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マスター:神子月弓
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2013/10/30


みんなの思い出



オープニング




 穏やかな日差しが、窓からさし込んでくる。
 秋の気配に葉の色を変えた木々が、柔らかな風に揺れて、さらさらと静かな音を立てている。

 文化祭の喧騒から離れた、そんなひと時。

「珈琲と紅茶、どちらがよろしいですか?」
 おっとりと上下左右先生(jz0134)が立ち上がる。
「梅昆布茶がいいですー♪」

 空気を読まない女教師、マリカせんせー(jz0034)は、手提げからインスタント梅昆布茶を取り出した。
「お湯に溶かすだけなのです〜、せんせーが唯一出来る、手料理なのです〜」

 ‥‥手料、理‥‥?

「手料理いいですね。えっと、こういうのははじめてですが‥‥」
 やんわり微笑む左右先生。どうも、手料理という言葉に納得しているようだった。
 ツッコミ役不在の危険空間が、ほのぼのと展開されている。

 試しに作ってみた梅昆布茶を、恐る恐る口に運ぶ、左右先生。

「あてらん先生、やけどに注意なのですー」
 マリカせんせーは、ふーふーカップを吹きながら、ちびちびと飲んでいた。

 窓の外では、静かに静かに、秋が木々の音楽を奏でている。
 全て世はこともなし、に思えた。

「マリカせんせーは、もう、ご準備など、良いのですか?」
 左右先生が、美術展示などの文化祭出展について、心配そうに話しかけてくる。
 腰に手を当てて、マリカせんせーは胸をえへんと張った。

「大丈夫なのですー、今年は、『芸術鑑賞会』をするのですー。猿回し師さんとお猿さんが、そろそろ着く頃合いなのですー」
「猿が演技をするんです? それは、是非いちど見てみたいですね」

 左右先生が身を乗り出した、その時。





 ガラリとドアをあけて、学生が飛び込んできた。
 後ろに、猿回し師のおじさんが、肩を落とし、申し訳なさそうな様子で、立ち尽くしていた。

「せんせー! 大変です! 猿が逃げたんです!!」
「えっ」

 ガタア、と椅子から立ち上がり、マリカせんせーは、どうしましょうと頬を押さえた。

「それで、今、お猿さんは、何処にいるのですー?」

「木々や電線を利用して逃げてしまうので、最新情報かはわかりませんが、最後の目撃情報は、久遠ヶ原東雑貨店の中だそうです!」


リプレイ本文




 騒音の如く、店名連呼の歌が聞こえてくる。
 案内されなくても誰でも分かる、そこは久遠ヶ原東雑貨店。
 生活雑貨は勿論、家電、車用品、オシャレ雑貨、電子機器、輸入食品、パーティグッズまで取り揃えている。

 但し、青果はない。

 店内は迷宮と化しており、床から天井まで、棚は商品でいっぱい。所々には、天井から商品がぶら下げられているほどだ。勿論、通路も狭く、中肉中背の人が1人でゆったり歩ける程度。2人がすれ違う時は、双方とも陳列棚に身を寄せるしかない。

 それでも、店は大いに繁盛していて、老若男女(一般人)が、狭い通路をウロウロしていた。
 何しろ、安くて品揃えが豊富なのだ。行くしかない。


 そんな人気店に、招かれざる客が、混ざりこんでいた。


 逃げこんだ猿――タクが、最初にやったこと。
 それは、商品を天井から吊っている金具に、自身を束縛するロープをこすりつけ、ぶち切ったことだった。
 ロープから放たれて自由になったタクは、そのまま天井近くの陳列棚に潜み、店内の把握に努めた。





 スマホアドレス交換など、準備中、袋井 雅人(jb1469)はひとりひとりに頭を下げていた。
「本依頼では皆様どうかよろしくお願いします!」
「すみません‥‥ご迷惑をおかけして」
 猿回し師のおじさんが、申し訳なさそうにうなだれた。

 連絡手段を確保次第、店に急ぐグループと、おじさんの話を聞くグループに分かれた。
 学園から店までは、撃退士が本気で走れば、30分もかからない距離だ。

 月乃宮 恋音(jb1221)が、雑貨店と学園事務局に電話し、必要な手続きを始めていた。


「今朝のあなたの行動とか、猿の行動を教えて頂けませんか? また、以前、こう言うことになった事ってあります?」
 真野 智邦(jb4146)が、おじさんを興奮させないよう、慎重に尋ねた。

