●最後くらい、盛大に‥‥
『秋の夜長にしっとりと。ファミリー花火会開催のお知らせ
×日夜7時より、某所河原にて。小雨決行。
ファミリー花火、食事・飲み物はご持参ください。
小学生以下は、必ず、保護者同伴でお願いします。
なお、参加にあたり、報酬は出ませんので、ご了承ください。
参加希望のかたは、黒百合まで、必ずご連絡ください。(以下連絡先記載)』
学園内のあちこちにある掲示板に、こんなポスターを貼りながら、黒百合(
ja0422)は、傍らで手伝っていたアリス・シキ(jz0058)に声をかけた。
「ねェ、依頼斡旋所のひととかァ、先生とかにも、この花火大会のことォ、宣伝してもらえないかしらァ? 出来るだけ、多くの人に、知らせたいのよねェ」
「斡旋所に、ポスターを貼るくらいなら、わたくしは構いませんわ。ほかの斡旋所の皆様にも、伺ってみますわね」
アリスは心配そうに、黒百合を見る。体中が包帯ぐるぐるで、片足をひきずっている黒百合に、あまり無理はさせられない、と、ポスター貼りをそれとなくサポートする。
「花火会、おじいさんが認めてくれて、本当に良かった。車椅子のレンタル手続きも、無事に済ませたよ」
日下部 司(
jb5638)が合流し、ポスター貼りを手伝う。
とにかく広い学園である、掲示板は幾つもあり、全てに貼って回るには数時間を要した。
「あ、あのっ、わたくし花火会には、塾で伺えませんの、ですから‥‥車椅子のレンタル代の足しにでも、お使いくださいませね?」
アリスはお小遣い(3000久遠)の入った封筒を、司に差し出した。そして、深々と一礼。
「おじいさんに、どうぞよろしくお伝えくださいませ」
「構いませんです〜♪」
職員室から、とある教員の能天気な声がした。
「花火会のこと、皆さんに宣伝すればいいですー? せんせーにお任せなのです〜」
黒百合は、その後、参加希望の連絡がある度に、おじいさん宛のサプライズレターを用意して欲しい、と、秘密の企画を動かしていた。
●閉店セール手伝います
閉店セール、というチラシも配り、お店に幕も張ったのに、そもそも人通りが少ないせいか、お客さんは、ぱらぱらとたまにやって来る程度の賑わいだった。
裏方で、高いところの花火を下ろしたり、ダンボール箱を潰したりしていた、ガルム・オドラン(
jb0621)が、禁煙用擬似タバコを咥えたまま、ふうとため息をついた。
「こき使ってくれ、たぁ言ったが、仕事そのものが然程ねぇのな‥‥」
「いつも、こんなものだよ。それでも、やっぱり、セールだからかねえ、お客さんは、多いほうだね」
おじいさんが、ゆっくり、ゆっくりと、言葉を紡いだ。
レジというには狭い机と言った感じの場所で、唯月 錫子(
jb6338)は、司と共に、おじいさんの代わりに、店を任されていた。
勿論、黒百合と司で作り上げたあのポスターも、入口からよく見える位置に、貼ってある。
(お店を閉めてしまうのは、やはり、おばあさんの事が切欠ですよね‥‥。開店の切欠や継続の原動力も、おばあさんが居てこその事だったのでしょうか? うーん、気になります)
錫子が、言葉にしていいものなのかどうか迷い、ちらちらとおじいさんに視線を向ける。
(ですが、他者に踏みこまれたくない思い出もあるでしょうし‥‥その辺りの線引きには注意しませんと‥‥うう、どう切り出せば‥‥)
おじいさんのお話が聞きたい。
おじいさんに、胸の内を語ってもらって、少しでも辛い気持ちが昇華できたら。
今はまだ、その時でないかも知れないけれど、でもいつか、気づいてもらえたら‥‥。
(俺達は、花火会を楽しむべきだと思います。楽しい・嬉しい気持ちは、きっと、おじいさんにも届くと思うから‥‥)
