●10:30
全員のメアドを交換し、木嶋香里(
jb7748)は、和風サロン『椿』を拠点として開放した。
「食べ物のトラブルなんて、許しませんよ。私たちで素早く解決して行きましょう。マリカせんせー(jz0034)、安心してくださいね」
犯人を釣るための囮作戦として、サロン『椿』にて、無料の夜食会を催すのだという。
「『椿』に、カレーとアイスはありますか?」
只野黒子(
ja0049)が、『椿』の場所と連絡先を登録しながら尋ねる。
「お望みとあれば何でもご用意いたしますよ」
香里は頷いた。
(マリカせんせーを泣かせるたぁ、許せないのさぁねぃ)
九十九(
ja1149)は、囮作戦のチラシを刷りにいった轟闘吾(jz0016)を見て、(轟さんは相変わらずさねぇ)と、愛猫ライムの背を撫でた。
(深夜のフライドチキンなど、うら若き乙女にとって天敵かと思っていたが、そうでない場合もあり得るのだな。興味深い)
渋いおじ様、リーガン エマーソン(
jb5029)がマリカせんせーにハンカチを渡した。
「逃げたチキンを捕獲するため、せんせーの力が必要なの!」
文具セットを差し出し、歌音 テンペスト(
jb5186)が犯人の全身像を描いてもらおうとする。
「で、でも、覆面をつけていたのですー」
人相どころか、男女の区別もわからない。せんせーは「えぐえぐ、せんせー役立たずなのです〜」と更に泣き出した。
「そんなことはないです。先生、ハッキリ言って、フライドチキンが戻ってくるかは判りません。でも、皆が協力して犯人を捕まえようと動いています。それに犯人を捕まえたら、サロン『椿』さんで、打ち上げをしようとも言っていますから、今は涙を止めてください」
落ち着いた声で、日下部 司(
jb5638)がせんせーを宥める。
「犯人が、オートマチックを構えていた手と、紙袋を奪い取った手はどちらでしたか?」
「‥‥えーと‥‥銃は、右手に持っていたと思うのですー」
「先生が店に入る前に他の客はいなかったんですか? あと、店に入る前に、不審な人影を見ませんでしたか?」
「お、お腹がすいて、それどころじゃなかったですー。ほかのお客さんは、確か、いなかったのですー」
司の質問に、必死に答えるマリカせんせー。ミチルが補足した。
「うん。ほかのお客はもう誰もいなくて、時間も、お店を閉める間際だったよ」
「質問を続けますね。声は本当に男のものでしたか?」
司は更に問い続ける。ミチルもせんせーも、うーんと小首をかしげた。自信はないらしい。
「カバン類は持っていなかったでしょうか?」
ここへきて、ミチルがぽんと手を打ち、裏口から店に戻って、防犯カメラの映像を確認にいった。
「声は男かなあ、若いけどね。カバンはなかったし、服は、激安で有名な『アパレル雲丹黒堂』の、超やっすいシャツとズボン。覆面は紙製だと思うな。深夜で他にお客はなし。これでいい?」
可能な範囲で、動画データを皆の端末に流すミチル。
「今日、店長いないから、あたしが出来るのはこれくらいだよ。ごめんねえ」
ユウ(
jb5639)は、ミチルに、犯人が物質透過で通り抜けた場所を尋ねた。
「路地に入ってすぐかな、手前に、ごみごみしていてわかりづらいとこあるでしょ? あそこで、行き止まりだから追い込めるって思ったのに、壁を超えていかれちゃってさ」
悔しそうにミチルが呟く。
「食べ物の恨みは恐ろしいって言うやんか! こら見つけだし次第、ボッコンボッコンのギッタンギッタンにせえへんとあかんなぁ」
黒神 未来(
jb9907)は『椿』での囮作戦に乗り気だった。
「粉モン仰山作んでぇ! 食いついてこいやぁ!!」
「‥‥刷り上がった」
闘吾が無料夜食会のお知らせチラシを持って、戻ってきた。
「ほう、チラシ配布ですか。では私は、ネットを使いましょうかね」
リーガンが、スマフォをいじり、SNSに接続して、「ミスって仕入れすぎてしまったので、激安もしくは無料で食事会を開きます。場所はサロン『椿』にて」とイベント情報を流した。
その頃、犯人は。
路地をひたすら走っていた。覆面は、道すがら投げ捨ててきた。
フライドチキンファミリーパック4つ入り紙袋が、ずっしりと重く揺れている。
中にはジュースも入っている。こぼさないよう、途中から、胸に抱えた。
●10:40
犯人は、足を止めて、路地のゴミ捨て場のポリバケツに腰を下ろした。
「ダメだ‥‥エネルギー切れだ‥‥」
盗んだチキンをかじり出す。
がつがつと手を口を汚しながら、ここ1週間のエネルギー枯渇を満たそうと、食べて食べて、ジュースを飲んで。
「‥‥ポテト‥‥お前、美味しいやつだったんだな」
それにしても。
エネルギー供給源=食べ物に目がくらんで失念していたが、これ、女性から奪ったんだっけ?