「実は‥‥タクは、ああ、うちの猿ですが、‥‥こちらでの興行が決まったあとに、稽古中に背中に傷を負いまして‥‥」

 おじさんは、申し訳なさそうに、身を縮めていた。

「本来なら、弟子が憎まれ役といいますか、傷薬を塗る係になるんですが、生憎、わたしには弟子がおりませんで‥‥多分、相当薬がしみるんでしょう、タクがすごく嫌がって‥‥しかし傷を放置するわけにもいきませんで‥‥」

 傷口にしみる薬を、無理をおして塗り続けた結果。
 何年もかけて、やっと培った信頼関係に、びしりと大きくヒビが入り。
 タクは、おじさんの言うことを、聞かなくなったのだという。

 正直、おじさんは、大人の事情がなければ、学園での興行予定を、キャンセルしたかったらしい。
 今のタクは、芸の披露など、してくれそうにないからだ。

「なるほど、そういう理由だったんですか。ところで、タクの好物ってなんでしょう? 好物で気を引けませんかね」
  智邦が畳み掛ける。ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)も身を乗り出した。

「ほくほくした石焼き芋です。少し冷ましたところに、バターをたっぷりつけて食べるのが好きなようです」

 その言葉に、ソフィアは瞬時に手順を考えた。

 タクの好みは、ただの焼き芋ではない、「石焼き芋」である。
 ここから、石焼き芋販売トラックが頻繁に通過する道路へ移動し、張り込んで芋を買い、スーパーでバターを購入してここへ戻る‥‥って、そもそも店内は飲食禁止じゃない!

 好物でタクの注意を引くことが難しいのはわかった。
 しかし、同時に、雑貨店で扱っている輸入食品に、タクが手を出す可能性について、そんなに心配しなくても良さそうだ、ということが、わかった。





♪ぴんぽんぱんぽ〜ん♪

 店内に、アーニャ・ベルマン(jb2896)の声で、アナウンスが流れる。

『こちら、久遠ヶ原の撃退士だよー。只今、お猿さんが1匹、店内に逃げ込んだので、捕まえに来たの。あ、天魔じゃないよ、普通のお猿さんだけど、もし見つけても、刺激しないように、触らないようにお願いね〜。お猿さんは、ハーフパンツを穿いているから、すぐ分かると思うよ。見つけた人はお店の人に居場所を教えてね。それじゃ、よろしくね〜』

♪ぴんぽんぱんぽ〜ん♪


 店内の人々がざわつく中、猿が店内から外へ逃げないよう、ゆっくりと大きな出入り口が閉められていく。
「皆さん、怪我をしない様に、落ち着いて移動してください。ご協力をお願いします」
 木嶋香里(jb7748)と、久慈羅 菜都(ja8631)が、それぞれ非常口に立ち、客の避難誘導を進める。

 客の避難が済むと、何かあった時のために、店員たちをバックヤードに移動させる。
 これで、店内でスキルなどを用いても、一般人を巻き込む可能性はなくなった。


 そんな中、アーニャのアナウンスに、ショックを隠しきれないものがいた。
 歌音 テンペスト(jb5186)である。

(大失敗だわ! ぱ、ぱ、ぱんつを忘れていたぴょん!!!)

 歌音は、猿の着ぐるみをばっちりと着込んでいて、猿になりきったつもりだった。
 言葉もウキキ語に統一し、完全だと思っていた。

 しかし! ぱんつが! ぱんつがない!!! 
 なんかぱんつ違いな気もするが、とにかく、ない!

 だがそこは雑貨店である。
 パーティグッズコーナーをあさると、すぐに、ぶっかぶかのデカイ縞ぱんつが見つかった。
「ウキキー!! ウッキー!!!」
 必死の形相(しかし外からは見えない)で、誰もいないレジに並び、一生懸命、監視カメラに(というより、それを見ている店員に)買いたいよアピールをする歌音。

「ああ! 確かに、お猿さんの愚痴をきいていただくには、同じ格好をする必要がありますねえ!」
 爽やかに雅人が手を打った。
(‥‥)
 バックヤードに、何とも言えない空気が流れた。 

「ウキー!」
 何とかレジ店員を引っ張り出すことに成功し、デカイ縞ぱんつを定価でゲット!
「お手伝いしますよ!」
 バックヤードから雅人も出てきて、店員と2人がかりで、レッツ・装着!!

