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5年前。
5年も、前だ。
先生から、山奥の温泉郷に隠居した、という、手紙が届いたのは。
タレント一家、通称「ほっこりファミリー」は、人気が出過ぎたがゆえに、多忙すぎた。
なかなか、知己とも会うことがままならなかった。
「年末特番の収録には、間に合わせてくださいよ?」
マネージャーと事務所を説き伏せて、やっと、やっと、短い休暇を手に入れた。
家族3人、水入らずの休日。
先生に会いにいくのは、今しかない、そう思えた。
何しろ、最後に連絡をいただいたのが、5年も前だ。
ご壮健でいらっしゃるだろうか。
メディアを遠ざけ、人々の口にのぼることもなくなり、ひっそりと姿を消して、田舎で暮らす先生。
いつでも遊びに来いと言ってくれていた。
お言葉に甘えよう。
すっかり大きくなった息子を見たら、どんな反応を示すだろう。
楽しみだ。
今夜は、おいしいお酒が飲めるといい。
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「はい‥‥何も‥‥ですぅ?」
御堂島流紗(
jb3866)は、タレント一家の所属事務所に、電話で確認をとっていた。
失踪直前、一家に、何かおかしな点がなかったか。
――特に何もない。数年ぶりに、家族揃ってまとまった休みが取れて、喜んでいた。
元女優については、事務所は特に何も聞いていない。一家から、何日まで何某温泉郷に行く、とだけ、聞いていた。
奉丈 遮那(
ja1001)は、事前にネットの噂を調べていた。
元女優は、事務所の意向か、現役の頃からあまり情報を露出していなかったらしく、ネット内では、ほぼ推測によると思われる情報が、錯綜していた。
その中で、信頼出来そうな噂というと、「和モノよりも洋モノ好き」らしいこと、住まいとなった洋館は一度、サスペンスドラマのロケ地として使われたらしいこと、くらいであった。
(もしかしてオカルト趣味があったり?)
そう思って色々調べてはみたが、特にそう言った話は見つからなかった。
女優、即ち「人に見られる職業」として鏡を携帯・収集している、という話は、屋敷が鏡だらけである理由のヒントには、なりそうだった。
ホテルの駐車場に残されていた車から、手紙が見つかっていたことを、ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が皆に伝えた。
一家宛ての古びたハガキが1枚。消印は、5年前のものだ。
何某温泉郷に、終の住まいを構えました。
懐かしい洋館を見つけたのよ。きっと驚くわ。
お暇が出来たらいつでも遊びにいらしてね。
――文面は以上で、あとは洋館の住所が記載されていた。
屋敷の電話番号などは、書かれていなかった。
また、携帯電話の交信記録を警察に問い合わせたところ、5年前のハガキに電話番号が記載されていなかったせいか、事前に一家から電話連絡をした様子は無かったという。
代わりに、日下部 司(
jb5638)は、洋館のポストから、「いついつ頃に遊びにうかがいます」という文面のハガキが見つかっていたことを、突き止めていた。
そちらの消印は、ごくごく最近、一家が休暇をとれた頃に投函されたものであったという。
このハガキに誰かが手を触れた形跡はなく、読まれた様子もないとのことだった。
(2年前に元女優は失踪していたのに、その後もメイドが屋敷に留まっているのは不自然なのですぅ)
流紗が不審に思い、調査した結果。
元女優失踪事件当時、住み込みで働いていたメイドは、今では通いで、屋敷の維持管理は不動産会社と協力して行っていることがわかった。
素性を調べても、特に変わったところは見受けられない。
呼び出して、実際に会ってみると、気さくで人当たりのいい、近所のおばちゃんという感じだった。
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「ええ、あの日は、屋根の雪下ろしを不動産屋さんにお願いして、そちらについておりましたので、お客様がみえたことには気づきませんでした。玄関の鍵はあけたままだったと思います」
