●鈴蘭の花言葉
家出娘、リュアの居所を探ることは、情報ネットワークの充実している撃退士たちにとっては、造作もないことだった。
誰よりも早く、リュアの所在を見つけたキイ・ローランド(
jb5908)は、鈴蘭で花冠を作り、小天使の翼を使って、川べり近くの木々の枝に隠れた。そうっとリュアに近づいていく。
下を見ると、ちょっとだけ怖かったけれど、花冠が頭から外れないように押さえて、そのまま地面へダイブ!
ぼてっ。
「いッ、痛たたたァ‥‥ッ」
撃退士らしく、受身はとったものの、やはり痛いものは痛い。涙目になるのを堪えて、キイは花冠を直し、立ち上がって逃げ腰なリュアに向き直った。
「あはは、落っこちちゃったぁ。自分はね、鈴蘭の妖精さんでね、キイって言うんだよ。君は誰かなー?」
「リュ、リュア‥‥」
キイが近づくと、同じ歩数、リュアが後ずさる。
「妖精さんって、‥‥天使族?」
「違うよー。妖精さんは、妖精族なんだよ♪ 折角だから、一緒におしゃべり、しないかな? 蛍さんたちも、とっても綺麗だよね。でもでも、きっと、もーっと増えて、すっごく綺麗になるよ!」
にこにこして、キイは川べりに腰を下ろす。つい、ついっと、周囲を蛍が舞う。
「りゅあちゃんは、どんなお花が好きかな? 鈴蘭だったら、嬉しいなあ」
「‥‥」
リュアは困惑した様子で、俯いた。
「す‥‥鈴蘭、より、かすみ草が好き‥‥ごめんなさい」
「そっかあ。でも、綺麗だよね、かすみ草も」
たわいのないお喋りが、とりとめなく続く。好きな食べ物とか、色とか、将来何になりたいか、とか。
キイからは何も問わなかったが、リュアが自分から将来の夢を語り、「本当は、パパのお嫁さんになりたかったの」と俯いて、ゴシゴシ目もとをこすっていた。
にこにこ笑顔を崩さずに、キイはリュアの頭に、ぽふっと、花冠を移した。
「今日一日かけて作ったのだよ。鈴蘭の花言葉はね、『幸福の再来』っていうんだ♪ お喋りしてくれて、有難う。すごく楽しかったよ。これは、自分から、りゅあちゃんへのプレゼントだよ」
「えっ‥‥もらっちゃって、いいの?」
「うん」
キイは微笑んで、リュアの頭に優しく手を置いた。
ばさばさ、と、上空から羽ばたきの音がする。
リュアが見上げると、長めの銀髪に硝子のような翼を広げた男の人が、愛くるしい女の子を抱えて、降りてくるところだった。
(天使族?)
怖くなって、リュアは、キイの姿を探す。鈴蘭の妖精さんは、現れた時のように、いつの間にか居なくなっていた。
逃げなくちゃ、逃げなくちゃ‥‥どうして、足が動かないの? 鈴蘭の妖精さん、助けて!
●天使族は、だいきらい
ウィズレー・ブルー(
jb2685)と、礼野 真夢紀(
jb1438)、月詠 神削(
ja5265)、黄昏ひりょ(
jb3452)、折田 京(
jb5538)が、少し離れて見守りつつ、蛍を捕まえようと右往左往している、そんな頃。
どこをどう見ても、天使に見える悪魔、カルマ・V・ハインリッヒ(
jb3046)が、点喰 瑠璃(
jb3512)を抱えて、着地した。硝子めいた、きらきらした翼が、すっと消える。
「こんばんは! はじめまして! てんじきるりって言います、よろしくね!」
カルマに降ろされた瑠璃は、きちんとご挨拶をして、ぱたぱたとリュアに歩み寄った。リュアは泣きそうな表情で、逃げ道を探している。
「いや‥‥いやっ、天使族やだ、来ないでっ! 妖精さん、妖精さん、助けてっ!!」
「俺はこう見えても悪魔ですよ」
「えっ‥‥!?」
カルマの一言に、顔をあげるリュア。
「悪魔、族、なの?」
「はい」
「‥‥そこの子も?」
それには答えず、瑠璃は、ぺこりとお辞儀をしてから、切り出した。
「パパさんがね、リュアちゃんがいなくなって、こまってるって言ってたの。だけど、わたしはリュアちゃんこそ、こまってるんじゃないかなって思って、それで、ここにきたの」
「あたし、は‥‥」
リュアは俯いた。ぽとん、ぽとんと、こぼれた涙が足もとの草を叩く。
やさしく、カルマが歩み寄り、かがみ込んで視線を同じ高さにして、尋ねた。
「天使族が、嫌い、なのですか?」
「‥‥(こくん)」
「どうしてか、聞いてもいいですか?」
「‥‥あたしの、本当のままとぱぱを、‥‥」
――どこかに連れて行って、隠してしまったから。見つけられなくしてしまったから。
リュアは、戦災孤児だった、という情報があり、斡旋の際に、皆に知らされていた。
だが、ヴェインはリュアの心を深くは知らず。
リュアからも、うまく伝えられず。
知らないうちに、義理の父子の間に、心の溝が生まれていた。
戦地に残された当時は、幼すぎて、リュアには、実の両親が天使軍に殺されたとは、はっきり認識ができなかった。
だが、泣いても叫んでも、実の両親は、リュアの前に、二度と、姿を見せることはなく。
天使族が、大事な人を、本当のぱぱやままを、どこかへ連れていってしまったのだ、と、思うようになった。
だから。
ぼんやりと、だけれど、とてもとても根深いところで、天使族が怖い。
なのに、今のパパは、天使族の女のひとと、家族になりたい、と言っている。
認めない。
認められない。
天使族は、テキ、なのよ?
