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マイクロバスから降りた7人は、しばし眼前に広がる海と潮の香りに浸った。
「結構賑わってますね」
水着にパーカースタイルの木嶋香里(
jb7748)が、ごった返す波打ち際を眺めた。
(海か‥‥妹も連れてきてやりたかったが‥‥仕事だ。また別の機会に一緒に来られれば良いな‥‥)
イツキ(
jc0383)が潮風に乱れる髪を押さえる。
そんな中。
「せんせーの今日の仕出し弁当は、和風サロン『椿』さんの、特製スペシャルお重なのです〜♪」
マリカせんせー(jz0034)がほくほく顔で、高く積まれたお重を持って、砂浜に降り立った。
アリス・シキ(jz0058)と所長の姿を見かけて、彼女らのパラソルへとよちよち向かう。
お重の蓋が、振動で少しずれた。
次の瞬間、トンビがいきなり急降下してきて、せんせーのお重から、からあげをひとつくすねていった。
場所は「海の家ゲンヤ」の真正面。
「きゃああ! せんせーのお弁当なのですー!! 取っちゃダメですー!!」
歩きにくい砂浜をよたつきながら、せんせーが何とかしてお重を守ろうとする。
1羽成功したとみるや、次の1羽が、そして次の1羽が、と、どんどん飛来してきて、せんせーのお重を狙う。
「トンビは此処を、餌場か何かと見ている様ですね」
雫(
ja1894)が、クールに状況を分析した。
(ふうん、こんな感じの、味のある海の家もあるんだねぇ☆)
ぼろ屋台にしか見えない「海の家ゲンヤ」を眺め、ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)は内心こくりと頷いた。
「ふむふむなるほど。これがその海の家か‥‥うむ、確かにすごい有様だな。なかなか骨が折れそうだ」
アリスから大体の話を聞き、詠代 涼介(
jb5343)は落ち着いた雰囲気で、ゲンヤじいさんに向かっていった。
「よぅ、久しいなぁ、ゲンちゃん。俺たちはここの常連の生まれ変わりだ。また昔みたいに盛り上げていこうぜ」
「ああー?」
難聴のゲンヤじいさんは、最初は何度か聞き返したが、涼介の言葉をようやく認識すると、ぼろぼろと涙を流した。
「こりゃ、なんとも、なんとも。生まれ変わってまで、ここに来てくだすったのかの。あんたさんはゴウちゃんじゃろうか、ミッちゃんじゃろうか‥‥」
ハンカチで顔を拭いながら、じいさんは涼介の手を握った。
骨ばって節くれた手が、ぶるぶると細かく震えていた。
(その、ゴウちゃんやミッちゃんが、天魔となって、あのトンビになってここを狙っているとか?)
死屍類チヒロ(
jb9462)が、頭につけたお面を押さえて、上空を見上げた。
(もしや、ゲンヤさんに気づいて欲しくて‥‥とか、かな?)
作戦会議が行われた。
海の家ゲンヤのリフォームと、先々の営業についてと、トンビ問題の解決について、皆で話し合った。
「あ、先生。後で頼みたいことがあるんで、協力をお願いしてもいいですか?」
涼介がせんせーに問うと、からあげを全部トンビに奪われて、えぐえぐ泣いているせんせーが、こくりと深く頷いた。
「た、食べ物の恨みはおそろしーのですー!(ふるふる)」
『んー、磁場を狂わせるのは、トンビ忌避には有効な手だとは思うけれど、お客さんの携帯とかペースメーカーとかに影響を与えちゃうのは、問題じゃないかな☆』
大量の磁石を四方に設置するという香里の提案を聞いて、ジェラルドがチャラい口調で応える。
『あの店じゃ、携帯使えないよ〜ってなるのも、評判的にあんまり良くないと思うしね☆』
「それにしても、ゲンヤさんの店だけ狙われるのも解せなかったので、少し調べてみた。どうやらトンビは目でも餌を見るようだな。申し訳程度の屋根1枚と言うのが、狙われやすい原因かも知らん」
イツキが海の家ゲンヤを見やる。
屋根はぼろぼろの板1枚。ほかの海の家と比べても、オープンすぎて、トンビの視界に留まりやすい。
リフォームの案がまとまってきたところで、香里とせんせーが、資材調達に向かうこととなった。
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資材が届くまでの間に、残った皆でトンビ対策をしておくことにした。
「ここが餌場ではなく、危険な場所だと、分からせてあげればいいのです」
雫が淡々と言葉を紡ぐ。
「勿論、天魔ならその時は容赦なしですね」
「トンビども! ボクがいる限り、もうお前達の好き勝手はさせないぞ!!」
チヒロが所長から借りた捕縛弾を専用銃にこめながら、上空を睨む。
マリカせんせーの、からあげを奪われて、めっちゃ泣いていたさまが、まだ瞼の裏に残っている。
「トンビが来たら、1羽に<気迫>を使ってみよう。これで多分、天魔かどうかの区別はつくだろう」
『ああ、そうだね☆ ボクの<覚醒の声>だと、一般のお客さんも逃げちゃうからね』
イツキの提案にジェラルドは頷いた。
「わかりました。判別はイツキさんに任せます」
静かにそう言って、雫が、海の家ゲンヤでアイスを買う。
空に捧げるまでもなく、トンビの姿が現れた。
くるくると空に輪を描いて、ひと鳴きし、急降下してくる。
イツキの<気迫>が、トンビの1羽を捉えた。
失速し、動けなくなった1羽は、垂直落下して浅瀬に突っ込んだ。
「野鳥でしたか。保護鳥に指定されている可能性がある以上、殺生は無しですからね」
雫の言葉に、浅瀬から、溺れかけのトンビを助けるジェラルド。
‥‥間近で見ると、やたらでかい。この鋭い爪にひっかかれたら、大怪我もしかねない。
引き続き、アイスを振り回して、雫がトンビを引きつける。
普段、不思議と動物に怯えられてしまい、なかなか懐かれない雫なのだが、アイスを振り回すだけでトンビが面白いように群がってくるので、少しだけ嬉しかった。
「いけないことをすると、お仕置きです」
撃退士の反応速度でトンビを捉え、めっ、と適度にお仕置きをして放してやる。
辛抱強く繰り返すこと数回。段々トンビが雫を覚えて、離れていった。
「ここに近寄るな! あっちいけ!」
チヒロが、海の家ゲンヤの上空を<闇の翼>で飛び回り、<分身の術>で威嚇する。
「全部で5羽か。まあ、躾けるにはそう多くない数だな」
イツキも雫に倣い、トンビを捕まえては、お仕置きを繰り返していた。
一方。
『おや、貴方のような美しい方とお会いできるなら、海に来た甲斐があるというものですね☆』
ジェラルドは、トンビの躾を仲間に任せ、パラソルの影で横たわる所長をナンパしていた。
「ほほう、私が美しい、ねえ? 今まで、男に間違われたことしかないのだが?」
帽子で隠れていた顔を、ちらりと覗かせる所長。
『‥‥』
ジェラルドのへらっとした笑みが凍りついた。
『あ‥‥あはは☆ お邪魔しました♪ またね☆』
逃げ出すように去っていったジェラルドを見て、所長は、やれやれと帽子を顔にかけ直した。
やがて資材を抱えた香里とマリカせんせーが、ホームセンターから帰ってきた。
敵が増えたと認識したのか、トンビたちは上空高くに撤退していった。
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とんてんかん、とんてんかん。金槌の音が青い青い空に吸い込まれていく。
スレイプニルに乗り、涼介が海の家ゲンヤの屋根を張りかえ、透けて見えないよう板で覆っていく。
「なるほど。トンビに見られて、この店だけマークされていたのか」
涼介が額を拭って周囲を見回すと、確かに、ほかの海の家にはしっかりした屋根があった。
「木製の丈夫な張り出し屋根を作って、周りをよしずで囲い、ベンチでも置けば、小さな休憩所にもなって、良いのではないかと思ってな」
イツキが提案し、買ってきたよしずを立てかけて固定する作業に入る。
「ベンチは1つ2つにして、客が食べる間だけ休める仕様にすれば、休憩所とはまた違う趣きになるだろうし」
「良いですね」
材料調達に行ってきた香里が、設置したベンチとよしずを見て、納得する。
「では、外装はお2人にお任せします。私たちは、ここに集まる皆さんの為に頑張っていきましょう♪」
香里が、涼介とイツキに声をかけてから、アリスと共に新しい看板作りに取り掛かった。
涼介に頼まれ、マリカせんせーが、店の全体的なバランスや美観の調整をしてくれる。
新しく塗り直された看板が出来上がった。
屋根作りを終えた涼介も手伝い、貝殻を貼り付けたり、海洋生物を描いたり。
「海の家ゲンヤ」の文字が、ひときわ輝いて見える仕上がりになった。
「おお、おお、おお」
ゲンヤじいさんは、涙を流しながら、皆の改修作業をみつめていた。
「いつじゃったかのう、あの台風のひどかった時じゃ。あの時までは、こんな風に綺麗にしていたものよのぅ。すっかり吹き飛ばされて、無うなってしもうたが、いやはや、懐かしいのぅ‥‥」
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外装工事が終わり、いよいよ内装とサービスの改良である。
香里は、見やすく指さしやすいメニュー表を作り、店内に設置した。
あえて内部に時計を置かず、「時間を忘れさせる様な寛ぎ」をコンセプトとして打ち出す。
ジェラルドは、スイカ割りセットと、浮き輪や小さなゴムボートなど海の玩具の販売を提案し、更に、より美味しいアイス業者を入れること、またサーファー用に寒くなってからおでんを売るよう、ゲンヤじいさんを説得した。
「ここのアイスは手作りじゃないんですか?」
香里が尋ねると、おじいさんは首を振った。
「ばあさんが生きとった頃は、多少作ってもおったがの。わしにゃあ作れんのじゃよ」
(お野菜を混ぜ込んだアイス3品は、難しそうですね‥‥)
レシピをまとめて持ってきていた香里だが、それなら、野菜アイスを扱っている業者を探そうというジェラルドの意見に首を振った。
「あ、塩アイスもいいですよ! あれ美味しいんです!」
好物なのか、チヒロが推しまくる。
塩アイス、野菜アイスも扱っていて、尚且つ安価で、美味しいところ‥‥。
そこは料亭の女将である香里の得意分野である。
香里は知り合いに連絡をとりまくって、安くて味の評判も良い業者を見つけ出した。
ついでにスイカの手配も整え、ささっと商談をまとめてしまう。
業者が来て、試食品として置いていったアイスを食べながら、ひと休憩。
「この味なら合格点ですね!」
チヒロが楽しそうにアイスを舐める。
『これを派手に宣伝しない手はないよねぇ☆』
試食用アイスに舌鼓を打ち、ジェラルドが考えを巡らせた。
「バイトを雇いましょう。アイスがこの味ならば、行列必至かと思います。ゲンヤさんだけでは手に余るかもしれません」
雫が提案した。
涼介が、更なるアイデアを提供した。
「遊び心も必要だ。くじ引きを用意しよう。ここで買いものをした人に、品物1つにつき1枚くじを引いてもらう。で、アタリ券は、翌日以降に使える、アイスか飲み物の引換券ってわけだ。翌日以降としたのは、再度この店に足を運んでほしいからだな。これが多めに入っている」
ほかにも、景品の名前が書いてあれば、その品物がもらえるようになっている、という。