メイドに客間に通され、村上 友里恵(
ja7260)、ミハイル・エッカート(
jb0544)たちの、質問タイムが始まる。
寒い。洋館の中は冷える。メイドはのろのろと灯油ストーブをつけた。
「何か割れる音が聞こえたとかないでしょうか」
「さあ‥‥除雪機の音が何しろ、大きいですし‥‥」
友里恵の質問に、メイドは首を傾げる。
ミハイルが続く。
「一家はどうして屋敷に来たのか、聞いてないか?」
「いえ‥‥ポストにハガキがあったことすら、わたしは気づきませんでした」
橘 樹(
jb3833)が身を乗り出した。
「では、おぬしは直接、応対はしておらんのか?」
「はい‥‥」
樹は更に、一家が行方不明になった場所や状況、元女優の失踪時の状況などを尋ねたが、メイドはどことなくぼんやりしていて、あまり答えられなかった。
「2年前の事件は、警察と撃退士のかたに、お話したとおりです。わたしが音に気づいて洋間を見ましたら、コップの破片が散らばっていて、奥さま(=元女優)がスープを残して居なくなっていたんです。あとはよくわかりません」
「お客様が見えていたこと自体、気づいておりませんでしたので、その、新しい事件のことはさっぱり‥‥申し訳ありません」
皆がメイドを質問攻めにしている間、緋野 慎(
ja8541)は、体中をゾワゾワさせていた。
(本当だ、なんか屋敷の中に入った途端に誰かの視線を感じる。俺、野生の勘って言うのかな、そういうのに敏感だから、もうピリピリきてる。気持ちわりー、さっさと終わらせてやる)
全身に鳥肌が立っている感じが何とも不快で、慎は腕をさすった。気を張らないとぼうっとしそうだ。
「実は、このメッセージなのだが」
なんだか頭がうまく回らないな。そう思いながら、ミハイルが口火を切った。
「各文節の最後を見て欲しい。『かがみをわれ』と読める。‥‥ご許可を、いただけるな?」
「あらぁ、本当」
メイドは驚いて口を覆い、頷いた。
「そういうことでしたら‥‥どうぞ」
『救出後のケアも必要だと思うし、お風呂場を使えるようにしておいて欲しいかな。栄養価の高い温かい食べ物、飲み物も準備しておきたいな。飲む点滴とも言える、ジェラルド君特製☆甘酒を用意するよ♪』
ジェラルドも、無自覚にのんびりと言う。メイドはジェラルドに向かって頷いた。
「お風呂はこちらの角を曲がって右の扉です。冷蔵庫も貯蔵庫も、空っぽですよ」
メイドはやっと思いついたように続けた。
「甘酒の材料いります? カセットコンロも。あ、お水も何もかも止まっていますので、不動産屋さんと相談しないと」
何だろう。屋敷に入った途端に思考が緩慢になっている。この視線はどこからだ。
誰もがゆっくりと異常を自覚し始めていた。
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「最初からあった鏡以外の、『いつのまにか増えていた鏡』を割っていきたいですね」
遮那がそう言うと、ジェラルドが全く反対の意見を出した。
『鏡は増えてるんだよね? じゃ、増える前のが怪しいかも☆ 移動されてたら分からないけど‥‥』
そんな話をしながら、先行隊の地図を頼りに、屋敷の奥へ進む。
確かに、壁のあちこちに、まるで絵画を飾るかのように、鏡がかけられていた。
「奇妙なスノードーム」の置かれた部屋は、更に強烈だった。
頭の芯が痺れる感覚が強まる。いちめんに飾られた鏡が嗤っているような錯覚。
「敵の技で認識力が低下するのかもしれません。私達も気を付けないと」
友里恵の言葉に、慎が頷く。
「き、気持ちわり‥‥」
慎は、部屋の壁いちめんに飾られた鏡に、手を伸ばす。
「とっととこれを割‥‥わ!?」
ガランガラン。
慎の手から鏡が、割 れ ず に、床へ落ちた。
蒼白な顔を覗き込んで、遮那が「どうしました?」と声をかける。
「動いてた‥‥こう、ビクンビクンって、なんか、生き物みたいに‥‥生温かったし‥‥」