今度は、パパを、連れて行っちゃうかも、知れないのよ?
『そんなことは絶対に無いよ。ユライアルはとても優しい人だから、リュアも少しは、話をしてみたらどうだい?』
精一杯の思いは、天使族への恐怖は、どんなに頑張っても、ヴェインには届かず‥‥伝わらず。
『いやだいやだ、しか無いんじゃあ、リュアの言いたいことがわからないなあ』
繰り返し、繰り返し、反対を叫び続けた結果、「子供の意見」扱いされてしまい。
オトナたちは、3人家族になる約束を、交わしてしまっていた。
‥‥リュアの気持ちは、最後まで、届かなかったのだ。
「あたしは、パパに、捨てられちゃったの。パパは、あたしを捨てて、天使を選んだの」
リュアは流れ落ちる涙を拭いながら、カルマに訴え続けていた。
「きっと天使は、パパを連れて行っちゃうから、あたしは、一人ぼっち。あたしの居場所は、世界中の、どこにもないの。あたしは、もう、イラナイ子なの‥‥」
●イラナイ子なんていないよ
「じゃ、ユライアルさんが悪魔だったら、良かったの?」
真夢紀が、すっと、リュアの前に姿を現し、すぱっと尋ねた。
「えっ‥‥」
思わず考え込む、リュア。
「悪魔だったら‥‥悪魔だったら‥‥うん、怖く、なかったかも」
多分、違うんじゃないでしょうか。
リュアちゃんだけのパパが、他人を気にかけているのが、嫌なだけじゃないですか?
――そう続けようとしていた真夢紀は、思いがけないリュアの反応に、言葉を飲み込むしかなかった。
気を取り直して、別方面から攻めにかかる。
「えーと、パパって、はぐれ悪魔になってから、リュアちゃんのパパになったんでしょ?」
「‥‥うん」
「つまり、パパが人間界にこなかったら、リュアちゃんと出会う事もなかった、でしょ?」
「‥‥うん」
「だったら、パパがこっちに来る切欠を作ったユライアルさんって、リュアちゃんの恩人って事には、ならないでしょうか?」
「え?」
――切欠。
パパとあたしが出会った切欠が‥‥あの、天使?
そう言えば、知らない。リュアは、何も聞かされていない。
「パパがはぐれ悪魔になったのは、ユライアルさんと出会ったからなんですよ」
真夢紀が、ヴェインとユライアルの馴れ初めについて、説明する。
戸惑いの余り、リュアの瞳が揺れた。
「そんな話、聞いてないわ‥‥悪魔と天使が、仲良くなるなんて、ありえない、もの」
「ありえなく、ないよ!」
瑠璃が精一杯、言葉を紡いだ。
「わたし、天使だけど、今のパパは人間だし、ママになりそうな人も人間だから、いがいとどうにかなっちゃうよ! 家族って、みんながそうなろうって思えば、なれるものだと思うの!」
「うん。家族にもなれるし、友達にだって、なれますよ」
ひりょがゆっくりと進み出て、瑠璃の言葉をフォローする。
「俺はリュアさんと友達になりたいです。それと、リュアさんが、学園に来てから出来た俺の妹とも友達になれたらいいなって思うんです。友達になるのも、家族になるのも、気持ちが一番大事なんですよ。強い気持ちがあれば、種族の壁は、超えられるものなんです」
視線を低くして、ひりょは優しく、リュアに語りかけた。
その言葉は、穏やかで、しかし、しっかりと熱を帯びていた。
カルマに寄り添うように、ウィズレーが歩み寄る。
「お父様は、斡旋所で、頭を下げたそうですよ。娘を探してください、と」
穏やかな微笑を湛えて、続ける。
「大丈夫ですよ、貴女は今も昔も変わらず、誰かに探して貰える人です。愛される、という意味が伝わるかはわかりませんが、お父様は貴女をとてもとても大事に思っていらっしゃいますよ」
視線を低く合わせて、京が尋ねる。
「リュアさんには、今見ている世界はどんなふうに映っていますか? この、蛍たちが舞う光景。綺麗に見えているのでしたら、あなたの瞳が綺麗だからです」
小さな手に、そっと自分の手を重ねて京は強く頷く。
「そんなに綺麗な瞳ですのに、何も見ないまま閉じてしまうのは、もったいないですよ。私もリュアさんのお友達になりたいです。そして、素敵な世界をもっともっとお見せしたいです」
皆で捕まえた蛍を詰めた籠を持ち、神削が続く。
「どうして蛍が光るのか、わかるか? 愛しい相手を呼んでるからなんだそうだ。成虫になってからは僅かな水しか飲まず、物を食べる間も惜しんで、愛しい相手を探すことに生涯を費やすんだと」
ぶっきらぼうな口調の中に、精一杯優しさを含ませて、神削は蛍の光を見つめる。
