●試写会、開始
「皆様、再びの御足労、感謝いたします。それでは、プロジェクターを起動いたします」
バイトオーナー、里延(さとのべ)が丁寧に頭を下げて、スクリーンから離れる。
白いスクリーンに、映像が映し出される。
『ドキュメント・撃退士たちのクリスマス 〜ベータ編集版』
身を乗り出した一同に、里延の声が届く。
「カットして欲しいところなどございましたら、上映終了後に、お申し付けくださいませ」
●『撃退士。我々を、天魔の脅威から守ってくれる存在。そんな彼らのクリスマスイヴを覗いてみました』
スピーカーから、アナウンサーの声が、流れ始めた。
最初に映し出されたのは、紳士用フォーマルスーツに身を包んだ、田村 ケイ(
ja0582)である。
タキシードもコートも、とてもよく似合っている。
「撮影お疲れ様。今回は素敵な食事と良い夜をありがとう‥‥メリークリスマス」
イルミネーションの光が点滅する中、テラスのベンチに座り、軽くワイングラスを掲げるケイ。
膝の上に、おつまみ用のチーズを皿にのせて、置いている。
「今年も無事クリスマスを迎えられた‥‥来年も色々あるだろうけど、またこうしてのんびり過ごせるといいわね」
マイクの性能がいいのか、誰にともなく呟いた声が、ばっちり聞こえてくる。
(ここは、カット‥‥うーん、しなくてもいいかな?)
ケイは少し時間をかけて、悩むことにした。
●『〜撃退士たるもの、イベントシーズンであっても、常日頃から鍛錬を欠かしません。〜』
続いて、アナウンスと共に映ったのは、奴原鯱次(
jb7717)である。
櫛の入った髪、フォーマルスーツ、フロックコートで、ばっちりと決めている。
光纏したため、周囲に水沫がふわふわと舞っている。
「私たち撃退士は常に天魔との戦いを忘れてはなりませんからね」
そう言って、開けた場所でスキル演舞を行ってみせる鯱次。
全力跳躍からの、スピンブレイド。
新品の、訓練用の剣が、動きに合わせて銀の軌跡を宙に描く。
フロックコートの裾がふわりと舞い躍った。
(なかなかいい絵が撮れたな)
鯱次は映像を見ながらほくそ笑んだ。
(この映像が、どこかの大企業の社長の目に留まり、俺をお抱え撃退士として、将来迎えてくれることを祈ろう)
●『ですが、そんな彼らも、やはり学生さんなのです。ごく普通のアルバイトだって、頑張っています。〜』
次に映ったのは、東郷 煉冶(
jb7619)である。
有名宅配業者の制服を着て、会場への物資運搬、そして設営に協力している。
運搬系の仕事が済むと、今度は屋台用のバンダナ&Tシャツ姿になり、クリスマスビュッフェの調理のお手伝い。
ガソリンスタンド店員の制服で、送迎バスにセルフ給油。
そっち系ばかりか、と思わせておいて、最後は面接用のビシっとしたスーツ姿。
どこからどう見ても、撃退士というより、爽やかバイト青年である。
(普段通り‥‥っつわれてもなぁ。本当にこんなんでいいのか?‥‥マジで? これ、放映するんだろ?)
