出来てるから、美味い物作れるってだけで、相当君はモテ娘ちゃんだったりするぞ」
「そ‥‥そうですか?」
依頼を受けてくれたお礼、と称し、真美の手作りケーキがテーブルに載っている。確かに、すごくおいしい。手作りと思えないほど、見た目も綺麗だ。スグリの淹れた紅茶とよく合っている。
「俺なんか何作ってもスライムになるんですよ? 料理上手な方は憧れです‥‥」
姫路 ほむら(
ja5415)が真美をリラックスさせようと、明るく話しかける。
スグリは、ムーンストーンのブレスレットを真美に渡し、言った。
「ムーンストーンは『愛を伝える石』なんだ。『月』は女性の象徴で、その名前を冠するこの石は女性を支えてくれる不思議な力に溢れている、と考えられてるんだ‥‥もちろん迷信かもしれないけどさ、最後の一歩はそんな不思議な力に頼ってもいいんじゃないかな」
「あ、ありがとうございます」
真美は丁寧にお辞儀をした。
「基本的には、真美様は礼儀正しいのです。でも姿勢がちょっと‥‥」
神城 朔耶(
ja5843)がうむむと顎に手をやる。
「姿勢が悪いと、折角のスタイルの良さも隠れちゃうからね。これからXデーまで、特訓するよ!」
ほむらがうむ、と腕を組む。
「心を込めて、貴方の髪をXデーまでに綺麗にします!」
清清 清(
ja3434)がさらつやの髪を見せつける。青木 凛子(
ja5657)が続いた。
「あたしはスキンケア担当よ。励ましてくれる友達もいるのだから、一人で悩まないで、もっと自分を好きになってくれたら嬉しいわ。そのためにも、お肌をつるつるすべすべにしちゃうわよ!」
「当日の衣装はお任せだよー! そっかあ、楚々とした服装だねっ」
ファッション誌をぱらぱらめくっていたニコラが、自信たっぷりに頷いた。
●当日までの長い道のり
放課後のニコラ邸にて、真美を変身させる特訓が始まっていた。
ほむら監督のもと、真美は頭の上に本を置き、上手に歩く練習をする。背をしゃんと伸ばすことが無かった真美には、きつい訓練だ。大きい胸がどうしても体を前のめりにしてしまう。
「当日はヒールのある靴も履くんだよ? 今から練習しておく?」
ニコラがハードルを上げた。
朔耶が「急に無理はしないでくださいねっ」と声をかけるが、慣れないヒールに何度も真美は転んでしまう。その度に朔耶がおろおろして、起き上がる助けに回る。
「ウェッジソールのほうがよくないでしょうか‥‥」
朔耶の提案で、靴を変えてみることにした。ニコラが自慢の、広ーいウォークインクローゼットを開けた。
「これ、全部僕のだよ? だってセブ(執事)は同じようなのしか着ないもの」
とても一人の所有量とは思えない、膨大な数の衣服やアクセ、靴に鞄。その中から適当なものを探して真美に履かせてみる。少しはましになったものの、やはりよい姿勢が維持できない。
普段使わない筋肉を使っている所為か、真美の汗が噴き出している。
「お風呂、お借りします。大丈夫、きっと、貴方を綺麗にしてみせるのです!」
ヘアケア用品を用意し、清が真美を連れてバスルームへ向かう。
「シャンプーの前にキチンと予洗をして、同時に頭皮も洗うのです。シャンプーはキチンと泡立て、爪を立てず優しく優しく‥‥洗髪後は、時間をかけて地肌を中心に念入りに濯ぎます」
バスルームの中から、声が反響して聞こえてくる。
「リンスは毎日使用し、洗い流すトリートメントは数日に1度‥‥髪が傷んでいる様ならトリートメントを毎日使用します。トリートメントは付けすぎず、塗布は毛先を中心に。塗布し終えたら、熱いお湯で塗らしたタオルを髪に巻き蒸らします。5分間蒸らした後、頭皮を中心にキチンと濯ぎ落とします。これだけで、大分違いますよ」
思わず聞き耳を立ててしまう凛子。そう言えば清ちゃんは男のコじゃなかったかしら、と思ってちらりと中を覗くと、浴槽をうまく使い、美容院のように髪だけをシャワーで洗えるように工夫して教えている清がいた。
ちょっとホッとする凛子。
「乾燥はまず、タオルで水気を取ります。この時、擦るのではなく優しく押す様にします。その後はドライヤーですが、事前に洗い流さないトリートメントを塗布します。これも毛先を中心に、髪を擦らない様丁寧に丁寧に‥‥ドライヤーは、髪ではなく頭皮を中心に乾かします。大風量の物を使用して、髪を傷めない様に出来るだけ短時間で乾かします。また、乾かす時は襟足から始めて、順に上へ行きます」
バスルームから出てくると、今度は髪の乾かし方を伝授する清。
「これを続ければ、ボクみたいな、さらつや髪になれますよ!」
「は、はいっ」
真美は半ば、テスト前の詰め込み授業のように、ぐるぐるしている。
「女の子は笑ってるだけで可愛いから! とりあえず難しいことはさ、専門家に任せちゃって、もっと気楽になっちゃいなよ!」
レインがぽんと真美の肩を叩いた。
