●信じて下さいませ〜!
「シキさん‥‥今ならまだ間に合います。自首して下さい‥‥」
「はわ?!」
水無月 ヒロ(
jb5185)の言葉に、アリス・シキ(jz0058)は、目をパチパチさせた。
「ですから、あれはわたくしでは〜!」
「犯行時刻にアリバイでもあるんです?‥‥いえ、疑っている訳ではないですが」
「ごっ、ございますわ!!」
永連 璃遠(
ja2142)に畳み掛けられ、狼狽をあらわにして、アリスは答えた。
「被害が出ておりますのは、わたくしが、斡旋所のバイトをしている時間帯ですものっ」
「だけど、シキはいつもひとりで留守番してるんだろ、アリバイにならないじゃねーか」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)が首をかしげ、疑わしそうな目でアリスを見つめる。
「なあ、ここだけの話でいい、俺にだけは正直に話してくれよ、な?」
「ほ、ほ、本当ですのーっ!!」
泣きそうな顔で、ふるふる震えだすアリス。
パイプを咥え、天羽 伊都(
jb2199)がふうむと腕を組む。
「偽シキさんっすか、真偽はともかく生態は‥‥気になるっすね」
「‥‥ともかくって‥‥で、ですからぁっ!!」
緑色の目に、うっすら涙が溜まっていく。
雫(
ja1894)が深く考え込みながら、口を開いた。
「『他者の人為的悪戯>催眠術等による当人の行動>怪異』という順で、私は睨んでいます。
怪異ならまだ良いです、本当に恐ろしいのは、人の持つ『悪意』です‥‥」
「とっ、当人はここに居りますのよ〜!!! 信じて下さいませっ!!!」
大きな声を立てることも、滅多にないアリスだが、この時は必死だった。
ぽむ、と手を打つ、グレイシア・明守華=ピークス(
jb5092)。
「あー‥‥、シキの偽者が出現して、栄養剤を言葉巧みに振る舞って、結果的に迷惑を掛けていると、そういうことね。
偽者が本当にいるかどうかはさておき、とりあえず、被害範囲は広がっていそうよね」
横目で、アリスが泣き出さないか気にしつつ、ぎりぎりのラインを突き進むグレイシア。
「‥‥」
口をぎゅっと引き結んで、堪えているアリス。
「絶対に俺たち、シキさんの偽者を見つけ出して、捕まえますよ。友達のためならこれくらい、大したことじゃないです」
浪風 悠人(
ja3452)が、自分の胸を叩いて請け負った。黄昏ひりょ(
jb3452)も頷く。
「偽者のシキさんは、俺たちが何とかしますよ」
ぶわ、とアリスの目から、とうとう涙がこぼれ落ちる。
「‥‥有難うございますっ」
ハンカチを目に押し当て、アリスは、何度も頭を下げた。
「と、そういう訳で、だ」
ラファルがコホンと咳払いをして、アリスに向き直った。
「偽者と同じ服を着て来てくれ」
「は‥‥はい?」
「偽者の目撃情報を聞き込むのに使いてーんだよ。ほら、シキも泣いてないで、調査に協力しろ」
持参したデジカメを出して、更に促すラファルである。
「は、は、はうぅぅっ?!」
●聞き込みだ!
