●
商店街は、日が翳っても尚、煌々と明かりを灯していた。
道の左右に、「ハッピーハロウィーン」と描かれ、ジャック・オ・ランタンの絵柄がプリントされた提灯が、ぶら下げられていた。
オレンジ色の提灯の光は、道なりに、どこまでも続いているように感じられる。
正確には、商店街から第2体育館までの道をずっと、照らしている。
空から見たらきっと綺麗だろうと思われた。
「さて、せんせーの率いる隊は和風ハロウィンなのですー、和風の仮装で、お菓子をいっぱい集めちゃうのですー!」
マリカせんせー(jz0034)がえいえいおーと気合を入れる。
せんせーは、髪を下ろし、三角に折った白い布を頭に巻いて、ずるずると引きずる長い着物を着ていた。
多分、柳の下に現れるお化けのつもりなのだろう。
「トリックオアトリート、ですー。トリックオアトリート!」
「「トリックオアトリート!!」」
まずは、だいじなだいじな、合言葉を全員で復唱する。
「これを忘れちゃうと、お菓子をもらえないのですー。注意してくださいですよー」
せんせーは、念を押すように、繰り返した。
●
和風ハロウィンと聞いて集まってきた面々には、本物の妖怪(?)達もたくさん混じっていた。
「仮装ねぇ、何着よ‥‥って篝ちゃん、なんで脱がすのー‥‥きゃー(赤面)」
楼蜃 竜気(
jb9312)は、末摘 篝(
jb9951)にずずいと迫られていた。
「かそう、かそうなの! 蜃ちゃん、ぬいでなの!」
黒地に青柄の一張羅を引っペがされ、篝の十二単を渡される。
「えへへ、ちょっとダボダボだけど♪ かがり、蜃ちゃんのかそうなの♪」
「よう考えたな。妖怪同士で服を取り替えっこすれば、立派な仮装になるってわけやね」
「わーい、とりちゃんにほめられたの!」
鵺の衣装に身を包んだ霹靂 統理(
jb8791)が、篝の頭を撫でる。黄色と赤と青の混ざった、鮮やかな鵺の衣装は、秋の夕暮れの中でも一際映えていた。
竜気は仕方なく十二単に袖を通した。ずしりと重さが伝わって来る。
「こうなったら、男の色気ムンムンに着こなしちゃうわよ」
宣言通りに、男らしく、それでいてなかなか色っぽく着こなせているのが、凄いところである。
「蜃ちゃん、かたぐるまー!」
篝が竜気にしがみついてくる。よいしょ、と素直に肩車をして、さて、パレエドの始まりである。
●
(以前は日本では、ハロウィンってあまり馴染んでないって聞いたんですけど、そうでもないんですね。日本のお化けって新鮮です、楽しみです!)
シャロン・エンフィールド(
jb9057)は、妖怪図鑑をめくっていた。
「んーっと、あ、これ、これが良いです!」
目を留めたのは、雪女。
イメージに合わないという意見が周囲から出たが、シャロンは「着物も着られますしこれで行きます!」と、仮装に励んだ。
長い金髪を結い上げて白いウィッグで隠し、純白の着物を纏う。
結果、素晴らしく美しい、真っ白な雪女が出来上がった。
般若の面をかぶり、黒と紅の派手な和装を纏った織笠 環(
jb8768)は、朝霧 紅(
jb7720)に、般若の面を外してみせた。優しい笑みが現れる。
「うちの仮装は鬼の子でありんす。怖いでありんしょう?」
ころころと笑いながら、かぐや姫を模した十二単の紅の襟元をすっと直す。
「うむ、いつもの蝶の姉上とは、ちと違う気がするのぅ」
(面をつけていても、滲み出る優しい雰囲気は同じなのじゃが、不思議よのう)
紅は環の衣装に見とれた。流れるような2人の黒髪が、さらりと秋の夕風に揺れる。
「かぐや姫は月のお姫さんでありんす。お月さんやったら兎さんでありいせんか?」
仕上げに、と黒い兎耳を紅につけ、満足そうに微笑む環。
「む‥‥これはちと、子供っぽくはなかろうか‥‥?」
「あら、かいらしいこと。よう似合ぅてますえ」
白い手をぽんと合わせて、環はころころと優しく笑った。
●
角をあらわにし、平素の着物で参加した義覚(
jb9924)は、賑やかさに驚いていた。
「おやおや、賑やかだね。椿鬼も、これほどの人を見るのは珍しいだろう?」
同じく角をあらわにして、緋色の椿柄の着物を着た椿鬼(
jc0093)が、こくりと小さく頷く。
「とと様、はは様‥‥人、だらけ‥‥」
周囲を見回す視線は、表情には出ていないが、どことなく珍しそうな、楽しそうな感じがしている。
母である葵(
jc0003)は、黒の小紋を着用し、礼儀として胡蝶扇で顔半分を隠している。
「‥‥人が多いのう、されど‥‥賑やかとなるはそれもまた楽しい」
こんな時間に、明るく光を灯している商店街があっただろうか?