「外見の悩みは、それこそちょっとしたケアやメイクでカバー出来るし、魅力にだって出来る。あたしも最初は遣り方なんて分からなくて、友達と試行錯誤してたわ。女の子が綺麗になる方法って、相談出来る女友達と、好きな人がいる事じゃないかしら。真美ちゃんにはその相手がどっちもいるんだもの。一人で悩まないで。青春、楽しんじゃいましょ? 何だって、楽しいのが一番なんだから!」
凛子がにこにこっと視線を合わせる。ついでに、真美の肌の様子を観察。
(あーあ、ニキビは潰しちゃダメなのよ〜)
明らかにその痕跡を見つけ、真美が落ち着くのを待って、正しい洗顔方法を教えようと決める。
「洗顔はね、よーく泡立ててやさしく洗うことと、しっかりすすいで、清潔なタオルを使うことが秘訣なの。手つきの練習、やってみましょ? ニコラちゃん、洗面台借りるわね〜」
ニコラの返事を待ち、真美は素直に凛子に従って顔を洗う練習を始めた。
「就寝中に髪が顔に掛からないように、ヘアバンドをしてみたらどうかしら。ニキビは女の子が大人になる過程で誰でも出来易くなるから気にしすぎないで。あたしもあったのよ」
凛子が褒めたり励ましながらやさしく教える。洗顔指導を終え、今度こそバスルームで汗を流す真美。
スグリの淹れた紅茶で休憩をとり、ほむらの指導で、先輩にケーキを渡す動作の練習を始める。
既に窓の外は暗い。
「大丈夫ですか? 疲れていませんか?」
朔耶が心配する。真美は、「が、がんばります‥‥」と俯いた。慣れない靴で練習していたため、ソックスの爪先部分に少し血が染みだしていた。
「あー、無理しちゃって‥‥ほむらちゃん、ちょっとスパルタ過ぎじゃない?」
凛子が駆け寄り、朔耶がソックスを脱がせて手当をする。他にもあちこちに靴擦れが出来ていた。
「ごめーん。Xデーはもうすぐだし、それに俺、プロの業を見て育ったから、ついつい手厳しくなっちゃったみたいだ」
ほむらが申し訳なさそうに頬を掻いた。
とりあえず所作の練習は少し休み、日を改めて、ニコラのファッション誌やクローゼットを見ながら、真美に似合う服を考えようという流れになった。
先輩の趣味は、胸が大きく、それでいて楚々とした雰囲気の女性で、スカート丈は長めが好き、ということは分かっている。‥‥難しい注文だ。
「マミは今までお洒落しなかった感じだから、まずはどんなのが良いかなーっ。この雑誌とか見てみてー。あと僕の服、女物とかも沢山あるから、色々試しながら自分の好きな服を見つけて欲しいな」
ニコラが時折たどたどしくなる日本語で一生懸命考えた。
「縦ラインは背が高く見える、けど、柄まで伸びると変になっちゃうから、マフラーで縦のラインを入れるのが良いかな。脚は黒タイツとかで暗めに纏めると細くて長く見えるし、ヒールで身長高く見せるのは僕もよくやる! でも、マミはヒール苦手なんだっけ‥‥。丈は脹脛が細くなり始めたところぐらいにすると細く見えると思うよ。どうかな、マミ?」
「俺の意見としては、ゆったり七分袖とか、肩の出る四角襟がいいと思います。冬のお洒落は寒さとの戦いだから、インナーに貼るカイロとか使うのも手ですよ」
ほむらが真美の体型に似合う服装を考える。
Xデーは、着実に近づいていた。
●当日
男子寮入り口付近の植え込みにて。
スグリは、春らしい淡い若草色を基調にした服を選んだ真美に、手を差し出した。
「怖いかもしれないけど、大切な場所まであと少し‥‥勇気を出して一歩、一歩だけ踏み出してみるべきだよ。そこはきっと素晴らしい場所だからさ」
「はい‥‥」
真美の足が震えている。ほむらが服に合わせて、小顔に見えるヘアメイクと顔のメイクを済ませていた。眼鏡は敢えて外し、使い捨てコンタクトをつけて、目をパッチリ、唇は健康的にふっくらと艶を出してある。髪も視線を後ろに持っていくようにして、トップとサイドのバランスが菱形になる様にカットした。めりはりのある体型を引き立て、全体をすらりと見せるニコラのコーディネートに、清の勧めでベージュの帽子を合わせたのは、UV対策だそうだ。
「お、可愛いじゃん!」
レインが心から褒めると、真美は恥ずかしそうに俯いた。凛子も声援を送った。
「可愛いよ! 自信をもって!」
「綺麗の秘訣は、自信を持って自分を好きになる事だからね!」
ほむらも鏡を見せて、励ます。
「頑張りましたね。あと少しですよ」
ずっと練習に付き添い、励まし、応援してくれた朔耶が、自分のことのように喜んでくれる。親友のさなえも来ていて、真美の変身ぶりに驚いていた。
ケーキを入れたプレゼントボックスが真美の手の中で震えている。
先輩の帰宅時間まで、あと数分‥‥
見えた。
真美は、朔耶とさなえに背中をぽんと押され、植え込みから走り出した。
驚いた様子の先輩に、震える手で、練習した通りに、箱を差し出す。
「受け取って下さい、先輩!」
真っ赤になってそれだけ言うと、真美はぎゅっと目を瞑った。
「あ‥‥ありがとう‥‥」
手が軽くなる。真美が目を開けると、先輩が箱を大事そうに受け取ってくれていた。
(皆さん‥‥有難うございます!)
視界が涙でかすんだ。