聞き込み調査班メンバーの携帯やスマホに、アリスの恥ずかしい画像データ(?)が収まった。
「あ、後でちゃんと、消して下さいませね?」
何度も念を押される。
雫はリサイクルショップにて、マーブル模様の鏡の転売履歴を聞き込んでいた。
「転売履歴ですね。ええと‥‥誰も購入されていませんね、あの黒ずくめのお嬢さん以外。
時々、中学生くらいのお嬢さんが、よく覗き込んでいらっしゃいましたが」
すぐ横にいて、鏡の買取り交渉をしていた璃遠が、おずおずと口を挟む。
「シキさんが購入した際は妙に安かったとのことですけど‥‥店員さんは何か思うところがあって、その値段に設定したのでしょうか?」
「仕入れた記憶はありませんし、帳簿にもないのですが、いつのまにかそこにあったんです。
何となく気味が悪いので、早く売れて欲しくて、安い値段をつけまして‥‥お買い上げ、有難うございます」
「あ、そのまま、飾っておいてもらえれば結構です。僕達も、下手に弄らない方が良い予感がするので‥‥」
璃遠が、鏡を包装しようとした店員を、慌てて止める。隣にいたヒロが、会計を済ませた。
確かに、たいへんお安かった。
「今回のキーワード、それは鏡だ‥‥!」
「わかっているわよ、だからこうしてお店まで来たんでしょうに」
薬局から戻ってきた伊都が、パイプを咥えたまま、もっともらしい口調で呟いて、グレイシアのツッコミを頂戴した。
「で、その薬、何に使うの?」
「もしかしたら、犯人は、エリュシオンZを飲んで狂乱したシキさん本人かもしれないっす。
だから、気付け薬を処方してもらったんすよ」
迷探偵・伊都はそう言うと、こくこく頷いた。
グレイシアは、全く取り合わずに、準備を進める。
「取り敢えず、ここに潜めばいいかしらね」
「ワトソ。。。いや〜、グレイシア君、聞いてくれたまえ」
「まあ、困ってあれだけおたおたしていたからには、本人が犯人の線は薄いし、何はともあれ怪異が変な方向に行く可能性が有るわよね」
「いやだから、グレイシア君、聞いて欲しいんすけど」
「被害そのものは酷い訳じゃないけれど、各々の名誉毀損が激しくなりそうだし、引き受けたからには万事解決してみせないとね」
「あのー、グレイシア様?」
「あら、なあに?」
‥‥がんばれ、迷探偵。
一方。
ひりょとラファルは、手分けして目撃情報を集めていた。
2人で約束した合流場所で、情報を交換しあう。
「夜、セーラー服の女子高生が現れた時、その近くに女子中学生が隠れていて、じっと見ていたらしいですね‥‥」
「んー、こっちも同じだ。エリュシオンZを飲ませているシキの近くに、女子中学生っぽいのが潜んでいるらしいってな。
案外その女子中学生ってのが犯人なんじゃねーの?」
ラファルは、アリスの前では、叙述トリック、熱中症でフリーダムな気分になっていた、生き別れの双子、など、何かと本人を疑ってみせていた。
だが、本当は無実を信じてくれているんだな、と、ひりょは感じ取り、思わず微笑みを浮かべた。
「何だか、エリュシオンZを飲ませるって話、量は問題あるけど、善意でやってるようにもみえるんだよな‥‥加減を知らないだけで」
ひりょは、独り言のように呟いた。
その時、2人の携帯が、同時に、メールの着信を告げた。
『FROM:雫
最近、セーラー服を買った人はいませんでした。
うさ耳も、魔女帽子も、ハロウィンシーズンでないので、誰も買っていないそうです。
この辺りのお店は、ほぼ全て回りましたが、何処にもそれらしい客はおらず、商品の買い上げ記録もないそうです』
●囮大作戦
午後8時を回ろうという頃。
コンタクトレンズ、カツラ、付け髭で人相を変え、スーツを借りて、くたびれたオジサンに化けた悠人が、ふらふらと裏路地を徘徊し始めた。
(これで、偽シキさんが捕まえられるといいんですが‥‥)
ちょっとだけ、爆裂元気エリュシオンZの副作用が、怖い。
その後ろを、静かに、雫、ひりょ、ラファル、伊都、そして本物のアリスが尾行している。
何かあった時に、すぐに悠人のもとに駆けつけられるよう、準備は万全だ。
店舗前で張っていた、璃遠、グレイシア、ヒロは、呆然と、リサイクルショップを見つめていた。
店のシャッターが、ゆっくりと閉まっていく。
(あ、そうか、8時閉店だから、店内は、外から見えなくなっちゃうんだ!)
だが、シャッターに隠される寸前、店頭に飾ってあった鏡(今は布を被せられている)が、微かに光を放ったのを、見逃さなかった。
(今の見た?)
(見ました!)
(見ました)
(【生命探知】するべき?)
(ですね!)
(でしょう)
――店内に、1つだけ、生命反応あり。
(い、【異界認識】もしておくべきかしら?)
