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困り顔のアリス・シキ(jz0058)の話に、皆、はあとため息をついた。
「その計算方法だと、休日の時間って彼って何しているの?」
思わず龍崎海(
ja0565)がつっこむ。
「それに、学校に行っていないのに、学校特有の長期休暇を勘定に入れるのっておかしくないかな?」
「???」
アリスはよくわかっていないようだった。
「シキさんに言った日数換算には、ダブル・トリプルカウントがあるんですよ」
美森 仁也(
jb2552)がメガネを直しながら、説明した。
「今年度で説明しましょうか?」
「は、はいっ。お願いいたします」
仁也はさらさらとメモ用紙に計算式を書き始めた。
「夏休み45日、冬休みと春休みが16日。ここには日曜8+2+2、祝日1+2、含まれます。病欠で1週間なら日曜1日含みますよね? よって休み・祝日・日曜・病欠合計は137日。この137日分のご飯・ちゃんと行っているとしたら塾・風呂・睡眠の時間が、ダブルカウントになるんですよ」
「?????」
明らかにわかっていない。アリスの目がぐるぐると回りだす。
「進君が1日に使用する時間は14時間。年間で5110時間。一年は8760時間ですから、3650時間、日数にして152日、ほぼ3ヶ月強、空いている時間があるという計算になるのですよ」
黒衣の天使クレメント(
jb9842)が、やさしく解説した。
「最初に日曜日を挙げましたけれど、日曜日は長期休みにも含まれているでしょう?」
仁也が更に、かみくだく。
「‥‥あ!」
漸くアリスにも理解できたようだ。ぽん、と手を拳でうち、こくこくと頷く。
「進くんは、親が居て、学校にも通えるのに、屁理屈をこねて不登校とは‥‥こてんぱんにしてやりたい気分ですね」
仁也は心やさしい妻、美森 あやか(
jb1451)の顔を見て、自分は厳しく接したほうがいいのだろうかと考え始めていた。
「それがどうも、不登校になる前、結構長くいじめにあっていたらしいよ」
マリカ先生を通じ、恩師の話を聞いていた海が、再び口を開く。
「体育が苦手だから‥‥とか、でしょうか?」
クレメントの言葉に、うん、と頷く海。
「すごく成績がよくて、体育が苦手だったんだって。それでクラスの皆に、点取り虫、白豚とかって言われて、執拗にいじめられたみたい。鼻血を流しながら家に帰ってきたこともあるらしいし、夜にひとりで泣いていることも多かったらしいよ。進学校だから余計、皆にライバル視されたんだろうね」
「‥‥」
エナ(
ja3058)が、気の毒そうな表情を浮かべる。
「確か進くんは、チョコが好きなんですのね。私、チョコ菓子を作っていこうと思いますわ」
紅 貴子(
jb9730)が艶っぽい微笑を浮かべた。
「あたしも、美味しいお弁当を作りますの。頑張りましょうね」
あやかがこくんと頷く。
(女性陣のお弁当には期待しよう‥‥)
海は見つけた楽しみをこっそり心にしまいこんだ。
雪之丞(
jb9178)が、不思議そうにそんな海を見つめている。
そして、皆がお弁当の話で盛り上がり始めた横で。
「マリカせんせー(jz0034)の特別なもの‥‥しかもお外で‥‥きゃっ、だ・い・た・ん♪」
妄想に頬を染めて身をよじる、歌音 テンペスト(
jb5186)の姿があった。
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一行は進の家に出向いた。玄関先に彼を呼び出す。
「進さん、一日のご予定を知りたいのですけれど」
クレメントが切り出した。
「一日の予定?」
クラスメイトには、「白豚」などというあだ名をつけられているようだが、進はそんなにふくよかではない。少し色白なくらいで、どこにでもいそうな普通の子だ。
進はお馴染みの話をして、皆を煙に巻こうとした。
「一年って365日もあったの? 100日ぐらいと思ってた!」
