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マスター:神子月弓
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/12/04


みんなの思い出



オープニング




 こつん、こつん、こつん。
 マリカせんせー(jz0034)の クーゲルシュライバーが、リズミカルな音をたてる。
 こつん、こつん、こつん。

 続くのは、せんせーの、深い深いため息。

「また水樹さんは欠席なんですー? このままでは、美術の単位が危ないのですー」

 ――高等部1年、水樹光(みずき・こう)。転入してきたばかりの、撃退士の卵。
 しかし、転入手続きが済んでからは、一度も学園に登校したことがないようである。

「このままでは、美術だけでなく、ほかの教科も危ないのですー」
 面倒見の良いマリカせんせーは、担任でもないのに、光の暮らす女子寮を訪ねることにした。





 月光が照らす、女子寮の屋上。光の、透き通った歌声が、夜空に溶けていく。
 静かに、階段からの扉が開いた。
「誰?」
 綺麗な歌声は、唐突に消えてしまう。残されたのは、警戒心を顕にした、ハーフマスクの女子学生。

「ちゃおでーす、水樹さんですー?」
 精一杯やさしく、マリカせんせーは声をかけた。
「わたしに何か用ですか」
 不愉快そうに声を尖らせ、光はせんせーから距離をおいた。

「え、えーと、その‥‥」
 マリカせんせーは、どう切り出したものか、悩んでいた。
「‥‥そのマスク、ずっとしているみたいですけど、蒸れないのですー?」

 ああいえ、そんなことはどうでも良いのですー。水樹さんに、登校して欲しいだけなのですー。
 せんせーは、自身の放った質問内容に、狼狽えていた。

「蒸れますよ」
 光はあっさりと答えた。鼻から額までを覆う仮面に手を添える。
「でも、こんな顔を人前にさらすくらいなら‥‥蒸れるほうがマシです」

 光の仮面のことは、教職員の間でも噂になっていた。
 仮面の下には、年頃の女子なら耐えられないほど、ひどい傷跡が残っているのだと。

 その傷跡は、アウルの力では、治すことができないのだ、とも‥‥。

「事情はわかりますけど、出来るだけ登校して欲しいのですー。何か、せんせーに手伝えること、ありますー?」
 
 マリカせんせーの言葉に、光の唇が歪んだ笑みを浮かべた。

「せんせーの顔は綺麗ですよね。剥ぎ取って、わたしの顔にしてもいいですか?」
「‥‥えっ!? そ、それは、困るのです‥‥」
「冗談ですよ」

 光が笑う。仮面に隠された本心が見えない。

「そうですね‥‥登校とかは、この仮面が不要になったら、考えてみます。何年先になるか、知りませんけどね」





 寮の自室に帰り、電気もつけないまま、光はベッドに体を投げ出した。
(わたしは、いつから、こんないやな子になったの?)

 視線が室内をさまよい、飾ってある瓶に向いた。
 500久遠玉が、瓶の半分ほどまで、入っている。

(皮膚移植、だっけ。手術で傷跡が消せるらしいって聞いたけど、本当かな。手術って、お金、どれくらいかかるんだろう‥‥)

 傷跡を隠しても、隠さなくても、周囲の視線が気になる。
 じろじろ見られるのが、登校するのが、つらくて嫌で、不登校になった。
 学園にいかないから、訓練もできず、実績なしと判断されて、斡旋所でも相手にしてもらえない。
 だから、余計に寮に引きこもるし、お金は貯まらない。
 手術の夢は、どんどん遠のいていく――。


 翌日の朝。
 扉の下に、紙が挟まっていることに、光は気づいた。
 そっと広げてみる。

『依頼:落ち葉掃除
 学園の中央並木道が、落ち葉で埋まっているのです。お掃除をお願いするのです。
 報酬は、××斡旋事務所を仲介して、ネットバンクに直接振込むのですー。
 是非、引き受けてくださいです、よろしくですー』


リプレイ本文




 おいしい焼き芋のつくりかた。

 1)お芋をよく洗う
 2)ビッチョリ濡らした新聞紙を軽く絞って、全面を隙間なく包む
 3)アルミホイルで全面を隙間なく包む
 4)焚き火の灰の中に埋めるように突っ込む
 5)お芋の中ほどを軍手で握ってみて、柔らかくなっていたら焼きあがり


(なんでこんなことになったのかしら‥‥)
 水樹光は、ならした黒い土の上に「日」の字型に添え木を並べていた。
(依頼は「落ち葉掃除」だけのはず、よね‥‥?)