いや、いつもなら店じまいをしている時間帯だ。
これもハロウィンイベントの、「特別」のひとつ。
「とりっく‥‥おあ、とりーと‥‥?」
椿鬼が小声で言うと、商店街の人が「はい、どうぞ」とお菓子をくれる。
「ありがとうございます」
小さくお礼を言って、父母のもとへ。
両手には、個別包装の飴やラムネ、チョコ、クッキー、金平糖、変わり玉、グミなどがいっぱい。
大事に大事にしまって、両親と手を繋ぎ、家族3人、再び歩き始める。
●
「よっしゃ! 仲間のところにナンパ(?)しに逝くで!」
統理は行列を遡った。環と紅を見つけ出す。
「蝶の姐さん、紅の嬢ちゃん、今宵はまぁえろぅ綺麗やねんな」
しゃがんで紅に目線を合わせ、挨拶する統理であるが、紅は環の背に隠れてしまった。
「安心しなはれ。うちの‥‥せやねぇ、少しばかり賑やかな仲間でありんす」
「‥‥本当じゃろうの?」
若干人見知りをしながら、でも少し安心して、持参した金平糖と手作りの和菓子を配る紅。
「えぇこやなぁ」
統理が紅をなでなでしているのを見て、竜気が(俺も!)とアピールを開始した。
「ご機嫌麗しゅうお嬢様方、俺と遊ばn‥‥」
ゴキッ
肩車をされていた篝が、竜気の首を容易くキメた。
「蜃ちゃん、うわきなのー!」
「ご、誤解よぉ、そんなつもりは‥‥!」
「とりちゃんもー! とりちゃんがいっちばんこわいとおもってるひとに、いいつけちゃうんだから!!」
篝に脅されて、統理も大慌てである。
「ひゃあー、それだけはご勘弁やでーー!!」
●
ヘアカラーチョークで髪を真っ白に染め、雪女をイメージした着物を着た、緋流 美咲(
jb8394)は、袂に忍ばせた沢山の保冷剤と氷とドライアイス(漏れ出さないよう仕込みは完璧!)で、体温を徐々に失っていた。
最初は艶やかで健康的だった顔色がみるみる褪せ、唇も紫に、歯もガチガチと鳴り出していた。
寒さに凍え、ぶるぶる震えながら、耐えているため、美咲の形相はものすごいことになっていて、かなり怖い。
「おおおお菓子を、くれないと‥‥凍らせる‥‥からぁ‥‥!」
ど紫でシワの寄った指先を商店街の店員に差し出す。
店員達は、身を張った仮装に半ば恐怖し、半ば苦笑しつつ、お菓子を渡してくれた。
「大丈夫か?‥‥日本のハロウィンは変わっているな」
山伏装束+下駄+自前の翼に黒い羽毛をあしらう+角+金棒っぽくした杖で仮装した結果、鴉天狗なのか、鬼山伏なのかを見失っているファウスト(
jb8866)が、美咲を見て呟いた。
気をつけていないと、この下駄という履物は、簡単に脱げそうである。
しかも、足の指の間が擦れて痛い。
カラコロという軽快な音は、結構気に入ったのだが‥‥。
「はいぃ‥‥さ、寒さに耐えるのも‥‥快感‥‥なので‥‥はぅぅ‥‥♪」
凍えながら、うっとりと美咲は自分に酔った。
「もっと‥‥もっと、凍えたい‥‥ですぅ♪ あぁん♪」
雪女というより、妖怪どえむ女だった。
(日本にはこんな妖怪もいるのか)
来日後、初のハロウィンである為に、ファウストは完全に誤解してしまった。
紫苑(
jb8416)、キョウカ(
jb8351)、真珠・ホワイトオデット(
jb9318) と共にパレエドに参加する。
「SuBes oder Saures――ああいかん、ここでは英語で言うのだな」
ついファウストの口から、ドイツ語が出てしまう。
「おかし! なのーっ!」
月に住むと言われる兎をイメージして、うさ耳をつけた着物姿のキョウカが、ぴょんぴょん跳ねる。
「キョーカにおかし、くださいなっ、なの! といっくおあとりーと、なのっ!」
「はいどうぞ」
「あいがと、なの!」
背中に背負ったダンボール製の臼杵を揺らしながら、キョウカはお菓子を風呂敷バッグに仕舞った。
「キョウカ、手をはなしちゃだめですぜぃ」
オレンジ色の和風ドレスを纏った紫苑が、はぐれないように、キョウカの手を捕まえる。
もともと鬼のような外見のため、鬼の扮装がよく似合っている。
「Sueses sonst gibt es saueres! お菓子くれねえと悪いことしやすぜ」
紫苑も籠を抱えて周る。
日本のハロウィンイベントなので、ドイツ語ではなかなか伝わらず、時々だが、紫苑は商店街のおいちゃんおばちゃんに、膝かっくんを仕掛ける羽目になった。
それでも籠には、美味しそうな駄菓子が次々と放り込まれていく。
「きらきら、こんぺいとう、なっ! お菓子くれたからあげるんでさー!」
持参してきた金平糖を差し出し、紫苑は商店街の店員に、にいっと笑ってみせた。
化け猫遊女の真珠は、肩を大胆にはだけ、裾を引きずる花魁衣装に、自前の猫耳尻尾を活かしていた。
「きょーかちゃん、紫苑ちゃんも、みんなの衣装も、とても可愛くてかっこいいですにゃん!」
2人の子供と手をつないで、転びそうになりながらゆっくり歩く。
「お菓子をもらうですにゃん! くれないと、いたずらしちゃうですにゃん!」
しなしなと色っぽく歩くことに集中しすぎたのか。
子供たちと手をつないで歩く途中、長く引く裾に躓き、大胆に転ぶ真珠。
「にゃあ!? きょーかちゃん危ないにゃ!」
手を繋いでいたキョウカを慌てて胸へ引き寄せ、豊かなバストで圧迫してしまった。
首のいいところを押さえつけられて、かくんと意識が遠のくキョウカ。
「にゃあああっ、きょーかちゃん死んじゃヤダーー!!」
泣きながら、ぎゅーと強く真珠が抱きしめ、更にトドメが入ろうとした矢先。
「初対面だがここは突っ込ませてもらう。真珠が自分の胸で、キョウカを押しつぶしているんだろうが」
ファウストが思わず杖で、真珠を注意(物理)した。
●
「他の連中も行くみたいですし‥‥良かったら、どうですか」
八鳥 羽釦(
jb8767)に続き、錣羽 瑠雨(
jb9134)が言葉を重ねた。
「はろうぃん、というのは西洋の百鬼夜行ですのね。となれば、わたくしたち妖怪の領分ですの!」
徳重 八雲(
jb9580)は最初、断りかけたが、孫娘のきらきらした目を見て、渋々承諾した。
八雲と羽釦は、妖怪画の描かれた揃いの提灯を持ち、仮装らしい仮装はせずに、和装にした。
瑠雨は、「青鷺火」をイメージした、白から薄墨へグラデーションする着物を着て、トートバッグを肩に掛け、お菓子をがっつりもらう気満々である。
3人は仲良く手を繋いで、パレエドに参加した。瑠雨は2人と一緒に歩けてニコニコしている。
「知らない奴にはついて行くなよ」
「はいですの、分かってますわ。羽釦さま過保護ですのー」
トリックオアトリート、と言うたびに、商店街の店員が、瑠雨のトートバッグにお菓子を入れてくれる。
「おまいさんも貰ってくりゃどうだい」
「やめてくださいよ、ガキじゃあるまいし」
からかい気味の八雲の言葉に、嫌そうな顔で首を振る羽釦。
「いただきましたお菓子は、お留守番組とわけっこしますのよ♪」
瑠雨、にこにこである。
「そうか、留守番組のために、俺もなんか土産を買って帰るかな」
商店街があいているということは、買い物もできるわけで。
羽釦は、手近な店を覗き、美味しそうな菓子折りセットを購入した。
「最後までいい子にしていたら、金平糖をあげようね」
八雲は袂に忍ばせていた小袋入りの金平糖を、瑠雨に見せる。
俄然、瑠雨のお行儀がよくなった。
(八雲おじーちゃまの金平糖は美味しいですし、嬉しいですので、貰えたら独り占めしちゃいますの!)
●
「豆腐小僧」の格好をした、ベアトリーチェ・ヴォルピ(
jb9382)は、竹の笠に和服、丸盆にお豆腐を乗せて、パレエドに混じっていた。
「Dolcetto o Scherzetto?」
ついイタリア語が口をついて出てしまうが、キョトンとした店員をみて、慌てて「‥‥お菓子か、イタズラ‥‥」と付け加える。
肩からかけたトートバッグに、商店街の人がお菓子をいれてくれる。
「有難う‥‥」
和洋中さまざまなお菓子(個別包装)がバッグに溜まっていく。
(‥‥お菓子がいっぱい貰えて嬉しい‥‥ジャスティス‥‥)
(どうしても、自分でお菓子を買う時は、チョコとかクッキーとか、馴染んだ物を買ってしまうので、こうして無作為にいただけると、日本のお菓子いっぱいで楽しいですね)
商店街を回って貰えるお菓子は、バラエティに富んでいて、普段シャロンが食べつけないような和菓子も混じっている。
変わり玉なんて初めて見た。和菓子の飴のひとつで、舐めていると色が次々に変わっていくらしい。
「ありがとうございます、今度来る時はお客さんとしてお邪魔させていただきます!」
丁寧にお礼を言い、次のお店へ向かうシャロンであった。
深森 木葉(
jb1711)は、座敷童子のコスプレをしていた。具体的には、赤を基調にした着物を着て、前で抱えるように手鞠を持ち歩いている。
「お菓子をくれないと、お家もお店も、つぶれちゃうよぉ?」
軽く小首を傾げ、無邪気に微笑みながら、あどけなく言う木葉。
「おやおや、それはおっかないねえ。はい、お菓子だよ」
商店街の店員さんが、笑顔で和菓子を渡してくれる。
それもその筈、木葉は、和菓子店を集中的にソウリングして回っていたのである。
首尾よくお菓子をもらい、木葉は笑顔でぺこりとお辞儀をした。
「えへへっ〜。ありがとなのぉ〜。姉さまぁ、姉さまぁ〜、お菓子、いただきましたぁ〜♪」
もらったお菓子を、姉さま、こと、「マリカちゃん先生」に見せに行く木葉。
そこには。
凍死寸前で、なのに恍惚の表情を浮かべた美咲が、倒れていた。
「死体が一体‥‥」
見下ろし、ベアトリーチェが呟いた。
足元の乱れた美咲の着物を、シャロンがそっと直してあげる。
「だ、だ、大丈夫ですー? どう見ても、大丈夫に見えないんですけどー??」
マリカせんせーはオロオロして、美咲の袂から、保冷剤その他一式をぽいぽいと取り出した。
一生懸命、美咲の冷え切った手足をさする。
「人をあたためるのは、人のぬくもりと聞いたことがありますぅ」
木葉が、近くのお店に交渉して、部屋を借りられるようにした。
「あたしが、緋流ちゃんを、あっためてあげるですぅ」
「私も2人についていますね。先生はパレードの先導がありますし、ここは私達に任せて、安心して行ってください」
