●
大きな栗の木の下に立ち、影野 恭弥(
ja0018)は、枝に見え隠れするいが栗を見上げた。
「食材‥‥現地調達か。猪でも狩れば良い肉になりそうなんだが」
BBQに牡丹鍋。悪くはないが、イマイチしっくり来ない。
木を揺すり、落ちてきたいが栗を開くように踏みつけ、栗バサミで割れ目をこじ開けて、栗を取り出す。
大ぶりでつやつやの栗。今年は実りも良さそうだ。
佐藤 としお(
ja2489)は、用意したお団子を所定の場所へ置き、BBQセットやダッチオーブンの準備に取り掛かっていた。
「力仕事とかは、特に、女の子達にやらせるのは申し訳ないからね」
紳士である。
明かりとなるランタンを吊るし、準備万端!
「よーし、美味しい山菜、沢山とってきますよ〜♪」
としおは、山菜図鑑を見ながら、里山に分け行った。
里山で見つけたものは、まず、あけび。すっと実にヒビが入っているものを選ぶ。
「ぱかって開いちゃったものには、虫が集っちゃう可能性もあるんだなあ」
すっとナイフで実を割り、中のゼリー状の種のところをすくって食べてみる。
「おお、甘い!! 種が邪魔だけど美味いよこれ!」
‥‥ちなみに、皮は、顔をしかめるほど苦かった。
甘く熟れたさるなし、そしてムカゴ。飾り用のススキ。
勿論、秋の山といえば、きのこも外せない。
「このきのこ、芳しい香りが何とも言えないなあ」
図鑑を確認せず、としおはきのこをひとつ、掘りとった。
「泥や汚れをよくとって、と。いただきまーす」
(そろそろ栗もいいだろう。これだけあれば十分だろうし)
恭弥は、下山コースの脇道に差し掛かり、誰かが倒れているのに気がついた。
くけ、くけ、けけけ、と、不気味な笑い声のようなものが聞こえてくる。
「おい」
恭弥が声をかけてみると、笑いきのこにあたったとしおが、泡を吹きながら幸せそうに気を失っていた。
一方、ブリギッタ・アルブランシェ(
jb1393)とアレクシア(
jb1635)は、無難にスーパーで買い物をしていた。
「肉も野菜も買って‥‥飲み物とか、紙コップや紙皿、鉄串、割り箸もバッチリだ」
アレクシアがショッピングカートの中身を確認する。手には、調理班から渡された材料メモ。
「大体必要そうな物は買ったし‥‥後はBBQならやっぱりお酒よね?」
「おいリッタ‥‥目を離した隙に、またお酒を持ち込もうとしてるのか。ちゃんと飲酒可能年齢になったら、な」
ブリギッタの入れた酒瓶を、ひょいと売り場に戻すアレクシア。
「むう、良いじゃない、固いこと‥‥あぁ、はいはい、分かったわよレア」
可愛く肩をすくめ、ブリギッタはふと和菓子コーナーに目を留めた。
「あぁ、お団子も一緒に買っていきましょ」
●
「おおー! すごいですね! プロですね!」
カシャ、カシャ。デジタル一眼レフで、桜ノ本 和葉(
jb3792)が、水無月沙羅(
ja0670)の手際の良い準備段階から撮影していく。
沙羅は達人級の手さばきで火を起こし、手を洗うと、手早く丁寧にBBQの材料を下ごしらえしていく。
「この小鍋はなんですか?」
「バーニャカウダソースと、チーズフォンデュのソースですよ。焼き野菜の味付けに飽きたらこちらでいただくんです」
「おおー!」
カシャ、カシャ。意外と食べ物を美味しそうに撮影するのは難しい。
和葉は幾度となくシャッターを押し続けた。
「こちらはシュラスコ、串に刺した肉に岩塩を振って、炭火でじっくり焼きます。柔らかくて肉の味がしっかりしているピッカーニャ(ランプ肉の一部)を選び抜きました。そして、骨付き肉の醍醐味を味わう為、特製ダレに漬け込んだスペアリブがこちらです。こちらを、こんがり美味しく焼き上げます」
沙羅の説明は続く。続けながらも、てきぱきと手を休めずに動かしているのが、プロの技というものか。