歌音が大げさにビックリする。
「そんなに沢山あるなら、一日二日寝なかったり、お風呂も毎日入らなくても大丈夫だね!」
クレメントが畳み掛けた。
「なるほど、では、食事が合計3時間、塾が2時間、入浴が1時間、睡眠が8時間で計14時間。1日は24時間ですから、10時間ほど時間が空きますね」
進が返答に詰まる。
すかさず、あやかが誘った。
「あたしたちと一緒に、ピクニックに行きましょうよ。きっと気持ちが良いですの」
「う‥‥で、でも、その‥‥ぼく、忙しいし‥‥」
「忙しいなら、時間を増やせばいいのよ!」
歌音が、玄関に飾られていたカレンダーの末尾に、32日目を油性マジックで書き込んだ。
「これで1日浮いたわ! さぁさぁ! さぁ!」
「そんなことしたって、時間は増えないよ。お姉ちゃんバカじゃないの?」
冷ややかに進は歌音を見る。
「コホン。ともかく、こんな美女だらけ、かつ貧乳からボンキュッボンまでよりどりみどりの、ウハウハな野掛けに行かない手はないわ。虫が苦手でも大丈夫! あたし好きだから!」
「まあまあ。では、空いている10時間のうち、ほんの数時間で構いません、私たちのピクニックにおつきあいいただけますか? お礼は、そうですね‥‥チョコレート菓子各種でいかがでしょう?」
「‥‥えっ、チョコ? くれるの、チョコ? かくしゅってことは、いっぱいあるの? すげー!」
見事に声をはずませ、目を輝かせて、進は頷いた。
(生意気なところがなければ、十分可愛い子供なのにな‥‥)
雪之丞は心の中で呟いた。
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ピクニック当日、待ち合わせ場所に集まった皆は、森林公園行きのバスに乗った。
進の保護者として、マリカせんせーも同行する。
「ねえねえ、チョコはいつ? いつ?」
ねだられて、あやかがチョコチップクッキーを差し出す。進はしげしげとクッキーを見つめた。
「すげー! これ手作りじゃないの?」
「そうですの」
微笑むあやか。バスの中で早速包みをあけ、進はクッキーをぽりぽり食べ始めていた。
森林公園前のバス停で降り、ぞろぞろと小道を歩いて、テニスコートのそばの、花時計広場に向かう。
初夏の日差しが照りつけ、歩くだけでも、結構汗が噴き出してくる。青々とした芝生を渡る風は涼しく、花壇には色とりどりの花があふれている。風が吹くたび、木々がさやさやと葉擦れの音を響かせる。
「ねえ、まだ歩くのー? 暑くて死にそうだよ」
進が真っ先に音を上げた。
「チョコレートアイスも用意してありますよ。頑張って歩きましょう、もうすぐですから」
クレメントが保冷箱を指し示して、進を励ました。
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広げたレジャーシートにダイヴし、ぐでんと横たわる進。アウトドア嫌いなのも頷ける貧弱さだ。
子供なら、もうちょっと元気があっても良さそうなものだが、と、雪之丞が考える。
「せっかく外に出たんですから‥‥楽しみましょうか‥‥♪」
エナが帽子を押さえて目を細める。
「風が涼しくて気持ちが良いですわね。景色も綺麗。外に出るのも、そんなに悪いものじゃないでしょう?」
さらりと黒髪をかきあげ、艶然と貴子が微笑して進に話しかける。進は噴水にも、綺麗な景色にも見向きもせず、しんどそうに声をあげた。
「暑いよ、死んじゃうよー。もう疲れた。日陰ってないの?」
帽子からはみ出した髪が、ぐっしょりと汗で濡れている。見かねてクレメントがアイスをあげた。
チョコアイスを食べ終えると、進はリュックから携帯ゲーム機を出して、寝転んだままピコピコ遊び始めた。
さっと仁也が奪い取る。
「何するんだよ、返してよ」
「進少年よ‥‥インドアゲームばかりしていては、気分が塞ぎ、心身ともに良くない。折角ピクニックに来たのだから、楽しく運動して汗を流し、豊かな自然に触れるとしよう。心身ともにリフレッシュするぞ?」