(ですね!)
(でしょう)
――それは、天魔です。
(‥‥え?)
――天魔です。
「開けてー! 今すぐお店を見せて!!」
数秒後。
グレイシアは、店舗裏の事務所のドアを、がんがん叩いていた。
その頃、悠人は、にこにこした、アリスそっくりの、セーラー服の女子高生と、出くわしていた。
位置は、璃遠が聞き込んで回っていたことで、予想のつけられていた、裏路地の一角。
もこもこのうさぎ耳カチューシャをつけた偽アリスは、悠人の手にエリュシオンZを持たせ、リズム良く拍手をしていた。
そう、まるで、大人の宴会のように。
♪イッキ、イッキ、イッキ、イッキ♪
掛け声も何もない、静寂の中なのに、まさにこんな感じである。
そして、悠人は、自らぐいっと、エリュシオンZ(2Lペットボトル)をあおっていた。
ごくごくと飲み始める。
止まらない。
何だろう、やたら美味しい。
飲み干さずにはいられないほど。
♪イッキ、イッキ、イッキ、イッキ♪
(【魅了】かっ!)
気づいた時には、ペットボトルはすっかりカラで、水芸のように、鼻血が噴き出していた。
街灯の光の中、付け髭を真っ赤に染めて、悠人は偽アリスの腕をがしっと掴む。
偽アリスは、困惑しているようだ。
隠れて様子を見ていた尾行組が姿を現した。
じりじり、偽アリスと距離を詰める。
本物アリスを見た偽アリスは、動揺し、逃げ出そうとした。
裏路地の、角を曲がったところから、もうひとつ、靴音が聞こえる。
そこへ、店舗見張り組が到着した。
「誰です?」
ヒロが、すれ違いそうになった、怪しい女子中学生の行く手を阻んだ。
少女は、悪戯を見つけられた子猫のような、怯えた表情で、徐々に後ろに下がる。
その目は、璃遠が大事に抱えている、偽アリスの姿が今まさに映っている、あの鏡に、釘付けになっていた。
「おい、偽者」
ラファルが、偽アリスに声をかけた。
「‥‥お前さんの本当の顔は、こーんな顔だな〜?」
ぺろーん。
【R式ガブフェイス】、発動!
びくううう!!!
偽アリスは音も立てずに、しかし顔を明らかに引きつらせて、足を竦ませた。
「悪いけれど、退治させてもらうっすよ、偽シキさん! あとでいっぱいお詫びするっすから!」
伊都が飛び出し、あうるぱわーを放った。
強烈な闘気が襲いかかる。
しかし、偽アリスは、伊都の【気迫】をスルーした。
――偽者は、少なくとも、一般人ではない。
伊都は確信した。
雫が【薙ぎ払い】で偽者の足を止めようとし、同時に本物アリスも真っ白いティアマットを召喚する。
悠人がそれを押し止め、偽アリスに向き直った。
「シキさん、事情を聞かせて下さい。逃げないで!」
ぐらんぐらんしながら、悠人が変装を解いた。
「俺です、鳴上悠です、浪風悠人です。もしかして、俺のことが、分からないんですか?」
こんこんと噴き出す鼻血で、周囲を暗く染めながら、悠人は精一杯声を絞り出した。
飲み干したエリュシオンZのせいだろうか、耳の中で、心臓の音がどくどくと跳ね回っている。
視界がぐらぐらと揺れて、目の焦点が定まらない。
「大丈夫ですか?」
雫が、眩暈で崩れそうになった悠人を支えた。
ずるりと悠人の体から力が抜け、偽アリスの腕を掴んでいた手が、離れる。
そのまま雫は、悠人の介抱に回った。
そこへ、ひっくひっくとしゃくり上げながら、ヒロが飛び出し、エリュシオンZのペットボトルを取った。
「シキさん‥‥囮だけでは、エリュシオンZを飲ませ足りないんですね。大丈夫、ボクも、飲んであげますから」
ぐびぐびぐび。
「だから、こんな悪さはもうやめて下さいね。人助けの方法として、間違っていますから、ね?」
涙にむせびながら、ヒロは、ぐいぐいと、エリュシオンZをあおる。