「ダッチオーブンでは、ローストチキンを焼き上げます。食後に、蓋でパンケーキを焼くつもりです。あと、マリカ先生の為に、飯ごうで栗ご飯を炊きまして、秋刀魚の塩焼きを七輪で焼きます。先生はBBQだけでは足りなさそうですから」
「ダッチオーブン、もう一つ余ってないか? 焼き栗を作りたい」
恭弥が、としおをレジャーシートに寝かせ、収穫してきた栗を見せる。
「任せろ」
女性浴衣におしゃれなケープを羽織り、髪はポニーテールにしてうなじを見せた料理人、鴉乃宮 歌音(
ja0427)が栗を引き受ける。皮の底部に切り込みを入れ、ダッチオーブンを弱火にして加熱する。
としおの収穫してきたムカゴは、歌音が炒って提供することとなった。
「大学生以上にしか提供しないが、酒もあるぞ。甘酒もな。未成年には緑茶が良いだろう」
歌音はそう言って、酒のつまみとして、キノコのホイル焼き、焼きスルメ、ピーマン肉詰めを作っていく。
「こっちもすごいですね。美味しそうです」
和葉が、ジュウジュウ焼けていく料理を、カメラにおさめていく。
第一弾が焼けたところで、緑茶と酒が全員に行き渡る。
「あ、月が水平線から出てまいりますの!」
アリス・シキ(jz0058)が、浜から沖を指さした。
スーパームーンは、想像するほど大きくはない。だが、普段の月よりも一回り大きく観測できるのが、このタイミングである。
天文ショーの決定的瞬間をカメラにおさめる和葉。
皆、月に向かって杯を軽くあげ、「乾杯!」と叫んだ。
唯・ケインズ(
jc0360)が、ビオラを奏で始める。
ゆるゆると昇っていく大きな月、反対の空に消えてゆく夕焼け。
素晴らしくファンタジックな光景だ、と、誰もがビオラの音色に耳を傾けた。
としおの活けたススキがさらさらと風になびいて、ビオラの調べに緩急をつけた。
●
帝神 緋色(
ja0640)を膝の上に抱き、お酌をされながら、成人したての桜井・L・瑞穂(
ja0027)は既にお酒でほろ酔い状態になっていた。
「はぁ〜。最高の気分ですわぁ♪」
橘 優希(
jb0497)も酔いが回ったのか、赤ら顔で甘い声を出す。
「ふふふ‥‥緋色さんは本当に可愛いですねぇ‥‥僕にもこんな妹が居たらなぁ♪」
なでこなでこと、緋色の頭を撫で回す優希。
勿論、緋色が男性なのは百も承知だ。でも妹にしたい。そこは譲れない。
「おかわり、いかがですか?」
「わぁ、ありがとうございます♪ んっ、ごくごく‥‥はふぅ、おいしっ♪」
服が乱れるのも構わず、だら〜んと緋色にもたれかかり、酒に溺れつつ、緋色を愛でる優希。
「こ〜ら〜。緋色はわたくしのものですのよ? んもぉ〜♪」
瑞穂は緋色のことをギューっと抱きしめ、頬ずりで自分の恋人であることをアピールする。
「知ってますよぅ〜、奪りませんよぅ〜、でも可愛いのですぅ‥‥」
2人にお酌を繰り返しながら、緋色は、実は冷静に2人の様子を観察していた。
(僕としては、こんな二人の様子を眺めるだけでも楽しいし、ね)
●
田村 ケイ(
ja0582)は、黙々と食事を楽しんでいた。
(美味しい! たまには何も考えず、食事を楽しみたいわね。でも健康も大事だから、肉1:野菜2の割合くらいで、食べられるだけ食べようかしらね)
ガーデニングにはまり、自分で収穫した野菜も提供している。
「ちゃんと食べてる〜?」
カメラをまわして忙しそうな和葉に声をかける。
「はいどうぞ。少しは休憩して、食べなさいな。美味しいわよ」
よく焼けた焼き串を、数本、紙皿に取り分けて、和葉に差し出すケイ。
「お肉もお野菜も美味しいーらぶ〜!」
幸せそうにかぶりつく和葉。
「あ! 玉ねぎさんは私がすべて滅ぼすくらいの勢いでいくからね。玉ねぎさんは至高です。異論は認めない!!」
「えっ」
ちょうど玉ねぎを切っていたアリスが、ケイの高らかな宣言にびっくりして、手を止めた。
ぴっと包丁が軽く擦れる。