スクリーンを見つめながら、煉冶は悩む。
時折、爽やか営業スマイルが、画像編集で、ソフトフォーカスされている‥‥。
(くっ、制服を見せつけることで、自らが広告塔となる作戦かっ。なかなかやるな)
鯱次が密かに、敵愾心を燃やしている。
(だが、俺の狙いはお抱え撃退士。バイトから店員に、など、俺の夢に比べれば、小市民的でちっぽけな夢だ)
●『久遠ヶ原学園には天魔もいます。どんな人たちなのでしょうか?〜』
紫色のドレスを着て、出来るだけ上品にビュッフェを楽しんでいる、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)の姿が映る。
その横に、ルーガ・スレイアー(
jb2600)の姿。
ソフィアと正対照と言っても良いくらい、ガッツガッツ料理を口に運ぶルーガ。
金色の瞳は、手にしたスマフォに釘付けだ。
「何をそんなに夢中になってるのよ?」
気になって、ソフィアがルーガに声をかけた。
「やあもう、イベントで忙しくって参るぞー、出費もえらいことだぞー」
「イベント?」
「ソシャゲじゃあこのクリスマスって時期に、どこもイベントをやるんだぞー。ガチャも回さなきゃいけないし、イベントもこなさなきゃだしー!」
ガッツガッツ、料理を見もせずに、口に運びながら、ルーガが答える。
皿の上は、パスタボロネーゼにかぼちゃのサラダと鶏そぼろと杏仁豆腐が積み上がり、超カオスな雰囲気を醸し出していた。
それを、ぐるぐるとかき混ぜてぱくつくルーガ。ソシャゲに夢中すぎて、味も何もわかったものじゃない。
『クリスマスについては、よくご存知なんですか?』
取材班の女性と思しき声が、ルーガにインタヴューする。
「おおー、知ってるぞ! 『さんたくらうす』という男が、レアガチャチケットをくれる日だぞー! どのソシャゲにも出てくるとゆうことは‥‥奴は大したネトゲ界のネ申にちがいないんだぞー( ´∀`)!」
ルーガは金色の瞳をきらきらさせて、即答した。
額をおさえて、ソフィアが補足した。
「あ、あの‥‥これが標準的な学生天魔だとは、思わないでね?‥‥」
●『天魔と言っても千差万別のようですね。では、別の天魔を探してみましょう』
続いて画面に映ったのは、青い肌に紅い瞳が特徴的な、チョコーレ・イトゥ(
jb2736)だ。
「くりすますとやらは、おいしいごちそうや、甘いけーきを食べる人間の祭りということではないか。人間の風習を学ぶためにも、参加せざるを得まい」
偉そうに頷きながら、チョコーレはカメラ目線で語った。
『勉強熱心なんですね』
「うむ! このバイトで食べられるしょーとけーきは、人間の中でも最高級の腕を持つ、ぱてぃしえが製作しているというではないか!」
期待に瞳を輝かせながら、チョコーレはチキンをかじる。
「ほう、これがちきんか。知っているぞ、鶏肉というヤツだな。うまい! だが‥‥」
大本命のショートケーキをどどんと皿に盛り、ひとくち、またひとくちとフォークを動かす。
「やはりしょーとけーきは最高だな! しかもこのしょーとけーき、口に入れるとくりーむがとろけて、イチゴもあまずっぱくて、最高のもっと上の最高だ!」
チョコーレ、ご満悦である。
その視線がふと、会場内に飾り付けられた大きなツリーに向いた。
「わざわざ屋内に飾り付けた木を置くのだな。これがくりすますのポイントか。ふむ、夏頃にもみたことがあるぞ。たしか、願い事を書いた紙を飾り付けるのだったな」
ではさっそく、と、懐から取り出した短冊(何故)に、さらさらと筆を走らせる。
「出来たぞ!」
チョコーレは徐にツリーに近づき、短冊を結んだ。
その短冊には、「しょーとけーき」と、端的に書かれていた。
カメラは短冊に寄って、しっかりとチョコーレの願いを映像におさめ、そこで画面が切り替わった。
●『天魔と撃退士、こんなふれあいもありました』
ディレクターズスーツ姿の桜木 真里(
ja5827)は、のんびりと遊歩道を歩いていた。
点滅するイルミネーション、そして、自然がプレゼントしてくれた、満天の星空。
「ん〜、今日も夜空が綺麗だねぇ」
ののは(
jb7599)が真里に話しかける。
「クリスマスって聖者さんのイベントなんでしょ? 悪魔的には参加していいかわかんないよねぇ」
「そうだね。でも、サンタクロースは天使とか悪魔とか、区別しないんじゃないかな」