 記憶がゆっくりと巻き戻る。





「ああ、皆、今日はよろしくね」
 黒須 洸太(ja2475)が笑顔を向けた。
 挨拶がわりにすっと、影野 恭弥(ja0018)が、掃除道具を配る。
「軍手も忘れないでくださいね」
 八百屋の紙袋を抱えてきた黄昏ひりょ(jb3452)の言葉に、めいめい配られた軍手をはめる。

「集めた落ち葉は、燃やすのでしたら、こちらへお願いします、だそうですよ」
 全身に包帯をぐるぐる巻いた、リディア・バックフィード(jb7300)が、すすで黒くなっている一角を示す。
 よろけそうになったリディアを、瓜生 璃々那(jb7691)が支えた。
「リーダ、そんな無理をしないでくださいまし、傷に障りますわよ」
「リリナ、気遣ってくれて感謝します。私は問題ありません」
 強がるように、リディアが、璃々那から離れる。

 璃々那は続いて、全員分用意した、アルミホイル・古新聞紙・着火用品・火バサミを配って歩いた。
「はい、水樹さんもご苦労さまですわね。同じダアト初心者同士ですし、仲良くしてくれたら嬉しいですわ」
 微笑みながら話しかける璃々那。光は答えずに道具を受け取った。

(せっかく学園に来たっちゅーのに、やりたい事いっぱいあるんちゃうん? 人目気にするなんてあほらしい。年頃の女の子やから、顔は気にするんは分かるんやけどな。せやけど、動かへんと何も変わらへん)
 九条 静真(jb7992)が、じっと光の背中を見つめた。
(そりゃ、外には汚いもんも嫌なもんも、怖いもんもあるけどな。でも、綺麗なもんも優しいもんも、ぎょうさんあるんやで。それを少しでも知ってもらいたいと思うんよ)
 静真は声が出せない。この気持ちをどうやって伝えようか、考え込む。

(顔の傷なら俺にもあるぞー、って問題じゃないんだろうなぁ‥‥)
 水無月 望(jb7766)が自身の頬をさすった。
 音楽プレーヤーで耳をふさいでいたロード・グングニル(jb5282)だが、恭弥にずいと掃除道具を渡されて、「道具があるならサボらねぇよ」と受け取った。





 道具を受け取ったら、散開して、落ち葉掃きに勤しむ。


(そりゃあさ、優しくしてくれる、気遣ってくれる人間ばかりの中なら、居心地は良いだろうけど。リハビリの意味では正しいかも知れないけど、実際はそんな環境ばかりじゃないよな。結局、先輩として出来るのは、背中を見せることくらいじゃないかな)
 丁寧に落ち葉を掃きながら、洸太は心の中で、洸太なりの気遣い方法を探っていた。
(皆、自分が錯覚するほど、自分に関心をもってないって伝わればいいけど‥‥)


「風が冷たいな」
 防寒用のマフラーを巻き直し、恭弥は光に話しかけた。
「もう、冬ですからね」
 光が素っ気なく応じる。
「だな」
 恭弥もクールに返し、黙々と熊手を動かす。
(怪我なんて日常茶飯事だし、撃退士になるやつなんて、多かれ少なかれ心身に何かしら抱えてる。そもそも傷なんて気にしてたら、天魔とも戦えないしな)
 そんなふうに考える恭弥。しかし、うまく言葉にならない。光に伝えられない。

「集めた落ち葉は‥‥?」
「こちらで袋詰めします」
 恭弥の問いに、リディアが応じた。
 光と共に、集めた落ち葉を運ぶ。


「あ、ごめんね、ちょっと手を貸してもらえると助かるんだけど、いいかな?」
 ひりょが光に声をかけた。
「この落ち葉を運ぶのを、手伝って欲しいんだ」
「‥‥」
 何も答えず、黙々と手伝う光。一緒に落ち葉を運びながら、ひりょは眩しい笑顔で礼を言った。
「本当にありがとう。今日はいい天気だったね。夜空が綺麗にみえるかな」
「どうでしょうね」
 素っ気ない答えだが、気にはなるらしい。光は西の空を見上げた。
「あの彗星、消えちゃったんだって?」
「詳しいですね。太陽に近づきすぎたって話ですけれど」
 少しだけ、天文雑談に花が咲く。勿論、掃除の手は休めずに。
「のんびり星空を眺めてると、吸い込まれる感じがするよな」
「同感です」

(どうしてこんな冷たい受け答えになっちゃうんだろう‥‥。きっと先輩たちに、いやな後輩って思われているわ。昔みたいに、話せない‥‥どうして?)
 表面に出さずに悩んでいる光の肩を、とんとんと静真がつついた。


 静真に連れていかれた場所には、まるく落ち葉が敷かれていた。
『かお』
 メモ帳に大きく文字を書いて、見せる。
 木の枝で、落ち葉をのけるようにして、更に線を引く静真。
『どのかお、すき?』

