●打ち合わせ
依頼を受けた全員――鷺谷 明(
ja0776)、天宮 佳槻(
jb1989)、Robin redbreast(
jb2203)、シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)、山里赤薔薇(
jb4090)、歌音 テンペスト(
jb5186)、ユウ(
jb5639)、城里 千里(
jb6410)――は、一度、作戦会議のため、斡旋所に集まっていた。
明とシェリア、ユウと佳槻が、それぞれ作戦の打ち合わせを進める。
「私が気まぐれに受けた依頼だ、報酬は私から出させていただくよ」
依頼斡旋所の所長はそう言うと、希望者に、慰労公演の有料チケットを配布した。
そして、歌音の抱えた子豚の貯金箱や、赤薔薇が数えている札束、心付け用に現金を用意している明を見て、3人の肩をぽんぽんと軽く叩いて回った。
「金策は私に任せな。学生さんが自腹を切る必要はないさ。私が手を回すよ。ああ、ネットはここから使ってもらって構わないからな」
シェリアと赤薔薇と千里は、公演鑑賞に出かけていった。
ユウとロビンと佳槻は、パソコンに向かう。
歌劇団の公式サイトは、非常にシンプルなものだった。
団長が海外出身の有名な元音楽家であることと、非営利の慈善団体として認定されていることが、明記されていた。
あとは、寄付と公演鑑賞の呼びかけが載っているだけだった。
匿名掲示板に目を通してみると、歌姫カナリアの時代はもうじき終わり、15歳の歌姫ナイチンゲールが次に看板を担うのでは、という憶測が飛び交っていた。
●ファンなんです!
公演は非常に素晴らしいものだった。
終了後まもなく、赤薔薇は、楽屋へ向かう。
学園の撃退士である、というだけで、あっさりと歌姫の楽屋へ案内された。
「とても素敵な歌声で感動しました。一瞬でファンになっちゃいました」
赤薔薇の感想に、カナリアは「有難うございます」と、軽く頭を下げた。
「カナリアさんの歌声は素晴らしいけど、ひどく儚げで例えようのない悲しみに満ちている気がします。歌うことは、好きですか?」
一瞬、カナリアの表情が消えた。が、すぐに微笑みが戻ってくる。
「そう感じていただけたなら嬉しいです。あの歌は、悲歌ですから‥‥」
ああ、そういう意味ではないんですけれど、と赤薔薇が続けようとした時、団員が楽屋の扉を開け、歌姫を呼んだ。
「わたし、もう行かないと。わざわざ訪ねてきてくださって、有難うございます」
カナリアは、ひんやりした冷たい手で、赤薔薇の両手を握った。小さな声で囁く。
「また、どこかでお話、したいです」
●団長・1
キャンピングカー前に、出演した孤児たちが集まっていた。
「皆、よく頑張った。初舞台のものは緊張もしただろう。楽器や衣装の手入れをして、ゆっくり休め」
団長が孤児たちに声をかける。そして、カナリアに目を留めた。
「‥‥半拍、歌い出しが遅れたな。舞台の上でくらい、集中できないのか」
カナリアは黙って、俯いた。
そんなこと、皆の前で注意しなくても、と、その場にやってきた全員が思った。
続いて団長は、音が乱れた者を次々と名指しで注意した。
舞台の反省会が終わると、孤児たちは自分の楽器やステージ衣装の手入れなどのため、散っていった。
ずずいと明が団長に近づく。
「はじめまして。私は学内新聞の記者、鷺谷という者でね。団員達にインタヴューをしたいのだが、構わないだろうか?」
「おお、撃退士の皆さん、お集まりですな。多額の寄付金を有難うございました。‥‥インタヴューですか、構いませんとも」
「ではまず、あの歌姫殿から」
団長は快諾し、カナリアを呼び止めた。
カナリアがこちらに来るまでの間に、千里が、団長と目を合わせずに呟いた。
「‥‥団長さん、さっきの言葉、少し怖いです」
「?」
団長は無自覚のようだった。
「こんにちは、カナリアちゃん」
歌音はヒリュウと一緒に、挨拶をした。カナリアは舞台疲れで、ややぼうっとしている様子だった。
歌劇団はどんな場所?――孤児院とは違う気がします。
あなたにとって歌とは?――全て、なのではないでしょうか。
公演中の歌劇の内容について――悲劇です。どこかの国の民話だそうです。
明のインタヴューに応じたカナリアは、まるで他人事のように、淡々と答えた。
「折角来てくださった撃退士さん達に、その態度はないだろう。笑顔のひとつもないとは」
チクリ。また、団長が、カナリアの心を刺した。
「すみません」