「何で蛍たちがそこまでするのかは、実際のところは解らない。ただ、俺は、後悔したくないからじゃないかって思う。だから聞くが‥‥このまま一人ぼっちで生きていくことを選んだとして、絶対に後悔しないと言い切れるのか?」
「‥‥」
黙り込んで俯くリュア、蛍籠を開け放つ神削。蛍が一斉に籠から飛び立ち、夢のような光景が夏至の夜を彩っていく。
「お前は、リュアは、ヴェインさんを一番好きでいていいんだ。大事なパパと呼び続けていいんだ。だがな、ヴェインさんだけがお前の世界の全てじゃない。世界はもっと広くて、綺麗なんだ。見ろよ、星が降るようだろ? こうして懸命に輝く蛍のように、お前だって輝ける」
蛍の織り成す、地上の天の川。その光に照らされながら、神削は手を伸ばした。
リュアの小さな手をぐいと掴む。
「俺らとリュアは、もう友達だ。だから握手、な。よろしく頼むぞ」
「そうだよ! お友だちだよ♪」
瑠璃がリュアに飛びつく。
「ああ。友達だ。リュアさんは、イラナイ子なんかじゃない。イラナイ子なんて、どこにも、ひとりも、居ないんだ」
ゆっくりとひりょが頷く。
「いつだって、呼んでくれれば駆けつけるよ、絶対にね」
そして。
キイの声が、ヴェインとユライアルの声が、響いた。
「ほらほら、ちゃんと見て。あそこに居るよね? ずっとあそこに居たんだよ!」
「リュア! 探したぞ、リュア!」
「リュアさん!」
鈴蘭の妖精が、パパとその恋人を連れて、帰ってきた。
リュアに駆け寄る、悪魔と天使。
(結婚式は一度きりかも知れないけれど、でも、りゅあちゃんもこの世に一人しかいないよね。どっちが大事かな?)
キイは、悪魔と天使のカップルに突きつけた言葉を、思い返した。
(リュアさんは、わたしの家族になる子です! 大事なひとが、大事にしている子を、わたしが大事に出来なくて、どうするんです!)
真っ先に答えた、ユライアルの強い瞳。
義理の母になるという、大きな、重たい、覚悟と責任。
それを、この天使は理解していた。
だから。
(大丈夫だよね。もう、大丈夫だよね)
キイは遠くから見つめ続ける。
声をあげて泣き出したリュアと、その小さな身体を抱きしめる天使と悪魔と。
席を外しているうちに出来た、たくさんのお友達と、そして、星屑のように輝く蛍と。
とても綺麗な、絵のように綺麗な、とっておきの夜が過ぎていった。
●リュアの世界が広がっていく
リュアは、急遽、フラワーガールを任されていた。
お花の香りでバージンロードを清めていく。
花嫁と花婿は、盛大な祝福を受け、今度こそ正式に『家族』になった。
京が、記念撮影のシーンに混じって、3人一緒の写真を撮る。
(希望のあふれる未来を、見ているみたいですね。種族の違いがあれど、共に穏やかに生きていくことが出来るという‥‥そんな気がします)
ウィズレーは、隣に立つカルマを見て、優しく微笑んだ。
(そうですね。3人とも、幸せになって欲しいです。でも、大丈夫でしょう。俺たちの言葉は、ちゃんと届いたようですから)
2人で挙式前に新郎新婦と話したことを思い出し、カルマもそっと頷いた。
(ええ。きっと、今後、ぶつかる壁は大きく、数えきれないくらいあるでしょう。ですが、焦らずにじっくりと力を合わせ、3人でともに考え合い、支え合うことで、解決できると信じています‥‥信じたいです)
ウィズレーの願いが、教会の鐘の音とともに、空へ高く遠く、舞い上がった。
――そして後日。
「今日はね、夕ご飯のお手伝いがあるから、日が暮れる前には帰ってないといけないのっ!」
瑠璃と、ひりょと、キイと、真夢紀と、京と、たっぷり遊ぶようになって、リュアは見違える程、明るくなっていた。
今では、笑顔でない時を見るほうが、珍しいくらいだ。
「あのねー、新しいママは、とってもお味噌汁作りがへたなの! だから、あたしが作ってあげないと、いけないのよ」
腰に手を当てて、えっへんと胸を張る。
学園入口で、いつものように、お友達にバイバイと手を振り。
リュアは、真っ直ぐに、大事な大事な家族の待つ方角に顔を向け、走り出した。
(6月24日 17:45 サーバートラブルに際してプレイングを送れなかったお客様が
いらっしゃったため、リプレイについて修正いたしました。
ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません)