●作戦会議
コンコン。一匹狼で、合宿中も誰とも積極的には関わらず、部屋にこもっている城里 千里(
jb6410)の扉を、マリカせんせー(jz0034)がノックする。
「城里さん〜? 天魔が出たそうなので、ちょっと来てもらえないです〜?」
全員、ペンションの談話室に集まる。
地図を広げてみるが、登山口の位置は分かっても、詳細な地形まではよくわからない。
救助を求めてきた男が、スマホで登山ガイドサイトを検索し、現場の写真(夏)をうつして、皆に見せて回った。
ハイキングコース、トレッキングコースを経て、登山道へいたる場所。
登山口には「ここより先、登山装備が必要です」という立て看板がある。
道は踏み固められ、岩がごつごつと張り出した勾配になっている。ひらけた感じで見通しも悪くない。
登山道を脇にそれると、急ではないが、そこそこの斜面になっており、低木も多少見かけられる。
「この斜面に、お仲間の4人が逃げ込んで、隠れているんですね?」
日下部 司(
jb5638)が確認する。男は頷いた。
「それなら、私のヒリュウで見つけられるかもしれません」
ザジ(
jb4717)が、おずおずと口を挟んだ。
「敵の情報とかないのかな? 雪山なら、雪男か雪女だと思うのに、風神雷神なんて、悪魔のひとは発想が面白いのだ!」
並木坂・マオ(
ja0317)が、談話室脇の売店で、あったか下着を物色していた。
ロード・グングニル(
jb5282)が頷く。
「そうだな、どんな外見をしているか等、分かる範囲で教えてくれよ。出来れば見かけた場所とかも――とと、そうだ。救助しないといけないお仲間さんの特徴も教えて貰わないとな」
男は、風神雷神について、遠くから見たままを話した。登山仲間の服装や特徴なども補足する。
「ふむん、その天魔、何か特殊な攻撃とかも持っていそうだねえ。油断はできないね」
ルティス・バルト(
jb7567)が顎に手を置いた。
「百聞は一見にしかずとも申しますし、一度拝見してみなければわかりませんわね」
素っ気ない口調で、ルフィーリア=ローウェンツ(
jb4106)も言い、あったか下着を物色し始める。
「とにかく、この寒さの中で、緊張状態がずっと続いたら拙いわ。急いでいきましょう」
月臣 朔羅(
ja0820)が立ち上がり、必要と思われる装備を整え始める。
「寒いの苦手だけど、困っているひとがいるんだもんね、ガンバらなきゃ。よっし、やるぞぉ!」
マオは気合を入れた。
カイロ、あったか下着、チョコ菓子購入。
ペンションオーナーに話をつけ、白いシーツも必要分提供されることになった。
ザイルや細々した登山道具は、男が、自分の装備から「使ってください」と提供した。
司は男のスマホを借り、救助後の移動ルートを複数提案した。
「囮役の戦闘班は、このルートから外れるように、敵を誘導してくださいね」
「マリカ先生、封鎖とか救援とか、各方面への連絡、任せていいですか」
スキー合宿開始以来、ずっと黙っていた千里が、初めて口を開いた。
「はいはいっ、勿論ですー。せんせーにお任せなのですー」
千里が、やっと自発的に言葉を発したのが嬉しかったのか、マリカせんせーは明るく胸を叩いてみせた。
●登山口
確かに、風神と雷神だった。
しんしんと静かに雪が降り積む中、すごーく遠目に見ても、笑えるほど、風神雷神だった。
登山口付近に、神社仏閣の彫像のように、ででんと構え――正確には、その場にふよふよ浮いている。こちらに気づいた様子も、近づいてくる気配も、ない。
もしかして、逃げた登山客を探しているのか、ふらふらと同じ場所を漂っている。
白いシーツを装備に固着し、カモフラージュをしながら、一行はじりじりと登山口へ進んでいた。
降りたての粉雪を踏むと、ギュッギュッと小さな音を立てて軋む。その下の、凍った根雪では、気を抜くと滑りそうになる。
まだ、ディアボロたちの反応はない。
「あのひとたち、おへそ丸出しで、寒くないのかな?」
マオがきょとんと首をかしげる。いや、多分、問題はそこじゃない。
「‥‥あちらからは動かなさそうですね。救護班、離脱します」
小声で告げた司を先頭に、救護班が静かに脇道へそれる。
「了解。打ち合わせ通りの方向へ引きつけるからね」
ルティスが軽く頷き、マオ、ルフィーリア、ロードと共にそこに残った。
救護班の姿が見えなくなるまで、そのまま待機し――。
マオとロードに<聖なる刻印>をかけ、ルティスは「さあ、やろうか」といつもどおり、余裕のある笑みを浮かべてみせた。
ばっ!