「そっか。そうよね。夜空が綺麗だと思うのも、きっと、人間とか天魔とか、関係ないもんね」
「うん‥‥今日は特に、綺麗だね」
星が降るような夜空を見上げて、真里は呟く。
「子供の頃のクリスマスは、もっと楽しくて、どきどきして、わくわくして、‥‥そう思うと、サンタクロースってすごい存在だなって思えるよ」
「?」
ののはは、良くわからないという様子で、小首を傾げた。
「ああ、うん。何でもないよ」
真里は苦笑して、軽く手を振った。
悪魔の娘と、人間の青年が、同じ聖夜を共有している。
そんな光景が、この画面の中に、確かに存在していた。
(今見返しても、あんまりバイトっぽくない仕事だったなあ)
映像を見ながら、真里は思い返していた。
(衣装も貸してもらえて、求められるものも特になくて、ビュッフェも美味しくてイルミネーションも星も綺麗で、それでも彼女がいなかったから、なんだか心に穴があいたような気持ちで。翌朝一番に、彼女に会いに行きたいなって思ったっけ)
ののはは、というと、その夜に泊まったホテルの、ふかふかのベッドを思い出していた。
(あったかくて、ふわふわで、気持ちよかったなぁ。悪魔の聖夜にも幸あれ、だよね)
●『悪魔と天使も、仲睦まじく過ごしていらっしゃいました』
カルマ・V・ハインリッヒ(
jb3046)とウィズレー・ブルー(
jb2685)が画面に現れる。
「綺麗です、綺麗です。人の子の、物事を楽しむ行動には本当に感動します」
薄青のドレスに薄青の髪をなびかせ、濃い蒼の瞳を輝かせて、くるりとウィズレーが回る。
ふわりと、羽織った上着が髪を追って舞った。
「人間は創意に富む生き物のようですね。俺たちではここまで出来ません」
白と銀に近い灰色の格好に同色のコートを着用したカルマが、微笑んで彼女を見つめている。
「特に、この国では様々な神を祀っているとか」
「神様等は別にして、この様なイベントも素敵です、ほんとうに‥‥綺麗‥‥」
イルミネーションに目を奪われ、テラスの柵から身を乗り出し、夢中になって見入っている。
すっかり保護者の気分で笑みを浮かべ、見守るカルマ。
「ああ、光に手が届きそうです‥‥」
うっとりとウィズレーが白い手を差し伸べる。
ウィズレーのバランスが、崩れた。
「きゃあ!」
身を乗り出しすぎて、落ちかけたウィズレーを、いつも通りにカルマが捕まえる。
「全くウィズは‥‥また、翼があることを忘れてしまったんですか?」
「あ‥‥そうですね、そうでした」
お互いに、顔を見合わせて、苦笑する。
イルミネーションが点滅して、やさしい時間が流れる。
「そうです、この景色を、飛んで眺めても良いでしょうか? 空からこの光景を見てみたいのです」
「そうですね、大丈夫ではないでしょうか。ただし、撮影の邪魔になるような事態は避けた‥‥いって聞いてませんねウィズ?」
2人はそれぞれ翼を出し、踊るように星空へと登っていった。
「去年は学園に来たばかりで、クリスマスもよく理解していないまま終わってしまって。初めての経験に近かったんですよね」
ウィズレーは、映像にちょっぴり照れながら、呟いた。
「資料としては熟読していたんですけれど、実際、あんなに綺麗だとは思わなくて。少し、はしゃいでしまいました‥‥」
カルマはやはり保護者の笑みを浮かべて、ウィズレーをやさしく見つめていた。
映像は続く。
イルミネーションが美しい、人気のない、テラスのベンチ。
そこに、薄いピンクのセクシードレスに身を包んだ、アムル・アムリタ・アールマティ(
jb2503)がゆっくりと座った。
「あ、ハルちゃんはここねぇ〜♪」
同じデザインの、紫と黒のドレスを纏ったハルシオン(
jb2740)が、後ろからアムルに抱えられるように膝に座らされる。
「ぬうぅ、ア、アムルぅ、折角のドレスに皺が出来てしまうぞ?」
慌てたようなハルシオンの声。アムルはぎゅっとハルシオンを抱きしめて、わざと耳に息がかかるように囁いた。
「そんな恥ずかしがらなくていいじゃなぁい、いつもしてるコトだしぃ♪ イルミネーションも綺麗だけどぉ‥‥んふふ、やっぱりハルちゃんといちゃいちゃしたいのぉ♪」
「ふあぁぁ、ちょ、カ、カ、カメラは此れ以上、だ、駄目じゃぁぁ〜〜っ!!!」
真っ赤になったハルシオンのアップを最後に、ぷつん、と、画像が切れた。
<しばらくお待ちください>
暗くなったスクリーンに、メッセージがひとつ。
