●サプライズ色々
ホテル・プレシャスパレスでのアルバイトがスタートした。
イベントオーナーである澤木氏は、数人の手を借りて、男女わかれた更衣室に衣装を運びこませていた。水簾(
jb3042)が、ホテル従業員たちに混じり、いそいそと機材運びなどを手伝っている。
そんな中。
雪成 藤花(
ja0292)が、会場の隅で、おずおずと澤木に話しかけた。
「あの‥‥わ、わたしは15歳で、まだウェディングドレスが着られないのです。ですが、その、‥‥せめて、気分を味わいたいので、ヴェールだけでも、お貸し頂けませんか?」
人目のないところで、そっと打ち明ける。
「本当は、その、‥‥この秋‥‥わたしの16歳のお誕生日に、入籍予定ですので‥‥婚礼衣装、とても着たかったのですけれど‥‥トレーンベアラーで、今回は、我慢しようと‥‥」
もごもご口ごもる藤花に、明るい口調で澤木が答えた。
「おやおや、そういうご事情がおありなんですね。でしたら構いませんよ、折角ですし、当ホテルでの挙式をご検討頂けるのであれば、ウェディングドレスをお召し頂いても」
「えっ!」
傍らに立つ婚約者、星杜 焔(
ja5378)と顔を見合わせる。焔は優しく藤花の頭を撫でた。
「よかったね〜。‥‥あの、澤木さん、じゃあ、撮影も一緒にできますか〜?」
「ほうほう、ご入籍のご予定は‥‥なるほど、11月ですか。では、さほどの問題はございませんでしょうし、どうぞどうぞ」
澤木の取り計らいで、藤花は婚約者と共に、ウェディングドレスを選び直す作業に取り掛かった。
場所は変わり、受付にて。
鈴代 征治(
ja1305)は、自分の衣装だけでなく、恋人であるアリス・シキ(jz0058)のドレスまで、注文を出していた。
(きっと、自分の結婚式のウェディングドレスも、自分で作っちゃうんだろうし‥‥こういう機会に、彼女さんの夢は叶えてあげたいからね)
ちなみに、アリスはそのことを知らなかった。プロのお針子の腕を見るためにバイトに同行した、ただそれだけのつもりだったのである。
なので、自分用に白いウェディングドレスが用意されていたことに、驚愕していた。
「えっ、えっ、何でですの? はうっ?」
戸惑っているアリスを見つけ、紅鬼 姫乃(
jb3683)が、がばちょと飛びつく。
「くぅ〜! やっと会えたぁ−! シーちゃんも一緒に出よーよー、ドレスもあるみたいだし?」
「は、は、はわわあああ!?」
ただでさえ、慣れない人との接触を怖がるアリスであるが、こう不意をつかれては、躱すことも出来ない。「えへへ〜♪」とはしゃぐ姫乃にそのまま押し倒され、頬をスリスリされ、更にほっぺちゅーまで頂いてしまった。
女の子同士ならまあいいかな、と、遠くから見ていた征治だが、涙目のアリスに気づき、流石に止めに入ることにした。
「まあまあ、そのくらいで‥‥」
彼氏さんらしく、紳士的に、半泣きのアリスを助け起こそうとする。と、姫乃は艶やかで悪戯っぽい視線を征治に投げた。
「くぅ〜、じゃ、じゃあ、せーくんでもいいのよ?」
姫乃、着替える前から大暴走である。
‥‥誰か、とめてあげて。
●バトル勃発
模造刀2本を持った神凪 宗(
ja0435)と、同じく模造刀を持った雀原 麦子(
ja1553)は、互いに向き合って礼をしていた。
「こういう格好で戦う事など無いだろうが、面白い撮影会になりそうだ」
「そうね。悪いけれど、本気でお相手してあげるわ♪」
「うむ。雀原殿も気合十分のようだし、素晴らしい殺陣を演じようか」
動きやすく改良したグレーのフロックコート姿の宗。
ライトブラウンを基調としつつも縁は黒く、肩紐無しのマキシ丈カラードレス姿の、麦子。
会場の空いている場所へ移動すると、いきなり軽い打ち合いを始める。
「あ、あの、挙式中に、或いは二次会で、その、荒事をなさるお客様はいらっしゃらないと思うのですが‥‥」
