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「あのニセ太陽をやっつけてくれたら、試験結果、少ぉしオマケしてもらうです〜」
マリカせんせー(jz0034)が、朦朧として口にした言葉を、ヒアリング対策用に持ってきたレコーダーに録音し、雪風 時雨(
jb1445)はガッツポーズを決めた。
「よし、皆の衆! 言質は取ったであるぞ! 口に出したからには言い逃れはできぬ筈!」
時雨の主席進級は確定、に思えた。
この時点では。
じりじりじり。
灼熱の陽射しが、窓から侵入し、カーテンを熱し、教室の空気を揺らめかせている。
太陽1つだけでも十分な暑さなのに、太陽が増えた日には‥‥その酷暑、尋常ではない。
「あああ暑いでござるーっ!!!」
虎綱・ガーフィールド(
ja3547)が、本気と書いてまじと読む時、いつもつけている鬼面をむしり取った。汗だくの顔が顕れる。
「うぉっ! まぶしっ!」
2つめの太陽の存在に気づき、持参していたミネラルウォーターを、ぐらぐらと倒れそうなマリカせんせーの頭にかける。せんせーの頭から、ぶしゅう、と微かに音がした。
ベルメイル(
jb2483)が、カーテンを引いて、せんせーに直接熱線が当たらないように配慮する。
(マリカ君も、夏なのだから、もう少し開放的な服装をして、世の男性諸君に希望を与えても罰は当たらないと思うが‥‥。この格好では流石に、多少濡れても透けはしないか‥‥残念だな)
だがしかし。
試験時間中ぐっすりと爆睡し、せんせーの汗のフェロモン(?)で覚醒した歌音 テンペスト(
jb5186)が、がばっとせんせーをガン見する。
(あはん、水濡れ半透けマリカせんせーぴょん!! 透け透けよりもこう、何というか、ちょっとだけ隠れているところに、余計そそられるものがっ!!)
次の瞬間、滝のように鼻血を噴き、慌てて歌音はティッシュを鼻に詰めた。
「ま、マリカ先生…!? と、とりあえずこれ、飲んでおいて下さい!」
せんせーにスポーツドリンクを手渡そうとする、舞鶴 希(
jb5292)。
だが、朦朧としているせんせーの手はだらんと力を失い、ペットボトルを持つことすらできない。
「ここはあたしが口移しで!!」
歌音がスポーツドリンクを口に含み、上を向いて、がらがらとうがいを始めていた。
お、起きてー! マリカせんせー今すぐ起きてー!!!
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「試験中、やたら熱かったのはお前のせいかー!」
龍崎海(
ja0565)がニセ太陽に怒りをぶつける。
「光陰、矢のごとし。喉元過ぎれば熱さを忘れる。人間のしぶとさを知らんとは、愚かなり!」
(訳・空気読めよ試験中なんだよ暑いんだよ馬鹿野郎)
カルセドニー(
jb7009)が護符で初撃を繰り出す。しかし眩しさに目が眩んで、ニセ太陽を狙ったのか、本物の太陽を狙ってしまったのかもわからない。効果のほども不明であった。
「くっ‥‥こ、この程度の暑さでは、俺様のマイハニーへの情熱の足下にも及ばん!」
(訳・しゃらくさいんだよ所詮太陽のニセモノのくせしてよぉ)
ニセ太陽に向かって(?)罵倒するカルセドニー。
‥‥余計、暑さが増したような気がするのは、気のせいだろうか?
希がナイトビジョンの安全装置を調整する。
海は、アンブレラを日傘代わりにして、その影からヴァルキリージャベリンで初撃を加えた。
「さっき、攻撃当たったら落ちたよね‥‥?」
希の言葉に、海は頷く。
(今度も、撃ち落とせるかな?)
ふよふよふよ。
希のナイトビジョンでは、ニセ太陽が海のヴァルキリージャベリンをゆっくりと避けたのが見えた。
どうやら、あうるぱわーで叩き落とせたのは、まぐれ当たりだったようだ。
「こ、これは、本当にスピード勝負だね‥‥速攻で落としてきますっ!」
だくだくと汗が噴き出して止まらない。
氷月 はくあ(
ja0811)は、マリカせんせーの様子を気にかけつつも、不自然な暑さで自分たちの集中力や体力が、じわじわ落ちていくのを感じていた。
「携帯であるが、イヤホンとマイクでハンズフリー化してあるでござるか?」
虎綱が全員に確認をとる。皆、すぐに準備を済ませ、OKだと頷いた。
「良い子の皆! 太陽で危ないのは、サングラスでも防げない紫外線や赤外線よ。だから、直視するときは観察用グラスか、あうるぱわーを使ってね! お姉さんとの約束よ! 今日も元気!」
歌音がこんなこともあろうかと、鞄から持参した和菓子(熱でべたべた)を出して、そして声を落として囁いた。
「‥‥貴方達は死なないわ‥‥和菓子が守るもの」
べたべたねちょねちょになった和菓子を、何故か大事そうに鞄に戻し、青汁を頭からかぶりつつ、歌音は、使い捨てカメラのフィルムを取り出すと、防光のため召喚獣と自分の目に貼り始めた。
カメラフィルムで太陽を見るのは危険だから、一般人の良い子のみんなは真似しないでね!