改めて映像を見た結果、ハルシオンはまたも真っ赤になっていた。
セクシードレスの透け感といい、何というか、自分で自分を見返すと、恥ずかしくていたたまれない。
隣では、アムルが「え〜これだけなのぉ〜?」と残念そうに指をくわえていた。
●『‥‥世の中には、本当に、色々なカップルさんがいらっしゃいますね。〜』
映像が復帰した、と思うと、「べいべー‥‥今の君はとても魅力的だよ」という声とともに、酒井・瑞樹(
ja0375)と村上 友里恵(
ja7260)のキスシーンが、スクリーンいっぱいに映っていた。
画面はすぐに暗くなり、『失礼いたしました。再生まで今しばらくお待ちください』とアナウンスが流れる。
「何、なに、今の何だぁ?」
瑞樹は顔を真っ赤にして、頬を押さえていた。
「ああ‥‥女の子修行、しましたからね」
友里恵はにこっと微笑んで、懐かしい目をした。
プロジェクターが再び映像を映し始める。
黒っぽいドレスに身を包んだ友里恵と、ピンクのドレスをぎこちなく着ている瑞樹。
「酒井さんに、男性とお付き合いするための、予行演習をしていただくのです。可愛らしい女の子の仕草を意識して、行動してみてくださいね」
しっかりと言い含める友里恵。
カチコチで頷く瑞樹。
「‥‥と、とはいえ、どうすれば良いのか‥‥」
瑞樹は考え込んだ。
結論。
常に友里恵の三歩後ろを歩き、エスコートされる度に「ありがとうございます」と、なるべく楚々とした態度で(←重要)礼を言い、カメラの前では友里恵を立てるように振舞った。
「これはこれで‥‥恥ずかしいものだな‥‥」
友里恵も友里恵で、瑞樹のために飲食物を取ってあげたり、理想的な紳士になりきって、瑞樹が可愛い女性らしく振舞える雰囲気作りに心を砕いていた。
結果。
瑞樹の、友里恵を見る目が、徐々に潤み始め。
友里恵も、初々しい瑞樹の振る舞いに気持ちが盛り上がり。
シーン冒頭で誤って流れたキスシーンへ繋がっていった、ということだった。
(う、うむむ‥‥確かに、あの時は、何というか、村上さんがとても魅力的に見えて‥‥)
瑞樹は、真っ赤になって、再度流れている自分たちのキスシーンから顔を背けた。
(あの時の、場の雰囲気のせい、だ。そうに違いない。そうなのだったら、そうなのだ!)
恥ずかしくて、友里恵をマトモに見られない。
キスシーンまで撮影されていたとは、不覚だった。
瑞樹にとっては「長い長い刻の末に」「やっと」映像が切り替わった。
今度は、ブリギッタ・アルブランシェ(
jb1393)とアレクシア(
jb1635)が映っている。
シンプルな赤いドレスに身を包み、ブリギッタが小首を傾げながら微笑みかける。
「どう、似合ってるでしょ?」
「ああ。すっげー似合ってるぜ」
アレクシアは、大きく背中の開いた黒のドレスを着ていた。
「‥‥あっちもこっちもスースーするし、体のラインは出るわ、普段なら着れたものじゃないよな。あ、あんまじろじろ見るなよ。ちょ、写真なんか撮るんじゃないっ」
「だって、レアのこういう格好って珍しい気がするもの。写真撮らせてよ、ねぇ?」
取り出したデジカメを構え、ブリギッタはもう一度微笑んだ。
2人でホールを回る。大人気のビュッフェコーナー、短冊が1枚だけ飾られている気がするクリスマスツリー、キャンドルライト。
生演奏で踊れるダンスコーナー。
「1曲如何、なんてね?」
ブリギッタはアレクシアに手を差し伸べた。
「ご飯とか散歩も良いけど、折角だからダンスでもどう? でもステップなんて知らないから‥‥足踏んじゃっても怒らないで頂戴ね?」
その手を取って、アレクシアは恭しく礼を取る。
「ん、喜んで。お姫様」
2人は、音楽の波に体を委ねた。
「あっ」
ブリギッタがステップを間違えて躓く。
アレクシアはそっと抱きとめて支え、笑いかけた。
「大丈夫。もう一度ゆっくり、な?」
そして。
アレクシアの瞳が、画面の外側を射抜いた。
みるみる顔が赤くなる。
「え、ちょ、これ、撮影されてる、ってか、まだカメラまわってるぅ!? い、今のナシで! カットカットーッ!!」
カット、されていなかった。
真っ赤になって俯くアレクシアをみて、ブリギッタは微笑んだ。
(やっぱり、恥ずかしがってるレアを見てると‥‥可愛いわね、何かしら、この気持ち。ふふ、もっと見たくなるわ。またこういう機会、ないかしら‥‥?)