ホテル従業員がとんできて、慌てて口を挟むと、宗と麦子は動きを休めずに、言い返した。
「天魔はいつ襲って来るかわからない」
「そうよー、あと、花嫁のお父さんが『娘が欲しくば俺を倒せ』とか、立ち塞がるかも知れないでしょ? それに、ありきたりの格好じゃあ、つまらないわ♪」
「‥‥動きやすい礼装なら、撃退士の需要も見込める」
「動きやすさは大事よね! このドレス、可愛いんだけど‥‥ちょっと動きづらいかな?」
するり、と、麦子はドレスのリボンを解いた。はらりとスカートの下の部分が落ち、ショートドレスに早変わり。いきなり麦子のスラリとした脚が目にとまり、男性の悲しい性質か、一瞬だけ目を奪われる宗。
「これで蹴りやすくなったわね♪」
ひゅんと麦子の蹴りが舞う。それを危うく躱して、ならばと宗は攻撃のスピードをあげる。自身の煩悩を断ち切るかのように、隙のない連撃を放ち、麦子を追い詰めていく。
勝負を制したかと思いきや。
「慢心にご注意あれ♪」
麦子から、思いがけない返り討ちにあう宗。降参のポーズをして、模造刀をしまう。
「やはり綺麗どころが相手だと、本気にはなれないな」
宗はそう呟いて、苦笑した。
同時刻。
近くで、似たような光景が今にも繰り広げられようとしていた。
式に参列する兄妹のイメージで服を頼んだ2人組である。
「ちょっと、今足踏んだでしょ、アスハお兄ちゃん?」
「いや‥‥踏んではいない‥‥はずだ、が?」
深い群青色のスーツに白いドレスシャツ、赤いネクタイに小さめのコサージュを着用した、アスハ・ロットハール(
ja8432)が、完全に、宗と麦子の殺陣に見入っていた。
その袖をぐいぐいと引っ張る小さい手。やや明るめの青のパーティドレスに白のボレロ、真珠のネックレスとブレスレットで着飾った、珠真 緑(
ja2428)が、更に問い詰める。
「嘘! 踏んだわ! 絶対よ!」
「そ、そうか、スマン‥‥視界に入って無かった」
そう答えるアスハは、依然として宗と麦子の試合を見つめ続けている。
ぴきっ。緑の頭の中で、何かが切れる音がした。
「あはは‥‥アスハお兄ちゃん、酷いなぁ‥‥」
そう言って、にっこりと微笑み、全力で足を踏み返す緑。
「ぐあっ!?」
(暗にチビって言いたいんでしょ、チビって! それは事実だし、別にイイけど、イイけど、うー、でもやっぱ気に障るのよっ! このこのこのッ!)
踏んだ足にぐりぐりと力をこめていく緑。
「むぅっ‥‥」
流石のアスハもカチンときたらしく、妹役の足を、容赦なく踏み返した。
「痛ぁっ! やったわねっ!」
「ぬうっ!」
「このぉっ!」
「‥‥っ!」
兄妹喧嘩は凄い勢いでヒートアップし、2人が光纏して魔具を取り出すまでに到った。
もはや、ホテル従業員では、止められない。
「どうどうどう。お2人とも、落ち着いてくださいね?」
「そうですよ? 学園に依頼がきたってことは、撃退士らしい写真もあったほうがいいのかな、とは思いますし、俺も、普通に写真を撮った後、光纏や星の輝きの光を使って、普通では取れない写真を撮ってみようかと思っていましたが、能力を使った喧嘩はいけませんよ、喧嘩は」
黒モーニングスーツ姿の龍崎海(
ja0565)が、アスハを。
薄緑色の、ウエストに花飾りをたっぷりとあしらった、チュールレイヤード・フォーマルワンピース(ボレロつき)でめかしこんだRehni Nam(
ja5283)が、緑を、取り押さえる。
何とか兄妹喧嘩が収まったところで、海は会場を見回した。
「どこかに、新郎募集中の人はいないでしょうかね? ウェディングイベントなのだし、どうせなら、新婦役の人と写りたいなぁ」
「み、見つかるといいですね」
レフニーは恋人を思い浮かべ、さりげなくそう応えると、撮影スペースへと逃げていった。
「私のような姿の者でもよければ、構わぬがのぅ?」