戦闘班の4人は、固着していたシーツを一気に剥ぎ取って光纏し、距離を詰める。
――と、見せかけて、ディアボロを追い抜いた。
先に打ち合わせていた戦場へと、風神雷神を誘い込む。
風神雷神は、すごーく緩慢な動きで向きを変え、のろのろと宙を滑るように追ってきた。
遅い。とにかく遅い。
だが、何かびりびりとした空気が、雷神のほうから感じ取れる。
風神より、雷神のほうが危険だ――戦闘班のメンバーは、そう察知した。
「ふにゃ〜、くっらえええっ!!」
マオが跳び上がり、宙返りの後、急降下とともに痛烈なキックを雷神に放つ。
あまりの格好良さに、雷神の目がマオに釘付けになった。
「くっ、体が重いようっ! ついでに何これ、なんか痒いっ!」
着地したマオが苦い言葉を放つ。スキーウェアでは、どうしても動きが鈍る。
<雷打蹴>の威力が思ったより出なかった。
そして、全身が何となくチリチリと痒い。掻きむしるほどでないにしても、痒い。
「だ、大丈夫だもんねっ、これくらい、どってことないもん!」
ロードの手にした光陰護符が輝き、光と陰の刃が、真っ直ぐに雷神に吸い込まれる。
ぐわあ、と雷神が悲鳴らしきものをあげた。しかし、目はマオに釘付けになったままだ。
マオの与えたバッドステータス「注目」がしっかり効いている。
「低級ディアボロの分際で、わたくしの手を煩わせないでいただきたいものですわ!」
ルフィーリアの背に、一対の実物の翼と二対の光の翼が現れる。
そのままひらりと舞い上がり、空中からの<エナジーアロー>。薄紫色の光の矢が雷神を穿つ。同時に、雷神に近づいたせいか、謎の痒みに襲われる。
「うっ、この程度の痒み‥‥の、蚤に噛まれたとでも、思いますわ‥‥っ」
まだ耐えられる。しかし、尻尾がふりふりと揺れ動いていた。
ルティスは魔法書を開いた。羽根の生えた光の玉が生み出される。
「行っておいで」
光の玉は、当然のように雷神に吸い込まれていく。
再び、雷神が恐ろしい悲鳴を上げ――反撃の余地もなく雪面に突っ伏すと、ぶわっと雪煙が上がり、動かなくなった。
「えっ‥‥倒せた、の、かな?」
あのチリチリする空気も、謎の痒みもなくなり、風神の冷気と、天候による寒さだけが残っていた。
カオスレート修正怖い。まじ怖い。
‥‥それは、味方にも言えることで。
風神の範囲攻撃「冷たい風」が、直後、4人を襲ったのであった。
●要救助者確保
ザジのヒリュウが、斜面に伏せてじっとしている4人組を発見した。
ペンションに駆け込んできた男が「仲間とはぐれた」と言っていた場所と、ほぼ一致している。
少し雪をかぶっていてわかりにくかったが、外見的特徴も、依頼人の話どおりだ。
救護班は直ちに急行する。
千里が<索敵>で、4人以外に、20センチを超える生物がいないことを確認する。
司が歩み寄り、「大丈夫ですか」と4人に声をかけた。
作戦どおり、戦場からは、かなり離れることができたようだ。それでも朔羅は警戒を怠らない。
「あ‥‥あなたがたは?」
「我々は‥‥助かるのですか?」
「帰れるのですか?」
「あの、風神と雷神は‥‥?」
喋った。
大丈夫だ、4人とも意識はしっかりしている。
朔羅はほっとした表情を微かに浮かべて、4人にカイロを手渡した。