気持ち悪くて、慎が吐きそうになる。
先行隊からの、調査引き継ぎの際、渡された報告書を思い返す。
『サーバント「×××」(???)』
個体数不明の、サーバント。
ここには、「かがみ」と入るのでは、ないだろうか。
ざわっと皆が動揺する中、遮那だけはこの事態を想定していた。ヒヒイロカネから、ジャマダハルを取り出す。
「鏡が天魔でしたら、普通の攻撃は効かないでしょうから、本格的に割る時は武器を用意しないとですよね」
それにしても寒い。凍気が刺さるように肌をひりつかせる。
流紗は、部屋にあった灯油ストーブで、部屋をあたため始めた。
新聞紙を、床に敷き詰める。箒と塵取りの準備、よし。
(反射の仕方や、鏡に映っていないものがないかなどをチェックしながら、慎重に割らなければ)
ぼんやりと司が思う。
めいめい、持参したガムテープや幅広テープを用意。
まずはこの部屋のサーバント「鏡」を、割り尽くさなければ。
‥‥やしきをたんさくする? そういえばそんなこともかんがえていた、だろうか?
ゆっくりと、頭の芯が凍えていく。いろいろが考えられなくなる‥‥。
天魔「かがみ」は、ジャミングと透過能力を用いて、抵抗した。
しかし、阻霊符を展開して、V兵器で一撃与えれば、簡単に割れる。
割れた鏡は徐々に冷たくなり、もう脈動することもなく、ゴミとして積まれていった。
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天魔「鏡」を割り尽くすと、頭の中に靄がかかったような状態は改善し、すっきりした。
皆で協力して、破片を掃き集める。屋敷内も手分けして探索し、怪しい鏡を割りまくる。
合計で、何十枚、割っただろうか。
慎が痛いほど感じていた視線も、思考を阻む霧も、鏡退治と共になくなっていた。
「奇妙なスノードーム」は、天魔「鏡」を退治した後、変わった様子はなさそうに見えた。
しかし、流紗が手を伸ばすと、「テーブルに張り付いていて、引き剥がせなかった」のが、今では普通のオーナメントよろしく、簡単に持ち上げることが出来た。
振動で、きらきらとドームの中に雪が舞う。
中の人形に、変化はない。
樹が、スノードームの中の人形に、意思疎通を試みた。
(助けにきたであるよ。どうしたら助けられるかの?)
人形たちからの、答えは、ない。
『意思疎通』とは、どのようなスキルか。
――会話と同等レベルでの、『一方通行の』意思伝達を行うことが可能です。
「うむ、わからん」
樹は腕を組んだ。
「ふうむ」
ミハイルは顎に手をかけた。
『索敵』するにも、この部屋の中しか視界には入らない。
天魔「鏡」を排除した今、この部屋に取り立てて何かがあるとは思えなかった。
『サーチトラップ』は、簡単な罠しか見抜けない。
「それでも、何もしないよりは、マシか」
2つのスキルを試す。
――いる。この部屋に、敵が。
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先行隊は、天魔「スノードーム」という存在がいることを、おぼろげながら、突き止めていた。
しかし、それがどこにいるのか、見当がつかずにいた。
ミハイルは、察知した敵の居所を探る。
見えない敵は、広く大きいテーブルの上にででんと乗っていた。
アサルトライフルを、一見、何もいないテーブル上に、乱射する。
「あ!」
友里恵が、すうっと現れた白い影に驚いて、口を押さえた。
等身大のスノードームをお腹に抱えたような、白い龍。
その中には、老婆と男と女と子供が、はっきりと見えている。助けを求めるように、動いている。
あの血文字も、天魔の腹の球体に、しっかりと書かれていた。
「こんにゃろー、平穏な家族の幸せを奪いやがって!」
慎がリンドヴルムを構えた。
「俺には本当の家族がどんなものかってのはよくわからないけど、それはとても大切なものなんだ。たとえどんな理由があろうと、俺は許さねぇぞ。自分の行いがどんなに卑劣な事かを思い知れ!」
天魔「スノードーム」に飛びかかり、リンドヴルムを振り下ろす。
ぱりん!