カナリアは、急いで、張り付いたような笑みを浮かべる。
決して声を荒らげているわけではない。団長の口ぶりは、穏やかと言っても過言ではない。
しかし、その言葉が、カナリアの心に刺さっていることは、見て取れた。
「慰労公演を拝見して、わたくしカナリア様の大ファンになりましたっ! 団長さん、しばらくカナリア様とお話させてもらっても良いですか?」
シェリアが進み出る。
「私も、お話、したいです」
赤薔薇が、じっとカナリアを見つめて、続いた。
「うむむ‥‥」
流石に団長も、カナリアのキャンピングカーに、部外者である撃退士を通すことには渋ったものの、「何も問題を起こさないという念書を作ります」という提案で、妥協した。
●カナリア
キャンピングカーの中は、結構広かった。
カナリアの世話人である女性団員が「どうぞ」とお茶を淹れてくれる。
気がつくと、歌音のヒリュウも一緒に入り込んでいた。
さて、この女性団員を、どうやって車外に追い出そうか。
シェリアと赤薔薇が軽く悩んでいると、歌音がコンコンと車をノックして、入ってきた。
「団長認定、臨時ボランティアの、歌音・テンペスト参上ぴょーん! お茶くみはあたしに任せて、子供たちを見てあげて欲しいのん。ロビンちゃんの提案で、学園入学体験というのをしようとしたら、皆、教室とか廊下とかをはしゃいで走り回って、今めっちゃめちゃ大変なんだぴょん!」
全て、事実である。
女性団員は慌てて車から出て行った。
「きゅいー」
ヒリュウがカナリアの気を引きつけ、あどけない仕草でお手紙を渡す。
『あたしは人を笑わせるのが大好きです。
だから皆を笑顔にするカナリアちゃんと仲良くなりたいです。
そして、カナリアちゃんも笑わせてみたいです。――歌音より』
手紙を何度も読み返し、カナリアは顔をあげた。
「大丈夫です。何も、ご心配いらないです。わたしは笑えます。大丈夫です」
「もう一度お聞きします。歌うことは好きですか?」
赤薔薇が畳み掛ける。
「大好きなことでも、誰かに強制されたりすれば嫌になってしまいます」
「強制はされていません。でも、歌しか取り柄がないのに、うまく歌えないんじゃ、駄目ですよね」
カナリアは、他人事のように呟いた。
「前は、団長に褒めてもらえたみたいですけれど、段々それもなくなってきましたし。わたしがいなくなっても、ナイチンゲールがいます。団は、大丈夫です」
「そんな。あなたのことをひどく心配している人がいるんですよ。カナリアさんが歌えなくなると、悲しむ人が、ファンが、大勢いるんです。そのことを忘れないで」
赤薔薇とカナリアのやり取りを聞いていたシェリアが、ぽつぽつと話し出した。
「誰かが期待するからそれに甘んじる‥‥わたくしも、少し前まではそうでした‥‥。ロンド家の名に恥じないように、そして父に褒めてもらうために。そのためなら、我慢して頑張れるって思い込もうとしていましたわ」
シェリアは、かつての自身を思い出しながら、言葉を紡いだ。
「家を出る切欠となったのは、何より、一歩踏み出す勇気でした。カナリアさんを心配して、依頼してきた弟さんのために、そして、カナリアさんが心から笑えるようになるために、強い意思を持って、窮屈な鳥篭から羽ばたいてください。わたくし達は、そのお手伝いができればと思っています」
「そうですよ。辛いことや心配事があるなら、どうか話していただけませんか? 私もあなたに、歌を忘れたカナリアにはなって欲しくないです」
赤薔薇もやさしく声をかけ、心情を吐露し始めたカナリアに近づいた。
オーラを隠して光纏し、<シンパシー>を使うべく、彼女の額に触れる。
『あの子は、カナリアは、いないものと思って欲しい』
カナリアの記憶の中。遠くから団長の声が聞こえてくる。
『それでもこの団を維持しなければならん。公演の質も落とせない。皆、頑張ってくれ』‥‥
●孤児たち
わーい、わーいとはしゃぎまわり、初めて見る教室に、廊下に驚き、探検し、仲間をロッカーに閉じ込め、掃除道具でチャンバラを繰り広げる。
孤児たちは文字通り「校舎内野放し」状態であった。
(慰労公演のお礼に、1日学校体験を持ちかけてみようかなって、思ったんだけど‥‥)
あれれー、という表情で、おっとりとロビンは首をかしげた。
(みんなでお行儀よく、学園長先生にお願いしに行こうねって話だったような‥‥?)
学園長先生にお願いするどころではない。
団員たちが、右往左往して、孤児たちを集めようと頑張っている。
(多分、1時限も、机にじっとしていられない、かも?)