雪之丞が、進の横に座り、景色を眺めるよう促す。
「おじさんたち、うっさいよ。返してってば!」
進は仁也に手を伸ばした。
「「おじさん‥‥」」
雪之丞と仁也が凍りついた。
「‥‥ピクニックが終わったら、返します。それまでは預かっておきますね」
顔を引きつらせながら、仁也がゲーム機を懐にしまいこんだ。
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「スーパー歌音砲、喰らえェェ!!!」
「なんの!」
歌音と海が、テニスコートを駆け回る。爽快な音を立てて、ボールが青い空に黄色い軌跡を描く。
「皆さんもテニスしましょうですー♪ ダブルスとかしたいですー」
マリカせんせーが、テニスラケットを持って、レジャーシートに誘いにきた。
「テニス? 興味ないし。服汚すとおかあさんが、やな顔するし」
レジャーシートに寝そべったまま、進はだるそうに断った。
「じゃあ、他の皆さんでやりましょうですー。進くんは荷物番しててくださいですー」
あっさりと引き下がるせんせー。
適当に白組と紅組に分かれ、ダブルス開始。
審判は、マリカせんせーが担当することになった。
せんせーの極秘指令で、わざとレジャーシートの進に声が届くように、皆で、目いっぱい楽しくはしゃぎ回る。
進は、最初は不貞腐れたようにごろごろしていたが、聞こえてくる楽しそうな声に、次第に落ち着かない様子になってきた。
「テニス楽しそうですね‥‥私も混ざりたかったです‥‥」
荷物番を買って出ていたエナが、出来るだけ自然に独白する。進は更に落ち着かなくなった。
「テニスってそんな面白いの?」
「そうですよ。‥‥でも、進さんは、スポーツお嫌いですよね‥‥?」
明るく答え、後半で声のトーンを落とすエナ。
「べ、別にぼく、気にしてないし! やりたいとか全っ然思わないし!」
そこへ、ふらふらと歌音が帰ってきた。
「もうダメ〜、進くん助けてぇー。あたしじゃ勝てないぴょん!」
子供用デカラケを、さりげなく持ってくる貴子。
「たいへん、白組ピンチよ。進くんが混ざってくれたら、勝ち目はあるけど‥‥」
チラリ、チラリと流し目を送る。
「ぼくに出来る訳ないじゃん。やったこともないし。勝てるわけないし」
すげなく答えつつも、やることが何もなく退屈な進。
「ゲームはしたこと無いの?」
「そりゃあるけどさ」
「じゃあ、ルールは完璧ねっ♪ 進くん、バトンタッチ! 紅組をこてんぱんにのしてきてね!」
歌音はまんまと進の手に、貴子の持ってきたデカラケを握らせた。
皆が密かに、進を活躍させようとして手を尽くしたお陰で、渋々参加したテニスが、徐々に面白くなってきた。
進はテニスコートの中でも、その生意気ぶりを発揮していたが、些細なことでも褒められると悪い気はしないようで、お昼を迎える頃には、すっかりテニスにハマっていた。
軍配は白組にあがり(皆の演技と手加減の賜物)、道具を返却。いよいよお弁当タイムである。
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「たまにはこんなのも楽しいでしょっ? あたしは一緒に遊べて楽しかったよっ」
歌音が、進の手をとった。
「運動したあとの食事は、格別だよ。皆の手作りのお弁当楽しみだね」
海も進に話しかける。進は頷いて「チョコ! チョコ!」と、レジャーシートに駆け寄った。
素晴らしいご馳走が並んでいた。
あやかのお弁当は、豪勢そのもの。
アルミホイルに包まれた中華おこわ。
サラダ菜に包んで食べるサラダ。
じゃがいもの照り焼き。
手羽と卵のやわらか煮。
アスパラの梅肉和え。
たらこを混ぜ込んだ卵焼き。
デザートにグレープフルーツ。
おやつは、チョコを挟んだクッキーの半分をチョコ掛けしたもの。
更に、冷たいお茶と、使い捨て食器にお箸、お手拭きと、完璧すぎる。