ぷぴゅっと鼻血が噴き出した。
ヒロは、飲みやめない。
周囲を赤い水溜りで埋め尽くし、実に幸福そうな良い笑顔で、ヒロはその場に倒れ込んだ。
「うん。ものには、程度というものがあるんですよ。1度に飲んでいいのは、これくらいまでです」
ひりょもやさしく声をかけた。
エリュシオンZのボトル(100ml)を取り出し、偽アリスに、丁寧に教える。
だが、偽アリスは、真っ直ぐに鏡だけを見つめていた。
鏡を抱いている璃遠に手を伸ばし、近づき、やがて無理やり鏡を奪い取る。
「ほら、あんたも出なさいよ」
グレイシアに引っ張られて、あの女子中学生も、渋々皆の前へ出る。
それを見て、偽者が逃げ出そうとし、伊都と本物アリスに阻まれた。
「ここに本物のシキさんがいる以上、もう誰も騙せないっすよ!」
伊都が怖い目つきをして、偽者を睨みつける。
しかし、伊都と本物アリスの攻撃は、腕を大きく広げたひりょによって、邪魔された。
「知り合いに似た人を傷つけるなんて、俺には出来ませんし、黙って見てもいられません!」
その向こうで、偽アリスが鏡を庇って、不自然な体勢でいるのを、伊都は見逃さなかった。
――あの鏡が偽者の本体っすね!
伊都は容赦なく、偽アリスに詰め寄って、鏡を奪い返した。
女子中学生の全身が光ったかと思うと、かくりとその場に倒れてしまう。
そして、偽アリスも同じように光を放ち、鏡に逃げ込もうとしてか、ふわりと舞い上がった。
――逃さないっす!
迷いなく、伊都は、鏡を叩き割った。
鏡が不気味な、断末魔の悲鳴をあげ、偽者も消滅した。
暫くして、少女は、伊都の用意した気付け薬で、自分を取り戻した。
悠人とヒロも回復している。
「落ち着きましたか? 良ければ、お話を聞かせて下さい。
シキさん本人になりたかったんですか、それとも‥‥どんな理由でこんなことを?」
璃遠は、興味津々に、少女に問いかけた。
少女は俯いた。
「‥‥シキ先輩に憧れていたんです。お友達のいっぱい居る、先輩みたいになりたかったの」
彼女は入学して日が浅い、バハムートティマーの「たまご」だった。
曰く。
アリスに憧れるようになったのは、エリュシオンZを買おうとして、手持ちのお金が足りなくて困っていた同級生を助ける姿を見たことから始まる。
つまり、アリスが一時的に立て替えてあげたのだ。
たったそれだけ。
でも少女には、とても印象的な出来事だった。
そして数日前、骨董品屋の店先で、アリスに似合いそうな鏡を見つけて覗き込んでから、記憶が曖昧になったという。
アウルの素養はあれど「撃退士」としてはまだまだ未熟な少女。
幼さ、力のなさゆえに「鏡」に付け込まれたのだろう。
「わたし……とんでもないことをしてしまいました」
撃退士たちの目前で、少女は俯き肩を震わせる。
「素直に反省しているのなら、皆さんに迷惑をかけたことを謝りましょう。大丈夫、ボクも一緒に行きますよ」
泣き出した彼女の肩に、ヒロがそっと手を置いた。
「天魔の鏡は、シキに憧れる純粋な気持ちを利用しただけだろーな」
「ええ。悪魔が骨董品屋の売物に紛れ込ませて、混乱を狙ったんだと思うわ」
ラファルとグレイシアが推測する。
「ホント、はためーわくだよな‥‥」
真相はもはや闇の中。今必要なのは「これから、どうするか」だ。
ひりょと悠人が、少女に優しく声をかけた。
「「俺たちと友達になりましょう!」」
「あ‥‥有難うございます!」
少女は涙を拭い、笑顔を見せた。
怪異は、和やかな記念撮影会で幕を閉じた。
「ところでシキさん、どうして、彼氏さんに相談しなかったんですか?」
雫からの、すごーく純真な問いに、アリスは思い切り狼狽えた。