迷っている錫子に、司が小声で囁いた。
「よっ。花火確保に来たぜ」
鷺ノ宮 亜輝(
jb3738)が、「懐かしいっすねぇ‥‥」と、店内を見回しながら、入ってきた。
「「いらっしゃいませ」」
一応、今は店員もどきである。司と錫子はレジ前でお辞儀をした。
堅っ苦しい挨拶はナシナシ、と、亜輝が手をひらひらさせる。
「花火なんて、中学以来っすよ。高等部になってからは、夏といやぁ、悪友たちとファミレスでたむろったりとか、っすからね」
手にとって、じっくりと品定めをする亜輝。
選んだファミリー花火を、買い物カゴの中へ、次々とポイポイ入れていく。
「まじで安いっすね‥‥」
たんまり購入しても、2000久遠でお釣りがきた。
●花火会へ
黒百合は、参加希望の人々への対応に、大わらわだった。
落ち着いた柄の、一般的な浴衣に身を包んだ、カルラ=空木=クローシェ(
ja0471)が、手伝う。
「結構な人数が、集まりそうねェ」
「そうですね」
固い表情で、カルラが、出席予定者一覧をパソコンで打ち出す。
「‥‥いいわねェ、浴衣‥‥」
あちこち包帯だらけの黒百合が、ぼそっと呟いた。
「私も、怪我が無かったら、着たかったわァ‥‥」
「待たせたかな?」
そこへ、動きやすい甚平姿のドニー・レイド(
ja0470)が、カルラを迎えにきた。
思わず、カルラの浴衣姿に、見惚れる。
「あらァ、私、お邪魔かしらァ?」
悪戯っぽく黒百合が笑うと、ドニーとカルラはあたふたして、「ち、違います!」と声を合わせた。
「うー、何だか、黒百合さんに誤解されてしまったようで、恥ずかしいです‥‥」
カルラは、ほんのり赤くなって俯いた。
花火と縁日めぐりをしよう、という2人の約束を、ドタキャンしてしまった、という理由で、ドニーがカルラの手荷物も全て持ち、横を歩いている。
「そ、そうだよね‥‥」
何となく照れくさくて、言葉を濁す2人。
中学からの同級生、それだけの関係の筈なのに。
何だか、お互いの顔を、直視できない。
「そ、その浴衣かわいーな」
息が詰まりそうで、ドニーは慌てて言葉を探した。
一方。
ポスター効果か、宣伝が効いたのか、午後から徐々にお客さんが増えてきて、花火店の中はかなり、寂しくなってしまった。
ファミリー花火が売れて、空っぽになってしまったダンボール箱が、陳列棚のあちこちに残っている。
もうすぐ夕方。閉店時間である。
「俺らみたいなガキには、夏の思い出がいっぱい詰まった場所なんすよね‥‥この店は」
亜輝が、寂しくなった店内を見回した。
敢えて、花火店を閉めないほうが‥‥とは、いわない。
「ここいらの奴らも、花火見る度に、この店のことを思い出すんじゃねえかな。夏の大事な記憶っつう感じでさ」
花火店と、爺さん、婆さんが培ってきた物はきっと、店を毎年眺めてきた子供達の心に残るのではないか。
亜輝は、そう信じていた。だからこそ、本当は閉めて欲しくない。
だが‥‥それは、おいそれと口に出せない、想い。
おじいさんは、ゆっくりゆっくり、掃除を始める。
二度と開けられることのない、思い出の空間。おばあさんと過ごした記憶が、いっぱい詰まっている場所。
そこに、お別れを告げるかのように。
「膝が悪いのに、無理すんな」
ガルムがそう言って、おじいさんの掃除の手伝いを始めた。
司と錫子、そして亜輝に、先に河原へ行けと顎で促す。
(なぁに、すぐに追いつくからよ)
ガルムは皆に小声で囁いた。
閉店セールの幕を外し。
シャッターを閉め。
おじいさんは、誰もいないレジを、見つめていた。
「ほら、花火始まっちまうぜ?」