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「天魔討伐の大義名分の下、学内プールを徴収するぞ! 皆、水着の用意はよいな? アカレコの生徒たちに頼んで、水を冷やすのを忘れるな! 太陽退治が終わったら水遊びだ!」
スレイプニルを呼び出しながら、時雨が声を凛と張り上げた。
しかし、学内プールまでは、かなり距離がある。
今からアカレコ科の学生を集め、プールをおさえに行くのは、無理があると思われた。
まして、購買へ移動し、水着を買っている余裕などない。
「天上天下二階からぼた餅。まったく、世話の焼ける教師殿だ」
(訳・教師マリカは俺様に任せろ、ニセ太陽退治を頼む)
暑くて、うだって、カルセドニー自身も、自分が何を言っているのか、よくわからない。
カルセドニーは、試験後に飲もうと思って持ち込んでいたクーラーボックスから、カチコチに凍った飲み物をひとつずつ出し、容器をタオルで包んでマリカせんせーの顔に当てた。
クーラーボックスから、白い煙があがり、そして床に沿って流れて消える。
「だいぶ意識が朦朧としてきているようだから、今の段階では、水分補給は厳禁だな。肌も白いし、熱もないようだから‥‥足を高くして寝かせ、服を緩めてあげるといいよ。早く、涼しい場所に避難させてあげられるといいけど‥‥」
海が、医学生らしく、カルセドニーをサポートして、マリカせんせーの応急処置に当たる。
カルセドニーは、氷結晶で氷を作りだし、せっせとクーラーボックスの中へ入れて、冷気の維持に努めた。
「これでよし、あとは先生を頼んだよ」
海はそう言って、アウルの鎧をまとい、教室を出て行った。残されたカルセドニーは、せんせーとカーテンの閉められた窓との間に割って入り、熱線をせめて自身の体で防御しようと試みていた。
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「この程度の暑さが‥‥なんぼのもんじゃァァァ! 俺の! 俺の体に滾るあうるぱわー(物理)を受けてみろやァァァ!」
地上から虎綱が、空中からベルメイルが、牽制攻撃を仕掛けながら、ニセ太陽の行く手を阻み、誘導していく。
それぞれ、ミネラルウォーターをかぶったり、タオルに染み込ませて頭に巻いたりして、気化熱で暑さを耐えしのぐ作戦だ。
「電よ、負けるな‥‥! ここで耐えて栄光を掴むのだ!」
そこに混じって、スレイプニルに乗った時雨が、追加移動を駆使し、ニセ太陽を追い込んでいた。
時々、スポーツドリンクをスレイプニルに飲ませる。
プール方面へは時間的にいけない。
従って、ニセ太陽を校舎側に押し込もう、という、海の提案どおりに動いていた。
ニセ太陽を直視しないよう、十分に注意しながら、はくあは気配を殺して、近づいていった。
希も明鏡止水で校舎側に潜行し、今か今かとニセ太陽の登場を待ち伏せている。すぐ上を飛び回るベルメイルの光の翼については、意識的に、視界に入れないよう、気にしていた。
じりじりじり。
徐々に気温があがっていく。
ニセ太陽が近づいてきたことがわかる。
「クソあっちぃゼェェェ!!」
悲鳴にも似た、虎綱のうめき声。
「くっ、上空にいても、うだることには変わらないかっ」
ベルメイルも熱に耐えている。
サングラス越しでも眩しくて見えづらい標的を、指に感じる熱に集中して、狙い撃つ。
そこへ。
「おっ待たせぴょ〜ん!」
階段を二段飛ばしで駆け上がり、屋上に到っていた歌音が、貯水タンクの水を、ニセ太陽めがけて、ホースでぶちまけていた。
「みんなー、今だぴょ〜ん!! 存分に、やっちゃえー!!」
調子に乗って、大型消火器も、ぶしゅううう。
白い泡が容赦なく、ニセ太陽に、そして、地上で待機していた仲間に降り注いだ。
ふよふよ躱そうとするニセ太陽を、影縛りの術でおさえる虎綱。
「さぁ、飛んで‥‥もう一人のわたし‥‥」
はくあは、ふよふよ動くニセ太陽の軌道を予測し、銃口を、ニセ太陽の居場所と思われる方向に向けた。
「偽りの太陽さん‥‥その程度じゃ、この子の道は阻めないよ‥‥打ち落とせ、イセリアルクロウ!」
白銀の大鴉のようなアウルを纏った、一発の弾丸が放たれる。
その軌跡はニセ太陽を貫き――
――落下する!!