そこに現れた妖艶なスタイルの花嫁――狐獣人型悪魔の狐珀(
jb3243)が、海に話しかけた。
ふっさふさの尾がドレスのしっぽ穴から出されて、揺れている。
天魔向けの衣装もあったほうが良い、とのことで、完全な人型ではない狐珀(と姫乃)は、かなり重宝されていた。狐珀の衣装は注文通り。パニエのボリュームは抑え目、フリル少なめの、大人っぽいプリンセスラインのドレスの色は、オフホワイト。襟元はビスチェタイプで、自慢の胸と毛皮を強調しており、ヴェールは狐耳を邪魔しない程度、耳元には花飾りがあしらわれている。
「不思議よのぅ、こうして着てみると、案外その気になってしまうものじゃな」
狐顔を笑みで満たし、花婿役を了承した海と共に、撮影スペースへ戻っていく。
「はい、視線こちらにお願いしまーす。次はこの手を見て〜」
撮影アドヴァイザーの、よくとおる声が、聞こえてきた。
●撮影会
童顔が気になる19歳、天谷悠里(
ja0115)は、化粧ルームでカチコチに緊張していた。
淡い水色の、大人っぽい、ロングトレーン姿の自分が鏡に写っている。マーメイドラインゆえに腰のくびれが引き立ち、スタイル抜群に見える。メイクが進むにつれて、気にしていた平凡そうな童顔が、魅力ある女性へと変貌していった。
(うわぁ‥‥普段こんな色は使わないけれど、私に似合う色ってあるんだね‥‥)
好きな色と、似合う色は違う。プロのメイク師は、それを即時見抜いて、仕上げていった。
すっかり美人さんに変貌である。今の悠里なら、美人の多い久遠ヶ原島の中でも全く引けを取らないだろう。
そして撮影へ。
背後のスクリーンに景色やイメージ画像が浮かぶ中、アドヴァイザーの言葉通りに視線を向けるだけで、次々と素敵な写真が撮られ、カメラと繋がったパソコンには、写真データがどんどん流し込まれていく。
悠里の撮影が終わると、次は、楊 玲花(
ja0249)の番だ。
(‥‥この間ウェディングドレスは着たばかりですけど、せっかくの機会ですから、違ったドレスを着てみるのも悪くないですね。ちょっと楽しみです)
玲花の注文はこうだ。
「ピンク色のシックなドレス。アクセントとして胸元に造花のコサージュ。イヤリングとネックレスは銀で統一、デザインはシックに。ヒールのある黒革の靴。バンドが銀の鎖状になっている女物の時計。普段結わえている髪はドレスに合わせてアップにまとめる」
まさに、注文通りの品が揃えられていた。ピンクという難しい色でありながら、シックにまとまったコーディネート。靴の黒とアクセサリーの銀を挿し色に使い、洗練された雰囲気を醸し出している。
(‥‥こういうドレスは普段着ないですから、似合っていると良いんですけれど‥‥)
着こなせるのか、少し不安になる。だが、化粧台でメイクを施された玲花には、いつもの自信が戻ってきていた。
これは、勝つる。バイトの最後に貰えるという写真データを印刷して、【太狼酒楼】に飾れば、集客率アップも夢ではないかも、と思える程に。
玲花は胸を張り、良い意味で本物のモデルのように、撮影に臨んだ。
続いて、密かに二児の母でもある、藍 星露(
ja5127)が、マーメイドラインのセクシーなウェディングドレスで撮影に臨んだ。
(実際の挙式は神道式で、白無垢だったから、やっぱりドレスも着てみたいのよね)
別のところでプリンセスラインのドレスを着ていたため、今回は思い切って、自身のスタイルの良さを活かすドレスをチョイスしたのであった。
(愛しの旦那様と一緒に撮りたかったけれど、周囲にあれこれバレても、まずいものねえ。ひとりで撮るのも楽しいから、いいかな)
撮影用メイクの濃さに、自身の結婚式を懐かしく思い出す。綺麗という言葉がぴったりの美人が、更に凄みを増して、次々と指示されたポーズをとる。
