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木嶋香里(
jb7748)が拠点として提供した和風サロン「椿」にて、連絡先交換と作戦会議が設けられていた。
「ばんちょーさんのしあわせちょっと迷子みたいなの、ゆきこも一緒に探すの!」
最年少の天童 幸子(
jb8948)が、一生懸命に提案した。
「ねえ、ばんちょーさんへの『ありがとう』をみんなで集めたらどうかな?」
ゆきこはね、学園の先生にあんけーとするの!
ばんちょーさんに、ありがとうって思っていることと、
もうちょっとこうしたらいいのにって思っていることを、
いんたびゅーしてめもするの!
わすれないように、ぼいすれこーだーも持っていきたいの!
「でね、ゆきこ、ぼいすれこーだーを、貸してほしいの!」
皆は顔を見合わせた。
コンビニで容易に手に入る商品ではない。
誰も手持ち品に持っていない。
斡旋所を通した依頼でもないため、借りられるあてもない。
「う‥‥ゆきこ、めも、とるの、がんばる‥‥」
ちょっと自信なさそうに、幸子はノートに顔をうずめた。
「で、元・現仲間に聞き込みに行くのは、誰ですかー?」
間下 慈(
jb2391)が点呼を取る。
シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)が手を挙げる。
「あれだけ有名な番長の仲間ともなれば、彼らがテリトリーにしている居場所も自然と割れるはず。見つけ出すのは簡単だと思いますわ」
「素早く解決して行きましょう♪」
香里も挙手した。
「彼の同級生達から、最近の行動・挙動などを聞き込みをして回ろうと思っています♪」
「轟が大学1年生なら、昔つるんでただろう不良の後輩組はまだ高等部のはずだ。そいつらに、轟や番長について、色々聞いてみるつもりだ」
嶺 光太郎(
jb8405)も頷いた。
「ついでに、連中から轟に伝えたいこととかあれば承っとくか。まあ、一言くらいはあるだろう」
慈は少し考え、「じゃあ天童さんだけ、先生にあたるんですねー」と確認をとり、自らの考えを提案した。
「僕の案は、『久遠ヶ原の番長を追え!』って企画をでっちあげて、元・現仲間のひとに、取材に協力してもらう作戦ですー」
質問1
轟さんの武勇伝とかあれば教えて下さい
質問2
轟さんが自分の事を、人に相談したことってあります?
質問3
もし今、轟さんが貴方に『手を貸して欲しい』って頼んだら、手伝います?
最後に『他に轟さんの武勇伝とか知ってる人ご存知ですか?』
「最後の質問には、次のターゲットを知り、絞る狙いがありますー。これなら効率的に話を聞いて回れると思うんですよー」
「いいと思いますわ。わたくし達もご一緒して構いませんかしら?」
シェリアが腕組みをしてこくりと頷く。慈は微笑んで「まあ、回答の想像は大体ついているんですけどねー」と寝癖の多い黒髪を掻いた。
「天童の言っていた、ありがとう探し、あれもいいんじゃね? どうせインタビューの形をとるんだろ、設問に混ぜてやったらいいんじゃねーの?」
光太郎は面倒くさそうに呟いた。幸子が顔を輝かせる。
頭にフランスパンを装着し、リーゼントヘアを模しながら、芸人☆歌音 テンペスト(
jb5186)はくるりと皆を見回した。
「てことは、あたしだけ別行動ね。あたしは立ち飲み屋に行ってるぴょん。芸人と番長‥‥どうやら相通じるものがありそうね」
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不良学生への聞き込み結果は、慈の予想通りに終わった。
設問1:語り尽くせないほど、色々、逸話がどっさり。
設問2:相談されたことは一切ない。
設問3:手伝えることなら勿論。
設問4(ありがとう探し):無いこともない。
次の人へ、次の人へとインタビューを進めていくが、概ね得られる答えは変わらない。
(ずっと一人で頑張っている人で、悩みは『孤高』であることでしょうかー。そういや、チラシを配るときも一人でしたねー)
慈は心中で呟いた。