景色が変わる。
イルミネーションと星空に彩られた、遊歩道。
「何でだろね。目当ての子のルート狙ってるはずなのに、全く別のルート行くんだよね」
「本当よね。あのルート難し過ぎ!」
些か、クリスマスイヴと縁がなさそうな会話が聞こえてくる。
淡い藤色のミドル丈Aラインカクテルドレスに、ショールを巻きつけ、慣れないハイヒールで歩く蓮城 真緋呂(
jb6120)。
パリっとしたドレススーツ姿の米田 一機(
jb7387)。
会話の内容は、ずばり、アドベンチャーゲームである。
2人の所属するゲーセン部で、今一番話題になっている、新作であった。
「あの分岐がわかりづらいのよね。Aを選ぶと轟沈ルートだし‥‥」
「そうそう、隠しキャラいるの知ってる?」
「えー、知らなぁい! 何それー、一機君、行き方わかるの?」
次の瞬間。
「きゃあ!」
会話が途切れた。
映像から、真緋呂だけが消えている。
画面が下にスクロールすると、足をおさえて座り込んでいる真緋呂が映し出された。
ハイヒールの折れたカカトが転がっている。
「足‥‥ひねっちゃった‥‥痛ぁ‥‥」
一機が慌てて真緋呂の腕を取り支えたものの、靴は駄目になり、真緋呂の足も負傷してしまった。
「‥‥あーあ。腫れてきてる‥‥」
「流石にそれじゃ歩けないでしょ。‥‥まぁ、こういうの僕じゃあんまりサマにならないけど‥‥よっと」
一機はお姫様抱っこで真緋呂を持ち上げ、ホテルの医務室へと向かった。
「一機君、重くない?」
「平気、平気っ」
そう言いながら、一機は顔を赤くしていた。
チラ、チラと真緋呂を見ては、視線を逸らす。
(あの時は、普段ゲーム三昧してるのに、やっぱり男の子なんだなぁって、抱きかかえられて思ったなあ。何となく、このままでいたいな‥‥なんて。イルミネーションが初めて見えて、すごく綺麗で、一機君があったかくて‥‥)
真緋呂は、映像を見ながら、微笑みを浮かべていた。
そして、気づいた。
(あ‥‥れ? 私のドレスって、あんなにムネのとこ、あいてたんだ!?)