「アリス様、大丈夫ですか?」
沙羅が、アリスの白い指が、徐々に赤く染まっていくのに気づいた。
「え、あら、ごめんなさいね。私が変なことを言って、驚かせちゃったかしら」
ケイも心配そうに、顔を覗き込む。
「でも玉ねぎは私のだからね。血がつかなくて良かったわ」
ケイ、ぶれません。
「うわ!? だ、大丈夫かな? すぐに傷口洗って、今、絆創膏を出すからね」
黄昏ひりょ(
jb3452)が、自分用にと持っていた絆創膏を取り出した。
(あ‥‥人に触れられるの苦手だったっけ。慎重にしないとな)
「私が貼ろうか? そもそも驚かせちゃったの私だし」
「あ、お願いします」
絆創膏をケイがひりょから受け取り、アリスの指に丁寧に巻いた。
「アリス様は休憩していてください」
「そうだよ、何か少し、ぼうっとしているみたいだし。ここは食べる側に回ろうよ」
沙羅とひりょに背を押され、アリスはレジャーシートへと移ることになった。
●
「ごめんなさい。お料理のお話、まだ途中でしたのに‥‥」
ひりょに謝るアリス。黄昏家の台所を担うひりょが、味付けについて色々と講義を受けていたところだったのだ。
「いいからいいから。料理の流れを頭に入れておくこと、分量は正確に、味は薄めにして個人の好みで調整できるように、それだけ聞けただけでも十分だからね」
ひりょは励ますような笑顔を向け、しかし、少し考え事かな、と心配になった。
聞き出す気はない。きっと必要があれば話してくれる。
(何かありゃ、かけつけるからね。大事な仲間なんだから)
そこへ、ハル(
jb9524)が紙皿を手に、ゆっくりと近づいてきた。
「‥‥あいて、る‥‥?」
「どうぞですよ」
ひりょとアリスは頷いた。ハルはちょこんと座った。色素のないハルの髪が風に揺らめく。
「本当、に‥‥大きな、月。何だか‥‥吸い込まれそう。本当に吸い込まれたら‥‥どんな気分、なのかな」
明るく輝く月を見ながら、ハルは月を指さした。
「ねぇ‥‥ひりょ、アリス。月の兎は‥‥1人でお餅をついてる、よ。寂しく、ないのかな‥‥? 皆が、こうして見てるから‥‥平気、なのかな?」
淡々とハルは言葉を紡いだ。
「ハルは‥‥土牢の中、から、1人で見る月は‥‥寂しかった、よ。だから。今は、とても嬉しい。皆と、一緒‥‥だから。食べ物も、これも、あれも、みんな、美味しい‥‥ね。皆で食べる、からかな。ひりょも、アリスも‥‥こういうこと、沢山する、の? ハルはあんまり、しない。だから、貴重な‥‥体験」
「貴重じゃないですよ。ハルさんは、これから、もっといっぱいいっぱい、楽しいことができますよ」
ひりょがやさしく話しかけた。
「俺にも、いつでも声をかけてくださいね。一緒に話したり、ゴハン食べたり、できますから」
「わたくしも、幽閉されて育ちましたから、ハルさんのお気持ち、少しわかりますわ。大丈夫ですの、この学園では、色々な楽しいことが出来ますわ」
アリスも、せいいっぱい微笑んだ。
「アリス様は、お月様を一緒に見たい方とか、居られますの?」
ビオラを奏で終え、食事に入った唯が、近づいてきて声をかけた。
アリスの長いまっすぐな黒髪が目にとまる。唯の憧れの髪質だ。
「‥‥きっと、どこか遠く、同じ空の下で見ていてくださると、信じていますわ」
「そうですわね。父様や母様‥‥兄様も、同じお月様を見ているのでしょうか‥‥。見ていると良いですわね。それならば、今は遠く離れていても一緒な気が致しますもの」
空はひとつ。どこまでもつながっているのですから。唯は、空を仰いだ。
●
昨日からよく眠れず、早朝に起き出し、部屋のあちこちに衣装ケースを引っ張り出し、今日のコーディネートに精を出していたディアドラ(
jb7283)だが、不意に、BBQであることを思い出した。
これはいけません! 引火しないよう、簡素なドレスにいたしませんと!!
