●
花火師たちの準備も整い、久遠ヶ原浜にはぐるりと露店が組まれていった。
ゆっくりと日が暮れていく。
あんなに暑かった日差しが赤い光となり、涼しげな風に暑気を払われているようだ。
秋の気配。
一言で言ってしまうと、風情はないけれど、でも、そんな印象が強く残った。
ジャッ、ジャッ、ジャッ。
「海の家ゲンヤ出張店」と書かれた出店から、ソースの焦げるいい匂いがしている。
コテさばきも景気よく、もやしにキャベツに人参に肉、そして麺を、天板の上で躍らせる。
「やきそばにはちょっとうるさくてな。なんせ前世では、海の家で腕前を磨いていたからな」
額に手ぬぐいを巻いた詠代 涼介(
jb5343)が、遠く某有名ビーチに残してきたおじいさんを思いつつ、コテを振るう。
せっかく立て直した「海の家ゲンヤ」の名に恥じぬためにも、どこよりも美味い焼きそばを仕上げねばならない。
――あれ?
前世は「常連」だったんじゃないの?
「細かいことは気にするな」
その斜向かいに、もう一軒の焼きそば店が。
(‥‥なんで俺はこんなとこで働いてんだ‥‥? 成り行きって怖ぇ)
ため息をつきながら、嶺 光太郎(
jb8405)がジャッジャッと焼きそばを作っている。
ハチマキで額に浮かぶ汗の玉を拭う。
「おい、じーさん、作り方これであってるのかよ」
自分をバイトに雇ったはずのご老体へ視線を向けると、既にこくりこくりと舟を漕いでいた。
「ちっ、しょうがねえなあ。よくわかんねえけど、作り方は大体知っているし、2〜3回やれば普通にこなせるようになるだろう」
綾(
ja9577)は、メイド喫茶【Lovely Princess】出張店の準備に追われていた。
花火の絶景ポイントは確保済みである。
飲み物、デザート、冷菓を中心に、仕込みを開始する。
その他、様々な露店が並ぶ。
鑑夜 翠月(
jb0681)が調べたところ、これだけの露店が見受けられた。
カラフルなレインボーアイス。
クレープパフェ。
綿氷(ふわっとした雪のような食感のかき氷)
白いたい焼きアイスパフェ。
ケバブサンド。
ラーメン。
もんじゃ味のお好み焼き。
学園長の顔を模した人形焼。
揚げたピザ。
パスタを揚げて塩をふったお菓子。
とりのからあげ。
牛の串焼き。
揚げパン。
レインボーデコレーションバナナチョコ。
食べ物のみならず、射的、投げ縄、スーパーボール釣り、バルーンアート、こんぺいとう掬いなども揃っている。
「レインボーデコレーションバナナチョコが気になりますね。トッピングのチョコスプレーがカラフルなんですね。チョコ自体にも色がついていますし、何というかド派手ですね」
翠月は1本買って、すぐに食べてみた。
トッピングがすごい勢いでかけられていて、食べ方を誤るとパラパラ落ちてしまう。
味はしっかりチョコバナナだ。
「ケバブサンドも気になりますね、レインボーアイスもいいですし‥‥」
気になるお店を回っては、翠月が食べまくる。
花火が始まる前に、お腹がいっぱいになってきた。
その中を、浴衣を着たままカラコロ草履を鳴らして走ってくる、マリカせんせー(jz0034)。
「焼きそばくださいなのですー! お腹ぺこりんちょなのですー!」
涼介は焼きそば1パックをせんせーの手に置いた。
「‥‥まあ、あれです、この間の件で、体を張って(?)協力していただいたんで、そのお礼で」
「??」
海の家ゲンヤ立て直しのとき、くじの景品に混ぜられた自分のブロマイドのことだ、と気づいたのは、せんせーが食べ終わる頃だった。
具体的には、3秒後くらいである。
「まあ、まあ、気にしなくていいのですー。それより、お代金、いいんですー?」
涼介が頷くと、せんせーは、ぱあっと笑顔になった。
タダ飯で釣れる、おやすい女教師である。
「こっちの焼きそばには紅しょうがが入っているんですー? せんせー食べたいのですー!」
光太郎の露店にも近づき、焼きそばを物色する。
「あー、1つ、400久遠な」