撮影済みデータに目を通して、満足そうに微笑む星露。
(帰ったら旦那様に見せてあげようっと)
こっそり、手袋の下につけている結婚指輪をなぞって、星露はくすりと笑った。
「えっ、さ、さらしを巻いていては、いけないのか‥‥?」
水簾が更衣室で、ドレス担当助手と軽くもめていた。
「さ、さらしが無いと、落ち着かないのだが‥‥」
「はいはい、今だけは、言うことを聞いてくださいね〜」
注文通りの、マーメイドラインの青味がかったウェディングドレスを着せつけられ、ヘアセットコーナーに回される。
いつもはお団子にしている髪をポニーテールにして簪をつける。これも注文通りだ。
メイクを施されている間、恋人のことが頭から離れなくなっていた。
(‥‥ウェディング、か。憧れる、な‥‥)
ほんのりと水簾の頬が上気する。
撮影中も、恋人の顔が頭から離れない。
「戦う忍花嫁というイメージで、片手にブーケ、もう片手に忍刀・蛇紋を持ち、忍刀を突き出したポーズで、写真を1枚、頼みたいのだが‥‥」
撮影中にも注文をつけてみる。
「いいですよ。じゃあ、良い笑顔をお願いしますね」
「え、笑顔? ちょっと、待て、戦う忍花嫁、が、笑うのか?」
撮影スタッフと、噛み合わない会話が続く。
「笑う、っていうのは、こーんな感じですよ」
にっこりと微笑んで見せる、アステリア・ヴェルトール(
jb3216)。フリルのエンパイアラインドレスを見事に着こなし、右側頭部に白百合コサージュ付きのマリアヴェールをつけ、凛とした姿勢で、撮影の順番を待っている。
「こ、こう‥‥か?」
「はい、そうです。あの、時々目が泳ぎますけれど、何を考えているのでしょうか?」
アステリアに問われ、水簾は更に赤くなった。
「つい、その、なんだ、彼氏のことを考えてしまって、な」
「そうなんですね。どんなかたなんですか?」
撮影スタッフの助けになればと、アステリアはどんどん突っ込んだ。
「自分の彼氏‥‥言うのか?」
水簾が俯いて、火照る顔を押さえた。
「‥‥そうだな、すごく、優しくて‥‥自分が一番、大好きな人だ」
「ほうほう。そうなんですね」
正直なところ、アステリアは、こういう話題に興味がない。「家名に相応しき騎士として在りたい」という思いが強くあり、今後そういう相手を探す気もなかった。
ただ単に、ドレスアップへの憧れがあって来ただけだ。
しかし騎士たるもの、そんな思いを顔に出してはいけない。ここは話に乗った風を装って、水簾の撮影をスムーズに進める方が先だ。
アステリアの誘導で水簾も徐々にリラックスし、撮影も波に乗った。
いい記念だから、と、女性陣でまとまって、数枚、写真を追加で撮ることにもなった。
「ひめはねぇ、シーちゃんと一緒に撮りたーいっ!」
オフホワイトのマーメイドラインドレスに身を包んだ姫乃が、着つけを済ませたアリスをくいくい引っ張った。
「えっ、は、はうっ?」
戸惑うアリスを更衣室から引っ張り出し、メイク&ヘアセットへゴー!
そして、撮影スペースで、超仲良し女子同士な感じのいちゃいちゃらぶらぶを敢行!
今の姫乃に、怖いものなど何もない。
(‥‥アリスさん、綺麗だなあ‥‥何て感想を言えばいいんだろう? いつも僕が黒い学ランで、アリスさんは黒ゴスだから、2人とも白い服装って珍しいよね、とか、かなあ?)
数秒ほど、未来の花嫁さんと心に決めた相手を凝視し、幸福感に浸る征治。
しかし、である。
黒いイヴニングドレスに身を包んだ「新婦の母」役、歌音 テンペスト(
jb5186)が、涙をほろほろさせながら、姫乃の手をぎゅっと強く握って、こう言ったのだ。
「姫乃、あなたの花嫁姿を夢に見ていたわ‥‥おめでとう。シキさんに、幸せにしてもらってね」
「くぅくぅ♪ はい、おかあたま♪ ひめはシーちゃんと、幸せになりますぅ♪」
たいへん良いお返事の姫乃。
「はわぁっ!?」
(えっ!?)