内心ひゃっほう過ぎて、ちょっと朝からドジってしまったディアドラである。
更に言うと、月見団子も製作失敗し、市販のものでごまかしている。
ヘルマン・S・ウォルター(
jb5517)が参加するBBQと知って、勇み飛び込んだのだが、
「ま、ま、まあ、偶然ですね、わたくしも行きますの、ご同行をお願いできますでしょうか?」
と、上ずった声で誘ってみたところ、無事にエスコートしてもらうことになった次第だ。
神様ありがとう!!
そんな思いを抱えつつ、BBQ会場に来てみれば。
レジャーシートの上にテーブルが置かれ、テーブルクロスも完備!
ヘルマン特製のスコーンに自家製のジャムとクロテッドクリームでクリーム・ティーの準備も万端!
ちょっぴり不思議な光景が広がっていた。
「おお、ディアドラ殿。良い夜でございますな」
周囲の月見組をのんびりと見守りつつ、のほほんとお茶をいただくヘルマンである。
ディアドラのために、BBQの焼き串も幾つか給仕する。
「お若い方は沢山食べられるほうがよろしいかと」
ヘルマンの微笑に、(ふぉおお!!)と内心叫ぶディアドラ。
「あのっ、ヘルマン様は、ふくよかなほうがお好みで!?」
「いやいや、お若いうちにしっかりと召し上がって、体力をつけるがよろしいかと。老いては然程、量も必要ではございませんからな」
美味しい紅茶とスコーンを堪能しつつ、ヘルマンとディアドラは、一緒の時を味わった。
「こういう時間も素敵ですわね」
「はい。時に追われ、急ぎ過ごし生きることは時間の浪費に等しく。たまにはゆるりと過ごすのが、命の洗濯というものでございましょうな」
のんびりと月を見上げながら、ゆったりとした時間と、楽しげな人々の喧騒を楽しむヘルマン。
唯のビオラが再び遠くから聞こえてくる。
「そう、最後に皆様で焼いていただくとのことで、お持ちしたのですが」
ヘルマンは、うさぎ型の小さな月見団子を広げた。目鼻もつける拘り様で、可愛らしい。
「‥‥ヘルマン様のお団子‥‥可愛らしい、ですわ」
(あ‥‥れ、わたくし女子力負けて‥・る‥‥? こ、この雫は何かしら、目から出ているけれど、きっと心の汗よ、そうに違いないわ!)
そっとハンカチを目元にあて、ディアドラは笑顔を作った。
●
BBQをほどほどに楽しんだインレ(
jb3056)とイーファ(
jb8014)は、月見団子について盛り上がっていた。
「私も月見団子を買ってきましたが、是非インレ様に用意して頂いたお菓子を食べたいです」
明るい月光が照らす中、イーファはそう切り出した。
するとインレは、ごそごそと包みを取り出した。
「日本の、焼いて食べる月見団子ではなくての。昔、長い事大陸におってのう、その時取った杵柄だよ」
月餅、であった。
クルミ餡に、満月を表すアヒルの黄身の塩漬けを入れてある。
「前の、サンドイッチのお礼だよ。問題ない味になっておれば良いがの」
イーファは、見慣れない菓子に表を見つめ、ひっくり返して裏を見つめ、そしてぱくりと口に運んだ。不安そうにインレが見つめている。
「‥‥美味しいです! 甘い中にしょっぱさもあり、幾らでも食べられますね」
なにより、インレがわざわざ手作りしてくれたお菓子である、嬉しさも相まって、幸せそうに頬を膨らませて、もぐもぐするイーファであった。
ほっとインレの顔が緩む。
「インレ様はとてもお詳しく‥‥博識で素敵です。折角ですし、お月見のこと、教えて頂ければ」
「そうさの、お月見とは、旧暦8月15日に月を鑑賞する行事での。この日の月を、中秋の名月、十五夜、芋名月などと呼ぶのだよ。この日には、大陸では月餅をお供えするようでの」
インレは静かに語った。
「大陸各地では、月見の日にサトイモを食べることから、もともとはサトイモの収穫祭であったという説が有力だとか。その後、宮廷行事としても行われるようになり、それが日本に伝わったのだな」
目を細め、空を見上げる。インれはイーファに赤いマフラーをかけ、そっと飛び立った。
「──どこから見ても、月が綺麗だのう」