「ところで貴方達、今回は、インタビュー企画のために立ち寄ったから、特別に見逃しますけれども、未成年のお酒とタバコは犯罪ですから、次に見かけたら容赦致しませんことよ? というか、そんなにお酒が飲みたいなら、フランスにいらっしゃいな。軽いものなら16歳から飲酒可能ですわよ?」
シェリアがさりげなく勧誘を混ぜつつ、不良学生を諌める。
「ケータイくらい持てよ、か。承った」
光太郎は元・現仲間からの伝言を心に刻む。
「学校に来いよ? それもか。了解だ」
どうやら、ここ2年ほど、学園の授業に出てもいないらしいのだ。
「せんせーはね、轟さんはすごくいい生徒さんだと思うのですー」
マリカせんせー(jz0034)の言葉を、一生懸命にノートに書き留める幸子。
「ただ、真っ直ぐすぎて、大人としては危なっかしく感じますー。悪い人に騙されたりしないか不安ですー」
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「マスター、青汁とケンピ」
フランスパンリーゼントの歌音が、立ち飲み屋の端を占拠する。
「すまねぇ、青汁は置いてねえや」
「じゃあ、爆裂元気エリュシオンZでいいわ」
歌音が、ゆっくりと栄養補給飲料を飲んでいると、やがて轟闘吾(jz0016)が体を屈めて入ってきた。
「‥‥おう」
いつものように赤い牛健康飲料を注文する闘吾。
その横に移動する歌音。
「ねぇ、あなたは見たところプロの番長みたいね。ちょっと、しがない芸人の愚痴でも聴いて頂戴」
健康飲料とケンピで絡み出す歌音。無言で赤い牛缶を傾ける闘吾。
何かを貫くって難しいわね
貫き続けると先鋭化して、思わぬ角が立っちゃう
あたしは、芸で皆を笑わそうと、芸をどんどん先鋭化させたの
ところが逆に角が立って、批判を受けたの
それがショックで、孤独で、芸を続けるべきか悩んだなあ‥‥
そんな時ね、自分が本当は何をしたいのか考えたの
冠番組? MVP? 芸を極める?‥‥
考えて考えて、考えついたの。あたしは皆を笑顔にしたいんだ、って
勘違いしてたんだよね、芸は皆を笑顔にするあくまで一つの手段に過ぎなくて、
一番の目的は、皆の笑顔だったってこと
そのためなら芸じゃなくても‥‥戦闘、言葉、料理‥‥何だって良かったのに
そう思うとね、今までと違う世界が見えてきたの
これまでとは違う芸への取り組み方ができるようになったの
いま番長道を貫いてるあなたの、本当にしたいことは何かしらね?
番長たること? 不正を正すこと? 多くの友達を持つこと? それとも‥‥
「自分って探すものじゃなく、創り上げ、築き上げていくものだと思うんだよね。だから、変わっていっていい。どんどん変わっていって構わないのよ」
「‥‥」
闘吾はジロリと歌音を見やり、フランスパンリーゼントに目を留め、だが、何も言わなかった。
本当にしたいことは、何なのか。
その問いに、闘吾は答えられなかったのだ。
体は勝手に大人になっていく。
周囲もどんどん、年を経ていく。
番長でありたいか?――それ以外の生き様を彼は知らない。
不正を正したいか?――不正を見逃せる性格ではない。
多くの友達‥‥考えたことがなかった。彼の周囲に居たものは、いつも彼が守るべき者たちで、率いて行動する者たちで、誰とも対等な関係を築いたことがなかった。
気が付けば番長だの、番長総代だのと持ち上げられ、神輿に乗せられていた感覚。
「そろそろ、しがない芸人はお暇するわね。まあ、ゆっくり考えるといいわ」
歌音は空になった瓶を置くと、立ち飲み屋を出て行った。
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『たはしじょう』
幸子の拙い文字で書かれた手紙が、立ち飲み屋に飛び込んできた。
闘吾が開いてみると、和風サロン「椿」の地図が挟まっていた。
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そろそろ日暮れも近いという頃合い、サロン「椿」へ行く道すがら。
「すいませーん、コンタクトを落としてしまって‥‥一緒に探してもらえませんかー?」
ボロボロで足まで届く黒いコートを羽織った慈が、地面に屈んだ状態で、闘吾に声をかけた。