「あ、こんばんは。いいですねえ、マリカせんせー。僕も焼きそば食べたいです」
珍品に飽きたのか、翠月が涼介の露店にぴょこりと顔を出した。
「甘いものが続きましたんで、箸休めというところでしょうか。ひとつ僕にもくださいなのです」
定番メニュー、焼きそばは、これ以上なく美味に感じられた。
やっぱり、珍品もよいが、スタンダードな品揃えも重要だと感じる翠月であった。
●
「あー、マリカせんせー!」
綾が手を振って、せんせーを呼んだ。「ちゃおでーす」とせんせーも手を振り返す。
「せんせー22歳なんだって? ボクたち、同い年だなんて運命じゃない?」
が、外見がせいちょうしてないだけなのですー、とせんせーはすっと目をそらした。
「せんせー、お酒飲む? 引率のつもりならダメかしら?」
「あ、引率じゃないのですー。今日はせんせーもオフなのですー、遊びに来たのです〜!」
「じゃあ!」
ででーん。
女性向けの、可愛くて軽めのお酒(カクテル)が、ずらりとカウンターに並んだ。
「遠慮なくあがっていってちょうだいね♪」
綾は微笑んだ。
せんせーは、飲んで酔いが回る前に、お財布の中身を確かめておく知恵をつけていた。
そこへ、珍しい露店を回ってきた、黛 アイリ(
jb1291)、黄昏ひりょ(
jb3452)、川澄文歌(
jb7507)、アリス・シキ(jz0058)のグループが通りがかる。
紺地に彼岸花模様の浴衣姿のアイリは、ふらりと珍しい露店を見つけては消え、美味しそうなものを手にしては、皆のところへ戻ってきていた。
「白いたい焼きアイスパフェがあったよ」
何でも、あんことカスタードが両方入った白いたい焼きに、ソフトクリームが添えられている一品だという。
「本当に面白いものがあるんですね」
ミスティローズ色を基調とした浴衣に、髪を上げて簪をさした文歌が、ニッコリと微笑む。
穏やかな微笑みにつられて、ひりょも微笑む。
(お祭り、来てみて良かったな。文歌さんが気を遣って誘ってくれたんだもんな。今日は楽しまなくちゃ!)
「ひりょさん、その可愛いお友達、紹介しなさい!」
綾の声が、ほんわかと心の平穏に浸っていたひりょの耳に、届いた。
「あ、綾さん!?」
「そうよ、ここはメイド喫茶【Lovely Princess】出張店よ。おかえりなさいませ、皆様」
綾はメイド喫茶らしく、客に膝を折った。
「というわけで、紹介してもらおうじゃないの! さあさあ、さあ!」
ひりょが、救いを求めるように周囲を見回すと、アイリは、わたあめ製造機に夢中。
「店主さん店主さん、どうしてこんなふわふわの形になるの?」
文歌は「綺麗な飲み物ですね」とカクテルを見つめている。
カクテルのことを綾に質問して、ひりょへの攻撃、ならぬ口撃を逸らそうと画策したのだが、「未成年には飲ませられないのよ、ごめんね〜」の一言で片付けられてしまう。
「えーと、皆様、ひりょさんのお友達さまですの〜」
わかりきったことを答えるアリス。
「それはね、わかっているのよ、うん?」
綾が眉間に指を当てる。
「どういうお友達かってところを、聞きたいのよね‥‥ひりょさんの口から」
「どういう、っていっても‥‥」
困惑するひりょ。綾がからかっているつもりなのは、分かっている。でもどう答えたら一番無難なんだろう? 自分がからかわれるだけならいいけれど、でも‥‥。
「んー、お話いたしましたり、お茶をご一緒にいただきましたり?」
一方こちらは、質問の意図が全く通じていないアリス。
「まあまあ、きっと人には色々あるのですー、時としてツッコミ過ぎるのも無粋になりますのです〜」
カクテルでほろ酔い気分のせんせーが、ひらひらと手を振った。
「お祭りの日くらい、のんびり気ままに人生送るのですー」
●
「‥‥」
「‥‥」
待ち合わせの場所で、浪風 悠人(
ja3452)と浪風 威鈴(
ja8371)夫妻は、互いに言葉を失っていた。
(浴衣姿の悠人カッコイイなぁ)