「おいしそー!!」
皆、あやかのお弁当を絶賛した。
エナは定番からオリジナルのカニカマサンドまで、多種多様なサンドイッチを作ってきていた。
「一応作ったのですけれど‥‥食べたりします‥‥?」
どれも美味しそうだ。
「私はお菓子を持ってきました。チョコだけというのも何ですから、フルーツ菓子もありますよ」
貴子は、甘さをそれぞれ変えて作った、チョコ菓子の詰め合わせを広げた。
ミニサイズの生チョコケーキにチョコマフィン、チョコクッキー、トリュフ、ブラウニー等。
苺や葡萄などをふんだんに使ったフルーツタルトもある。
クレメントは、チョココーティングしたブラウニーケーキを提供した。
続いて歌音が弁当を広げ‥‥皆、絶句した。
ホシイイ・焼き味噌・芋がら縄、そして、バレンタインチョコ1つと100久遠チョコ3つ。
(お弁当っていうより、これは、兵糧では‥‥)
誰しも似たようなことを思い浮かべる。
更に、雪之丞に至っては、市販のサンドイッチ2個パックを持ってきただけだ。
男装女子に、女子力を期待してはいけない。
進はチョコ菓子に飛びついた。テニスでお腹も空いたのだろう、旺盛な食欲をみせた。
しかし、口にしたのは菓子ばかり。
「チョコばかり食べていると、鼻血が出ますよ‥‥」
エナが心配そうに声をかけた。
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好きなだけ食べて飲んで、冷たいお茶を飲んで、皆でまったり。
満足そうな進の口をティッシュで拭いながら、貴子が笑顔でフランクに尋ねた。年上に囲まれて、さぞ疲れたろうと気遣いながら。
「今日は楽しめたかしら?」
「んー、おばさんのチョコも美味しかったし、まあまあかな」
生意気な進の返事を、そういう年頃だと軽く受け流し、貴子は続けた。
「あなたはいいわね。『自分を外へ連れ出してくれる人』がいて、羨ましいわ。‥‥私には、いなかったから」
ちょっとだけ寂しそうに呟き、すぐにまた色っぽい笑顔を浮かべる。
「うふふ。お菓子って、一人で食べるより、皆で食べた方が美味しいじゃない? ね?」
「まあ、そう‥‥なのかも、だけど」
友達なんて学校にいないし。
塾のパソコンからインすれば、ネットの友人ならいるけど。結構。
進はそう呟いた。
「ネットのお友達ですか‥‥一緒にお菓子パーティは、無理そうですね‥‥」
思案顔のエナ。仁也が、おや、と片眉をあげる。
「リアルに触れ合える友人は必要ですよ。塾にも1人もいないのですか?」
「いるわけないじゃん。あいつらは敵だよ」
口を尖らせる進に、海が尋ねる。
「そうなんだね。塾は楽しい?」
「まあね。2時間だけだけど、ネット使いたい放題だし。うちじゃおかあさんが煩いんだ」
どうしたらこの子が、学校に行けるようになるのだろう。
皆、考え込んだ。
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帰りのバスの中で、進はぐっすり寝ていた。返されたゲーム機もリュックの中だ。
「素敵なピクニックでしたね」
あやかが、夫と一緒に写った写真をデジカメで確認している。
「お兄‥‥あなたと一緒に来られて、本当に良かったです」
「まだその呼び方が出るんだな」
仁也は苦笑し、進の席へ不安そうな視線を流した。
「進学校とのことだが、不自然な長期欠席は、受験の面接で指摘されるはずだ。進くんはどうするのだろう‥‥」
決して悪い子ではないのだ。
いつか彼が学校に行けますように。そう皆、心から願っていた。
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後日。
進がテニスを始めたと朗報が入った。保健室登校だが、通学も再開したようだった。
今後も辛い経験や、心病む時もあるだろうけれど、きっと大丈夫。
彼は立ち直る強さと触れ合う事の素晴らしさを、撃退士達から学んだのだから。
<完>