シャロンがその場を引き受ける。
「じゃ、じゃあ、お任せするのですー。有難うですー。感謝するのですー。何かありましたら、すぐに携帯に連絡くださいですよー」
マリカせんせーはベアトリーチェの背をそっと押して、パレエドに戻っていった。
「ベアトリーチェさんは、お菓子たくさん貰えてますー?」
パレエドの先頭に戻ると、無口で物静かなベアトリーチェを、気にかけるせんせー。
「‥‥これくらい‥‥もらった‥‥」
トートバッグをあけて、戦利品を見せるベアトリーチェ。
バッグの半分に満たないまでも、そこそこの量を貰えている。
「じゃあ、お盆のお豆腐を落とさないように気をつけて、せんせーと一緒にソウリングしましょうですー。トリックオアトリートです〜」
元気よく商店街の人に声をかけるせんせー。
一生懸命、しかし棒読みのように、か細く続くベアトリーチェ。
「Dolcetto o‥‥トリックオア‥‥トリート‥‥」
「? 今のはラテン語か何かですー?」
「イタリア語‥‥」
なるほど、学園には色々な国籍の学生がいますもんねー、とマリカせんせーは納得した。
ベアトリーチェはせんせーにぴたりとくっついて、その後も一緒にソウリングでお菓子を手に入れた。
そして、しばらく経った頃、せんせーの携帯に、シャロンから連絡が入った。
何だか若干、木葉と美咲が百合百合しい展開になったとか、そんな報告だった。
「どうしましょう、せんせー!?」
「え、えーと‥‥ほ、本人同士がいいなら、いいんじゃないでしょうか‥‥?」
割と何にでもアバウトな女教師は、こういう時はあんまり頼りにならなかった。
●
商店街のパレエドは続く。
「とりっくおあとりーと、なのじゃよ?」
紅がソウリングをしている間、環はふらふら〜と、人波の中で迷子になりかけていた。
「‥‥っと、蝶の姉上からは、一時も目が離せぬの‥‥」
お菓子をいただいてお礼を言い、紅は微笑んで環の手を引き、行列に戻す。
「何や昔を思い出しんす」
まだ小さかった頃の紅が、迷い子になりかけた自分を助けてくれた事を、懐かしそうに口にする環。
「引いてくれはる手ぇは、少し大きいなりんしたが、あたたかいのは何も変わりせんねぇ」
そんなこともあったのぅ、と、ころころ笑う紅。
「うむうむ‥‥あの時の縁に感謝じゃな?」
九十九折 七夜(
jb8703)は、巫女装束に、狐耳としっぽをつけて、手首や足首に鈴つきのリボンを巻いていた。
「わあ、妖怪さんいっぱいなのですー!」
はしゃいで動くたびに、しゃんしゃんと七夜の鈴が鳴る。
鳥居ヶ島 壇十郎(
jb8830)は、そんな七夜を見て、柔らかな微笑を浮かべていた。
パレエドは続いている。
「ほほー、まるで魔界の様相じゃな! 儂も娘っ子らのために一肌脱いでやるとするかのう、ちぃと腰は痛みそうではあるが‥‥」
七夜が自分の姿の真似をしているのを見て、さも、親子だと言わんばかりに寄り添う壇十郎。
壇十郎は、ピンと尖った狐のような耳を動かし、犬のようにフサフサとした狸のような縞模様のある尻尾を、ゆったりと左右に揺らす。
「おや、こんなところで紫苑とも会えるとはのう。儂の餡まんを召し上がるかの、お嬢ちゃん?」
「ふお! あんまんいただくのぜぃ、こっくりのおじちゃありがとー!」