 怒っているかお。
 泣いているかお。
 にっこりしているかお。

 光は、まるい落ち葉の上半分を、ぐしゃぐしゃと踏み荒らした。
 そして、への字型の口を書き添えて「これが、わたしです」と静真に言った。

『かなしい、かおだね』

 静真は、この時点では、そんな言葉しか浮かばなかった。 


 何処かから、歌声が聞こえてくる。
 落ち葉を集めながら、璃々那が歌を口ずさんでいたのだ。
 世界的にも非常に有名な曲で、ロードも光も、知っていた。
 自然に、光の唇から、小さく歌がこぼれ出す。

 小さかった歌声が徐々に大きくなり、気がつくと、璃々那と光の2人で、綺麗にハモっていた。
 歌とその余韻が消えてしまうと、軍手でこもった拍手の音が、自然にわき起こる。

 それまでは、ダルそうに掃除をしていたロードが、光に歩み寄った。
「よぉ。歌、ほんとに上手いんだな」
「べ、べつに、上手くは‥‥好きなだけで‥‥」
「そーかそーか。あのさ、J−ROCKとか、洋楽とかは歌えるのか?」
「ものによりますけど‥‥」
 困惑している光に、イヤホンを渡して、音楽を聴かせるロード。

「あ、これ結構好きですよ」
 光の足が自然にリズムをとり、唇が動き出す。

「俺、ハーモニカとギター持ってるからさ、何処かで、1回切りでも良いからセッションしてみたいな。水樹の好きな歌でも構わないぜ。どんな歌でも、最後まで絶対に弾いてやる‥‥」
「セ、セッション‥‥ですか」
 ロードの強いプッシュを受け、光の手が仮面に触れる。

 彼女はまだ、仮面のことを、それが隠しているものを、気にしていた。





 掃いても掃いても、落ち葉掃除は終わらない。
 木々から、はらはらと、幾らでも落ちてくる。

「落ち葉掃除、早いところ終わらせようぜ」
 そんな言葉で掃除を始めた望は、作業が終わらないことに、正直、焦っていた。


 カラカラと車輪の音を立て、リディアが璃々那と共に、ワゴンを押して運んできた。
「はーい皆さん、休憩時間でーす。あたたかい珈琲を持って来ましたよー」
 ワゴンの上には、ポットと人数分のカップ。
 冷たい風に身をさらしてだいぶ経つ。珈琲がすごく美味しく感じられた。

「ふぅ‥‥冷えた身体に熱い珈琲は格別ですね」
 自身も珈琲をひとくち飲んで、リディアは息をついた。
「改めて、初めましてミズキさん。今回は宜しくお願い致しますね」
「‥‥はい」
 光の視線は、リディアの全身+顔に巻かれた包帯に、注がれていた。
「気になります?」
 リディアが問うと、光は、こくりと頷く。
「私たちは撃退士ですから、大怪我もしますし、悩むこともたくさんありますよ」
 動けば痛みで顔が引きつる。しかし、リディアはなるべく平静を装って続けた。
「ミズキさんみたいに仮面をつけたり、着ぐるみを着たりするひとも、結構います」


「えっ」
 ――もしかして、わたしだけじゃ、ない? わたしは、『特殊』じゃ、ない‥‥?
 光の心が揺れ始める。

「ああ」
 恭弥が頷く。

「だねえ」
 洸太も同意する。

「そうですわよ」
 璃々那もこくりと頷く。

「良いんじゃね? ファッションで仮面変えたりも出来るんだしさ」
 ロードは目を細める。

『ともだち なれるよ』
 静真が地面にメッセージを書く。
『おれは 声が 出せないけれど こうやって 気持ちを つたえられるよ』


 光は、植え込みの陰めざして、ダッシュで駆けていった。
 恐らく、溢れ出た涙を拭くために。


「皆がジロジロ見ている感じと、皆がコソコソ水樹さんのことを悪く内緒話している、という感覚が、ずっとあるのじゃないかなあ」
 ひりょが、買ってきたお芋9本を、袋ごと望に預けながら、呟いた。
「自意識過剰っていうやつだね。まあ、思春期だし、そういうこともあるんだろうけど」
 洸太があごの下に手を置いた。
「とにかく、落ち葉は集まったんだから、お芋焼こうぜ! 美味しいものを食べると、元気になれるって聞いたことあるんだぜ!」
 待ちきれない、とばかりに、望が目を輝かせた。


 そんな訳で、落ち葉焚きの準備シーンに戻る――。





 焚き火予定地に「日」の形に添え木を組み、中を少し掘り、全体を水で湿らせる。
 丸めた新聞紙を火種にして着火、枯葉を乗せて燃やし、どんどん灰を作る。
 灰で蒸し焼きをするように、ホイルをかっちり巻いたお芋を投入!