まあいいや、女性には多すぎる量だもんなぁ。
ファミリーパック4つは、彼にも多すぎて、今すぐ全部は食べきれなかった。
明日用に残して、持って帰ろう。チキンの骨は、煮出して、カップラーメンに使うんだー。
すげえ俺! カップラーメンなんて、何週間ぶりのゼイタクじゃね?
黒子は、貧乏臭い衣類を着た学生、という手がかりを追って、聞き込みをしていた。
そのうち、投げ捨てられた覆面にたどり着く。
犯人逃走方向に聞き込みを進めていったのは間違いではないようだ。
「こちらであっているみたいですが、人影は?」
黒子は、ビルの屋上からテレスコープ+夜目で犯人を探している九十九と連絡を取った。
「人通りは余りなさそうさぁね。死角が多くて見づらいけれど、無人ってわけでも無い気がするさね」
「そちらからも犯人らしき男は見えませんか‥‥」
「歌音ちゃんはスレイプニルで捜索中ぴょーん! せんせー、頑張ってついてきてちょーね!」
黒子と九十九の連絡に、歌音の声が入ってくる。
ミチルのように足が速いわけではないせんせーが、ぜいぜい息を切らせながら、スレイプニルを追って走らされていた。
「物質透過を使用して、犯人の逃走経路を辿ってみました。同じように透過してきた人がいないか、通行人に尋ねてみましたが、まだ手応えはなさそうです」
ユウからも一報が入る。
一行は確実に、犯人の足取りを追っていた。
だが、捨てられていた覆面以上の証拠品は見つかっていない。
「‥‥チラシ配布は終わったぞ」
言葉少なく、闘吾から連絡がくる。
サロン『椿』では、無料夜食会が始まろうとしていた。
●10:50
ツナとレタスのサンドウィッチ、お好み焼き、たこ焼き、いか焼き、明石焼き。
和風サロン『椿』には、大勢の貧乏臭い学生が集まっていた。
「あのさ、あたし、ここに居る意味あんの?」
しんどそうにミチルが頬杖をつく。
「面通しって言われても‥‥覆面だったんだよね‥‥素顔なんてわかるわけないじゃん!」
香里と未来の手料理が、次々と学生たちのおなかに収まっていく。
ついでにたこ焼きをもしゃもしゃしながら、ミチルは飽きたように学生たちの顔を眺めていた。
さて、犯人はというと。
自宅という名のぼろアパートまで、あと徒歩10分の位置にきていた。
抱えているファミリーパックの数は2セット。
半分は摂取したものの、やはりおなかに入りきらなかった。
「チキンマークの紙袋を抱えた学生、発見さね!」
どうしても、自宅に向かうには、広い通りを横断しなければいけない。
犯人がそこへ差し掛かったところを、九十九は見逃さなかった。
高所から皆に位置を知らせる。
ユウが、<闇の翼>と<縮地>を使用して、上空から犯人を追跡し急降下する。
「うわっ!?」
男はチキンパックを大事そうに抱え、逃げようとした。
司が<全力移動><全力跳躍>を駆使し、先回りして、犯人の逃走経路を塞いだ。
油断なく阻霊符を発動させる。
逃げ場をなくした犯人は、震えながら、不器用にオートマチックを取り出そうとする。
司の目つきがすっと鋭くなった。
「もし、その銃を撃つのなら、此方もそれ相応の対応をさせてもらうよ」
そこへ、リーガンが追いつき、精密射撃で犯人の手から銃を弾き落とした。
「理由の如何なるをもってしても、反省はしてもらおう!」
「ま、待ってくれよ、俺はその、どうしても」
「言い訳無用っ、真空ハイメガ粒子全米が泣いた歌音砲(仮)!」
歌音が、どこからともなく取り出した段ボール製のバズーカ(のようなもの)を武器に被せ、後はそのまま普通に連想撃を放つ「だけ」の大技を披露した。
「悪いことしたのに、言い訳なんかすると、田舎の母さんが泣いちゃうんだぞ!」
更にスレイプニルに倒れた男をぐりぐり踏ませ、動けなくなったところを、手錠&足枷で捕縛する歌音。
全身やせ細り、骨が浮き出た犯人の腕が、街灯の光を受けて暗い影を落とす。
「‥‥自分も強盗するほど飢えてるんなら、暗黒胃袋なせんせーの空腹の辛さも分かるでしょう? あなたはそんなせんせーから、ささやかなおやつの喜びを、美味しいチキンを取り上げるという、恐ろしく残酷なことをしたのよ? それは、某菓子パンヒーローから中身を取り除いて、あまつさえ、数少ないお友達の愛と勇気まで取り上げて、世界的ぼっちな只のパンにするくらい、ヒドいことなのよ!?」
皆からだいぶ遅れて、よたよたと、走り疲れたせんせーがやってきた。
「先生からも、お説教をお願いします」
ユウの言葉に、せんせーはよろめきながら犯人に近づき、ファミリーパック2つがまだ残っていたことを喜んだ。
