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マスター:神子月弓
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/09/18


みんなの思い出



オープニング




 2014年9月9日、満月。
 この日、今年最後のスーパームーンが見られるという。

 スーパームーンとは、楕円を描く月の公転軌道上で、最も地球に接近した満月(または新月)のことを言う。

 見どころは、月が地平線から顔を出すくらいの時点らしい。
 通常の月と比べて、大きさの違いがはっきりとわかると言われている。

 しかも、中秋の名月と重なる、というわけで。





「お月見パーティをいたしたいですの〜」

 天文ショーがそれなりに大好きな、アリス・シキ(jz0058)は、7月のスーパームーンを、天候の崩れによって見そびれていた。
 それゆえに、今回こそは、と、ぐっと期待が高まる。

「10月8日には、皆既月食もございますのよ♪ 天文ショー続々ですの!」


(パーティだの、ショーだの‥‥女子供は何故、浮かれ騒ぐのが好きなんだ?)
 居合わせた轟闘吾(jz0016)が、ぼんやりと夜空を眺める。 

 その服の袖を引っ張り、アリスは微笑んだ。
「皆さんで、お月見パーティをなさいませんか? 轟さんも、是非ぜひですの!」

「‥‥」






 チラシの束を手に、闘吾は自問自答していた。
 何故、自分は、NOと言わなかったのか。
 気がついたらシキに、お月見パーティの警備を任されていた。

「‥‥」

 綺麗な月は嫌いじゃない。だが、何故だ。どうして頼まれると断れない。
 いや、断れないのではない。相手が屈強で無骨な男であれば。
 でもあの、シキやマリカ教師のような、人を信じきった澄んだ瞳には、どうしてか抗えない。

「‥‥読め」

 学園内で、お月見パーティのチラシを地道に配りながら、闘吾の自問自答は続いた。





 <スーパームーン観測パーティのご案内>

 日も短くなり、秋の気配も深まってまいりましたこの頃ですが、お元気でしょうか?

 さて、来る9月9日におきます天文ショー、スーパームーンの観測パーティを行いたいと思います。
 折しも中秋の名月、お月見団子にススキを飾って、来年の豊穣祈願も兼ねてしまいましょう♪

 名月を堪能いたしましたら、夜天のBBQを画策してございます。
 なお、食べ物を粗末にいたしますような、闇鍋の類は、ご遠慮いたしてございます。

 どうぞ皆様、お誘い合わせて、お越しくださいませ。





 さらさらと風がススキの海を波打たせていく。
 秋虫の声が遠く近くに、微かに聞こえてくる。
 あんなに照りつけていた太陽も、今では力を失い、夕方になると滑り落ちるように地平線の彼方に消えてしまう。

 浜の砂はひやりと冷たく、里山には熟した木の実がまばらに見え隠れしている。
 木々の葉も徐々に色を赤く染めつつある。

 移ろいゆく季節は、その足音を、しっかりと、大地に大気に刻んでいた。


リプレイ本文




 大きな栗の木の下に立ち、影野 恭弥(ja0018)は、枝に見え隠れするいが栗を見上げた。
「食材‥‥現地調達か。猪でも狩れば良い肉になりそうなんだが」
 BBQに牡丹鍋。悪くはないが、イマイチしっくり来ない。

 木を揺すり、落ちてきたいが栗を開くように踏みつけ、栗バサミで割れ目をこじ開けて、栗を取り出す。
 大ぶりでつやつやの栗。今年は実りも良さそうだ。


 佐藤 としお(ja2489)は、用意したお団子を所定の場所へ置き、BBQセットやダッチオーブンの準備に取り掛かっていた。
「力仕事とかは、特に、女の子達にやらせるのは申し訳ないからね」

 紳士である。

 明かりとなるランタンを吊るし、準備万端!
「よーし、美味しい山菜、沢山とってきますよ〜♪」
 としおは、山菜図鑑を見ながら、里山に分け行った。

 里山で見つけたものは、まず、あけび。すっと実にヒビが入っているものを選ぶ。
「ぱかって開いちゃったものには、虫が集っちゃう可能性もあるんだなあ」
 すっとナイフで実を割り、中のゼリー状の種のところをすくって食べてみる。
「おお、甘い!! 種が邪魔だけど美味いよこれ!」
 ‥‥ちなみに、皮は、顔をしかめるほど苦かった。

 甘く熟れたさるなし、そしてムカゴ。飾り用のススキ。
 勿論、秋の山といえば、きのこも外せない。

「このきのこ、芳しい香りが何とも言えないなあ」
 図鑑を確認せず、としおはきのこをひとつ、掘りとった。
「泥や汚れをよくとって、と。いただきまーす」


(そろそろ栗もいいだろう。これだけあれば十分だろうし)
 恭弥は、下山コースの脇道に差し掛かり、誰かが倒れているのに気がついた。
 くけ、くけ、けけけ、と、不気味な笑い声のようなものが聞こえてくる。

「おい」
 恭弥が声をかけてみると、笑いきのこにあたったとしおが、泡を吹きながら幸せそうに気を失っていた。


 一方、ブリギッタ・アルブランシェ(jb1393)とアレクシア(jb1635)は、無難にスーパーで買い物をしていた。
「肉も野菜も買って‥‥飲み物とか、紙コップや紙皿、鉄串、割り箸もバッチリだ」
 アレクシアがショッピングカートの中身を確認する。手には、調理班から渡された材料メモ。

「大体必要そうな物は買ったし‥‥後はBBQならやっぱりお酒よね?」
「おいリッタ‥‥目を離した隙に、またお酒を持ち込もうとしてるのか。ちゃんと飲酒可能年齢になったら、な」
 ブリギッタの入れた酒瓶を、ひょいと売り場に戻すアレクシア。
「むう、良いじゃない、固いこと‥‥あぁ、はいはい、分かったわよレア」
 
 可愛く肩をすくめ、ブリギッタはふと和菓子コーナーに目を留めた。
「あぁ、お団子も一緒に買っていきましょ」





「おおー! すごいですね! プロですね!」
 カシャ、カシャ。デジタル一眼レフで、桜ノ本 和葉(jb3792)が、水無月沙羅(ja0670)の手際の良い準備段階から撮影していく。
 
 沙羅は達人級の手さばきで火を起こし、手を洗うと、手早く丁寧にBBQの材料を下ごしらえしていく。

「この小鍋はなんですか?」
「バーニャカウダソースと、チーズフォンデュのソースですよ。焼き野菜の味付けに飽きたらこちらでいただくんです」
「おおー!」

 カシャ、カシャ。意外と食べ物を美味しそうに撮影するのは難しい。
 和葉は幾度となくシャッターを押し続けた。

「こちらはシュラスコ、串に刺した肉に岩塩を振って、炭火でじっくり焼きます。柔らかくて肉の味がしっかりしているピッカーニャ(ランプ肉の一部)を選び抜きました。そして、骨付き肉の醍醐味を味わう為、特製ダレに漬け込んだスペアリブがこちらです。こちらを、こんがり美味しく焼き上げます」

 沙羅の説明は続く。続けながらも、てきぱきと手を休めずに動かしているのが、プロの技というものか。

「ダッチオーブンでは、ローストチキンを焼き上げます。食後に、蓋でパンケーキを焼くつもりです。あと、マリカ先生の為に、飯ごうで栗ご飯を炊きまして、秋刀魚の塩焼きを七輪で焼きます。先生はBBQだけでは足りなさそうですから」


「ダッチオーブン、もう一つ余ってないか? 焼き栗を作りたい」
 恭弥が、としおをレジャーシートに寝かせ、収穫してきた栗を見せる。
「任せろ」
 女性浴衣におしゃれなケープを羽織り、髪はポニーテールにしてうなじを見せた料理人、鴉乃宮 歌音(ja0427)が栗を引き受ける。皮の底部に切り込みを入れ、ダッチオーブンを弱火にして加熱する。
 としおの収穫してきたムカゴは、歌音が炒って提供することとなった。

「大学生以上にしか提供しないが、酒もあるぞ。甘酒もな。未成年には緑茶が良いだろう」
 歌音はそう言って、酒のつまみとして、キノコのホイル焼き、焼きスルメ、ピーマン肉詰めを作っていく。

「こっちもすごいですね。美味しそうです」
 和葉が、ジュウジュウ焼けていく料理を、カメラにおさめていく。


 第一弾が焼けたところで、緑茶と酒が全員に行き渡る。

「あ、月が水平線から出てまいりますの!」
 アリス・シキ(jz0058)が、浜から沖を指さした。
 スーパームーンは、想像するほど大きくはない。だが、普段の月よりも一回り大きく観測できるのが、このタイミングである。

 天文ショーの決定的瞬間をカメラにおさめる和葉。
 皆、月に向かって杯を軽くあげ、「乾杯!」と叫んだ。


 唯・ケインズ(jc0360)が、ビオラを奏で始める。
 ゆるゆると昇っていく大きな月、反対の空に消えてゆく夕焼け。
 素晴らしくファンタジックな光景だ、と、誰もがビオラの音色に耳を傾けた。

 としおの活けたススキがさらさらと風になびいて、ビオラの調べに緩急をつけた。





 帝神 緋色(ja0640)を膝の上に抱き、お酌をされながら、成人したての桜井・L・瑞穂(ja0027)は既にお酒でほろ酔い状態になっていた。
「はぁ〜。最高の気分ですわぁ♪」

 橘 優希(jb0497)も酔いが回ったのか、赤ら顔で甘い声を出す。

「ふふふ‥‥緋色さんは本当に可愛いですねぇ‥‥僕にもこんな妹が居たらなぁ♪」
 なでこなでこと、緋色の頭を撫で回す優希。
 勿論、緋色が男性なのは百も承知だ。でも妹にしたい。そこは譲れない。

「おかわり、いかがですか?」
「わぁ、ありがとうございます♪ んっ、ごくごく‥‥はふぅ、おいしっ♪」
 服が乱れるのも構わず、だら〜んと緋色にもたれかかり、酒に溺れつつ、緋色を愛でる優希。

「こ〜ら〜。緋色はわたくしのものですのよ? んもぉ〜♪」
 瑞穂は緋色のことをギューっと抱きしめ、頬ずりで自分の恋人であることをアピールする。
「知ってますよぅ〜、奪りませんよぅ〜、でも可愛いのですぅ‥‥」

 2人にお酌を繰り返しながら、緋色は、実は冷静に2人の様子を観察していた。
(僕としては、こんな二人の様子を眺めるだけでも楽しいし、ね)





 田村 ケイ(ja0582)は、黙々と食事を楽しんでいた。
(美味しい! たまには何も考えず、食事を楽しみたいわね。でも健康も大事だから、肉1:野菜2の割合くらいで、食べられるだけ食べようかしらね)

 ガーデニングにはまり、自分で収穫した野菜も提供している。

「ちゃんと食べてる〜?」
 カメラをまわして忙しそうな和葉に声をかける。
「はいどうぞ。少しは休憩して、食べなさいな。美味しいわよ」
 よく焼けた焼き串を、数本、紙皿に取り分けて、和葉に差し出すケイ。

「お肉もお野菜も美味しいーらぶ〜!」
 幸せそうにかぶりつく和葉。
「あ! 玉ねぎさんは私がすべて滅ぼすくらいの勢いでいくからね。玉ねぎさんは至高です。異論は認めない!!」

「えっ」

 ちょうど玉ねぎを切っていたアリスが、ケイの高らかな宣言にびっくりして、手を止めた。
 ぴっと包丁が軽く擦れる。

「アリス様、大丈夫ですか?」
 沙羅が、アリスの白い指が、徐々に赤く染まっていくのに気づいた。

「え、あら、ごめんなさいね。私が変なことを言って、驚かせちゃったかしら」
 ケイも心配そうに、顔を覗き込む。
「でも玉ねぎは私のだからね。血がつかなくて良かったわ」

 ケイ、ぶれません。

「うわ!? だ、大丈夫かな? すぐに傷口洗って、今、絆創膏を出すからね」
 黄昏ひりょ(jb3452)が、自分用にと持っていた絆創膏を取り出した。
(あ‥‥人に触れられるの苦手だったっけ。慎重にしないとな)

「私が貼ろうか? そもそも驚かせちゃったの私だし」
「あ、お願いします」
 絆創膏をケイがひりょから受け取り、アリスの指に丁寧に巻いた。

「アリス様は休憩していてください」
「そうだよ、何か少し、ぼうっとしているみたいだし。ここは食べる側に回ろうよ」
 沙羅とひりょに背を押され、アリスはレジャーシートへと移ることになった。





「ごめんなさい。お料理のお話、まだ途中でしたのに‥‥」
 ひりょに謝るアリス。黄昏家の台所を担うひりょが、味付けについて色々と講義を受けていたところだったのだ。
「いいからいいから。料理の流れを頭に入れておくこと、分量は正確に、味は薄めにして個人の好みで調整できるように、それだけ聞けただけでも十分だからね」

 ひりょは励ますような笑顔を向け、しかし、少し考え事かな、と心配になった。
 聞き出す気はない。きっと必要があれば話してくれる。

(何かありゃ、かけつけるからね。大事な仲間なんだから)


 そこへ、ハル(jb9524)が紙皿を手に、ゆっくりと近づいてきた。
「‥‥あいて、る‥‥?」
「どうぞですよ」
 
 ひりょとアリスは頷いた。ハルはちょこんと座った。色素のないハルの髪が風に揺らめく。

「本当、に‥‥大きな、月。何だか‥‥吸い込まれそう。本当に吸い込まれたら‥‥どんな気分、なのかな」
 明るく輝く月を見ながら、ハルは月を指さした。
「ねぇ‥‥ひりょ、アリス。月の兎は‥‥1人でお餅をついてる、よ。寂しく、ないのかな‥‥? 皆が、こうして見てるから‥‥平気、なのかな?」

 淡々とハルは言葉を紡いだ。

「ハルは‥‥土牢の中、から、1人で見る月は‥‥寂しかった、よ。だから。今は、とても嬉しい。皆と、一緒‥‥だから。食べ物も、これも、あれも、みんな、美味しい‥‥ね。皆で食べる、からかな。ひりょも、アリスも‥‥こういうこと、沢山する、の? ハルはあんまり、しない。だから、貴重な‥‥体験」

「貴重じゃないですよ。ハルさんは、これから、もっといっぱいいっぱい、楽しいことができますよ」
 ひりょがやさしく話しかけた。
「俺にも、いつでも声をかけてくださいね。一緒に話したり、ゴハン食べたり、できますから」

「わたくしも、幽閉されて育ちましたから、ハルさんのお気持ち、少しわかりますわ。大丈夫ですの、この学園では、色々な楽しいことが出来ますわ」
 アリスも、せいいっぱい微笑んだ。


「アリス様は、お月様を一緒に見たい方とか、居られますの?」
 ビオラを奏で終え、食事に入った唯が、近づいてきて声をかけた。
 アリスの長いまっすぐな黒髪が目にとまる。唯の憧れの髪質だ。
「‥‥きっと、どこか遠く、同じ空の下で見ていてくださると、信じていますわ」

「そうですわね。父様や母様‥‥兄様も、同じお月様を見ているのでしょうか‥‥。見ていると良いですわね。それならば、今は遠く離れていても一緒な気が致しますもの」
 空はひとつ。どこまでもつながっているのですから。唯は、空を仰いだ。





 昨日からよく眠れず、早朝に起き出し、部屋のあちこちに衣装ケースを引っ張り出し、今日のコーディネートに精を出していたディアドラ(jb7283)だが、不意に、BBQであることを思い出した。

 これはいけません! 引火しないよう、簡素なドレスにいたしませんと!!

 内心ひゃっほう過ぎて、ちょっと朝からドジってしまったディアドラである。
 更に言うと、月見団子も製作失敗し、市販のものでごまかしている。

 ヘルマン・S・ウォルター(jb5517)が参加するBBQと知って、勇み飛び込んだのだが、
「ま、ま、まあ、偶然ですね、わたくしも行きますの、ご同行をお願いできますでしょうか?」
 と、上ずった声で誘ってみたところ、無事にエスコートしてもらうことになった次第だ。

 神様ありがとう!!
 そんな思いを抱えつつ、BBQ会場に来てみれば。

 レジャーシートの上にテーブルが置かれ、テーブルクロスも完備!
 ヘルマン特製のスコーンに自家製のジャムとクロテッドクリームでクリーム・ティーの準備も万端!

 ちょっぴり不思議な光景が広がっていた。

「おお、ディアドラ殿。良い夜でございますな」
 周囲の月見組をのんびりと見守りつつ、のほほんとお茶をいただくヘルマンである。
 ディアドラのために、BBQの焼き串も幾つか給仕する。

「お若い方は沢山食べられるほうがよろしいかと」
 ヘルマンの微笑に、(ふぉおお!!)と内心叫ぶディアドラ。
「あのっ、ヘルマン様は、ふくよかなほうがお好みで!?」
「いやいや、お若いうちにしっかりと召し上がって、体力をつけるがよろしいかと。老いては然程、量も必要ではございませんからな」

 美味しい紅茶とスコーンを堪能しつつ、ヘルマンとディアドラは、一緒の時を味わった。
「こういう時間も素敵ですわね」
「はい。時に追われ、急ぎ過ごし生きることは時間の浪費に等しく。たまにはゆるりと過ごすのが、命の洗濯というものでございましょうな」
 のんびりと月を見上げながら、ゆったりとした時間と、楽しげな人々の喧騒を楽しむヘルマン。

 唯のビオラが再び遠くから聞こえてくる。

「そう、最後に皆様で焼いていただくとのことで、お持ちしたのですが」
 ヘルマンは、うさぎ型の小さな月見団子を広げた。目鼻もつける拘り様で、可愛らしい。
「‥‥ヘルマン様のお団子‥‥可愛らしい、ですわ」
(あ‥‥れ、わたくし女子力負けて‥・る‥‥? こ、この雫は何かしら、目から出ているけれど、きっと心の汗よ、そうに違いないわ!)
 そっとハンカチを目元にあて、ディアドラは笑顔を作った。





 BBQをほどほどに楽しんだインレ(jb3056)とイーファ(jb8014)は、月見団子について盛り上がっていた。
「私も月見団子を買ってきましたが、是非インレ様に用意して頂いたお菓子を食べたいです」

 明るい月光が照らす中、イーファはそう切り出した。
 するとインレは、ごそごそと包みを取り出した。

「日本の、焼いて食べる月見団子ではなくての。昔、長い事大陸におってのう、その時取った杵柄だよ」

 月餅、であった。
 クルミ餡に、満月を表すアヒルの黄身の塩漬けを入れてある。
「前の、サンドイッチのお礼だよ。問題ない味になっておれば良いがの」

 イーファは、見慣れない菓子に表を見つめ、ひっくり返して裏を見つめ、そしてぱくりと口に運んだ。不安そうにインレが見つめている。 

「‥‥美味しいです! 甘い中にしょっぱさもあり、幾らでも食べられますね」
 なにより、インレがわざわざ手作りしてくれたお菓子である、嬉しさも相まって、幸せそうに頬を膨らませて、もぐもぐするイーファであった。
 ほっとインレの顔が緩む。

「インレ様はとてもお詳しく‥‥博識で素敵です。折角ですし、お月見のこと、教えて頂ければ」
「そうさの、お月見とは、旧暦8月15日に月を鑑賞する行事での。この日の月を、中秋の名月、十五夜、芋名月などと呼ぶのだよ。この日には、大陸では月餅をお供えするようでの」
 インレは静かに語った。
「大陸各地では、月見の日にサトイモを食べることから、もともとはサトイモの収穫祭であったという説が有力だとか。その後、宮廷行事としても行われるようになり、それが日本に伝わったのだな」

 目を細め、空を見上げる。インれはイーファに赤いマフラーをかけ、そっと飛び立った。

「──どこから見ても、月が綺麗だのう」
「そうですね、とても綺麗。手が届きそうです」

 嬉しそうにイーファは手を伸ばした。届きそうで、届かない、銀色のまあるい宝石。
(はしゃいでおって、まるで孫のようだの)
 インレはそっと、かつて、遥かな昔に、愛しい妻や子を抱いて空を飛び、月へと手を伸ばしたことを思い出した。
 あの時はあの時、今は今。重ねることなどしないし、その意味もないことは知っている。
 




 大丈夫、寒くないか、と気遣いながら、アレクシアはブリギッタと共にレジャーシートに座った。

「中秋の名月でスーパームーンか‥‥確かに綺麗だ」
「‥‥『月が綺麗ですね』、なーんてね」

 ブリギッタは冗談めかして、続けた。
(日本だと、好きな人にはこういうんでしょ? ま、レアが知ってるかは知らないけど)
 何の気なしに目を合わせ、ブリギッタの息が止まった。

「ああ、綺麗だ。でも、その月の光を浴びたリッタは、もっと綺麗だぜ」

(オレにとっての女神、なんてな。月と違って手を伸ばせば、触れられるし抱き締められる。なんて幸せなことだろうな)

 2人はまだ、恋人未満。
 自分の言葉に、どうしても、もじもじしてしまう。

「あ、お、お茶、飲もっか。少し冷えてきたものね」
 紙カップに同時に手を伸ばし、指先が触れ、さっと引っ込める。
 照れくさくて、恥ずかしくて、2人で微笑みあった。





(ほぅ、たしかに美しい月だな)
 アリーネ ジルベルト(jb8556)はレジャーシートを敷き、昇ってきた月に見入った。
 持参した団子を供え、BBQを食べ始める。
 沙羅がこんがりと焼いたスペアリブをかじり、焼き野菜をチーズフォンデュソースに絡め、歌音がしっかり焼いた魚介串に舌鼓を打つ。
(こうして食べると、肉や野菜もおいしく感じるな。なぜだろうな)

 見回すと、学園の生徒たちが楽しそうに月見と食事に精を出している。
 中には、テーブルまで立てている者もいる。

(ここに集まっているのは、ほぼみなアウル覚醒者、私と似たような境遇の者達か。天魔とのハーフもいるのだろうか‥‥)

「少し寒い‥‥ついこないだまで夏だったのにな」
 警備に赴く前に、腹ごしらえとして、切り分けたローストチキンを頬張っていた、雪之丞(jb9178)と目が合う。
「ん? どうかした?」
「いや‥‥気にしないでください。少し感傷に浸っていただけです」

 折角見つけたハーフ悪魔の仲間だったが、なかなか思うように、アリーネは距離を詰められない。
 自分と似たような境遇の友人を求めているはずなのに、自分の境遇を語る切欠がない。

「寒いようでしたら、お酒もありますよ」
「ありがとう」

 雪之丞は軽く1杯飲み干した。白い頬が少し赤くなる。

「見回りに行くぞ」
 バンカラ姿の巨漢が現れた。番長・轟闘吾(jz0016)である。

「お疲れさまです。貴殿もどうです? 少しはお月見を楽しまれては。お茶もありますよ」
 アリーネは、紙皿に幾つか料理を並べて、緑茶と一緒に、闘吾に差し出した。
「‥‥すまん」
 闘吾は言葉少なくそう言うと、あっという間に食事を平らげた。
 ぐしゃりと紙皿とコップを潰し、ゴミ袋にぽいと放り込む。

「行くか? 面白いものでもないが」
 ついてこい、と言わんばかりに、闘吾はアリーネに背を向けた。





「轟先輩。パーティ開催の一部始終、見てたんだよ♪」
 ウェル・ウィアードテイル(jb7094)が、ココアシガレットを咥えながら姿を現した。
「きっとさー、轟先輩が、力入り過ぎてるように見えて、みんな心配なんじゃないかな? だって、いっつもあんな、効果音とか聞こえそうな佇まいで『……読め』だもん。ウェルちゃんだったら心配だよ」

「‥‥」
 闘吾は押し黙る。学生帽のつばで表情は見えない。

「‥‥ま、気に障っちゃったらゴメンナサイだけど。ほら、力抜いてお団子食べようよ」
 ほらほら、とウェルはお団子を闘吾に差し出す。

 気に障ったわけでは、ない。
 しかしその、何だ、俺はそんなに力が入ってみえるのだろうか?
 いわゆるあれか、俺はコミュ障というやつに見えるのか?

「‥‥甘い」
「そりゃ、お団子だもんねえ?」
「いや」

 ウェルのお団子を食べ終え、串を咥えたまま、闘吾は呟いた。
「俺自身が、甘い」
 やはり某国山奥での修行を考えるべきであった、そう闘吾は確信した。


 闘吾につかず離れずついてきた、ポーシャ=スライリィ(jb9772)であったが、見回り開始後まもなく、同じように、丘に月見に出ていた一般人を発見した。

 学園関係者や島内で店を持つ人は島内で生活することができる。
 きっとこの月見客も、そんな一般人の一部なのだろう。
 月は誰にでも、平等に輝いているのだから、スーパームーンと聞いて見に来ていてもおかしくない。

 しかし、この一般人は、ちょっと問題を抱えているようだった。

「やめてください!」
 2人いる女子生徒が、3人のチンピラっぽい男に絡まれていたのだ。
「おい」
 ポーシャは男に声をかけ、自慢の胸をたゆんたゆんさせた。
「そんな貧乳よりポーシャと遊べ」
 そして、ニヤニヤついてきたチンピラを物陰に引き込む。
 すかさずヒリュウ召喚。

 と。
「一般人相手はやめておけ、殺しかねん」
 闘吾の手が、ポーシャの手首を掴んでいた。
「奴らへの説教は、こうするものだ」

 ごん。
 がん。
 ぐしゃあ。

 アウルなしの説教(物理)は、容赦がなかった。

「トーゴはやはり動きに隙が無かった。勉強になる」
 ポーシャは感動し、ちゃんと女子生徒に「貧乳といってすまない」と謝罪した。





「ここどこですぅ‥‥?」
 五十嵐 杏風(jb7136)は、鬼哭 胡兎(jb7242)の腕にしがみつくようにして、見回りに出ていた。
「風ちゃん大丈夫、会場のすぐ裏手よ〜」

 杏風が怖がるので、なるべく会場から離れないように、2人は警備を行っていた。

「あ、ポイ捨て犯人発見〜★ 駄目じゃない、ゴミ袋にちゃんと入ってないわよ〜?」
「ごめんなさぃ‥‥駄目なんですよォ‥‥ひぃっ、ごめんなさいぃ!! だって、き、規則なんですよォ!!」
 泣きそうになり、胡兎の腕にぎゅううとしがみつく杏風。
 ポイ捨て犯人をしっかりと、きつめに注意する胡兎。

