●時は夜、所は女子寮
♪ちゃららんちゃららんるんるるるん‥‥
各所TVがのどかな音楽を奏で、見ても見なくてもいいようなバラエティを映している。
女子生徒がめいめい部屋でのんびりくつろぎ、共同風呂も売店も閉まる、午後10時。
岩永さき子はレジの清算を、5人の店員は手分けして共同風呂を掃除して回っていた。
そこへ、日付と時間指定で、一枚の葉書(年賀くじ交換済みスタンプつき)が届いた。
怪盗ドクトルパンツマン、お前の悪事はこの美少女探偵キューティー★エルがすべてお見通しだ!
屋上で私と正々堂々勝負しろ!
by 高等部2年エルレーン・バルハザード(
ja0889)
「キューティー★エル‥‥美少女探偵ですって!?」
岩永さき子の眉が吊り上る。先ほどまでレジ清算をよどみなく続けていた手が止まる。
「美少女‥‥美少女‥‥! 25歳になってしまったわたしには二度と冠することが出来ないキャッチフレーズだと言うのに、しかもキューティー★エル!! か、可愛いじゃないのっ! 羨ましいーッ!!」
止まっていた手が猛烈な勢いで動き出す。お札の数え方が段違いに速い。硬貨を数え、計算機に指を走らせる。レシートと見比べ、一銭たりとも間違いないことを確認し、レジを閉め、お金を金庫におさめて鍵をかけ、売店を覆う可動柵を閉める。
「お風呂掃除、終わりました!」
「終わりました!」
5人の店員がエプロンにゴム手袋姿で現れる。
「ご苦労様。さてと、‥‥茶番はこれからよっ!」
岩永さき子は、指に挟んだ美少女探偵からの挑戦状を見せつけ、くるりとその場で一回転した。ばさあっと布が閃いたと思うと、そこには黒いミニスカサンタが立っていた。
月明かりが窓からミニスカサンタを妖艶に照らす。5人の店員もエプロンをばさあっと投げると、猛々しい角がインパクトなトナカイ怪人になっていた。
「怪盗ドクトルパンツマン見参! 悪いコには、モツ煮の材料をプレゼントしちゃうわよん♪」
ぺろりとさき子の舌が唇を濡らす。「ジーク・サンタ!」と5人のトナカイ怪人(?)が唱和した。カツ、カツとブーツのヒールを鳴らしながら、怪盗ドクトルパンツマンは、裏口から屋上へと向かった。
●隠れて見ていた人たちは
ふむ‥‥。
物陰から隠れて様子を窺っていた彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)は、正直、困惑していた。売店の鍵はさき子が持って行ってしまったようだし、315号室の鍵の在り処もわからない。自室ということで、さき子が持っている可能性は高かった。
「‥‥あの葉書‥‥当たってたんだぁ‥‥」
竜宮 乙姫(
ja4316)は、大きめな男子制服の上着を羽織った姿で、自分の投函しようとしていた葉書を見つめた。
貴様の悪事はすべて分かっているぞ!
世間にバラされたくなければ、屋上まで仲間と一緒に来い!
「私の文章、かわいくない‥‥」
ちょっぴりハートブロークンな乙姫である。
「わぁ〜! 凄いや、怪盗ドクトルパンツマンて本当に居たんだ、さすが神秘の国・日本だね!」
セーラー服に身を包み、暗がりでなくとも女子にしか見えない犬乃 さんぽ(
ja1272)が目をキラキラさせて、さき子の変身シーンに見とれていた。
ふっと髪をかきあげ、ウィッグをかぶり、化粧までバッチリの女装不審者、八神・劫真(
ja2136)が口元に笑みを浮かべた。
「あの手の変身には種があるのだよ。フッ。どうだね諸君、私の変装も似合うだろう‥‥フフフ」
はい、黙っていれば似合っています。黙っていればね。それと、そんなに髪をかきあげない! 折角きちんと装着したウィッグがずれますよ。
「‥‥何をしている?」
大炊御門 菫(
ja0436)が、女装男子の姿を見つけて、眉をひくひくさせた。
「犯罪だぞ、犯罪! そこまでして女子寮に入りたかったのか?」
明らかに軽蔑の目で見ている。
「そんな訳があるまい。フッ。これも依頼をこなすためなのだよ」
劫真がフッと尊大に微笑み、髪をかきあげる(だからウィッグが‥‥!)。
「もーみんな、そんなこと言っちゃって。ホントは、ボクがいないと困るんでしょ? 罠解除と鍵開けは、ニンジャの嗜みだもんねー」
彩から、改めて鍵がないことを聞かされたさんぽは、ごそごそとピッキングツールを取り出し、315号室の扉に向かった。
●決戦! 屋上での‥‥
「さあ、来たわよ美少女探偵キューティー★エル! せめて当たっている年賀状なら、切手シートと交換する前の状態で寄越しなさいよっ!」
怪盗ドクトルパンツマンは、満月に照らされた美少女にずびしと指を向けた。
「ふふふ‥‥来たわね、怪盗ドクトルパンツマン! 正義の味方・美少女探偵キューティー★エルが、あなたのココロもカラダもタイホなのっ!」
「ちょっと待ってよ、探偵には逮捕は出来ないのよ! いい加減なこと言わないでちょうだい!」
「それが、出来るのよ。この魔女っ娘ステッキがあれば、探偵から刑事に‥‥だーいへーんしーん!」
「な、なんですって!? そんなことが!? ああっ!!」
きゅんきゅんキューティー★エルレーンっ♪(きらっ)
魔女っ娘らしい呪文ひとつで、リボンを頭にカチューシャのように巻いた、ぶりっ子刑事に変身するエルレーン(実はかぶっていた風呂敷をばさっと外しただけ)。
なんていうか、スーパーヒーロータイムなノリが展開されています。
「さあ、私を捕まえられるかしら〜♪」
リボンを閃かせ、屋上を走り回るキューティー★エル。
「小娘風情がッ‥‥、ふ、ふん、怪盗ドクトルパンツマンを甘く見ないことね! 合身、赤い鼻のルドルフモードッ!」
「ジーク・サンタ!」
「ジーク・サンタ!」
5人のトナカイ怪人は、騎馬戦の要領で怪盗ドクトルパンツマンを担ぎ上げる。流石は阿修羅、いや同僚、息ぴったりの動きで魔女っ娘刑事を追い回す。
「お、怪盗対探偵、世紀の対決が始まったよ!」
そこへ現れたのが、新春恒例、どこのバラエティにでも出てきそうなマスコミ族、一色 万里(
ja0052)だった。但し、マイクの出力先は、この依頼に参加しているメンバーの携帯にのみ繋がれていて、一般には視聴できない工夫がされている。
「えーと、怪盗殿に質問だよー! 出歯亀って、なに? 売店の専門用語?」
「昔ね、出っ歯の亀さんっていう有名な覗きがいたのよ。だから、覗き魔を出歯亀って言うようになったの!」
騎馬戦の体勢を崩さずに、懇切丁寧に解説してくれる怪盗ドクトルパンツマン。
「悪事を働くとき、仮面はつけますか?」
「そうね、ほうれい線が目立って来たら、仮面をつけるつもりでいるわ。でも、今はまだこれでもぷりぷりピチピチなんだからね!‥‥ううっ、美少女‥‥羨ましい!」
真剣にインタヴューを続ける万里と、真剣に答えてくれる怪盗ドクトルパンツマン。
「予告状をだす時の心境は?」
「出来るだけ心を込めて、丁寧な字を心がけるわ。本気と書いてマジと読ませるの! 殴り書きなら悪戯にされちゃうでしょ?」
そっかあ。なんだか納得の答えだった。
●315号室の怪(?)
忍び込んだ個室には、無印の段ボールが山と積まれていた。一体どの隙間で眠るつもりだろうか、というくらい、見渡す限りの段ボールの数々。
「開梱は‥‥されていないな」
彩が確認し、ほっと胸をなでおろす。
「ねーねー、なにこれ? あけていい?」
「ダメだ」
さんぽを牽制する菫。
「とにかく、回収ののち、脱出しなければ‥‥」
携帯からは、万里のインタヴューが聞こえている。屋上での時間稼ぎは成功しているようだ。
「ねー何がはいってるのー??」
「とにかく、先生方の待機しているロビーまで、運ぶぞ!」
彩と菫が迅速に行動を始める。乙姫も続いた。女装男子も段ボール箱を手近なところからどんどん担いで、目的地のロビーへと向かった。
あとは、少し距離を置いたバケツリレーの要領だ。315号室から段ボール箱がほぼ取り除かれると、異様な部屋であることがわかった。
「ほほう、なかなか‥‥」
劫真が目を見張る。
壁が一面のフィギュアケースになっており、怪盗ドクトルパンツマン(本物)を含めたあらゆるヒーローもののフィギュアが飾られていたのであった。
余程特撮ものが好きなのだろう。
尚、黒いミニスカサンタに扮した怪盗ドクトルパンツマンのフィギュアもある。よく見ると、クリスマス限定、1度しか番組で使われなかった衣裳の、プレミアムフィギュアであった。
ともあれ、段ボール箱は全て回収に成功した。
さんぽが一度だけ派手にすっころんだが、そう簡単に中身が出るような梱包ではなかったため、事なきを得た。
●追いかけっこはおしまい!
万里のインタヴューに気を取られていた怪盗ドクトルパンツマンと、その騎馬たち。
「よそ見していていいのかなあ? 私を捕まえないと、タイホされちゃうぞー?」
キューティー★エルは、するりと屋上の唯一の入り口、つまり出口まで来ていた。たたた、と万里も駆け寄る。
そして。
「じゃーねっ!!」
バタン!
屋上へいたる唯一の扉を閉め、鍵をかけた。怪盗ドクトルパンツマンの声がくぐもって微かに聞こえる。
あけなさいよーこらーっ! 美少女だからって、何してもいいと思ってるの?!
