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おいしい焼き芋のつくりかた。
1)お芋をよく洗う
2)ビッチョリ濡らした新聞紙を軽く絞って、全面を隙間なく包む
3)アルミホイルで全面を隙間なく包む
4)焚き火の灰の中に埋めるように突っ込む
5)お芋の中ほどを軍手で握ってみて、柔らかくなっていたら焼きあがり
(なんでこんなことになったのかしら‥‥)
水樹光は、ならした黒い土の上に「日」の字型に添え木を並べていた。
(依頼は「落ち葉掃除」だけのはず、よね‥‥?)
記憶がゆっくりと巻き戻る。
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「ああ、皆、今日はよろしくね」
黒須 洸太(
ja2475)が笑顔を向けた。
挨拶がわりにすっと、影野 恭弥(
ja0018)が、掃除道具を配る。
「軍手も忘れないでくださいね」
八百屋の紙袋を抱えてきた黄昏ひりょ(
jb3452)の言葉に、めいめい配られた軍手をはめる。
「集めた落ち葉は、燃やすのでしたら、こちらへお願いします、だそうですよ」
全身に包帯をぐるぐる巻いた、リディア・バックフィード(
jb7300)が、すすで黒くなっている一角を示す。
よろけそうになったリディアを、瓜生 璃々那(
jb7691)が支えた。
「リーダ、そんな無理をしないでくださいまし、傷に障りますわよ」
「リリナ、気遣ってくれて感謝します。私は問題ありません」
強がるように、リディアが、璃々那から離れる。
璃々那は続いて、全員分用意した、アルミホイル・古新聞紙・着火用品・火バサミを配って歩いた。
「はい、水樹さんもご苦労さまですわね。同じダアト初心者同士ですし、仲良くしてくれたら嬉しいですわ」
微笑みながら話しかける璃々那。光は答えずに道具を受け取った。
(せっかく学園に来たっちゅーのに、やりたい事いっぱいあるんちゃうん? 人目気にするなんてあほらしい。年頃の女の子やから、顔は気にするんは分かるんやけどな。せやけど、動かへんと何も変わらへん)
九条 静真(
jb7992)が、じっと光の背中を見つめた。
(そりゃ、外には汚いもんも嫌なもんも、怖いもんもあるけどな。でも、綺麗なもんも優しいもんも、ぎょうさんあるんやで。それを少しでも知ってもらいたいと思うんよ)
静真は声が出せない。この気持ちをどうやって伝えようか、考え込む。
(顔の傷なら俺にもあるぞー、って問題じゃないんだろうなぁ‥‥)
水無月 望(
jb7766)が自身の頬をさすった。
音楽プレーヤーで耳をふさいでいたロード・グングニル(
jb5282)だが、恭弥にずいと掃除道具を渡されて、「道具があるならサボらねぇよ」と受け取った。
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道具を受け取ったら、散開して、落ち葉掃きに勤しむ。
(そりゃあさ、優しくしてくれる、気遣ってくれる人間ばかりの中なら、居心地は良いだろうけど。リハビリの意味では正しいかも知れないけど、実際はそんな環境ばかりじゃないよな。結局、先輩として出来るのは、背中を見せることくらいじゃないかな)
丁寧に落ち葉を掃きながら、洸太は心の中で、洸太なりの気遣い方法を探っていた。
(皆、自分が錯覚するほど、自分に関心をもってないって伝わればいいけど‥‥)
「風が冷たいな」
防寒用のマフラーを巻き直し、恭弥は光に話しかけた。
「もう、冬ですからね」
光が素っ気なく応じる。
「だな」
恭弥もクールに返し、黙々と熊手を動かす。
(怪我なんて日常茶飯事だし、撃退士になるやつなんて、多かれ少なかれ心身に何かしら抱えてる。そもそも傷なんて気にしてたら、天魔とも戦えないしな)
そんなふうに考える恭弥。しかし、うまく言葉にならない。光に伝えられない。
「集めた落ち葉は‥‥?」
「こちらで袋詰めします」
恭弥の問いに、リディアが応じた。
光と共に、集めた落ち葉を運ぶ。
「あ、ごめんね、ちょっと手を貸してもらえると助かるんだけど、いいかな?」
ひりょが光に声をかけた。
「この落ち葉を運ぶのを、手伝って欲しいんだ」
「‥‥」
何も答えず、黙々と手伝う光。一緒に落ち葉を運びながら、ひりょは眩しい笑顔で礼を言った。
「本当にありがとう。今日はいい天気だったね。夜空が綺麗にみえるかな」
「どうでしょうね」
素っ気ない答えだが、気にはなるらしい。光は西の空を見上げた。
「あの彗星、消えちゃったんだって?」
「詳しいですね。太陽に近づきすぎたって話ですけれど」
少しだけ、天文雑談に花が咲く。勿論、掃除の手は休めずに。
「のんびり星空を眺めてると、吸い込まれる感じがするよな」
「同感です」
(どうしてこんな冷たい受け答えになっちゃうんだろう‥‥。きっと先輩たちに、いやな後輩って思われているわ。昔みたいに、話せない‥‥どうして?)
