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騒音の如く、店名連呼の歌が聞こえてくる。
案内されなくても誰でも分かる、そこは久遠ヶ原東雑貨店。
生活雑貨は勿論、家電、車用品、オシャレ雑貨、電子機器、輸入食品、パーティグッズまで取り揃えている。
但し、青果はない。
店内は迷宮と化しており、床から天井まで、棚は商品でいっぱい。所々には、天井から商品がぶら下げられているほどだ。勿論、通路も狭く、中肉中背の人が1人でゆったり歩ける程度。2人がすれ違う時は、双方とも陳列棚に身を寄せるしかない。
それでも、店は大いに繁盛していて、老若男女(一般人)が、狭い通路をウロウロしていた。
何しろ、安くて品揃えが豊富なのだ。行くしかない。
そんな人気店に、招かれざる客が、混ざりこんでいた。
逃げこんだ猿――タクが、最初にやったこと。
それは、商品を天井から吊っている金具に、自身を束縛するロープをこすりつけ、ぶち切ったことだった。
ロープから放たれて自由になったタクは、そのまま天井近くの陳列棚に潜み、店内の把握に努めた。
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スマホアドレス交換など、準備中、袋井 雅人(
jb1469)はひとりひとりに頭を下げていた。
「本依頼では皆様どうかよろしくお願いします!」
「すみません‥‥ご迷惑をおかけして」
猿回し師のおじさんが、申し訳なさそうにうなだれた。
連絡手段を確保次第、店に急ぐグループと、おじさんの話を聞くグループに分かれた。
学園から店までは、撃退士が本気で走れば、30分もかからない距離だ。
月乃宮 恋音(
jb1221)が、雑貨店と学園事務局に電話し、必要な手続きを始めていた。
「今朝のあなたの行動とか、猿の行動を教えて頂けませんか? また、以前、こう言うことになった事ってあります?」
真野 智邦(
jb4146)が、おじさんを興奮させないよう、慎重に尋ねた。
「実は‥‥タクは、ああ、うちの猿ですが、‥‥こちらでの興行が決まったあとに、稽古中に背中に傷を負いまして‥‥」
おじさんは、申し訳なさそうに、身を縮めていた。
「本来なら、弟子が憎まれ役といいますか、傷薬を塗る係になるんですが、生憎、わたしには弟子がおりませんで‥‥多分、相当薬がしみるんでしょう、タクがすごく嫌がって‥‥しかし傷を放置するわけにもいきませんで‥‥」
傷口にしみる薬を、無理をおして塗り続けた結果。
何年もかけて、やっと培った信頼関係に、びしりと大きくヒビが入り。
タクは、おじさんの言うことを、聞かなくなったのだという。
正直、おじさんは、大人の事情がなければ、学園での興行予定を、キャンセルしたかったらしい。
今のタクは、芸の披露など、してくれそうにないからだ。
「なるほど、そういう理由だったんですか。ところで、タクの好物ってなんでしょう? 好物で気を引けませんかね」
智邦が畳み掛ける。ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)も身を乗り出した。
「ほくほくした石焼き芋です。少し冷ましたところに、バターをたっぷりつけて食べるのが好きなようです」
その言葉に、ソフィアは瞬時に手順を考えた。
タクの好みは、ただの焼き芋ではない、「石焼き芋」である。
ここから、石焼き芋販売トラックが頻繁に通過する道路へ移動し、張り込んで芋を買い、スーパーでバターを購入してここへ戻る‥‥って、そもそも店内は飲食禁止じゃない!
好物でタクの注意を引くことが難しいのはわかった。
しかし、同時に、雑貨店で扱っている輸入食品に、タクが手を出す可能性について、そんなに心配しなくても良さそうだ、ということが、わかった。
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♪ぴんぽんぱんぽ〜ん♪
店内に、アーニャ・ベルマン(
jb2896)の声で、アナウンスが流れる。
『こちら、久遠ヶ原の撃退士だよー。只今、お猿さんが1匹、店内に逃げ込んだので、捕まえに来たの。あ、天魔じゃないよ、普通のお猿さんだけど、もし見つけても、刺激しないように、触らないようにお願いね〜。お猿さんは、ハーフパンツを穿いているから、すぐ分かると思うよ。見つけた人はお店の人に居場所を教えてね。それじゃ、よろしくね〜』
♪ぴんぽんぱんぽ〜ん♪
店内の人々がざわつく中、猿が店内から外へ逃げないよう、ゆっくりと大きな出入り口が閉められていく。
「皆さん、怪我をしない様に、落ち着いて移動してください。ご協力をお願いします」
木嶋香里(
jb7748)と、久慈羅 菜都(
ja8631)が、それぞれ非常口に立ち、客の避難誘導を進める。
客の避難が済むと、何かあった時のために、店員たちをバックヤードに移動させる。
これで、店内でスキルなどを用いても、一般人を巻き込む可能性はなくなった。
そんな中、アーニャのアナウンスに、ショックを隠しきれないものがいた。
歌音 テンペスト(
jb5186)である。
(大失敗だわ! ぱ、ぱ、ぱんつを忘れていたぴょん!!!)