「私たちは撃退士です。皆さん、チョコは食べられますか?」
司はチョコ菓子を取り出し、寒さに震える4人に配った。
「怪我はないですか?」
千里が応急手当を試みる。
幸い、防寒装備がしっかりしていたため、移動に支障がでるほど弱ったものは、いなかった。
「俺たちが護衛して、ペンション地区まで降ります。歩けますね?」
皆の容態をひととおり診終え、千里は白いシーツにナイフで切れこみを入れてから、ぴーっと裂いた。
上空から見た時に雪に紛れるよう、目立つ色の登山着の上に被せて固着して回る。
朔羅も手伝い、登山客は4人ともシーツで真っ白になった。
万が一、登山客とはぐれた時のために、「このカード、触ってもらえます?」と、デュエルカードで<マーキング>しておく千里。
「さて、ここからが本番ね。敵と出くわさない事を祈りましょ」
朔羅が艶やかに微笑んで、滑りやすい斜面を先行した。
彼女の白いスキーウェアが、雪に紛れて見えなくなる前に、一行は慎重に足を進める。
ザイルやフックが必要になるほどの急斜面はなかったが、念のため、司は4人と命綱を繋いでおいた。
中列のザジが、ヒリュウと共に、左右を警戒。
最後尾の千里は、上空を警戒して、進んでいく。
幸い、4人は登山慣れしており、斜面を危なげもなく歩き続け、トレッキングコースへと無事に戻ることができた。
危険域から無事、離脱完了。そう判断した司は、マリカせんせーに連絡を入れた。
『こちらは準備万端です〜、バルトさんの提案どおり、毛布とあったかい梅昆布茶をいっぱい用意してペンションでぬくぬく待ってるですー』
「あ、いえ、すぐ近くまで来ましたんで、救援に来て欲しいんですけど‥‥」
『わかりましたですー。すぐに行きますですー』
「どうするの? 私たちは戦闘班の応援に行く、で、いいのかしら?」
朔羅が千里に問いかける。千里は目を合わせないまま、呟いた。
「‥‥とにかく、4人を先生に確実に預けるまでは、ここから動けません」
●対風神戦
「痛い痛い痛いですのっ!」
刺さるような「冷たい風」攻撃を受け、ルフィーリアは露出している顔を腕でかばった。
墜落しないよう、精一杯翼を羽ばたかせる。
「確かに痛いねえ。でも、想定よりは大したダメージではない、かな?」
余裕のある素振りで、ルティスも自慢の顔を庇う。盾を取り出している余裕はない。
「風神という割には、動きが相当遅いな。<八卦石縛風>を使うまでもないか? なるほど、一般人が逃げ切れるわけだぜ」
ロードが護符を構えた。
護符から再び光と陰の刃が飛び出し、風神を切りつける。
風神は、それこそ風が唸るような悲鳴をあげた。
「くらえっ、渾身の通信教育版<にゃおー拳>!!」
マオは、空中蹴りの体勢から、衝撃波を飛ばす。
「くううう〜、体が重いようっ! いつもなら、もっと高い位置まで跳べるのにっ! スキーウェアなんて嫌いだよぉぉぉ」
「こちらからも、行きますわよッ!」
ルフィーリアの掲げた祈りのロザリオから、無数の羽根のナイフが飛び出し、まっしぐらに風神の体へ向かって飛んでいき、ざくざくと切りつける。
風神の悲鳴が上がった。
「乾いた冷気と風は、乙女の玉のお肌の敵、すなわち、あなたは世界中の乙女の敵ですわ!」