「そうですね、とても綺麗。手が届きそうです」
嬉しそうにイーファは手を伸ばした。届きそうで、届かない、銀色のまあるい宝石。
(はしゃいでおって、まるで孫のようだの)
インレはそっと、かつて、遥かな昔に、愛しい妻や子を抱いて空を飛び、月へと手を伸ばしたことを思い出した。
あの時はあの時、今は今。重ねることなどしないし、その意味もないことは知っている。
●
大丈夫、寒くないか、と気遣いながら、アレクシアはブリギッタと共にレジャーシートに座った。
「中秋の名月でスーパームーンか‥‥確かに綺麗だ」
「‥‥『月が綺麗ですね』、なーんてね」
ブリギッタは冗談めかして、続けた。
(日本だと、好きな人にはこういうんでしょ? ま、レアが知ってるかは知らないけど)
何の気なしに目を合わせ、ブリギッタの息が止まった。
「ああ、綺麗だ。でも、その月の光を浴びたリッタは、もっと綺麗だぜ」
(オレにとっての女神、なんてな。月と違って手を伸ばせば、触れられるし抱き締められる。なんて幸せなことだろうな)
2人はまだ、恋人未満。
自分の言葉に、どうしても、もじもじしてしまう。
「あ、お、お茶、飲もっか。少し冷えてきたものね」
紙カップに同時に手を伸ばし、指先が触れ、さっと引っ込める。
照れくさくて、恥ずかしくて、2人で微笑みあった。
●
(ほぅ、たしかに美しい月だな)
アリーネ ジルベルト(
jb8556)はレジャーシートを敷き、昇ってきた月に見入った。
持参した団子を供え、BBQを食べ始める。
沙羅がこんがりと焼いたスペアリブをかじり、焼き野菜をチーズフォンデュソースに絡め、歌音がしっかり焼いた魚介串に舌鼓を打つ。
(こうして食べると、肉や野菜もおいしく感じるな。なぜだろうな)
見回すと、学園の生徒たちが楽しそうに月見と食事に精を出している。
中には、テーブルまで立てている者もいる。
(ここに集まっているのは、ほぼみなアウル覚醒者、私と似たような境遇の者達か。天魔とのハーフもいるのだろうか‥‥)
「少し寒い‥‥ついこないだまで夏だったのにな」
警備に赴く前に、腹ごしらえとして、切り分けたローストチキンを頬張っていた、雪之丞(
jb9178)と目が合う。
「ん? どうかした?」
「いや‥‥気にしないでください。少し感傷に浸っていただけです」
折角見つけたハーフ悪魔の仲間だったが、なかなか思うように、アリーネは距離を詰められない。
自分と似たような境遇の友人を求めているはずなのに、自分の境遇を語る切欠がない。
「寒いようでしたら、お酒もありますよ」
「ありがとう」
雪之丞は軽く1杯飲み干した。白い頬が少し赤くなる。
「見回りに行くぞ」
バンカラ姿の巨漢が現れた。番長・轟闘吾(jz0016)である。
「お疲れさまです。貴殿もどうです? 少しはお月見を楽しまれては。お茶もありますよ」
アリーネは、紙皿に幾つか料理を並べて、緑茶と一緒に、闘吾に差し出した。
「‥‥すまん」
闘吾は言葉少なくそう言うと、あっという間に食事を平らげた。
ぐしゃりと紙皿とコップを潰し、ゴミ袋にぽいと放り込む。
「行くか? 面白いものでもないが」
ついてこい、と言わんばかりに、闘吾はアリーネに背を向けた。
●
「轟先輩。パーティ開催の一部始終、見てたんだよ♪」
ウェル・ウィアードテイル(
jb7094)が、ココアシガレットを咥えながら姿を現した。
「きっとさー、轟先輩が、力入り過ぎてるように見えて、みんな心配なんじゃないかな? だって、いっつもあんな、効果音とか聞こえそうな佇まいで『……読め』だもん。ウェルちゃんだったら心配だよ」
「‥‥」
闘吾は押し黙る。学生帽のつばで表情は見えない。
「‥‥ま、気に障っちゃったらゴメンナサイだけど。ほら、力抜いてお団子食べようよ」
ほらほら、とウェルはお団子を闘吾に差し出す。
気に障ったわけでは、ない。
しかしその、何だ、俺はそんなに力が入ってみえるのだろうか?
いわゆるあれか、俺はコミュ障というやつに見えるのか?