歌音は、猿の着ぐるみをばっちりと着込んでいて、猿になりきったつもりだった。
言葉もウキキ語に統一し、完全だと思っていた。
しかし! ぱんつが! ぱんつがない!!!
なんかぱんつ違いな気もするが、とにかく、ない!
だがそこは雑貨店である。
パーティグッズコーナーをあさると、すぐに、ぶっかぶかのデカイ縞ぱんつが見つかった。
「ウキキー!! ウッキー!!!」
必死の形相(しかし外からは見えない)で、誰もいないレジに並び、一生懸命、監視カメラに(というより、それを見ている店員に)買いたいよアピールをする歌音。
「ああ! 確かに、お猿さんの愚痴をきいていただくには、同じ格好をする必要がありますねえ!」
爽やかに雅人が手を打った。
(‥‥)
バックヤードに、何とも言えない空気が流れた。
「ウキー!」
何とかレジ店員を引っ張り出すことに成功し、デカイ縞ぱんつを定価でゲット!
「お手伝いしますよ!」
バックヤードから雅人も出てきて、店員と2人がかりで、レッツ・装着!!
これで完全だ! 歌音は満足していた。
どこからどう見ても、猿回しの猿――いや、縞ぱんつを穿いた着ぐるみ猿に、見える!!!
あとはタクを見つけて、猿同士、じっくりと悩みを聞いてあげるだけだ。
「何も考えずに捕まえようとしても、逃げられそうだから、準備はしておかないとかな。どこに追い込む?」
ソフィアは、店内を見回しながら悩んでいた。店内は迷路そのもの。所狭しと商品が置かれ、通路の幅も十分ではなく、空き部屋のような空間は何処にもない。
「‥‥うぅん‥‥それ以前に、お猿さんが見つからないのですよぉ‥‥」
バックヤードで、監視カメラ受像機を、真剣に見つめながら、恋音が困ったように答えた。
何度も、カメラの角度を変えてみる。
死角はないハズなのに、見つからない‥‥。
その頃、タクは、ぬいぐるみ売り場の一番上の棚にもぐりこみ、すやすや寝てしまっていた。
山のように積まれた、もふもふのぬいぐるみが心地よい。
監視カメラの映像では、タク(熟睡中静止状態)と、ぬいぐるみの区別がつかない状態であった。
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店名連呼ソングが、止まる。
耳をツンとつつかれるような静けさが、突然押し寄せる。
「タクー!」
「タクちゃーん!」
「タクくーん!」
「たっくーん!」
「ウッキー!」
菜都、雅人、アーニャ、歌音、香里で、静かになった店内を、探し回る。
ソフィアと智邦は、猿回し師のそばに残り、恋音と共にバックヤードで待機。
恋音は、監視カメラの映像を巻き戻して、どこかにタクが写っていないかと、確認していた。
急に静かになったので、タクはびっくりして、目を覚ましていた。
自分を呼んでいる声がする。
でも、知らない声、知らないニオイばっかりだ。
特に、今まで嗅いだことのない、人間じゃないニオイ(=着ぐるみ)に、脅威を覚える。
ぬいぐるみの山から、そっと目だけを覗かせて、見える範囲を確認する。
知らない人間複数と、四つん這いの着ぐるみが、陳列棚の迷宮の中を、うろうろしていた。
コワイ。キケン?
再び、タクはぬいぐるみの山に隠れた。
「見つかりました!?」
猿回し師が、画像に目を凝らす。
遂に、恋音の苦労が実った。
ハーフパンツを穿いた猿が、天井まである陳列棚の間を、するすると移動している画像。
それが、監視カメラの過去録画に、残っていた。
「‥‥あのぉ‥‥玩具コーナー近辺にいたのは、確かなようですねぇ‥‥そこから移動していない可能性が、高いかとぉ‥‥」
恋音は、すぐに、スマホ連絡網に、情報を流した。
バックヤードから飛び出そうとする猿回し師。
智邦は、猿回し師の腕を素早く、くいっと取った。
「今は行ってはいけません。下手にあなたが行けば、猿が余計に興奮して、猿をあなたの元に連れ戻すチャンスが潰れてしまいます」
「そうよ、あたし達を信じて、任せて!」
ソフィアも猿回し師を止め、自身は店内へ出て行った。
「おおよその居場所がわかれば、こっちのものだからね!」
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(玩具コーナー近辺というと、この辺りですよね?)
香里が囁いた。雅人がコクリと頷く。
(ここから既に移動したかどうかは正直わかりませんが、恋音を信じて、重点的に探してみましょう!)
菜都、歌音、香里にダークフィリアをかけ、自らも、サイレントウォークとハイドアンドシークで気配を殺す、雅人。その手には、手錠がわりに使うつもりの、アレスティングチェーンが輝いている。
‥‥猿サイズの手では、逃げられそうな気も、しないでもなかったが。
捕縛ネットを店員に借りておいたアーニャは、無音歩行と遁甲の術で、自身も気配を殺す。
(?)