征治とアリスは、同時に、耳を疑っていた。
一体いつからこんなことになったのだろう?――なんとなく、だが、このままでは、未来の花嫁さんを、奪われそうな‥‥イヤな予感がする。
「あ、あの、えーと、僕たちの撮影は、いつになりますか?」
たち、に目一杯力をこめて、征治は撮影スタッフに尋ねた。
「そうですね、今の撮影が終わりますまで、お待ち頂ければと‥‥」
撮影スペースに目を向けると、光纏して、一層大人びて、銀狼獣人らしくなった姫乃が、色っぽくアリスに迫っているところだった。
「あらあら、照れているの? ふふっ、シーちゃんたら可愛いわね♪」
姫乃は、身長の足りないアリスにあわせて身をかがめ、首に腕を回し、抱きつくようにキスを‥‥。
「はわわ、ご、ごめんなさいですのっ!!」
アリスが自身も光纏して姫乃の腕をかいくぐるのと、耐えかねた征治が撮影ブースに飛び出すのが、同時だった。トレーンに躓きそうになったアリスを、征治が抱きとめる。
姫乃は光纏を解き、えへへと無邪気に笑って、「冗談よ。いつまでも仲良くね♪」と撮影ブースから出て行った。
「ご冗談が過ぎますの〜」
またも半泣きのアリスをなだめ、メイクを直し、2人は改めて写真を撮った。
(実現するのはもう少し先だけれど、そんなに長くは待たせないから、その時までこれで我慢してね)
ほかの人に聞こえないよう、こっそりと囁く征治。
(ごめんね、次からはちゃんと守るから。もう大丈夫だから、ね)
ぎゅ。征治の腕に添えられたアリスの手に、ほんの少しだけ、力が入った。
●素敵な挙式予行演習
「あ、あの、澤木さん、目立ちますから、その、ちょっと‥‥」
ウェディングドレスを踏まないよう持ち上げて、そろそろと藤花が、澤木を追いかける。
「いえいえ、折角ですし、予行演習みたいなものとお考え頂いて‥‥さあ、どうぞどうぞ」
急遽、撮影会場を移動し、本物のチャペルの一角での撮影がスタートした。
「‥‥素敵なドレスがいっぱいなの! 愛ちゃん、幸せなの! でも、愛ちゃんは今日、お仕事で来ているの。だから、きちんとお仕事、頑張るの!」
周 愛奈(
ja9363)は、淡いピンクを基調とした、レースいっぱいのドレスを着て、普段はお団子にしている髪を解いて後ろに流し、所々に綺麗なリボンを飾って、めかしこんでいた。
藤花が真っ赤になって俯く。オフホワイトのタキシードに瞳と同じ紫のタイを合わせ、白いライラックのブートニアを挿した焔が、藤花に手を差し出す。
「俺は一人でモデルをするより、藤花ちゃんと一緒に写真に写りたいな〜。勿論、リハーサルってわかっているけれどね〜」
「は、はい‥‥」
ぷしゅうーと顔から蒸気を噴き出し、藤花は指定された位置へ立った。焔が寄り添う。フラワーガール役の栗原 ひなこ(
ja3001)が花かごを持って花嫁の前に立ち、トレーンベアラー担当の愛奈が藤花のトレーンの裾を持った。
音楽のない、ウェディング予行演習が幕を開けた。
歌音が泣き出す。「新婦の母」を演じるのに、ここまで適した環境はないだろう。
かあさんね、あなたの、藤花のことをよくおぼえているわ。
初めての妊娠・出産、お腹の痛み‥‥
初めて藤花がはいはいして、たっちして、やっと1歩だけ歩いた日
大きなランドセルに背負われて、入学式
転んでも頑張って起き上がって走りきった、運動会
反抗期の親子喧嘩
そして、初めて家へ恋人を連れてきたあの日‥‥
とうさんはぷんすか怒っていたわね
だけど、藤花、あなたを心配してのことよ、許してあげてね
かあさんから、藤花にひとこと贈るわ
幸せはふたりで編み上げていくものよ
どちらかが我慢したり、苦労することではないの
一緒に、確実に、これからも人生を歩いていってね
時々はかあさんのところにも、顔を出してね
すっかり「新婦の母」になりきり、号泣する歌音であった。
(ひなこ、可愛いな。頑張れよ)
見学にきていた如月 敦志(
ja0941)が、カメラでひなこ中心に撮影する。
誰もいない壇上を見上げ、藤花は誓いの言葉をこそりと口にした。
焔にだけ、聞こえるように。
焔は微笑んで、藤花のヴェールをめくり、その頭を優しく撫でた。
アレキサンドライトの指輪を取り出し、緊張気味の藤花にそっと嵌めて、ひとこと。
「‥‥もうすぐ、本当に花嫁さんだね」
ホテルスタッフがチャペルを片付け、皆は再び、会場に戻った。
「‥‥どのドレスも素敵なの。愛ちゃんも大きくなったら、あんなドレスを着たいな!」
愛奈がはしゃいで、ショートドレス姿のまま、興奮の赴くままに走り回る。
撮影スペースでは、ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)が、淡い青色のプリンセスラインのウェディングドレスで、ひとり、撮影をしているところだった。
裾に花のついたオフホワイトのオーガンジードレスに花冠姿で、フラワーガールを務め上げたひなこが、ぷはあっと深呼吸した。
「ああ、緊張したぁ〜!! フラワーガール頑張ったよ〜!」
「フラワーガールも可愛かったぜ。でも次はやっぱり、ウェディングドレスを着せてあげたいな」
敦志がよしよしとひなこを労う。緊張後の笑顔を手持ちのカメラでぱしゃり。
その背後に、ファティナの微笑が見えた。
「あ、ファナちゃんやっほー! えっと、そうだった、あのね、あのね。あ、敦志くんを紹介するね。なかなか、会わせられる機会が無かったんだよね‥‥」
照れて上目遣いになりつつ、ひなこが恋人をファティナに紹介する。
「どうも、はじめまして。ひなこさんとお付き合いさせて頂いております‥‥って挨拶も変かなぁ」
苦笑しつつ、敦志が一礼する。
「ま−、色々あるとは思いますが、これからもひなこ共々、どうぞよろしくお願いします」
「ああ、こちらの方が噂の‥‥はい、初めまして、ですね」
ファティナが微笑んで礼を返した。
(この若さで、本当に生え際が後退しているのか、すごく気になりますが、無礼になりますし、ちらっと見るだけに止めておきましょう‥‥)
心の声を押し殺し、笑顔でもう一度ぺこりとお辞儀をするファティナ。
「こちらこそ、ひなこさんとですから、色々と大変かも知れませんが‥‥私の大切な友人を、宜しくお願い致します」
その頃。
Aライン・シェルピンクのウェディングドレス姿の森浦 萌々佳(
ja0835)と、白のフォーマルスーツに青い花のブートニアを挿した青空・アルベール(
ja0732)のカップルが、ホテル特注品の「ガラスの靴」を手にしたところだった。
(きっちりした衣装はやっぱり苦手だなー、首んとこ苦しい‥‥。おおう、萌すっげ、普段となんか雰囲気違くて、ドキドキするな)
青空がカチコチになって、萌々佳にガラスの靴を履かせるところを、撮影スタッフにお願いする。
「流石に様になってるなぁ」
敦志が萌々佳を見て、感嘆する。
まずイベント用に数枚写真を撮ってもらい、緊張がほぐれたところで遂に「ガラスの靴」の出番だ。
「あたしを、見失わないでね? なーんちゃって」
くすくすと萌々佳が笑う。
「勿論。見失わないように、離さねーようにしておくからな。ヒーローは、必ずヒロインを迎えに行くもんだかんな」
至極真面目に答えてしまい、「あ、わ、わ、笑うな!!」と青空は照れて、萌々佳から目をそらした。
(綺麗な萌に終始ドキドキしちまってる‥‥いつかは、本当にウェディングドレス、着て貰えるのかな? 幸せなこの時をずっと続けるために、私が彼女を守っていかなければ‥‥)
「うふふ、よーし、ひなこぉ、うけとれぇ〜い!」
撮影スペースを出ると同時に、萌々佳からひなこにブーケが飛んだ。
「ふぇっ!?」
あたふたしつつもキャッチするひなこ。目を白黒させて、しかし、嬉しそうにブーケに顔を寄せて赤い顔を隠しながら、「ありがとー」と萌々佳に伝える。
その瞬間焚かれるフラッシュ。青空だ。
「うまく撮れてたら、敦志兄ちゃんにあげるからな、データ」
「ふぇっ!?」
「次に期待してますって事だな、これは。ブーケも貰ったし、頑張らないと、な?」
苦笑してひなこの頭を撫で、そしてぎゅっと不意打ちのように抱きしめる敦志。
ファティナのデジカメに、くっきりと証拠画像が残された。
(二人並んだ姿を撮れませんでしたしね、せめてもの記念に、です♪)
●男の娘だって花嫁さんになりたいんだもん!