お姫様抱っこされて、ムネの谷間がばっちり、一機の視界に入っている。
真緋呂は一機を見た。一機も真緋呂を見た。
そして、2人揃って俯き、赤くなった。
●『イベントでは、クリスマスならではの仮装も、飛び出しました』
イシュタル(
jb2619)と橋場 アイリス(
ja1078)は、着替えのために、更衣室にこもっていた。
「確かにアイリスが主役、だから‥‥ある程度は何でもする、と言った、が‥‥」
アスハ・ロットハール(
ja8432)は、トナカイの着ぐるみコスプレ(立派な雄々しい角が大事)をさせられた上、荷物持ちまでさせられて、ぶわああと絶望感に浸っていた。
「ドウシテ、だ‥‥。ドウシテ、こうなる‥‥白い袋は、サンタの持ち物ではない、のか‥‥?」
ずっしりと重たい白い袋の中には、ホテルが用意した菓子包みが、溢れんばかり。
サンタコスチュームのアイリスとイシュタルが、アスハの前に現れた。
「‥‥初めてこんな格好をしてみたものの‥‥さすがに恥ずかしいわね」
イシュタルは少し、はにかんでいた。
「ほらほら。イシュタルさん、帽子がずれてますよー」
「ん‥‥ありがとう、アイリス」
アイリスはイシュタルをハグして、帽子の曲がりを直す。
「ほら、モミの木のところまで行きますよっ。トナカイさん、ハーリーハーリーっ」
「‥‥あまり遅いと、おいていくわよ?」
ちょっとだけ先を行き、重たい荷物を抱えるトナカイ(泣)を急かす、サンタガール2名。
「待って、くれ‥‥ちょっと、荷物が‥‥」
「急ぎなさいよ。まさか、女性に荷物は持たせないわよね?」
サンタガールは容赦なく、びしりと言い切った。
3人はモミの木の辺りに構えて、道すがる人にお菓子を配り歩いた。
「お菓子ですよー」
「お菓子、どうぞ。‥‥人間って本当に不思議なことをするわね‥‥慣れないわ、こういうの‥‥」
「じきに慣れますよ。お菓子ですよーどうぞ〜♪」
大きな袋にギッシリ詰め込んだお菓子が、少しずつ減っていく。
「ま‥‥彼女達が楽しめているなら、たまには道化も悪くない、か‥‥」
アスハは、やわらかな微笑を浮かべて、クリスマスプレゼントの予行演習に勤しむサンタガールたちを見つめていた。
「この時のプレゼント、しょぼかったわね。飴とかチョコとかばっかりで」
「配りやすいものを、わざわざ用意してもらったんですから、そうなりますよ」
映像を見返しながら、イシュタルとアイリスが話しこんでいた。
「こうして見ても、やっぱり、アスハさんは赤いつけ鼻をつけるべきだったと思いますねー」
「立派な角は良かったのにねえ」
最近、姉妹がいなくなった等で沈んでいたアイリスやイシュタルの様子に、内心安心していたアスハだが、話の矛先が自分に向いた途端、逃げたい衝動に駆られていた。
●『そして、もうひと組‥‥やさしさのカタチは、人それぞれなのですね』
暗い顔をして、トナカイの着ぐるみが、ビュッフェコーナーに並んでいた。
「私、何でこの格好でご飯食べてるんだろう‥‥」
春名 璃世(
ja8279)はため息をついた。
記憶が巻き戻る。
よぉ、璃世、あんたもぼっちか? ぼっちはぼっち同士で食い倒れよーぜ♪
で、衣装は仲良くコレ(トナカイの着ぐるみ)な。異論は認めねぇからさっさと着て来いよ。
‥‥んだよ、そんな顔して。ドレスは好きな男とのデートにとっとけよ。
九条 絢斗(
jb2198)に言われ、投げ与えられたトナカイの着ぐるみ。
ぼっちがドレスを着たっていいじゃない。こんなお洒落なパーティなのに‥‥九条くんのばか。
いざ、ビュッフェが始まってみると、絢斗のスイーツがっつきぶりが激しかった。
「いやっほぅ! この会場のスイーツは全部俺のモンだ! 食って食って食いまくるぜ!!」
絢斗は皿にあらゆるスイーツを盛り付け、ガッツガッツ平らげ始めていた。
思わず璃世は目をぱちくりさせる。
「九条くん、お、お料理も食べないと、栄養バランス偏っちゃうよ?」
「安心しろよ、箸休めに肉食うから」
「それじゃダメでしょー! せめて、付け合わせの人参とブロッコリーくらい食べようよ?」