紫苑をエスコートするように餡まんを渡した壇十郎に、もふもふーと抱きつく紫苑、そして七夜。
「‥‥はっ! そうでしたのです‥‥お菓子を沢山もらって、旅館の皆へお土産にするのでした‥‥!」
我に返る七夜。「俺はもう結構集めたぜ」と、紫苑が戦利品(お菓子の山)を見せびらかす。
「七夜も紫苑さんに負けずに頑張るのです! えっと、と‥‥とりっく・おあ・とりーとめんと!」
一瞬、冷たい風が吹いた気がした。
「‥‥ち、違いますですかっ!? 間違えましたです、わぁぁぁん」
蹲って恥ずか死状態になった七夜を、もふっと抱きしめ、よしよしする壇十郎であった。
●
(やー、あの頃の格好をする日が来るとは思いませんでしたねぇ)
鴉天狗の姿の宵真(
jb8674)は、若い頃自分が着ていた袴姿で、のんびりとパレエドを楽しんでいた。
深緑の袴と袖の長い半着を白い帯で締め、左側は白い襦袢をあらわにした半脱ぎ状態で、頭に鴉天狗の面をつけている。
大きく美しい漆黒の鴉の翼も可視化してあり、腕は鳥のごとく固い皮膚に覆われ。手の部分は鋭い鉤爪になっている。
ばさりと長く黒い髪が秋風になびく。
(祭事、大いに結構結構。毎晩こう賑やかだと、楽しいでしょうねぇ)
お祭り好きな宵真は、旅館では毎日宴会を催し、戦では敵を客に見立て宴を開くほどである。
今回のパレエドも、最近広まった日本の風習として、素直に受け入れていた。
「ちぇー、ぎーやんとこは仲睦まじすぎや、冷やかし甲斐があらへんわ」
義覚一家にナンパという名目の挨拶をしてきた統理が、宵真のもとに現れた。
「おや、トーリ君はあの時の鵺の格好ですか。大分若々しくなりますねぇ。まだ似合うのが羨ましいですよ。しかし‥‥それだと鵺というより虎に見えますねぇ」
からからと笑い声を立てる宵真。
「けっ、この若作りめっ」
虎のような足で統理が軽く蹴飛ばそうとするのを、こちらもひょいと軽く宵真は躱す。
「あ! 長さまなのー♪ こんばんはー!」
竜気の肩車から降りて歩いていた篝が、丁寧に挨拶をした。
●
一方、壇十郎は、頭上に広がる星々を眺めていた。
「この時期の夜天は身体が冷えおるからな、して後は‥‥」
少し考え込むと、本来の姿に近い、身体に赤い隈取りのある三尾の巨大な白い獣の姿に化けた。
子供たちを乗せて、目には見えない翼で、星いっぱいの夜空に飛び上がり、ハロウィンパレエドを見下ろしながら空中散歩をして楽しませる。
「人間達はこういうのを何とかバスと言うそうじゃのー」
「あ、こっくりのおじちゃの、いぬバスですねぃ! 乗せてくれるんでさ!? ふおおおお!」
紫苑がもふもふと抱きついた。
「七夜も、壇十郎おじいさまをいっぱい、もふもふするのです」
負けじと七夜も抱きつく。
「壇十郎おじいさま、おかげさまでお菓子いっぱいもらったのです、嬉しいです♪ おひとつどうぞなのです!」
手を伸ばし、あーんするように差し出す七夜。
「あー! カラスのおじちゃこんばんはー!」
紫苑は空中から宵真の姿を見つけ、手を振った。
「さぎのおねえちゃんも見つけたのぜ、こんばんはー!」
パレエドに参加している瑠雨の姿にも気づき、手を振る紫苑。
「おや皆さんお揃いで。では折角ですし、ご一緒にどうです? 空中パレエドなど」
宵真は可視化しておいた翼を広げ、ゆっくりと空へ舞い上がった。
●
義覚も、椿鬼を腕に抱き抱え、<華踏>で空を歩いていた。葵が寄り添って飛んでいる。
