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「うわ、やべぇ?! 速攻で助けねぇと!」
虎落 九朗(
jb0008)は、マリカせんせー(jz0034)に向き直った。
「岬さんの救助と敵の撃破は俺達に任せて、他の人達と一般人の避難誘導を頼みます! 出来りゃ野次馬も阻止してくれると助かりあす!」
「はいはーい、任せちゃってくださいなのですー!」
よくとおる甲高い声で、せんせーは花見客を避難させる作業に入った。
ふうむ、と、アイリス・レイバルド(
jb1510)が、桜モドキをじっくりと観察する。
普通の桜に擬態していて見わけづらいが、絵美を吊るしている大ぶりの桜の他に、敵らしき桜が3本あると見当をつけ、淡々と皆に報告。
「敵は4本か。時間もないし、とりあえず、俺とソフィア、千葉で、残りの3本にあたるから、皆はボス桜と岬を頼むぜ!」
蒼桐 遼布(
jb2501)は手早く人員を割り振り、手足に蒼と銀の雷の様なオーラを纏った。翼がばさりと現れる。そのまま、遼布はふわりと舞い上がった。
「了解よ。雑魚は任せて!」
太陽の魔女ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)の全身を、金色の光が包む。
「桜のフリしてこの狼藉。無粋にも程があるぜ。俺は貴様らを許さんっ!」
千葉 真一(
ja0070)が、雑魚・桜モドキに向き合い、変身ポーズを決める。
「変ー身っ! 天・拳・絶・闘、ゴウライガぁぁっ!!」
すちゃ。赤いマフラーを長くなびかせた、正義のヒーローが、太陽の光を受けて、そこに立っていた。
残りのものは、絵美をぶら下げた大ぶりの桜に向かう。
鈴木千早(
ja0203)に続き、光纏した苑邑花月(
ja0830)の全身に、淡い金色の焔がスズランの形を模して絡みつく。
アイリスの綺麗な金髪が青灰色に変化する。
水無瀬 快晴(
jb0745)は、一瞬体を銀色に光らせ、すぐにオーラの色を隠した。阻霊符を展開する。
「例え閉じられたパンドラの箱に希望が残されてなくとも、我こそが、希望となって見せよう。邪悪を断つ剣となり! 身意転剣!!」
九朗の背後に、まるで背負っているかのように太極図が現れ、回転を始めた。
「斧もってねぇ奴は言ってくれ、2人までなら貸せるぜ!」
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ソフィアはじりじりと後ろへ下がると、アハト・アハトを構えて狙いをつけた。
「さあ、危険な桜は焼き尽くしちゃおうか」
明るく唇を舐めるが、装備品が重すぎてかなりフラフラである。体力的には早期決着を必要とした。
「流石に、反撃もここまでは届かないわよね‥‥」
射程20の愛銃に、命を託す。
雑魚桜に向かって、狙撃。
ぱあんと発砲音が残る。
撃ち出されたアウルの弾は、雑魚桜を激しく貫き、注意を狙撃手に向ける。
根をぐいぐいと持ち上げ、雑魚桜はソフィアめがけて動き出した。しかしその動作は緩慢である。
ソフィアは後方に飛び退り、再び愛銃を構えた。
「悪いが、最初から飛ばして行かせてもらうぜ」
遼布が自分の担当する桜モドキに、上空から<雷打蹴>をかます。くるりと格好よく宙返りし、急降下。
雑魚桜の幹がごっそりとえぐれ、茶色い樹液が噴き出した。
反撃のつもりか、枝が触手よろしく伸びてきて、遼布の足に絡みつく。遼布は翼を羽ばたかせて体をひねり、絡みついた枝を力ずくで引きちぎった。
花たちが、悲鳴をあげる。
真かz――いや、今の彼は、真紅のヒーロー、ゴウライガだ。
「行くぜ。お前らの相手は俺たちだ!」