表面に出さずに悩んでいる光の肩を、とんとんと静真がつついた。
静真に連れていかれた場所には、まるく落ち葉が敷かれていた。
『かお』
メモ帳に大きく文字を書いて、見せる。
木の枝で、落ち葉をのけるようにして、更に線を引く静真。
『どのかお、すき?』
怒っているかお。
泣いているかお。
にっこりしているかお。
光は、まるい落ち葉の上半分を、ぐしゃぐしゃと踏み荒らした。
そして、への字型の口を書き添えて「これが、わたしです」と静真に言った。
『かなしい、かおだね』
静真は、この時点では、そんな言葉しか浮かばなかった。
何処かから、歌声が聞こえてくる。
落ち葉を集めながら、璃々那が歌を口ずさんでいたのだ。
世界的にも非常に有名な曲で、ロードも光も、知っていた。
自然に、光の唇から、小さく歌がこぼれ出す。
小さかった歌声が徐々に大きくなり、気がつくと、璃々那と光の2人で、綺麗にハモっていた。
歌とその余韻が消えてしまうと、軍手でこもった拍手の音が、自然にわき起こる。
それまでは、ダルそうに掃除をしていたロードが、光に歩み寄った。
「よぉ。歌、ほんとに上手いんだな」
「べ、べつに、上手くは‥‥好きなだけで‥‥」
「そーかそーか。あのさ、J−ROCKとか、洋楽とかは歌えるのか?」
「ものによりますけど‥‥」
困惑している光に、イヤホンを渡して、音楽を聴かせるロード。
「あ、これ結構好きですよ」
光の足が自然にリズムをとり、唇が動き出す。
「俺、ハーモニカとギター持ってるからさ、何処かで、1回切りでも良いからセッションしてみたいな。水樹の好きな歌でも構わないぜ。どんな歌でも、最後まで絶対に弾いてやる‥‥」
「セ、セッション‥‥ですか」
ロードの強いプッシュを受け、光の手が仮面に触れる。
彼女はまだ、仮面のことを、それが隠しているものを、気にしていた。
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掃いても掃いても、落ち葉掃除は終わらない。
木々から、はらはらと、幾らでも落ちてくる。
「落ち葉掃除、早いところ終わらせようぜ」
そんな言葉で掃除を始めた望は、作業が終わらないことに、正直、焦っていた。
カラカラと車輪の音を立て、リディアが璃々那と共に、ワゴンを押して運んできた。
「はーい皆さん、休憩時間でーす。あたたかい珈琲を持って来ましたよー」
ワゴンの上には、ポットと人数分のカップ。
冷たい風に身をさらしてだいぶ経つ。珈琲がすごく美味しく感じられた。
「ふぅ‥‥冷えた身体に熱い珈琲は格別ですね」
自身も珈琲をひとくち飲んで、リディアは息をついた。
「改めて、初めましてミズキさん。今回は宜しくお願い致しますね」
「‥‥はい」
光の視線は、リディアの全身+顔に巻かれた包帯に、注がれていた。
「気になります?」
リディアが問うと、光は、こくりと頷く。
「私たちは撃退士ですから、大怪我もしますし、悩むこともたくさんありますよ」
動けば痛みで顔が引きつる。しかし、リディアはなるべく平静を装って続けた。
「ミズキさんみたいに仮面をつけたり、着ぐるみを着たりするひとも、結構います」
「えっ」
――もしかして、わたしだけじゃ、ない? わたしは、『特殊』じゃ、ない‥‥?