(うわあ‥‥今日は一段と綺麗だなあ)
「い、行こうか」
悠人が手を伸ばす。頭につけたやぎ面と、手にしたうちわが祭りっぽい。
おずおずと手を重ねる威鈴の耳に口を寄せ、「浴衣すごく似合っているよ」と一言。
威鈴はほんのり赤くなった。
2人で珍しい露店を回る。
「ふわふわ‥‥綿菓子‥‥♪」
スタンダードな露店の前で、威鈴の足が止まる。
「よし、買って一緒に食べようか。なに色がいい?」
ピンクの綿菓子を半分こしながら、仲良くいただく。
「あ、威鈴、綿あめが頬についているよ、とってあげる」
お祭りの提灯の暗い明かりの下で、悠人は威鈴の頬に軽くキスをした。
2人の目を引きつけたのは、射的の露店だった。
特等に輝いているのは、大きなシャチのぬいぐるみ。
「アレ‥‥とって‥‥?」
「よし、任せろ」
照準の合わないおもちゃの銃で何度も挑むが、そうそう簡単には賞品をとらせてもらえない。
悠人は真剣そのもので取り組んだが、ギブアップし、威鈴にバトンタッチした。
威鈴も、真剣にシャチのぬいぐるみを狙う。
「‥‥的が重すぎて‥‥コルク弾が‥‥はね返っちゃう‥‥」
結局、手に入ったのはキャラメルの箱だけだった。
分け合って一緒に食べることにして、2人はジュースを調達しに向かった。
●
あぐ。
1つのりんご飴を交互に齧りながら、赤い浴衣の2人、桜井・L・瑞穂(
ja0027)と、帝神 緋色(
ja0640)は寄り添って腕を組み、歩いていた。
瑞穂の浴衣は白百合柄、緋色の浴衣は黒い蝶の柄である。
仲良しらぶらぶ百合カップルに見えるが、何を隠そう、2人は異性カップルである。
あぐ。
瑞穂がかじったりんご飴の、同じ場所をかじる緋色。
「ふふ、間接キスだね♪」
その言葉にほんのり頬を染める恋人が愛おしくて、緋色はすっと目を細める。
「んっ。ほら緋色、アレなんて如何ですの?」
恥じらいを隠すように、瑞穂が露店を示す。
「輪投げ、だね。瑞穂、やってみる?」
「ん〜、そうですわね、あのフランス人形、造形に気品がございまして、とても高潔な印象ですの」
賞品を物色し、瑞穂は投げ輪を握った。本物では無いのはわかっていたが、それでもなかなかの出来だ。
一投、続いて一投。
惜しくも人形に輪がかからない。
「う〜、悔しいですわ」
瑞穂は諦めず、お尻をぐいと突き出し、胸もとも着崩れているのに気づかず、熱中していた。
「ああっ、あともう一歩ですのに!」
(瑞穂ったら‥‥夢中になりすぎて凄く厭らしい格好になってるの、全然気付いてないね。眼福だけど♪ 首尾よく成功したら、ご褒美にキスしてあげようじゃないか‥‥周りの皆に見せ付けるような濃厚なのをね♪)
緋色が微笑んで見守る中、遂に輪が人形を捉えた。
ゲットしたフランス人形を抱え、無邪気な子供のように跳ね回って瑞穂は喜んだ。
「ねっ緋色、やりましたわ♪ って!? あ、ちょ、コラぁ♪」
衆人環視の中、緋色の唇がねっとりと瑞穂をとらえ、周囲に見せつけるような深い口づけが、長い時間、続いた。
●
ぱん、ぱん、ぱん。
水面のボートから花火大会開催の合図が鳴る。
「もんじゃ風味のお好み焼き、か‥‥珍しい、というか、どう違う、のか?」
桟橋の隅で、アスハ・A・R(
ja8432)は、余り見かけない商品をゆっくり食べていた。
脳裏に、滋賀でのアウル覚醒者同士の闘争や、宝探し、運動会、そして仙台で続いている出征命令などが、映画のように流れていく。
(本来、こうして花火を見ているのが学生として自然なのだろう、が‥‥今の時間が、むしろ不自然なように思えてしまう、な)
思わず失笑する。
学生としての自分。
戦士としての自分。
仲間に囲まれ、青春時代を過ごしているはずの自分。
いつ、命を落とさないとも限らない状況にいる自分。
非常にアンバランスな現状をおかしいとは思うものの、今は今で楽しむか、と割り切って考える。
割り切らなければ、やっていけないのも、また、学園生の背負う事実。