ゴウライガが念をこめると、何処からか、カッコイイ声と発音で「CHARGE UP!」とアナウンスが聞こえた。
がしゃんがしゃんと、アウルの黄金の輝きが、頭、胸、肩、腕、脚の各部に、追加アーマーよろしく装着される。
「ゴウライソード、ビュートモードだ! くらえ、ゴウライアターック!!」
蛇腹剣を器用に振るい、流れるような動きで、襲い来る枝を次々と伐り払う。
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おおおん、おおおん。化物桜が、風が洞窟で立てるような、呪いのような声をあげる。
絵美を吊るしている枝がぎりぎりと軋み、きつくきつく締め上げていく。
もう、絵美には助けを乞う力も残されていない。苦しい息を精一杯吸って吐くのが、やっとである。
「‥‥ふぅん、成程、ねぇ?」
快晴は、最善の一手を探すべく、じっくりと桜モドキを観察していた。
桜モドキ(ボス)の移動力はさほど高くは無さそうだ。しかし、枝や根を長く這わせて、そこそこの遠距離攻撃が出来ると思われる。
ほころんだ花弁(に見えるもの)にも、何かありそうな予感がする。
「救出は最速最短が望ましい。その為の道を作らせてもらおうか」
アイリスは無表情で、描きかけていたスケッチブックを閉じると、桜モドキに向き直る。
「マナーのなっていないお客様にはご退場願おう。勿論お姫様も返してもらう」
クールな口調でそう言うと、アイリスは桜モドキに近づき、<黒の障壁>を絵美にかけた。
絵美の体をねっとりとした黒色粒子が覆い、絡みついた枝と身体の隙間に入り込んで、クッションのように枝の圧力を分散させる。
蒼白になっていた絵美の顔色に、少しだけ赤みがさした。体全体を弾ませて、溺れかけた魚のように、大きく呼吸を繰り返している。
「そこの女子生徒、返事は可能か? 今から救出する。支援するから今しばらく耐えろ」
「う‥‥うくっ」
近づいてみると、絵美は、思っていたより幼い印象だ。中等部低学年くらいだろうか。
痛いのだろう、苦しいのだろう、その頬には、僅かだが、涙が伝っていた。
子供好きのアイリスの青い半眼に、ほんのりとやわらかな光がともる。
「がんばれ、絶対に助けだす」
千早はハアゲンティアクスを構え、桜モドキの様子に注意を払っていた。
快晴同様、花弁が気になる。
(花弁を使っての遠距離攻撃や、一斉攻撃などが無いか、気を付けないといけませんね)
絵美を確保されたまま、そんな攻撃をされたら、アイリスの黒色粒子が威力を減少させたとしても、非常に危険である。
「うぃっす、射程十分ッ! 岬さん、俺の癒しの光、受けとってくれぇッ!」
通常移動で近づき、<ライトヒール>を飛ばす九朗。桜モドキは咄嗟に絵美を盾にし、結果、癒しの光は絵美に吸い込まれていった。
同時に、絵美に絡みついている枝にも、癒しの光が触れてしまう。
もう少し、枝と絵美の距離を引き剥がさないと、絵美と共に枝まで回復してしまう。九朗は「ううむ」と眉根を寄せた。
<ライトヒール>で、多少体力を取り戻した絵美が、枝から逃れようと、弱々しくもがき始める。
絵美を逃すまいと、枝が更に絡みつき、黒色粒子がそれを押し返す。
「絵美さん、を盾‥‥にされる、なら‥‥数人、で一斉攻撃‥‥してみた、ら、桜‥‥はどう、出るでしょう、か‥‥。きっと‥‥そこには、隙、が生じる、ハズ‥‥ですわ」
花月は、九朗に借りた鉈を握り締めた。
「フェイント、を‥‥仕掛ける、のも‥‥良いかも、しれませ‥‥ん」
「そうですね。一斉に皆で攻撃してみましょうか」
千早が、花月の言葉に頷いた。
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ずずーん。
雑魚桜の倒れる音がした。