「わーん! せんせーのチキン、まだ残っていたですー!!」
●11:00
ここは和風サロン『椿』。
貧乏学生が、山と積まれたご馳走に群がり、舌鼓を打っている。
「ここのカレーは美味しいです。アイスも合格点ですね」
黒子は作戦がうまくいったことを喜び、好物の試食に盛り上がっていた。
「で、結局何がどうなって、ああいういけないことをしちゃったんですー?」
冷めたフライドチキンファミリーパック2つをぺろっと平らげ、更に『椿』のサンドウィッチを頬張り、九十九に「つくもんさーん、ユーリンチーとバンバンジー追加くださいです〜」と注文を飛ばしながら、マリカせんせーは美味しいものを好きなだけ食べられる幸せに浸っていた。
犯人は、今はほとんど何も口にしていない。
ファミリーパック2つで、エネルギーも満タンになったそうだ。
「あんたが犯人やったんか!? ここまできて、逃げ出そうもんなら、ラリアット、ブレーンバスター、コブラツイスト等で遠慮なくシメさしてもらうで! 食べ物の恨みがどんだけ恐ろしいかっちゅーこと、ちゃーんとわかってもらわんとな!」
未来がぽきぽきと指を鳴らす。男は蒼白になり、「ごめんなさいごめんなさい」と頭を下げた。
「どんな理由があれ、状況であれ、盗みはいけないよ」
司がしっかりとした口調で繰り返す。
「そうですよ。もう絶対にしないと、皆やせんせーに誓ってくださいね」
配膳を手伝いながら、ユウがにこにこと笑顔でマリカせんせーを見やる。
「私も、食べ物の大切さや、してはいけない事などを、ちゃんとわかっていただきたいです。誰に謝ればいいと思っているんです?」
さりげなく、香里がマリカせんせーへの謝罪を促す。男は「本当に申し訳ないです」とうなだれた。
九十九の揚げた中華風フライドチキンをつまみに、酒をちびちび飲んでいたリーガンが、顔を緩めた。
「まあ、それだけ反省しているのなら、今回は目をつぶってやってもいいかな。そこまで生活が苦しかったのかね?」
「そうよね。なんであんなことしたの? あなたボンビーなの? 何か事情あるのん?」
歌音が改めて尋ねると、男はこくりと頷いた。
彼は高等部2年、インフィルトレイター学科生、はぐれ悪魔。
人間界に身を移し生活する彼は、ゲートの集積装置からエネルギーを得られないため、人間と同じように食事をとる必要がある、のだが。
学園には、毎日まじめに通っているものの、授業に全くついていけず、演習でも落ちこぼれ。
当然、依頼にもありつけず、仕方がなく転移装置VBCで頑張って、やっと6レベル認定を受けたところである。
しかも、転移装置VBC演習でも、他人の実力に頼ってばかりで、自力ではクリアどころか、最初のバーチャルモンスターにも負けてしまうそうである。
家賃も払えず貯めており、食費もなく、途方にくれて夜の散歩に出、美味しそうなチキンの香りに、魔がさしたということだ。
なお、銃の命中率が3割を切っているという、落ちこぼれっぷりらしい。
「そっかあ、筋金入りの貧弱落ちこぼれっ子ボンビーちゃんなわけね。あたしなら、飢えたら野山で昆虫や幼虫を捕まえて、お腹いっぱいになるまで食べるなあ。あなたもそうしたら‥‥って、まずは弁償ね。ミチルちゃんを見習ってバイトとかしたらどうかな?」
「バイト‥‥」
こんな、学園の落ちこぼれに、バイトが勤まるのだろうか?
歌音の提案に、怖気づく男。
「食え。そして読め‥‥」
闘吾が、九十九特製・鶏とカシューナッツの炒め物を差し出した。
皿の下には、バイト情報誌。
『賄いつき 第7学生食堂 皿洗い募集中』
「第7食堂のカレーは、まじで美味しいですよ。多分賄いもカレーだと思いますね」
カレー大好き黒子のお墨付きのようだ。
男は迷い、悩み、そして自信なさそうに「うけてみます」と呟いた。
どん、と闘吾がその背を叩く。
「‥‥迷うな、進め」
マリカせんせーへの、パーティパック2つぶんの弁償は、まだ、済んでいなかった。
●後日
初めて受け取った給料袋を握り締め、男は再び、フライドチキン店の自動ドアをくぐった。
今度は素顔だ。
「これ、せんせーに‥‥!」
レジのミチルに、給料袋を差し出す男。
ふっと笑って、ミチルは中身を確かめた。ファミリーパック2つぶんの金額が入っている。
「わかった。渡しといてあげるよ」
ミチルが頷くと、恐る恐るという感じで、学生は尋ねた。
「あの‥‥もう、サロン『椿』さんで、ご飯を無料で配るのやらないんですか? もう食費がピンチなんですけど‥‥」
「そ、それは、あちらの女将さんに聞いてちょうだい」
ミチルは苦笑し、サロン『椿』の連絡先を教えたのであった。