「うっせー。付け合わせの野菜って余計だよな。特に人参、マジいらねぇわ」
「‥‥九条くん、もしかして人参嫌い‥‥? うふふ、ちっちゃい子みたいで可愛い‥‥♪」
「なっ!?」
絢斗は思わずキレかかり、璃世の顔を見つめ、そして、カメラマンに噛みついた。
「ずっと撮影して腹減ってんだろ? 人参食えよ人参!! ほら! 食えっての!!」
璃世は笑いを堪えながら、カメラマンの前に割って入り、絢斗の突き出した人参をぱくりと食べた。
「綺麗ねー」
スイーツも存分にいただいて、2人でまったりとイルミネーションを眺めて回る。
(あ‥‥着ぐるみ、あったかーい‥‥)
(着ぐるみ意外とあったけーな‥‥ダチに風邪ひかせたくねぇし、着ぐるみに感謝だな)
「九条くん!」
璃世は、絢斗の隠された優しさに気づき、ほっこりして顔中を輝かせた。
「心も体も温まったよ、ありがと!」
「はぁ? 急になに言ってんの? 変なヤツだな、あんた」
絢斗は照れくさいのか、ぷいと横を向いた。
●『‥‥そして、クリスマスに一番欲しいものは、やっぱり、何といっても、これですよね』
洒落たスーツの上にコート姿の月詠 神削(
ja5265)は、ミニスカサンタ姿のSpica=Virgia=Azlight(
ja8786)と一緒に、遊歩道を散歩していた。
「最近、あまり一緒に居られなかったからな‥‥」
「うん‥‥久しぶりに‥‥ミソギと、一緒に、いられる‥‥」
星が、イルミネーションが、暗闇が、2人を幻想の世界へと誘う。
「‥‥この季節は、スピカと同じ名前の星が見えないのが残念だな‥‥」
空を仰いで、神削が呟いた。
「うん‥‥でも、空気、澄んでるから‥‥星、きれい‥‥」
「寒いか?」
ミニスカートから伸びた足が、僅かに震えている。
神削は自分のコートの中に、スピカを抱き入れた。
「こうすれば、寒くないだろ?」
耳元に囁く。真っ赤になってスピカは「ありがと‥‥」と神削に抱きついた。
暫く散策の後、ベンチで休憩を取る。
「何か、温かい飲み物でも持ってこよう‥‥」
立ち上がりかかる神削を、スピカがそっと止めた。
ゆっくりと首を振り、「ここに居て」と、言葉を使わないメッセージ。
神削が座り直すと、スピカは真っ赤になってもじもじしながら、小さな箱を取り出した。
「いつも、ありがと‥‥。これ‥‥贈り物‥‥」
開けると、白い宝石付きの指輪が光っていた。
神削の全身に、電撃のように、感激が走った。
気がつくと、彼は、愛する人を抱きしめて、口づけていた。
「ありがとう‥‥俺も大好きだよ。ずっと‥‥一緒に居てほしい」
「うん! ミソギ、大好き‥‥!」
恥ずかしそうにスピカが言う。その白い手に、小さな箱を、ことり。
「スピカ。俺からの気持ちを、受け取って欲しい」
「‥‥!!」
言葉にならない、だいすきでいっぱいの想いが溢れる。
スピカは、指輪を見つめながら、嬉しくて嬉しくて、嬉しい気持ちが目からどんどんあふれてこぼれて、止められなくなっていた。
「泣くなよ‥‥」
あたたかい指が、そっとスピカの、とめられない気持ちを、拭ってくれる。
スピカは、やさしい手に、自分の手を重ねた。
体温と体温が伝わりあって、2人の気持ちが、ひとつになった。
「あ‥‥」
「‥‥」
神削とスピカは、映像ではっきりと自分たちを見返して、茹でダコのように真っ赤になっていた。
あたたかい、祝福の拍手が、どこからともなく2人に贈られる。
「いつまでも仲良くばくはつしてろ」
「ごちそうさま!」
素直なものから、ちょっとヒネた祝福まで混じっていたが、皆の視線は概ね、やさしかった。
●『以上をもちまして、ドキュメント・撃退士たちのクリスマス、の試写会を〜』
帰りの、送迎バスの中。
「本番のクリスマスイヴも、ハッピーでいっぱいにしたいよね!」
「そうですね‥‥撮影会の時のように、夜空が晴れるといいのですけれど」
「あのしょーとけーき、美味かったな‥‥」
皆の夢を、想いを、いっぱい積んで運びながら、バスは久遠ヶ原へと戻っていった。
〜メリー☆クリスマス! 皆様の聖夜が、素晴らしいものになりますように!〜