「やるなら徹底的にってね!」
ソフィアは尚も、倒れた桜に、アハト・アハトを容赦なく撃ち込む。
花火のような音が轟いて、咲き誇っていた桜の花が、一斉に爆発した。
「うわっ!」
「何ィッ!?」
範囲内から、遼布とゴウライガが、爆風で吹き飛ばされる。撃退士の運動能力を活かして、2人とも華麗に着地。
花の連爆はすぐ隣の雑魚桜をも巻き込み、3本の雑魚桜は粉みじんに吹き飛んで、地面に黒々とした焼け跡を残した。樹の根だけが、燃えかすとして名残をとどめている。
(こんな攻撃手段を隠していたのか‥‥)
遼布は、ボス桜を見た。
まだ、絵美は確保されていない。
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快晴の気配が消えた。<ハイドアンドシーク>で、ボス桜の背後を取る。
そのまま<ダークハンド>による束縛を試みる。影からにゅっと伸びた腕が、ボス桜を拘束する。
「‥‥皆、行けっ!」
反撃として足払いをかけようと、緩慢に伸びてきた枝を難なく躱し、快晴は仲間に声をかけた。
千早が動く。<遁甲の術>で気配を殺して接近。
九朗もボス桜の懐へ飛び込み、寸止めできるよう意識しつつ斧を振るう。
遅れて花月が鉈でフェイントを仕掛ける。
アイリスは支援に徹し、枝から逃れようとあがく絵美を励まし続ける。
振るわれる攻撃への盾にされ、絵美はすっかり怯えていた。
だが、花月の読み通り、ボス桜といえど、全ての攻撃には対処しきれない。
絵美を吊るしている枝に、1撃、2撃と攻撃が加えられていく。
枝の拘束が緩むにつれ、ずるり、ずるりと絵美の体が地面に近づいていく。
そこで、隙を窺っていた千早の<迅雷>が炸裂!
渾身の力を込めて、絵美に絡みついた枝を伐り払い、彼女を抱えてダッシュで飛び退く。
「皆、離れろー!!」
遼布の助言が聞こえ、一斉に桜から距離をとる。
桜の花が、舞い散る爆弾と化して、ナパーム弾よろしく周囲を焼き払った。
退避が遅れていたら、直撃されていたところだ。
十分離れたところまで千早が抱えて行き、絵美を芝生に寝かせる。
「岬さん、大丈夫っすか?」
九朗が更に<ライトヒール>で治療を試みる。アイリスとマリカせんせーも心配そうに絵美を覗き込む。
安心したのか、絵美は、しくしく泣いていた。よしよしとアイリスが頭を撫でる。
「よく頑張った。あの桜の処遇は、任せるといい」
マリカせんせーの手配していた救急車が、サイレンとともに走り込んできた。
絵美を、撃退士御用達の病院へと運んでいく。せんせーが付き添いとして一緒に乗り込んだ。
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ボス桜は、必死な様相で、反撃を繰り返していた。
枝や根を伸ばして撃退士をとらえようとしたり、花弁爆弾を撒き散らしたり。
しかし、人質のいない桜など、皆でかかれば大した相手ではなかった。
誰かが絡め取られれば、別の誰かがその枝や根を伐り払う。
連携は完璧だった。アイリスと九朗は戦線を離脱し、2人で仲間の回復に専念した。
(カオスレートの乗った)アハト・アハトに撃ち抜かれ。
アルニラムに切り裂かれ。
アジ・ダハーカに樹皮を削られ。
ハアゲンティアクスにかち割られ。
雷針の忍術書から放たれた雷の矢に貫かれ。
最後の一撃を決めたのは、ゴウライガだ。
「花見の席を乱し、あまつさえ、少女をとらえて己が盾とした外道め、場を騒がせた償いだ。せめて派手に散るがいい」
ゴウライガは、エクスキューショナーを振り上げた。
「ゴウライ、断・罪・刃ぁぁぁぁっ!!」
高く高く跳躍し、真上から縦一文字に桜の樹を伐り裂く。
「成っ敗っ!!」
ちゅどーん!!!