タクは、自分を呼ぶ声が消えたことに気づき、警戒を始めた。
何の気配もしないのに、本能的に、何かがざわざわする。
思わず、ぬいぐるみの山から伸び上がって、店内を見回した。
「そこっ!」
ソフィアが、射程いっぱいの距離から「Catene di fiori」を使用し、陳列棚最上段にいるタクを束縛した。
菜都が全力跳躍でタクに近づき、強引に抱え込む。
暴れようとするタクに、「ごめんね、少しの間だけだから」とアーニャがネットをかぶせた。
「‥‥えっと、いい毛皮になりそうですね‥‥顔つきも、野生の猿とは、違うような‥‥」
タクを凝視して、思わず菜都が呟く。栄養状態の良さそうな、つやつやした毛並み。猿回し師の話に違わず、背中に傷があり、そこだけ毛が禿げて、傷口もじくじくしていた。
猿の名を呼び、駆け寄ろうとする猿回し師と共に、智邦と恋音が合流した。
「保護された時こそ、猿が一番信頼できる人と一緒にいさせてあげたいですよね」
しかし、タクは、怯えた顔で、猿回し師に向かって歯を剥き出し、威嚇した。
(本当に普段、大事にしてあげているんでしょうか‥‥?)
菜都をはじめ、皆が猿回し師をじろりと見やる。
「お猿さんの側にも、労働環境とか条件とか、何か大きな不満があるのかもしれません。お猿さんの言い分次第では、猿回しのおじさんに、お仕置きが必要かもしれないですね」
雅人は、メガネをきらりと光らせた。
「お、お仕置きって‥‥お話したじゃないですか。本当なんですよ、信じてくださいよ」
新しいリードをつけられて、タクは捕縛ネットから解放された。
「ウッキッキー!」
すっかり猿になりきっている歌音と、猿同士(?)の面談、もとい、愚痴吐き会が、始められる。
(こんな会で本当に何かがわかるのかな? そもそも言葉が通じないんじゃ‥‥)
ソフィアは、タクにそっと触れて、シンパシーを試みた。
――背中が痛がゆい。触らないで。しみるの塗らないで。なにも悪いことしてない。痛いのイヤ。しみるのイヤ。イヤだイヤだ、しみるのやめて‥‥
傷絡みの経験の他には、おイモおいしい、おなかいっぱい、うとうとするの気持ちいい、毛づくろいだいすき、なども伝わってきた。
猿回し師がタクに酷い扱いをしているのではないか、という疑念は、晴れた。
その旨を皆に伝えると、特に菜都が、ほっとしたような笑顔を浮かべた。
封鎖されていた出入り口が、開かれる。
外で待たされていた客が、どっと入店する中、香里の声がスピーカーから聞こえてきた。
♪ぴんぽんぱんぽ〜ん♪
『皆さんのご協力のおかげで、無事にお猿さんを捕獲する事が出来ました。本当に有難うございました。繰り返します、皆さんのご協力のおかげで‥‥』
♪ぴんぽんぱんぽ〜ん♪
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恋音が手を回していたおかげで、タクの触れた商品(主にぬいぐるみ)のクリーニング代は、猿回し師を招いた学園もちになった。また、タクが踏んづけたこまごました雑貨は、猿回し師が買い取ることで、店側とも話がまとまった。
営業を邪魔してしまったことに関しては、学園と猿回し師とで、弁償することとなった。
これは気張って、稼がねばならない。
猿回し師のおじさんは、頭を抱えていた。
しかし‥‥相棒(猿)は、薬がしみることにお冠で、どうにも言うことを聞いてくれそうにない。
芸術鑑賞会にて。
ステージの幕が上がる。拍手が、おじさんとタクを迎える。
「はいっ、二本足で走りますよ〜」
走らない。
「さあさあ、このはしごに登って!」
無視。
「タク? 逆立ちして見せてくれないかなあ?」
わざとらしく、お腹の毛づくろいに夢中。
タクのあからさまな反抗に、みるみる青ざめていく猿回し師。
そこに、救い(?)が現れた。
「ウッキー!!!」
縞パンツを穿いた猿の着ぐるみが登場し、逆立ちで舞台を走りまわったのである。
「えー」
「本物の猿じゃないじゃん!」
「こんなの猿回しっていうの?」
唖然とする観衆をよそに、猿回し師と着ぐるみ猿のコントが始まった。
それはそれで、なかなか面白かったので、不満を言っていた観衆も、いつしか舞台に見入っていた。
――後日。
タクの傷が漸く癒えた。
当然、しみる薬を塗られることもなくなり、おじさんに対する不信感も徐々に薄れていったらしい。
ゆっくりゆっくりと、ではあるが、持ち芸を見せてくれるようになってきた。
そんな近況が、感謝とお詫びの言葉と一緒に、学園にメールで届いた。
勿論、差出人は、猿回し師のおじさんである。
『次の機会には、タクの芸を、皆様に存分にご覧いただきたいです』
メールは、そんな文章で締めくくられていた。