 これで完全だ! 歌音は満足していた。
 どこからどう見ても、猿回しの猿――いや、縞ぱんつを穿いた着ぐるみ猿に、見える!!!
 あとはタクを見つけて、猿同士、じっくりと悩みを聞いてあげるだけだ。


「何も考えずに捕まえようとしても、逃げられそうだから、準備はしておかないとかな。どこに追い込む?」
 ソフィアは、店内を見回しながら悩んでいた。店内は迷路そのもの。所狭しと商品が置かれ、通路の幅も十分ではなく、空き部屋のような空間は何処にもない。

「‥‥うぅん‥‥それ以前に、お猿さんが見つからないのですよぉ‥‥」
 バックヤードで、監視カメラ受像機を、真剣に見つめながら、恋音が困ったように答えた。

 何度も、カメラの角度を変えてみる。
 死角はないハズなのに、見つからない‥‥。


 その頃、タクは、ぬいぐるみ売り場の一番上の棚にもぐりこみ、すやすや寝てしまっていた。
 山のように積まれた、もふもふのぬいぐるみが心地よい。
 監視カメラの映像では、タク(熟睡中静止状態)と、ぬいぐるみの区別がつかない状態であった。

 
● 


 店名連呼ソングが、止まる。
 耳をツンとつつかれるような静けさが、突然押し寄せる。

「タクー!」
「タクちゃーん!」
「タクくーん!」
「たっくーん!」
「ウッキー!」

 菜都、雅人、アーニャ、歌音、香里で、静かになった店内を、探し回る。

 ソフィアと智邦は、猿回し師のそばに残り、恋音と共にバックヤードで待機。
 恋音は、監視カメラの映像を巻き戻して、どこかにタクが写っていないかと、確認していた。


 急に静かになったので、タクはびっくりして、目を覚ましていた。
 自分を呼んでいる声がする。
 でも、知らない声、知らないニオイばっかりだ。
 特に、今まで嗅いだことのない、人間じゃないニオイ(=着ぐるみ)に、脅威を覚える。

 ぬいぐるみの山から、そっと目だけを覗かせて、見える範囲を確認する。
 知らない人間複数と、四つん這いの着ぐるみが、陳列棚の迷宮の中を、うろうろしていた。

 コワイ。キケン?

 再び、タクはぬいぐるみの山に隠れた。


「見つかりました!?」
 猿回し師が、画像に目を凝らす。
 遂に、恋音の苦労が実った。

 ハーフパンツを穿いた猿が、天井まである陳列棚の間を、するすると移動している画像。
 それが、監視カメラの過去録画に、残っていた。

「‥‥あのぉ‥‥玩具コーナー近辺にいたのは、確かなようですねぇ‥‥そこから移動していない可能性が、高いかとぉ‥‥」
 恋音は、すぐに、スマホ連絡網に、情報を流した。

 バックヤードから飛び出そうとする猿回し師。
 智邦は、猿回し師の腕を素早く、くいっと取った。

「今は行ってはいけません。下手にあなたが行けば、猿が余計に興奮して、猿をあなたの元に連れ戻すチャンスが潰れてしまいます」
「そうよ、あたし達を信じて、任せて!」
 ソフィアも猿回し師を止め、自身は店内へ出て行った。
「おおよその居場所がわかれば、こっちのものだからね!」





(玩具コーナー近辺というと、この辺りですよね?)
 香里が囁いた。雅人がコクリと頷く。
(ここから既に移動したかどうかは正直わかりませんが、恋音を信じて、重点的に探してみましょう!)

 菜都、歌音、香里にダークフィリアをかけ、自らも、サイレントウォークとハイドアンドシークで気配を殺す、雅人。その手には、手錠がわりに使うつもりの、アレスティングチェーンが輝いている。
 ‥‥猿サイズの手では、逃げられそうな気も、しないでもなかったが。

 捕縛ネットを店員に借りておいたアーニャは、無音歩行と遁甲の術で、自身も気配を殺す。


(?)
 タクは、自分を呼ぶ声が消えたことに気づき、警戒を始めた。
 何の気配もしないのに、本能的に、何かがざわざわする。
 思わず、ぬいぐるみの山から伸び上がって、店内を見回した。


「そこっ!」

 ソフィアが、射程いっぱいの距離から「Catene di fiori」を使用し、陳列棚最上段にいるタクを束縛した。
 菜都が全力跳躍でタクに近づき、強引に抱え込む。
 暴れようとするタクに、「ごめんね、少しの間だけだから」とアーニャがネットをかぶせた。

「‥‥えっと、いい毛皮になりそうですね‥‥顔つきも、野生の猿とは、違うような‥‥」
 タクを凝視して、思わず菜都が呟く。栄養状態の良さそうな、つやつやした毛並み。猿回し師の話に違わず、背中に傷があり、そこだけ毛が禿げて、傷口もじくじくしていた。


 猿の名を呼び、駆け寄ろうとする猿回し師と共に、智邦と恋音が合流した。
「保護された時こそ、猿が一番信頼できる人と一緒にいさせてあげたいですよね」
 しかし、タクは、怯えた顔で、猿回し師に向かって歯を剥き出し、威嚇した。