「あつあつあついっ!!!」
地上で慌てふためく仲間たち。そこへ、屋上から歌音が、びっしゃあと放水。
水蒸気がもくもくと派手にわきあがった。
「‥‥これで止まってくれればいいのだけど‥‥! はあぁっ!!」
希が、“八卦石爆風”を叩き込む。舞い上がる砂塵がニセ太陽を覆い、そして、ニセ太陽は、焼いた石のようになって、地面に落下した。
「もっと‥‥理想をも超える力をっ! このまま一気に叩き潰すよっ‥‥いっけーっ、オーバーキラーッ!」
はくあが“螺旋白虹”で追撃をかける。
ニセ太陽は動きを止めた。
眩しさはなくなったものの、まだ熱をもっており、暑い。暑い。暑い。
「せーのっ!」
屋上で不穏な動き。
歌音だ。
石化したニセ太陽に放水しようと、召喚獣と一緒になって、消火栓のバルブを開けている。
「待ったー!!」
ベルメイルが屋上まで飛び上がって、歌音を制した。
「あれに、直接、冷たい水をかけるつもりか?」
「うん!」
「焼けた石みたいなもんだぞ!?」
「うん!!」
‥‥ベルメイルは一瞬だけ、暑さを忘れた。
脳裏に、爆発するニセ太陽と、その破片をまともに食らう自分たち、の、未来予想図が、ありありと浮かんだ。
「や、やめておけ! あとは俺たちに任せておけばいいからっ!」
「えーけちー」
「けちじゃないっ!」
ベルメイルは確信した。
歌音は、確信犯だった。
「じゃあ、ハリセンでニセ太陽をタコ殴りたいなあっ」
「う、うむ‥‥それくらいなら‥‥」
かくて。
歌音のハリセンは、瞬く間に焦げて燃えかすと成り果てた。
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「このっ!」
「暑さにっ!」
「俺たちはっ!!」
「耐えらんねえっ!!!」
皆が、スキルやら、消火器やら、手持ちの不燃性アイテムやらで、石と化したニセ太陽を存分にボコっている頃。
――というか、この夏の酷暑への逆恨みをぶつけている頃。
マリカせんせーは、カルセドニーと、戦場から戻ってきた海の処置によって、危ういところで意識をはっきりと取り戻していた。
あと少し、海(医学生)の帰りが遅れたら、救急車を呼ばなければならないところだった。
何とか、容態を維持できたのは、ひとえにカルセドニーの手厚い看病あってこそである。
勿論、ニセ太陽が輝きを失い、ぐずぐずと崩れ、砂のように霧散してしまった後も、気温は34度。
暑いには変わり無い。
しかし。しかしである。
今まで60度近い灼熱地獄に居た面々にとっては、34度は、かなり涼しく感じられる気温であった。
「まぁ、これはもう、とても勉強する気にはなりませぬなぁ」
虎綱が、存分に酷暑への憂さを晴らして、何処と無く爽やかな表情で戻ってきた。
「マリカ先生、大丈夫ですか? もう、スポーツドリンク飲めますか?」
はくあが心配して声をかける。
他の生徒達にも被害が出てないか、さりげなく見回し、ほっと胸をなでおろした。
マリカせんせー以外は、撃退士ばかりである。従って体力も十分あり、倒れるものはいなかった。
「マリカ君、涼しいところへ避難しようか」
ベルメイルが手を差し伸べる。
(少しであろうと、成績に色をつけてくれるんだ、倒れていなくても涼しい所に連れていくアフターケアはしてもいいだろうね)
‥‥勿論、計算ずくの行動である。
「もう‥‥ダメ、かも‥‥」
希が暑さにやられて、ふらふらしていた。
「涼しいところで、冷たいものを飲みたいですぅ〜」
「聞くに落ちず語るに落ちる、自由に持っていくが良かろう」
(訳・そう言うと思って、冷たい飲み物を用意してあるぞ)
カルセドニーがクーラーボックス(氷結晶のおかげでキンキンに冷えている)から、飲み物を幾つか取り出して、皆に配った。
「冷た〜い! ぷはー、生き返りますー!」
希がソーダをもらい、一気に飲み干した。
「あ、火傷をしたり、怪我がある人は、回復するよ」
海が、マリカせんせーの容態に問題なしと判断し、仲間の治療に取り掛かった。
皆、ニセ太陽からそこそこに距離をとっていたため、被害は軽微で済んでいた。
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さて。肝心のテストのお話は、というと。
「我が父は言った、勝負に手段を選ぶ輩は馬鹿か狂人だ、とな‥‥。で、だ。マリカ先生。どれくらい、点数に色をつけてもらえるのか? いやいや、我の主席が約束されれば、それで問題ないのだが」
時雨が尊大に尋ねると、マリカせんせーはにっこり笑って、答案用紙をまとめ直した。
「せんせーは実技専門なので、座学のテストの採点はしないのですー。なので、採点基準のゆるい先生にお願いしてみようと思ってますですー」
「そ、そうか‥‥」
約束を反故にされた時はどうしてくれよう、とばかり考えていた時雨だったが、何となく、邪気が抜けてしまい、気がつくと苦笑を浮かべていた。