「どうやら、僕の出番はなかったようだね」
階段の踊り場にたたずみ、非常灯の灯りで読書をして待っていた永倉 涼(
ja5039)が、ぱたりと本を閉じた。
携帯から、ブツの回収成功の報せが入る。
「それより、女装もしないで堂々と女子寮に入って、涼は大丈夫なの? きっと怒られるよぉ?」
エルレーンが心配して、せめてとリボンを涼の頭につけようとするが、その程度でごまかせるわけがない。
「とにかく回収班と合流しないと!」
万里がせかす。3人はダッシュで階段を駆け下りた。
●思わぬどんでん返し
屋上組が1階につくと、ロビーに大量の段ボール箱が積み上げられ、見張りの先生が立っていた。
‥‥いや、先生が窮地に立たされていた。
「あれで閉じ込めたつもりだったの? 悪いけど、サンタのそりは空を飛ぶのよ」
そこには、屋上にいたはずの怪盗ドクトルパンツマンが、トナカイ怪人5人と共に微笑んでいた。一般人の先生を人質にとり、さて回収班と交渉を始めようか、というタイミングであった。
「飛び降りたのかなあ」
涼が呟く。そうでなければ、こんなに早く屋上から1階までこられるわけがない。
「惜しいわね。壁伝いに降りてきたのよ」
親切に答える怪盗ドクトルパンツマン。
「こんなことをするのは、お金のためか? 動機は何だ!」
菫がずいと近づく。怪盗ドクトルパンツマンは、人質の先生を連れたまま、一歩下がる。
「怪盗ドクトルパンツマンの、プレミアムフィギュアのローン返済のためよ! とっても高かったんだから!」
「だから‥‥?」
「それに、配布だと、スーパーのワゴンセールみたいに、醜い女子同士の奪い合いが起こるじゃない。売店で扱えば、自分好みのものを指定して買うことが出来るし、店員がみているから、品質にも気を配れるもの」
‥‥なんか、一理あるような、ないような??
「だが、犯罪は犯罪だ。無料配布物を売って自分の儲けにしようという、その根性が腐っている! 大体、悪いことをしているという自覚はあるのか? 自分さえよければそれでよしと思っているのではないのか?」
菫がこんこんと説教を始めた。
「‥‥結局、なかみ、なんなの?」
未だに知らされていない男子たちは、顔を見合わせる。
「怪盗ドクトルパンツマンを愛するわたしが、その象徴たる勝負おぱんつをワゴンの中でもみくちゃにされるのがわかっていて、黙っていられると思うの?!」
えー、紳士諸君、ここに口を滑らせた人がいます。
聞き逃したか聞き流したか、はたまた箱に目が釘付けになったかは、本人以外きっと知らないでしょう。いや、知らない方がいいこともあるのです。
「えーと、つまり‥‥??」
涼さん、無理に理解しようとしなくてOKです。
というか、ここは女子に任せ、男子諸君は早めに女子寮を出る算段をつけましょうね。
でないと一般女子に見られる危険がありますよ。深夜だから大丈夫とは限りません。
「フハハハハ、しかし誰だね、このネーミングをしたのは。勝負おぱんつか。想像力をかきたてる素晴らしいセンスだね?」
だがしかし、劫真が尊大に、怪盗ドクトルパンツマンに向かって一歩踏み出す。
「おぱんつにかける愛情と、怪盗君の物欲の強さはよくわかったよ。だがな、勝負おぱんつと聞いてはこう言わずにはいられないね。怪盗君、きみは所詮、久遠ヶ原では2番目だ」
ウィッグの前髪をかきあげる劫真。
「何故なら――女子の勝負おぱんつを最も愛することが出来るのは、男性のみの特権だからだ!!」
があああああん!!
ショックの余り人質を放した怪盗ドクトルパンツマン。
「わたしが‥‥久遠ヶ原で、2番目!? そんな、そんなはずは‥‥!」
「あなたには、男性がスカートからちらりと見える勝負おぱんつに、どれほどの妄想をかきたてられるかは、わからない、ということですよ」
理解してしまった涼が人質であった先生を受け止め、さき子にとどめの一言を放つ。
(??? ボクにはよくわからないや)
泣き崩れたさき子を見つめ、さんぽは小首を傾げた。
●そして、大団円へ
怪盗ドクトルパンツマンこと岩永さき子は、学園から厳重注意を受けることとなった。しかし、有志の口添えで商品への愛情を買われ、無料配布時の商品管理を任された。不正にお金をとらないか、見張りつきではあるが。
依頼でやむなく女子寮に踏み込んだ男子も、お咎めなしだ。一般女子に見られなかったのが功を奏した。
「お疲れ様でした、皆さん。有り難うございます」
依頼人、マリカ先生(jz0034)は深々と頭を下げた。
「是非、これからもたくさん依頼をこなして、立派な撃退士になって下さい」
「でも先生、こんなアホっぽい依頼はもう勘弁ですよ〜」
涼がおっとりと、正直な感想を述べた。