一撃で、天魔「スノードーム」の体が、崩れた。
さらさらと砂のように壊れていく。
お腹に抱えられていた球体は、脈動して、どろりと体液を流しながら裂け。
老婆とタレント一家は、無事に保護されたのであった。
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「今回は、入れられたら出てこられないから、事件になりましたけれど、自由に出入りできるスノードームなら、さぞかし良い物だったでしょうね‥‥」
友里恵は、きらきらと光って消えていく天魔の死体を見送った。
「よく頑張ったな」
ミハイルが、救出された4人に応急処置を施していると、メイドと、不動産会社の社員が、お湯を入れたタンクや、買い出しの袋を、たんまりと軽トラに乗せて戻ってきた。
そのまま、ジェラルドと協力して、風呂を入れ、甘酒の調理にかかる。
一人ひとりをアルミシートでくるみ、流紗も被害者たちの介抱に加わる。
老婆の指は血まみれで、更に凍傷にもなりかけていた。
『温かいお風呂と、スペシャル☆甘酒をどうぞ♪』
風呂の準備も出来、ジェラルドが甘酒を振舞う。
『たくさん作ったから、みんなも是非飲んでよ。ジェラルド君特製の甘酒はすっごく美味しいんだよ♪』
不動産屋は、老婆の失踪以来止めてあったライフラインを復帰させるべく、早めに戻っていった。
貰い湯と甘酒とストーブで体を温め、タレント一家と元女優は、改めて撃退士たちに礼を言った。
外が薄暗くなってきたため、メイドが蝋燭に火を灯す。
まだ、電気もガスも来ていない。
「寒くて申し訳ないねえ。電気さえ来ていれば、床暖房で暖かいのだけれど」
元女優は、続けて、天魔「スノードーム」に囚われていた間のことを語った。
天使(?)が、鏡を壁に次々と設置していくのを目撃したこと。
直後に、白い龍に呑み込まれたこと。
天魔の腹の中まで、外の音は聞こえていたこと。
天使(?)が鏡を設置しながら、「きみ達のせいで、気を抜くとぼくまでぼうっとしちゃうよ」と話しかけていたこと。
天使(?)に気づかれないよう、サスペンスドラマの経験から、暗号文を思いついたこと。
自力で指を噛みちぎって、血文字のメッセージを書いたこと。
「先生がそんなことになっていたなんて、知りませんでした」
項垂れる、タレント一家の父親。一家は、呼び鈴の反応がないのと、玄関があいていたことを不審に思いつつ、慎重に屋敷にあがって、そのまま白い龍に呑み込まれたのだという。
「でも、とにかく、皆さんが無事で良かったです」
遮那が内心、芸能人とコネができないか期待しつつ、微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます! 明日には撮影のため帰らないといけませんが、今晩くらいは先生ともゆっくりできそうです」
一家の父は、こぼれるような笑顔を見せた。
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年末特番が始まった。
特別映像を紹介しながら、ほっこりファミリーが、感涙したり微笑んだりする番組。
見ているこちらまでほっこりするような、素敵な番組に仕上がっていた。
その笑顔や暖かな涙を、取り戻したのは自分達だ。
と、無事放送された番組を観ていた一同が家族の様子につられてほっこりしていたその時、
「で、ミハイルさんと橘さんは、どっちが攻めで受けなんですか?」
テレビもそこそこに、友里恵は2人に直撃したのだった。