「そうそうマリカ先生。さっき自分にできることなら協力するって言ってましたよね?」
涼介は、ダンボールを改良して作ったくじ箱に、次々とくじを作って入れていく。
「は、はいー?」
キョトンとしたせんせーに、良い笑顔で涼介は、マジックを動かした。
「では、遠慮なく」
きゅっきゅっとマジックの音も高く、マリカ先生ブロマイドが景品一覧に加えられた。
「!?」
マリカせんせーは呆然としていた。
「そ、それって、誰得なのですー??」
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かくて、「海の家ゲンヤ」は見違えるような変身を遂げた。
おじいさんは、目を細めて、自分の店の変貌を見つめていた。
――失った妻、仲間たち、知人、常連さん。
彼らの生まれ変わりの若者たちが、わしの店をも、生まれ変わらせてくれた。
撃退士たちの尽力で押し寄せたバイトたちの面接をしながら、おじいさんは涙をこらえていた。
(ゲンヤさんの想いを、ちゃんと受け止めてくれる人を、採用しましょう)
雫が面接に同席し、冷静な分析力をフル回転させていた。
バイトが決まるまで、イツキが店を手伝う。
ジェラルドは、『市役所に行ってくるよ♪』と、タクシーで去ってしまった。
悔しそうに遠巻きに飛ぶトンビ。それを見ながら、チヒロはひとり考え事をしていた。
(暑い夏はときめきと、ハツラツな気分を提供してくれるけど、独り身には堪えるんだよな〜。彼女か〜。棚ぼたみたいに落ちて来ないかなー。空から突然、でもいいからさ〜)
客寄せとして、外から見える位置に、所長とアリスが休んでいた。
「あ、あの‥‥わたくしどもが、客寄せになりますとは、思えませんのですが‥‥」
「雫くんの提案だ、一応飲んでおこうじゃないか」
マフィア風の帽子を目深にかぶって、所長は唇を歪めた。
店内には「ナンパ禁止」と書かれた札がぶら下がっている。
「で、ですがその‥‥雫さんのなさった設定に、無理がございますように、思いますのですが‥‥」
雫は奥で、バイトの面接に同席している。ナンパされたらすぐに呼ぶよう、言われていた。
が。
「シキさんは私のお母さん設定で、所長さんは私のお祖母さん設定ですからね」
――ちょっと、無理があった。
「まあ、私がお母さん設定で、お嬢がお姉さん設定なら、不自然ではないかもしれないがね」
所長は苦笑しているようだった。
「面白いから、いいんじゃないか?」
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一方ジェラルドは、市役所の観光課で、海岸案内ガイドブックの作成を提案していた。
『海は大事な観光資源☆ 活かさない手はありませんよ♪』
勿論、有名ビーチだけに、観光課も清掃や事故防止に力を入れている。
『それだけじゃあ、もったいないかな☆』
ガイドブックに『この海岸に来たらここに寄ろう!』という記事掲載を提案するジェラルド。
『「海の家ゲンヤ」ってとこがね、老舗なんですが、最近リニューアルして、いいアイスを出すようになったんですよ☆』
ここぞとばかりにたっぷり宣伝する。ついでに応対してくれた女性職員もナンパし、あっさり振られ、ジェラルドは市役所を後にした。
『ん、これでまずは良し、かな☆ 無事に載るといいねえ♪』
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バイトも決まり、再出発した「海の家ゲンヤ」。
新しい外観、綺麗な看板、美味しいアイスに商品に、遊び心をくすぐるくじ。
おじいさんは、海の家を始めた頃を、懐かしく思い出していた。
いずれ機会をみて、隠居しようと思っていた。
だが、先に逝ってしまった者たちが、生まれ変わって、この店を立て直しに来てくれたのだ。
「わしゃあ、辞めるわけには、いかんかのぅ。なあ、ばあさんや」
そう海に語りかけた時、イツキがそっとおじいさんの肩に手を乗せた。
「来年も来るよ。その時はまたバイト‥‥と言うか、手伝いにくるよ。無論、報酬は要らない。ゲンヤさんの力になりたいだけだからな。この店がまた繁盛するのが、何よりの報酬だ」
イツキの微笑みを見て、おじいさんは「有難う‥‥」と、目を拭った。