「椿鬼、父に確りとしがみついておくとよいぞ?」
葵の言葉にこくりと頷き、椿鬼は父親にしがみついた。
「うん‥‥はは様、お空も‥‥綺麗、だね」
「どうだい? 皆、楽しそうだと思わないかい?」
「そうさのう、いずれ‥‥戦わぬ平穏が来ると夢見るは、無駄とは思いたくはない」
夫婦2人の足元から、草のような形の燐光が夜空に舞う。
一家は、のんびりと足元に広がるパレエドを眺め、楽しんでいた。
「楽しそう‥‥楽しいの、見るの‥‥好き。家族一緒なら‥‥ずっと楽しい、ね‥‥」
椿鬼は小さく笑った。
「葵の君、疲れてしまったのなら、遠慮なく言っておくれね?」
妻を案じる義覚。
統理があてられるのも納得の家族愛である。
そこへ、すうっと、いぬバスと宵真が飛んでくる。
「皆も来ておったのか」
「子供達、甘味はもう十分貰ったかい?」
葵が声をかけ、義覚も続いた。壇十郎たちも、宵真も軽く挨拶を交わす。
椿鬼は父にしっかりとしがみつきながら、おずおずと旅館のメンバーに挨拶をした。
「賑やかでこのような催しもまた楽し、そなたも‥‥楽しんでおるか?」
葵が宵真に尋ねる。
「そうですねぇ、祭りは大好物なんで、楽しませてもらってますよ」
宵真が翼を羽ばたかせながら、地上を見下ろす。
「‥‥こうやって交じっていると‥‥人も天魔も、変わりがないね。俺は、愛し君達が楽しんでくれているなら、それで満足だよ」
穏やかな声で義覚も言うと、暗い地上を見つめた。
ハロウィンパレエドは、空から見ても幻想的だった。
闇に覆われた街の風景に、オレンジ色のクレヨンでぐいぐいと線を引いたように、商店街から第2体育館までの道のりが、光の線となって輝いていた。
●
(はぁー‥‥何百年経っても秋の夜は綺麗だなぁ)
竜気は、1人でぼーっと景色を眺めていた。
見上げれば、見事な星空。幾人かの妖怪たちが空中散歩を楽しんでいるのも見える。
視線を下ろせば、そこかしこにススキが穂を揺らしている。
秋風が、ひんやりと彼の髪を撫でる。
唇には紅。目元には朱。真っ白な女物の着物を身に纏い、光纏。足元からごぽごぽと沸騰した血の池のようなものが広がった。
噎せ返るような鉄の匂いを彷彿とさせる、真っ赤な足跡を残し、ゆったりとした足取りでスルスルと竜気に迫る影が1人。
産砂 女々子(
ja3059)である。
「うわぁ!?」
「んふふ‥‥ごめんなさいねぇ。男前を見つけて、つい‥‥ねぇ?」
驚かしたことを悪びれる様子もなく、艶然と微笑む女々子。
「お世辞じゃなくて、すっげぇ綺麗でちょっと見惚れちゃうわ‥‥」
思わず見とれて、軽く照れながら褒めちぎる竜気。
「蛤ちゃんこそ、掛け値なしに男前じゃないのォ」
「男前って、ちょっとマジで惚れちゃうから勘弁っ」
竜気は更に照れて笑いながら、女々子を軽く小突く。
「あらァ‥‥これでもあたしを、美人と言ってくれるのかしらァ?」
おもむろに、片目を隠していた髪を持ち上げてみせる女々子。
隠されていた顔は焼け爛れていた。
澱んだ桃の瞳で見詰める女々子、驚いて「どうした?」と問う竜気。
「んふふ‥‥やァねぇ。化粧よ、お・化・粧」
「へぇ、化粧っつーのは、何でも出来るんだな」
しばらく感心した後、竜気は手を差し出した。
「ほら、手ぇ繋いで百鬼夜行と行きますか」
「まったく、蛤ちゃんも、ガキじゃあるまいし‥‥」