「‥‥甘い」
「そりゃ、お団子だもんねえ?」
「いや」
ウェルのお団子を食べ終え、串を咥えたまま、闘吾は呟いた。
「俺自身が、甘い」
やはり某国山奥での修行を考えるべきであった、そう闘吾は確信した。
闘吾につかず離れずついてきた、ポーシャ=スライリィ(
jb9772)であったが、見回り開始後まもなく、同じように、丘に月見に出ていた一般人を発見した。
学園関係者や島内で店を持つ人は島内で生活することができる。
きっとこの月見客も、そんな一般人の一部なのだろう。
月は誰にでも、平等に輝いているのだから、スーパームーンと聞いて見に来ていてもおかしくない。
しかし、この一般人は、ちょっと問題を抱えているようだった。
「やめてください!」
2人いる女子生徒が、3人のチンピラっぽい男に絡まれていたのだ。
「おい」
ポーシャは男に声をかけ、自慢の胸をたゆんたゆんさせた。
「そんな貧乳よりポーシャと遊べ」
そして、ニヤニヤついてきたチンピラを物陰に引き込む。
すかさずヒリュウ召喚。
と。
「一般人相手はやめておけ、殺しかねん」
闘吾の手が、ポーシャの手首を掴んでいた。
「奴らへの説教は、こうするものだ」
ごん。
がん。
ぐしゃあ。
アウルなしの説教(物理)は、容赦がなかった。
「トーゴはやはり動きに隙が無かった。勉強になる」
ポーシャは感動し、ちゃんと女子生徒に「貧乳といってすまない」と謝罪した。
●
「ここどこですぅ‥‥?」
五十嵐 杏風(
jb7136)は、鬼哭 胡兎(
jb7242)の腕にしがみつくようにして、見回りに出ていた。
「風ちゃん大丈夫、会場のすぐ裏手よ〜」
杏風が怖がるので、なるべく会場から離れないように、2人は警備を行っていた。
「あ、ポイ捨て犯人発見〜★ 駄目じゃない、ゴミ袋にちゃんと入ってないわよ〜?」
「ごめんなさぃ‥‥駄目なんですよォ‥‥ひぃっ、ごめんなさいぃ!! だって、き、規則なんですよォ!!」
泣きそうになり、胡兎の腕にぎゅううとしがみつく杏風。
ポイ捨て犯人をしっかりと、きつめに注意する胡兎。
2人は会場周りを警備し終えると、少し離れた方向へ移動した。
「あれっ!?」
気が付くと、しっかりと胡兎の腕にしがみついていたはずなのに、杏風はひとりで彷徨っていた。
「うあああーん、胡兎さんどこー!?」
泣きながら胡兎を探し回る。
「どうしました?」
アリーネが最初に、杏風を見つけた。
「ミーは、胡兎さんと、はぐれちゃったんですぅ‥‥」
涙ながらに訴える杏風。
「ああ、ウサミミパーカーでミニスカートでブーツのひと‥‥」
雪之丞が、誰かを探しているらしい影と、行き合っていた。
「最後にその子を見かけたところまで、連れて行ってあげようか、ねえ?」
自身も孤独を嫌うウェルの、お人好しな面がちらりとほの見える。
無事に胡兎と合流した、と思いきや。
「誰だか知らないけど、風ちゃんを泣かせたなー!!!」
一番近くにいたポーシャに向かって、胡兎から怒りのハイキックが飛んできた。
闘吾が胡兎の軸足を払って、「落ち着け」と諌める。
「迷子、確保した、それだけ‥‥」
雪之丞が説明する。わーんと杏風は胡兎に抱きついた。
●
唯のビオラが素敵な音色を奏でている。
和葉のカメラが、あちこちの情景を切り取って、保存している。
BBQも料理もほぼ終了し、皆、残り火で持ち寄ったお団子を焼いて食べ始めていた。
ダッチオーブンからはパンケーキのいい香りもしている。
「撃退士やってると、何ていうか、普段は授業、非常時は天魔との戦闘だから、季節感を楽しむってことを満足に出来てないよね。今年の夏は、海で遊ぶなんてことも出来たけど、1日きりだったし、こう、何ていうかな、まるで大人みたいな生活サイクルだよ。ボク未だ成人してないんだから、休みたい時だってあるんだからね!」
天羽 伊都(
jb2199)は、はふはふに焼けたお団子を持って、マリカせんせーの横で主張していた。
「撃退士さんは大変なのですー、確かにそう言われてみると、季節感がなかなか無いかも知れないのですー。美術を楽しむ心を育むには、ちょっと危機的なおはなしかも知れないのです〜」
もぐもぐもぐ。沙羅特製の栗ご飯と秋刀魚の塩焼きをいただき、シュラスコと焼き野菜とほか色々をも制覇し、勿論歌音の料理も全制覇して、満足そうにお団子を食べている、せんせー。
「あちあち、美味しいけど火傷に注意なのですー」
そんなせんせーの横で、満足そうに緑茶を飲み干す伊都。
綺麗な月、潮騒の音、ビオラの調べ、美味しいお団子、そして、食べて食べて食べまくっている美女‥‥美女?