花弁が次々と爆発し、樹全体を包み込んで、巨大な炎の柱が立った。
敵に背を向けて立つゴウライガの、長く赤いマフラーがはためく。
「‥‥終わった、の、ですか‥‥?」
花月が、燃えカスになった桜を見ながら、呟いた。千早が黙って頷く。
ヒーローマスクを外し、ゴウライガは、高校生・千葉真一へと姿を変える。
タクシーに乗って、マリカせんせーが戻ってきた。皆に駆け寄りながら大きく手を振っている。
「岬さんは、入院は必要だそーですけど、皆さんのおかげで命に別状はないそーですー。早ければ10日以内に退院できるかも、だそーですー」
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後片付けを終え、中断していたスケッチ会が、やっと再開された。
一般客もレジャーシートを広げなおす。
うららかな春の風景が、戻ってきた。
(絵の出来はさておき、花見ついでに楽しむことにしよう)
真一はスケッチブックを広げ、穏やかな表情で、本物の桜の樹を見上げた。
レジャーシートを分け合って、千早と花月が一緒にスケッチを始める。
(花月さんは、絵がお上手でいらっしゃいますから、俺のを見られるのは気が引けますが‥‥)
千早は苦笑しつつも、花月と同じ桜の樹に向き直った。
「‥‥素敵、です‥‥桜、色と霞ん、だ、空の青が、‥‥春らしく、て、‥‥気持ち良い、絵だと、思います‥‥わ」
筆を止め、千早のスケッチブックを見て、微笑む花月。
「花月さんのスケッチも、素晴らしいですよ。咲き始めのひと枝、ですね」
「‥‥はい‥‥咲き誇って、いる様より、も‥‥、咲き始め、の‥‥方が好き、なんです」
ソフィアは片目をつぶり、筆を立てて、桜をざっくりと測る。
「イメージしたものを正確に形にする技術は、魔術にも応用できるかもね」
そう呟いて、真剣な面持ちで、スケッチブックに向かった。
「マリカ先生。桜の樹の下には、俺の大事な『花』が眠っているんです。いつか傍で眠れるように俺も頑張っているけれど、まだまだ先は長そうです。俺の帰りを待ってる家族も多いからねぇ?」
快晴はせんせーにそう話しかけ、「あ、あの、『花』って‥‥なな何ですー?」と、再びビビらせていた。
「‥‥さあ‥‥何でしょうねぇ?」
遠くを見つめ、快晴は、眠れる『花』に、思いを馳せていた。
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後日。
ここは、絵美の病室。
皆がスケッチした桜の絵が、額に入れられ、白い壁全体を春色に彩っていた。
「突然の事態で大変だったな。でも良く頑張ったぜ。出来れば、桜の樹そのものは嫌いにならないでやってくれよ」
お見舞いにきた真一がそう言うと、絵美はこっくりと頷いた。
「勿論です。わたし、あの公園の桜が、小さい頃から大好きなんです。あの日も、これから学園の寮に入るんだと思って、それで、桜の樹にお別れを言いに行ったんです」
「それで、あのような状況になったというわけか」
アイリスが、桜をひと枝、活けながら、淡々と繰り返した。
「はい。天魔はまだ怖いけれど、でも、天魔と戦う先輩たちは凄くかっこよくて、わたしもそうなれたらいいなって思いました。退院したら、先輩たちのような立派な撃退士になれるよう、頑張ります」
そう言って、包帯だらけの絵美は、ニコっと微笑んだ。
明るい日差しが、ガラス窓から差し込んでくる。
壁を彩るスケッチの数々が、あの時の鮮明な記憶が、絵美の未来を明るく照らし始めていた。