「何せ‥‥もうすぐ進級試験らしいから、な。たまには座学もやっておく、か」
仙台の事件はまだ、収束していない。
しかし、既に次の次を考えつつ、アスハは、缶コーヒーを一気に飲み干した。
ぱあん、と大きな音を立てて、10号玉芯入り菊が開き、アスハの青く染まった髪を照らした。
●
「多分海岸の方が、桟橋よりまだ座れると思うのよね」
礼野 真夢紀(
jb1438)は、レジャーシートを広げて、露店で買ったお夕飯、お菓子、飲み物を重しに乗せ、礼野明日夢(
jb5590)と神谷愛莉(
jb5345)の座る場所を確保した。
「はいはい、ちょろちょろしないようにねー」
花火が終わるのは20時半だ。21時には家に帰れるはず。
真夢紀は、ほっそりした腕時計を眺めた。
「夜だとさすがに涼しいねー」
愛莉は編んだポニーテールを揺らしながら、夕食がわりの、熱々のたいたこ焼き(たこ焼きの形がたい焼き)をほおばっていた。
(携帯は持った、ハンカチ持った、涼しいけど飲み物持った、お財布にお金も持った、ええと)
浜に露店と提灯はあれど、暗がりには違いない。
甚平姿の明日夢は、持ち物をチェックしていた。
「アシュも食べなよ? おいしいよー」
次なる夕食、焼きそばに取り掛かりながら、愛莉はソースまみれの口をにんまりさせた。
箸と容器を明日夢に向かって差し出してくる。
「ほらほら、口元汚しちゃって」
真夢紀がハンカチで拭いてくれる。
しゅごおおお、すごい音を立てて、花火が上空へ高く上っていった。
そして、勢いよく、ぱあん!
夜空に大輪の花が咲いた。すぅっと光が糸を引いて消えていく。
子供たちは、食事も忘れ、花火に見入っていた。
●
「今年の夏も、何かと忙しくて、なかなかこんなゆったりした時間がなくて、だからお出かけも何だか久しぶりの気がします」
流水に金魚の浴衣を着こなした星杜 藤花(
ja0292)は、藍染の甚平姿の星杜 焔(
ja5378)に、微笑みかけた。
「今年はお祭りで遊ぶとか、そういえばなかったねえ。でもそのぶんバイト代入ったからよかったね。まだまだ俺は一人前ではないけれど、頼れる‥‥頼らせてくれる大人にも恵まれて‥‥ぼっちだった頃がまるで夢だったかのようだね」
本当に夢でも見ているかのような、柔らかな光を宿した、焔の瞳。
その僅かな着崩れを自然に直し、妻・藤花はそっと寄り添った。
「飴でも食べながら花火を見ようよ。りんご飴にあんず飴、ぶどう飴、いちご飴、パイン飴、ドリアン飴‥‥は、やめておくとしても、ほかのは全部おいしそうで選べないなあ」
「では、りんご飴にしましょうか」
2人でりんご飴をもぐもぐしつつ、空を見上げる。
(そういえばあれはもう二年も前の夏でした。なんだか少し懐かしいですね)
色とりどりの花が大空で散るたびに、藤花の胸に去来するものがある。
「水中花火、気になるね〜、日本の花火ってとってもきれいで、子供の頃、お祭りに連れて行ってもらうのがとても楽しみだったんだ」
「ラストの仕掛け花火の時に、見られるみたいですよ」
藤花は微笑んだ。
「子供の頃の焔さんのお話、聞かせていただけませんでしょうか?」
●
「おお、よく似合ってますよウィ‥‥」
「カルマ、カルマ見て下さい。この意匠‥‥素晴らしいです!」
ウィズレー・ブルー(
jb2685)はカルマ・V・ハインリッヒ(
jb3046)に駆け寄った。
「見てください、白地に咲くは見事に開いた蒼い朝顔、そして浴衣に走る紺のライン! この柄の素晴らしさ、色合いの調和、実に見事です!」
着付け師が「あ、あの、出来るだけすり足で‥‥」と絶句しているのにも構わず、ウィズレーは下駄を高らかに鳴らしながら桟橋方向に駆けていった。
「‥‥ウィズ、俺の傍を離れないように」
半ば諦めつつ、柄は白地に銀色の桜柄の浴衣のカルマが追う。追いついたところで躓きかけているウィズレーを助け、(はあ、ウィズはいつもどおりですね)という顔をする。
ずんと腹に響く大きな音とともに、大輪が空を彩る。