ほっくり焼けた栗とお団子を食べながら、レジャーシートで寝そべり、恭弥も伊都の言い分に頷いていた。
(戦士といえど、休息は必要だ)
焼いたお団子は、歌音の用意した、タレやあん、きなこなどをつけていただく。
としおがこっそりと、つけだれの中に、デスソースのカップをさりげなく混ぜていた。
ケイは、昔ながらのお団子を焼き上げ、ほのかな粉の甘味だけでいただいている。
和葉はというと、きなこも醤油ダレも美味しいーと喜んでいる。
(お供えするだけではないのか‥‥)
アリーネも団子を焼いて、好きなタレをつけて食べている。
「焼いて食べるのもうまいな」
ポーシャが話しかけ、アリーネも頷いた。
「おい、あまり羽目をはずしすぎるなよ」
お団子を食べながら、お酒をたしなみつつ、警備班として、盛り上がるあちこちに注意を飛ばす雪之丞。
「は、は〜い」
瑞穂たち3人が、慌てて着崩れた服を直していた。
●
月の光だけでススキを撮り、月そのものを頑張って撮り、あとで絵を描けるように幾つか写真も撮り。
「えーと、集合写真撮りますよー! 並んで並んで〜!!」
ライトをセットし、和葉が手を振った。
「!!!」
焼き上げたお団子を、間違えて、自分の仕掛けたデスソースに浸してしまったとしおが、慌てて口を押さえて緑茶を飲みに行く。
その間に皆が集まり、どんどん並んでいき、和葉が「せーのー、行きますよー!」と手を振った。
「うわあー、ま、待ってー!!」
としおは集合写真に滑り込み、なんとか闘吾の横に並んだ。良い笑顔でピースを決める。
「あれっ?」
としおの笑顔が、画面外に半分、見切れていた。
「わわわ、も、もう一度撮りますね〜」
何度も和葉は撮り直し、何度か目に、やっと満足いく写真ができた。
●
ダッチオーブンとBBQセットを綺麗にこそげて、手入れをして、皆でごみを片付ける。
終わってしまうと、あっという間の、月見BBQだった。
「いい写真撮れた?」
ケイが和葉のデジカメを覗き込んだ。
「はい! 編集して、後日、皆さんにメールするつもりなんですよ〜」
和葉はふと、闘吾を見上げた。
「そういえばあの、轟さんのメールアドレスを聞いても‥‥?」
「‥‥」
闘吾は目を閉じた。
「‥‥ない」
そして、バンカラ上着のポケットに手をつっこむ。
そこにあったのは――
――数枚の、テレホンカード、だった。
「も、もしかして‥‥ガラケーすら、持ってない系?」
ウェルが思わず口を覆う。
「それで、毎回チラシを使って、『‥‥読め』ってやってるワケ??」
闘吾は帽子のつばを下ろした。イエス、という意味に見えた。
「轟さんは、指がごついので、小さなボタンだと、押し間違えちゃうんだそーですよー?」
マリカせんせーが補足に回った。
「なので、特注の、ボタンのおっきいケータイじゃないと、難しいんだそーですー。でもそういうのは、なかなかお高いですからねー」
「‥‥世情に流されるのも好かん。ハイテクに頼るなど、軟派のすることだ」
ばばーん。闘吾は、海に向き直った。
「‥‥公衆電話の未来は、俺が、守る」
守れるのかなあ。
誰もが同じことを思い、そして口にすることをためらった。
●
本当に、今宵の月は、綺麗ですね。
少しだけ、遠回りして、帰りましょうか。
「これからも楽しい日々が続きますように!」
ススキがそよぐ帰り道。
誰かが月に向かって祈りを捧げた。
「次は月食の日に、何かできたら、いいですね」