「‥‥んだとぉ?」
ギロリと迫力のある目つきで慈を睨む闘吾。
「動くんじゃねぇぞ!」
どすの効いた声でそう一喝し、闘吾は地面に這いつくばった。無骨な指で丁寧にアスファルトを探り、落ちているはずのコンタクトに集中する。
(怖そうに見えるところも、損しているんでしょうかねー。好い人じゃないですかー)
慈は自分も探しながら、背を向けている闘吾に声をかけた。
「探し物って一人じゃなかなか見つからないんですよねー。だからこう、誰かと一緒に探すと案外あっさり‥‥あ、あったー」
「ぬぉ?! 見つかったのか!!」
「ええ、有難うございますー」
良かったな、とズボンの埃をはらい、立ち上がる闘吾。
「実は最近、轟さんも何か探してたりしてますー? 自分の在り方? 戦う意味? 恋人?――最後のは冗談ですよー」
「‥‥」
「みんな、実は待ってるんです。貴方がさっきの僕のように「手伝ってくれ」って言うのを」
慈は、立ち飲み屋の常連たちが闘吾のことを気にしていたり、元・現仲間が闘吾からの連絡を待っていることを伝えた。
「実はですねー、貴方のご友人達に「轟さんが困っていたら、手伝ってくれるか」って聞いてきましたー。答えは全員、『手伝えることなら勿論』でしたよー。さて、闘吾さんは何を探してるか教えて下さいー。僕も、皆も、貴方を手伝いたいのですー」
「‥‥」
一緒にサロン「椿」へ向かいながら、2人の間に長い長い沈黙が流れた。
闘吾は黙っているのではなく、言葉に出来ずにずっと困惑していた。
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「ばんちょーさん、きたのきたのー、はたしあいなのー!」
「こんにちわ♪ お疲れの様なのでお寛ぎくださいね♪」
ぱたぱたと走り回る幸子、女将として丁寧に闘吾を迎える香里。
「はたしあいじゃなくて、話し合いでしょう?」
シェリアが幸子に突っ込む。
「‥‥」
闘吾は背を向けた。
「俺には、賑やかすぎる」
「えーまってー! ゆきこのおはなし、聞いて欲しいのー!」
がらがら、ピシャンと入口が閉ざされる。
去りゆく闘吾を追って、皆が続いた。
薄暗くなってきた宵の口。
近くの電柱に寄りかかって、一部始終を見、「やれやれ」と肩をすくめる光太郎。
(ゾロゾロ行って縮こまらせるのもあれだろう、っつったのによ)
光太郎自身、学園に来るまで、居場所も会話してくれる人もいなかった。
学園に来て初めて、そういうことを知った身としては、何となくだが、「あいつ、今、辛いんじゃね?」程度には、闘吾のことを考えていた。
「よぉ」
面倒そうに光太郎が声をかける。闘吾は立ち止まった。
「お前の仲間とかに言伝て頼まれたんだが、ケータイ買え、学園に来い、偶には連絡しろ、だとよ」
「‥‥そうか」
有難う、という代わりに、帽子のつばに手を触れる闘吾。
「あのな」
向けられた分厚い背に、続けて声をかける光太郎。
「‥‥番長ってのは、周囲の連中を守ったりなんだりするんだよな。なら、そうしてりゃいいじゃねえか。こんだけ広い学園で、弱い者いじめがないわけがない。不正で泣く奴がいないわけない。そういう奴らを、今までどおり、番長として助けてやればいいじゃん。小等部から大学部まで、守る対象は事欠かねえよ。そんな姿を見てれば、自然についてくる奴も何人かいるんじゃねえの?」
闘吾はまさに今まで、そうしてきた。
「わたくしは不良でも、ましてや、番長に憧れがあるわけではありませんから、正直「番長の在り方」が何かと聞かれても答えようがありませんわ。でも、精神的に孤独に追い込まれる辛さは経験として知っています」
追いついてきたシェリアが、息を切らせる。
(年齢や立場は違えど同じ学園生、筋を通すその愚直な心構えこそ、今まで彼を番長たらしめていたのではないかしら)
「闘吾さん、貴方は今まで通り、今までの貴方であるべきだと思います。強きを滅ぼし弱者を守る。信じたものに向ってひたすらに貫き進む番長は、後にも先にも闘吾さんただ一人ですわ。寡黙でクールというのも、渋くて素敵だと思いますし♪」
――今までの俺で、いいのか?