菊、牡丹、蜂、錦冠菊、大物の間には、スターマイン。
「凄い、凄い、綺麗です。人の子はどうしてこうも素晴らしい造形を作り出すのでしょう」
「確かに凄いですね。こうした感性もまた、俺たちと違った『力』なのでしょう」
ふらふら色々な角度から見ようとするウィズレーを制し、人にぶつかりそうになると避けさせ、必要に応じて手を掴んで進路を変更させる。
●
義覚(
jb9924)は、最愛の妻・葵(
jc0003)の足元と人ごみを気にして、少し離れた堤防から花火見物をしていた。
「葵の君、寒くはないかい?」
「心地よいくらいぞえ」
プライドの高い妻は、すげなく答える。露店でレインボーアイスなるものを口にしたせいか、腕をさすっているのが見て取れる。
しかし、そこで妻の気位を損なうことはしない。義覚は葵の風上に立つことで、妻の体温を守ろうとした。
打ち上がる花火が、夜空にスマイルマークを描き出す。
「変わった花火も増えたものよな」
「‥‥まさに、空の華‥‥だね」
「まこと、雅じゃな‥‥暗き空によく映える。さて、いつぶりとなろうかな‥‥しかし、そなたと見るは初めてじゃな? このように美しければ、歌でも詠めようか?」
義覚はくすりと笑った。
「物思へば 川の花火も我が身より ぽんと出でたる玉やとぞ見る」
「思い出すのう、公家で育ったそなた、武家で育った私‥‥交わした文は覚えておるか?」
気位の高さを誇示したまま、葵はそれでも声をやわらげ、ゆっくりと記憶をなぞった。
「玉の緒よ、たえなばたえね‥‥ながらへば、忍ぶることの弱りもぞする。今も変わらぬ‥‥そなたにしか、抱いた事など無い」
妻の歌に少しだけ意外そうにした後、義覚は嬉しそうに微笑んだ。
「忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで」
葵の頬にそっと手を伸ばし、あたためるように包み込んで撫でる義覚。
「俺は‥‥俺の花が消えてしまわない事を‥‥願うのみ、かな」
●
「あ、ごめんなさい」
人波に押され、浴衣姿のユウ(
jb5639)が謝ったのは、Gカップを強調した白地にハート柄の浴衣で参戦中の歌音 テンペスト(
jb5186)であった。
「あら、歌音さん。大丈夫ですか?」
「えぐえぐえぐ」
両手にウシガエルの足のからあげを持参し、歌音はふるふると震えていた。
「お家で花火する時、いつも待ちきれずに覗きこんで、痛い思いをする派だったの。だから花火は恐ろしいモノなイメージ‥‥でも怖いもの見たさに負けちゃう‥‥」
普通の拳銃で撃たれても大丈夫な撃退士ではあるが、吹き出し花火に目を直撃されたら、やはり痛いのだろう。
「あ、これあげるわ、おいしーわよ」
ウシガエルの足のからあげ(天然モノ)をユウに差し出し、花火が鳴るたびに「キレイだけど恐いよう。えぐえぐ」とプルプル震える。
「泣きながらマリカせんせーの袖にしがみついていたの、でもせんせー見失っちゃって‥‥恐いけど花火見たいよぉ」
「一緒に探しましょうか」
ユウは手を差し出した。
2人で手をつないで、せんせーを探す。
ここは東欧アンティークの露店。
「アリスさんって、東欧系のハーフなんですね」
文歌が、アリスの誕生月を知って、「お誕生月のプレゼントです」とアンティーク絵皿をプレゼントした。アイリは純東欧系だったので、絵皿は2人で選んだ。
「わたくし東欧系ハーフと申しましても、血が混ざってございますだけで、その‥‥」
東欧人の母とも、日本人の父とも断絶状態のため、アリスは狼狽えていた。
「あ、有難うございます。お皿、大切に飾らせていただきますわね」
「本当は、シキさんも彼氏さんと一緒に来られると良かったね‥‥」
ひりょの言葉に、「良いのですわ」と微笑んでみせるアリス。
「あの‥‥よろしければ、どうぞですの‥‥」
囁いて、アリスは文歌の袖に、そっと線香花火の束を忍ばせた。
どーん。
どーん。
ぱしゅうう!