最後に撮影スペースに入ったのは、帝神 緋色(
ja0640)と如月 統真(
ja7484)のカップルである。
緋色が男の娘、ということで、女性用更衣室がすっかり空くまで、長ら〜く待たされていたのであった。
ごく薄い青色で、フリルいっぱいでふわふわプリンセスラインのドレスを着て、緋色は嬉しくて統真の腕にぎゅっとしがみついた。
「見て見て、どう? 僕、照明で変色することも考えて、ドレス選んだんだよ。統真に真っ先に見てもらおうと思って♪」
「あぁ、緋色。って、ええええ、やっぱり、そっちの衣装にした――っ!?」
「え、なんで? 似合わない??」
キョトンとする仕草が、統真のハートをぐいぐいと締めあげる。
「な、なな、何でもないよ! 何でもないから‥‥っ!」
(反則だよ、こんなのっ! 如何してこんなに可愛いのさ!? 詐欺じゃないかな!!)
耳まで真っ赤になっていく自分を意識して、ますます照れ、狼狽える統真。
「さ、撮影しよっ♪ こんなポーズにしたいとか、ある? それとも、アドヴァイザーさんにお任せしちゃおっか?」
ドレスアップして気分もうきうきの緋色が、統真を腕ごと引っ張っていく。
撮影スペースでの彼(緋色)は、アイドルの如く輝いていた。
●終幕
撮影会は、無事に終了となった。
最後に全員がぞろりと並んで、記念撮影である。
カメラを持ち込んだものは、ホテル従業員に頼んで、撮ってもらうことが出来た。
「撃退士さん達、そして天魔さん達も、ご協力ありがとうございました。良いお写真をおひとり様あたり、20枚ずつ、お選びください。最後にお撮りしました集合写真は数に含めません。どうぞ、ごゆるりと吟味なさって下さい」
澤木の指示で、ノートパソコンが5台ほどテーブルに並んだ。
そこで、山ほど撮った自分たちの写真を選び出す。
誰もが真剣になった。
選び抜いた写真データを、記憶媒体に入れた状態で受け取る。
既に、バイトの報酬がネットバンクに払い込まれていた。
(あれ? 俺、見学なのに、もらっちまっていいのかな?)
敦志は澤木を探して尋ねてみたが、「いえいえ、お連れ様の護衛も男性の務め。構いませんよ」との太っ腹な回答であった。
ドレスアップした全員は、撮影用に濃い目のメイクを施してあったため、メイク落としの完備されている洗面所へ、順番に案内された。
勿論、服は着替え済みである。
撮影途中でドレスの仮縫いがちらりと見えたり、細かい突っ込みどころは色々とあったものの、概ねスムーズにバイトが出来たと言っていいだろう。
そして、全てが終わる。
帰りのホテル専属送迎バスの中では、疲れてとろとろと眠るものが多かった。
ある者は、本番で素敵なドレスを纏う夢を、ある者は愛おしい人と結ばれる日を夢見て。
そのためにも、戦わなければいけない。
大好きで、大切な人と、仲間と、平和な日常を楽しめるように。
明るい未来を拓くために。
――がんばろうね。
皆の気持ちは、ひとつだった。