光の心が揺れ始める。
「ああ」
恭弥が頷く。
「だねえ」
洸太も同意する。
「そうですわよ」
璃々那もこくりと頷く。
「良いんじゃね? ファッションで仮面変えたりも出来るんだしさ」
ロードは目を細める。
『ともだち なれるよ』
静真が地面にメッセージを書く。
『おれは 声が 出せないけれど こうやって 気持ちを つたえられるよ』
光は、植え込みの陰めざして、ダッシュで駆けていった。
恐らく、溢れ出た涙を拭くために。
「皆がジロジロ見ている感じと、皆がコソコソ水樹さんのことを悪く内緒話している、という感覚が、ずっとあるのじゃないかなあ」
ひりょが、買ってきたお芋9本を、袋ごと望に預けながら、呟いた。
「自意識過剰っていうやつだね。まあ、思春期だし、そういうこともあるんだろうけど」
洸太があごの下に手を置いた。
「とにかく、落ち葉は集まったんだから、お芋焼こうぜ! 美味しいものを食べると、元気になれるって聞いたことあるんだぜ!」
待ちきれない、とばかりに、望が目を輝かせた。
そんな訳で、落ち葉焚きの準備シーンに戻る――。
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焚き火予定地に「日」の形に添え木を組み、中を少し掘り、全体を水で湿らせる。
丸めた新聞紙を火種にして着火、枯葉を乗せて燃やし、どんどん灰を作る。
灰で蒸し焼きをするように、ホイルをかっちり巻いたお芋を投入!
こんなに火があがるんだ。
焚き火初体験のものは、思わず炎の高さを見上げた。
(大丈夫だぜ、消火用の水や道具は準備済みだからな!)
望がサムズアップした。
待つこと数十分で、焼き芋の完成である。
「出来立てだからな、熱いうちに食べた方が美味いぞ」
望は、ホクホクのお芋を渡し、光に話しかけた。
「学園生活で、何か困っていることでもあるのか? 俺で良ければ、力になるぜ。まあ、出来る範囲でってことにはなるけどな」
「困っている、こと‥‥」
光は俯いた。
「どうしてこんな、ささくれた言い方をしてしまうのか、自分でもわからないんです。こんなんじゃ、友達が出来なくて、当たり前ですよね」
光は、引きこもっている寮の中でも、ひとりぼっちであることを打ち明けた。
「そうだなあ。自分の話し方が気になるなら、どこが悪いのかを見つけて、気づいた時に直すようにすればいいんじゃないかな。勿論、努力しても報われないかも知れないけど、努力しないと絶対に報われないからね」
先輩らしく、洸太が助言する。
「まだ仮面について気にしているようなら、珍しいけど学園に居ないわけじゃないってことと、趣味なのか何か理由があるのかを、わざわざ聞くほどの興味は皆もたないし、聞いてくるほど野暮な奴ばっかりでもないってことを、伝えておきたいかな」
焼き芋の皮を剥きながら、恭弥が、洸太の話にこくりと頷いた。
他人の事情にいちいち首を突っ込めるほど、撃退士は暇ではない、と。
ぽりぽり頭を掻きながら、ロードが近づいた。
「何かさ、水樹を見てると、もう一人、自分がいるみてぇに感じるんだよな。外見コンプレックスとか、俺にもあるからさ‥‥」
ロードは真顔で、赤い髪をかきあげた。時折、遠い目をしながら、語る。
「俺のこの髪は地毛だ。けど、目立つよな? それが凄い嫌で、一時は、黒ーく染めてたんだぜ? でも、一週間も経った時には色落ちして、赤いのが見えてきてさ‥‥。クセ毛も直んないよ、マジで。どうしても真っ直ぐにならねーし‥‥って、俺の愚痴はどうでもいいんだった!」
ずずいと光に近づいて、ロードは頭を下げた。
「音楽繋がりのダチが欲しいと思ってたんだ。生活は音楽だけあれば充分、と思ってたけどよ、一人だけじゃ、やっぱ、音楽は出来ねーんだ。だから水樹、一緒にセッションしようぜ! ほんとに、1回だけでもいいからさ!」
本気で、ロードは、光とセッションがしたいのだ。
光は、‥‥折れた。
「じゃあ、この後、音楽室に行きます‥‥それでいいですか」
ぐっとロードの手がさし出された。その手を掴んで、光は、歩き出した。
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焚き火の始末を丁寧に行ない、担当の用務員さんにもチェックしてもらい、皆は、音楽室に移動していた。ロードがミニエレキギターのチューニングを急いでいる。
「で、何を歌えばいいんですか?」
「水樹の好きな歌でいいぜ。頑張って合わせるからな」
「では、有名な歌のほうがいいですね」
耳打ちされた曲名をもとに、ロードのギターが伴奏を始める。
光は、メジャーなJ−ROCKを2曲と、洋楽を1曲、何も見ずに歌いきった。
拍手が起こる。1人分、余計に。
えっと首を回すと、マリカせんせー(jz0034)が目に涙をいっぱいためて、拍手をしながら、皆に混ざっていた。
「水樹さん、本格的に、音楽を学んでみませんかー?」
「音楽‥‥教えてもらえるんですか?」
光の質問に、せんせーはこくりと深く頷いた。
光の心の中。
明けない夜に、朝が、きた。