「害なす天魔ってだけで、既に敵認定だと思うけれどね」
ルティスが苦笑しつつ、ルフィーリアの攻撃に、フェアリーテイルでの攻撃をかぶせる。
「まぁでも、乙女の敵なら俺の敵だよ。さぁ‥‥落ちろ!!!」
風神は2人の連携攻撃に、耐え‥‥耐え‥‥られ、なかった。
ゴウっと耳をつくような風の音を、悲鳴のように発し、吹き出した血で、白い雪を赤黒く染めた。
ディアボロ2体の倒れた痕跡は、静かに降り積む雪によって、次第に白く隠されていく。
「終わったな」
空を見上げ、ロードが、ふうと息をついた。
「ペンションに戻ったら、<ライトヒール>で治療してあげるからねえ」
大事な顔が傷ついたのを気にかけるルフィーリアに、ルティスがやさしく微笑みかけた。
「あら、そっちも終わったの?」
朔羅を先頭に、救護班が戦場にやってきて、合流した。
登山客4人を無事に確保し、マリカせんせーに預け、現在ペンションで介抱中であることを伝える。
「わたくしも、早くペンションに戻りたいですわ。お風呂にゆっくり入って、それからブラッシングをしたいですの!」
ルフィーリアが、ぶるぶるとしっぽの毛を震わせた。
●ぬくぬく、ほこほこ
全員、ペンションに帰還した。
登山客5人は、互いの無事と再会を喜び合った。
濡れたスキーウェアや登山服等を乾燥室に放り込み、順番にお風呂をいただく。
談話室で、毛布にくるまりながら、マリカせんせー特製の梅昆布茶をずずいとすする。
やっと、手先・足先にまで、あたたかさが戻ってきた。
「本当に有り難うございました」
登山客のパーティリーダーが代表して、皆に御礼を言い、頭を下げた。
「みんな無事で本当に良かったよ! 新年そうそう、悲しい結末とかマジ勘弁だもんねっ」
マオがにっこり笑顔を浮かべた。
「はい。皆さん無事で、何よりです」
遠慮がちにザジも言って、ほほ笑みを浮かべた。
ルティスが、戦闘班の軽傷を順番に<ライトヒール>で癒していく。
最後に自分自身を治療。
「怪我はしたけれど、この程度で済んで、まあ、良かったかな。綺麗に治ったしねえ」
「そうだな」
ロードが頷いた。
「正体不明のうちは、どんなに手強い相手かとヒヤヒヤしたけれど、案外あっさり倒せたもんな」
「相当動きの遅い相手だったそうですね」
「そうだったの? 道理で早く片付いていると思ったわ」
司と朔羅も、今回の敵情報に興味をもち、撃退士たちの会話に混ざる。
「それにしても、なんで日本の神様を模していたのかしらね?」
ルフィーリアは、永遠の謎に、小首をかしげていた。
「さて、心も体もあたたまったところで、せんせーは主張するのです! 明日はふつーの上級者コースを滑りたいのです〜!」
マリカせんせーが一生懸命、甲高い声を張り上げる。
「‥‥ふつーの上級者コースって‥‥まさか、あの伝説のコースを滑ったんですか? 撃退士さんの先生ってのも、なかなか大変なんですねえ」
登山客の1人が反応する。
「そーなんですー!! いつも命懸けなんです〜!」
泣きそうな声で、日頃の苦労を訴えるマリカせんせー。
(‥‥早く帰りてーなぁ‥‥)
談話室の端っこ、少し離れた椅子でひとり、軽く微睡みながら、千里は心の中で気だるく呟いた。
その口元はどことなしか、微笑んでいるようだった。