花火の音が大空をゆるがせ、色とりどりの光の花が咲く。
「せんせー見つけた! わあああん!」
学園長を模した人形焼の店先で、歌音とユウはマリカせんせーを発見した。
「あらあら、どうしたのですー?」
その足にがしっとはりつく歌音。
「せんせー、花火が怖いですーわあああん!」
(終わる頃には慣れてくるかな、少しは怖さを克服できるかな)
「で、でも、花火はキレイだけど、せんせーや周りの女の子たちはもっとキレイです。ポッ」
頬を染めるか、怖がるか、どちらかにしなさい。
●
「わー!」
会場が盛り上がる。
「水中花火だー!」
水中から打ち出されるスターマイン。海面に写り込んで、丸くも見える。
いよいよフィナーレである。
●
とりあえず、自慢のGカップを揺らしまくって、着崩れた浴衣を、せんせーに整えてもらい、歌音は、ふと花火の音が聞こえなくなっていることに気がついた。
「終わったの!? 終わったのかしら?」
観察すると、テキヤも店を閉め始めている。
人々は浜や桟橋方面から、学生寮方面に歩き出している。
「ほら、急がないと、21時までにおうちに戻れませんよ!」
真夢紀がチビッコ2人を連れて、一生懸命歩いているのも見える。
「だいぶ冷えてきましたね」
ユウが虫の声に気がついた。まだ早いとは言え、少しだけ、秋虫の声が聞こえてくる。
「花火に夢中で気づきませんでしたが、やはりこの時間だと肌寒い‥‥もう、夏も終わりなのですね」
●
誰もいなくなった桟橋のそばで。
「今日はお疲れ様でした。いつも有難うございました。お疲れになったでしょう」
文歌は、ひりょを呼び出していた。
「私と一緒に、花火大会、線香花火で締めませんか?」
●
米田一機(
jb7387)と蓮城 真緋呂(
jb6120)も、同じように2人だけの花火を楽しんでいた。
浜から花火大会を見物した後、自分達用の花火を持ち出す。
白のサマーワンピにサンダル姿の真緋呂は、サンダルを脱ぎ、素足で海に入っては、はしゃいで楽しんでいた。
「冷たくて気持ち良いー♪ え〜い、花火攻撃っ!」
手に持った花火をふざけて一機に向ける。
「負けないぞー!」
一機も海に入って、しばし応戦。
やがて、真緋呂が、ふと海に入ったまま、その先の暗い水平線をぼんやり見つめ始めた。
「どうしたの、そんな遠く見て」
現実に引き戻すように、ぽんと肩に手を置く。
「あ、ちょっとぼんやりしてただけ‥‥」
なんだろう。怖い。
楽しい時間が増えるほどに、失う怖さも生まれてくる、ものなのかな?
(無意識にきっと一人でまた何かを考えてるんだろうなぁ)
遠くを見つめる真緋呂の瞳に、そんな事を想像する一機。
言葉でいうよりも解り易いかな、と、抱き寄せてやさしく頭をなでる。
「な、なっ‥‥えーいっ!」
何となく、頭を撫でられたことが照れくさくて、体当たりをする真緋呂。
二人してびしょ濡れになり、ぷかぷかと海に漂いつつ、夜空を見上げる。
一機の手は、まだ真緋呂の頭を撫で続けている。
「‥‥夏も、もう終わっちゃうね」
「なぁに、夏は、今年だけじゃないさ。来年も、その次も、此れから先まだまだいっぱい夏は来る。‥‥また来年も来ればいいさ」
「‥‥うん」
くすりと微笑み、真緋呂は夜空を見つめた。
花火の名残である煙が、風でゆっくりと流されていく。
「今年の夏は色々あったなぁ。そんな夏が終わっていくね。年の瀬まであと少し、今年もなんとか越せそうかな」
「そうだね」
一機と真緋呂は、いつまでも空を見続けていた。