自分は言いつけを守る人形として育った。
だから、はじめて学校に来た時も、先生の言いつけをきちんと守った。
そんなロビンには、理解しがたい状況だった。
「団長の目の届かない所へ連れてくると、こうなるのでは、と思ったんですよ‥‥」
女性団員が、疲れた表情で走り回っている。
「集合、しゅーごーっ!! 集まらない子には、お夕飯、セロリとにんじんとピーマンの炒め物しか食べさせませんよ!!」
その言葉が伝わると、みるみる孤児たちの表情が変わり、素直に団員たちの言うことを聞くようになった。
「私もお手伝いします。まだ校舎内に残っている子もいるかもしれませんし」
ユウが、人懐こい笑顔を子供たちに向けた。
彼女が悪魔であることは、団長の判断で、孤児たちには伏せられていた。
●団長・2
明の取材は続いていた。
ひと通り団員にインタヴューを済ませ、最後に、団長のキャンピングカーに移動し、そこで話をする。
劇団創立の切欠とその歴史は?――設立してそう長くはない。切欠は、私の音楽家としての人生が終わったことだ。
慈善事業は素晴らしいが、金の心配は無いか?――大変言いにくいが、経済的には苦しい状態にある。
(音楽家としての人生‥‥か)
千里は、団長の手に残る傷跡に気づいていた。
「劇団の維持は大変でしょう。楽器は高いですし、ステージ衣装も安いとは言えません」
淡々とした佳槻の言葉に、団長は深く頷いた。
「‥‥でも、舞台はすごかったです。歌も踊りも演奏も、とても同じ年くらいには思えなかったです」
千里が珍しく団長の目を見て、感動したことを伝える。
「きっと収益もすごいと思うのですが‥‥経済的に苦しい、ですか?」
佳槻は更に突っ込んだ。
うむ、と団長は頷いた。
「収益はみな、孤児たちの養育費などに消えてしまうのだよ。残った分は、実は、彼らの自立資金として貯金させてもらっている。いつまでもここで面倒をみられるわけではないからな」
内密に願うぞ、と、団長は重い口を開いた。
「私たち団構成員の給与として、孤児たちの収益を利用する訳にはいかない。あれは彼らのものだ。従って、ほぼボランティア状態で、団員たちは働いてくれている。団を維持するには、寄付金などに頼らざるを得ない部分が大きいのは事実だ‥‥」
そんな中、カナリアが18歳となり、勉強(家庭教師)でも舞台でも、十分な実力を現しつつある。
団長は、彼女を海外留学させ、本格的に声楽を学ばせてやりたいのだ、と、打ち明けた。
時折、あちこちへ連れ回して芸術に触れさせてきたのも、彼女の才能を信じたからこそ。
「提案があります」
佳槻がノートを取り出した。
「学生撃退士との交流イベントとして、共同で舞台を作るのはどうでしょうか。年若い撃退士との共演ともなれば、今以上に歌劇団は注目されるでしょう。そうなれば収益アップも見込めますよ」
●企画
佳槻の考えた歌劇は、こんな筋書きだった。
やや喜劇仕立てで、二羽の小鳥が主人公。
籠の中で王様や貴族の為に歌い続けてきた鳥と、空を自由に飛ぶ鳥。
籠の鳥は、窓辺にいながら、王様や貴族の顔しか見えない。
自由な鳥に目をつけ、捕らえて飼おうとする王様や貴族達。
以前ほど構われなくなった籠の鳥は虚しさを歌い、目の前で窓が開いて、自由な鳥は飛び立っていく。
籠の鳥は、初めて窓の外に空が広がっているのを見、ラストで驚きを歌い上げる。
筋書きを見た団長は、乗り気だった。
撃退士と共演出来るメリットもあっただろうが、それ以上に、純粋に興味を持ったようにも見えた。
「こちらでも仲間を募り、打ち合わせをしたいと思います。構いませんか」
佳槻の提案は受け入れられ、実力派の孤児たちと撃退士たちが一堂に会することとなった。
筋書きから、どんな曲をあてるか、演奏者や役者の選抜は、など、佳槻が団長の気を引いている間に、皆は機会をみて、依頼人であるクロウに接触していた。
それは、水を飲みにクロウが席を外した、数分のこと。
「忘れないで下さい、カナリアさんにとって貴方は『家族』であるということを。クロウさんが犠牲になれば、カナリアさんの笑顔を取り戻すことは出来ないと思います。どうかそのことだけは心にとどめて下さい」
ユウが、声を殺して伝えた。
「貴方の依頼を受けた身として、私たちも精一杯、調査を進めていますから」
「姉を救いたい心は理解しました‥‥ただ、外の世界は、野垂れ死ぬ自由とも隣合わせですよ。彼女が、本当に外に出たいと言うなら、助けることはやぶさかではないですが‥‥」
「歌劇団が潰れれば万事うまくゆく、そんな妄想は捨てたまえ。まあ、歌姫殿が笑顔にはなるかもしれんがね。笑顔のまま路頭に迷い、飢えと渇きに苛まれ、凍え死ぬだろうよ」
千里に続き、明が厳しい意見を告げる。
クロウは、はっと顔を上げ、そして俯いた。
自身の考えの甘さを突かれた、そんな様子であった。
その頃ロビンは、車外へ出てきたカナリアとの接触に、密かに成功していた。
「あたしはロビン。何も望まず、何も願わない、従順なコマドリよ。あなたの願いを叶えるのがあたしの役目。さあ、あなたの願いを教えて?」
「わたしは――」
何かを言いかけて、声の届く範囲に団員や孤児たちがいることに気づき、カナリアは微笑を浮かべた。
「――団長に褒めてもらえるように、頑張ります。もっともっともっと、頑張ります」
一歩を踏み出す勇気。
シェリアの教えたそれが、具体的にどういう行動なのか、歌姫はまだ、捉えかねていた。
<続>