 2人は会場周りを警備し終えると、少し離れた方向へ移動した。


「あれっ!?」
 気が付くと、しっかりと胡兎の腕にしがみついていたはずなのに、杏風はひとりで彷徨っていた。
「うあああーん、胡兎さんどこー!?」
 泣きながら胡兎を探し回る。

「どうしました?」
 アリーネが最初に、杏風を見つけた。
「ミーは、胡兎さんと、はぐれちゃったんですぅ‥‥」
 涙ながらに訴える杏風。

「ああ、ウサミミパーカーでミニスカートでブーツのひと‥‥」
 雪之丞が、誰かを探しているらしい影と、行き合っていた。
「最後にその子を見かけたところまで、連れて行ってあげようか、ねえ?」
 自身も孤独を嫌うウェルの、お人好しな面がちらりとほの見える。

 無事に胡兎と合流した、と思いきや。

「誰だか知らないけど、風ちゃんを泣かせたなー!!!」
 一番近くにいたポーシャに向かって、胡兎から怒りのハイキックが飛んできた。
 闘吾が胡兎の軸足を払って、「落ち着け」と諌める。

「迷子、確保した、それだけ‥‥」
 雪之丞が説明する。わーんと杏風は胡兎に抱きついた。





 唯のビオラが素敵な音色を奏でている。
 和葉のカメラが、あちこちの情景を切り取って、保存している。

 BBQも料理もほぼ終了し、皆、残り火で持ち寄ったお団子を焼いて食べ始めていた。
 ダッチオーブンからはパンケーキのいい香りもしている。

「撃退士やってると、何ていうか、普段は授業、非常時は天魔との戦闘だから、季節感を楽しむってことを満足に出来てないよね。今年の夏は、海で遊ぶなんてことも出来たけど、1日きりだったし、こう、何ていうかな、まるで大人みたいな生活サイクルだよ。ボク未だ成人してないんだから、休みたい時だってあるんだからね!」

 天羽 伊都(jb2199)は、はふはふに焼けたお団子を持って、マリカせんせーの横で主張していた。

「撃退士さんは大変なのですー、確かにそう言われてみると、季節感がなかなか無いかも知れないのですー。美術を楽しむ心を育むには、ちょっと危機的なおはなしかも知れないのです〜」

 もぐもぐもぐ。沙羅特製の栗ご飯と秋刀魚の塩焼きをいただき、シュラスコと焼き野菜とほか色々をも制覇し、勿論歌音の料理も全制覇して、満足そうにお団子を食べている、せんせー。

「あちあち、美味しいけど火傷に注意なのですー」

 そんなせんせーの横で、満足そうに緑茶を飲み干す伊都。
 綺麗な月、潮騒の音、ビオラの調べ、美味しいお団子、そして、食べて食べて食べまくっている美女‥‥美女?

 ほっくり焼けた栗とお団子を食べながら、レジャーシートで寝そべり、恭弥も伊都の言い分に頷いていた。
(戦士といえど、休息は必要だ)
 

 焼いたお団子は、歌音の用意した、タレやあん、きなこなどをつけていただく。
 としおがこっそりと、つけだれの中に、デスソースのカップをさりげなく混ぜていた。

 ケイは、昔ながらのお団子を焼き上げ、ほのかな粉の甘味だけでいただいている。
 和葉はというと、きなこも醤油ダレも美味しいーと喜んでいる。

(お供えするだけではないのか‥‥)
 アリーネも団子を焼いて、好きなタレをつけて食べている。
「焼いて食べるのもうまいな」
 ポーシャが話しかけ、アリーネも頷いた。

「おい、あまり羽目をはずしすぎるなよ」
 お団子を食べながら、お酒をたしなみつつ、警備班として、盛り上がるあちこちに注意を飛ばす雪之丞。
「は、は〜い」
 瑞穂たち3人が、慌てて着崩れた服を直していた。





 月の光だけでススキを撮り、月そのものを頑張って撮り、あとで絵を描けるように幾つか写真も撮り。
「えーと、集合写真撮りますよー! 並んで並んで〜!!」
 ライトをセットし、和葉が手を振った。

「!!!」
 焼き上げたお団子を、間違えて、自分の仕掛けたデスソースに浸してしまったとしおが、慌てて口を押さえて緑茶を飲みに行く。
 その間に皆が集まり、どんどん並んでいき、和葉が「せーのー、行きますよー!」と手を振った。