いや。違う。もうあんな、若さに任せてがむしゃらに突き進む真似は、出来ない。
「あのね、ばんちょーさんは、まっすぐすぎてあぶないかも、ってせんせーゆってたの」
幸子がぱたぱたと闘吾の足元に絡む。
「わるいひとに、だまされるかも、って。でも、みんな、ばんちょーさんに、ありがとうって思ってたの!」
日が暮れて、闘吾の顔は見えない。
「だから、ばんちょーさんは、もうちょっと自信を持っていいと思うの! 今までも、いっぱいいっぱい色んな人に、しあわせ届けてきたと思うの、だからこんなにみんなが「ありがとう」っていってくれてるの!」
幸子は、一生懸命、言葉を紡ぐ。
「ゲキタイシも座敷童子も、皆にしあわせ届けるのがおしごとなの。ばんちょーさんも今まで通り皆にしあわせ届けるなら、きっと一人じゃないの。まっすぐすぎ、とか、危ないとかは、少しずつなおしていけばいいの」
まずね、に〜ってしよ?
ゆきこのおすすめ!
笑顔は、みんなをしあわせにするの!
上手くできなくても恥ずかしくないのよ
ゆきこも一緒に頑張るから、練習しよ!
(あたしは皆を笑顔にしたいんだ)
歌音の言葉が、つと闘吾の脳裏を駆ける。
(俺は‥‥誰かを笑顔にしたいのか? 違う。不正に泣かされるやつを、見過ごせないだけだ。誰が笑おうが泣こうが、知ったことじゃねぇ)
そう、思ってはみるものの、『孤高』であるつらさは和らぐものでなく。
幸子に顔をいいように弄られながら、闘吾は自問自答していた。
(俺の望みは‥‥何だ?)
「私が撃退士として頑張る理由は、義母との想い出の中にあります。護るための力を、アウルを得た以上、自分に関わってくれた皆を守れるよう、撃退士になりたいと思いました」
香里が、自分自身が今頑張っている理由を話す。
その気持ちは、闘吾とてわからないでもない。
彼がまだアウルに目覚める前、天魔に襲われた一般人を守るために立ち向かったが、通常の攻撃が通じないため、当然窮地に陥った。その時に助けてくれた撃退士の導きで、学園へ入学したのだ。
そして、学園の不正やいじめと戦ってきた。
大学部であろうとも、今までどおりで良いと、数人は言う。
だが、闘吾にはそう思えない。
「まー、ヒマだとか、何かしたい時にでも、声かけろよ。そんとき俺もヒマなら付き合ってやるよ。住所と電話番号くらいなら教えてもいいぞ」
面倒そうに発された光太郎の言葉に、番長はまたふと帽子に触れた。
そうか!
俺は、俺を「対等」に扱ってくれる相手を、求めていたんだ。
「番長、番長」と持ち上げられるだけの人間関係に、辟易していたんだ。
シェリアから文房具を借り、街灯の明かりで光太郎は連絡先を書いた。
それを受け取り、番長は微かに口の端を歪ませた。
「ありがとよ」
「あっ、ばんちょーさん、笑ったの!」
幸子が両手を叩いた。