笑いつつも己の手を重ねる女々子。
「‥‥まぁ、偶にはいいでしょ。こういうのも、ね♪」
●
第2体育館に全員が戻ってきたのを確認し、マリカせんせーは気疲れにぐったりしていた。
美咲は順調に回復、怪我人なし、迷子も多少あったものの問題なし。
「今夜はがっつり食べちゃいますー!!」
せんせーは、フリードリンクなのをいいことに、集めてきたお菓子を次々と開封しては口に放り込んでいた。
ろくろ首の仮装をした文 銀海(
jb0005)と、白い着物、紙皿に切り込みを入れた物を頭部に装着し、目元を隠し、お菊さんに扮したうらは=ウィルダム(
jb4908)が、仲良く立食パーティにのぞむ。
「パレエドは楽しかったわね」
「うん。お菊さんなのに、お皿が多いと笑っているうらはは、流石だと思ったよ」
(あんまりお皿を積み上げているものだから、いつ落として怪我でもしないかと、少しヒヤヒヤしたけれどね)
雑談を楽しみながら、お菓子をいただいていく。
商店街で集めたお菓子の他、南瓜タルトとかぼちゃ味のチョコを食べ、目を丸くする銀海。
「あ、このお菓子、美味しいな。うらはも1つ、どうかな?」
「うん、美味しいわね。ほらほら銀海、あーんして」
「えっ‥‥恥ずかしいよ」
「誰か見てるかもって? 気にしちゃ駄目だよ男の子!」
はい、あーんと、一口サイズの南瓜タルトを食べさせるうらは。
チラチラと銀海の長いマフラーを見る。
「私が入ったら、その長い首にはマフラーが足りなくなっちゃうかな?」
「巻いてみる?‥‥や、やっぱりちょっと恥ずかしいけど‥‥うん、大丈夫」
二人で一つのマフラーを巻いて、ぼんやり他の人たちの仮装を眺めながら、食事を楽しむ恋人同士。
「あったかいわね」
「‥‥うん」
「覚えておきたいんだ、君のぬくもりを、君の熱を。今この瞬間を、夢と間違わないように」
「間違わないよ。この夜は本物だから」
銀海は照れながら、恋人の手をそっと握った。
普段あまりお喋りする時間が持てないので、こういう時くらい思いっきり甘えたい。
そう思っていたうらはの心が、じわりとあたたかくなった。
●
第2体育館の隅で、キョウカはひとりだけ、体育座りをしていた。
スケッチブックを抱えて、何かを一心不乱に描いている。
「何してるんですー? お菓子はもう、おなかいっぱいですー?」
マリカせんせーが気にして、覗きに行くと、キョウカは皆の妖怪姿やパレエドの様子などを一生懸命描いているところだった。
「キョーカ、おえかきして、みんなにあげるの!」
にこにこしながら、「これ、てんてーね」と、マリカせんせーらしき人物を描いた絵を金具から外して、プレゼントしてくれた。
「いまかいてるの、これがし−たで、ふぁうじーたで、ねこのねーたで、これがキョーカなの!」
紫苑、ファウスト、真珠と自分自身を描いた絵を見せてくれる。
まだまだ、完成にはほど遠いようだったが、のびやかな色使いで、楽しんで絵を描いているのが伝わって来る。
「すごいのですー、楽しんで描いているのが伝わって来るのですー」
せんせーは、キョウカをなでなでした。そして、お絵かきの邪魔にならないよう、そっと席を外す。
(ハロウィンパレエド、皆さんの良い思い出になっていたなら、いいのですー)
もう一度、マリカせんせーは、キョウカに描いてもらった絵を見返し、胸の奥が熱くなるのを感じていた。