「うわあー、ま、待ってー!!」
 としおは集合写真に滑り込み、なんとか闘吾の横に並んだ。良い笑顔でピースを決める。

「あれっ?」
 としおの笑顔が、画面外に半分、見切れていた。

「わわわ、も、もう一度撮りますね〜」
 何度も和葉は撮り直し、何度か目に、やっと満足いく写真ができた。





 ダッチオーブンとBBQセットを綺麗にこそげて、手入れをして、皆でごみを片付ける。
 終わってしまうと、あっという間の、月見BBQだった。

「いい写真撮れた?」
 ケイが和葉のデジカメを覗き込んだ。

「はい! 編集して、後日、皆さんにメールするつもりなんですよ〜」
 和葉はふと、闘吾を見上げた。
「そういえばあの、轟さんのメールアドレスを聞いても‥‥?」

「‥‥」
 闘吾は目を閉じた。
「‥‥ない」

 そして、バンカラ上着のポケットに手をつっこむ。
 そこにあったのは――

 ――数枚の、テレホンカード、だった。

「も、もしかして‥‥ガラケーすら、持ってない系?」
 ウェルが思わず口を覆う。
「それで、毎回チラシを使って、『‥‥読め』ってやってるワケ??」

 闘吾は帽子のつばを下ろした。イエス、という意味に見えた。

「轟さんは、指がごついので、小さなボタンだと、押し間違えちゃうんだそーですよー?」
 マリカせんせーが補足に回った。
「なので、特注の、ボタンのおっきいケータイじゃないと、難しいんだそーですー。でもそういうのは、なかなかお高いですからねー」

「‥‥世情に流されるのも好かん。ハイテクに頼るなど、軟派のすることだ」
 ばばーん。闘吾は、海に向き直った。
「‥‥公衆電話の未来は、俺が、守る」


 守れるのかなあ。
 誰もが同じことを思い、そして口にすることをためらった。





 本当に、今宵の月は、綺麗ですね。
 少しだけ、遠回りして、帰りましょうか。

「これからも楽しい日々が続きますように!」
 ススキがそよぐ帰り道。
 誰かが月に向かって祈りを捧げた。

「次は月食の日に、何かできたら、いいですね」


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:9人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
ラッキースケベの現人神・
桜井・L・瑞穂(ja0027)

卒業 女 アストラルヴァンガード
ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
cordierite・
田村 ケイ(ja0582)

大学部6年320組 女 インフィルトレイター
魅惑の囁き・
帝神 緋色(ja0640)

卒業 男 ダアト
料理は心〜学園最強料理人・
水無月沙羅(ja0670)

卒業 女 阿修羅
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
夢幻のリングをその指に・
橘 優希(jb0497)

卒業 男 ルインズブレイド
伝えきれぬ想いを君に・
ブリギッタ・アルブランシェ(jb1393)

高等部2年2組 女 ルインズブレイド
伝えきれぬ想いを君に・
アレクシア(jb1635)

大学部3年216組 女 バハムートテイマー
黒焔の牙爪・
天羽 伊都(jb2199)

大学部1年128組 男 ルインズブレイド
断魂に潰えぬ心・
インレ(jb3056)

大学部1年6組 男 阿修羅
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
撃退士・
桜ノ本 和葉(jb3792)

大学部3年30組 女 バハムートテイマー
永遠を貴方に・
ヘルマン・S・ウォルター(jb5517)

大学部8年29組 男 ルインズブレイド
High-Roller・
ウェル・ウィアードテイル(jb7094)

大学部7年231組 女 阿修羅
いちごオレマイスター・
五十嵐 杏風(jb7136)

大学部1年69組 女 アーティスト
撃退士・
鬼哭 胡兎(jb7242)

大学部7年197組 男 ルインズブレイド
おまえだけは絶対許さない・
ディアドラ(jb7283)

大学部5年325組 女 陰陽師
撃退士・
イーファ(jb8014)

大学部2年289組 女 インフィルトレイター
撃退士・
アリーネ ジルベルト(jb8556)

大学部4年2組 女 ディバインナイト
秘名は仮面と明月の下で・
雪之丞(jb9178)

大学部4年247組 女 阿修羅
恐ろしい子ッ!・
ハル(jb9524)

大学部3年88組 男 アストラルヴァンガード
気配り名人・
ポーシャ=スライリィ(jb9772)

大学部7年32組 女 バハムートテイマー
ブラコンビオリスト・
唯・ケインズ(jc0360)

高等部2年16組 女 ルインズブレイド