 こんなに火があがるんだ。
 焚き火初体験のものは、思わず炎の高さを見上げた。
(大丈夫だぜ、消火用の水や道具は準備済みだからな!)
 望がサムズアップした。


 待つこと数十分で、焼き芋の完成である。


「出来立てだからな、熱いうちに食べた方が美味いぞ」
 望は、ホクホクのお芋を渡し、光に話しかけた。
「学園生活で、何か困っていることでもあるのか? 俺で良ければ、力になるぜ。まあ、出来る範囲でってことにはなるけどな」

「困っている、こと‥‥」
 光は俯いた。
「どうしてこんな、ささくれた言い方をしてしまうのか、自分でもわからないんです。こんなんじゃ、友達が出来なくて、当たり前ですよね」

 光は、引きこもっている寮の中でも、ひとりぼっちであることを打ち明けた。

「そうだなあ。自分の話し方が気になるなら、どこが悪いのかを見つけて、気づいた時に直すようにすればいいんじゃないかな。勿論、努力しても報われないかも知れないけど、努力しないと絶対に報われないからね」
 先輩らしく、洸太が助言する。
「まだ仮面について気にしているようなら、珍しいけど学園に居ないわけじゃないってことと、趣味なのか何か理由があるのかを、わざわざ聞くほどの興味は皆もたないし、聞いてくるほど野暮な奴ばっかりでもないってことを、伝えておきたいかな」

 焼き芋の皮を剥きながら、恭弥が、洸太の話にこくりと頷いた。
 他人の事情にいちいち首を突っ込めるほど、撃退士は暇ではない、と。


 ぽりぽり頭を掻きながら、ロードが近づいた。
「何かさ、水樹を見てると、もう一人、自分がいるみてぇに感じるんだよな。外見コンプレックスとか、俺にもあるからさ‥‥」

 ロードは真顔で、赤い髪をかきあげた。時折、遠い目をしながら、語る。
「俺のこの髪は地毛だ。けど、目立つよな? それが凄い嫌で、一時は、黒ーく染めてたんだぜ? でも、一週間も経った時には色落ちして、赤いのが見えてきてさ‥‥。クセ毛も直んないよ、マジで。どうしても真っ直ぐにならねーし‥‥って、俺の愚痴はどうでもいいんだった!」
 ずずいと光に近づいて、ロードは頭を下げた。

「音楽繋がりのダチが欲しいと思ってたんだ。生活は音楽だけあれば充分、と思ってたけどよ、一人だけじゃ、やっぱ、音楽は出来ねーんだ。だから水樹、一緒にセッションしようぜ! ほんとに、1回だけでもいいからさ!」

 本気で、ロードは、光とセッションがしたいのだ。
 光は、‥‥折れた。

「じゃあ、この後、音楽室に行きます‥‥それでいいですか」

 ぐっとロードの手がさし出された。その手を掴んで、光は、歩き出した。





 焚き火の始末を丁寧に行ない、担当の用務員さんにもチェックしてもらい、皆は、音楽室に移動していた。ロードがミニエレキギターのチューニングを急いでいる。

「で、何を歌えばいいんですか?」
「水樹の好きな歌でいいぜ。頑張って合わせるからな」
「では、有名な歌のほうがいいですね」

 耳打ちされた曲名をもとに、ロードのギターが伴奏を始める。
 光は、メジャーなJ−ROCKを2曲と、洋楽を1曲、何も見ずに歌いきった。

 拍手が起こる。1人分、余計に。
 えっと首を回すと、マリカせんせー(jz0034)が目に涙をいっぱいためて、拍手をしながら、皆に混ざっていた。

「水樹さん、本格的に、音楽を学んでみませんかー?」
「音楽‥‥教えてもらえるんですか?」
 光の質問に、せんせーはこくりと深く頷いた。


 光の心の中。
 明けない夜に、朝が、きた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
踏み外した境界・
黒須 洸太(ja2475)

大学部8年171組 男 ディバインナイト
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
澪に映す憧憬の夜明け・
ロード・グングニル(jb5282)

大学部3年80組 男 陰陽師
金の誇り、鉄の矜持・
リディア・バックフィード(jb7300)

大学部3年233組 女 ダアト
山風の悪戯・
瓜生 璃々那(jb7691)

大学部3年262組 女 ダアト
蒼と黒との紅死踏・
ヴィンド・アルプトラオム(jb7766)

大学部5年94組 男 ルインズブレイド
遥かな高みを目指す者・
九条 静真(jb7992)

大学部3年236組 男 阿修羅