ガルムは、掃除道具を片付け終えると、おじいさんをおんぶして、河原に向かった。
「ん、で‥‥だ。爺さんよ、店畳んでこれからどうするつもりなんだ?」
背中におぶったおじいさんに向けて、ガルムが尋ねる。
「あー‥‥別に引き止めやしねぇよ、あんたの決めた事だ。ただ、理由もなくやめて趣味も何もなしに余生、ってのは暇なもんだろ?」
「どうしようかねえ」
おじいさんは、悩んでいるのか、言葉少なく答えた。
「暇な時はいつでも寮に寄ってくれて良いんだぜ、ってな‥‥ま、それだけだ。一緒に酒でも酌み交わそうぜ。それに、爺さんの話も聞きてーしな。俺がもっと年取った時の、後学のために、ってやつさ」
「すまないね‥‥有難う」
河原へ到着すると、浴衣に着替えた司と錫子が、ロケット花火を準備していた。
皆も集まっている。
司の用意したレンタル車椅子に、錫子とガルムの2人がかりで、おじいさんを座らせる。
「ちょっと、地面が砂利ですので、動くと細かく振動が来るかもですが、膝が悪いのに立ちっぱなしもつらいでしょうからね」
錫子がそれとなく、おじいさんの身を案じる。
近くの道路では、黒百合が道行く人に声をかけていた。
「河原で花火会をするのよォ。良かったら飛び入り参加しない?」
配布用に買い占めた花火を、数本ずつ手渡して、花火会参加者を増やす思惑である。
集まった人には、カルラが、ロウソクと水入りバケツを配布していた。
様子を見ながら、亜輝とドニーが、ロウソクに火をつけて回る。
「あ、この辺りは暗くて足場が悪いので、気をつけてくださいね」
「ああ、燃えやすいものに、花火を向けないでくださいね」
ドニーが花火会の客に、注意するよう呼びかける。
司が、ロケット花火の準備を終えた。
ガルムは大きな岩に腰掛け、おじいさんは車椅子に落ち着き、花火会の客に火とバケツが行き渡る。
「今日は、集まってくださりありがとう御座います。皆さん、思い思いに花火を楽しんでください。ただし、危険な行動は絶対に止めましょうね。それじゃあ始めましょう!」
司の言葉の最後にかぶさるように、ロケット花火が光りながら、夜空に消えていった。
皆、一斉に花火に火をつける。
暗い河原に、色とりどりの光が舞った。
●花火会
花火に火がともると同時に、皆の顔に笑みがこぼれる。
「綺麗だねえ」
ご家族連れが、カップルさんが、商店街の皆さんが、学園の生徒や教職員が、思い思いに花火を楽しんでいる。
手持ち花火から、光のススキが噴き出す。
接地式花火から、光のタワーが噴きあがる。
「風情だね」
手持ち花火を楽しそうに満喫しているカルラの、滲み出る笑顔が眩しくて、ドニーは月のない星空を仰いだ。
「花火って言うのも、うまい名前だよな。一瞬だけ咲いて散る花。‥‥文字通り一瞬の思い出、記憶に残る花だと思う。俺が外人だからかも知れないけど」
「そうですね。‥‥おじいさんも一緒に、どうですか?」
カルラはおじいさんに声をかける。
「わしは、見ているだけで良いよ」
おじいさんは、車椅子に腰を深く預けたまま、何とも言えない表情で、花火会を見つめていた。
「爺さんは花火、しねぇのか?」
ガルムが気を遣って声をかける。
「わしは良いんだよ。こうして、皆が楽しんでくれているのを見られるだけで、幸せだから‥‥」
横に、おばあさんが居れば、尚良かった‥‥。
おじいさんの声には、はっきりとその想いが滲んでいた。
「そう言うお前さんは、花火は良いのかい?」
「俺‥‥? 俺ぁもう、花火なんてして遊ぶ歳じゃねぇよ‥‥ま、遊んだ記憶もねぇけどな。こうやって、ガキ共が遊んでるのを、見て楽しむほうが性に合ってるね」
おじいさんの問いに、ガルムが答える。
「‥‥錫子さん、とても綺麗です」
司は、錫子と共に、花火を楽しんでいた。
錫子ははにかんで、ほんの僅か、顔を俯けた。
そんな彼女が微笑ましくて、司も顔をほころばせる。
(京都や依頼で守ってくれた人、守れなかった人への鎮魂と、この平和な光景や、大事な人を守る為に、もっと力をつけなくちゃ‥‥)
司は決意を新たにする。
花火会も盛り上がってきた頃。
亜輝がおじいさんに近寄り、へび花火に火をつけてみせた。
「俺の街にもさ、駄菓子屋みてえな所でやっすい花火を売っててさ。仲間で夏は良く遊んでたんすよ」
まあ、花火っつうか撃ち合いとかばっかりで、近所の大人に怒られたりもしたっけな、と苦笑いをする。
へび花火は燃えて、ぐにぐにと蠢いて、そして沈黙した。
「これが何で面白かったのかっつうと、思い出そうっても思い出せねえっすけどね‥‥」
(無理に気を遣うよりゃ、爺さん達が見続けてきたガキ共の姿っつうのを、焼き付けといてやりてえかな)
他愛もない、亜輝の思い出話。
おじいさんは、とても興味深く、耳を傾けていた。
「逝ってしまった人に対して出来る事は、記憶しておく事だけだわァ‥‥私もおばさんの事を覚えていたいのよォ、どんな人だったか、何が好きだったかァ‥‥少しでも知りたいのよォ‥‥♪」
花火会に戻ってきた黒百合が、おじいさんのそばにしゃがみこんだ。
おじいさんの目が、ふっと遠くを見つめる。
ぽつりぽつりと、話し出すおじいさん。他愛も無い一般人の、おばあさんの思い出話。
だけど、その口調は、悲しみと愛しさに満ちていた。
「私はこの戦争で母を亡くしているので、大切な人を失う辛さはよく解ります。‥‥でも、大切な人と最期まで一緒に居られたのは、幸せな事だとも思うんです」
カルラの言葉に、「そうかもなあ」と、こっくり頷くおじいさん。
花火の締めと言えば、線香花火だ。
しかし、亜輝と黒百合は、盛大なフィナーレを用意していた。
(おじさんを驚かさないように、光纏のオーラは隠してねェ?)
愛のリング、番のリング、閃のリング、音のリング、陽のリング、焔のリングが黒百合から仲間に渡される。
「おじさん、ちょっと派手なのやるからねェ? びっくりしないでねェ?」
そして、リングから現れた色とりどりの光を、上空の何も無いところへ放つ。
思いがけないフィナーレとなった。
花火会に集まった皆から、拍手が沸き起こった。おじいさんも、一生懸命手を叩いていた。
そこへ、黒百合がアナウンス。
「おじさんにお手紙の贈呈をしますよォ」
今まで花火店を利用していた客、おじいさんの知り合い、色々な人から、サプライズレターが贈られた。その様子を、黒百合は記念撮影した。
●エピローグ
司が中心となって、ゴミ回収と後片付けを行う。綺麗になった河原を見回してチェックしていると、おじいさんがぽつりと呟いた。
「‥‥あの店は、まだ、皆に夢を与えられるかな。なあ、おばあさん?」
帰り道。ドニーとカルラは、つかず離れずの距離を保って、歩いていた。
「‥‥お前は、俺より先に逝くなよ?」
つと足を止め、ドニーが言う。
「おじいさん見てて、そう思った。理由は‥‥悪い、今はまだ上手く言えない」
「それってどういう‥‥ちょ、何それ、ずるい!」
「いつか、きちんと話す。だから、今は素直にわかったって言っとけ‥‥!」
「もう。勝手なんだから‥‥わかったわよ、仕方ないわね‥‥」
ドニーが足を速めたので、カルラは小走りについていった。
翌日。
花火店は、普段通りに開店していた。
「もう少し頑張ってみるよ。有難う」
おじいさんからの感謝の電話が、学園に届いていた。