(本当に普段、大事にしてあげているんでしょうか‥‥?)
 菜都をはじめ、皆が猿回し師をじろりと見やる。

「お猿さんの側にも、労働環境とか条件とか、何か大きな不満があるのかもしれません。お猿さんの言い分次第では、猿回しのおじさんに、お仕置きが必要かもしれないですね」
 雅人は、メガネをきらりと光らせた。
「お、お仕置きって‥‥お話したじゃないですか。本当なんですよ、信じてくださいよ」

 新しいリードをつけられて、タクは捕縛ネットから解放された。
「ウッキッキー!」
 すっかり猿になりきっている歌音と、猿同士(?)の面談、もとい、愚痴吐き会が、始められる。


(こんな会で本当に何かがわかるのかな? そもそも言葉が通じないんじゃ‥‥)
 ソフィアは、タクにそっと触れて、シンパシーを試みた。

 ――背中が痛がゆい。触らないで。しみるの塗らないで。なにも悪いことしてない。痛いのイヤ。しみるのイヤ。イヤだイヤだ、しみるのやめて‥‥

 傷絡みの経験の他には、おイモおいしい、おなかいっぱい、うとうとするの気持ちいい、毛づくろいだいすき、なども伝わってきた。

 猿回し師がタクに酷い扱いをしているのではないか、という疑念は、晴れた。
 その旨を皆に伝えると、特に菜都が、ほっとしたような笑顔を浮かべた。


 封鎖されていた出入り口が、開かれる。
 外で待たされていた客が、どっと入店する中、香里の声がスピーカーから聞こえてきた。

♪ぴんぽんぱんぽ〜ん♪

『皆さんのご協力のおかげで、無事にお猿さんを捕獲する事が出来ました。本当に有難うございました。繰り返します、皆さんのご協力のおかげで‥‥』

♪ぴんぽんぱんぽ〜ん♪





 恋音が手を回していたおかげで、タクの触れた商品(主にぬいぐるみ)のクリーニング代は、猿回し師を招いた学園もちになった。また、タクが踏んづけたこまごました雑貨は、猿回し師が買い取ることで、店側とも話がまとまった。
 営業を邪魔してしまったことに関しては、学園と猿回し師とで、弁償することとなった。

 これは気張って、稼がねばならない。
 猿回し師のおじさんは、頭を抱えていた。
 しかし‥‥相棒(猿)は、薬がしみることにお冠で、どうにも言うことを聞いてくれそうにない。


 芸術鑑賞会にて。
 ステージの幕が上がる。拍手が、おじさんとタクを迎える。

「はいっ、二本足で走りますよ〜」
 走らない。

「さあさあ、このはしごに登って!」
 無視。

「タク? 逆立ちして見せてくれないかなあ?」
 わざとらしく、お腹の毛づくろいに夢中。

 タクのあからさまな反抗に、みるみる青ざめていく猿回し師。
 そこに、救い(?)が現れた。


「ウッキー!!!」
 縞パンツを穿いた猿の着ぐるみが登場し、逆立ちで舞台を走りまわったのである。

「えー」
「本物の猿じゃないじゃん!」
「こんなの猿回しっていうの?」

 唖然とする観衆をよそに、猿回し師と着ぐるみ猿のコントが始まった。
 それはそれで、なかなか面白かったので、不満を言っていた観衆も、いつしか舞台に見入っていた。


 ――後日。

 タクの傷が漸く癒えた。
 当然、しみる薬を塗られることもなくなり、おじさんに対する不信感も徐々に薄れていったらしい。
 ゆっくりゆっくりと、ではあるが、持ち芸を見せてくれるようになってきた。

 そんな近況が、感謝とお詫びの言葉と一緒に、学園にメールで届いた。
 勿論、差出人は、猿回し師のおじさんである。

『次の機会には、タクの芸を、皆様に存分にご覧いただきたいです』

 メールは、そんな文章で締めくくられていた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

太陽の魔女・
ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)

大学部4年230組 女 ダアト
君のために・
久慈羅 菜都(ja8631)

大学部2年48組 女 ルインズブレイド
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
キングオブスタイリスト・
アーニャ・ベルマン(jb2896)

高等部2年1組 女 鬼道忍軍
どうぶつ雛壇♪・
真野 智邦(jb4146)

大学部3年273組 男 インフィルトレイター
主食は脱ぎたての生パンツ・
歌音 テンペスト(jb5186)

大学部3年1組 女 バハムートテイマー
和風サロン『椿』女将・
木嶋香里(jb7748)

大学部2年5組 女 ルインズブレイド